128・穏やかな時間と、呼び出し
更新に時間がかかり申し訳ありません。(エタらせるつもりはないです!頑張ります!)
楽しんでいただけると幸いです(^^*
「やだ、兄さん。ネオン隊長は御実家からお一人で輿入れなさったのよ? 国境を守るというお役目を持つ辺境伯家の事情を慮られた司法公様がご遠慮されて、ネオン様の輿入れの際には誰も伴われなかったの。だから私が侍女になれたんじゃないの。それに、私が侍女見習いとして侍女長に教えを受けていた頃、デルモさんは侍従長としてお屋敷で働いていたわ。兄さんの勘違いじゃない?」
ゴルデンの言葉に戸惑い、空になったティーカップを目の前に立ち微笑むデルモに渡せないでいる中、意識を変えられたのはアルジの言葉だった。
「そうなのか?」
「そうよ。私は侍女見習い……上級使用人になったときに初めてお会いしたけど、その前からお勤めのはずよ?」
アルジの話にゴルデンは目をまん丸くして驚き、私の方はその話を聞いて改めてデルモを見れば、視線を受けた彼は「失礼いたします」と私の手からティーカップを取り、穏やかに微笑みながら紅茶を入れなおして私の前に差し出しながら話をしてくれた。
「私が辺境伯家に奉公に上がったのは九歳の時です。その頃はまだフィデラ様が御健在で、私はジョゼフさんの指導の元、ナハマスと共にフィデラ様とラスボラ様の側近候補……遊び相手としてお屋敷に入りました。その後は、ナハマスと共にラスボラ様の従者となり、ネオン様が嫁がれたのを機に、ナハマスはそのままラスボラ様付きの執事となり、私はネオン様付きの執事となりました」
穏やかにそうデルモが話すと、うんうん、と、奥に座っていた古参使用人であると思われる面々が顔を合わせて頷き、笑い合う。
「そうそう、そうだったわ。あのやんちゃな子が立派になった事」
「本当に。裏庭の薔薇をやんちゃ坊主が六人でぜぇんぶ切り取って。モリマにお説教されていましたねぇ」
「当たり前だ、儂が奥様のために丹精込めて育てた薔薇を全部切りおって、旦那様に許可をいただいて、みっちり説教してやったわ」
モリマの、今でも腹立たしい! といったその話に、私はパチパチと瞬きをして、問う。
「六人?」
「えぇ、六人。フィデラ様、ラスボラ様、アミア様、プニティ様と、ナハマスとデルモ。悪ガキが六人もおったのですよ」
当時の事を思い出したのか、難しい顔をして大きなため息と共に、こめかみをぐりぐりと押さえるモリマの言葉を聞き、笑ったのはアナだ。
「あったわねぇ。茶会があると聞いたフィデラ様が良かれと思って先導して切って回ったのよね。花瓶に活けるために。当時身を寄せていらっしゃったアミア様も一緒になって切って回って」
「あらたいへん。でもそれならみんなで活ければ……」
「それが、その日のお茶会はお庭で行われる予定だったのですよ」
「まぁ!」
「ですからお屋敷は蜂の巣をつついたように大騒ぎになりましたねぇ。巻き込まれたラスボラ様だけが、大泣きしていましたねぇ」
「急遽サロンでのお茶会に変更になって、切り取られた花をモリマが手入れしてみんなで活けて。あの日はともかく大忙しでしたねぇ」
「あの時は本当に申し訳ありませんでした」
ウフフと笑い合うのは、アナとマーシで二人は微笑みながら昔話を始め、恐縮するようにデルモが頭を下げ、モリマは少しだけ顔をしかめながら顎髭を撫でて。遠い昔の思い出話にそれぞれ思いをはせる中、デルモの出自について勘違いだったと分かったゴルデンは、私の後ろに戻ってきたデルモに頭を下げた。
「勘違いして申し訳ありません」
「いいえ。久しぶりに昔の楽しい思い出に思いをはせることが出来ました。ありがとうございます。それに、旦那様の執事となり騎士団にもおもむく事の多いナハマスと違い、私は家政の仕事に従事しておりましたので騎士団の方が御存じないのも当然です」
にこにこと笑いながら紅茶を飲むデルモに、私は疑問を投げかける。
「では、先ほどゴルデンの言った東方の体術は何処で習ったの?」
「それは、ですね……」
すると彼は少し眉を寄せ、やや戸惑うような。困ったような顔で笑った。
「最初にわずかな手ほどきを受けた以外、見様見真似で覚えた、所詮我流の代物なので、人にお見せできるようなものではないのです」
「手ほどき?」
首をかしげた私に、彼は頷く。
「えぇ。十五年ほど前でしょうか? 我が国と東方で国交が開始されることになり、東方の商隊がこのモルファ領から王都に入る事になったのです。その中継地点にリ・アクアウムが選ばれました。ちょうど私は非番で街に出、身を寄せていた酒場で彼らに出会いました。そこで酒の力もあって話かけたのですが、一人の男性と驚くほど意気投合し、彼は酒一杯で東方武術の演舞を見せてくれたのです。それは大変美しく、感銘を受けた私は、師となる男性がこちらに滞在中の酒代を奢る代わりに教えてほしいと頼みました。彼が旅立つまでのたった十日間でしたが、かれは師として基礎をしっかりと教えてくれ、その後は独自に研鑽した次第です」
「そうだったのね」
彼の穏やかな笑顔と語り口に、一瞬感じた違和感も消え、すとんと肩の力が抜けたのを感じた私は、少しぬるくなったお茶を口にしてから聞いてみた。
「それでは、他の人に教えるのは難しいかしら?」
「そうですね。正しく学びたいというのでしたら、おすすめはしません」
「はぁ、そうですか……」
「ですが」
私とデルモの会話を聞き、明らかにがっかりした顔をしたゴルデンに、デルモはにこりと笑った。
「私から教わるのはお勧めしませんが、もし本当にゴルデン殿が東方の体術を習得したいと思われるのでしたら、ネオン様の補佐官となられたパーン殿に習われるのがよいでしょう。彼は東方に留学をした際、主人の身辺警護をする者の心得として武術の師匠に基礎からしっかりと習い、他者にそれを教えることを許された者に贈られる『師範』という免状を頂いていると聞いていますので」
「本当ですか!」
ソファから勢いよく立ち上がったゴルデンは、頷くデルモにキラキラと期待に満ちた瞳を向け、本当に嬉しそうに笑うと、深くデルモに頭を下げた。
「ありがとうございます! お願いしてみます」
伝手が出来たことがよほどうれしかったのか、にこやかに笑ったゴルデンは、アルジに促され座ると、先程の緊張はどこかに行ってしまったようで、上機嫌でお茶を飲み、勧められた菓子を食べている。
そんな姿に兄妹逆なのでは? と思いつつ、デルモの方を見た。
「デルモはパーンの事をよく知っているのね? 先日あったばかりではなかった?」
「その通りです」
パクパクと、テーブルに置かれた大きな皿から菓子を取り食べるイーター兄妹を微笑ましく見ていたデルモは、私の前に菓子を取り分けた皿を置く。
「ですが、お会いする前に彼の身辺調査書類は目を通しておりましたし、先日、馬車で移動する際に彼の話を聞く機会がありましたので」
「あぁ、そうだったわね」
そう言われれば、デルモには騎士団から預かっていたパーンの身元調査票を確認してもらい、騎士団の馬車に相乗りしていたことを思いだす。
(あの時は……確かガラ、ナハマス、それにシノ隊長の補佐官も一緒だったわよね? でも移動だけでも一時間以上あったし、修道院で打ち合わせもしていただろうから、世間話もするわよね)
なるほどと納得し、それから聞いてみる。
「彼は随分長く留学していたようだから、面白い話が聞けたのかしら?」
「えぇ。いろいろ楽しい話を聞かせていただきましたよ。東方の戦術書や、ネオン様がお好きそうな菓子の作り方や東方茶の話。此方の孤児院に併設した学舎でも役に立ちそうな伝統工芸品の話。あぁそれから。以前ネオン様にいただいた懐中時計の鎖ですが、東方の伝統的な技法でところどころに入っていた装飾部分が一つ一つ意味があると教えていただけました。主に魔よけ、禍除けの意匠だったようです」
穏やかに答えてくれたデルモは、自身が身に着けている辺境伯家執事用のお仕着せのジャケットから時計のつけられた鎖を出し、この部分がこの意味合いを持つ意匠で……と教えてくれた。
「まぁ、そうだったのね」
「はい。大切にさせていただきます」
穏やかな表情で笑ったデルモに、皆が羨ましいと笑い、そんな穏やかな雰囲気のまま茶会を終えた私たちは、それぞれ部屋や業務に戻った。
翌朝。
「皆、おはよう」
「おはようございます、隊長!」
僅かな予定の変更があり、アルジを女神の医療院へ向かわせると、私はいつもの辺境伯家所有の馬車ではなく、伝令と共にやってきた騎士団所有の警護用馬車にのり、ゴルデンを交えた騎馬兵の護衛の下、騎士団本部へとやってきたのである。
「おはようございます、ネオン隊長」
「おはよう、ガラ」
看護班の皆と挨拶をしていると、二階からやや速足で降りてきたパーンを連れたガラが、少し緊張した面持ちで近づいてきた。
「隊長。軍議のことはお聞きですか?」
「えぇ。急な事ね。それに、私は軍議に呼ばれる立場ではないのだけれど……」
「それについては後程。このまま本部へ向かいましょう」
「もう?」
珍しく眉間にしわを寄せ頷いたガラに、私は一つ小さく息を吐いてから、朝礼のために集まった隊員たちの方を見て声をかける。
「皆、申し訳ないけれど、今日はラミノーにしたがって朝礼を行って頂戴。申し送りは後で確認させてもらいます。私はガラ、パーンと一緒に本部へ行ってきますね」
了承した皆によろしく、と声をかけてから、二人を連れ医療院を出て本部へ向かう。
「申し訳ございません」
人がいなくなったところで小さな声で謝ったガラに、私は首を振る。
「いいえ、ガラのせいではないから謝らないで頂戴。それにしても、朝、突然騎士団の馬車が迎えに来て、軍議に参加せよと召喚を受けたのには流石に驚いたわ。なにかあったのかしら?」
「その様です」
頷いたガラが、自分の知っていることを教えてくれる。
「ブルー隊長にお会いして確認したところ、夜半に緊急招集がかけられ、軍議が行われたようです。その軍議を経たうえで、ネオン隊長を交えて改めて軍議を開催することになったと」
それには首をかしげる。
「何かがあったという事なのでしょうけれど、それに私を呼び出す必要はあるのかしら? そもそも私が担うのは医療院のことだけで、騎士団のことには一切口を出さないと約束しているのよ?」
「えぇ、存じ上げております」
私の疑問にガラは頷く。
「ですので、その事も併せてどのような件かと確認したのですが、ブルー隊長はなにも言及なさいませんでした。しかし夜半にもかかわらず全隊長が集まった事、そして我らに好意的であり協力的であるブルー隊長が、言葉を濁された。その事から察するに、何か重要で、ネオン隊長に関わる事柄が起きたのでしょう」
「なるほど……」
いやな予感しかしないな、とため息をつきながらやや速足(と、言っても、隣を歩くガラもパーンも普通に歩いているので、全然速くないようだが)で歩き本部へ着くと、そこにはドンティス隊長と補佐官が待っていた。
「ネオン隊長、お待ちしておりました」
「おはようございます。……もしかして、ドンティス隊長自ら私の出迎えを?」
戸惑いながらも丁寧にあいさつし、その疑問を口にすると彼は一つ頷き、真面目な顔で私を見た。
「僭越ながら。本来であればこのまま朝のお茶にお誘いしたいところですが、少々ことを急ぎます。まずはついてきていただけますかな? ガラは隊長に付き添ってよい。パーンは九番隊詰め所で待機を。さ、参りますぞ」
「……あの、ドンティス隊長」
頭を下げ、挨拶をしようとしたパーンを待たず、歩き始めたドンティス隊長に、私は彼に頷くと、慌てて足を動かしその後を追いながら声をかける。
「軍議に私が参加する必要があるのですか? 騎士団のことには口を出さないとの約束でしたが」
「正しくその約束は皆承知しております。しかし今回はネオン隊長も出席の必要があると判断されたのです。さ、足元に気を付けて。こちらです」
問えば答えてくれるドンティス隊長は、歩調を緩めることなく階段をのぼり、最上階の最奥にある団長室の手前、騎士達に守られた扉の前についた。
「どうぞ、ネオン隊長」
「……失礼します」
扉の前にいた騎士が扉を開けてくれ、ドンティス隊長がお先にと進めてくれたため、腹に力を入れて中に足を踏みいれた私は、目の前の光景に一瞬、動きを止めた。
(この状況は、何?)
そこには、大きなテーブルがあり、旦那様とカルヴァ隊長以外の全ての隊長と補佐官が揃い座っていた。
さらに異質と感じたのは、濃紺の隊服以外の色彩がテーブルの一区画を彩っていたからだ。
(……あれは、ベラ隊長……)
表情を変えないように留意しながらその区画に視線をやると、一度顔を合わせたことがある真紅の隊服を身にまとったベラ・ドナン・シグリット八番隊隊長が驚いたように目を見開き、私を見ている。
(……随分と驚いていらっしゃるようね……あぁ、もしかしてこの髪のことかしら)
ふと気づき、さらりと揺れた髪を耳にかけながら、ドンティス隊長に促されるまま、旦那様である団長が座ると思われる席の次席に足を進めたのだが、その間も、ベラ隊長の周囲にいる十余名の青以外の色を基調にした隊服――つまり、彼らは南方辺境伯騎士団の人間ではない、男性たちが此方を値踏みでもするかのように見ている。
(……随分と不躾な視線だわ。こちらは見ていると悟られないようにしているのに……外部から来たのなら、なおさら気を付けたほうがいいのに)
相手がどの様な立場の人であるかは不明であるが、そのあからさまな態度は正直不快でしかない。
精神年齢は未就学児の旦那様や、ワンコ系脳筋組のブルー隊長やイロン隊長はともかく、南方辺境伯騎士団上層部にはカルヴァ隊長やティウス隊長、ドンティス隊長の様に、生粋の宮廷貴族と言われても納得できるほどに美しい所作と立ち振る舞いの出来る方達が多いため気付かなかったが、辺境伯騎士団という立場にある方々は、貴族然とした者の方が少数で、旦那様やワンコ系脳筋組のような人が圧倒的に多いのかもしれないと認識を変えつつも、この状況で不快を表情に出すようでは私も同じ穴の狢だと、公爵夫人の教えを思い出し、柔らかな笑顔を浮かべたままで歩みを進めながら観察する。
(確か制服の色には決まりがあるのよね? 王立騎士団は紫、けれどその中でベラ隊長が所属する近衛を勤める方が赤……だったかしら。それと、北方辺境伯騎士団は深緑、西方辺境伯騎士団は黒……という事は、国内の私兵以外の全騎士団から、人が集まっているのだわ)
彼らが身に着けている隊服の色と、胸や肩についている勲章や装飾から彼らの素性や肩書を推察し、決してないがしろにしてはいけない階級の方たちだと理解した私は、すすめられた隣の席の前に立つと、高位貴族の生まれに見えるよう、指先まで神経を行きわたらせ、努めて美しく優雅に見えるように礼をとった。
「お待たせして申し訳ございません。そして、はじめてお目にかかる皆様がいらっしゃいますのでご挨拶申し上げます。南方辺境伯ラスボラ・ヘテロ・モルファが妻であり、十番隊隊長ネオン・モルファでございます。よろしくお願いいたしますね」
にこりと微笑めば、それまで顔をしかめ、此方を睨みつけていた者達も頬を赤く染め、目を背けたり見惚れたりしているのがわかった。
(さすが、自分史上最高美少女。グッジョブ、今生の私の可愛いお顔!)
「南方辺境伯騎士団団長、及び副団長がいらっしゃいました」
よし、と思いながら、笑みを浮かべたままゆっくりと席に着こうとした私の耳に、団長・副団長来室の呼名が聞こえ、私はそのまま、そしてその場にいた全員が席を立つために椅子を動かし、頭を下げる雑多な音の中で、それははっきりと聞こえた。
「あれが、王家……陛下と占い師がご執心の『完全なる宝石』の一人か」
お読みいただきありがとうございます。
前回からかなり更新に時間がかかり申し訳ありません。
書籍化作業やその他作業、本業施設でパンデミック、それから人生初のコロナ感染症にかかったりとどうにもこうにも体力集中力を切らしていましたm( _ _* m
皆様も季節の変わり目ですので、どうぞご自愛くださいね。
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ネオン頑張れー! 作者頑張れー! といいね、評価、ブックマーク、レビュー、感想などで作者を応援していただけると、大変に嬉しいです!(お返事がかなり遅くなっていてごめんなさい。ゆっくり返していきますので、お待ちくださいね)
誤字脱字報告も助かっております! ありがとうございます。
つぎラノ! エントリーさせていただきました♪ こちらも投票投票していただけると幸いです
猫石