140・答えのない思案と、声
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『目の前の惨劇で前世を思い出したけど、あまりにも問題山積みでいっぱいいっぱいです。2』が2025年2月7日、発売決定しました! 頑張りましたー!
表紙は『女神の花祭り(web版では鈴蘭祭)』のネオンとアルジです♪
ドンティス隊長、クルス先生登場です!
予約開始しておりますので、よろしくお願い致します!
(情報量が多すぎて、前世を取り戻した後と同じくらい頭が疲れてる……)
ベッドの上。体を起こしたままの私は、親方に作ってもらった両手に少し余るくらいの大きめの木製のスープカップに、マナー違反ですと渋い顔をするアルジにおねだりをして、たっぷり二杯分は注いでもらったミルクティーが揺れるのや、窓の外の光景をただぼんやりと眺めながら、先程の話を頭の中で反芻し、ときおり、こてん、こてんと首を右左とゆっくり傾げながら、気が向いたらぬるくなったミルクティーを一口、二口と飲むのを繰り返していた。
(うまく考えがまとまらないわ……)
北方辺境伯騎士団一番隊隊長ショーロン伯爵の話は、今思い出しても、信じる信じない以前の、とんでもなく突拍子のない話で。
東方ビ・オートプの神話を記した書物に残る、国を災禍から護り、祭祀を司る七つの宝玉の斎姫と、そのうちの6人を簒奪し建国した可能性のあるトロピカナフシュ国と六つの宝石を持つ三公爵家。
共通項は確かに多い、しかし、異国の創世記の内容が現実であったとは思い難く、その人物の子孫が現在まで脈々と生きてきたとは到底思えない。しかもその絵空事のような話の渦中に自分がいて、我が身を守るために行動しなければならないという事実は、どうにも受け入れがたい。
(いえ。受け入れられないというより、現実離れしすぎて実感がわかないのだわ。本を読んでいる気分に近いのよ。まぁ正直、剣と魔法が実在するファンタジーな世界に異世界転生しておいて、いまさら何を言っているのかってところでしょうけど、それでも現実離れしすぎているのよ)
主人公は大変だなぁと、まるきり他人事のように感じる。もしこれが真実であったと確証があったとしても、話が壮大すぎて実感も危機感も湧いてこないだろう。
正直、可能性だけの話より、目の前にある問題の方の優先順位が高いとしか思えない。
(だって、十番隊も医療院も軌道に乗ったとは言い難いのに外部から研修生を受け入れなきゃいけない……もう、看護師育成も同時に始めてやろうかしら? あ、うん、それはいいわね。それから慈善事業のバザーだって、本当は毎月やりたかったのに結局は第二回目をやっとこれからできるところ……)
そこまで考えて、ふと思い出す。
(……バザー。そういえば、スティングレイ商隊が後見についたと知らせるために店を開くのだったわ。こちらにいる間に話を、と……絶対安静だから無理かしら? でも約束を反故するわけには……どちらにせよ、連絡は取り付けないと……)
『お傍に護衛を必ず置かれてください。医療院の中と言えど、決して気を抜かれぬように』
ふと、ショーロン伯爵の言葉が脳裏によみがえる。
(……気を付ける、か)
こくりとミルクティーを飲む。
(とりあえず誰かに相談すべきかしら? でも、こんな真偽不確定で荒唐無稽な話をいったい誰に相談するというの? しかも内容がこの国の最高権力者達である王家と三公、それにビ・オートプとスティングレイ商会まで関わってくる……口の軽い人間はだめだし、貴族でも公爵家の事を聞いて尻込みしない人物……上位貴族でもそれなりの力をお持ちの方でなければだめなのよ? そんな方、いるかしら?)
ようやく動き始めた頭で、思案する。
(護衛も必要だと、ショーロン伯爵は言っていた。東方はよくわからないけれど、もし、スティングレイ商会も相手にするとしたら、彼らは突然襲ってくる魔獣や夜盗を相手にする人たち……きっと実戦経験に乏しい正統派の騎士達では到底太刀打ちできない。……あぁ、もう……正直、ショーロン伯爵だけがそう言うのなら無視してしまっていたかもしれない……けど……)
ベッドの上に広げている、招待状を模した手紙を見、溜息を吐く。
ミルクティーの半分ほど入ったスープカップをサイドテーブルに置き、それを手にする。
蛇と木槌を意匠に盛り込んだ美しい紋章が浮き出し加工された、真っ白に金彩の施された封筒は、同じ紋章の押し付けられた赤の封蝋が付いている。
これは、当代ではもう一人の『宝石姫』であるコルデニア様の実家『ド・ラド』家の紋章だ。
北方辺境伯家に嫁いだはずのコルデニア様がいまだその紋章の封筒と封蝋を使っているという事は、彼女は嫁いでなお、北方辺境伯家の人間でなく、行政公ド・ラドの人間という認識であることを示している。そんな彼女から届いた茶会の招待状には、幼い頃1度会っただけの同格の令嬢に対しての形式的な挨拶と、体裁上、長く病気患いをしていたとされる私の身を案じる言葉、そして里帰りの際はぜひ知らせて欲しい、あの日を懐かしみ、お茶会を開きましょうという文面が、ブレのない美しい筆記体で書かれている。
だが。
『覚えておきなさい、ネオン』
思い出されるのは養母の声。
『三公爵家のみが知る方法。各家の紋章の加工された便箋の中でも、真白な便箋の――』
目の前の白い便箋を手にし、脳裏に蘇る養母の言葉に従って、右下の端にある、三公爵家のどの家の紋章にも入っている一輪の花の押し印に触れ、静かにそこに魔力を流す。
魔力は紙全体にいきわたり、花の色が美しい薄紅色に染まった頃、赤みを帯びた金色の光が、インクで書かれた文字の行間に現われた。
――ネオン様……
インクで書かれたものと同じ筆跡の朱金の文字を目で追う。
――ネオン様。
幼い頃にお会いしただけの貴女に、このように手紙を送る事が出来る喜びと、貴女がこれまで強いられてきた生活に、同じく宝石として生まれたものとして、涙が溢れる思いです。
そして、何も知らぬこととはいえ、宝石として生まれた者の理から外れ、歴代の、どの宝石よりも、はるかに広い世界に触れ、見聞きしながらお暮しであったことをうらやましく思ってしまったわたくしをどうぞお許しください。
ネオン様がこちらを読んでくださっているということは、北方辺境伯騎士団一番隊隊長ショーロン伯爵のお話を聞かれたのだと思います。
彼の話を、きっとおとぎ話か、絵空事のようにとらえていらっしゃるかと思いますが、どうか。どうか彼の勧めるとおりに、身を守られてくださいませ。
これは、わたくし、そしてもう一人の宝石であるラピアルークお兄様と協議し、だした結果なのです。
どうか、御身をお守りください、そして、王都にお戻りの際は、すぐに我が家へいらっしゃってください。ネオン様のお知りではない、わたくしたちだけが知る宝石の真実を、お話ししたいと思います。
王都で、ラピアルークお兄様と共にお帰りをお待ちしております。どうかお会い出来るその時まで、御身がご無事でありますように。
追伸 叔母様より、あの日、ネオン様が賜った花を預かっております。
私は、あの日の約束を忘れたことはありません
コルデニア・ド・ラド――
ふっと息を吐き、便箋の花から手を離すと、便箋から朱金の文字は消え、黒インクの文字だけが残っている。
『王家も知らない、三公爵家の当主夫妻と宝石だけが知り、扱うことを許される秘伝の術の一つ……』
「秘密の手紙、ね」
特殊な製法で作られた紙とインクは、書くときと読むときに魔力を通すだけでいいのだが、それは公爵家の人間の魔力にのみ反応するそうだ。
最初に聞いた時は、いや、今日の今日まで、三公爵家という物は、心の底から呆れるほど特別、唯一が大好きな特権階級で、とんでもなくくだらなくて高慢な生き物だと思っていた。
だがあの話を聞いてしまえば。
もしも、彼の国が斎姫を取り戻したいと願っているように、斎姫たちも祖国へ帰りたいと思っていたのだとしたら。
命までは奪われぬようにと、表面上は従っただろう。
自分達から国を、尊厳を、自由を奪われた彼女たちは、しかし心までは奪われぬようにと、こうして秘密裏に抗っていたのではないか。
いつか国に帰れることを祈り願い、斎姫たちだけで連絡を取り合う方法を駆使して、互いの安否を確認しつつ。いつか、いつか懐かしくも愛する故郷に帰れるように、と。
手に手を取り合って自由を取り戻すのだと、子に、孫にと伝えていたとしたら。
そんな風に考えながら便箋と封筒の隅に押された、かの一輪の花の意匠に既視感を覚える。
(見たこともない花だとは思っていたけど……そういえばこれ、蓮の花に……いえ……やめましょう)
自分の中にない記憶や想像を追いかけるのはやめようと頭を振り、便箋を封筒に戻してため息をつく。
ただの杞憂だ。
現実感も何もない、つながらないパズルの欠片を並べて、非現実な、けれど身をもって体験してしまったそれをもとに、過剰に妄想しているだけではないかと考え、いったい何ができるのか、そもそもどこまでを信じればいいのかと、己の無能さと無力さに項垂れる。
『……なさい』
「え?」
顔を上げても、部屋の中には誰もいない。
それでも、その言葉には覚えがあって、私はぎゅっと、胸の前で手を握り絞めた。
聞こえるはずのない、けれどしっかりと聞こえたその言葉は、あの日。前世を思い出した私を鼓舞し、支えてくれた先輩の言葉。
『看護師は、常に最悪を想定して最善を尽くさなければならないの。だからこそ、常にアンテナを張って危険予測をしなさい。危機管理を怠っては駄目。常に患者にとって最善の方法を考え、冷静に行動しなさい』
(……先輩、ありがとうございます)
一つ大きく深呼吸をし、拳に力を入れ、前を向く。
「最悪を想定して、私に出来る最善を……。私が今するべきことは、こんなことに悩んでいる事ではないわ。まずは辺境伯夫人として領地領民を守ること。医療隊隊長として患者を守る事。……けれど、頂いた忠告を無視することは駄目。警戒し、避けられるトラブルは避け、被害を最低限に抑えなければ……。それにはまず、この突拍子の無い話をしても馬鹿にすることなく協力してくれ、口が堅く、信頼できる協力者を集めなければ」
今、最も信頼できる人間は誰だろうかと考え、導き出された少数の仲間とも呼べる人たちの顔。
胸を押さえ、目を閉じ、深呼吸をして。
もう一度、前を向く。
(大丈夫、私はもう、一人じゃないもの)
サイドテーブルに置かれた鈴を手に取り、リン、と鳴らす。
するとバタバタとせわしない足音が近づいてきて、扉の前でピタリと止まると、コンコン、とノックする音が聞こえた。
それに応じ、入室を許可する。
「お呼びですか、ネオン様!」
扉は開き、たった数日前よりもぐっと痩せてしまった面差しのアルジが中に入ってきた。
私の為に、身を粉にして支えてくれた彼女の献身に心から感謝しながら、私は微笑んで、それから口を開いた。
「アルジ。申し訳ないのだけれど、私からということを隠してここに内密に呼んでほしい人がいるの。理由は、今は聞かないで頂戴」
そう言って、数人の名を伝えると、アルジは大きく頷いた。
「かしこまりました、お任せくださいませ」
お読みいただきありがとうございます。
新年の挨拶やコメント、本当にありがとうございます!
年が明けてすぐ、身内に不幸がありまして……頂いたコメント、新年のご挨拶のレスは、落ち着きましたらさせていただきます。
また、気を付けておりますがいつもにもまして誤字脱字が多かったら本当に本当にすみません。
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