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139・宝石の真実1-②

初春のお喜びを申し上げます。

今年もどうぞ、『目の前の惨劇で前世を思い出したけど、あまりにも問題山積みでいっぱいいっぱいです。』を、よろしくお願いいたします!   『猫石』

「モルファ夫人からお伺いしたお話から推測するに、前公爵夫妻は『宝石の真実』を正しく伝え聞いていると推察されます。と、すれば。現公爵閣下には意図して前公爵夫人が隠した、もしくは閣下はそれを知ったうえでやむを得ず貴女を王都から出したのではないかと推察されます」

「『宝石の真実』とは? それを祖母が隠した? それは何のためにでしょう」

 ショーロン伯爵のいう言葉の本質が理解できず、私は彼の言葉を繰り返し問えば、彼はことさら沈痛な面持ちで私を見る。

「その話をする前にもうひとつお伺いします。……口に出すのがお辛い事柄であればお答えにならずとも結構です。ですが、心には留め置いて頂きたく」

「……えぇ」

(人の古傷を抉る行為を何度されるつもりなのかしら……)

 彼の言葉に内心酷く苛つきながらも、それを表に出すことなく小さく頷けば、ショーロン伯爵はためらうようにわずかに口を開け、閉め。それから再び話し始めた。

「……貴女の御父上の事、なのですが」

 その()()に、胸が押し詰まるような苦しさを感じ、布団の下にあった手を固く握りこむ。

「……えぇ、はい」

「貴女は、彼の外見を覚えておいでか?」

「外見……ですか」

 自分の視線が揺れるのがわかる。

 機嫌が良い時にはただひたすらに、まるで愛玩動物を可愛がるかのように甘く優しく。けれど機嫌が悪い時には気持ちのままに母に手を上げ罵倒し、さらに『しつけ』と称して兄や私にその感情を拳や言葉にしてぶつけていた彼の事は、公爵家のエントランスの一等目立つ場所に飾られていた肖像画を見上げていたために覚えている。

「そう、ですね。髪はあの家の誰よりも艶やかな白髪で、瞳の色は赤みの強い、けれど淡い紫でしたわ」

 それに頷いたショーロン伯爵。

「ではもう一つ。彼は『宝石公』と呼ばれていましたか?」

 その問いには首を振る。

「いいえ。祖母は使用人や親戚にそう呼ばせていましたが、家内でそう呼ぶものはいませんでしたわ」

 そして思い出す。

 祖母が茶会などで留守にしているときには、必ず私に会いに来ていた祖父は、出迎えた私を抱き上げると、いつも、それは嬉しそうに『私の愛する宝石姫』と呼び、茶を用意し、珍しい菓子を並べ、私を膝に乗せて話をし、それは大切に慈しんでくれた。それは当時、まだ養母と婚姻していなかった養父も同じであった。

 しかし祖母は、自らが産み育て、溺愛してやまない嫡男である男だけをその名で呼び、使用人や一門の者達にもそう呼ばせ、毎夜、彼を宝石と認めろとヒステリックに祖父を責め立てた。しかし、祖母にひたすらに甘かった祖父は、それだけは決してしなかった。

 それもまた、祖母を苛立たせる一因となったのだろうと今は思う。

(迷惑な話だわ……)

「それで、それがどのような話につながりますの?」

 内心呟いた本音を隠すようにショーロン伯爵に問うと、彼はさらに問うてくる。

「ではそのご兄弟である現司法公やその弟妹、モルファ夫人のご弟妹の方はいかがでしょうか?」

 その質問にも、私は首を振る。

「養父の髪の色は祖父よりはそれらしく見えますが、彼には及びませんし、瞳の色は祖母と同じ青です。叔母たちやわたくしの弟妹はテ・トーラ色を一切受け継いでおりません」

「では、正しく『宝石』であるのは、やはり貴女だけなのですね」

 なるほどと頷いたショーロン伯爵は、腰に下げていた小ぶりの鞄から手帳のような物を取り出して開いた。

「これもコルデニア様からお伺いしたことなのですが」

「えぇ」

 パラパラと紙をめくり、そこにしたためられた事柄を話す。

「本来、『宝石』とはその存在を外部に秘すものなのだそうです。社交も許されず、唯一出席が許されるのは王家が出席する慶事の祭事と夜会のみ。それ以外は王都どころか王都の屋敷の敷地内から出ることを許されず、特例として義務である学院なども行かず、陛下が定められた同門の、『宝石』に近い者に嫁ぐのが決まりだ、と」

「え?」

 話される内容に我が耳を疑う中、彼は続ける。

「今回の王命のように他家、しかも王都を出るような婚姻が結ばれたことは、建国以来例がないそうです。ですから、もしかしたら現王も、『宝石』について正しくご存知ないか、もしくは……何か別の意図がおありなのかもしれないと、仰っておいででした。それともう一つ」

 意味が理解できずにいる私に、彼は続ける。

「こちらが本日私がモルファ夫人へ面会を願い出た理由。このお話をコルデニア様にご報告申し上げたところ、貴女にも是非にと仰いました」

「コルデニア様がわたくしに……?」

「はい」

 幼い頃に一度会っただけの私に何故と戸惑う私に強い視線を向けながら、彼は手に持っていた手帳を閉じると一つ、息を吐く。

「コルデニア様は、ご幼少期に参加された王妃陛下との茶会で貴女とお会いした後、一度もお会いすることなく、お手紙も届かないことを不審に思っておいでだったそうです。

『宝石』と名乗られる方は厳しく交友も管理されますが、宝石同士はその心を慰め合うため、連絡を取り合うことは許されているそうです。同じ立場の人間であるからこそわかり合えることもあり、親密になる事が多い、と。だが貴女の子細は茶会の後からぷつりと途絶え、テ・トーラ公爵家へ確認すれば貴女は茶会の後、大きな病に罹られ寝たきりとなり療養のため領地に行ったと、此度の婚姻が調うまでずっと言われておいでだったようです」

「お待ちください」

 それに私は首を振る。

「それは違います。ご存じの通り、わたくしの母は前公爵の息子との婚姻を無効にされています。わたくしたちは貴族籍を除籍され、王都の平民街に……」

「いいえ、貴女方は貴族籍から一度も除籍されていません。婚姻関係も継続となっております」

 動揺する私に、ショーロン伯爵は首を振る。

「しかし、あの男……いえ、彼は……」

「体の弱い奥方を厭い、子爵令嬢を妾として領内の別宅に囲ってお暮しになっている。そのため、モルファ夫人の母君は気鬱となり、社交をすべて取りやめ御実家で静養を。事態を重く見た前司法公が現司法公を後継と決め、貴女はその時点で彼の養女となっています」

「……そんな。しかし現に私達母娘は……」

「モルファ夫人が王都の平民街にお暮しになられていたという公式な記録はございません。貴女のご兄弟は母君の御実家でお暮しになっていることになっており、貴女の御婚姻後、母君の御実家である男爵家は子爵家へ陞爵され貴女の兄君が後継となりました。弟君は公爵家の持つ伯爵位を引き継がれ、先日、御婚約されています」

「――は? それ、は」

 血の気が引く思いをする中、ショーロン伯爵は私の知らない事実をつぎつぎと述べる。

「事実、貴女方は王都の平民街でお暮しになられていたのでしょう。しかし、住む家、食べる物、働く場所、生きるための全ての事柄をどのように得られていたのか。公爵家で暮らしていた貴女方だけでは何もできず、見目麗しく育ちの良いことが一目でわかる貴女方では、すぐに騙されたり誘拐されたりしていたでしょう。しかし貴女方は事件事故に巻き込まれることなく、穏やかに暮らしていらっしゃったのではありませんか?」

「それは……つまり」

 彼の言葉に答えは自ずと浮かび、その答えに震え出した手で口元を覆う。

「あの生活の全て、が……公爵家の掌の内だった、と」

「離縁は当時の公爵夫人が独断でなさったことのようです。しかし当時の公爵閣下、そして現公爵が裏から手を回され、兄君の勤める先、貴女方が住む家、貴女が働いていた宿屋、妹君たちの学校の事を手配され、公爵夫人の手が届かないようにし……さらにその経歴を改ざんした」

「そんな、まさか……」

「疑問に思われたことはありませんでしたか? 誘拐されそうな時、なぜいつも誰かが助けてくれていたか。しばらくすれば、貴女方母娘に絡んでくる人間もいなくなりましたね? 女子供だけが住む粗末な家です。何故野盗や破落戸、母君や貴女方に懸想恋慕する愚かな男たちに襲われずに済んでいたか。わずかな金で母君の医者代が賄えていたのか……。貴女方を王都の一角に隠すことで、前公爵夫人から貴女方を守っていたのでしょう。貴女が辺境伯家に嫁ぐことになった時は困られたでしょうね……記録と貴女が実際に暮らしておられた経緯をすり合わせるために、身元調査をする辺境伯家の手の者を買収するのは容易くなかったはずです」

 ふるふるっと、私は頭を振る。

「そんな……そんなことまで……。いえ、それより、そうまでしてあの家が隠していた事柄です。あの家は体裁を特に気にし、このような話を漏らすはずは決してありません。これが本当だとしたら、ショーロン伯爵は何故ご存知なのですか?」

 隠しきれぬ動揺をそれでもおさえるようにしながら問えば、彼は一つのため息の後、ゆっくりと話す。

「このお話は、コルデニア様が叔母君である現テ・トーラ公爵夫人からお聞きになったそうです。我らが『宝石』について調べた事柄をお話し、真意をお尋ねした際に教えてくださいました。貴方の身を案じられたコルデニア様は、貴女にすべてを伝えたうえで、御身をお護りするように、と我らに命じられたのです……しかし……」

 そこまで話し、顔色も悪くし言いよどんだショーロン伯爵の様子に首を傾げる。

「なにか?」

「モルファ夫人。スティングレイ商会とはどのようなおつきあいが?」

 震える手を見つめていた私は、ショーロン伯爵を見る。

「……それ、は」

 なぜかの商隊の名前が出るのか。

 それは今、必要な話だろうかと心が揺れるが、差し障りのない言葉を探す。

「先日、ドンティス隊長からご紹介いただきました。わたくしの慈善事業に感銘を受けた、と。その上で後見を申し出てくださいました。分不相応かとは思いましたが……是非に、と」

「そうですか」

 私の言葉に、頷いた彼は、手に持っていた手帳を再び開いた。

「実は、コルデニア様が嫁がれると決まった時、我々は改めて、王家が時にその身を貶めてまで重んじる三公爵家と、寵愛する『宝石』について調べました。もともと『宝石』の扱いについて疑問をお持ちであった先代の北方辺境伯の集められた資料もあり、順調とは言いませんが、調べることができました。その中で、我らはとても興味深い、異国の、一冊の文献にたどり着きました」

「文献?」

「それは東方の帝国史の中でも()()()()古く、国の民すらも忘れてしまっているような創世を記した一冊。題名もないその書籍には、東方ビ・オートプの最高位にある男神に舞や歌を捧げその怒りを癒し、厄災を遠ざけるという七色の宝石を冠する舞姫の記載がありました」

「ビ・オトープの七色の舞姫……?」

「はい。金、銀、紅玉、碧玉、翡翠、真珠、水晶と名を与えられた姫君たちには瞳に、髪に、その特徴を持ち、そうして生まれた時にはその身を捧げ、国を厄災から守り、彼の国は大きな厄災から免れ、国を大きくしていきました。それゆえ、彼女たちは斎姫と呼ばれ丁重に扱われ、皇帝は彼女たちを他国に出してはならないとされた、と」

「……は、あ」

 突然始まった神話語りに首を傾げる私に、ショーロン伯爵は口元だけ歪めて笑う。

「おかしな話をしていると思われるでしょう? 我らもそう思っていました。そんなものがあるのなら欲しいに決まっていますし、ただの神話でしかない、と。しかし、はるか昔、とある集団が、投降すると見せかけ彼の国に攻め込み、侵略には失敗したものの、その七色の内、六色の斎姫を簒奪したそうです」

「……簒奪?」

「その国は、簒奪した斎姫たちを奪い返されぬよう大きな砂漠と大河を挟んだ土地に辿り着き、周囲の小国や集落を侵略、勢力を広げ、やがて一つの国になった。建国を果たした王は最も良い働きをした六人の部下に斎姫を下賜し、東方に奪い返されぬようその斎姫を屋敷に閉じ込め、子をなし宝石を生み出し続けるよう命じた。しかし六人を幽閉し管理するのは大変だったでしょう。その母数を減らすため、婚姻を繰り返させ、やがてその特徴を三人に絞ることに成功した。王はその美しさに大変喜び、それを成し遂げた彼らを三公に据え、金と権力を与え、自分の傍を離れられないようにし、この国を……いえ、自分たちが持つ王位を厄災から守る要とした。

 ア・ロアーナ。ド・ラド。テ・トーラ。この三家は、東方から簒奪した斎姫を始祖に持ち、王家が作り出した文字通り秘宝なのです。そして、そのうちのひとつが、あなたです」

「……それは、しかしあまりにも」

「えぇ、あまりにも唐突で、不可解で、不確定で、滑稽な話です。しかしこれを前提に考えれば、『宝石』がこれほど厳重に管理され、重用される理由も、三公が王家を、陛下を凌駕するほどの異常とも思える財力と権力を持つことが納得がいきます」

「……それは……」

 それはそうだと。

 なぜ三公がこれまでに権力を持ち、他家を瞬き一つで消し潰せるほどの力を持つのか、なぜそれに誰も文句が言えないのか不思議だった。

 王家は困るのだ。宝石がいなくなったら。

 避け続けていた災厄が訪れ、反乱がおこり、安寧で退屈な日々は終わると思っているのだろう。

「しかし、それならなぜ管理されるべき私たちは他家との婚姻に? どのようにして貴方はこれらを調べることができたのです? それにコルデニア様は何故私、に……っ!?」

 言って、気が付いた。

 左の手首に重く感じる腕輪を見る。

「さよう。今まで宝石は生まれても外部に出ることはありませんでした。しかし、此度は違った。前公爵夫人の悋気で追い出された貴女をそれでも王都で隠し続けたテ・トーラ公爵がもし、陛下の懇願で貴女を王都から出すことになったのだとしたら。現陛下は急な即位をなさった方だ、正しくこの話を伝えられていない可能性がある。もしくは……。気になる事は、現在陛下の隣には、王妃陛下より寵愛される占い師がおります。陛下は名君、賢王と諸国より名高い前国王陛下に非常に劣等感を持っておられ、それゆえさまざまに焦りを感じ、隙があった。そのすきを突かれたとしたら……。可能性はいくらでも、十分にあるのです。そして東方が何らかの形で貴方たち宝石の事を知ったとしたら」

 口元に当てた指先が、自分の手のはずなのに酷く冷たく感じ、血の気はますます引いていく。

「まさか……スティングレイ商隊がと、思っておいでなのですか?」

 それには、ショーロン伯爵は首を振った。

「まだ分かりません。ただ、東方には報告されている可能性はあると思われていたほうがいい。西の辺境がきな臭いという話もあります。……いえ、その話を持ってきたのも彼の商隊です。今からでも気をつけられた方がいい。許されるのならば、一度王都に戻られることを進言したいのですが、陛下のご指示で医療院へ隊員派遣の事案が進んでおります。我らはすぐにこちらに医療隊員に紛れさせて御身をお守りする手の者を送ります。それまでお傍に護衛を必ず置かれてください。医療院の中と言えど、決して気を抜かれぬように」

 そう言ったショーロン伯爵はこれを、と、一通の手紙を私に渡した。

「コルデニア様より預かってまいりました。表向きは茶会の招待状です。必ずお一人の時にお読みくださいますよう」

 そう言ったショーロン伯爵は、椅子から立ち上がるとしずかに礼をとった。

「杞憂であることを祈るが、スティングレイ商隊にはどうぞお気を付け下さい。北方辺境伯騎士団は、心から御身のご無事をお祈り申し上げる」

お読みいただきありがとうございます。

本編温度差ぁぁぁぁ……(涙)

しかしようやく、ず~~~っと、連載開始当初から温めていた『宝石』のお話しの触りがかけました。

本当は『仏教七宝』の予定でしたが、髪の毛・目にしにくく変えたのです(名残はありますね)


新年だし、作者にお年玉! という事で、『いいね』『評価』『ブックマーク』『レビュー』『感想』などいただけると、大変に嬉しいです!

誤字脱字報告も助かります!ありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
ネオンの心の支えになってくれればと思っておりましたのに…不信感が募ってしまいますね…
クソババァのせいで自分の容姿(かわいい顔じゃなく宝石色)を嫌ってたと思ったら東方から簒奪された斎姫由来でついでに元彼の気持ちがめちゃくちゃ疑わしくなってくるとか本当に散々すぎるんですが…… もっと彼女…
不憫度がさらに上がったー!!!!とどまることをしらないのか?! 宝石としての価値かー。マジで色恋に向いてなさすぎる身体だ。中身おばちゃんで良かったね、流行りのJK(JD)だとさらに不憫度が上がるところ…
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