135・面会謝絶
(望んで、こんな風に生まれてきたわけではないのに)
目を開けた瞬間、自分の頭の中にぽかりと浮かんだその気持ち。
自分の奥底に少しずつ溜まっていた、腐りきった泥水のような心の濁り水は、閉じ込めていた我慢しなければという堰を押し流し、どんどんあふれ出し、涙となって溢れ出た。
今、自分の置かれた状況は、何一つ望んで得たものではないと、考えても意味がなく、ならばと見て見ぬふりをしてきた、押し殺してきた自分の気持ちそのもので。一度考えてしまえばとどまることなく溢れ出し、一つ、二つと瞬きすれば、それに合わせてボロボロと目の端から耳の方へ落ちて行き、耳を塞ぎ、髪を伝って落ちていった。
自分は決して聖人君子でもなければ聖職者でもない。ただ幸せになりたい。願うことはそれだけだと言うのに、それ以上の何かを押し付けられ、押しつぶされそうになるのを、そう見せぬために必死に体裁を繕って、切り抜け生き抜いて来ただけなのだ。
(……ここのところ、なんだかんだといろいろありすぎて身も心も弱っていたから、あんな夢を見たのね……いやになっちゃう。本当に私、随分弱ってるわ……)
しみじみ自己分析をすることで心を落ち着けるのは前世の癖だろうなぁと考え、あの頃に前世の記憶があったなら、あの前公爵夫人のことなんてコテンパンにしてやれたのに、と思いながら心を落ち着けるために深呼吸をしようとして、はたと気付き、思いとどまる。
(深呼吸してクールダウン、と思ったけど、駄目駄目、私、ろっ骨折れてるじゃない。)
静かに分析し結論が出れば、少しゆっくりと呼吸を繰り返してから、目だけを動かし、周囲を確認する。
目の前にあるのは簡素な天井。
それは決して、前世住んでいたアパートや病院の仮眠室のようなものではなく、かといって、公爵家や辺境伯邸のように優美さや豪奢な物もない。
いたって簡素な天井だが、穴が開いてないことで、王都にある実家でないことを理解する。
(ここはどこかしら?)
思案し、もう少し情報を得るために体を起こそうと、腕を動かそうとした時、左の腕に重さと温もりを感じた。
(ん? なにかしら?)
骨折部分を気遣いながら、わずかに頭を持ち上げてみると、私の左手を両の手で握りしめ、私の体が横たわるベッドに突っ伏している頭が見えた。
(誰かしら)
涙で少しぼんやりしている視野をはっきりさせるため、瞬きを数回繰り返し、もう一度その人影を確認すれば、見えたのはところどころ酷く乱れた金褐色のひっつめ髪と、その髪を飾る鈴蘭の髪飾りで、そうすればそれは一人しかおらず、私は名前を口にした
「アルジ……?」
「……ん……」
かすれてしまった私の声に、わずかに動いた頭は、俯いたままのろのろと持ち上げられたあと、水に濡れた子猫の様にぶるぶるっと揺れ、ほんの少しの間の後に、はっとした表情で顔を上げた。
「しまった! 寝て……っ! お薬の時間! ネオン様!」
ばっと、ものすごい勢いと形相でこちらを見たアルジと、その瞬間しっかりと目が合った。
「ネオン、様……」
元侍女らしく、いつもはきっちりと髪を整え化粧もし、スクラブも綺麗に着てきりっとした表情でいる彼女だが、今は大きく見開いた瞳はいつものまま、猫っ毛なので寝起きは大変なんですと言っていた通り、ぴょんぴょん跳ねたぼさぼさの髪、いつもつやつやのほっぺにシーツのしわがつき、スクラブの首元もボタンが外れ、少しよれている。
「……アル、ジ……」
私が倒れてからずっと傍にいてくれたのだろうと思うと、申し訳なくて、けれどそれ以上に嬉しくて、揶揄うように『聞いてたとおりの猫っ毛なのね?』と笑んでみようと思ったのだが、それは、飛びついてきたアルジの肩口に吸い込まれてしまった。
「よかった、ネオン様、本当によかった!」
何度も何度もしゃくりあげながら、私の首元に両手を回して泣くアルジに、私は吃驚しながらも、そっと、右の手でその頭を撫でてみた。
「ごめんなさい、心配をかけたわね……」
そういえば、アルジは必死に頭を振りながらもさらに大泣きし、その泣き声はそれを聞きつけた誰かが外から激しく扉をノックするまで続いた。
「ガラさんの話では、あの日、ネオン様は軍議の最中にお倒れになったそうで、それから丸二日、目が覚めなかったのです。クルス先生の話では、元々のストレスに加え、会議による極度の緊張と、体の痛みで身も心も限界だったのではないかと。医療院に運び込まれた時には、それは酷いお顔色で、流石のクルス先生も真っ青な顔をなさって診察していた、と。とりあえず十日間は絶対安静だとおっしゃったのですが、ひっきりなしにお見舞いと称し様々な方が医療院にいらっしゃるので、ブチ切れ……いえ、お怒りになられたクルス先生が、意識を取り戻すまでは面会謝絶だと、個室の扉に医療班員以外は入れないように防御結界の応用? とかで魔術を使われました。おかげでようやく静かになりましたが、本当にあいつら……いえ、お偉いさんたちが偉い人でなければ、1発や2発、腹に入れてやっているところです」
「アルジ、気持ちが全然隠れていないわ。特に腕の殺意が強いわ……」
「あ、申し訳ありません」
時々乱れる言葉を言い直しながら、しかし全く意味がないうえに、拳をぶんぶん振りながら説明してくれたアルジに、私はすっかり強くなってしまったなぁと思いながらも、とりあえず注意だけして、それから目を伏せる。
「皆に心配をかけたわね、ごめんなさい」
「いいえ! ネオン様は何一つ悪くありません! 悪いのは団長や騎士団の偉い人達です! あとなんですか、あの西方騎士団の気色悪い親父! ネオン隊長にぜひ謝りたいと二時間おきくらいに来やがって! 体調が悪くてお休みされてますっていってるのに! あんなに言葉が通じないやつが同じ人間だなんて思えません! 脂汗だらけの汚い顔でへらへら笑いながらネオン様に近寄ろうとするな! 空気読め! 表出ろってんですよっ!」
「……アルジ?」
「申し訳ありません」
口をとんがらせ謝るアルジだが、どうやらリ・アクアウムのはずれで兄と、父と騎士仲間の間で生まれ育ち、下町生まれや孤児院育ちの医療隊員たちと仲良くしているせいか、時折か~な~り、言葉が乱れてしまうアルジをじっと見た。
するとものすごくばつが悪そうな顔で、しおしおと頭を下げたため、つい笑ってしまう。
私が目覚めた事で大泣きしたアルジ。しばらく泣いたあと、扉を叩く音に気持ちを取り直し、目元を拭いながらも笑顔で、お水となにか食べる物をもらって参ります! と意気揚々とアルジが、食堂に向かうため扉を開けた瞬間、室内になだれ込んで来たのは私の部下である医療隊の皆だった。
文字通り、雪崩か将棋倒しかのような状態になりながらも入って来た彼らは、体が動かせず寝たままの状態で謝った私の元にものすごい勢いで駆け寄ると、よかった、生きてた、目を覚ました……と、さんざん大泣きした。
その気持ちをありがたく思いながらも、ベッドの周りで大泣きする部下たちにどうしたらいいのか困っていると、いつもは冷静なガラが、目元を真っ赤にしながらも『婦女子の病室に断りなく入るとは何事だ!』と全員に拳骨を入れていた。
慌てた彼らは一斉に頭を下げて謝った後、入院患者のために作られた背もたれやクッション(の新品)をたくさん運んでくると、私には直接触れないよう、アルジとシーツを使って完璧なポジショニングをしてから出て行ってくれた。それがつい先ほどのこと。
現在は、目の前に座ってかいがいしく薄いパン粥をひと匙ずつ口に入れてくれるアルジのお世話を受けながら、私が意識がない間の話を聞いている。
(パン粥って、こんなに食べるのに苦労する物だったかしら?)
そう思い悩んでしまうくらい、口に運ばれる食事がなかなか喉を通らず、噛む必要がないくらい柔らかく作られたそれを、さらにもぐもぐと咀嚼し、少しずつ嚥下するという状態になっていて、それを良く見極めて、アルジが次のひと匙をほんの少しだけ、口に入れてくれる。
当初、自分で食べられるから大丈夫だと言ってみたけれど、心配をしたのだからこれくらいはさせてほしいと泣き顔で言われてしまい、これもしょうがないと甘んじて受け入れている状況なのだが、お願いしてよかった、と今は思っている。
「先程、ネオン様……隊長が目を覚ましたことをガラさんが本部へ報告に行かれました。それと、ここは医療院のクルス先生のお部屋の隣にあたる個室です。あの時、馬車で街のお屋敷へ運ぶのも憚られる状態でしたので、クルス先生の提案でこちらに緊急入院となったそうです」
それで見たことの無い天井だったのか、と納得し、頷く。
「初の個室入院が、私になってしまったわね」
「笑い事ではありません!」
パン粥を飲み込んでからそう言うと、アルジは泣き出しそうな顔になりながら、吸い飲みに入った蜂蜜と柑橘の水を飲ませてくれる。
「夕方、お屋敷に戻ったらネオン様が倒れて入院したと聞いて、本当にびっくりしたんですよ! ちょうどデルモさんがこちらに来るために馬を用意していたところだったので、後ろに無理やり乗せてもらったんです。今日まで、生きた心地がしませんでした」
「……ごめんなさいね。けれど、それからずっと、私のお世話を? それに、女神の治療院の方は大丈夫なの?」
自分だけのためにいろいろ支障が出ると困ると確認すると、アルジは頷いた。
「もちろんです! 高位貴族の婦女子であるネオン様のお世話を、部下とはいえ男共にさせるわけにはいきません! 退院まで、私が専属でお世話させていただきます! あ、ご安心ください! ちゃんと十日間の休暇申請をして、クルス先生にもお許しを貰っていますし、時折、隣の仮眠室で寝てもいます! それから、女神の医療院の入院患者は、リ・アクアウムに住居のあるシルバーとミクロスが変わりばんこに行ってくれてます!」
「そう、ありがとう。本当に、みんな臨機応変に、しっかり働いてくれて助かるわ」
「ネオン様にしっかり教わっていますからね」
そんな話を聞き、安堵した事と、水分を取ったことで、いくらか飲み込みやすくなったパン粥をさらに食み、飲み下す。それを数回繰り返して、私は息を吐いた。
「お疲れですか? もうお休みになりますか?」
「あぁ、違うの……いえ、違わないわね」
慌てふためくアルジを制して、私は笑う。
「食物を食べるって、こんなに体力を使うものだったのかと反省しているところよ。患者に、食べろ食べろとせっつきすぎていたわ」
そう言うと、アルジは大きな目を悲しそうに細めて首を振る。
「……ネオン様は元々食が細いのです。そこにお怪我をされ、お熱を出されていたのだから当然です……みな、反省しています。お薬を飲みながらのお仕事であったのに、あまりにもいつも通りに過ごしていらっしゃるので忘れていたと」
しゅん、としょげてしまったアルジに笑って見せる。
「しょうがないのよ? 皆にはちゃんと病状を言っていなかったのだから。それより、騙しているみたいになってしまって、心配までかけてしまって。謝らなければならないのは私の方だわ」
「そんなことありま……」
「いいや、あるね!」
「「クルス先生!」」
ばーん! と、突然開いた病室の扉から入ってきたのはクルス先生で、彼は本当に、本当に機嫌が悪そうに取り繕った顔(だって口元が笑っている)でずかずかと中に入って来ると、アルジの隣に椅子を置き、どかっ! と座った。
「せ、先生、あの……」
「君はさぁ!」
びしっと、私の鼻先に人差し指を突き付けたクルス先生は、珍しくキッ! っと、目元に力を入れたような顔で私を見た。
「君は! 本当に無理をしすぎだ! まず、本当なら安静にしていなければならないのを前提に、君が忙しい身の上だからと渋々! 渋々、仕事をすることを許可したんだ! 身体介護はしない! いや、基本は安静にしているようにと言ったはずだ! それから、動くのならば薬は切らさず飲むように、とも言ったはずだ! それなのに結果はどうだい?」
ずいっと近づいて来たクルス先生の顔はにやけているけれど、目は本当に怒っているようだ。
「まず君の体は全身の打撲! それから胸の骨の骨折! ついでに日ごろの睡眠不足とやや栄養不足ぎみだ! 貴族の夫人が栄養不足って何なんだい!? とりあえず、あと8日間は絶対安静面会謝絶! ただし、ここは男所帯だから、二、三日はここに入院して、様子を見て馬車に乗っても良いと判断したら街の屋敷に帰る事を許そう。貴族の夫人がいつまでもここにいていいわけではないからね。あぁ、反論は認めないよ」
「はい、先生。甘んじでお受けいたします。……ところで」
眉尻を下げて笑い、小さく頷いた私は、クルス先生が『よし、じゃあ許してあげよう!』と言いながら私から離れ、椅子に座り直した時に気が付いた。
「先生、その頬はどうなさったのですか?」
色白の、私から見ても羨ましいほどの肌艶とキメ細かい肌を持つ先生の右頬に、ぺたりと張られたスラシップ(消炎効果のある薬草につけたアイススライムのジェルで作ったシップ)に気が付いた。
「あぁ、これかい?」
するとそれに指先だけで触れたクルス先生は、口の端をきゅっと上げたところで、アルジが眉を下げて笑う。
「ネオン様がお倒れになった日に、びっくりしてこけてお顔を打たれたそうですよ? 先生もびっくりしたり慌てることがあるんですねって、皆で笑……いえ、驚いたんです」
「今、笑ったって言ったね? アルジ?」
「いいえ」
じと~っと横目で見るクルス先生の視線から逃げるように顔を背けたアルジは、ぽん! と手を打った。
「ネオン様。パン粥では食べにくそうでしたから、お夕食はプディングにしましょう! 厨房長にお願い行ってまいりますね。それからミルクティーを作って参りますわ。ネオンさまのお好きな蜂蜜とミルクたっぷりの。それからスパイスも少し入れましょう! 先生、少しの間ネオン様をお願いいたします」
「あぁ、頼まれた。それと、僕の分の紅茶もよろしくね」
「果実酒を少しだけ垂らしたミルクティーですね。かしこまりました」
先生の好みは心得てますよと笑いながら頭を下げ、少しだけ扉を開けて出て行ったアルジを見送ると、私はクルス先生にもう一度頭を下げた。
「先生、ご迷惑をおかけして……」
「迷惑、じゃない。心配、だ」
顔を上げた私に、クルス先生はいつもの飄々とした面差しではない顔で一つ、溜息をついた。
「君は、破滅願望でもあるのか? 自死を禁じられているなら早死にを、と、己が身を疎かに扱っているのか? それで、どれだけの人間が心がつぶれるような思いをするか、理解しているのか?」
その強い言葉は、私を心配する気持ちから出た物ではあるが、おおよそクルス先生から出るには似つかわしくないと思い、首を傾げた。
「そのつもりはないのですが……申し訳ありません。しかし」
「なんだい?」
「クルス先生のお言葉には思えませんが……?」
「うん?」
それには、少しだけ目を開き、口元を一度歪めてから開く。
「……そう? 君がここに運び込まれてきたときの医療隊の皆の酷い顔、見せてやりたかったな。皆、君があのまま息絶えてしまったら、後を追ってしまうのではないかと思うくらい酷い顔をしていたよ。もちろん、僕だって心配したんだ。君がいての医療隊だ。君がいなくなればあっという間に士気を失い、ここは瓦解するだろう。根無し草とよく評される僕だけど、ここの事も、君たちの事もとても気に入ってる。そうなって欲しくないと心から思っているよ」
「……ありがとう、ございます」
「うん。反省してくれるならまぁいいや。あぁ、そうだ。ガラから聞いたんだけど」
「はい?」
真剣な表情から一転、いつもの表情に戻ったクルス先生が少しだけ首を傾げた。
「随分と強い後見を手に入れたようだね?」
「はい?」
「スティングレイ商隊か。僕もよく知っているけれど、商人なら喉から手が出るほど欲しい後見だ。しかも、相手の執着が見て取れるね」
「え? あの。後見は確かに頂きましたが、その……執着、とは?」
言われている意味がわからず首を傾げる私に、クルス先生は少し微妙な顔を見せ、それから、なるほど。と笑った。
「その反応だと知らないのか。これこれ」
にやにやと笑いながら、クルス先生は白く、けれど男性らしい節のある手の、長い指先で、私の手首を指さし……その指の先を視線で追った私はヒュっと息をのんだ。
「……これ?」
「あれ? 気づいてなかったの?」
先生はさらに口元をゆがめ、面白そうに笑う。
先生の示した先は私の左手首で、そこには倒れる前にはなかった物――銀の腕輪があったのだ。
「東方では、剣を握る者がおのが半身である剣が壊れた際、それを研磨しなおし、装身具にして身に着ける習わしがある。これはその習わしにそって作られた腕輪だろう。それを相手に与えるということは、君を半身だと見定めたわけだが……覚えは、なさそうだね」
「……」
コツコツと、指先でつつきながら笑う先生の話を聞きながら、私はのろのろと手を挙げ、それを見る。
「君が倒れてここに運び込まれた時には、もうついていたから知っていると思ったんだけど……。本当に、どこかで誰かにもらった覚えはないの?」
「……いえ……」
クルス先生のその言葉に、小さく首を振れば、そうかと彼は静かに目を伏せ、それから失礼、と声をかけてから、丁寧な仕草で私の背に入れていたクッションや背もたれを取り、体を横にしてくれた。
「まぁいい。さ、目が覚めたばかりで皆に泣かれて食事して話をして。すこし疲れただろう。アルジにも少し部屋に入らないようにと伝えておくから、少し休むといい。彼女も仮眠をとった方がいいしね。なにかあった時には、この鈴を鳴らして。アルジの耳に届くように魔術がかけてあるからさ」
「……ありがとうございます」
小さなベルを受け取ると、クルス先生はいつもの調子で笑う。
「夕方、診察に来るまで少し寝ること。寝てしまえば、余計なことも考えなくて済むからね。じゃあ、おやすみ」
ひらひらと手を振って部屋を出て行ったクルス先生の背中を見送って、私は息を吐き、それから、重たい腕を上げた。
以前よりしっかりと筋肉がつき、日焼けをして。
短く整えられた爪と、ささくれとあかぎれのある、おおよそ高位貴族の婦女子のものとは思えぬ手。
そんな手にいつの間にか嵌められた腕輪を、右の手でそっと触れてみる。
私の体温で温まっているそれは、前世で言うバングルのような形で、煌めく銀色の細い鋼色のプレートで、この国の宝飾店に出回る品の様な宝石や意匠の凝った彫金細工のような華美さはない簡素な物だが、その刀身であった中心にあたるであろう部分には、小さく様々な模様が綺麗に一列に彫り込まれている。
抜いて外そうとしても輪が小さすぎて外れず、どのようにして嵌めたのかと悩む。
外すために手を細めて抜こうとしてみたり、てこの原理を考えながら重なっているつなぎ目を引っ張って広げてみようとしてみたが、まったく、びくともしないため、諦めた私は手を下ろし、天井を見た。
誰が、どうして、と。問うても誰からも答えなど来るはずがないのは解っているため、ただ静かに、天井を見て、心を落ち着けさせる。
一番考えうるのは彼だろう、そう考え、目を伏せる。
どうして、と考えないわけではない。
だが今は、考える事を頭が、心が拒否する。
(言われたとおり、眠ってしまおう)
そうすれば、今より少しは状況が良くなっているかもしれないと思って……やってきた眠気に必死に縋りついた。
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『目の前の惨劇で前世を思い出したけど、あまりにも問題山積みでいっぱいいっぱいです』
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コミカライズ第二話は、今週金曜に更新です(毎月第1週目に更新です♪)
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