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127・イーター兄妹と、わずかなひずみ

2024年8月8日(木)ブシロードワークス様より当作品『目の前の惨劇で……』の第一巻が発売されます!

書籍予約も開始が始まりました。

イラストは茲助先生に書いていただきました。ネオン達が美麗な姿で具現化してる! と大感激です。

ぜひ、お手に取っていただけると嬉しいです(^^


「どうぞ、おかけになって楽になさって。お茶とお菓子もどうぞ。この時間は、この屋敷で暮らす皆で語らう時間なの。肩ひじを張らずに過ごしてもらえると嬉しいわ」

「いえ、そんなことは……」

「……兄さん、ネオン様が仰っているのだから、はやくっ」

「……だが……」

「あのね、このお屋敷の主人であるネオン様が良いと仰っているのだからいいの。そうしてもじもじしてお待たせしているほうが失礼なの。ほら、早く」

「……う……。そ、それでは、失礼させていただきます」

 そう言って、頭を下げてから、私の斜め前(正面はアルジ)に座った彼を見ながら、先ほどまでの光景を思い出した。



 リ・アクアウムのお屋敷の、私の居住空間になっている二階の最も広い謁見室で、私の目の前の長ソファに、緊張でカチコチになった大きな体躯に金褐色の巻き毛を刈り上げ、意志の強そうな褐色の瞳の男性と、その横に座り、あきれたような、怒ったような顔でそんな兄を見上げているアルジを前に、私はあの後の事を思い出す。

 終業時間ギリギリの、医師班発表で大騒ぎだった医療院に叫びながら飛び込んで来た大柄の男性は、目の前の大柄の男性で、しかもなんとアルジのお兄様であるゴルデン・イーターだった。

 彼は駄目だと何度も叫びながら飛び込んできて、その勢いのまま、アルジの前に立っていたレンペスを押しのけ立った。

 物凄い怒りのオーラを発し、今にも胸倉を掴みそうな勢いのその人に、兄と気付いたアルジだけでなく、その場にいた皆が慌てて間に入る形となり、それでも収拾がつきそうになかった為、ひとつ、大きな手を叩いて皆の注目を集めると、終業の時間なので解散! と叫ぶ運びとなった。

 そうやって何とかその場を収め、日勤の隊員には速やかに兵舎や自宅に帰ってもらうと、アルジに取り押さえられていた彼に、医療院での大声は止めていただきたいと注意すると共に、自己紹介をした。

 私が辺境伯夫人であり、十番隊隊長だと気が付いた彼は、真っ青な顔でひたすらに頭を下げ、非礼を侘び始めた。

 そんな彼に対し私は『いつもアルジにはお世話になっているからお礼と、それから是非お話がしたい』といって、リ・アクアウムの離れに招待した。

 私と共にある事に慣れているアルジはともかく、お兄さんであるゴルデンは先ほどまでの剣幕が想像もつかないほど恐縮してしまい、ただひたすら、恐れ多いので辞退させていただきたい、と頭を下げた。

 が、どうしてもお話とお礼がしたいのだと無理を言い、さらにアルジにも手伝ってもらって説き伏せ、屋敷へ戻ってきたのだ。

 ちなみに帰宅する際、一緒に馬車に乗る事を提案したが、それは流石に、妹がいるとしても、辺境伯夫人と同じ馬車に乗るのは憚られます! と固辞され、彼は護衛として馬に乗って馬車に追従してくれた。

 そして、冒頭に戻る。

 低頭平身。

 ただひたすらそうある彼は、妹思いが高じて()()予想外の行動になってしまっただけで、とても誠実で実直な人柄のようである。

 そんな二人と屋敷に帰れば、笑顔で出迎えてくれた者たちと共にいつも通り夕食を共にし、(ゴルデンは私が使用人たちと共に食卓に着いているのを、目をぱちぱちさせて驚いて呆然としていたため、それをアルジが何度か肘でこづいて食事を進めさせていたが)現在は、二階にある元・謁見室、現在は私とこの屋敷に住む者との憩いのサロンになっている部屋で、食後のお茶を楽しんでいた。

 以前住んでいた辺境伯家の離れ、そしてこのリ・アクアウムの屋敷でも、夕食後に主従など関係なく皆で意見交換をしながら茶を楽しむのは毎日の常であるのだが、世間一般では上位になればなるほど、貴族が使用人とテーブルを共にし、お茶を飲んだりというのはありえない事であるため、ゴルデンにとっては、前世で言う()()()()()()案件であり、巻き込まれてただただ困惑するしかないのだろう。

 促されようやくソファに腰を下ろしても針金が入ったように緊張に背筋を伸ばし硬直し、自由になっているのは目玉だけか? と思うほど、うろうろと宙を彷徨っている。

 それがあまりにも可哀想に思え、どうにか落ち着いてもらおうとデルモに目配せし、お茶を出してもらう。

「どうぞ召し上がって。東方から取り寄せた茶葉(もの)なのだけど、口に合うと嬉しいわ」

「あ、ありがたく頂戴いたしますっ」

 私が声をかけると、大きく身じろぎをし、その後、ぎしぎしと油が切れた機械のような音がしそうな動きで、出されたお茶を手にするゴルデン。

 その様子にアルジが呆れたようにため息をついた。

「兄さん、それじゃお茶がこぼれちゃうわ。ほら、もっと肩の力を抜いて。ここをこうしてつまむの。ほら、簡単でしょ?」

「お前、無茶を言うな」

 震える手でティーカップを恐る恐る持ちながら、眉間にしわを寄せながら小さな声で妹に文句を言うゴルデンと世話を焼くアルジ。そんなやり取りをする二人を微笑ましく眺めながら、私もティーカップを手にとった。

「アルジの言うとおり、もう少し気楽に。肩の力を抜いてちょうだい」

「はぁ……しかし、そうすると力加減が……」

 ぼそぼそと口ごもるゴルデンの横で、アルジが肩を竦めた。

「お気になさらないでください、ネオン様。兄さんは力が強いので、ティーカップが壊れたらどうしよう、とか、粗相したらどうしようとか、考えているんです」

「あ、こら、お前」

 アルジの言葉に慌てるゴルデンの耳元が少し赤くなっていて、アルジの言う通りなのだろうと思いながら、私はにこりと笑った。

「そのような事、気にしなくてよいわ。力が強いことは騎士として大変良いことだし、それに形あるものはいつか壊れるものですもの。不敬などとは言いません。ですから、気になさらないでどうぞ召し上がってちょうだい」

「は、はぁ……」

(肩と肘に力が入ってしまっているわね……まぁ、辺境伯夫人から急にお茶に招待されれば、いくら不敬に問わないと言われても緊張もするでしょうし、気にしないなんてことできないわよね。私だって身に覚えがあるし)

 大変恐縮しながら、がちがちに強張った体で小さなカップをつまみ、隣に座るアルジのやり方を真似ておそるおそるお茶を飲むゴルデンの様子に、ふと、書類上の義母であるテ・トーラ公爵夫人に連れていかれたお茶会(淑女教育や社交の練習の一環だったので、それはすべてにおいて厳しいものだったわ)を思い出した私は、身震いしそうになるのを押さえながら、デルモの淹れてくれた茶の香りを楽しみ、口に含んだ。

(ん。今日のお茶は少し燻されていて濃厚だわ。ミルクをたっぷり注いで飲んだら美味しいでしょうね)

 そう思っていると、デルモが目の前にミルクを置いてくれた。

 なんて良いタイミングと思いながら、たっぷりとそれを注ぎ、再び口をつける。

(ん、美味しい! やっぱりこの方が好みだわ。しかしこの一年弱で、すっかり味の好みまで把握されてしまったわね)

 そう思いながらちらりとデルモを見れば、しっかりと目が合ってしまい、しかもにっこりと微笑まれてしまって。私は誤魔化すように微笑み返してから、ティーカップを置き、ゴルデンの方を見た。

「急にお誘いしてごめんなさいね。でも、どうしても、嫁いでから今日まで、特に騎士団の医療班が出来てからは彼女が傍にいてくれなければ心許なくて困るくらい、アルジに助けてもらっていたの。だからどうしても、お兄様にはお礼が言いたかったのよ」

 すっと背筋を伸ばし、軽く頭を下げる。

「私にアルジを預けてくださって、それどころか、騎士団に入る事も許してくださって、本当にありがとう」

「いえ! いいえ!」

 私の言葉に慌てたように大きな声を上げ、茶器をテーブルに置いた置いたゴルデンさんは、隣に座るアルジの腕を引いて立ち上がると、今度はアルジの頭を押さえながら、流れるように私に向かって深々と頭を下げた。

「此方こそ! このはねっかえりのじゃじゃ馬娘をそのように重用してくだり、お褒めくださったこと、父も母も、もちろん私も大変な誉と思っております! 本当にありがとうございます!」

「ちょっと、兄さん! いたいって! それに余計なこと言わないでよ」

 頭を抑え込んでいた大きな腕から逃れて文句を言うアルジに、ゴルデンは眉を下げる。

「だって、お前みたいな暴れん坊を……」

「なんですってっ」

 バシッとアルジが再び腕を叩けば、ゴルデンはため息をついてデコピンをする。そしてにらみ合って……と、そんな兄弟げんかの始まりを眺めながら、私は笑ってしまった。

(あらあらまぁまぁ。このまま兄弟げんかになってしまいそうね)

 先ほどまでの緊張はどこへやら。バシバシとはじまった仲のよさそうな兄妹の小競り合いを少しの間見守って、私は助け舟を出す。

「仲が良いのはいいけれど、そろそろ座って頂戴。お茶が冷めてしまうわ」

「は。申し訳ございません、失礼します」

「申し訳ありません……」

 私の声にはっとした顔をした二人は、互いに顔を見合わせてから、慌てたように取り繕った笑顔を浮かべ、小さくなるようにソファに並んで座った

 膝をそろえ、その上に手を乗せて、小さく恐縮したように頭を下げた二人はこれまたそっくりで、そんな姿を微笑ましく思いながらも、己の胸の奥にじわっと溢れてしまった寂しさを押し込めるため、お菓子を勧めながらゴルデンに問う。

「アルジには本当によくやってもらっています。……ところで、じゃじゃ馬のはねっかえり、と言うのは?」

「ね、ネオン様!?」

 私の問いかけに慌てたように声を出したアルジをよそに、少し緊張の解けたゴルデンは、ティーカップを抱えるように持ったまま、大きく溜息をついた。

「幼い頃のアルジは、俺……いえ、私の後をついて回る、泣き虫で大人しい性質だったのですが、大きくなるにつれ、友達を虐めた年上の悪ガキを泣かせるまで追い回してみたり、物がわからぬだろうと釣銭を誤魔化した露天商を正論で言い負かしたり、道理の合わないことを言う大人に詰め寄ってみたりと、それはもういろいろありまして……。父と母が亡くなってからことさら苦労を掛けたとは思いますが、しかし、どうしてこうも逞しく成長してしまったのかと。」

「ちょっと、兄さん! やめてよ」

 指折り数えては溜息をつくゴルデンに、その口を押さえようとするアルジ。

 その様子を見れば、彼が言ったアルジの武勇伝は真実そうで、そんな幼いアルジを想像して、私は笑ってしまった。

「あらあら、本当にやんちゃだったのね」

「ネオン様まで! あ! お茶! 皆のお茶が足りませんね! 私、淹れてまいります!」

 真っ赤な顔をして立ち上がった後、使用人用の大きめのポットを掴んだアルジがサロンから出ていくのを、みんな、あらあらまあまあと暖かい眼差しで見送ったところで、ゴルデンは私を見た。

「あのような妹ですが、奥様にはご迷惑をおかけするようなことはございませんでしょうか?」

 それには、私は笑って答える。

「先程も申し上げた通り、此方がいつも助けられているくらいです。御心配には及びませんわ。それよりも、ご兄妹で辺境伯家へ仕えてくださっていること、心より感謝申し上げます」

「恐縮です」

 そんなやり取りを経て深々と私の前で頭を下げたゴルデンは、とつとつと自分たちの事を教えてくれた。

 ゴルデンはアルジの六つ上で、現在二十六歳。

 イーターという家名を名乗っているが、庶民だと言う。

 彼らの曾祖父も辺境騎士で、大きな魔物の強襲(スタンピード)の際、最大の功績をあげ、一代騎士爵を賜ったらしい。

 現在、爵位は失っているものの、誉の証として子孫が家名を名乗る事は許されているそうで、そういう家はこの辺境ではよくあるそうだ。

 また、私が嫁いでくる二ヶ月前から、彼は所属している五番隊の任務で王都や北方、西方辺境伯領へ出向いており、今日、南方辺境伯騎士団へ帰って来たのだと言う。

(なるほどなるほど。それで辺境では庶民でも家名持ちの家が多いのね)

 医療隊の皆の事を思い出しながら話を聞いていた私は、ここまでの話を聞いて、最も気になっていることを聞いてみた。

「長くの出向、お疲れ様です。では、お忙しいでしょうに戻られて早々に医療院へいらっしゃったのは、アルジが辺境伯家の侍女を辞めて騎士団に入隊し、医療隊に入ったことに関して、確認にいらっしゃったということですか?」

「いいえ」

 聞けば彼はそれを否定し、懐から一通の手紙を取り出した。

「辺境伯家の家令殿からアルジが奥様……ネオン隊長のために辺境伯騎士団へ入隊した、申し訳なく思うと同時に、侍女の鑑と思う。心から感謝すると言う手紙をこうしていただいております。アルジからの手短にそうなった、とだけの手紙も同封されていました。もとより、あれは言って聞くタイプではありませんので、本人の良いように、隊長の傍に置いてやってください」

「ですが、お兄様としては……」

「勿論、心配です」

 きっぱりと言い張るゴルデンさんは、それでもからっと、アルジによく似た笑顔を浮かべた。

「ですが、先ほど申し上げました通り、言って大人しく聞くような性格ではありませんし、隊長の御迷惑でなければ、あれのいいようにやらせてやってください。医療隊員は滅多に砦から出る事もないでしょうから、ほかの隊員に比べれば安全な立ち位置ではありますし、もし魔物の強襲等の戦闘下に入り、砦内で何かあってもネオン隊長を責めるようなことは決していたしません。騎士団として在籍する以上、その覚悟もあってしかるべきだと、妹にも返事を書いて送りました。その上でなお、あれは奥様の傍にいることを志願したのですから、その覚悟があるのでしょう。もとより我らはこの辺境の生まれ。騎士にならずとも危険と隣り合わせであることは、父母を失った我らは身に染みて解っております。それを承知で騎士団に入る事を望んだと言う事は、それだけ覚悟があるのでしょう。それに……」

 ちらりとアルジの座っていた場所をみたゴルデンは、一つ息を吐いた。

「アルジには、特に手近なものや暗器を使って戦う方法を教えておりますので、それなりにではありますが、隊長を直接お守りできると思ったのでしょう」

 その言葉に、サロンにいた全員の手が一瞬止まった。

「戦う術、ですか?」

「はい」

 やや神妙な顔で頷いたゴルデンは、そうですね、と教えてくれる。

「手近なもので言えば、カトラリーなども武器になりますし、指輪や髪飾りも武器になりえますね。隠し持てる物もありますし……」

「……え?」

「ネオン隊長に変なこと言わないで!」

 ちょっと自慢げにゴルデンに言われ、私が混乱していると、扉の方から悲鳴が聞こえた。

「もう! 兄さんったら余計なこと言わないでよ!」

 声の主はもちろん、サービングカートを押しながら入ってきたアルジで、あわあわと慌てたように兄であるゴルデンに叫んだあと、私の方を向いてさらに慌てたように身振り手振りを入れながら、取り繕うように必死になっている

「ネオン様、あの、その! 手習い程度なんです! ジョゼフさんたちは知っていて、そのお陰で奥様のお傍に……あっ」

 取り繕おうとしているはずが、すっかり全肯定してしまったアルジに、私たちの視線が集まる。

 そこで、アルジは自分の失言に気が付いた様で、何とも言えない顔をして私を見た。

「アルジ……? まさか、え? 本当に?」

「……」

 私の問いかけに大きく宙に視線を彷徨わせてから、突然静かになり、カートに乗せていた大きなティーポットを使用人用の菓子の乗っているテーブルに置くと、ゴルデンの隣に座る。

 するとそんな様子を見ていたゴルデンはやれやれと言った様に大きく一つため息をついた。

「この様子だと、妹は奥様にそのお話をしてはいなかったようですね」

「……そうね、聞いていなかったわ」

「申し訳ありません」

「あぁ、怒っている訳じゃないわ、びっくりしただけよ」

 しょぼしょぼと俯いてしまったアルジに、私は慌てて声をかける。

「戦う術を持っているなんて、アルジはすごいわね。お兄様に習ったの?」

 それには、アルジではなくゴルデンが恐れながら、と教えてくれた。

「それは父が。辺境伯騎士団の騎士をしておりました。そのため、辺境で生きていけるよう、私同様、妹にも身を守る程度の武術を教えたのです。ですからいざというときは、隊長をお逃がしする程度の事は出来るかと思います。安心して隊長のお傍においてやってください」

 そこまで言って頭を下げたゴルデンの横で、顔を上げたアルジは真剣な顔で私の方を見た。

「実は私が辺境伯家の下級使用人になれたのも、下級使用人として入ったにもかかわらずネオン様の侍女になるチャンスを頂けたのも、それがあったからだそうです。なので余計に、あの時、仕事だからとネオン様の傍を離れたことが悔やまれて……」

 ぎりっと奥歯を噛んだアルジの肩に、ゴルデンは手を置く。

 あの時、とは、先日の医療院での事件の事だろうと思い当たり、私は困ったように笑った。

「あの時は仕方がなかったわ。アルジは重傷者のケアを命じられていたし、私はトリアージを行っていたもの」

「でも!」

「アルジ」

 事情を知っているのだろうゴルデンが、ポンポンとアルジの頭を撫でながら言い諭す。

「いままでお前が隊長にそれを披露する機会がなかったのは、隊長が安全な場所にいらっしゃったという事だ。任務中の事は悔やんでも仕方がない、次の失敗をしなければいいと言う事だ」

「……はい」

 ぎゅうっと顔をしかめながら頷いたアルジに、皆が頷きながら一つ、思い当たったことがあった。

(レンペスの言っていた、アペニーパを殴ったと言っていてすごく驚いたけれど……なるほど、そういう事なのね)

 妹を慰めるゴルデンの横で、アルジはわたしの方を覗き込んできた。

「もうしわけありません、ネオン様」

「いいえ、謝る事はないし、アルジがいてくれることがますます心強くなったわ。けれど、その力は決して無理して披露しないで頂戴ね」

「勿論です!」

 少しホッとした表情で私にそう言ったアルジに、ほっとしたように笑ったところで、あぁ、そういえば、とゴルデンは私の斜め後ろを見て言った。

「アルジの事もそうなのですが、奥様の執事殿と補佐官殿は大変に優秀でいらっしゃいますね。まさか東方の体術をこの目で見ることが出来るとは思いませんでした。奥様の周りにいる者達は優秀な方が多くて、兄としても、大変に心強いです」

「え?」

 その言葉に、私は首を傾げ、彼が見ている方に顔を向ける。

 そこには、ティーカップを持ち立つデルモがいつものように穏やかに微笑んでいて、そんな彼に向かってゴルデンは目を輝かせ、感激を伝える。

「執事殿も補佐官殿も、破落戸を抑え込むのに東方の体術を使っておいででした。奥様の御実家である公爵家では東方と交流があると言いますし、その伝手であの体術を習われたのでしょうか? 身のこなしから言っても、お二方はかなりの手練れかと思います。あれは狭い場所での近接戦でかなり有利な戦い方が出来ると聞きますし、よろしければ私に教えていただきたいくらいです」

「補佐官……?」

 私の補佐官はガラだ。

 少なくともあの時点ではそうだった。

 そして、私は一人でこの地に嫁いできた。執事どころか、身の回りを整えてくれる侍女すら連れてこなかったのだ。

(なのに、なぜ?)

「補佐官、とは?」

 そう思いながら問うと、ゴルデンはにこやかに答える。

「パーン殿です。あの細い体で、あんな大きな男を投げとばし、一人で抑え込めるなんて、本当に凄い事です」

「東方の、体術?」

 あの時の記憶はあまり定かではない。

 ただ、助けに来てくれたのがデルモで、パーンに何かを言っていたのは覚えている。

 もう一度振り返り、デルモを見れば彼はいつものように穏やかに笑いながら、ディーカップを傍のテーブルに置き、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

「ネオン様、ティーカップが空になっております。お茶のお代わりをおつぎしましょう」

初期から話に出ていた、アルジのお兄さん登場です。ゴルデンさん……実は、ゴールデンアルジイーターという、幼い頃は大人しく苔を食べているのに、大きくなるとコケを食べずエビなどを食べ始める強い熱帯魚が二人のモデルです(笑)


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。

とうとう書籍発売までたどり着きました! 読者の皆様と、書籍化に携わってくださった皆様のお陰です!



気合のもとになりますので、いいね、評価、ブックマーク等、していただけると大変に嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
はじめまして。コミカライズからこの作品を知り、一気に最新話まで拝読してしまいました。 物語の進行やキャラの描写に毎回引き込まれております。 ただ、少々気になる点がありまして。 「今日、南方辺境伯騎士団…
医療班にあの二人が入れて良かった!包帯投げて冷やかしてた連中は、あとからちゃんと洗浄して消毒してもとに戻したのか気になりますwアルジもお兄さんと二人だけで生きてきたのね…
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