134・繰り返す悪夢
☆12月3日も更新します☆
★このお話は、虐待描写を含みます★
(ネオンの公爵家時代を夢で再現している形です)
大事なところだけわかるよう、数話後にキーポイントだけ話に入れさせて頂きます。
苦手な方はどうぞブラウザーバックお願い致します。
注意書きがなく、ご気分を害してしまわれた方には、お詫び申し上げます。
あぁ、またあの夢だ、と私は溜息をつく。
見回せば、幼い頃に暮らしていた公爵家の廊下で、目の前にいるのは祖父の執務室の前で、ヒステリックな金切り声に怯えている幼い私だ。
祖母に取り上げられてしまった宝物を、返してほしいと祖父にお願いに来たところ、だ。
『あれは偽物の宝石なのに! 宝石は、私の息子ただひとり! 私の息子にこそふさわしい称号なのに! それなのに! あんな、あんな! 下賤の女の腹から生まれた子を宝石と呼ぶなんて! 王妃陛下は何を考えているの! ただ周囲に厄災をまき散らすだけの不吉なまがいもの! あぁ、そうよ! だから私の可愛いあの子は不幸になったのだわ! なんて……なんて忌々しい!』
部屋の中から聞こえる言葉に、私は目を見開き、口を押さえ、息をするのも忘れて立ち尽くす。
ぶるぶると震える足を必死に動かして、来た道を帰ろうと身を翻す。
逃げなきゃと、あふれる涙を抑えながら、魔導ランプの灯る豪奢な廊下の先を見据え。
走り出して。
――あぶない!
私が伸ばした手は、床には届かない。
毛足に足を取られ、体は宙を浮いて。
傍にあった花瓶の載せられたテーブルにぶつかりながら床に転がる。
派手に割れる花瓶の音と共に扉が開いて、廊下に光が差した。
地面に這いつくばったまま、恐怖に顔を引きつらせ振り返った、小さな私が見た、ものは。
『茶会ですって!? あれを王宮に連れて行くというのですか!? 駄目です! お断りしてくださいませ!』
『王妃陛下からの直々のお召しだ、出来るわけないとお前もわかっているだろう!』
五歳の誕生日パーティを控えて屋敷が少しあわただしくなって来た初夏の公爵邸の、最も豪奢な造りの扉の向こうにあるのは当主の執務室で、その部屋の前で、私は心配する家庭教師と侍女を傍らに、声もかけられずただ立ち尽くしていた。
声の主は当時のテ・トーラ公爵夫人。つまり私の祖母にあたる女で、彼女の怒りと憎しみに染まったその言葉の全てが自分に向いているものだとわかり、呼び出されたにもかかわらず、どうしようも出来なくなって扉の外で立ち尽くしたのを覚えている。
そもそも、私が祖父の執務室に呼ばれること自体があまりない事だったので、とても緊張しながら家庭教師と共に赴いた処でのこの叫び声に、それでもいつまでもそうしているわけにはいかないからと家庭教師に促され、ノックして、許可を得てから中に入った。
恐る恐る執務室に入れば、聞いていたと気づいたのだろう困り顔で微笑む祖父と、顔を真っ赤に染め、扇を握りしめてわなわなと震える祖母がいて。彼女は私が祖父母の前に立つと、あからさまに睨みつけてきた。
「学習時間に呼び出して悪いな、ネオン」
それを諫めながら、祖父は執務用の椅子から立ち、私を優しく抱き上げて微笑んだ。
光沢のある純白の髪を私の瞳の色と同じ紫のリボンでハーフアップにし、赤味の強い紫色の瞳を細めた祖父は、穏やかな口調で名を呼んだ。
『急なのだが2週間後、王宮で開かれる王妃陛下主催の茶会にネオンは参加することになったんだ。お婆様と共に、テ・トーラの娘として恥ずかしくないよう、心がけて参加するように』
『私と、ですって!』
その祖父の言葉に、祖母は悲鳴を上げ、私は体を跳ね上げたが、祖父は私の背を擦り、ため息をつきながら祖母を見た。
『当たり前だろう? 王妃陛下の招待状には公爵夫人と宝石姫であるネオン嬢を茶会に招待する、と招待状を送ってくださったのだ』
『宝石、ですって!』
その言葉に、さらに祖母は怒りで赤くなった青い瞳を見開き、祖父の机に向かうとその机の上にあった真っ白の便箋を手にし、その文面を読んだのだろう、さらに目を見開いた。
『いままで! これの話は誰にもしていないのにどうして! 屋敷の外にすら出していなかったはずなのにいったいどこから洩れたというの!? まさか、あなたが……っ』
便箋を握りしめながらそう言い迫る祖母に、祖父は私を家庭教師に預けてから、祖母に言う。
『そんなわけがない事は君が一番知っているだろう? そもそも、ネオンは五歳になる。通常ならば親戚や親交のある貴族の子を集めた茶会などに出てもいい年齢だ。にも関わらず、茶会はおろか、屋敷の外、親戚の前にすら出ぬよう君が命令しているだろう。一歳の、この家の惣領娘としての嫡出の披露目を潰し、さらに慣例である五歳の披露目の席すら、君が裏でつぶそうとしたのは解っているのだぞ!』
『そ、それは!』
『君が産んだあの馬鹿息子以上の宝石色を持つネオンの外見が気に入らないのは知っている。私もそれで君の気が済むならばと様子を見ていたが、これ以上、ネオンを君の感情で隠し通すのは許さん。五歳の披露目は貴族の義務だ、私の指示通りに動け。
君が必死に隠していた事柄がどこから洩れたかはきちんと調べさせる。だがネオンはテ・トーラの宝石姫である事はもう認めろ。今回の茶会も、王妃殿下の直筆の招待状を頂いているのだ、これがどういう意味か、君にもわかるだろう』
そう言われれば、親指の爪を噛むようにして、悔しい、悔しい……と唸るように言った祖母は、ぎろりと私を見ると、びしっと持っていた扇で私を指し示し、後ろに控えていた自分の侍女に向かって甲高い声で叫んだ。
『お前たち! これを見られるようにしておきなさい! それから王宮へ参内させるために相応しいドレスを作らせなさい!」
『奥様! しかし今からドレスを作るのでは……お披露目のドレスも作らせている最中ですし……』
『では披露目のために作らせている物を大急ぎで完成させて持ってこさせなさい! それからお前!』
怒りで吊り上がった目で私を睨みつけた祖母は、ギリギリと歯ぎしりをしてから、私を扇で指し示し、吐き捨てるように叫んだ。
『今日からマナーの勉強と王家の歴史について、徹底的に勉学を行いなさい! 私の足を引っ張ることなどけして許しません! そんなことをしてごらんなさい、公爵家からお前を追い出してやるのだから!』
それだけ言った祖母は、祖父の執務机に招待状を叩きつけると、侍女を連れて執務室を出て行ってしまい、残った私は呆然としたまま、祖父に命じられた家庭教師に促され、自室に戻った。
それから2週間。
祖母のお気に入りの侍女によって徹底的に(躾の鞭が使われるほど)茶会のマナーを叩きこまれた私は、祖母と共に王宮に参内した。
王宮のさらに奥、国王陛下のご家族が住まう宮殿の、王妃陛下の私的な庭で行われた、花と宝石を愛でる会と銘打たれた茶会には、三公の公爵夫人と共に『宝石』を冠する私以外の子供がいた。
『黄金』の髪『紅玉』の瞳を持つ『宝石姫』コルデニア・ド・ラド公女様。
『白銀』の髪『翡翠』の瞳をもつ『宝石公』ラピアルーク・ア・ロアーナ公子様。
そして、『真珠』の髪『紫水晶』の瞳を持つネオン・テ・トーラ公女。
遅れてやってきた王妃陛下は、最上礼で待っていた私達の姿に大喜びし、緊張している子供達を手招くと、自分のテーブルに私達に着かせ、自ら茶を淹れ、菓子をくれた。
離れた場所に座る祖母の痛い視線を感じながらも、私は四つ上のコルデニア様、七つ上のラピアルーク様とゲームをし、おしゃべりをした。
特にコルデニア様はたくさんお話をしてくれ、仲良くしましょう? お手紙を書くわ、と言ってくださった。
茶会が終わり、それぞれの保護者の元に戻り、丁寧にお別れの御挨拶を行うと『私の愛する宝石たち』と王妃殿下は私達を一人一人を抱きしめたあと、ご自身の宝飾の中から選んだという、各々の髪瞳になぞらえた宝飾品を下賜してくださった。
コルデニア様はその美しさに良く似合う首飾りを。ラピアルーク様は目が覚めるほど輝く指輪を頂き、最後に私に下賜されたのは、大きな紫水晶の花を真珠が取り巻き煌めく華奢で可憐な髪飾りだった。
『私は、その髪が一等お気に入りよ』
と、王妃陛下自らそれをつけてくださった。
王妃陛下からいただいた宝石に優しい言葉は、幼い私の宝物になった。
マナーや勉学についてよく頑張っている、貴女の教育の賜物ねと祖母に言ってくれたのだ。
そう言われた祖母は、美しく微笑んで『恐れ多い事。えぇ、私の自慢の孫ですわ』と言って私の頭を撫でてくれ、馬車までの道を、いつもは近寄る事さえ許されないのに、手をつないで歩いてくれたのだ。
やっと認めて貰えたと思った私は、馬車へ向かう帰り道、残る二公爵夫人と、コルデニア様、そして彼女をエスコートするラピアルーク様に見守られ、気持ちのままにたくさんお話をした。
そのたびに、祖母は笑顔で頷いてくれた。
たったそれだけでも、本当に嬉しくて、心がぽかぽかのまま、用意されていた王宮登城用の馬車に乗りこみ、扉が閉まった瞬間……髪の毛と共に髪飾りは奪い取られた。
『痛い! お祖母様、やめ……』
『お前などがお祖母様などと呼ばないでちょうだい! 虫唾が走る!』
吃驚して顔をあげれば、いつものように怖い顔をした祖母が、髪の毛が絡んだ髪飾りを握りしめた手を振り降ろした。
『おぞましい! 気持ちが悪い!』
殴られた衝撃で馬車の端に身を隠し、頬を押さえたままの私に叫ぶ声は、馬車の車輪の音で消えるため、彼女は何度も何度も叫んだ。
『お前の母親が私の可愛いあの子にしたように、子供のお前まで王妃陛下をたらしこんで! 恥知らず! このまがい物の化物! これは、お前のような者が持っていいものではないわ! お前になどにつかわしくもない! お祖母さまなどとも呼ばないで頂戴! 私はお前の祖母ではないわ! 私の宝石は、私のあの子だけよ!』
『ごめんなさい、ごめんなさい……』
『謝って許されると思うところが浅ましい! 下賤の生まれはこれだから!』
『……ごめん、なさい……』
この状態で泣けば扇で殴られると知っていたからそれも出来ず、暖かかった心は冷たく凍り付いて。
ただ馬車の隅で、祖母の罵倒を聞きながら、小さくなっているしかできず、屋敷に着けば、祖母は私のマナーがなっておらず恥ずかしかった、あれには反省させるようにと告げると、髪飾りを握りしめたままさっさと屋敷に入っていった。
私は、状況を察した家令によって自分の部屋に連れていかれ、扉には鍵がかけられた。
部屋ではたくさん泣いて、泣いて。
外が真っ暗になった頃、お祖母様には好かれなくても、せめて私の事を褒めてくれた王妃陛下からいただいた髪飾りだけでも返してもらいたいと思い、しかし本人には言えないため、やむなく祖父の部屋を訪ねることにした。
部屋を出、階段を上り、祖父の執務室へ向かう。
ところどころ魔導ランプの揺れる廊下は広くて長くて怖かったけれど、あの髪飾りを思い出せば、大丈夫だと思い、頑張って歩き、ようやく祖父の執務室の前に辿り着いた。
『お、お祖父様……』
そっとドアノブを握り、ゆっくりと扉を開けたところで、私の耳に聞こえたのは酷く恐ろしい言葉ばかり。
悲しくて、辛くて、恐ろしくて、その場から逃げようと踵を返した。だが間が悪いことに夜着の裾を踏みつけてコケてしまい、そばに有った花瓶の乗せられた飾りテーブルを倒してしまい、静まり返った廊下で大きな音を立ててしまった。
花瓶の割れる音に祖父母は部屋から飛び出し、廊下に這いつくばったままの私を見つけた祖父は、身を案じ、駆け寄ろうとしたが、その祖父を押しのけた祖母は、化物のような形相で私を睨みつけ、髪を掴むと、引き上げ、近づき、大きく響く声で私に叫んだ。
その顔が。
言葉が。
あまりに恐ろしくて、悲しくて。
祖母を叱責しながら引き離し、私を案じて抱きしめてくれた祖父すら怖くなって、腕を振り払って逃げた。
途中、毛足の長いカーペットに何度も足を取られてこけながらも、自分の部屋に戻った私は、ベッドにもぐりこんでもっと大きな声で泣いた。
真っ暗な布団の中で、祖母が、父が、そしてそう言った事の無いはずの祖父と母までもが、私を指さし叫び続ける。
『お前は不幸の子! いらない子! お前なんかが出来たせいで! お前なんかが生まれたせいで! 偽物の宝石であるお前が周りを不幸にする!』
その声に。顔に。
一睡もできないまま朝を迎えた私は、発熱と嘔吐を繰り返し、結局、五歳の誕生日という貴族の子息令嬢にとっては一族へのお披露目となる晴れの舞台に出ることはできなかった。
『――ネオン、もう、あの人たちはいないのよ?』
私は腕をのばし、小さな私の耳をふさぎ、抱きしめ、大丈夫よと繰り返す。
もう大丈夫だからと何度も繰り返して、繰り返して。ようやく見なくなっていた幼い頃の悪夢。
なのに。
久しぶりに見た夢の、酷い言葉を叫び続ける肉親の声の中に、少しずつ、ネオン様と呼んでくれる人たちの声が重なり始める。
『不幸を呼ぶお前なんて、死んでしまえばいいのに!』
小さな私を抱き締めながら、早く目が覚めてほしいと、私は願った。
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コミカライズ第二話は、今週金曜に更新です(毎月第1週目に更新です♪)
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