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146・夜空の鳥籠とほころび 1-1

*** 宣伝 ***

なんと!本日25年3月21日 で、なろうでの連載2周年です! ありがとうございます!

(なのに内容がまた散歩両論ですよ、しかも難産の上に長いので近日中に後編公開です)


ブシロードノベルより『目の前の惨劇で前世を思い出したけど(略』1巻2巻発売中です!

またコミカライズ版に関しましては、コミックグロウル、Renta!(先行配信) 他電子書籍配信サイトでの配信も配信されました! どうぞどうぞ応援よろしくお願いいたします!


また、今回は後書きに作者からのお願いとお詫びがあります。

今後のコメント欄の扱いと、当作品についてです。お読みいただけると幸いです。

 何かの物音に、私は目を覚ました。

 骨折した左胸を上にかばうようにして丸まり、頭の先から足の先まですっぽりと掛布にくるまった体勢で寝ていたためはっきりとはわからないが、シーツの中は暗闇で、これが朝を迎えているならば、シーツの向こうに光が透け、扉を隔てた向こうにある病棟からは、元気な声が聞こえてくるはずである。

 暗闇に耳をすませば、周囲はただただ静かで、わずかに耳に届くのは篝火の爆ぜる音に交じる騎士達のひそやかな声だけだ。

 ――夜半。

 物音は気のせいだったのだろうと思うと同時に、こんな時間に目覚めるのは久しぶりだと、シーツを手繰り寄せながらぼんやりと考える。

 昔から、私は寝るのがあまりうまくない。

 公爵令嬢時代は、部屋の隅が闇で染まる広い部屋の無駄に広いベッドで、父祖母になじられる夢を見、助けを求められなくて寂しかった。

 市井の家は別の意味で眠れなかった。すべてを自分でやるという慣れない生活に、宿屋兼酒場での仕事。酷く疲れて眠いはずなのに、隙間風が入るたび、物音一つ聞こえるたび、脳裏に蘇る迫りくる大きな手に怯え、狭いベッドの上、母に寄り添い眠る弟妹のその端で、落ちないように気を付けながら身を寄せて眠る努力をした。

 その後は、物音にも暗闇にも怯えることはなくなったけれど、柔らかすぎるベッドは慣れるのに時間がかかり、また、残してきた家族の心配と、いないはずの父祖母の影に脅え、手放した思い出に後悔と懺悔を繰り返しながら、日中の厳しい教育に意識を失うようにして寝ては起こされるを繰り返しては叱責を受けていた。

 今でもその傾向は変わらず、床に就けば日中の出来事に反省したり、腹が立ったり、悲しくなったりして眠れなくなり、明け方にようやく眠りに落ちることもある。

 圧倒的な睡眠不足に、仮眠を取ったり少し早めに床に就くようにするが、再び深夜に目が覚め……という悪循環ではあったが、入院して以降はそんなことは少なくなっていたのだが。

(珍しい……薬が切れたのかしら?)

 入院してすぐ、クルス先生の診察を受けた私は、鈴蘭祭翌日の発熱以来の診察だからと、かなり詳しく生活習慣などの問診を含め診察をされ、耳の痛いお説教を受けた上で現在の病状に合わせ、かなりの量の薬が処方された。そのおかげというべきか、いまでは夜眠れば朝までしっかり眠れている。

(……喉が渇いたのかも)

 くるまっていた掛布を手で持ち上げずらし、わずかに痛む胸をかばいながらゆっくりと体を起こすと、サイドテーブルに用意された水差しに手を伸ばし――気が、ついた。

 ベッドの上の自分の正面。

 かすかに入る月明かりに浮かぶベッドサイドの水差しの奥の、部屋の壁とは濃さの異なる大きな人影。 

 ――誰?

 とは、喉がひりついて声が出なかった。

 わかるのはその人影が、この部屋に出入りを許されたアルジや医療隊員、新しく護衛となったベルーガやベラの丈高さに似たそれではないということ。

 刺客か、間者か。

 なににしろ、危機的状況であるのは解る。

 ここは南方辺境伯騎士団の本部に近い医療院の南方辺境伯夫人が入院している場所だ。

 しかもこの病室には防御結界がはられており、この砦の、ともすれば本部よりも強固に警護された南方辺境伯夫人であり十番隊隊長である私の病室なのだ。

 蟻の子一匹すら通さないほど厳重なはずであるにもかかわらず、部屋の隅の闇に人が立っていて、しかも眠っている私をただ見ていた。

 ごくりと、静かに息を呑む。

(……どういう、こと?)

 寝起きでうまく働かない頭に考えを巡らせながら、同時に困惑する。

 眠っている間に入られた、きっと、見られていた時間だってある。だとすれば、私が気が付かぬうちに連れ去る事も、殺す事もできた。

 なのになぜ。

(……なにもされなかったのは……いえ、その前に、私はなぜ()()を怖いと感じないの?)

 拐かされ、犯され、殺される。

 そんな危機的な状況であるはずのに、その恐怖を感じない。

(ここが安全な場所だと思っているから、なんとかの正常バイアスが働いてる……? だとしたら駄目、ちゃんと逃げる方法を考えなきゃ)

 うろ覚えの知識で自己分析をしながら、目の前の影から目を離せない。

 これが危機的な状況であり、なにか行動をおこさなければならないと自分に言い聞かせ、部屋の中、身の回りの物を思い出す。

 使えそうなものは、水差し、呼び鈴、そして枕の下に忍ばせた短剣くらいだ。

 (あいて)は動かず、殺気も悪意も感じられない。

(ならば逃げる隙はあるかしら……丸腰の私と得体の知れない影……どう動くのが正解かしら……)

 その考えが正解であるかすらわからないまま、影と相対する。

(鈴を落とせばアルジ達が来てくれる……その間の時間稼ぎ……は、枕や短剣だけ)

 もしかしたらすべてが間違っていて、動いた瞬間に攻撃されるかもしれない不安と緊張に、じっとりとした汗が額から頬に流れるのを感じながら、影から視線をそらさず、出来るだけ体も動かないよう気をつけつつ、シーツの下にある両の手をそっと動かす。

 大きく身じろぎしてしまわぬよう、動揺を悟られないよう、右の手はゆっくりと水差しに手を伸ばすふりをしながら、その横にある鈴に、左の手は枕の下に置かれた護身用の短剣に、ゆっくりと伸ばす。

 気づかれないように。

 ぽたりと腕に落ちた汗から、恐怖が心を侵食していく。

 もし鈴に届くことなく気づかれたら、助けが来るその前に囚われたら。

『その身を、家を、醜聞から守るため。誇り高い、貴族の夫人として死になさい。それが出来ない公爵令嬢など役に立ちません』

 穢されたなら、穢されるくらいならばと、なまくらに加工された白刃をわたされ、手ほどきしながらそう言い切った養母の顔を思い出し、震える。

 なまくらの刃は酷く冷たく、その冷たさだけで首を分断しそうだと錯覚した。その思い出と、目の前の影に対する恐怖と共に、迫られる自刃への恐怖に汗が浮き出す。

(――怖い)

 さまざまなことに巻き込まれ、疲れ切って眠り、喉が渇いて目が覚めたら、最初に迫られるのが死か、死よりも苦しむ屈辱か、なんて、なんて理不尽なのだろう。

 震えが全身にわたり、がちがちと歯が鳴りそうなのを必死に押さえ、体の奥底から悪臭を放つ泥水のように湧いて出る死を迫られる恐怖に半狂乱になりそうな自分を必死に御しながら、目の前の人影から視線をそらすことなく枕の下に滑らせた指先が短刀の、ひんやりとした鞘に触れた。

 と、思い直す。

(いいえ! 自刃ではなくて逃げることを考えるのよ! 死ぬ前に絶対に一矢報いてやる!)

 腹に力を入れ、しっかりと指先で短刀の鞘を掴む。

(今!)

 我が身を守る手段を得たのだ。ここからは、出来る限り早く体を動かして目の前にある鈴を払い落として人を呼びながら、自分は病室の扉へむかって動くのだ。

 そう思い、タイミングを見計らって手足に、全身に力を入れる。

 寝具を踏み込み、体を動かしたその瞬間。

 目の前の影が静かに動いた。

 頭からすっぽりとかぶった闇色のマントの隙間から、ゆっくりと差し出された、遠目にもわかる繊細な装飾で飾られたしなやかな腕と緩やかに握りこまれた拳。

 その拳の指先が、ゆっくりと天に向かって花開いて。

 つい魅入られてしまった。

 舞でも始めるかのような、目を奪われるほどの指先にまで神経の通ったしなやかなその動きに、私の反応は完全に遅れた。

 広げられた掌から生まれた僅かな月色の光から一瞬だけ部屋を駆け抜けたつむじ風に、私の髪が、窓辺に掛かるカーテンがふわりと舞き上がった。

 肩で切りそろえられた虹色を放つ髪が揺れ、光を弾いて乱れ舞い、己が髪に視界を奪われたことに焦り、片手に短刀を握り締めたまま、両の腕で乱れる髪を抑え、目を守るためにまぶたを閉じ、身を護るために体を丸く屈めて。

(――しまった)

 そうして隙を作ってしまった事に気が付き、ただ動揺し、状況を探るために閉じた目を開け。

 カーテンが、髪が、静かに落ちるのを見た。

 それでもわずかに差し込む揺れの細い細い一筋の月のあかりに、自分の指の隙間からキラキラと光を弾いて落ちていく髪の毛越しに、自分の置かれた状況を確認するように恐る恐る室内をみた私は息を呑んだ。

 きっとそれは、瞬きの間の、僅かな時間だったはずで。

 風が吹く前よりわずかに開いた窓辺のカーテンの隙間から微かに差し込む、部屋を分断するような細い細い青白の月明かりの向こう側に立つ、闇を凝ったようなローブを被った人影の、わずかにのぞく面差しが、青い瞳が見えたのだ。

「……っ……」

 髪を押さえた手から、握っていた短刀が滑って膝の上に落ちる。

 まじりあった視線は離すことができないでいて。

 理解し(わかっ)てしまっているはずのその()()に、身を僅かに乗り出せば、髪を押さえた両の手から、足元から、ゆっくりと掛布が滑り落ちる。

 逃げよう、今なら逃げられると、前世の私が今世の私に呼びかけようという気持ちは、けれどどうしても起きなかった。

 前世のアラフォー女の記憶をもつ前世の私(わたし)は、別に存在する人格ではなく、この世界で19年生きてきた今世の私(ネオン)で、目の前の影は、今世で私(わたしたち)が身を裂く思いで手放さざるを得なかったかけがえのない人で、その気持ちを一番理解しながらも、記憶が戻ってからは矜持だ業務だと前世の私(わたし)がもっともらしい言い訳で押し潰し納得させてきた想いの源。

 記憶は2つあっても、18歳の気持ちのままだった以前よりも、打算・利己的に考え働くようになっていても。それでも、私はこの世界で生きてきた(ネオン)で。

 だからこそ、私はその影の正体を――彼を決して見間違わなかったのだ。

 動悸がし、息が浅くなる。

 辛かった市井時代の、私の唯一の心の拠り所であり、約束を守る事の出来なかった、罪悪感に心が引き裂かれてしまいそうなほど大切な存在。

 そこに駆けだしたくなる衝動と、ここから逃げ出したくなる衝動。

 相反する二つの気持ちと、様々な思いと思惑、疑惑が混ざり合った複雑な感情に、ただ、声にならない声が問うてしまった。

「な……ぜ?」

 と。

 この行動は駄目だと、間違っていると制止する理性はある。

 けれど同じ心の中に、()()で、本来であればあの日の夕方に実在するはずだった、理不尽に奪われた時間軸の断片を、浅はかにも取り戻せるかもしれないという、相反した整理のつかない気持ちが自分の中で狂ったように暴れ出し、制御できなくなった感情は涙となって溢れ出し、目の前の光景を揺れ輝かせ定まらない現実のように見せる。

 これは違うのだと、妄執の延長の所詮都合の良い夢なのだと、必死に止める内なる声も聞こえるのに。

 確認してしまう、名を、呼んでしまう。

 後戻りできなくなると解っていて。

「……ブ……レン……?」

 バスレッド様とよばなかった。それが、私の偽りに固めた心の本心なのだろう。

 そして、ようやく出せた緊張と乾燥でかすれた声は、それでも彼には届いたようだった。

 ローブの隙間からわずかに見える真一文字に結ばれた口元が、昔の記憶の通りに柔らかに弧を描くと、風を生み出すために差し出されていた手が、ゆっくりと己が被っているフードを払い落とした。

 微かに入るわずかな月の灯りに、儀礼的に顔を合わせていた時とは全く違う、過去に見た時と同じ、懐かしい姿が現れる。

 浮かび上がるのは、もうずっと恋焦がれていた大空に広がる白い雲のような髪と、その隙間から垣間見える、天高く、澄み切った夏の青い空の双眸。それが()()()あって。

「ようやく逢えた」

 聞きなれた、ずっと聞きたかった声に、胸が苦しくなる。

 白いまつ毛で青い空を隠すように目元を細めながら、口元に柔らかな弧を描かせだすと、彼はそれだけを口にして。

「……ネオン」

 ふわりと柔らかに笑った笑顔が、宿屋のネオンとして最後に会った時のままで、懐かしさと、嬉しさと、逢いたくて逢いたくて、それでも会えなくなってしまった絶望と、後悔と、言葉に出来ないほどの気持ちが渦巻いて、溢れ出す。

「変わらないな」

 そういう彼は、変わらない思い出の中の笑顔のまま、頷くように一度、少し長く目を伏せ。そんな姿に涙は溢れて止まらない。

「ずっと、逢いたかった」

 たったその一言で。心の奥底から、苦しくはない、ただ甘やかに優しく心を掴まれるような思いが溢れ出して。

 手をのばして。

 駆けだして。

 飛びついてしまえるほどの、月明かりが薄い光の壁で隔てるだけのわずかな距離で。

「ネオン、約束を守りに来た」

 彼の甘やかな声が、私の耳に届いた。

***当作品のお願いとお詫び***


まずは、ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。心よりお礼申し上げます。


ちょうど2年前の連載当初から読んでくださった方、ランキング、書籍、コミカライズから来てくださった方……皆様に楽しんでいただけるように執筆を続けておりますが、全員にそう思っていただくのは無理だと言う事は理解しております。

(実をいえば、次はないも本当のことで、書籍を買っていただけると次を出せる可能性が……(笑)書籍では矛盾を修正し設定もすこし変わっていますので。webには反映させられないので矛盾が多くて辛い)


拙作を読んでいただく限りは楽しんでいただきたい。そしてとりあえずここまで書いたのだから未完のままにすることは心苦しいという思いで、サラリーマンの合間の許す範疇でweb版の更新しております。


読者の皆様には貴重な時間を割いていただきお読みいただいておりますが、それにおなじく、作者も書くためにはそれ相当の時間と労力が必要です。どちらが欠けても書くことは出来ません。

頂いたコメントに悩み、筆が止まるのも事実です。


拙作のことだけではありませんが、もし様々な場面でコメントを書かれる際は、送信する前に今一度、他の方が不快に感じる可能性がないかご確認の上、送信していただきたいと思います。

また、考察などは拝見していてうれしいのですが、あまり詳しく書かれると、元々そうするつもりだったとしても、その事柄を絶対さけて書かねばなりません。盗作・盗用と言われない為です(過去に体験済です)ですので、考察・予想は思うだけにしておいていただき、実際そうだった時に喜んでいただけるとありがたいです。


これまで頂いたコメントには感謝をお返しするつもりで真摯に返信をしてきたつもりでしたし、また、どのようなコメントをいただいても削除しないようにもしておりました。

しかしご忠告を頂いたこと、すでに頂いたコメントに対し返信が追い付いていないことから、このままコメント返信の休止と一部ネタバレや問題のあるコメントの削除、もしくはコメント欄の閉鎖を考えております。


現在たくさん!それはもう数多く頂いている、元気・やる気・勇気の言葉というやご指摘ご忠告等、誤字脱字報告等、大切なコメントへ感謝の返信が出来ないことは大変心苦しいのですが……どうかお許しください。頂いた『放射線技師です!』とか『この手技はこうです!』というDMは大変助かってます!そうだったー!と、近日修正チェックリストに入れています!


長々とこちらの事情ばかりをお願いしてしまい異変申し訳ございません。

これからも楽しく読んでいただけるよう努力いたします!

これからもどうぞよろしくお願いいたします。


2025年3月21日 猫石。

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このタイミングで「迎えに来た」は頭茹で上がったバカモノかザックザクに心ヤラれて追い詰められた純情小僧か、もしくは…でほぼ3択かなあ? そして前二つはそれ以前の立ち振舞からおよそ否定できるので…(今のモ…
昨日コミックの試し読みからこちらを発見でき、一気にここまで。至福の八時間を過ごさせて頂きました。 ありがとうございます。 作者様が作品を大切に、真摯に創り上げられているのだなあと端々からしみじみ感じて…
元カレも、胡散臭くはあるのですよねえ。
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