20・ラスボラ・ヘテロ・モルファ辺境伯という人(2)
(旦那様が、心に大きな傷を負ったのはわかったわ。 でも、それならばなぜ……)
私は3人を見る。
「それがどうなると、今日の旦那様の発言、負傷した騎士様の扱いにつながるのですか?」
私の問いに、目元を潤ませながらもジョゼフはしっかり答えてくれた。
「退避した班と入れ替わるように、その地に赴いた第一騎士団と第二騎士団が魔物の強襲を終結、同時に、襲撃してきた隣国を打ち負かし、わが軍の支配下に置くことが出来ました。 その後、兄君の亡骸は第一騎士団の手によってお屋敷に戻られましたが……魔物に貪られたお体は、あまりにも惨く……。 そのため慣例よりも早く、御帰還の翌日には葬儀が執り行われたのでございます。
ただ、ラスボラ様は……撤退時に受けた魔物の瘴気と、落馬時の怪我から高熱を出され意識が戻っておられず、意識が戻ったのは一月後。 それからさらに10日後に、父君である前辺境伯に連れられて行かれた辺境伯家の墓陵にて、兄君の事、そして……息子を惨い形で失われた前辺境伯夫人である母君が、心労から気鬱になられ、その後を追うようにお亡くなりになったと、お知りになったのでございます。」
すすり泣く声は、誰のものだろうか。
(旦那様は、お兄様だけではなく、お母様も失われたのね。 ……落馬した上に魔物の瘴気にもやられていたのなら、一か月の昏睡は当たり前……いえ、それで済んだのが奇跡ですけれど。 生還を素直には喜べないどころか、ご自身を責められたでしょうね。 兄君を、そして間接的に母君までも殺してしまった、と。)
はぁ、とため息をついて問う。
「それで、お兄様の遺志を継いで旦那様が辺境伯をお継ぎになり、騎士団長におなりになったのですね?」
「さようでございます。 しかし……」
ぎゅっとこぶしを握ったブルー第三騎士隊長が、ジョゼフに変わり話を始めました。
「団長は兄君の言葉に呪われました。 騎士団に復帰後よりその様子は顕著でございました。 怪我をした役立たずはその場に捨て置け、と。 兄君を見殺しにし、母君をも失ってしまった時に、団長は心をも壊してしまわれたのでしょう。 戦えるものを大切にし、戦いで傷つき戦えなくなったものを冷遇するようになられました。」
「……クソか。」
「は?」
「いえ、なにも。 兄君が亡くなったのは、確か……」
(危ない危ない、本音がまろび出ちゃった。)
あんまりのヘタレっぷりに、つい出てしまった言葉を呑み込むようにごまかしながら、改めて聞いてみる。
「騎士団に復帰なさったのは、事件から戻った半年後、13になられておいででした。」
「そう、13歳……。」
(えぇと、12、13の時だとか……向こうで言うところの思春期。 それは確かに以後の人格形成に歪みを生じるような大きなトラウマになる。 ……なるけれども……だからこそ、怪我人を見捨てることは絶対にしない! っていう方向に、周りの大人はなんで導けなかったのかしら。 旦那様もそうだけれども、周りの大人が残念過ぎるわ。)
こう考えると、あぁなった旦那様に同情すべき点は多々あるが、あまりにも残念な結果過ぎて、ついつい溜息をついてしまった。
「それで、先ほど拝見したような言動、状況になったということですね。」
「はい。 前当主様の時もあまり良い状況だったとは言えないのかもしれませんが、旦那様が当主となられた5年前からはさらに悪化しました。 医療班とは名ばかり、此方の神父様と数名の医療班が、あの小屋の中で息を引き取るのをただ見守るだけの状況。 亡くなった者は騎士団墓地に埋葬し、家族に褒賞をお与えになるのですが、負傷し、二度と戦えなくなったものに対しては、わずかな慰労金だけ渡し、家族のもとに帰すだけというありさまです。 しかし、後遺症があれば、他の仕事も難しい。 ですので、そのような元騎士達は、団長に気づかれないところで騎士団の裏方の仕事や、身寄りのない者は教会での下男の仕事をさせております……。」
恐縮しながら話すブルー第三騎士隊長殿で、神父様は真っ青な顔をしている。
この人たちで、何とかフォローだけはしてきたのだろう。
(まぁ、そうでしょうね。 そうでないと……)
考えうることを、口に出す。
「しかしまぁ、よく騎士様やご家族から苦情が出ませんでしたね。 旦那様の子供の様な意固地の原因を知る者達ならまだしも、そんな事情を知らない若い騎士様やその家族からは普通、出るでしょう?」
顔を上げた彼らに、あえて強く、私は言葉を発する。
「ふざけるな、と。」
びくり、と、体を震わせたのは全員だっただろうか……。
「……正直に申し上げれば、不満はあるでしょう。 が、言えないのが現実でございます。 騎士団は男性職業の花形でもありますし、給金も命を懸けるだけに、他の職種よりはるかに高く、志願者は大変に多いのです。 そして、入って現状を知っても生活のためには辞めることもできず……。 私共副騎士団長を始め、団長の近くにいる様々な者が、この現状を打破しようと何度も団長に話をしました。
しかし、世に名をとどろかせる賢将であられるのに、この件に関してはどのように進めても、まったく聞く耳も持ってくださらず、ただ捨て置けと。 どうすればよいのかと思案しているとき、公爵家より奥様をお迎えになると団長から伺い、奥様であれば団長へ進言していただける、または公爵家に現状を訴えて現状改善をしていただけるかと……。」
(ん? 雲行きが変わったわ。)
私は続きを聞かず、はっきりと言葉にする。
「皆様、この結婚が政略結婚であることは、旦那さまから伺っているはずですが、そのうえで私を事前に相談もなく巻き込むとは、随分と他力本願ですこと。」
「おっしゃる通りでございます……。」
嫌味を言えば、素直に頭を下げた3人に、溜息をつきながら思案する。
只の馬鹿な主人、馬鹿な団長なら、みんなは簡単に見捨てられたのだろう。
そうならなかったのは、そのほかの面では尊敬できる人間だったという事なのだろう。 現に、3人からは『義務的な忠義』以外の何かをちゃんと感じる。
それに、これを良しとせず、ただ放置していたわけでなく、この状況を改善しようと、進言したり、手を尽くした様子はある。
そのうえで、それでもどうにもならず、藁にも縋る気持で、政略結婚とはいえ、こちらに来る嫁に期待し、結果、私がここにうまく誘導されて連れてこられたというわけだ。
(しかし……。)
よくもまぁ、5年も、皆が見捨てもせず頑張ったものだ。 私なら、他の点が優秀で、同情すべき点が多いと解っても、『人命を粗末にする』という大きすぎる欠点を知った時点で試合終了だ。
(とはいえ、政略のお飾りとはいえ妻になってしまった以上、何とかしなければいずれ民の不満は爆発する。 ……領主責任とかで一家縛り首、とか、本当に嫌だし、それにあの馬鹿はどうでもいいとしても、領主夫人としては領民のために何とか状況を改善しないとね。 ……あぁ、だけどまぁ……お飾り夫人として、引きこもって暮らせると思ったのに……。)
この家に嫁に来た経緯を思いだし、さらに巻き込まれ人生がまだ続くのかとため息をついた。




