13・小賢しい!? 誉め言葉ですわ!
「まぁ、旦那様っ! いま、なんとおっしゃいましたの?」
心の中でガッツポーズを取って、なんなら脳内でアワオドリをぶちかましながら、私は淑女を装いつつも、驚愕の表情を上げた。
しかし旦那様は、やっぱり残念な人だった。
「君は学校に行っていないのか? 令嬢というものは、本当に頭が弱いのだな。 使えぬものよりは使えるものを優先するといったのだ。」
(今言った言葉は全てにおいて問題発言ですよ、旦那様。 男尊女卑にパワハラにモラハラもここまで極まれりぃっ!て感じ……。 自分より上の立場の人間がいないから、何を言ってもいいとか思ってるのね? とんだ馬鹿殿様だわ。)
黒いものを白と言えば、この辺境伯領内では旦那様以上の権力を持つものは居ないからまかり通ってきたのでしょうが……。 王宮でそんな発言できるのか疑問だ。
(武器で人は傷つくけれど、言葉も人を簡単に傷つけると、旦那様はご存じないのかしらね。)
心に刺さった言葉の棘は、不平不満となって、いつまでもわだかまりとして心に刺さり、絶対に忘れられない……大きく言えば、将来寝首を掻かれるキッカケにさえなるというのに。
(夫とは言え三度目ましてだし、人となりは全く存じ上げないけれど、ものすごく残念な人だと言う事だけはわかったわ。)
結論をひねり出した私は、息を吐いて問いかける。
「旦那様の御命令で、恐ろしい戦いの、その最前線で、国の、領民の盾となり戦ってくださる騎士様にそんなことをおっしゃるのは……命を懸けて旦那様に忠誠を誓ってくれたものに対して、あまりにも惨い仕打ちではないでしょうか? ここにいらっしゃる騎士様たちには、皆、家族や大切な方がいるのですよ? その方たちのことを考えられたことはおありですか?」
(貴方に人としての情は、ありますか?)
言葉の陰でそう問いかけると、わずかに目元が動いた気がした。
同じくわずかではあるが、その黒い瞳も揺れた。
(あら、期待できるかしら?)
と思ったのもつかの間。 旦那様の口から出てきた言葉はさらに冷たい。
「そのために、騎士にも、家族にも、十分な額の慰労金を与えている!」
「……金、ですか。 では旦那様は、失った家族の穴はお金で埋められるとお思いなのですね? ……騎士団が、失った家族の穴を埋めるためにお支払いする慰労金、それがいかほどか私にはわかりませんし、確かにお金は生きていく上で大変に必要な物です。 しかし、お金より大切なものがあると思われませんか?」
すると、私の言葉を聞いていた彼は、恐ろしく冷たい目で私を見据えた。
「ほう、ではそれは何だ。」
「心ですわ。」
そう言い切ると、彼は大きくゆがんだ顔で、笑った。
「はっ! 心だけで何ができる、馬鹿馬鹿しい!」
「これには、続きがございます。」
「なら話してみろ。」
(馬鹿馬鹿しいと思っていても、私の話は聞いてくれるのね。)
そこは、自分より下の者の話など耳も貸さないという傲慢な人よりは、すこしはましなのかもしれないけれども。
「ここにいらっしゃる騎士様は献身にて傷を負ってくださいました。 その献身の報いが、身に刺さるような冷たい土と、朽ちた筵の床の上でその生涯を終える事でしょうか? 目に見えるのが、耳に聞こえるのが、同じく傷ついた仲間のうめき声や、血と汗と膿、腐った肉の匂いだけの中、ただ忍び寄る死を待つことでしょうか? 少しでも早くに手当をすれば戦うことは出来なくとも、生きることはできる、助かるかもしれない者達を放置する事でしょうか?
確かに遺族への慰労金は大切でしょう。 しかしまずはご本人へ、その献身を報い、傷を癒し、暖かいベッドで眠り、水を飲み、温かい食事をとり、心穏やかに治療に専念し、将来を考えることのできる環境を与える事……もしくは、誰かに見守られながら、心穏やかに息を引き取られることではないでしょうか?」
(……本当は知っているわ。)
私が言っていることは、綺麗事、只の感傷だ。
人はいつか死ぬ。
その時は往々にして一人で死ぬ。
戦場で、激戦区で戦いの中で亡くなった方などは、その死を悼まれることもなく、続く戦いの刃や進軍、もしくは心無い獣や人間によって、亡骸すらも蹂躙されることもある。
だがしかし、もし状況が許すのならば。
ここまで帰って来れたのならば。
痛みと苦しみから来る恐怖に苦しみ、死に向かう人の傍で、手を握り、名を呼び、労わりの言葉を、仲間が、家族が、恋人がいるという事が出来れば、それは床につく人にとっても、見守る人にとっても、大きな違いがあると思うのだ。
「もし、献身の果ての死であっても、あのような名ばかりの救護室で、血と泥と筵に巻かれた孤独な死より、ご家族や大切な方、仲間たちの傍で、暖かいベッドの中で手を取られたほうが良いと、私は思います。」
「そんなものは、戦場に出たことのない箱入り令嬢の世迷言だ。 そんなものはこれ以上聞いていられないな。 早く屋敷に帰るがいい、金輪際ここには足を踏み入れるな。」
私の言葉を一応最後まで聞いたうえで、そう吐き捨てた旦那様が、踵を返して扉へ向かおうと足を踏みだした。
(話は聞いてくれるが、情に訴えかけても届かない、か。 では……。)
「それでは旦那様、お願いがございます!」