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141・相談から浮びあがった男たちの謎

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2025年2月7日(金)小説2巻発売します。それに合わせ、各書店様で予約開始になっております。


ドンティス隊長来訪、旦那様との街歩きに医師の到着、そして女神の花祭り(web版鈴蘭祭)と、今回もネオンはいっぱいいっぱいです!

書籍を手に取っていただけると次につながるので! よろしければ! 是非! お願いいたします!

「……それは……。確かに信じがたく、しかし無視することの出来ない話、ですな」

「今聞いたお話が真実ならば、そしてスティングレイ商会がその関係者であった場合、一部とはいえ南方辺境伯領の情報が相手に伝わっていることになります……他の二家、他領も同様だとすれば……想像したくない事態ですね」

「……えぇ」

 顎から口にかけて手をやり、考え込むように眉間にしわを寄せ目元を歪めたのはドンティス隊長で、それに同調するように頷き、額に手を当てたのはカルヴァ隊長だった。

 高位貴族として籍を置き、敵前に怯まぬ胆力を兼ね備え、私を裏切らないだろうと信じられる要因を持つ人間。

 そう考えた時、まず思い浮かんだのは騎士の誓いを私に捧げたドンティス隊長だ。そして私の身に降りかかっていることを知らせ領地領民を守らなければならないと考えた時に知らせるべき人物として思い浮かんだのが、団長代理となるカルヴァ隊長だった。

 三公爵家の秘密以外の、重要な事柄の要点をかいつまんで説明すると、彼らは双方、深く眉間にしわを刻んで顔を見合わせ、次いでベッドの上の住人である私を見た。

「ネオン隊長は、どのようにお考えでしょうか?」

「わたくしは。正直、我が事ですがにわかには信じられず、ただ困惑しております。しかし知ってしまった以上は対処せねばならない。

 かの商隊の後見を受けた事は、あの時点では貴族として正しい選択であったと思います。しかしその背景を知った今となっては手放しでは喜べません……いいえ、即断即決するべきでなかったと、己の浅はかさを後悔しております。

 ただ、デゼルートは自治国家です。東方の後ろ盾があっても他国の干渉は受けぬと自治自衛権を持ち、何事も民の意見をつのり議会で評議員が話し合いながら政をする国だと聞いています。東方の属国ではありませんので、交易や後ろ盾ではありますが、スティングレイ商隊と関係があるかも定かではありません。全面的に交流を断つことは得策ではないか、と。表面上は今まで通りに。しかし、警戒は怠らぬよう、それから、騎士団の砦などへの立ち入りは何か理由をつけて出来ぬようにするべきか、と。我らがお会いするなら……そうですね。これからは、数か所に絞りましょう。南方辺境伯領の各地方の領主宅のみにするなどでしょうか……?」

「なるほど。確かに今できる最善を尽くし、警戒をする必要はありますね。ではひとまずかの商隊については、表向きは騎士団の所要施設には緊急の魔術防御点検の為という形で所属騎士以外の立ち入りを制限し、各当主へはそれを含め、此度の団長の病気療養の件に関連しての処置として周知させます」

「ありがとうございます」

「いいえ」

 静かに頭を下げ、カルヴァ隊長に感謝を伝えると、彼は首を振る。

「ショーロン家、しかも現当主のペシュカ殿が調べたとなればかなり信ぴょう性は高い……警戒をし、最善の策を考えるのは当たり前です。逆にネオン隊長にはご心労をおかけし申し訳ありません……面会には、私が立ち会うべきでした」

 カルヴァ隊長のその言い方に、私は引っかかるものを感じ、首を傾げる。

「公爵家に関わること、そして密談で、と言われていましたから仕方ありません。それより。わたくし、嫁入り前にショーロン伯爵家は曲者だから気をつけろと養父(ちち)に教えられていたのですが、カルヴァ隊長のお言葉を聞く限り、それ以上に何かあるのですか? 今、彼を名指しなさいましたが、何かあるのですか?」

 そう聞けば、カルヴァ隊長は少しだけ目を伏せ考えたのち、私を見た。

「……失礼ですが、司法公は彼の事をどのようにおっしゃっておいででしたでしょうか?」

 聞かれ、私は答える。

「あの家は北方辺境伯家の番犬だ、と」

「番犬などと。そのように生易しいものではありません」

 カルヴァ隊長ではない人の強い答えに私は驚いた。

「ドンティス隊長?」

 何時も柔和で穏やかで、他者に対し優しくあるはずのドンティス隊長だが、今の彼には珍しく、冷え込むような声でそう言うと、唸るようにその先を続ける。

「ペシュカ・ショーロン。常に主の後ろに立ち、寡黙で目立つことなく、その職務に忠実。いや、一見すれば自分でも飼いならせるのではないかと錯覚しそうになる猟犬のような男ですが、その腹の中は猟犬や番犬などの生易しいものではありません。あれは忠犬の皮を被った魔狼です。北方辺境伯に忠誠という名の鎖でつながれた、知恵を持った魔獣。目的の為ならば何でもする男です」

「その様におっしゃるのには、何かわけが?」

 私の言葉にはカルヴァ隊長も頷き二人でドンティス隊長を見る。すると難しい顔をした彼は腕を組み、溜息を洩らした。

「私は彼の2つ上の学年に在籍しておりました。王都にある学園の騎士学の演習の際、寮で彼と同室になったことがあります。主人に付き従っていないときの彼は、普通の青年のようでした。よく笑い、よく遊び、良く話し、他愛ない冗談も言う。人付き合いも良く、傍にいて不快ではない、本当に普通の学生でした。

 しかしそれは表面上の事。彼は己のことで感情を動かすことはありませんが、主人が僅かにでも関与したと認められた事柄となれば話は別です。

 実は、先代の当主が学園内で婚約者に所詮田舎貴族だと罵られ、婚約破棄を宣言されたことがありました。婚約者はとある侯爵家の末の娘でしたが、翌日には当主が代替わりし、彼女は学園に姿を見せることはなかった。残るは真偽不明の噂だけ。独自に調べたところ、娘は公になれば令嬢としては生きていけぬ状況で、心の病を癒す目的で建てられた医療院を持つ修道院で亡くなっていました」

 その言葉に、思わず身を抱きしめる。

「それを彼が、と?」

「断言はできません。憲兵も調べたようですが証拠は何も無く、実行犯と思われる者の一部が湖の底で見つかりました。

 それ以外にもまぁ、いろいろとありましてな。あれは決して敵に回してはならない者です。なんとかできるのは主である北方辺境伯だけでしょう。そして、その主人があれを一時でも手元から離し、ここへ寄こした目的が軍議ではなくネオン隊長との密談だったとしたら……それは無視することの出来ない状況であることを意味するものと考えたほうがよろしい」

「……そんなに、なのですね」

「正直に申し上げよう。一介の貴族では、恐ろしくて『宝石』のことなど調べようとも思わないでしょう。我ら南方辺境伯家も、ネオン隊長の事はお人柄などは調べましたが『宝石姫』であることに対しては許される範囲での敬称を口にすること以外、なにもしておりません。そもそもそう名付けられた存在を知る者は高位貴族の当主が当主の座を譲り受ける際に決して深入りしてはならない者として教わります。もし公の場で王に付き従う宝石たち(かれら)の事を妻子に聞かれれば、『あれは三公の人間でも特別で、家を潰されたくなければ二度と口にするな』と言って黙らせるのです。しかし主の命令とあらばその禁忌すらも犯すのが、ペシュカ・ショーロンという男なのです」

 細心の注意を払い、言葉を選びながらそう話してくれたドンティス隊長にふと、思い出す。

「なるほど。色々な意味で注意せねばならない方ということは分かりました……。そういえば、こちらに来て『宝石』と呼ばれたのはドンティス隊長おひとりでしたわ。伯爵家の当主だったからご存知だった、ということなのですね」

「さようでしたか? それは、ご無礼を……無意識に口から出てしまっていたのでしょう」

「いいえ、お気になさらず」

 納得したように私がそう告げると、彼は少しだけ目を開き、少し焦った風に謝った。

 そんな彼の様子を珍しいと思ったのは、私だけではなかった。

「叔父上、なにか?」

 彼の様子を不思議に思ったらしいカルヴァ隊長が声をかけると、頭を上げたドンティス隊長は一つ息をつき、私を見た。

「実は。私はネオン隊長の父君と、学園時代を一年ほどですが共にしたことがあるのです」

「……え?」

 その言葉に、私は目を見開いた。

「彼の方は我らより七つ下、その年に何故か新設された特別級に在籍しておられましてな。入学前からとにかく話題に尽きない方だったので、よく覚えております。ですから、その御息女がこちらへ嫁がれると聞いたとき、失礼ながら、彼に似ていた場合、どう対処しようかと思案していたのです。すべては杞憂に終わりましたが」

 その言葉に、私はあぁ、と息を吐く。

「そうでしょうね。とんでもなく極悪な性根だったと伺っておりますので……」

「いいえ。そうではありません」

 それも当然だろうと納得しながらも沈んでいく気持ちを抱えながら話す私の言葉に、しかしドンティス隊長は首を振る。

「確かにその様な話もありましたが、それは少なくとも私が学園で見たことの事実ではありません」

「え?」

 私は首を傾げる。

「それは、どのような、とお聞きしても?」

 顔をあげれば、ドンティス隊長はこめかみに手をやり、それからまた一つ息を吐いた。

「ご気分を害されないでいただきたいのですが……」

「自分から聞いたことですもの。もしそうなっても隊長を責めたり咎めたりなど致しません」

 そう言った私に、ドンティス隊長は躊躇する様子を見せながらも口を開いた。

「彼は……そうですね。言葉が大変悪いのですが、一言で表すのなら、物語に出てくるような傾国の魔性そのものでした」

「傾国の魔性、ですか?」

(それは、前世で言うところの楊貴妃や玉藻の前みたいなものかしら?)

 父を形容する言葉が明らかに異質で困惑する私に、ドンティス隊長は頷く。

「流れてくる彼の行いに、彼は前公爵夫人の腹に人の心を忘れて生まれたのだと言う輩もおりましたが、私が見知っている限り、彼は決してそういう類ではなく、先程のショーロン伯爵の言葉を借りれば、『彼は人心を惑わす美しい魔物が人の胎を借り人の姿を取って生まれたようだ』と」

「人心を惑わす……ですか?」

 過去を思い出すように時折考え込みながら、ドンティス隊長は教えてくれる。

「私も、彼に実際に会うまでは、口さがない人間が金、地位、権力と全てを持つ幼い公子をやっかんでいるのだろう思っていたのです。そんな中、顔見知りになっていたショーロンやその友人など一部の人間が公子の事で周囲の人間に注意喚起をしていた。『テ・トーラ公子には、決して興味本位で近づくな』と。正直、私どもはそれを言葉半分に聞いていたのですが、実際に彼を目にした時、彼らの言葉は真実であり、噂以上。けして生易しいものではないと思い知りました」

 顔を上げたドンティス隊長は、私を見た。

「彼は、一挙手一投足、全てで人を惹き付けるのです。彼から殺意の強い言葉を放たれ、蔑み、罵られても、彼の瞳を見れば、声を聞けば、そして微笑まれてしまえば、怒りが湧くどころか、それは甘美な誘惑となるのです。彼はよく学園内の諍いの中にいましたが、彼自身は誰かに手を出すどころか、何もしていないのです。ただそこに、取り巻きの令嬢令息といて、その中心で微笑んでいるだけなのです。彼が学園にいる間、彼の周りでは数え切れぬほどの諍いが起き、令嬢令息が失墜し自滅していきました。けれどその渦中にいた彼は、()()()()()()()()()()()()()()。そのため一度も処罰されることなく、彼の取り巻き達に称賛を浴びながら学園を卒業したのです。もちろん、司法公の嫡男という事を無視しても、です。彼の熱狂的な信奉者、親衛隊たちが守っていたとしても彼らもただの学生です。ショーロンのような人間の方が珍しい。そのような罪や事柄も隠し通せるはずがない。大人達は彼が悪行をした証拠を、血眼で探したでしょう。ですが、誰かに命じた等の確固たる証拠は何一つなく、それどころか教師の中にも彼を祭り上げる者がいたくらいなのです」

「……人から正気を失わせ、惑わし、操る力があった、という事ですか……?」

「わかりません。ただ、彼に惑わされなかった者、近づかずその様を見ていた者には『氷嶺公』と呼ばれていました。遠くから見、その尊さ、美しさに惹かれ近づけば、雪嵐にのまれ、氷河の深淵に落ちることになる。しかしそれを知ってなお、彼を愛した者は皆、彼を喜ばせ楽しませるために自らその深淵に身を投じるのです」

「それ、は……」

「……」

 息をのむ。

(それはまさしく『魅了』ではないの……?)

 震える両手をぎゅっと重ねる。

「ですから、ネオン隊長が嫁がれると聞き、初めて面会を申し出たあの時、私は遠い日に垣間見た氷嶺公を思い出し酷く警戒し、騎士団の安寧の為にもそのお心を試すような真似もいたしました。しかし、ネオン隊長に実際にお会いし、お話を伺えば、氷峰の先にある雪解けの春のようなお人柄で、私は酷く安堵しました」

「わたくしの事は過剰評価だと申し訳なく思いますが……教えて頂き、ありがとうございます。どちらにせよ、しっかりと対策をとる必要があることはよく分かりましたわ……」

 あの日の事はそうだったのかと思いながら、私は溜息をつく。

(あの男が、光属性であった可能性が出て来たわ……どれだけ業の深い話、なの? とりあえず、光属性の方と交流のある可能性のあるクルス先生に聞いてみましょう……)

 そこまで考えて、ふと、脳裏に夏の青空の瞳がよぎった。

(スティングレイ商隊のことも、それから、この憶測であれば彼のことも、そうだ……この執着は……いえ、あの出会いは、全て宝石のためだったの?)

 父の事実、そして初めて共に過ごしたいと願った人に対する疑心は、さらに私の心に影をおとした。

お読みいただきありがとうございます。

執筆に必要な『気合のもと』になりますので、いいね、評価、ブックマーク、感想などいただけると、作者が小躍りで続きがかけます♪

誤字脱字報告、本当にありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
ここまでかなり一気に読み進めてしまうほど、胆力のあるお話です! ここ2ヶ月ほど更新されてませんね、、、 最後まで読むのがもったいなく感じてますし、更新を心からお待ちしています!
数人というのは伏線だったのですね。 すぐに来てくれる人だけではないことを思い付けず、すみません。
3人呼ばれたはずが、2人だけ? カルヴァ隊長とシンドンティス隊長の2人? あとの一人は?
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