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122・看護師育成計画

!注意!

今回のお話は、本編ですが看護師あるあるの『不注意な発言』話が出てきます。

看護師が一般人に言われる『デリカシーが家出してるの?』的エピソードです。

ガラの『水を得た魚』~ネオンの『医師に怒られたことに凹み』の間を読み飛ばしていただけるといいかと思います。

その間のネオンの回想の読む読まないは、自己責任でお願いいたします。

「リ・アクアウムで看護に従事してくれるものを探して育てる、ですか?」

「えぇ。ひとまずは即戦力として数名。それとは別に、今後の事を考えて医療の学校を建てたいと思っているの。どうかしら?」

 話し合いの場を執務机から応接セットに移し、自分が淹れたお茶を飲みながら、頭の中で漠然と浮かんだ構想をなんとなく整理しながらガラに話す。私の正面に座ったガラは、心得たようにそれらを箇条書きで記録してくれ、話が終わるとメモを見ながら頷いた。

「それは大変によい考えだと思います。しかし開校までの間、即戦力として集めた人間はどこで、どのような形で教えるのですか? 騎士団(ここ)への立ち入り許可を取るのは、騎士団独自の調査など考えてもかなり時間がかかりますし、ここまでの経路の往復での警備や時間の問題があります。外部の人間をこれ以上入れることは、医療院、ひいては騎士団本部砦の警備上の観点から考えて、上部の許可が出るか難しいかと思います」

「えぇ、そうね」

 ガラの懸念は当然だ。

 騎士団の砦に身元のはっきりしない一般の領民をホイホイと入れられるわけではない。そして、雇い入れる庶民の身元の調査は、王宮貴族院にて血統を管理されている貴族のそれよりさらに時間と手間がかかる事もわかっている。

 今までは順調すぎたのだ。

 私はこの南方辺境伯騎士団団長の妻で、アルジは辺境伯家使用人になった時にしっかりとした身元調査が済んでおり、さらに彼女のお父様、お兄様は騎士団員であった事、そして、私が身柄を預かり、騎士団医療院で日中は下働きをしているライア嬢はアーテル子爵令嬢であり、南方辺境伯騎士団(ここの)第三番隊隊長チェリーバ・ブルー隊長の婚約者。とまぁ、調べるまでもなく身元がしっかりしているからこそ、そうそうに出入りが許されていたのだ。

 そんなわかっている問題だからこそ、私は代替え案を用意していた。

「騎士団に出入りさせるのはどの観点から考えても厳しいけれど、今なら女神の治療院に重症患者がいて、それを世話する看護班もいるでしょう? だからそこで看護技術を教えるの。仕事をしながら教える立場も担ってもらうのだから、あちらの担当者になった隊員には負担をかけてしまうけれど、いずれは自分たちの負担軽減につながるの。もちろん、私も体は動かせないけれど教えることが出来るから一人に負担させるつもりはないわ。

 それと、身元に関しては、人の命を預かる現場だから、本人が原因の瑕疵……例えば犯罪歴等は厳重に調べてほしいわね。あわせて出来れば周囲の人からの人柄への評判も。自己中心的であったり、他者に対して威圧的、暴力的、利己的な人は向かないわ。私が選べるほどの人格者かと言われれば、違うのだけど……できれば、看護に携わる者として、相手の気持ちを慮る事が出来る人がいいわ」

 私の言葉にガラはなるほど、と頷き、メモ書きに書き足していく。

「わかりました。それでは、すぐにでも人材を募集してみましょう。騎士団の本部から、リ・アクアウムの騎士団駐屯地と医療院、商人ギルド、教会を経由して『医療院で働いてくれる看護隊員を募集している』と話を広め、ある程度のところで教会で面接を行うのはいかがでしょうか?」

「そうね、それがいいわ」

 ガラの具体的な提案に頷く。

「それから、市井の方は騎士団へ雇い入れるのではなく、女神の医療院で雇い入れる形になるから、『看護隊員』ではなく『看護師』と改めて名称を変更して募集しましょう。名のある専門職であることをアピールするのよ」

「看護師、ですか。なるほど、よいですね。ではそのように本部へ手配します。」

「えぇ。医療院の方へは私からマイシン先生へお話ししてみるわ」

 お互いが納得して頷いたところで、ガラは手を止めた。

「それで、看護師の募集人数ですが、ひとまず10人でいかがでしょうか?」

 それには、私は首を傾げる。

「あら、多くないかしら? 教えるときに大変よ?」

 それにガラは頷いて、それから考えを教えてくれる。

「えぇ、多いと思います。ですが、集まった人数全員が、正式に雇用できるまで成長出来るとは限りません。ライア嬢が来た頃の事を覚えておいででしょうか? 騎士団の人間は、大なり小なり刀や魔物による傷口を見る事に慣れております。もちろん、辺境の人間は王都の人間に比べれば慣れているでしょうが、それを遠巻きに見るだけでなく、目の当たりにし、傷の処置や生活の援助を行う。求められる看護師としての仕事の実態を目にしたところで、やはり出来ないと去っていく人間も少なからずいるはずです。その可能性を考慮すれば、必要な人材の倍は集めておきたいところです」

「たしかにそうね……」

 ガラの言葉に頷きながら、私はライアを連れてきた日の事を思い出す。

 両親と兄弟から蝶よ花よと甘やかされて育った箱入り令嬢という事もあり、男性だらけの騎士団に最初は戸惑う事や困る事も多いだろうと、まずは同性であるアルジの傍につけた。

 屋敷からここまで共に馬車で通う事で顔見知りでもある事から、解らないことを質問しやすいだろうと思ったのだ。

 しかしここで私は失念していた。

 アルジは治療棟の主任で、何事も他人任せにせず率先して仕事をする。

 そんなアルジについて医療棟に入ったライアは、清拭や傷の処置に不平は口にしないものの、青や白、赤とめまぐるしく顔色を変え、時折口元を押さえ御不浄に駆け込んだり、涙を流したりしていた。

 それでも、私との約束やブルー隊長への思いが強くあってか、堪えながら見学し、出来ることはやろうと努力していた……の、だが。そこにタイミング悪く大怪我をした騎士が数名運び込まれてきた。

 剣技と魔術を合わせた実地訓練の中で、腕や顔に酷い傷を負った騎士が仲間の手によって運ばれてきたところに鉢合わせたライアは、悲鳴をあげる間もなく白目をむいてその場に倒れた。

 すぐに目を覚ましたものの、血の止まらない生々しい傷口が頭から離れなかったようで、その後一週間は食事も睡眠も十分にはとれない状況になってしまい、仕事を休ませ、屋敷で静養しながら、時折気がまぎれるよう侍女の軽微な仕事だけをさせていたのだ。

 様子を見に来たブルー隊長は、彼女は元々は臆病で繊細な気質で、少しの血でも卒倒してしまっていたので、自家の兄妹や騎士が怪我をしたところも見たことがないと思いますと教えてくれた。

 私はあらかじめ確認しなかったこと、そして配慮が足りなかったことを素直にライアに謝り、また、預かっているのに申し訳ないと、彼女のご両親にもお詫びの手紙を書いて送った。

 卒倒したライアを介抱しながら『あれしきの事で倒れるなんて、騎士の妻になろうと言うのに先が思いやられますね』と言いつつ、口当たりの良いものをもって見舞っていたアルジだが、彼女だって現在は治療棟でバリバリ仕事をこなしているものの、医療院開設当初は私への忠誠心から頑張ってくれてはいたが、酷い有様の傷口にしり込みしていたこともあれば、当初は気が張っていたために仕事に取り組み、寝食を行えていただけで、数日たった頃から徐々に食欲をなくし、私に隠れて一人で泣いていたのを知っている。

 この時は、慌てて声を掛けようとした私に『隊長、ここは自分たちの方が』とラミノーとエンゼが言ってくれ、彼女の悩みを聞き、フォローしてくれた。(この事を含め、三人には本当に感謝しかない。)

 そんな私だって、()()時、あの掘立小屋での凄惨な状況にしり込みし、逃げ出し、嘔吐して、意識を失いかけているのだ。

 記憶が戻ったからこそ今こうしていられるけれど、初めて見る人間には、それくらいきついものなのだ。

「皆、頑張って仕事をしてくれているけれど、やっぱり最初はつらかったのかしら?」

 つい口から出てしまった言葉に、ガラは眉を下げて困ったように笑った。

「正直に申し上げれば、それはアルジだけではないかと。当時の医療隊の隊員たちは、それ以前の医療班と負傷兵の悲惨な状況を身を持って体験していますから。ネオン隊長が率いるこの医療隊が出来たことで、率先して傷病者を助けることが出来て嬉しいと、当初から張り切っていましたよ」

「そうかしら?」

 その言葉に、私は少し半信半疑で聞いてみる。

「確かにみんなそう言ってくれていたけれど、本当は辛かったのではないかと思って」

「いいえ」

 呟けば、ガラは首を振る。

「そういう者も一定数はいるかもしれませんが、医療隊員に限っては、御存じの通り、()()()()()のように、生き生きと仕事をしておりますね」

「そう? それならよかったわ」

「隊長のお陰ですよ。……ただ」

「ただ?」

 顔を曇らせたガラは、困ったように眉を下げ笑った。

「皆、仕事熱心なだけに困ったことが。実は先日、食堂で厨房係にそれはもうこっぴどく怒られましてね。看護班は食事中に仕事の話をするなといいきかせてほしい、と。なんでも夕食のシチューに入った肉を見ながら、この間見た肉に似ていると言ったり、よりよい排泄介助の仕方を食堂で話し合って、少々盛り上がってしまったらしいのですが、周りが食欲をなくしてしまった内容だったようで……」

「そ、それは怒られるわね……」

 恐縮したように口ごもり、喉の渇きを潤すように茶を飲むガラの話した内容に、私は額に手を当てて唸ってしまった。

(ここにきて看護師あるあるに遭遇するとは思わなかった……いつの時代も、異世界でも、やっぱりあるのね)

 そう、実は看護師は食事中に仕事の話をして怒られる、というのがまぁよくあるのだ。

 仕事中限定ではあるが、目を覆いたくなるような傷も、清拭や排泄時の異性の裸体や生殖器、排泄物などに対しても、個々としては思う事はあるだろうが、表面上は『看護者が恥ずかしがれば援助を受ける患者は羞恥を感じ、恥じ、処置を受け入れなくなってしまう。ゆえに看護者は患者を優先し、治療・療養のため常に平常心であれ。好奇心を持つな。しかし無関心になってはならない』と、教えられる(私の勤務していた職場だけかもしれない)。

 他者の私的空間で仕事するうえで大変に大切なことだ。

 そしてその考えの上で、患者にとってより良い看護援助が出来ないかと考え、考えたケア方法が思った成果をあげれば、これが成功体験となり、さらなる意欲につながるのだ。

 職業人として、大変によい事である。

 が、それには実は弊害もある。羞恥感覚を遮断(?)し業務に従事できる職業人と、その実態を見ることも触れることもない一般人。双方の感覚はひどく誤差があるのだ。

 食堂で怒られたのは、まさにそれだ。

 共感羞恥で、顔に熱が集まり、私は俯きながらティカップを掴んだ。

(わかる~身に覚えがありすぎる~)

 恥ずかしさで、カップを持つ手が震える。

 つい、自分の前世のやらかしを思い出す。

 看護の仕事において、小さい事を気にしていたら何もできない。当初はいろいろ戸惑いがちの新人であっても、仕事をするうちにいつの間にか慣れて上手に切り離しできる。

 のだが、そうなったらなったで感覚が一般人とずれてしまうので、鉄板の上でジュウジュウ音を立てて油を落とす美味しそうな肉やプリプリのホルモンを食べながら『これ、人間でいうところの横隔膜!』とか『今日の手術見学した患者の大腸と同じ色!(笑)』とか『この脂肪の色、この間、切断寸前だった指の断面に見えていた脂肪と同じ色だわ』と()()言ってしまうのだ。

 同席していた一般人の知人はたまったものじゃなかっただろう。

 事実、医療職じゃない友人とご飯を食べていたとき。

『あ……(今日胃カメラやった患者の胃の内容物に似てるな)……。……なにが『ご飯食べてませんか?』『はい、たべてません』だ! 胃の中がみっちり詰まってて、カメラの吸引が詰まるかと思っただろうがっ! 先生にも『確認不足っ!』ってくそ怒られたし、ありえんっ! 『ご飯じゃなくてお粥だからいいと思った』じゃないっ! 何も食べるな! 検査説明したやつ、まじ許さないっ!』

と、()()()()()()のままに失言し、『今この場で言う事じゃないっ!』と、友人を本気で怒らせてしまった事がある。

(確かにあの発言はデリカシーなさ過ぎだった……)

 だが決して故意ではないのだ。

 医師に怒られたことに凹み、ぺたぺたと大きな鉄板に小さなこてを使って必死に生地をこねこね焼いていたところでふとフラッシュバックの様に思い出し、目の前にあったジョッキビールを空きっ腹に一気飲みしてしまった事で、うっかり口を滑らせてしまっただけだったのだ。

 が、あの瞬間の前世の友人の顔は、一回死んで生まれ変わったと言うのに鮮明に思い出せるほどで、あの時は土下座する勢いでひたすら謝り、その日の会計は全て自分が持つことで何とか許してもらった。

 恥ずかしさで変なことまで思い出してしまったが、つまりはそういう事だ。

 一つ、二つと深呼吸して気持ちを落ち着かせ、それからにっこりと微笑む。

「それはよろしくないわね。皆にはちゃんと言って聞かせるわ……それと、厨房に謝罪しておくわ」

「私からも言って聞かせましたが、よろしくお願いします」

 何故か目があい、二人して深い溜息をついてお茶を飲んだ後、ふと、外から聞こえた楽しげな声に、私は顔を上げる。

「モリーの声ね。薬草園の草むしりかしら? ふふ。ライアも、最初は良く二階で泣いていたけれど、今ではラミノーに一人前に数えられるのだから、成長したわね」

「えぇ、本当に。最初はよくモリーに慰められていましたが。本来は今のように、しっかりした気質の方だったのでしょうね」

 その成長に、私たちはほっと息をつく。

 ライアの卒倒で反省した私は、彼女を復帰させる際、その持ち場を回復棟の物資班とし、ガラの娘で物資班お針子係のモリーと共に行動させるようにした。

 言葉を話すことの出来ないモリーに当初はとても戸惑っていたライアだが、慣れてくると身振り手振りで意思疎通がスムーズになり、ライアが単語を教え始めた。

 それを見て、前世にあった名詞と動詞の単語とイラストを入れた『お話カード』を作ってみれば、二人はそれを介してたくさん話をし、ますます仲良くなっていき、ライアはどんどんしっかりした女性に変容していった。

 そんなライアの様子を見、少しずつ仕事の量と幅を増やした結果、現在では回復棟のみならず、治療棟での下働きも任せられるようになっている。まだ流血を伴う処置にはしり込みしてしまうようだが、それでも卒倒も拒食も不眠もすることなく、今では大切で立派な一員にまでなっていて、心強いばかりだ。

「女神の治療院にも、ライアの様にしっかりと前向きに成長してくれる人たちが集まってくれると嬉しいわ」

 そう言って笑うと、ガラも頷いてくれる。

「はい。ですがそこはしっかり厳選して面接を行う事にしましょう。正直、どのような人材が集まるかわかりませんから」

 それには同意する。

「えぇ、そうね。冷やかしや、騎士目当て、玉の輿目当ての人もいるかもしれないから注意は必要ね。ひとまず、騎士団入団と同じ十五歳以上で病気のない健康な男女。仕事内容は後で知らなかったと言えないよう、しっかり具体的に記載しましょう。それから、給与などに関しては騎士団に準じるつもりではあるけれど、はっきりとした額面は、面接合格後に話すようにしましょう。金銭目的で来られても困るもの」

「畏まりました」

「さ、また忙しくなるわね」

 窓の外にライアとモリーの笑い声を聞きながら、私は目の前の仕事に取り掛かるためにお茶を飲み干した。

お読みいただきありがとうございます。

気合のもとになりますので、いいね、評価、ブックマーク等、していただけると大変に嬉しいです!



ちなみに焼肉=**発言は作者(友人にしこたま怒られました)胃カメラは先輩(旦那様にしこたま怒られたそうです)の発言です。

関係者各位には大変申し訳ございませんでしたm(_ _"m)

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― 新着の感想 ―
おぉ、作者殿は医療に従事された方だったのですね。 似たような設定の作品は多々あれど、 本作の質量が高い理由が理解できました。
親がまさに看護師あるあるをやらかしまくる人だなあ。 食事中の内臓の形状や色の話はまだいいけど、下の話はやめてほしかった思い出。 知り合いや母の同僚看護師さん見てるにそういうの自覚ない人結構いるし、自覚…
解剖研修後に焼肉屋でやらかした友人を思い出します。
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