149・バザーの話し合いと、敵だらけの南方辺境伯邸
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ブシロードノベルより『目の前の惨劇で前世を思い出したけど(略』1、2巻
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そこからは、第二回目のバザーを行うための話が順調に行われた。
鈴蘭祭から半年以上たっているため、例年ささやかな収穫祭が行われているのだが、今年は薬草とそれから作られた女性専用の美容水などの新たな産業や、効率が上がり生産量の上がった農・畜産物のおかげで、昨年より領地収入が良かった事、そしてリ・アクアウムでの小規模なスタンピードによりみなが不安で気落ちしていることを考慮し、その収穫祭を少し大きく、遊牧商隊スティングレイを誘致し、バザーを行って華やかにしようという事になった。
その為、今回は鈴蘭祭のように6本の大通り全てを閉鎖し祭り会場にするわけではなく、領都騎士団本部のある正面門から教会前を通過した女神の広場とその先の市場までを会場とし、その通りだけは大通りの馬車や騎乗獣の往来を禁止し、大通りの両隣にはリ・アクアウム周辺に暮らす者が露店や屋台を、教会には前回同様に教会孤児院を支援するためのバザーと騎士団体験会場を、そして女神の広場にはスティングレイ商会の開く露店や屋台、そして今回は実りに対する感謝の舞を披露するため、舞姫と歌姫のために大きな舞台が設置されることが決まった。
ただし(建前上)領主である旦那様は屋敷で長期にわたる静養に入られたことが領民に公表されているため、鈴蘭祭のように花火や開会式等は行わず、街も華やかに飾る事はしないと定めた。
ほか、領都で行われる商いは通常通り行っても良い(こっそり、値引きバザーや、福袋の知恵を教えてみた)ため、領都全体の経済が回ると一挙良得ですね、という穏やかな方針で全てがまとまった。
スティングレイ商隊長からも、女神の広場の半分は領都民が露店屋台に使ってよいこと、そして今回は舞姫歌姫の舞台の作成方法と、その舞台周辺は厳重に警護してほしい点だけを伝えられただけで、全体には高評価を得たところで、ネオンの体調を考慮し、昼過ぎの早い時間には、一度目の話し合いは終了し、解散となった。
「ありがとうございました、スティングレイ様」
「こちらこそ、有意義で建設的なお話が出来てよかった。御身を大切にされよ。我らは明日の朝一度こちらを離れ王都に向かいます。三か月後の祭りを楽しみにしておりますよ」
「こちらこそ、是非よろしくお願いいたします」
「はは。そう言われてしまうと期待してしまいますな。あぁ、そうだ。あれを」
穏やかな会話を交わし、固く握手を交わし別れることとなったのだが、そういえばと、スティングレイ商隊長は一人の護衛に目配せすると、彼は一度傍を離れ、すぐに大きな花束を持って帰ってきた。
それをスティングレイ商隊長は受け取ると、自らネオンに手渡した。
「……これは」
両の腕いっぱいに抱えるほどの、東方の宝飾紙に包まれた、真白い花の束に言葉を失ったネオンに、東方の賢人は穏やかに微笑んだ。
「貴女がお好きな花だと伺い、手配しました。」
「はい、とても……とても好きな花ですわ」
「それはよかった。早く御身が回復されることをお祈りしていますよ、モルファ夫人」
腕の中一杯のアナベルの花束に私は静かに東方のしきたりにあわせた会釈を返す。
「お心づかい感謝いたします。心がけて、次は万全の状態でお会いできるように努めますわ」
「それはよかった! 元気な姿でお会いできるのを楽しみにしていますよ。では、また」
そう言って、二人の護衛を連れて出口に向かい歩いて行った彼らを見送った私は、ほっとして息をついた。
「ネオン様、お顔の色が優れませんが少々お休みになりますか? 部屋を用意させますが」
私から花束を受け取ってくれたベラの隣で、心配げにブルーガが声をかけてくれるが首を振る。
「いいえ。予定より早く打ち合わせが終わったのは僥倖です。次の案件は時間がかかりそうだもの……。ナハマス、申し訳ないけれど早馬で屋敷へ帰って、使用人全員を広間へ私からの命令という形で集めておいてくれるかしら? すぐに私も馬車で向かいます」
「かしこまりました」
私の言葉を提げ、薄桃色の髪をしたナハマスがまず建物を出、用意された鞍のついた馬に乗って門に向かって出たのを見送った後、役場長達の見送りを受けて用意された馬車に乗ると、一度、領都の住居となっている辺境伯別邸に向かった。
別邸では使用人たちの他に、あらかじめやってきていた、カルヴァ隊長に瓜二つで、将来どのような貴公子になるか楽しみな利発な顔立ちに佇まいの少年と、彼の家庭教師と従者が待っていた。
私の後に馬車を降りたポーリィが彼の傍によると、私に向かい静かに頭を下げる。
「ネオン様、紹介いたします。息子のアーリィですわ」
「モルファ南方辺境伯夫人には初めてお目にかかります、カルヴァ侯爵家嫡男アーリィと申します。よろしくお願いいたします」
十歳くらいだろうか。柔らかな笑顔と共に紳士の礼を執って挨拶してくれたアーリィに、こちらもにこやかに微笑み、スカートの裾をつまんで挨拶をする。
「はじめまして、ネオン・モルファです。ネオンと呼んでくれると嬉しいわ。わたくしも、アーリィ様とお呼びしてよろしいかしら?」
それには、目をまん丸くして私の後ろにいる母親を見たのだが、彼女と何か意志を交わしたのだろう。少しはにかみながら
「よろしければ、私のことはアリィとお呼びください。……あの……それで、もしお許しいただけるのであれば、ネオンお姉様とお呼びしてもよろしいですか? ……その、僕は一人っ子なので……お兄様かお姉様が欲しかったのです」
顔を真っ赤にし俯いたアーリィに私は胸がほんわかと温かくなる。
「アリィ、それは」
「いいの、ポーリィ様」
流石に止めようと一歩足を前に出したポーリィをとめ、目線を合わせて微笑んだ。
「お姉様、なんて嬉しいわ。では、わたしはアリィと呼ばせていただくわね、これからよろしくね、アリィ」
「はい、ネオンお姉様!」
「おやおや、今日はお客様が多いですな」
「モリマ、ジミーまで」
エントランスで話をしていると、庭仕事から戻ってきたのか、お願いしていたポーリィ様がお好きだというバラの花束を持ってモリマとジミーがやってきた為、声をかける。
「お疲れ様、二人共」
「嬢ちゃまの為ならばかまいませんよ。モリマ、この花をお願いしてもいいかしら?」
「なんて立派なアナベルだ。大切に仕分けましょう」
ベラからアナベルの花束を受け取ってくれたモリマの横で、ジミーがまじまじとベラとブルーガを見て笑う。
「おやおや、話には聞いていたが、ブルー坊ちゃんとベラ嬢ちゃんまでとは。別宅も騒がしくなるのぅ」
「坊ちゃんはやめてください。それに、もう貴族でもなくなりましたのでブルーガ、と」
「わたくしも、いい年なので嬢ちゃんはやめてほしいのですが」
そんな会話と共に花束のやり取りをしながら話すベラ、ブルーガ、ジミーの横で、私の好きな花を手にしていたモリマが、カルヴァ夫人やアーリィとやり取りしていた私と目が合い、わずかに目を伏せたのが少々気にはなったが、彼はそのまま、それではお気を付けて、と下がってくれた。
帰ってきたとき、大切な何かを話すことになる可能性があるかもしれないなと思いながら、わずかに震える手を握るが、これからの辺境伯家・辺境伯騎士団にはとても大切な事だと自分に言いきかせると、踵を返し、私の後ろに立つ皆の顔を見、それから最も近くにいたカルヴァ夫人に微笑んだ。
「先程はご挨拶も出来ず申し訳ありませんでした。また、あのような不躾でご気分を害されても当然のようなお茶会以来であるのに、急な申し出を快く受けてくださったこと、心より感謝いたします」
「いいえ」
私の言葉に、カルヴァ夫人は首を振り否定し微笑む。
「ネオン様の当時の状況を考えれば、そしてモルファ家の問題を考えればあの程度は当然のことです。とくにネオン様は女主人でありながら騎士団隊長としてのお勤めも担っていらっしゃいます。それに関しましては夫より様々なことも聞き及んでおります。」
「……こちらこそ、そう言っていただけるとありがたいわ。これからのことに、アリィ君を同席させるのは心苦しいのだけれども、よろしくお願いいたします、ポーリィ様……いいえ、カルヴァ夫人」
それには、カルヴァ夫人はしっかりとカーテシーを執る形で私に頭を下げた。
「アーリィには先日、夫よりしっかりと貴族の嫡男としての在り方を説明しておりますので問題ございません。ですからご安心を。ネオン様」
「ありがとう」
立場があり、軽くではあるが頭を下げた私は、目の前のカルヴァ夫人に礼を言った後、メイドであるアナが気をきかせて持ってきてくれた一口大のお菓子と共に、昼食後に飲むはずであった薬を果実水で飲み下した。そして、すっと背筋を伸ばし、そこにいる全員に声をかけた。
「では……魔物の住処に魔獣退治に参りましょうか」
冗談めかしてそう言えば、皆、笑いながら頷いてくれた。
「もちろん、お供いたします!」
それから、先ほどまでと同じ馬車に私とポーリィ様、アーリィ君、そしてデルモと乗り込む際、その馬車の後ろに多くの荷物を載せた馬車が二台用意されており、これから起こす事に覚悟を決めながら座り、出発するように指示した私を乗せた馬車は、領都の辺境伯別邸の門を潜り抜けた。
******
南方辺境伯邸の外門・内門の扉、そしてエントランスから屋敷内に入る扉は想像よりもスムーズに開放された。ただし、全ての門扉・扉の両脇に立つ護衛は辺境伯騎士団の人間に代わっていて、先にナハマスを屋敷に向かわせたのは正しかったと、複雑におもった。
馬車が本宅のエントランスの前に停まり、デルモのエスコートで馬車を降りた私は、そのままカルヴァ夫人、カルヴァ侯爵家令息アーリィを連れて、扉を開けて中に入り、誰もいないエントランスを抜けて使用人全員が集められている広間へと向かった。
扉を開けてもらい中に入れば、重い空気と共に、家令や侍女長以下、古参と呼ばれる使用人達は中央に、歳若めの使用人達は壁際にひっそりと固まるようにして集まっており、私の姿を見ると皆一様に頭を下げた。
「顔をあげてください。この屋敷の使用人には全員に集まってもらうよう話していますが、みなさん集まっていますか?」
「はい。皆、集まっております」
使用人名簿の一覧を私に渡しながら確認するとナハマスに、彼はそう答え、私は頷き皆を見回す。
穏やかに淑女として正しく微笑みながら皆の顔を一人ずつ見ていく。
名簿の名前と顔が一致するものは、家令、侍女長、そして厨房担当の皆、庭師、ランドリーメイドの一部で、中には初めて見る上級・下級使用人もいるが、休日であったのに呼び出されたのか不機嫌そうな者、明らかにここに呼び出されたこと自体が不服であるといった様相の者もいて、しかもそれが古参であればあるほど、顕著だ。
しかしその強い視線が、なぜか私よりもカルヴァ夫人に向いている人間がいる事が少々気になったところで、先に声をかけてきたのは、家令であるジョゼフであった。
「今更、本宅へなんの御用でしょうか。テ・トーラ公爵令嬢」
「あら?」
わずかに厳しい顔をしたまま、最低限の礼として、胸に手を当て、頭を下げた状態で、家令は言葉を続ける。
「今日は何用で、こちらの本宅へいらっしゃったのでしょう? こちらにお住まいになるのも来訪されるのも拒否されたのは公爵令嬢の方でいらっしゃいます。それに、全使用人を一部屋に集めよとは、公爵令嬢にあっては、当家の使用人に命令するなどと、どのような権限があっての事でしょうか」
その言葉にカルヴァ夫人が扇を閉じて一歩、前に出る。
しかしそれを制した私は、久しぶりにテ・トーラ家のお養母様の教育を思い出し、内心笑ってしまった。
「そう、貴方にとってわたくしはそういう認識なのね? では」
『三公の令嬢、特に宝石姫である貴方が王家以外の者から侮られることは決して許されない』
(はいはい、お養母様。存じ上げておりますよ)
穏やかな淑女としての微笑みを浮かべると、傍にいた侍女姿のベラに命じ、今まで持っていた清楚なレースのそれではなく、公爵家の家紋がこれでもかと目立つ様にわざと装飾されたやや大ぶりの象牙の骨組みの扇を手にすると、ハラリと使用人たちに見えるよう口元で開いた。
「その様に振舞わせていただこうかしら?」
きらりと光る、司法公の身に許された天秤を持つ女神の姿の家紋に顔をひきつらせた使用人と、その意味がわからぬらしい使用人たちを前に、私は穏やかに話しかける。
「ジョゼフ。貴方はたしか南方辺境伯卿モルファ家一門のなかでも、ソーイール地方の代官を任されている子爵家の分家であるフイシユ男爵家の出……よね?」
「左様ですが」
穏やかに問いかける私に対し、あからさまに敵意をにじませる視線を向ける彼に、私はわざと頬に手を当て、小鳥のように私は首を傾げ扇で口元を隠した。
「そう……では、フイシユ男爵家では、我が国が三公の一角を担う司法家に対し盾突くことをよしとしているという事ね?」
「な」
私の言葉に、思いもよらぬことを言われたのか言葉を短く漏らした彼に、ころころと愛らしく笑いながら話を続ける。
「でもそうすると困ったわ。確かソーイール地方のフイシユ男爵家も含む沼地の土壌改善に際し、子爵家に職人を提供していたと思うのだけど、子飼いも管理できないような愚か者に貸すのも無駄でしょうから、引き上げようかしら?」
「そ、それは! 今回の件とは……」
「お前が今何を言おうとしているか想像できるけれど、家令という立場であるならばこれがおかしくない話であることは理解しているはずよね? それとも勉強不足かしら? まず婚姻とは家と家とのつながり。それが認められないと言う事であれば、婚家同士のつながりも不必要という事でしょう? で、あれば事業から手を引くのは当然。それに、わたくしと旦那様の結婚は国王陛下より王命に準じた形で命じられたもの。それを認めないということは陛下の御意思に逆らう。つまり、陛下へ反逆の意志ありということだけれど。ジョゼフ、それで相違ないかしら?」
そういえば、彼は血の気の引いた顔で首振る。
「なっ! 大袈裟な! そのようなつもりは!」
「大袈裟も何もありません、貴族間の約束事は絶対なのですよ。弁えたのなら今日ここに来てから今までの発言については忘れます。身の程を知り下がりなさい。私は、陛下の命でこの南方辺境伯家へ嫁ぎ、女主人となった司法公の娘です」
私の貴族であるならば理解して当然であったはずの言葉に、一斉にみんなが一歩、二歩と後退する。
「これまで、旦那様が、辺境伯家がと私に何度も忠告という名の命令をし、女主人の命令に背き、敵意をむき出しにてきた貴方方も、ここまで言えばようやく力関係を理解した様ね。でも残念だわ……すべてが遅すぎました」
頬に手を当て、ほぅっと深い溜息をついたところで、私は重くて面倒くさいだけの扇をベラに渡すと、軽く使いやすいいつものものに持ち替えてから、青を通り越して真っ白な顔色の家令と侍女長を見た。
「ジョゼフ。それからコリー。貴方方は解雇しませんが、今をもってその任から解任します」
「…っ?! それは!!!」
「女主人に…いえ、陛下に従わない者をその役割において置く訳には行かないでしょう? ナハマス」
突然の役職剥奪にさらに顔色を悪くした二人から目を話し、傍にいたナハマスを見る。
「はい」
「今日は第二回目のバザーに際し、これまでの旦那様の執務にも大きくかかわる事が多く、その事情から今日の打ち合わせに来てもらったけれど、花祭り以降あまり会うことも話すこともなかったから、貴方の考えを聞いたことがなかったわ。貴方はどうかしら? 貴方も、あちらにいる古参の使用人たち同様に旦那様以外にお仕えするつもりは無いと考えている?」
問えば、彼は姿勢を正し、静かに胸に手を当て、私に正しく腰を折った。
「いいえ。私はモルファ辺境伯家のためにと家令・執事となるべく勉強した身であります。現在は正しく奥様が当主代理としてお立ちになっておられますゆえ、それに従います」
変わり身が早いのか、それとも本心か。しかし共にリ・アクアウムを回った時の彼の様子が真実であれば、それで信じてよいと思うし、彼は旦那様の専属執事としてあった立場なので力も知恵も借りたいところだ。
私は頷く。
「わかりました。ではいまより貴方を家令に命じます。私の専属執事であるデルモと共に、どうか私を支えてちょうだい。それから……リシア」
「は、はい、ネオン様!」
振り返り、ベラの隣にいるリシアを見れば、彼女は動揺したような顔で私を見た。
「リシアには本日より辺境伯家の侍女長を命じます。これから、私はもちろんですが、こちらに女主人補佐として滞在してくださるカルヴァ夫人と共に、この家を取り仕切ってちょうだい。ナハマスと共に使用人の再教育も任せます」
「え!? ……私ですか?!」
「私がこちらへ嫁いでくる際、新人であったアルジの指導係も兼ねて辺境伯家に雇われる前は、ドンティス伯爵家の侍女頭補佐をしていたと聞いています。適任でしょう?」
そのような反応を見せられると思っていなかったため首を傾げた私に、リシアはやや青い顔をして、不安げな声を上げた。
「い、いえ……その、ずっとネオン様のおそばにと、思っていたものですから……」
たどたどしくもそう言った彼女に、私は穏やかに微笑んでそっと腕に触れた。
「ありがとう。そう言ってくれるのはとても嬉しいわ。私もそう思っていたもの。だからこそ、女主人の仕事に不慣れで不在が多い私にその仕事を教え、こちらに滞在してくださるカルヴァ夫人と共にこの家を仕切って欲しいの」
そういえば、彼女はぐっと口元に力を入れ、それから私に深く頭を下げた。
「かしこまりました。お受けいたします」
「ありがとう」
そう彼女に礼を言った後、もう一度集まっている使用人たちの方を向き、続いてカルヴァ夫人にも一歩前に出てもらう。
「先程ナハマスから少し話が出ましたが、先日、貴族院より許可が下り、本日よりわたくしが南方辺境伯邸の当主代理となりました。モルファ辺境伯領の当主としてわたくしが任に就くことになります。また、今後、辺境伯騎士団については団長代理としてアミア・カルヴァ侯爵が取り仕切ります。
皆さんに必要な情報についてはその都度皆さんにはお知らせしますが、これまでの事柄からわたくしは貴方方へ使用人として信頼を持ち得ておりません。ですので、伝達する情報は最小限となります。憶測、推察、興味本位などから事実と異なる情報を内部で雑談の種として無駄話の話題にする、外部へ漏らすなどした場合、関係者は即刻解雇とします。
家政に関してはこれまでは旦那様の命令により手を出しておりませんでしたが、これからは私が行います。しかし私は騎士団にて重要任務がありますので、女主人である私の補佐として本日よりカルヴァ侯爵夫人がこちらに滞在し采配をします。
現当主である旦那様はご自身から住居を離れに移されたと聞いておりますが、これとは別に、モルファ一門当主の取り決め、そして辺境伯騎士団やその他の重要な事柄の為、現在と同じくわたくしはリ・アクアウム別邸に居住を続けます。
以上のことから、このモルファ辺境伯本宅は各当主がたより許可を頂き、アミア・カルヴァ侯爵夫妻が居住されます。使用人の皆さんは良く従うように」
「はい」
戸惑いながらも頷く者、背をのばし笑顔で従ってくれる者など、その反応は様々ではあるが、古参の使用人たちだけは、何も言わず、ただ憎悪にも似た視線でこちらを黙って睨むように見ている。
もちろんその中には元家令・元侍女長もいて……つい、ふっと笑ってしまった。
「あまりにもわかりやすい表情でこちらを見ているけれど、古参の貴方方は、私、そしてカルヴァ侯爵夫妻に従う意思なし、ということで良いかしら?」
そう聞けば、壮年の女性メイドがこぶしを握ってこちらに一歩、足を踏み出す。
察したようにブルーガが動くがその前に元家令が彼女を止める。しかし彼女の怒りはおさまらないようで、私を強く睨みつけた。
「このお屋敷は! モルファ辺境伯家の当主は坊ちゃまでいらっしゃいます!」
それには穏やかに返答を返す。
「えぇ、今まではそうでした。ですがその旦那様が、騎士団の4人の隊長、そしてモルファ一門を支える代官たちから、当主として不適切であるとされたのです」
「そんな者は関係ありません! 前当主様と奥様のお子様は坊ちゃまただお一人! 坊ちゃま以外がモルファ家の当主などありえません! そもそも、嫁いでから一度も女主人として、旦那様の妻として務めを果たさなかった貴女に、当主代理などできるはずがありません!」
「わたくしが当主代理など出来るはずがない。えぇ、わかっておりますよ? ですから一門の決まりに定められたとおり、代理当主となる私と共に、モルファ一門で最も血統が本家に近いカルヴァ侯爵家の当主夫妻がその補佐に立つのです。これになにか問題でも?」
「大ありです!」
他の、年老いた侍従が叫ぶ。
「坊ちゃまは兄君と母君を亡くされ、父君に厳しく育てられ、その上でこれまでお一人でここまで頑張ってこられたのです! それを認めるどころかすべてを奪うなど横暴です! しかも、フィデラ様が亡くなられ、旦那様の婚約者となるはずだったのにそれを拒否し、なおかつ傷ついた旦那様を見捨てたアミアと結婚したポーリィ様を連れて来るなんて! ……っ!」
厳しく侍従を見れば、はっとした顔をして口を閉じる。
いくらカルヴァ侯爵夫妻に遺恨があるとはいえ、幼い子供のいる前で責められるポーリィ様。彼女も顔色を変えず扇で口元を隠し私の後ろにいてくれているが、実際はアーリィと逃げ出してしまいたいだろう。
子供に聞かせる内容ではない。カルヴァ隊長の話が出たのを察知し、厳しい表情をしたベラが、彼を抱きかかえるようにして聞こえないように抱きしめていなければ、私は彼らを一喝していただろう。
静かに、皆に気取られぬようふつふつと湧き上がる怒りの感情を息に混ぜて吐いた私は、静かに深く息を吸うと、今騒いでいる古参の使用人の方に視線を向けた。
「私には、貴方方の言い分は全く理解できません。旦那様は誰にも頼れず『辺境伯・騎士団長として』お一人で頑張ってこられた……ですか? 誰も旦那様に寄り添いませんでしたか? 話をしませんでしたか? 叱り、慰め、道を示した方がいらっしゃいませんでしたか? そんな、旦那様を思い行動を起こされた皆様を屋敷から追い出し、ただひたすらに甘やかしませんでしたか?」
「坊ちゃまの為です! 誰がやってきても、帰られた後、ご自身を責め、ただお一人泣かれていた坊ちゃまのために!」
私の問いに、涙ながらにメイドや侍従たちが我先にと訴え始める。
坊ちゃまは可哀想だ、ひとりぼっちだったのだ。
可哀想な彼を、諫め叱るのではなく、甘やかし、受け止め、愛してあげるべきなのだ。傷ついたものに厳しい言葉や態度などもってのほかだ。一人悲しみと苦しみを抱えて泣いていた坊ちゃまは哀れだ、可哀想だ、だから決して傷つけるようなことがあってはならない、と。
これが、彼の心身の隅々までボロボロに溶かしてしまった甘い毒。優しく包むための物のように見え、その実、首を絞め続けた真綿の正体だ。
(旦那様は、可哀想だわ)
旦那様は毒に侵され、明るい未来への道が見えなくなり、苦しみながら手探りで喘ぐように呼吸をしながら暗闇を彷徨い、今に辿り着いた。
しかし、それでも彼は南方辺境伯の当主で、騎士団長で、その毒に冒されてはいけなかった。
彼の罪は無かった事にはならない。
だから。
背筋を伸ばし、私は彼らを見る。
「貴方方はそうやって旦那様をずっと甘やかしてきた。その結果が、騎士団負傷兵の問題であり、罪人だけでなくその場にいた無関係な領民までをも切り捨て、捕らえ、絞首刑にしろと命令するに至ったのです。積み重なった問題の先に、領民からの反乱があったとして、それでも貴方方はこれまでの誤った頑張りを認めろといえるのかしら?」
「領主に歯向かうものなどおりません! すべては公爵令嬢に都合のいい想像で、そして旦那様や私達へ、今までの意趣返しをしたいがための出鱈目です!」
「……そ、う。それが貴方方の本心なのね。」
彼らの口から飛び出す言葉を聞き、肯定するだけの古参の者達を醒めた目で見る。
旦那様を思えば涙の一つも落ちそうだが、目の前の彼らから向けられてくる表情、言動に吐き気すら生易しい嫌悪感がそれを押しとどめる。
旦那様が可哀想であったのは事実だが、その旦那様への諫言を呈する者を悪人とし、遠ざけ、甘やかすことで苦しめたと思わず、領主に逆らう者はいない等、本気で思っている。
彼のせいでどれだけの人間が苦しみ、侯爵であり副隊長であるカルヴァ隊長が領民に頭を下げたことはおろか、神父様、ブルー隊長と手を組み(手段は良くはなかったと言い切れるが)私を使い改善を図ろうとした家令と侍女長も、その『たくらみ』自体を、彼らに話すどころか、その場しのぎの嘘で旦那様を塗り固めて孤立させて、使用人たちはそれを盲目的に信じ、自分たちが暮らす市井の仲間の言葉すら耳に入れなかったのだろうと想像できた。
これが、この家の真実の一面だ。
「もう、結構です。話し合いにもならないのなら時間の無駄です」
彼らの言い分に言いたいことはたくさんある。だがすでにその意味はないのだ。
私は静かに口を開く。
「南方辺境伯家は、当主代理となる私とその補佐に入ってくださるカルヴァ侯爵夫妻へ従わぬ者はすべて解雇します。退職金は出しますが紹介状は書きません。女主人の命令を聞かない、秘匿とすべき家内の内情を外部に漏らすなどの使用人としてあるまじき問題行動がその理由です」
その言葉に、先ほどまで騒いでいた使用人すべてが悲鳴のような声をあげる。
「そんな! 横暴です! そもそもそのような注意は受けていません!」
「注意……? 守秘義務、主人への忠誠は使用人としての基本です。それから、旦那様との晩餐の折、私は一度皆へ忠告しています。そもそもそれ以前から最近まで、家令と侍女長には幾度となく勧告はしていました。これは決定です、覆りません」
厳しく言い放つと、真っ青な顔をした使用人たちが騒ぎ出すなか、家令が声を上げた!
「我々を追い出して、旦那様をどうするおつもりなのですか?! まさかど……」
「静かになさい!」
口々に様々なことを勝手に申し立てる彼らを一喝すると、私はデルモから一枚の書類を受け取り、ナハマスに渡す。
「今はナハマスに渡した物は、国からの『南方辺境伯家のネオン・モルファ代理当主を正式に国として認める』と書かれた正式な書類です。良いですか? 旦那様は現在、魔物と対峙されたことにより大怪我、そして魔障病を負い病気療養中だと国に報告してあります。これは一門の当主達、騎士団の隊長達が認めた事であり、医師の診断書もあります。一介の使用人である貴方方が意見できることではありません。
また、納得しない貴方方へわざわざこれを教えたのは、解雇後、あることない事いろいろな場所で言わせないために、です。国によって真実とされていることを違うと騒ぎ立てれば『偽証罪』『反逆罪』となりかねません。十分気を付けるように」
「しかし、真実ではないではありませんか!」
叫ぶ侍女長に歩み近づくと、私はその扇を顎に当てた。
「なるほど。侍女長、貴方は確かカルヴァ侯爵家系列の子爵家の娘でしたね。では聞きますが……あなた方は陛下より、わたくしより、カルヴァ侯爵夫妻より、立場も位も上なのですか?」
目を見張り、青い顔になった彼女に私はなおも続ける。
「先程誰だったかしら? 私を辺境伯夫人として認めないと叫んでいたけれど、そういうことであれば、私は王家、外二公とも縁続きであるテ・トーラ公爵家の正当なる血を引く娘……下位貴族や、平民の出であるあなた方がそれに逆らう、と?」
にこりと微笑む。
「子爵家や男爵家の一つや二つ、私の気分一つで消えることもあるのよ?」
真っ青な顔でその場に座り込んでしまった侍女長から離れ、皆に冷ややかな視線を向けながら先ほどいた場所に戻れば、皆青い顔をして黙り込んでしまっている。
そこに、扉が開く音と共に、聞き覚えのある穏やかな声がかかった。
「みな、当家の女主人であり当主代理に対し、何の不敬か」
顔を向ければそこにいたのはカルヴァ隊長で、ベラに守られていたアーリィ君の顔色が少し明るくなった。
「ジョゼフ。長年この家に使えたお前であればモルファ一門の戒律は知っているはずだ。該当する全家門当主の署名の入った書類もある。これによりモルファ夫人を代理当主とし、そのモルファ夫人を補佐する形でモルファ家へカルヴァ侯爵家が補佐に、辺境伯騎士団団長代理を私が務めることになった」
「な……これは、簒奪です!」
使ってよい言葉ではないそれに、私は彼を見て微笑む。
「簒奪とは悪意を持ってその地位を奪う行為のことを言います。ですがこれは違います。領地領民の命を守るため、そして旦那様の命を守るためです!」
「詭弁を!」
「旦那様が行ってきたことで、反乱が起こりかけていたのをカルヴァ隊長が止めて居たのです! お前たちは旦那様が領民によって首を落とされ、卑しくもその死すら穢されても良いと考えるのですか?!」
「そんな……でたらめです!」
「出鱈目ではないことは、貴方が一番よく知っているのではないですか? 神父様、ブルー隊長と共に私を策略に嵌めたのですから」
口にすれば、彼は真っ白な顔色のまま押し黙るしかなく、使用人たちはこのやり取りでさらに顔色を変えた。
「よく頭を冷やしなさい。ここまでの話し合いで、貴方方は恐れ多くも陛下の意に反した。そのような考えの者を南方辺境伯邸で雇う事は出来ません。先ほどの宣告通り今日限りで解雇します。当主を諫めることも出来ず、代理当主女主人に逆らう者などに紹介状は出せません。ただし、これまでの事、これからのことを考え退職金は少し多めに出しますので、明日中にこの屋敷から去るように。
それから。ジョゼフ、そしてコリー。貴方方には離れにお暮らしの旦那様の世話係を命じます。旦那様は今大切な時期です、あまり急激に環境を変えることは、旦那様も混乱なさいますからよいとは思えませんので……ただし、本宅への出入りを一切禁じ、また、その行動言動に問題ありと認められた場合には、即刻解雇します。
それから、旦那様の元には日に一度の神父様、そして三日に一度マイシン先生の診察があります。これはこれまでの自身の行いを振り返っていただくためにです。それには貴方方も参加するように。ただし、反論や危害を加えることは許しません」
「……」
青い顔をして唇を噛み、拳を握る家令と、膝をついたまま茫然としている侍女長をそのままに、私は解雇すると決めた使用人たちを、連れてきていた騎士に命じて別部屋で解雇通知と退職金の支払いをするようデルモに頼んで、部屋から追い出すと、雇用継続が決まっている使用人や、病人食・甘味の開拓で交流のあった厨房担当者の方に一度待ってもらうように話をしてから、私はベラに抱き締められていたアーリィの傍に近づくと、しゃがんで目線を合わせた。
「アリィ君、怖い思いをさせてしまって本当にごめんなさい」
そういえば、彼は首を振ると私の首元に抱き着いてきた。
「ア、アリィ君?」
「私は大丈夫です。それよりも、ネオンお姉様の方が沢山痛い思いをされたでしょう? 立ち向かうお姉様がとてもかっこよかったですが、それでも……お父様がもっと早く来てくだされば、助けてあげられたのですよ!」
「あ……あぁ、す、すまない。ネオン隊長にも、大変申し訳ございません」
私の肩口に顔を埋め涙声でそう言った後、ガバッと顔を上げ父親であるカルヴァ隊長にそう叫んだアーリィ君に、一瞬戸惑ったように謝り、それからポーリィ夫人も共に私に深く頭を下げてくれた。
それには首を振り大丈夫だと告げてから、アーリィを見る。
「アリィ君のお陰で、辛かった気持ちがうんと楽になったわ。貴方はきっと素敵な騎士になるわね」
「はい! ネオンお姉様をお守りできるような、立派な騎士になります!」
「まぁ、とっても心強いわ」
ふふっと笑ってから離れると、私はテーブルと椅子を用意させると、カルヴァ夫人、ナハマスと共に、元々の雇用契約書と、新しく作られた雇用契約書を元に、この家に残ると言ってくれた使用人たちとの契約を済ませ、カルヴァ家からやってきた使用人との顔合わせや、当座の日用品や衣類などの荷下ろしなども終わらせた後は、名残惜しいと泣いてくれたアーリィ君や新侍女長リシアと別れ、デルモ、ベラ、ブルーガほか、護衛3名と共に、リ・アクアウムの邸宅に戻ったのだった。
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作者の全ての作品は異世界が舞台の『ゆるふわ設定完全フィクション』です!
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