18・ひと時の休息
本部へ向かう中、お願いをして、うがい、手洗い、洗顔を済ませた私は、ブルー第三騎士隊長に命じられた若い騎士様に案内され、南方辺境騎士団の砦の最奥にある本部の貴賓用応接室に通された。
まだ誰もいないその部屋の、上座のソファに促され、腰を下ろす。
(本部という事は、ここに旦那様もいるのね。)
と考えていた私の元へ、少し遅れてやってきた3人。
私に許しを乞うてから、机をはさんだ反対のソファに、鎧を脱ぎ騎士服姿のブルー第三騎士隊長、右隣の一人かけソファには神父様が座る。
「貴方は座らないの?」
「主人の前でございますので。」
家令ジョゼフはそう言いながら、部屋に案内してくれた騎士様から茶器などの載ったカートを受け取ると、恭しく茶を淹れてくれ、葉野菜に燻製肉を挟んだサンドイッチを取り分けておいてくれた。
「これは?」
「昼前からあれだけ動かれたのですから、腹も減っておられるのではと、茶菓子ではなく軽食を用意させていただきました。 無骨な騎士団の料理ではありますが、よろしければお召し上がりください。 お話はそれから、という事で。」
ブルー第三騎士隊長がそう言って進めてくれる。
騙された相手と食事をとるというのも変な話ではあるが、正直喉の渇きが癒えたところで、胃が空腹を強く訴えていたから、この申し出はとても有難かった。
「お心遣いありがとうございます。 ただ、私だけ頂くと言うのは気がひけますので、ぜひ皆様も御一緒に。」
私が勧めるのもおかしな話だがそう進めると、ありがたく、と頷かれたため、家令が用意してくれる。
ブルー第三騎士隊長の前に置かれたのは、手のひらほどに大きくカットされたサンドイッチだが、わたしや神父様の前に出されたものは、一口か二口で食べられるように家令がカットしてくれたようだ。
渡されたサンドイッチを手にし、私は一口、頬張った。
肉が多めだが、具材のバランスのよいサンドイッチは、とても美味しくて、一つ、また一つ、と食べ進む。
(懐かしい。 夜勤でよく食べたっけ。 そうそう、最初の夜勤でカップ麺持って行って、お湯入れた瞬間にナースコールの嵐になって、食べられたのが一時間後になって、汁の無くなった、伸びきって冷えたラーメン、器替えてチンして食べて、それ以降はサンドイッチにしたんだ。 あ~、あとは眠気覚ましのおやつやコンビニデザートも、本当、懐かし……ん? 視線を感じる?)
しみじみと前世を懐かしみながらサンドイッチを食べていると、何やら視線を感じてそちらを見た。
視線の先には、やや驚いた顔で私を見ている3人。
(え? なに? ……あっ!)
気が付けば、私の皿の上のサンドイッチが、後一切れになっていた。
(しまった、美味しいのと懐かしいので、令嬢にあるまじき食べ方を……。)
貴族の令嬢なのに、あんまりにも美味しそうに、しかもよく食べていたから吃驚したのだろう。
(まぁでも、そもそも町で働いてた時は、これくらい普通だったし、食べられるときには食べる、なんて基本だし! あれだけ好き勝手した後だし、いいか。)
脳内でそう納得し、全てを食べ終えると、差し出されたお茶に、ミルクとお砂糖をたっぷり入れて、一気に飲み干した。
(うん、お腹8分目! これであちらに戻っても動けるわ。)
お腹も心も満足し、ナプキンで口元を拭ってから微笑んだ。
「うふふ、あまりに美味しくて、たくさん頂いてしまいましたわ。 びっくりなさったでしょう。 ごめんなさいね。」
一応とそう言うと、目の前に座るブルー第三騎士隊長が首を振った。
「あれだけ動かれれば、腹は減って当たり前です。 それより、騎士団の武骨な食事が奥様のお口にあったか心配です。」
いや、これだけぺろりと平らげてて、気に入らないわけないじゃない、なんて言うわけにもいかず、微笑みを浮かべて頷いた。
「それはもちろん。 中のお肉とお野菜、それにソースの配分が絶妙で、大変美味しかったです。 作ってくださった方にお礼を言いたいくらいです。」
「それは良かった。 奥様に褒めていただいたとなれば、担当の者が喜びます。」
私の言葉に偽りはないと理解しているだろう。 ブルー第三騎士隊長は嬉しそうに、後で調理班に話しておきます、と笑ってくれた。
彼は、あの旦那様と違って、出来た方なのだろう。
(ま、そんな彼も、上官夫人を騙す策士、という事で……。)
私はティーカップを置き、静かに3人の顔を見た。
「ではそろそろ、私へお詫びを、と言われたお話を、お聞かせ願えますか?」
「かしこまりました。」
本題に入りましょう、と促した私の言葉に、執事と神父様、それからブルー第三騎士隊長は先ほどの笑顔を消し、すっと背筋を伸ばし、私の方に体を向けた。
「本日、奥様をこちらへお呼びしたのは、私共が話し合って行ったことなのです。」
口火を切るように話を始めたのは、正面に座るブルー第三騎士隊長殿だった。
「奥様に、少しでも、我が騎士団の現状を見ていただき、わずかでもいい、負傷した騎士たちへ、温情をいただきたかったのです。 ただ、魔物の襲撃は予想できず、結果、あのような惨状をお見せすることとなりました。 お詫び申し上げます。」
そう言って深く頭を下げるブルー第三騎士隊長ですが、私は少し違和感を感じて首を傾げた。
「温情など。 旦那様がおっしゃったとおり、私は所詮、世間知らずの貴族の令嬢。 何かを見せられたところで、恐怖で逃げ出す事も、嫌悪で怒り出す事もあり得えるでしょう。 そんな、たかが令嬢ごときに、何を見せても、何もできないとお解りでしょう? なのに何故です?」
(まぁ、生粋のお嬢様ではありませんし、何なら率先して行動を始めてしまいましたけどね。)
だがそれは結果論だ。
事実、記憶が戻る前の自分は、怖くて怖くて吐いてしまった。
あのまま屋敷に逃げ帰って、引きこもりになり、二度とここへは近づかないことになってもおかしくないのだ。
(記憶が戻って、良かったんだか悪かったんだか……。)
「貴方方の意図が、解りませんわ。」
わざとらしく、はぁ、とため息をついてみる。
「それは、私からお話しさせていただいてよろしいでしょうか?」
すると、口を開いたのは、左隣に控えていた家令ジョゼフだった。
「えぇ。 長年にわたり旦那様に仕える貴方からは、何を聞かせていただけるのかしら?」
少し嫌味を含ませ問うてみると、深く頭を下げた彼は、静かに語り出した。
「もともとは、此方のブルー第三騎士隊長様以下、辺境騎士団副隊長の皆様と神父様にご相談を受けたのが始まりでございました。」