152・毒ミルクとイラクサのベッド
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ブシロードノベルより『目の前の惨劇で前世を思い出したけど(略』1、2巻
ブシロードワークスより『目の前の惨劇で(略』コミカライズ第1、2巻
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「すべての話を聞き終えました……残された文献も、隠されていた日記も回収済です」
旦那様に会いに行き、その異常な様子に彼を離れから本宅へ連れ出した翌日。
徹夜で一通りのあらましを調べ終えた私は約束通り女神の医療院の診察室にいた。
「……哀れな拾い子を懸命に守り育てた仮親の無知が招いた、悲しい童話のようでしたわ」
「それは、良かれと用意した寝床の真綿はイラクサで、甘いミルクは毒だったってことかい?」
「……少なくとも、家令に関しては……」
あの時クルス先生から渡された紙に書かれていたのは旦那様が十年以上にわたり飲んでいたとされる薬の処方の写しで、そこに書かれていたのは数種類の毒性が強く扱いの難しい薬草の名前だった。
そして、それを与えていたのは幼い頃から旦那様の傍にいた家令と侍女長であることも分かった。
『旦那様のための薬です! 何が悪いのですか! 大旦那様は旦那様を見捨てた! あなた方も! そんな可哀想な旦那様を……苦しむ坊ちゃまを間近で見続けた私共が、どうにか救いたいと思った、それの何が悪いのです!』
彼の言葉には、まったく嘘はないとなぜだか思ってしまったのは私が甘いせいだろうか。
母と兄を自分の失態で失ったと罪悪感に苦しみ憔悴していく哀れな幼子に対し、元は亡き兄フィデラ、そしてラスボラ付きの侍従となったジョゼフはすぐに医師に診察を依頼し、そんな彼に寄り添った軍医が心を落ち着かせるために、本当に軽い薬を出したのが始まりだった。
兄と母の手助けがあって変わったものの、そもそもは書庫や自室で穏やかに暮らすのを好む繊細な、ともすれば神経質ともとれる気質の子どもには耐えきれなかった悲しみと苦しみを、誰しもが哀れに思っただろう、寄り添おうとしたのかもしれない。
だがそれは最初だけで……周囲の悲しみが流れ去った後に残されたのは、国防という最も重い責務を担う辺境伯家を継ぐと決まった旦那様に対する過剰な期待と責任。
母と兄を失った悲しみと苦しみなど、乗り越えて当たり前の壁となった。
彼は長く悲しむことを許してもらえなくなった。
部屋で泣いていても引きずり出され、逃げ出しても連れ戻され、兄を教えていた教師によってこれまで免除されていた多岐にわたる教育が、これまでとは比べ物にならない厳しさで始まり、さらに休む間もなく剣や馬などの騎士団の鍛錬にも連れていかれる。
しかも人並みにできていても、ともすれば懸命に努力し、優れた兄を抜くことは出来なくとも追いついた結果を出していたとしても、周囲の大人たちは、共に育った子供たちは残念な視線を向けるのだ。
『あんなに必死にならなければできないのか。フィデラ様であればこれくらい簡単に行っていたのに』と。
彼の心をさらに壊すには、さほど時間はかからなかった。
その姿を傍で支え続けたジョゼフは、前辺境伯に床に額をつけて願った。
もう少し待ってほしい、彼の傷が癒えるまで。せめてもう少しでいい、彼が眠れるようになるまで、心穏やかになるまで待ってほしい、と。
しかしその願いは叶うことなかった。彼の父にもまた、時間がなかったからだ。
正しくあれ、強くあれ、間違うなかれ、重責に押しつぶされることなかれ。
己のすべてをかけて国と領地、そして弱き者たちを守りぬけ。
お前はフィデラに代わりこの南方辺境伯モルファ家の跡取りとなったのだから。
彼以上になれとは言わない。せめて努力をしろ、誇り高く逝ったフィデラに恥じぬように真面目に学べ!
父を含めた多くの大人たちのその言葉は、自分のせいで母と兄を殺してしまったと思い悩む子供の心をどれだけ追い詰め、傷つけ、苦しめただろう。
やがて彼は薬を飲んで寝たにもかかわらず何度も覚醒し、見えぬ何かに怯え、抵抗してはベッドから転がり落ち、泣き続ける事になった。
朝になれば嘔吐し、教育の時間になれば腹を壊し、涙が溢れ、手足が震える。
そんな息子が辺境伯家の当主としては不適であると、父である前辺境伯が考えるのは至極当然のことであった。
自身も病を得て残された時間は少なく、短い時間ですべてを伝え教えるには、心優しく引っ込み思案な次男には無理であるとすぐに悟ったのだろう。
このままでは誰もが不幸になるだけだと、自身は養子をとり、彼を王都に住む母の実家に養子に出すことで重圧から逃がしてやろうと考えた。
深夜の執務室で前辺境伯が内密にかわしていた会話をジョゼフは聞いてしまった。
毎夜泣き苦しむ子を今日も寝かしつけたばかりのジョゼフにとって、それは決して受け入れることのできない、許せない会話だった。
目の前が怒りで真っ赤に染まるほどに。
あれだけ頼んだのに、あれだけ待ってほしいと言ったのに、彼に寄り添ってほしいと伝えたのに。
泣きながら、苦しみながら、それでも期待に応えようとし努力を重ね、結果さらに壊れそうになった息子を、その努力も存在も認めることなく無情にも切り捨てるのかと。
――モルファ辺境伯家の当主はフィデラ様とラスボラ様以外ありえない。
幼いころから見守っていた太陽のようなフィデラ様が己のすべてをかけて生かしたラスボラ様。自分のすべてを捧げて彼を、いや、彼らを当主にするのだと。
ジョゼフは薬のように幼子に伝える。あなたこそがこの辺境伯家を継ぐべき人間なのだと。他の人間にはその資格すら与えてはいけないのだ、あなた以外にはありえないのだと。
そして医師と相談する。彼を当主にするために、症状を抑え見限られないために。
嘔吐させない薬、手足の震えを止める薬、夜間の悲鳴を押さえるためによく眠れる薬を、症状が落ち着くまで増やしていった。
自分が守る子を次期当主として認めさせ、ひいては立派な領主とするために。
薬のせいでぼんやりし叱られれば覚醒させるための薬をふやす。
その薬のせいで夜眠れないと嘆くのならば、眠れる薬をまた増やす。
物覚えが悪くなってしまえば、頭をはっきりとさせる薬を増やす。
気分の落ち込みを抑える物、不安定な感情を安定させる物、薄くなった感覚を取り戻させる物、鋭くなりすぎた感覚を抑える物、突然襲う頭痛を抑える物、物おじせず気持ちを強く持たせ元気にさせる物。
彼に寄り添い、彼が苦しむ症状を丁寧に聞き取り、食事や寝具、部屋の灯り、着るものまで細心の注意を払いながら環境を整え、そのうえでさらに薬を重ねて、重ねて、重ねて……。
さらなる地獄を生むとも知らず、思いやる心と蝕む薬が生き地獄への道を作った。
ジョゼフはもちろん、医療の遅れるこの国の軍医も知らなかったのだろう。
薬には耐性が付くこと、そして過ぎた薬は身を亡ぼす毒になるという事実を。
食卓に並ぶ食事の品数が増えるように、薬の量と回数も増えていく。
兄と母が枕元で嘆く夜にはそんな悲しみから逃げられるように甘いミルクに少しの酒と眠れる薬を混ぜてやり、父や老いた親族たちに次期当主としての心得を聞かされた後は、はちみつを流した紅茶と共に気付け薬を差し出して。
回数も量も種類も増えた薬。飲むのに苦労するようになった彼がいつでも飲みやすいようにすべての薬を混ぜ込み一つの薬として少量ずつ、回数を増やして飲めるような気づかいもした。
一日に何度も飲むべきではない、気遣いで出来たその薬を、苦しむ子は唯一の救いのように飲み続ける。
これさえ飲めば、自分は後継として見捨てられず、兄や母に報えるのだと。
そんな彼に医師は寄り添い続けた。軍医としての知識しかない未熟な自分ではだめだ、どうにか彼を救いたい、薬など飲まなくてもいいようにしてやりたいと国内中のみならず異国からも書籍を取り寄せ学んだ。
その、医師として正しく研鑽を重ねる行為が新たな悲劇を生んだ。
数多くの文献を読み知識をつけた彼に突きつけられたのは、一つであれば、適量であれば正しく薬であったはずの目の前の物が、すでに薬と呼ぶにはあまりにも異質な毒になっていた事実。
兄と母を失い、父から虐げられていると悩み苦しんで周囲から孤立した中でも自分を慕ってくれる哀れな子を壊して余りある凶悪な毒を与え続けていたという、医師として最大の過ち。
軍医は、どれほど苦しみ、罪悪感に苛まれることになったのだろう。
「……ある日、薬を受け取りに行ったジョゼフは軍医に言われたそうです。『もうあの薬を飲ませては駄目だ』と。理由は語らず、けれど頑なに飲ませるべきではないと言い、薬を処方することも辞め、代わりの薬を渡された。それがどのような薬かは知る由もありません。おそらくは体内に蓄積された毒物を排出させるような類のものだったのでしょう。すでに依存していたものを断薬し、さらに蓄積した毒を排出させるための薬を飲まされる。その効果は離脱症状として表層に現れるためジョゼフの目には旦那様は薬のせいで悪化したように見えた。ジョゼフには彼が他の親戚同様に手のひらを返し『旦那様に危害を加える危険人物』として映ってしまったのです。その結果……」
「殺したのかい?」
躊躇した言葉の先をはっきりと口にしたクルス先生の言葉に、私は頷いた。
当時、旦那様に毒を盛った事実に憔悴しきった医師に、なぜ助けたのだとつかみかかり罵倒した負傷兵がいた。
その事を知ったジョゼフは彼の弟子に金を渡し、自死に見せかける形で排除することにした。
彼が貴族ではなかったから。雇われの軍医だったから。自分の方が身分も位も上だったから。
決断は早かった。
「軍医の屋敷にあった処分する前の薬をジョゼフはすべて回収しました。そしてそれを与え続けた。しかし薬は劣化します。では5年間どうしたか……」
「弟子を脅した、かな?」
「はい。軍医を手にかけた弟子を脅して薬を用意させたそうです。しかし彼もまた、師匠に手をかけた罪悪感に押しつぶされ、酒におぼれて病に倒れました。手元に残った薬が足りなくなったジョゼフは、マイシン先生に頼んだそうです。誰に与えるかは知らされず、ただこういう薬を作ってほしい、と。しかしマイシン先生はしっかりとした薬の知識をお持ちで、それがどれだけ危険な物かを瞬時に理解し、食欲増進と整腸作用のある薬草をその薬であるよう見せかけて渡したそうです」
マイシン先生は口にはしなかったが、私と旦那様、そして使用人との関係性を知っている彼らがその薬を私に飲ませるかもしれないと思ったようだ。
しかし実際飲んだのは旦那様で、望んだ効果が得られることはないまま時間が経過する。
「マイシンの薬に切り替わったことで思いがけず断薬となり、離脱症状で感情大暴走というわけか」
「おそらく……。推察ですが、私に怪我を負わせた領民に手をかけた頃には、旦那様はすでに禁断症状が出ていたのですわ」
その頃でなくては彼の今後を考えても色々と困る。そんな思いから私はあえてそう断言する形をとった。
「制御できない怒りで他者を文字通り切り捨て、怪我人である君を思いやることも出来ず、話し合いの場で妻を締め上げ、パニックになる……薬物中毒の典型か」
「……お兄様が亡くなられて十六年のあいだ薬を飲み続けていた旦那様には、正常な判断は難しいでしょう。この先、同じ年月以上をかけて治療が必要となります。生涯禁断症状にも苦しむことになるでしょう……」
「それを、彼らには?」
「話しました」
モルファ家当主の執務室。
私とカルヴァ侯爵夫妻を前に敵意を隠そうとしないジョゼフとコリーは、しかしマイシン先生から、自分たちが長期間飲ませていた薬の内容の一つ一つ、そして長期にわたり服用することで自分たちが守りたかった旦那様の心身にどれだけ負担をかけ、現在の症状自体がすでに禁断症状であること、そしてそれを克服するまでにどれくらいかかるか、そのうえで残る後遺症を事細かに、現在の症状も照らし合わせて伝えられた。
最初は反抗的な態度で聞く耳を持っていなかった彼らも、マイシン先生の説明する禁断症状に思い当たる節があったのだろう。
徐々に顔色を変えたジョゼフは、旦那様がこの先味わう苦しみを聞かされた時、初めて大きく動揺し、その場に膝をつき、叫んだ。
『知らなかった……そのような恐ろしい薬だとは本当に知らなかったのです! ただ一人で苦しむ旦那様があまりにもおかわいそうだった、あまりにも……あの苦しみからお救いしたかった! それだけなのです……! それだけ、だったのに……』
そう言って床に突っ伏したジョゼフの隣で、コリーも床に突っ伏し懺悔の言葉を繰り返した。
が。
彼女が膝を折るほんの一瞬、交わりあった瞳に籠る明らかな敵意を私は見逃さなかった。
「旦那様の薬の件は知らなかったようではありましたが、捜索されたコリーの部屋から鉱石毒が出てきましたわ。彼女は最初から私を病気に見せかけて殺すつもりだったようです。ですから、婚姻翌日に私がさっさと離れにひきこもってしまったことは大きな誤算だったようで……あれだけ必死に本宅に戻れと言っていた理由がわかりましたわ」
「食事に毒を混ぜて徐々に弱らせて、か。手の込んだことをするね」
「仮にも公爵令嬢、表立っては何もできませんでしょう? それに後妻という立場であれば、子爵家の令嬢でも辺境伯の妻になれると思ったようです」
「なるほどね。芋ツル式に別の悪意も引きずり出したってわけか」
「結果としては……喜ぶべきことではありませんが」
「で」
ため息をつきながら頷いた私に、クルス先生はにっこりと笑う。
「君は、そんなものの犠牲となってしまった彼が可哀想だから、このまま末永く彼の病が癒えるまでお付き合いする、なんて言い出すつもりはないよね?」
「……」
その言葉に心のどこかで生まれ始めていた何かを見透かされた気がしてきゅっと口元を引き締めた私に、クルス先生は深く深くため息をついたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
リアクション、評価、ブックマーク、レビュー、感想などで作者を応援していただけると、やる気がもりもりわきますので、是非よろしくお願いします。
誤字脱字報告も、合わせてありがとうございます。
★登場人物紹介に、テ・トーラ公爵家の人物紹介が追加されています★
本日、コミックグロウルにて無料公開された回で、小説1巻分がすべてコミカライズされました!(わーい) 4月更新からは、小説2巻の内容に入っていきます! ぜひ、手に取っていただけると嬉しいです!
(などと明るく宣伝している場合ではない内容ですが!)
***注意書き***
作者の全ての作品は異世界が舞台の『ゆるふわ設定完全フィクション』です!
その点を踏まえて、楽しくお読みくださいね。




