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19・ラスボラ・ヘテロ・モルファ辺境伯という人(1)

「事の始まりは、旦那様がまだ10歳の頃……前辺境伯様がご存命の頃のお話でございます。」


(あら? 昔話から始めるつもり? そんな暇はないんだけど。)


 これから始まりそうな与太話を想像し、一気に面倒くさくなったわたしは、溜息と一緒に毒を吐いてしまったらしい。


「それは長くなりますの?」


 気が付いたら私はジョセフにそう言っていた。


「は?」


 そしてジョセフは、先ほどまでの神妙な面持ちから一転、あっけにとられたようにびっくりしている。


(あ、つい口に出しちゃった。 ま、いっか。 長くて、関係のない申し送りほど、面倒くさいことはないんだもん。)


 簡潔明瞭、これが一番である。


 まぁそんなことを言っている私も、申し送りは苦手でしょっちゅう先輩に、『記録を読まずに、申し送りをしろ。』って怒られたと思い出す。


 私はこれから夜通し仕事するんだし、騎士様が気になるし、無駄に長い昔話は勘弁してほしい。


(脈と呼吸しかバイタルサインが取れないのに、2時間か3時間、いや、重症だったら1時間に一回は様子を見たい! 現場に慣れた看護師なら、安静の邪魔って、そんなに行かないだろうけど、私はER無経験! 新配属の看護師! 不安なものは不安! こまめに確認したい!)


 ぐっと握りこぶしを握り、家令を見る


「申し訳ないのですが、原因と現状を簡潔明瞭におねがいしますわ。 世迷言は結構。 長話を聞く時間があるのなら、私は騎士様の元へ行きます。」


 そんな気持ちの焦りから強めにいえば、明らかに動揺し、しどろもどろになる家令。


「い、いえ、しかし。 大切な話で……。」


「しかしも何もありません。 もう一度言います、原因現状を簡潔明瞭に。 5W1Hでお願いしますね。」


「ご……ごだぶりゅういちえいちとは?」


「いつ、どこで、誰が、なぜ、なにを、どのようにしたためにこうなったのか、ですわ。」


 これは報告の基本だ。


 今はもう少し違ったかもしれないが、私の時代はそうだった、変わったかもしれないけど。 ま、そんな細かいことこの世界に知る人はいないし、関係なし。


「では、簡潔にお願いしますね。」


 ビシッと言ってのけるが、視線が彷徨う家令。


「それだと我らの今までの苦労が……。」


 明らかに困惑した表情で顔を見合わせている3人に、私はわざと注目されるように、大きく溜息を吐いた。


「今までの苦労、ですか。 でしたら私の半生も聞いていただけます? 私がこの世に生を受けてから、この辺境伯に輿入れするまでの、長く辛い話なのですのよ。」


 嫌味をたっぷりまぶした私の問いかけに、さらに微妙な顔をした三人。


(そうそう、嫌でしょう? だからさっさと要点だけ話して頂戴。)


 狙い通りの態度なので、そのまま畳みかけるように言った。


「そんな与太話、いらないですわよね? 同じことです。 ですので簡潔明瞭にお願いします。」


 すると、慌てた様子の神父様が私にちょっとだけひきつった笑顔を向けて言う。


「いいえ。 ぜひ、奥様の半生のお話をお伺いさせていただきたいと。」


(いや、それは、なんの必要が? 全員そんな話いらないって表情に出てますからね。)


 そんなあからさまな反応をしておいて、よく聞くと言えたものだと感心する。


(人間っていうのは、なんで人の苦労話は聞きたがらないのに、自分の苦労話は長々と感情たっぷり脚色過多で話したがるのか。)


 はぁ、とため息をつく。


「結構ですわ。 皆様、私の半生などにご興味のない事くらい、解っています。 そもそも話して楽しいものではないですし、これ以上は時間の無駄です。 そもそも私の半生など、読み飛ばし推奨とさせていただいておりますもの。」


(そう、あの章の前半は読み飛ばし推奨ですよ! 皆さま!)


「それは何のお話で……」


 心の声に突っ込まれたのかと思ってびっくりしたが、そうではないようなので、心落ち着けるようにお茶を飲み下してからジョセフを見る。


「こちらの都合ですわ。 それより私のような小娘を嵌めてまで温情を乞わねばならない事態とは何か、ご説明くださいませ。」


「は、はい。 畏まりました。」


 頭を下げた執事は、少し考えながら、5W1H、5W1H、5H1W……? と繰り返しているけれど、途中から逆になっているようだし、仕方がないから助け舟を出すことにする。


「いいでしょう。 私の問いに答えてください。 では、この問題、いつからですか?」


「きっかけはおおよそ15年前、旦那様が12歳の頃でございます!」


 困惑表情のまま、私の勢いにつられ、慌てて答えるジョセフ。


「それはどこで起きたのですか?」


「現在は辺境伯領であるイカゴ村……当時は隣国との国境に当たる、最も戦とは無縁の場所でした。」


「誰がかかわっているのですか?」


「わが主であるラスボラ・ヘテロ・モルファ辺境伯騎士団団長様……当時はまだ辺境騎士団四番隊第5班副班長と、その兄君であり、当時の辺境伯騎士団四番隊第5班班長のフィデラ・ヘテロ・モルファ様です。」


 その答えに、私はあら、と思う。


(旦那様、お兄様がいらっしゃったのですね。 ……それにしても、フルネームに役職名が付くと、旦那様、俄然ラスボスっぽいわ。 お名前を呼ぶときにラスボス様、って呼ばないように気を付けなきゃ。 ま、そんな機会ないと思うけど。)


 ぷっと噴出してしまうのをこらえながら、質問を続ける。


「なぜ? その原因は?」


「フィデラ様、ラスボラ様の率いる第5班とは、当時は警戒するべき点もない、安全圏にある国境を見回り中でした。 当時の聞き取りでも、その瞬間までは、予兆も変化もなかったようです。 しかし、長らくの平穏を裂くように突然発生した魔物の強襲と、それに便乗した隣国の襲撃がおこりました。 そもそもは、前線を退いた老騎士達が若様方を教育するための部隊でしたので、健闘むなしくわずか数名のみが生き残る形で、退避となりました。 そのさなか、フィデラ様が、ラスボラ様を守ってお亡くなりになりました。」


(あ、この先はなんとなく想像ついたわ……。)


 多分想像通りだろうと思ったが、一応最後まで聞くために、最後の質問をした。


「なぜそのようなことに?」


「退避中のラスボラ様の乗った馬の後足を、魔物にかみ砕かれ、その拍子に落馬したラスボラ様を襲った魔物から、フィデラ様がお守りになったのでございます。」


「……その後、どのようになったのかしら?」


 家令は一度唇をかみ、それから絞り出すように続ける。


「フィデラ様は、落馬したラスボラ様を助けるために引き返し、ラスボラ様をご自身の馬に引きずりあげ、逃げようとなさったそうです。 しかしその最中、フィデラ様は魔物に背中から大きく引き裂かれて落馬を。 引き換えに馬に乗せられたラスボラ様は、兄君が御自分にされたよう、兄君を助けようとなさったそうです。 しかしフィデラ様は背中を切られ、腕を落とされ、地に倒れながらも魔物と応戦。 その中でラスボラ様にお命じになられたそうです。」


 はぁっと、息を吐くように、家令は、フィデラ様の最後の言葉を吐き出した。


「『戻るな! 行け! 私はもう助からない! そんな私を助け庇えば、お前も助からない! ならばこのまま私を捨て置き、お前は生きのび、戦って私の無念を晴らせ! これは兄ではなく上官としての命令だ! 行けっ!』 と。 それでも兄君を助けようとしたラスボラ様を、同じく兄君に命令された班員が押し切る形で撤退したそうです。 ……その場に、兄君だけを残して。」


「……なるほど……。」


(……私には理解できないほどに、お辛かったでしょうね。)


 彼らを守り戦って死んだ者達も。


 上官であり守るべき辺境伯家の嫡男を守りきれず、見捨て、逃げなければならなかった者達も。


 そして。


(旦那様は、そんな中で兄君を失ったのね。)


 気付けば、私の目の前で話を聞いているブルー第三騎士隊長は膝の上で白くなるまで手を握りしめ、神父様も、話してくれた家令も、目を伏せ涙をこらえている。


 彼らは皆、当時を知る者達なのだろう。


(……あぁ、成り行きでもこんな話、聞くのではなかったわ。)


 私は、嫌な気分を呑み込むように、冷たくなったお茶を一気に飲み干した。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
アクアリウム好きそうな名前で草
悲しい悔しい兄の死を経験したからこそ、部下にも自分と同じ思いをさせないように、傷ついた部下を見捨ててはいけなかったんじゃないのかな? 兄を見捨てる形で逃げるしかなかった事に後悔してるでしょうに···。…
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