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14・駆け引き? いいえ、正論です。

 私の、きっぱりはっきりとした、やや大きめの声に、旦那様は足を止めて振り返った。


「願い、だと?」


 明らかに不満げな顔だが、無視するわけにもいかない。 そんな思いがありありと出ている顔だ。


 だがそのお陰で、此方はやりやすい。


「はい。 貴族の義務とはいえ、家同士の益だけのために結ばれた政略結婚により、お顔も存じ上げなかった辺境伯である旦那様に嫁ぎ、生まれてより離れたことのなかった王都を離れ、慣れない辺境の地の暮らし。 慣れ親しんだ友人や家族などにも会うこともできず屋敷に篭り、戦いに向かわれる旦那様や騎士様、それに王都に残した家族たちの、幸せと安全を祈る事しかできない非力な私からの、小さなお願いでございます。 聞いていただけますか?」


(好きで引きこもっているわけだけど、契約の事は言えないから、このくらいは盛ってもいいわよね。)


 いっそ、ここにいる人たちに哀れと思われるよう、眉尻を下げ、困ったようにそう言うと、ひとつ、大きな溜息をついた旦那様は腕を組んで肩をすくめた。


「確かに。 貴族の義務であるとはいえ、公爵家の令嬢である君には、色々な意味で窮屈な辺境暮らしで無理を強いている。 よし、何だ、言ってみろ。 ドレスか? 宝石か? 手配してやろう。」


 かなり上から目線で、そう言った旦那様。 何でもやるから黙ってろ、とでも言いたいのだろう。


 が。


(よし、言質はとった。)


 その言葉に、心の中ではガッツポーズ、表面上は淑女の微笑みをやや深くした私は、旦那様に頭を下げた。


「では、旦那様。わたくし、貴族の義務として、そして、辺境伯である旦那様の妻としてこの辺境伯領にて、『慈善事業』をしたく存じ上げます。」


「……は?」


 旦那様は少しだけ間の抜けた声を出した。


 それはそうだろう、宝石だドレスだ押し付けて令嬢の我儘を聞いてやり、周囲も納得の上で黙らせようとしたのだろうが、口から出たのは真逆の単語。


「慈善事業、だと?」


「はい。」


 会心の出来と言ってもいいほどの淑女の微笑みを浮かべながら、契約の不履行にならないような言葉を、必死に考えて言葉に紡ぐ。


「さようでございます。 旦那様。 旦那様がお持ちの辺境伯位。 この爵位は、簡単に挿げ替えの利く他家とは違う、辺境を、国を守る重要な地位であり、侯爵家にも匹敵するほどの上位貴族でございます。 ですので、貴族の教育をお受けになられた旦那様であれば、当然、ご存じかとは思いますが、貴族の義務の一つとして『慈善事業を行う事』という行為、その重要性を御存じかと存じます。 よく政治的パフォーマンスともとられてしまいがちですが、そうではございません。 社会へ、そして仕えてくれる民への貢献、でございます。 公爵令嬢であった私も、よく公爵家の所有する孤児院や修道院、治療院へ慰問をしておりました。 それをこの辺境の地でも続けたいと考えておりましたの。」


 小癪な手だが、契約違反にならないように、そして絶対に旦那様が断る事が出来ないように、『貴族としては必要な事』すなわち、契約内容にもあった『辺境伯夫人としての責務を全うする』と言った私に、旦那様は少し、表情を和らげた。


「……慈善事業、か。 ……確かに、習ったこともあるし、母上が生きておられるときは、そのようなことはしていたな……。」


(あら、必要ないと言われるかと思いましたが、旦那様側の方から思わぬ援軍を頂けましたわ。 では、この発言との齟齬が生じないように、後で家令に、どのようなことをなさっていたか確認しておかないと……。)


 そう考えながら、私は頷く。


「旦那様のお義母様は、大変に立派な方でいらしたのですね。 ……であればなおさら、私も辺境伯夫人の務めとして、継続して行いたいですわ。」


「なるほど。 それで、何をするのだ?」


 納得した旦那様に、私は内心ガッツポーズを取りながら、それを悟らせないよう、静かに言った。


「ではまず、この兵舎を救護室として頂き、そのうえで私の管理下にしてくださいませ。 慈善事業として、負傷兵の看病を行わせていただきます。」


「……は?」


 にっこり笑って言いきった私に、腕を組んで聞いていた旦那様は、先ほどまでと違う、驚きの表情を向けた

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