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143・心を抱え、未来を掴む決意

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一週間後の 2025年2月7日 『目の前の惨劇で前世を思い出したけど(略』2巻発売決定です!ただいま絶賛予約受付中です! 

お手に取っていただけると本当に! 嬉しいです!(次が出るか出ないかかかってますので)

 話も終わり、護衛であるベラ(表立っては侍女として傍に付くため、今後一切敬称不要と言われた)、そしてブルーガ(既にチェリーバ・ブルーという人間は存在しておらず、その名で呼べば多方面に迷惑をかけ混乱が生じるため、以降ブルーガと呼ぶよう、そして平民のため敬称はつけないよう言われた)を含め、一度全員が病室から去った後。

 流石に疲れを感じたため一度休もうと思い鈴を使って呼んだアルジから、薬を受け取り飲み終え、口直しですと言って出されたハーブティーを受け取ったところで、扉を叩く音が聞こえた。

 私が反応するより先に険しい顔で扉の方へ向かったアルジが少しだけ扉を開け、扉をノックした相手を確認すると、やや驚いた顔をみせ、それからこちらをちらりと見た後、小さな声でもう少し後にしてほしいと言うのが聞こえた。

「アルジ」

 その気遣いをありがたく思いながらも、わずかに聞こえた訪問者の声に聞き覚えのあった私は、アルジの背に声をかけた。

「どうぞ。中に入れてあげてちょうだい」

「しかし」

「大丈夫よ、少しだけだから。それに私からも話があるの。ね」

 アルジの姿の向こうにわずかに見えた淡い金色の髪をもつ人影に、私は微笑みかける。

「ライア」

「ネオン様……」

「しかし、早朝からの話し合いでおつかれなのでは?少しお休みになられてからでも……」

「大丈夫、少しだけよ。無理はしないわ」

 お願いだと言えば、アルジは渋々ではあるが、ライアを中に入れ、私が何も言わずとも、彼女の前にハーブティーと、次のバザーの際に周辺に出す屋台で売る試作の菓子を出してくれた。

「ありがとう、アルジ」

「アルジさん、ありがとうございます」

「いえ。ネオン様、決して無理はしないでくださいね。ライア様も、ネオン様に無理させないようにお願いいたします」

「えぇ。約束するわ」

「わかりました」

「では、失礼いたします」

 そう言って頭を下げ、それから、ひどく後ろ髪をひかれるような表情で部屋を出て行ったアルジに感謝しながら、私はベッドの傍に置かれた椅子をライアに勧めた。

「失礼します」

 最近は終始穏やかに笑みながら、自ら率先して私の侍女見習いと医療院の下働きを行っているライアは、今日は目元を僅かに腫らし、口元を強張らせた表情のまま静かに頭を下げると、すすめられた木の椅子に座る。そんなライアに、私はお茶とお菓子を勧める。

「……午前中のお茶にはちょうどいい時間ね。実は次のバザーの時、屋台も出すのだけど、これはその試作品で『鈴カステラ』というの。食べて感想を聞かせてくれると嬉しいわ」

「……は、はい」

 緊張した面持ちで、それでも勧められるままに、半分だけキツネ色に色づいた、前世のそれよりもう一回り小さな鈴カステラをひとつ、口に入れたライアは、表情を少し和らげた。

「美味しい……」

「そう、良かったわ」

 その姿を見てから、私は静かに頭を下げた。

「ごめんなさい、ライア」

「ネオン様!」

 驚いたような声をあげるライアに、私は頭を下げたまま続ける。

「辺境伯家の事で、騎士団の事で。貴女にはしなくてもいい苦労を与えてしまう事になってしまったわ。貴女は私の言いつけを守り、しっかり責務をまっとうしてくれているのに、そんな貴女からその婚約者を奪う形になってしまった。本当に申し訳なく思っています」

「それは違います!」

 失礼します、と前置きをして私の肩に触れたライアは、大きく首を振る。

「ネオン様のせいではありません! それだけは、絶対に違います。駄目だった私を一人の人として扱い、こうして誇れる私にしてくださったのはネオン様です! どうか謝らないでください! 謝ってほしくてここに来たのではないのです! どんな時もちゃんと私のことを考えてくださるネオン様に、自分の口からお話ししたくてお時間を頂いたのです! 父も母も、もちろん私も、ネオン様には感謝してもしきれません!」

「ライア……」

 そっと私から手を離したライアは、少しだけ首を傾けて微笑んだ。

「私、チェリーバ兄様が本当に大好きだったんです」

 泣き出しそうに目元を潤ませ、口元を歪めた彼女は、それでも微笑みながら話す。

「兄様の後ばかりついて歩いてました。小さい時、兄たちと一緒に遊びたいのに足手まといだからと置いて行かれて、残されて泣いていた私を、迎えに来てくれて、みんなの中に入れるように周りを諌めてくれて、手助けしながら遊んでくれたのは兄様で……婚約してからもそれは変わらなくて。いつも優しくしてくれて、いじめっ子からも守ってくれて。剣技大会では優勝の花冠を私にくれた……。兄様は、小さい頃から強くて、かっこよくて、私だけの王子様だったのです。

 そんな兄様が、あの日。ベルガ叔父様やお父様達に床に頭を擦り付けて謝って、自分が有責での婚約解消と、除籍をお願いをする姿を見て……私、兄様のなにを見てきたんだろうって思いました。

 ずっと、誇りであるはずの貴族籍や隊長職を捨てる決断をするくらい悩んでいたのに、私は何も知らなくて。婚約者であることに甘え、わがままを言って、困らせてばかり。兄様の何を見て知っていたのか。私は、反省したって言っていたのに、結局は自分のことだけ考えて押し付けて、兄様の気持ちなんか、なにひとつ考えてなかったんです」

 ぼろりと、大きな目から零れ落ちた一粒の涙。

 それからは、次から次に、彼女の頬に涙が伝って落ちていく。

「兄様、は。私にも、たくさん謝って、くれ、ました。頑張っ、ていたのにすまない、好、きだと言ってくれたのにっ、すまない……私には、ちゃんと幸せになって欲しい、自分には、それ、が、出来ないからって……けど私、本当は、兄様と一緒なら、平民にっ、なってもいいと……でも、兄様の、決断を邪魔、したくなくて。貴族の、娘としてわかって、います。でも、殴らせ、てって。お嫁さんにして、って。一緒に平民に、なるっ……私のわがまま、兄様に、言えなかった。決断、を。後悔、して欲しくないから……殴らせ、てって……っ! 兄様……うんって」

 嗚咽混じりの言葉に私は両手を伸ばし、目の前で、小さく震える体を抱きしめる。

「ネオン様、私! 兄様のこと、本当に! 本当に大好きだったんです、だから……頑張って……お別れ、を!」

「えぇ、えぇ。ライア、良く、頑張ったわね」

「ネオン様ぁ……」

 腕の中で泣く彼女を私は抱きしめ続けた。

 謝りながら泣く彼女を抱きしめ、褒め、慰め……そうして落ち着いたのか、スンスンと鼻を鳴らして私から離れたライアは、ごめんなさい、と謝った後、謝らないでという私と共に少しぬるくなったハーブティーを飲んだ。

「私、ネオン様には感謝しているんです」

「そんな大したことはしていないと思うけど?」

「いいえ」

 目元を赤くし、時折鼻をすすりながらもシャンと背筋を伸ばしたライアは、私の方を真っ直ぐ見、口を開いた。

「ネオン様は、いつもちゃんと私の話を聞いてくださいます。それが、うれしいです」

「人の話を聞くなんて、当たり前のことよ?」

「いいえ」

 ふるふるっと首を振ったライアは、困ったように笑う。

「少なくとも、お父様……父も、母も、兄たちも、チェリーバ兄様だって、こんな風には話を聞いてくれませんでした。末の娘の私の我儘を、はいはいって、流し聞いているだけ。もちろん私のそれまでの身勝手さのせいではありますが……先日の話し合いの時も、婚約破棄に対する答えは聞いてくれましたが、私の気持ちまでは、聞いてくれなかった」

 それが容易に想像できたため、私はただ眉を下げて笑うしかなかった。

 末の可愛い娘として育てられてきたライア。小さなころは可愛い可愛いと手放しに誉めたたえられ、叱る事もなく好きなように、好きなだけ我儘を聞き、彼女がそのまま歳を重ねれば、こんどは自分たちのそれまでの所業(しつけ)を棚に上げ、出来の悪い困った我儘娘の話を笑って流し聞く。そんな風だったのだろう。

 答えられないでいる私に、ライアはもう一度背筋をしゃんと伸ばした。

「ネオン様。私は、本当は結婚したくないです」

「それは、お相手の方に何か思う事が?」

 先程、ブルーガの話を思い出し、一度は頷いたとされたとされた婚約話を嫌がるライアに私が問うと、彼女はいいえ、とまた首を振った。

「後妻でもなければ妾でもなく……よく知った従兄ですので、行き遅れで問題ばかり起こしていた私には、恵まれた縁談だと思います」

「ではなぜ?」

「それは……」

 そう言って一度口を閉じたライアは、膝の上に乗せた手をきゅっと握り、意を決したように私を見た。

「私、看護師になりたいんです」

「え?」

 驚いた私の手を取り、ライアは言う。

「私、ネオン様のように、アルジさんのように、看護師になって働きたいんです。ここで皆さんの仕事を見て思いました。血を見るのはちょっと苦手なので悩みましたが、それでも、今みたいに下働きでなく、看護師になりたいと思ったんです。最初は、汚いし臭いし手はいつもあかぎれでボロボロだし、本当に嫌だったんですけど、それでも……」

「?」

 一瞬、言い淀んだライアは俯き、目元だけでなく、頬の辺りを少し赤くした。

「お世話なんて、お仕事でやってるのに、当たり前のことなのに。それでも『ありがとう』って患者さんに言ってもらえると、嬉しくて、また頑張ろうって思えるんです。今まで、ありがとうって言って貰えることがなかったから……嬉しくて……。私、単純ですよね。でも、やりたいんです。こんな動機じゃ、駄目ですか?」

 俯いたまま、しかしちらっと私の方を見たライアに、私はおどろいて目を見開き、それから一等優しく笑みを浮かべた。

「駄目じゃないわ。私も一緒だもの」

 そう、一緒。

 元気に退院していく人だけではない。

 思うように回復せず、医療従事者をなじり、恨みながら退院していく人もいる。

 理不尽に怒りをぶつけてくる人もいる。

 ずっと継続してケアし、打ち解けてきたのに、急に病状が悪化し、目の前で亡くなってしまうこともある。

 亡くなった患者がいた、空っぽのベッドを見、もっと何かできたのではないかと、後悔する事だってたくさんあって、精神的にも、肉体的にもあまりにつらくて、やめてしまいたくなることだってたくさんある。

 それでも、「ありがとう」「貴女がいてくれて良かったわ」と言われると、ちょっと前まで辞めたいと思っていても、もう少し頑張ろう、この仕事が好きだ、と思って前を向けていたのだ。

(だから)

 そっとライアの両手を取って、私はにっこりと笑った。

「ライアの気持ちはよく分かったわ。貴女が看護師になりたいと言ってくれて、本当に嬉しい。けれど、貴女の人生に関わる大きな決断を、ここで、勝手に決めてしまうわけにはいかないわ。ライア。一度、ちゃんとご両親にその気持ちを伝えましょう。私が領都の屋敷に戻ったら、そこにアテール子爵夫妻をお呼びしましょう。それまでライアは今口にした決断で後悔しないか、もう一度しっかり考えて頂戴。そして本当に看護師になりたいと思えたのなら、その覚悟が出来たなら。その場で、貴女の気持ちと決意を聞いてもらいましょう。そして、ライアがちゃんとご両親を説得し、了承いただけたら、あなたの夢がちゃんと叶うように私は全力で応援するわ。それでどうかしら?」

 ライアは大きく目を見開いてから、大きく一度頷いた。

「私、看護師になりたい決意は絶対に変わりません! ですから、頑張ってお父様とお母様を説得します!」

 真剣なそのまなざしに、言葉に、私は頷いた。

「えぇ、応援するわ。ライア」

お読みいただきありがとうございます。

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また、誤字脱字報告も助かります!ありがとうございます。

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