16・第三騎士隊長チェリーバ・ブルー
「ご挨拶が遅れました。 私、チェリーバ・ブルーと申します。 辺境伯騎士団副団長の一人で、第三騎士隊長をさせていただいております。」
旦那様を見送った後、私の目の前で膝をつき頭を下げられたのは、先ほど旦那様にご命令を受けていらっしゃった鋼色の鎧の騎士様だ。
「まずはお立ちくださいませ。 そのような礼は必要ありません。 私は、ネオン・モルファですわ。 旦那様の命令とはいえ、私のわがままに付き合っていただくことになって申し訳ありません。 ……ブルー第三騎士隊長殿。」
私の言葉にいえ、と首を振り、ゆっくりと立ち上がった彼。
彼が立ち上がる事で分かったのだが、ブルー第三騎士隊長様は、背も高く旦那様よりは細身だが、赤桃色の刈り上げた短い髪に、柔らかな褐色の瞳が爽やかな雰囲気の、なかなかの美丈夫だ。
(ブルー第三騎士隊長様は、旦那様と同じくらいのお年でしょうか……。 あれ? そういえば私、旦那様の年齢も存じ上げませんね。 まぁ、知る必要性もないですが。 ……それよりも。)
静かに目の前に立つ彼を観察しながらそんなことを考えつつ、私はゆっくりと頭を下げた。
「ブルー第三騎士隊長殿には、まずはお詫び申し上げます。 突然現れた私が、こちらで勝手をしたばかりに、騎士の皆様に大変なご迷惑をおかけしてしまいました。 また、こうして夜勤めの騎士様の、仮眠用の兵舎を事前に確認もせず無断で使ってしまい、申し訳ありません。 本日、夜勤の騎士様方が、いつも通り、きちんと仮眠を取れる場所は他にありますでしょうか?」
静かにそう言ったのだが、頭の上からとんでもなく慌てた声が落ちてくる。
「奥様、頭をお上げください。 私どもにそのように頭を下げられてはいけません!」
「いえ、このように大きな騒ぎにしてしまったのは私の落ち度です、申し訳ありません。」
「お願いですから頭をお上げください!」
慌て、焦ったようなブルー第三騎士隊長の声に、私はそれでは、と頭を上げると、明らかにほっとしたような顔で、彼は私に教えてくれた。
「仮眠室の件は大丈夫ですのでご安心ください。 この建物の隣に、現在は使用していない同規模の建物があり、そちらを使うように指示を出しましょう。」
「お手を煩わせて申し訳ありません。 感謝いたしますわ。」
一つ、頭を下げてお礼を言い、頭を上げると、ブルー第三騎士隊長は、私の方をじっと見ていた。
「あの、なにか? ……あ。」
私は顔を隠そうと扇を探したが、そんなものはどこかに行ってしまっていた。
そんな私を、彼はバツの悪そうな、申し訳なさそうな顔で見ている。
もしかしたら化粧が落ちてほぼすっぴんだから? 私、意外と美少女だったはずなのだけど、化粧も落ちているだろうし、そんなに見るに堪えないかしら? とりあえず、見苦しい点についても謝らなきゃ、と、ブルー第三騎士隊長に視線をやる。
「見苦しい恰好をお見せしてしまってごめんなさいね、淑女としてあるまじき姿だわ。」
「いえ! そのようなことは決して。 奥様のお姿は慈愛に満ちた聖母のようでございます。 ……そうではないのです。 じつは、この件で、奥様が我らに謝罪なさることは何一つないのです。 ……それどころか、本当に謝らなければならないのは、我ら騎士団の方なのです。 大変申し訳ございません。」
「……え?」
私に向かって深く深く頭を下げたブルー第三騎士隊長に困惑する。
(今、結構恥ずかしいこと言われたような……いえ、それより、私に謝らなければならないって、何を?)
混乱しながらも、私は静かに彼に声をかけた。
「あの、頭をお上げください。 いったい、何を……。」
「そのことにつきましては、私からも、お詫びを。」
深く頭を下げられたままのブルー第三騎士隊長の隣に、先ほど出て行ったはずの神父様が立たれ、私に向かって深く頭を下げた。
(神父様まで? なぜ?)
「頭をお上げください。 お二人のこの謝罪は、どういう意味合いを持つものでございましょうか?」
声に動揺を出さないように気を付けながら、しかし大の男二人に頭を下げられているいたたまれなさから先に問いかけると、ブルー第三騎士隊長と神父様が、頭を上げる。
とても神妙な顔つきに、もしかしたら、と、対青い血の人に対する嫌な勘が働いたが、時すでに遅し、である。
「奥様。 お話を、聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
目の前の二人の真剣な顔に、私は額に手を当て、ため息をついた。
(あぁ、やはり。 私は何かの策略に、まんまと足を踏み入れてしまったようです。)




