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132・心強い後見と、つぶれた音。

「先日の鈴蘭祭、毎年多くの客が集まり盛り上がるのですが、近年は目新しさがなく寂しいと思っていたのです。しかし今年は大変盛り上がっていましたな。商いをする者として、心が沸き立ちましたよ」

 目の前に座る、白髪を後ろになでつけ、長く伸ばした後ろの毛を、不思議な色合いの糸の混じった紫の飾り紐と共に編んで背に垂らした男性――スティングレイ商会長は、穏やかに笑って私に問いかけてきた。

「新たに嫁がれたモルファ夫人の登場と、その夫人が慈善事業と銘打ち行った教会での催し物がよかったのでしょう。年若な者が連れ立って見に行ったようですが、騎士体験が大変に楽しかったようです。子供の大きさで作られた騎士団の模擬刀と盾の出来もおもちゃとは思えぬほどで、あれが欲しかったと言っていましたよ。それからブランデーケーキ、でしたか? 土産だと我が商隊の歌姫が買ってきてくれたので私もご相伴にあずかりましたが、大変に美味だった。強い酒精が癖になりますな」

「お褒め頂き光栄です。ブランデーケーキもお口に合ってほっとしました」

 頷き礼を伝えれば、私の隣に座るシノ隊長も頷き、同意してくれる。

「そうだろう? 私と、それから五番隊のターラも、すっかりあのブランデーケーキの虜でな。騎士団の食事に時折出てくるのを、今か今かと楽しみにしているのだ」

「なんと、騎士団の食堂にあれが出て来るのか? われらは次のバザーまであの味を恋焦がれても買い求められないというのに。シノよ、それは贅沢が過ぎるな」

「ははは、役得という奴だ」

 一見、和やかな会話(しかもその内容はデザート自慢)の始まりは、やはり先日の鈴蘭祭だった。

 にこにこと笑んで茶を嗜みながら先日の鈴蘭祭を客の立場、商いを出す立場からと2つの視点で話をしてくれたスティングレイ商会長は、私を見る。

「バザーの売り物も興味深かった。ハンカチにショールと銘打った一点物の服飾雑貨でしたな。女性の『自分だけしか持っていないという特別感』を満たしたようで、あれやこれやと目移りしたと舞姫たちが姦しく自慢していましたな。それに、子供たちの作品を売ったのも良かった。技巧に稚拙さはあれど、実に味わいがあった。ただその事で一点だけ、一客としてご意見を差し上げてよろしいか?」

「もちろん。ぜひお聞かせ願いたいですわ」

 趣味の良い、白磁に金彩の施された薄く繊細な茶器に注がれた淡い琥珀色の紅茶を手に、私は努めてにこやかに表情を作って頷く。

「あれら布小物の刺繍の図案を用いたのは、モルファ夫人の発案か?」

「さようです」

「理由を聞いても?」

「はい」

 一つ頷き、説明をする。

「今回のバザーは、慈善事業と銘打ったとおり、医療院と孤児院、学舎の運営費用を集めるための物です。私がこれを始めようと思ったきっかけは、騎士団の医療院のお手伝いを、と神父様が申し出てくださり、しかし神にお仕えし、平和を祈られる方々に、それとは相反する事柄をお願いするのは憚られました。そのため、バザーを行うと決めたのですが、教会という神聖な場所と、神に仕える方々の御力をお借りするのなら、と、その販売物は教会の教えに沿い、広められるものがいいと考えたのです」

「なるほど」

 茶器から手を離し、腕を組んで少し考えこんだスティングレイ商会長は、それを解くと私を見た。

「では、その一部でいい。それと関係のない、自然の草花の図案や、国伝統の意匠の図案の物も作られるというのはいかがか?」

 それには、私は首を傾げた。

「それは可能ですが、何故かとお伺いしても?」

 その問いかけに、あくまでにこやかに、スティングレイ商会長が頷く。

「遊牧し、様々な国を渡り歩き、様々な国から民を受け入れる自治都市をねぐらとする我らだから言えることやもしれぬが、神の教えとは、国に息づいた伝統であり、個々の思いや願いが脈々と親から子へ、子から孫へと受け継がれた血脈に息づく、いわば魂の一部。世には様々なそれがあるが、大きな共通点は、そこには大いなる神があり、それは命運をも左右する尊き存在で、己のそれを超える存在はいない。そしてその存在の教えは数多くあり、祈りの内容も実に様々で、全てに寛大であり受けいれるもの、それを唯一とし許さないものなど、多岐にわたる。そこには、他の教えの描かれたものを持つことをよしとしない者も多い。

 ここが王都やその周辺であるのならあれらの品だけでもおおいに結構。だがここは辺境。この地は、様々な国の人間が行き交う。今回、夫人のバザーを見た他国からの客の中には、慈善事業の意図に賛同し、品を見、買い求めたいと願っても、図案が女神の教えゆえ、手にすることを諦めた者もいる。

 其れならば寄付するだけでいいという物もおりましょうが、旅の土産にもなると考えれば、品を手に取りたいと思うのは必然。それを別の角度から見れば、自ら商いの間口を狭めている、ともとれる。

 あぁいった大きな祭りで開催される時だけでも、そのような意味合いを含まない図案の作品も売るのはどうか、と。まぁこれは、提案、ですな」

 その話に、なるほどと、と、頷く。

 無宗教者が多く、異国の信仰のシンボルや文化や、伝統を気軽に生活やファッションの一部に取り入れていた国で前世は生まれ育ち、今世では、この国に根付く女神を信仰していたため(正直、今回の事があるまでは自分の生い立ちから、神様なんていない! と最近まで食事のお祈りくらいしかしていなかった)そのあたりを全く考慮していなかったなと思い、頷く。

「よくわかりました。修道士様たちと相談したいと思います。ご教授いただきありがとうございます」

 頭を下げてお礼を言えば、ふはっと、吹き出す声が聞こえた。

「……あの、何か?」

「いやなに」

 もしかして騙されたのだろうか? とも思い、顔を上げて問えば、スティングレイ商会長は後ろにいる彼を見た。

「先程の助言だがね。偉そうに言ってはみたが、実は建前。私の商隊の姫たちが、あれらが本当に素晴らしかったが、それを理由に手に取れなかったと嘆いていたんだ。そこに今日の面会を知った姫たちが、是非お願いしてみてほしいと、泣きついてきたのだ。いや、これで面目が立った。なぁ、フィン」

 その言葉を肯定するように、フィン、と呼ばれた彼は顔色一つ変えず、ただ目を伏せ、頭を下げた。

(普段は、こんなに表情を面に出さない人だったのね)

 茶器を扱う指先に力が入る。

 記憶の中の彼は、いつも穏やかに微笑んでいた。

 しかし今の彼には何の感情も見えず、ただ、護衛として静かに付き従っているだけのように見えて、それが少し胸をざわつかせ、それ以上に安心している自分がいた。

(大丈夫、大丈夫)

 彼がこの場で何かを言ったり、したりするようなそぶりも雰囲気もないのだからと、静かに自分に言い聞かせながら、私は酷く渇く喉を潤すため、お茶を口にしようと手を動かした。

「ところで、バスレット殿」

 隣に座っていたドンティス隊長が彼の名を呼び、私は手を止めてしまった。

(……一護衛である彼と、名で呼ぶ関係性なの?)

 高貴な人ややり手の商人であればあるほど、秘書や従僕、護衛を連れて歩くものではあるが、相手のそれの名を知っている人がどれほどいるだろうか。

 そんな動揺を悟られないように、貴族的な笑みを浮かべたまま丁寧に茶を飲む。

「先日、ディアス殿への手紙の中で、知らせた件なのだが、答えを聞かせてもらっても?」

(……先日? 手紙? 答え?)

 聞いているに、何やらすこし戸惑いや躊躇いを感じさせる間があると思うが、聞いていないそぶりで、茶器を口元から離しながら顔を上げると、彼は自分の主の方に視線だけ移して反応を確認している。

 その先には、おおよそ評議長、商会長という地位だけでは説明がつかない美しい所作で茶を飲むスティングレイ商会長がいて、どの素振りで回答する了承を得たと理解したのかはわからないが、彼は真一文字に閉じていた口元を少しだけ緩めた。

「申し訳ありませんが、お受けできかねます」

「そうか」

 彼の、丁寧ではあるものの、何の感情も篭らないくせに強い拒絶を含むと理解できる言葉に、隣に座るドンティス隊長は一言、そう口にし、それから笑った。

「一度書面で断られていたのだ、答えは解っていたことだが。念のため、口頭でも確認をさせてもらった。気分を害したのならすまない。もとより、君の答えは解っていた。あぁ、大丈夫だ。すまなかった」

 と、その言葉にスティングレイ商会長も困ったように笑う。

「すまないな、これは強情で」

「いや、こちらも申し訳ない。だがこれ以降はもう二度と聞くことはない。相手にも言い聞かせる」

 そう言って、軽い素振りで頭を下げたドンティス隊長に、いやなに、とスティングレイ商会長は笑い、彼は先ほどまでの無に戻る。

 微妙に居たたまれない空気を感じ、私はあくまで会話の流れとして、ドンティス隊長の方を見た。

「お話はよくわかりませんが、残念でしたね? ドンティス隊長」

 そういえば、ドンティス隊長は呆れを含んだような疲れた顔で息を吐いた。

「二人を御引き合わせるための場でこのような話、大変申し訳ない。相手方がしつこいので、さっさとけりをつけたかったのですよ、ネオン隊長」

「そうですか。お顔が広いと大変ですのね。しかし……」

 困ったようにそう言って笑ったドンティス隊長を労い、話題を変えようとした時、だった。

「実は、モルファ夫人。シノ殿の姪っ子が先日の祭りの際にこれに一目惚れをしたらしく、仲介を頼まれたと手紙を寄こしてきたのですよ」

 話に入ってきたのはスティングレイ商会長で、彼はさも面白そうに口元に笑みを浮かべ、私を見た。

「ぜひこれを婿養子に欲しいと言っている家がある、と」

 その言葉に、ひとつ、大きく心臓が打ちつけられたような感覚に襲われた。

「そう、なのですか?」

「いや、申し訳ないことをした」

 眩暈がしそうになるのを堪えながら、あくまで表面上の会話としてそれに付き合っていると、困り顔のドンティス隊長がその言葉を継いで、聞きたくもない説明をしてくれる。

「モルファ領の中でも、ドンティス伯爵家が管理するエアレション地方の宿場町の一つを任せている子爵家の一人娘でしてな。どうやら鈴蘭祭で彼を見初めたようで、進んでいた婚約を辞めると大騒ぎし、困り果てた子爵夫妻が我が家に、婿養子に願えないか、と頭を下げに来たのですよ。まぁ、一人娘で大変甘やかしておりましたし、親心としてはかなえてやりたかったのでしょう。親心は理解でき、仕事は有能であるため、一度だけという約束で、ディアス殿を通して確認をしたわけです。まぁ、結果はこの通りですよ」

 ドンティス隊長が話す言葉の一つ一つに、身勝手にも心が切り刻まれていくような錯覚を起こし、息が苦しく感じる。

「もともと後継であるにもかかわらず、来る縁談すべて人柄を見ることなく、顔が、家柄が、身長がと断ってしまい、親も困り果てていましてな。良い縁談も遠のいていました。そこで、我儘はこれで最後にすることを条件にさせた。断られるのは解っていたのだ。だが約束は約束。これでも覚悟を決められず、今ある縁談を断るなら、後継として不適とし、娘は同家門の男爵の後妻にし、子爵は養子をとる事になっている」

 その話に、ただため息が出る。

「そうですか。それも致し方ありませんね。政略は貴族の常。本人の気持ちなどは関係なく、家の利、国の利が優先されます。しかしその責務があるからこそ、貴族の特権を持ち、それを享受することができるのです。それでもそこまでご両親が心を尽くしてくれたのですから、令嬢がその忠告をしっかり受け取ってくれると良いですね」

 家門を統べる者の妻としてそういえば、ドンティス隊長も頷く。

「まったく、その通りです。まったく、この辺境まで輿入れなさり、民のために身を捧げられたネオン隊長の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだ……あ、いや。申し訳ない」

「いいえ。私もまだまだ若輩者です。が、政略とはそう言ったものですから……」

 やれやれとため息をついた後、私の顔を見、頭を下げたドンティス隊長に、私は曖昧な笑みを浮かべるしかなく、首を横に振った。

「なるほど、貴族の方とは大変なものだ。身軽な立場であることを感謝するよ」

 そんな私たちのやり取りを見ていたスティングレイ商会長が、入れなおされた熱い紅茶を飲みながらそう言うと、ちらりと私を見た。

 先程と同じ、なのに居心地の悪いものを感じながら茶を飲む。

「今のお話だと、奥方も政略結婚か」

 問われ、私は笑んで頷く。

「はい。陛下からの御命令ですわ」

 事実を伝えれば、彼は少しばかり目元を歪めた。

「辛くはないかね?」

 意図がわからず、少し首を傾げると、スティングレイ商会長は優雅に茶を嗜みながら、その茶器越しに私を見ているのがわかる。

「噂を、聞いたものだからね」

「ディアス殿、それは……」

「大丈夫ですわ」

 制止しようとしてくれたドンティス隊長に微笑んだ私は、背を伸ばし、スティングレイ商会長をみた。

(貴族たるもの、いつも毅然とし、隙を見せてはいけない……か)

 養母の教えを思い出す。

「それがどのような噂かは存じ上げませんが、噂は噂です。確かに私は政略結婚です。正直申し上げれば嫁ぐまでは嫌でたまりませんでしたわ。ですが、婚姻し、子をなす事だけが貴族の義務ではありません。婚姻生活だけで幸せを推し量れるとは思っておりませんし、幸せとは本人にしかわかりません。少なくとも私は辺境伯夫人、十番隊隊長としてここにあり、私をネオン様、ネオン隊長と慕ってくれる騎士や領民に囲まれて幸せです」

 そこまで言って、ちらり、とドンティス隊長の方を見て笑う。

「ドンティス隊長という、私にはもったいないほど心強い騎士もいますもの」

「そ、それは」

 目を開き、驚いたような顔をしたドンティス隊長が、わずかに顔を赤らめ、深々と頭を下げた。

「その様に言っていただけるとは光栄です。この身をもって、お守りしますぞ」

「頼りにしておりますわ」

 愛らしく見えるように笑って、この地で、己の足元が盤石であるように言えば、ふっと、私達の様子を見ていたスティングレイ商会長が笑った。

「なるほど。モルファ夫人は、しっかりとした覚悟と信念をお持ちのようだ」

 会話が終わりそうな頃合いを見計らって、扉が叩かれた。

「ネオン隊長、ドンティス隊長。会議再開の刻限となります」

「もうそんな時間か」

「楽しい時間もお開きですな、口惜しいとはこのこと」

「本当に、為になるお話もしていただきましたし、軍議に戻らねばと思うと寂しいですわ」

 名残惜しいと言いながら、しかしあぁ、やっとこの苦しい空間から解放されるとほっとした。

(軍議も頭が痛いけれどね)

 そう思いながら、ドンティス隊長、スティングレイ商会長が立ち上がるのを見計らい、それに習って席を立つと、すっと、差し出された大きな手に気が付いた。

 顔を上げると、そこにはスティングレイ商会長が笑んでいる。

「各地で慈善事業を手助けしてきたことはあれど、モルファ夫人ほど領地領民のため心を捧げ、献身する女性はいなかったよ。この華奢で可憐な姿からは想像できぬ力強さに感銘を受けた。今日はお会いできてよかった、この出会いを、わたしは嬉しく思う」

 そっと、私も手を差し出す。

「私こそ、お会い出来、そう言っていただけて光栄です。養父も喜びますわ。本日はありがとうございました」

 差し出した手の指先が、スティングレイ商会長の掌にわずかに触れた時、ぐっ! と手を握りこまれ驚き、固まってしまった私にスティングレイ商会長は笑みを深めた。

「これでお別れするのには、心残りが多い。モルファ夫人。私は貴女の後見を引き受けたいと考える。その一歩として、次回のバザー、我らスティングレイ商隊も店を構え、舞台を広げ、花を添えさせていただく」



 心が、悲鳴をあげる。



「それは……私は若輩者ですし、バザーもまだ一度開催したのみ。スティングレイ商隊から後見を頂くなど、分不相応だと解っております。お受けするわけには……」

「そんなことはない。貴女の行いが正しいこと、そして領民に受け入れられ、支持を得ていることはとても大切だ。なに、我らもそれに乗るだけ。モルファ辺境伯領にも、テ・トーラ公にも、恩義がありますからな」

 にこにこと笑いそう言うスティングレイ商会長だが、手の力は一層強くなり、断る事が許さないと言われていると気づき、足が震える。

 逃げ道を探そうとわずかに視線を逸らせば、視界の端に立つ彼と目があってしまった。

 強い、強い青い瞳。



 神様。



「いかがか? モルファ夫人」

 深い笑みに、心だけ置いてけぼりのまま、私は覚悟を決める。

「商機を逃がすのは、得策ではありませんわね」

 受け入れて、微笑めば、私達の様子を見ていたドンティス隊長が破顔した。

「スティングレイ商隊が後見とは。これは多方面に、心強い味方を手に入れましたな、ネオン隊長」

 その言葉に、私も一層笑みを浮かべる。

「えぇ、そうですね」



 これは、あの人を裏切った私への罰ですか?



「世界を渡り歩く遊牧商隊の御力をお借りできるなんて、身に余る光栄です。話を聞けば、養父も喜びますわ」

 あと一歩だったのに、と、三公が争って誰も手が届かなかった自治都市デ・ゼルート。その地の評議長であるスティングレイ商会長の後見を取り付けたと聞けば、未だ独占交易を諦めていない養父は、手放しに私を褒め、私の家族から一切手を引き、一生遊んで暮らせるだけの金もくれるだろう。

 モルファ領もまた、彼らと懇意にし、関係を密にしていけば、街道、宿場町を多く持つため経済は潤う。

 それだけではない。

 デ・ゼルートの後ろには、何より東の大国ビ・オートプがある。

 私個人が後見を受けたとしても、ここに手出しをすれば必ず報復があるとしめすことになる。そのため、南方辺境伯領は他国からの武力による干渉は減るだろう。それは、騎士達が戦う相手を魔物に絞る事が出来るという事で、領民に被害が及ぶ可能性が減る。

 もちろん、これによって私の不安定な立場は強固となり、表向きではあるが、様々な面で迂闊に手を出すことはもちろん、軽んじることも、無視することもできないだろう。

(自領はもちろん、国益になる。貴族として、これは利しかない)

 正しく貴族として。

 全ては王都に住む家族のため、モルファ辺境伯領とテ・トーラ公爵領の領民、孤児院で暮らす、可愛い子供たち……私を慕ってくれる人たちのために。

 改めて背を伸ばし、叩き込まれた笑顔を浮かべて、言葉を間違えず、約束を取り付ける。

「身に余るお申し出に感謝いたします。期待に沿えるよう精いっぱい努めてまいりますわ」

 私の言葉に、手の力は強くなり、笑顔は深くなる。

「あぁ、良かった。辺境の女神は私の願いを受け入れてくれたようだ。では近いうちに、バザーの打ち合わせを。我らは5日ほどリ・アクアウムへ滞在しますので、良きところでお声がけを頂けますかな?」

「かしこまりました。至急日程を確認し、ご連絡いたします」

 彼の視線を感じながら、私は笑う。

「では、話もまとまったことですし、軍議に向かいましょうか。ネオン隊長」

「はい。それでは、本日はこれにて失礼いたします」

 手を離し、丁寧に礼を取ってからドンティス隊長と階段をのぼり、軍議へ向かう。

 間違ってはいない。誰一人苦しめることの無い、正しい判断だったと、自分に言い聞かせる。



 くしゃっと、何かがつぶれた音がどこかで聞こえたのは、気のせいだった。

お読みいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブックマーク、レビュー、感想などで作者を応援していただけると、大変に嬉しいです!

また、誤字脱字報告も助かります!ありがとうございます。


書籍第一巻、コミカライズもよろしくお願いいたします!


☆タイトル通り、ネオンは相変わらず、目の前に問題山積みでいっぱいいっぱいですね……(作者反省しろ)。

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― 新着の感想 ―
休憩させてやれよ… そしてこの初恋相手ちょっとキモいな
逃げ場がなくなってしまうね… 支えになってくれたらいいんだけど、ネオンにとっては追い詰められてるように感じるか…
こんなにネオン1人を追い詰めて… もうほっといてあげて欲しい。 やり方がせこいわ。
感想一覧
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