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138・宝石の真実1-①

「なんと……」

 仏頂面のアルジに促され部屋に入った彼は、私の姿を見てすぐ頭を下げた。

「これは……知らぬ事とはいえ、面会を申し込んだことを申し訳なく思う。そして受け入れてくださったことに感謝いたします」

「い……「悪いと思っていらっしゃるならお帰りくださって大丈夫ですよ。ネオン様はお優しいですが、御覧の通り絶対安静なので!」

 私が言葉を発するのを消すように、アルジがショーロン伯爵に背後に般若を背負いながら微笑んでそう言い、そうするとショーロン伯爵は眉を下げて私を見た。

「本当に、ご無理を申し上げ申し訳ない」

「いいえ。この事は公表されておりませんのでしかたありません。アルジ、わたくしが呼ぶまで下がっていてちょうだい」

「かしこまりました。北方辺境伯隊長様、ネオン様に()()()()()は! ()()()! させないでくださいね」

 少し強くそう言えば、口を少しとんがらせたアルジは、私に向かって頭を下げると、ショーロン隊長を睨みつけてそう言い放った。

「了解した、申し訳ない」

 ショーロン伯爵は言い、武骨ではあるが丁寧な謝罪をされ、それに少しだけすっきりした顔でアルジは出て行った。そんな彼女の不敬だらけの言動に痛む頭を押さえながら、背もたれを使って起こしてもらっている状態の私は小さくだが頭を下げた。

「部下が大変失礼致しました」

「いや。若いのにあれだけの忠誠心と行動力、そして物おじしない胆力は賞賛に値する。部下にこれほど慕われるネオン隊長のお人柄が手に取るようにわかる」

「皆、自慢の部下ですから、その様に言っていただけるのは大変うれしく思います。どうぞ、お座りになってください」


 翌早朝の、夜勤者だけがばたばたと医療院で仕事をしている時間帯。

『他騎士団の隊長が面会にきた!? こんな早朝に!? え!? ネオン様許可したんですか? 何をお考えなのですか! これでは絶対安静とも面会謝絶とも違います! 断固反対です! 客が来たなら私が追い返してやります! えぇ、治療棟班長として目にもの見せてやります! 夜勤者二人(ミクロス、シルバー)! いくわよっ!』

 と。意気揚々と駄々をこ……もとい。私の身を本当に案じて、習ったばかりの結界魔法を使って案内をしてくれたカルヴァ隊長とお客様を病室に入れようとしなかったアルジ(と物理で遮っていた夜勤の二人)をなんとか説得し、見苦しくない程度には身支度を整えてもらうと(といっても、相変わらず夜着なので、毛糸で編まれた分厚いショールでぐるぐる巻きにされているのだが)私は、病室にショーロン伯爵を招き入れたところでの先ほどの騒動だ。

 その様子に、どこかで見た光景だけど既視感かな? と思いながらも、彼らの非礼を寛大に許してくださったショーロン伯爵は椅子に座ると私の方を見た。

「熱がおありになったとのことだが、体の調子はいかがか? モルファ夫人」

 体調を気遣ってくださるショーロン伯爵に、私はおなじみの社交用の笑顔で答える。

「万全とまでは言えませんが、薬も効いておりますし、先日の軍議でお会いした時よりずいぶん楽になっております。ただ、医師よりベッドから出ることを禁じられておりますので、このような身なりでお迎えするしかなく、お恥ずかしい限りです。お許しくださいませ」

「こちらが無理を申し上げたのです。モルファ夫人がお気になさることではありません」

 もう一度頭を下げ、顔を上げたショーロン伯爵を見る。

 婚姻の祝宴の際は人間観察どころではなかったし、軍議の時はかなり席が離れていたため、こうして近くで会えば、当然だが解る事は多い。

 歳の頃はドンティス隊長より少し若いくらい。

 初見であれば右頬から顎にかけてある傷跡に目がいき動揺するであろうが(正直、祝宴の席の私もそうだった)それがあっても彫りの深く精悍な顔立ちは大変に雄々しく、くすみの強い青磁色(セラドン)の瞳は物おじしてしまいそうなほど鋭く、同色の髪は長く腰まで伸ばされているのだが、しっかりと後ろになでつけられていて、首の後ろで一つにまとめられている。

 そのすべてが、深緑の北方辺境伯騎士団の隊服と相まって細く鋭い剣(レイピア)を想像させる方だと思いながら、私はさらに微笑む。

「それで、コルデニア様の事でお話がとの事ですが、どのようなご用件でしょうか」

 そう聞いた私に、彼は頷く。

「私は貴族的な言い回しが苦手ですし、時間もありませんので非礼・無礼を承知で単刀直入にお伺いします。貴女は『三公の宝石』の事、そして自身が『宝石姫』であることについてどれほどご理解しておられますか?」

(……は?)

 その言葉に、私は取り繕う事が出来ず目元に力を入れ、口元をひきつらせてしまい、気が付いたのかショーロン伯爵は頭を下げた。

「この言葉にモルファ夫人がよい印象をお持ちでないことは伺っております。ご気分を害してしまい、申し訳ない」

(なら聞くな!)

 と心の中で悪態をつきながら、私はにっこりと微笑む。

「そうですね。しかしショーロン伯爵がその事実をどこでお知りになったのか気になりますし、その質問にどういった意味があるのでしょう? 本日の面会はコルデニア様のことではなかったのですか?」

 すぐに平静を装い咎める意味を込め問えば、彼は頷いた。

「もちろん、コルデニア様の事()ございます。しかしそのお話をする前に、まず貴女がご自身の事をどれほどご存知か知る必要があるのです」

「……わたくしがどこまで知っているかですか?」

 正直、心の傷に塩を塗り込み磨かれているようで心底腹が立つが、まっすぐとこちらを見てそういう彼の表情に嘘偽りがあるようには見えず、またこちらを貶める意図もないのは解る。

 小さく溜息をつく。

(私を怒らせて友好関係の解消、なんてリスクもあるのに正面切って喧嘩を売るはずもないものね)

 冷静になるように思考を切り替える。知らずにはいってしまっていた肩の力を抜いて心を落ち着けると、まっすぐ相手を見、考えながら言葉を紡ぐ。

「私の事は、もちろんお調べでしょうから、その前提でお話ししますわ。わたくしが公爵家にいたのは生まれてから八つまでと、婚姻前一年間だけです。そのようなわたくしが知る内容など多くありません」

「かまいません。知っていらっしゃる内容をお伺いしてよろしいか」

 骨が折れたところだけではない胸の痛みに息を吐く。

「この国の三公爵家、ド・ラド行政公、ア・ロアーナ立法公、そしてわたくしの生家であるテ・トーラの直系に稀にしか生まれない『王家を飾る宝石』。特別な目と髪の色で王家の権威を彩るための宝飾(レガリア)である。とだけ」

 それは、連れ戻されてから養母によって教えられた宝飾の意味。

 ド・ラドの『黄金の髪』『紅玉の瞳』は『王冠』を。

 ア・ロアーナの『白銀の髪』『翡翠の瞳』は『王杓』を。

 テ・トーラの『真珠色の髪』『紫水晶の瞳』は『宝珠』を示すという。

 そして十五歳で社交界にデビューした『宝石』は、彼らは王家の夜会や式典、祭典に必ず国王夫妻の次席に列する。それは王子王女や大公等よりも上で、故に成人すれば王家に侍るために要職を与えられ付き従うのが慣例である。

 その話を聞いた時、茶会に呼ばれたあの日に王妃陛下から『私の宝石姫』と呼ばれたことに合点がいった。

「例えるならば、わたくしたち『宝石』を冠する者は、王家の権威を示すお飾りなのですわ」

 そう告げれば、ショーロン伯爵は硬い表情で私を見る。

「……モルファ夫人がご存知なのはそれだけでしょうか?」

「えぇ。そうですが」

 答えると、なぜか酷く目元を歪めたショーロン伯爵は私を見つめたまま問う。

「それ以外の事……いえ。さらに不躾で申し訳ないのですが、貴女が幼少期、公爵家でどのような生活をなさっていたか伺ってもよろしいか?」

 その言葉に、胸の奥が冷たく冷え込んでいく。

 先日の悪夢はこの状況を示唆していたのかと理解し、目を硬く伏せ、唇を固く結ぶ。

 いつつ、むっつ、ななつ、と。息を整える。

 それから今世を生き抜いてきた『ネオン』ではなく、前世の『看護師だった私』を意識すると、ネオンを客観的に判断(アセスメント)してから、目を開け、ショーロン伯爵を見た。

「そう、ですね。八つまでは特に何不自由なく王都の屋敷で大切に育てられておりましたわ。一般的な高位貴族によくある、専従の乳母と家庭教師がおり、母と兄弟は別の階で暮らしておりましたが乳母と出向けば良く可愛がってくれました。祖父や親戚、それに使用人たちからは、まるで希少な宝石で出来たお人形を扱うように丁寧に丁重にされていましたわ」

 嘘ではない。

 嘘はついていない。

 客観的にみた姿を素直に話せば、ショーロン伯爵は少しだけ目を伏せた。

「大変に辛い思いをなさったと伺っているが……」

 なぜそんなことを聞くのかと、悲鳴をあげ大泣きする小さなネオンを抱き締めて、穏やかに、冷ややかに微笑む。

「数度会っただけの人間に対し、他家の内情をお聞きになるなど本当に不躾ですのね。お詳しいようですが、いったいどなたからお聞きになりましたの?」

 醜聞まがいの内情など、公爵家の人間が漏らすはずはない。

 やや棘のある返答すると、彼は申し訳ないと言いながら、話を続ける。

「コルデニア様からです。子細は伺っておりませんが、痛ましそうに顔を歪めておいででした。『ネオン様は『宝石』が背負うそれとは違う意味で、大変お辛い暮らしを強いられておられたようだ』と」

「コルデニア様が……?」

「はい」

 なぜ彼女がと首を傾げ、そして思い出す。

(そう、だ……コルデニア様はお養母様の姪だったわ)

 そしてあの祖母も、三公の出である。

 実質、国の政の実権と利権を握るともいわれる三公の当主の娘として生まれた祖母は、だからこそ、自身の行いを、我が家の内情を、私の存在を、他家に知られるのが嫌だったのだろう。

 私とコルデニア様との手紙のやり取りは、私がまだ教育前の子供だからと禁じられ、その後市井に降りた為お会いすることもなくなった。

 次にお会いしたのはコルデニア様の婚姻の祝宴の時で、その時、養母がド・ラド公爵家の先代当主の末の娘、つまりコルデニア様の伯母に当たることを知った。

 きっとコルデニア様は、私の事を養母から聞いたのだろうと理解する。

「祖母は母を良く思ってはおりませんでした。愛する息子をたぶらかし、堕落させた毒婦、と。ですからその娘であるわたくしの事も良く思ってはいませんでした」

 祖母の、私を見るときの憎悪と嫌悪に染まった目と顔を思い出す。

「私が『宝石』であることも、その一因だったようですわ」

「前公爵夫人ですね。たしかア・ロアーナ家の……」

「四代前の当主の娘だと聞いております。三公の姫君には男爵家出身でしかも平民になった母の事など認められないのでしょう。気位と矜持の高い方でしたから」

「そうでしたか……辛いお話をさせてしまい申し訳ない」

「いいえ。しかし、こうして他家の事情に土足で踏み込むのですから、よほど重要なお話なのでしょうね?」

「もちろんです」

 暗にここまで聞いたのだからそれ相当の話でなければ許さないと言ってみれば、彼は背を正し、私を真正面から見た。

「モルファ夫人からお伺いしたお話から推測するに、前公爵夫妻は『宝石の真実』を伝え聞いていると推察されます。とすれば、現公爵は意図して前公爵夫人が隠した、もしくは知ったうえでやむを得ず貴女を王都から出したのではないかと思います」

「『宝石の真実』……?」

お読みいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブックマーク、レビュー、感想などで作者を応援していただけると、大変に嬉しいです!

また、誤字脱字報告も助かります!ありがとうございます。


年内の更新はこれで御終いになります。


今年は皆様のお陰で書籍化、コミカライズ化と嬉しい一年でした。

ありがとうございます。

来年もよろしくお願いいたします(^^

1月3日はコミックグロウルで第三話の公開もありますので!ぜひ♪


朝晩、そして年末年始はとても冷え込むようですので、皆様気を付けてお過ごしくださいね。

宵年越しをお迎えくださいませ


 猫石

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アルジが腕輪について何も触れなてないような
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