144・恋に振り回される者達
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本日2025年2月7日!ブシロードノベルより『目の前の惨劇で前世を思い出したけど(略』2巻発売です!
そして、コミックグロウルにてコミカライズ第4話更新です!
小説の帯に、茲助先生のネオンとまぶた単先生のネオンが並んでいます! 嬉しい!
双方、応援のほど、なにとど! よろしくお願いいたします!!(次につながると嬉しいです!)
「ライア様は随分変わられましたね。最初にお会いした時は本当に、どうなるものかと思いましたが」
「えぇ、そうね」
ライアが退出するのと入れ替わりに戻って来たアルジは、私に蜂蜜入りのミルクを持たせてくれると、サイドテーブルにモリーの摘んできてくれた爽やかな香りのするカミツレの花を飾りながらそう言った。
それに頷きながら、私は温められたミルクを飲んで、ほっと息をつく。
「彼女が努力した結果よ。ライアがここまで頑張ったのは、ひとえにブルー隊長との結婚の為。だからこそ、婚約の件は残念だわ……」
「まぁ、そうですね……」
「何か思う事があるのかしら?」
花を飾り終えたアルジの物言いの歯切れの悪さに首を傾げながら先ほどまでライアが座っていた椅子を勧めると、彼女は不機嫌にも見えるような様子で顔をしかめながら椅子に座った。
「いえ。ネオン様もそうですが、貴族の方は大変だと思いまして」
「大変?」
「本人の気持ちなんかまったく無視して家の事情で結婚させられたり離婚させられる。これは幸せなのでしょうか」
その言葉に、私は何も言えず困ったように眉を下げてしまい、気付いたアルジは慌てて頭を下げた。
「大変に失礼なことを! 申し訳ございません!」
「謝らないで頂戴。その通りだと私も思うもの」
私は手にもったミルクを見る。
「でも、政略結婚なのに思い思われる間柄になることだってあるのよ?」
「それはそうでしょうが……そうなれても、今回のように家の都合で簡単に解消されることもあるんですよね? 十五年以上婚約者だったのに、別れるのは一瞬。しかもその日のうちに次の婚約の話をされるなんてひどすぎます。近所に男爵家の御令嬢……と言ってもほぼ平民と変わらない子が住んでいましたが、いつも『恋なんかしたくない! しても一緒になれるかわからないし、運よく一緒になれても、末永く幸せになれるとは限らない。家格とか益とか関係なく、自由に恋愛し、好きな人と結婚できる平民は羨ましい』って言っていた理由がわかりました。まぁわたしは、仕事が忙しくて恋する暇もありませんけど」
「あら?」
そう言ってため息をついたアルジだが、私は首を傾げる。
「レンペスに告白されていたじゃない。お返事はどうするつもりなの?」
「……なっ! あ、きゃぁ!」
「アルジ! 大丈夫!?」
私の言葉に真っ赤になって椅子から滑り落ちてしまったアルジに慌てて手を伸ばすと、彼女は珍しく動揺したまま私の手を取り、よろよろと椅子に座り直した。
だがその様子は明らかにおかしい。
「……なにかあったの?」
「っ!」
そう言えば、全身の毛を逆立てて驚く子猫のようにその場で飛び上がり、ゆだってしまったかのようにさらに顔を赤くする。
(……これは何かあったわね)
いつもは落ち着き、いっそくそが付くほど真面目に仕事をする(一度恋愛話に盛り上がりすぎて叱ったことはあったが)アルジのそんな姿はあまりにも初々しく、つい笑いが漏れる。
すると、それに気づいたアルジは、顔は真っ赤なまま、今にも泣き出しそうな顔で私を見た。
「もう! もう! 笑い事ではありません! ネオン様!」
「あら、ごめんなさい。そうしているアルジが珍しいものでつい。それで、レンペスと何かあったの?」
「……」
そう聞くと、何とも言えない表情できゅっと口元を引き締めたアルジは、視線を彷徨わせて、突然、わぁっと私の足元にあったクッションを掴むと自分の膝の上に置き、そのままの勢いで顔を埋めた。
「’&)’#”)”&#%’!&#(”&$’%!」
「……え? なんと言ったの? 聞き取れなかったのだけど……?」
くぐもった声に困惑して声をかけると、ガバッと顔を上げたアルジは私の方を振り返った。
「ひっ」
そのあまりの必死な表情に一瞬ひいてしまった私に気が付かぬまま、アルジは大きな金褐色の瞳を潤ませバフバフとクッションを両手で叩き始めた。
「ア、アルジ?」
「もう、もうっ! 聞いてくださいよ、ネオン様! みんなおかしい、おかしいんです!」
「え? レンペスの話ではないの? みんなとは?」
「みんなはみんなです!」
驚いて聞いてみると、ちょっと待っててください! と部屋を飛び出し、何か大きな籠を抱えて帰ってくると、それを椅子の上にどん! と置いた。
「これ! 見てください! ネオン様!」
「ど、どうした……のっ!?」
相変わらずどう形容していいかわからない表情のままそう叫んだアルジの勢いに負け、素直に籠の中を覗き込んだ私は、最後まで言うことなく絶句した。
籠の中には、手紙らしき折りたたんだだけのメモ紙、領都の露店で売ってそうな髪飾りなどの装飾品、しおれた花、手作りらしき菓子、食堂の食事についてくるお菓子、ちょっと微妙な人形などがこれでもかっ! と入っている。
「えっと……これを全部レンペスが?」
「いいえ! レンペスはあれ以来なにも……というか、あれ以来無視されています! これは、レンペスに告白されて以降、なぜかいろんな人から押し付けられたものです」
「あれから? いろんな人に?」
「そうなんです! 俺の方が幸せにできます、とか、付き合って欲しいとか、自分は出世株なので是非とか。あからさまに下心丸出しの奴には一発喰らわして追い返していますが、医療隊員だけでなく、知らない隊員からも押し付けられてるんです!」
それには、別の意味で目を丸くした。
「これ、全部!?」
「はい! これも、これも、これも! しかも、名乗った上で渡されるならまだいいんです! 大半は通りすがりに知らない男が何も言わず押し付けてきたものなんですっ! それどころか私が荷物を抱えているその上に無言で置いて行く奴もいるんです!」
目を吊り上げ、真っ赤な顔でそう言ったアルジに、照れて赤くなっていた訳でなく、怒って赤くなっていたのだと察し、私は戸惑ってしまった。
「そ、それは……困るし怖いわね……」
「えぇ! 困りますし、怖いです! ネオン様は知らない人間から、無言で押し付けられたお菓子を食べますか!? 花を飾りますか!? 髪飾りを使いますか!?」
「いいえ。食べないし、飾らないし、使わないわ……」
「ですよね!?」
ものすごい勢いで言われて頷くと、納得したようにアルジも頷き、篭を指さす。
「無言で押し付けるとか怖すぎです! 絶対に食べたくも着けたくもありません! なのに砦を歩いていると、突然目の前に知らない騎士が出てきて言うんですよ! 俺のあげた髪飾りは気に入りませんでしたか?! お菓子は美味しかったですか!? って。そのまえに、お前誰!? まず名乗れよ?! って思いませんか!?」
「お、思うわね……他に困ったことはないかしら? その……無理やり、とか?」
怒りのあまりかなり言葉が乱れているが、気持ちは大変に理解出来るため注意する気にもなれず、逆にその身が心配になり尋ねると、アルジは深いため息を吐いた。
「それは流石にありません。ネオン様やガラさん、五番隊にいる兄さんのお陰だと思いますが……。クルス先生が私を軍医にしないっと言った理由が分かりました。戦場でなくても、貞操の危機です!」
拳を握ってそう言ったアルジの背中をさすりながら、先ほど出て行ったライアを思い浮かべる。
「少し違うと思うけれど確かに大変ね……ライアは大丈夫かしら?」
アルジのことももちろん心配だが、彼女はそれなりに鍛えられ、何かあったら急所を狙え! と家族や医療隊の皆に仕込まれていて、誰かが駆けつけるまで時間稼ぎの抵抗をする術を持つ(心配なのには変わりないし、そんな輩がいたら切り取ってやる。ナニを、とは言わないが)。
だがライアは子爵令嬢でその術を学んでいないはずだと心配になったが、私の言葉を聞いたアルジは大丈夫と言い切った。
「ライアは子爵令嬢ですし、ブルー隊ちょ……いえ、ブルーガさんのお陰で最初から誰も近づきません」
「そう。でも問題が起きる前に知られて良かったわ。アルジも、そんな大変だったのならもう少し早く私に言って……いえ、気が付かなくて悪かったわ……」
ふーふーと鼻息荒く肩で息をしながら心を落ち着かせようとしているアルジの背を擦りながら、貢ぎ物を見、手を出されなかったこと(手は出してしまっているが)に安堵する。
「すぐにカルヴァ隊長にお願いして、隊員へむやみに贈り物する行為は控えるよう注意していただくわ」
「ありがとうございます、助かります。出来れば『仕事以外で近づくな、話しかけるな』も是非お願いいたします」
「そうね、そうしましょう。本当にごめんなさいね」
「いいえ、ネオン様のせいではありません。私こそ我慢できなくなってしまって……申し訳ありません」
「それは当然のことよ?」
大丈夫だと頷き、手元にあったメモ帳にこの事をカルヴァ隊長に伝えるべくペンをとった私は、ふと、アルジを見た。
「そう言えば……レンペスが無視って、どうなっているの?」
「っ!」
籠をわきに置き、椅子に座ったアルジは、先程以上に顔を真っ赤にした。怒りで、だが。
「知りません! 意味が解らないんです!」
(あら? この反応……)
「なにがあったの?」
メモを書き終えてから尋ねると、真っ赤な顔のままアルジはぶんぶんと拳を振る。
「何もありません! 大体! あんな! みんなの前で変なこと言われて、騒動の元になったのに、謝るどころかあれ以来話しかけても来ないんですっ! 自分から告白してきたのにですよ!? 意味が分からなくないですか!? なのにやけに視界に入ってくるんです! そんなの気になるじゃないですか! 何したいんだよっ! って感じです!」
「視界に入る? ……それは……」
そこまで捲し立てるように言ったアルジだが、私は首を傾げた。
「アルジが気にして見ているのではないの?」
私の言葉に、自分が言った言葉と私が言った言葉を口の中で反芻したアルジは、少しの沈黙の後、真っ赤だった顔をさらに真っ赤にした。
「ち、ちがいます! だって視界に入るとイライラするんですよ! 決して好きとか、そういう浮ついた感じではないんです! 告白したくせに何無視してるのよって、すごくムカつくんです!」
(なるほど……レンペスは大勢の前で告白したために気まずく、そしてアルジの方は告白をきっかけに彼を意識し始めたのね。レンペス、頑張れ)
その言葉と様子になんとなく恋の気配を察した私は、さきほど書いた手紙を封筒に入れるとアルジに差し出した。
「なるほど、ではそういう事にしておきましょうね。ではそのレンペスと一緒にこれを本部まで届けてくれる? 」
「だから! 違います! 違うんです! もう! 私の事は良いんです! ネオン様! お疲れになったでしょう? そろそろ一度、ベッドに横になってお休みください!」
「はいはい。アルジは初々しくってかわいいわね」
「もう! 違うんですってば! 肩までお布団かけさせていただきますね!」
真っ赤な顔のまま、ベッドに横になるように手伝ってくれるアルジに従って体を横たえていると、肩口まで布団をかけてくれたアルジは、手紙を手に取るとそういえば、と私を見て言う。
「ネオン様はこれまで、お好きになられた方はいらっしゃらないのですか?」
その言葉に、夏の空を映したような青い瞳がよぎる。
「そう、ね」
咄嗟にうまく言葉が出なかった私はただ力なく笑うしかなく、するとアルジはさっと顔色を変え、整えられた布団から手を離すと、私に向かって深く頭を下げた。
「申し訳ございません。臣下の身でありながら、恐れ多くも辺境伯夫人であられるネオン様に気安くこのようなことを……」
「いいのよ、謝らないで。私から始めた話ですもの、怒っていないわ。でも、そうね」
真っ青な顔になったアルジににこりと微笑みかけながら、わたしは努めて優しくお願いする。
「喋りどおしで流石に疲れたから少し眠るわ。机の上の封筒を本部のカルヴァ隊長に届けておいてね。それから、昼食の時間に私が寝ていたら起こさなくていいわ。その間、アルジもしっかり休んで頂戴ね」
「かしこまりました、ネオン様」
もう一度頭を下げ、部屋から出て行ったアルジを見送って、心の痛みを骨折の痛みで追い出すように大きく一つ深呼吸をした。
とたんに感じる息苦しくなるような鈍い痛みに、顔をしかめ、目を閉じる。
(前世も今世も、今も昔も……恋とは何とも厄介な物ね)
ライアも。
アルジも。
そして私も。
自分では制御できない痛みや甘さに、心をかき乱されている。
前世で痛い目にあっているというのに、それでもこちらで心に育った恋心は今だ私を甘く蕩けさせ、同時に苦しめてくる。
それでも。
好きな人に、素直に好きだと言えるのは羨ましくて。何故伝えられるときに伝えなかったのだろうと過去の自分を悔い、今の私にそれをする資格も道理もないのだと言い聞かせ、己のやらなければならないことを見定め、責務を背負って前に進む事だけを考える。
亡くなった人の上に立たされるという絶望を、二度と味わうことのないように。
(大丈夫。私なら、できるわ)
甘酸っぱい感情を、ともすれば涙と共に吐き出してしまいそうな弱音諸共心の奥底に押し込めて。
ゆるゆると訪れた睡魔に、私は身をゆだねた。
お読みいただきありがとうございます。
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