118・決意
泣いて。
泣いて、泣いて。
喉が、頭が痛くなっても泣いて。
もう、これ以上は涙も声も出ないと思うまで泣き叫んで。
どうしてこのような状況になったのか。
気が付いた時には、痺れて動かなくなった手足を放り出し、涙などで濡れてべったりと顔に張り付いたシーツを気持ち悪いかもしれないと感じて、ようやく、自分を取り戻した。
室内はうす暗く、明かりもなく、ただ静かだ。
そうして、泣き叫ぶ私を宥めようとしてくれた人を感情的に部屋から追い出し、ただ苦しさを吐き出すためにえずき、過換気を起こすまで大泣きして、力尽き、長い時間を無為に呆然としていたらしいと思いいたった。
どのくらい時間がたったのだろうか。
多分日付は、変わっていないはずだが夜明け前なのかもしれない、と思う。
と。わずかに扉が開く音と人の気配を感じた。
流石にこのままではまずいのではないかと、放り出していた腕の力を使って、うつぶせになり、そこから腕の力を使って体を起こす。
頭ががんがんと痛くて、重い。
体を支えている手や足に奇妙な、しかし知っている痺れるような重さを感じ、あぁこれは、よほど泣き叫び過ぎたのだろうと想像し、うんざりする。
(……泣き叫んで前後不覚か。こんなことをしていても、何も解決しないのに……最低だわ)
そう反省しながらも、のろのろとゆっくりあちらこちらズキズキと痛む体を起こした。
項垂れ、重い、ぐらぐらと揺れる頭を何とか起こし、ゆっくりと周囲を見渡して、部屋に入ってきた人が誰かを、私は知った。
「マーシ……?」
思った以上にガラガラにしゃがれた声で名を呼ぶと、私が眠っていると思っているのか、重厚なカーテンをゆっくと音を立てないように閉めていたマーシが、驚いたようにこちらを向き、カーテンを急いで閉めると大きな手持ちの魔導ランプを抱え、こちらに駆け寄ってくれた。
「若奥様、大丈夫でございますか? まぁまぁ、こんなに声をからしてしまって……目元も。今、冷たい手巾とお水をご用意しましょうね」
「……」
声が出せなかったため頷くと、ベッドサイドに用意していたらしく、すぐにコップに注いで手に持たせてくれた。
口をつけると、それは果実水のようで、ほんのり甘く爽やかな味は乾ききった口と喉を潤してくれ、その清涼感と満たされる感覚に、行儀が悪いと解っていたが一気に飲み干してしまった。
そんな私を咎めることなく、二杯目を用意してくれたマーシは、飲み終わったコップを取ると、今度は冷たい手巾を渡してくれた。
受け取ったそれで顔を拭うと、新たな冷たい手巾が渡され、腫れてしまった目元を冷やすように言われた。
「もう、夜なのね?」
「さようですよ」
声が出るようになったため聞くと、マーシは私の肩に薄手のショールをかけてくれ、汚れたシーツを取り去ってから教えてくれた。
「少し前にお迎えが来ましたが、そちらは今ネオン様を動かすわけにはいかないと、あのお医者様と若奥様の執事が対応してくださり、素直に帰っていかれました。今日はお疲れでしょうからこちらにお泊りになってくださいませ。お腹はすいていらっしゃいますか? 軽いお食事をご用意いたしますよ」
優しく聞いてくれたが、流石に今何かを食べたいと思えるような気分ではなく、その申し出には首を振った。
すると、マーシは穏やかに笑ってくれた。
「では、落ち着くように温かい飲み物をご用意いたしますね。蜂蜜はお好きですか? 辛い物は?」
質問の意図がわからないまま頷くと、マーシはにっこりと笑った。
「では少し変わった、体が良く温まるお飲み物をご用意いたしましょうね。それから、扉の前でずっと若奥様の執事の方が待っていますが、中にお入れしても?」
それにも頷くと、マーシはにっこり笑って頷き、デルモを中に入れてくれて『それでは』と出て行った。
ベッドサイドに立ったデルモは、暗めの魔導ランプの灯の下でもわかる沈痛な面持ちで私に深く頭を下げ、それから声をかけてくれた。
「ネオン様、大丈夫でいらっしゃいますか?」
「えぇ、ありがとう。ずっと待っていてくれたのね……ごめんなさい」
「いいえ。ネオン様がご無事でしたら、私はそれで」
「ありがとう……。ところでデルモ。あの、あとは……?」
私が言いたいことが分かったのだろう、デルモは頷き、教えてくれた。
「ご安心ください。旦那様が出ていかれた後、後を追われたブルー隊長殿が家族が拘束されている駐屯地とカルヴァ侯爵閣下へすぐにご連絡をしてくださり、砦に集まったネオン様を抜いた全隊長から、処された領民の家族を罪には問わないようにと旦那様に進言してくださったそうです。さすがに全隊長からの進言に、七親等までの絞首刑の命令は撤回されました。また、助けにいかれた方に関しては、むち打ちと領地追放を撤回。奥様を助けたと言う事で、金貨一枚の報償を出されるそうです」
「そう、良かったわ……」
さらなる犠牲を出さずに済んだ安堵から息を吐いたとたん、私の視界がぐらりと歪んだ。
「ネオン様! 失礼します!」
デルモが手で支えてくれ、ベッドから落ちることはなかったが、痛み止めも切れているのか体に痛みが走りそのままベッドの上にうずくまってしまった。
「ネオン様、お薬です」
気付いたデルモが私の体をゆっくりと横にしてくれ、医療院から持ってきたらしい吸い飲みで薬を飲ませてくれる。
「お薬が効くまで、お体を動かなさいでください」
それには素直に頷き、用意してくれたたくさんのクッションに体を沈めて固定すると静かに息を吐く。
「医療院は大丈夫かしら……?」
「クルス先生から、重症患者と倒れた患者に関しては命には別条がないため安心してほしいと伝言です」
「……そう、良かったわ」
ほっとして目を伏せると、そこにデルモが冷たいままの手巾を乗せてくれた。
「重傷患者の入院を受け入れた女神の医療院の方は、患者を動かすことが出来ないそうで、しばらくは看護班員の方が交代で看護に通い、マイシン先生が患者の容態観察をしてくださると、ガラ殿を通じてラミノー殿より連絡がありました」
「……よかった、わ」
その言葉が口から出た瞬間、口元がひきつるのがわかった。
鼻の奥がツンとし、目元は熱くなり、尽きたはずの涙があふれて乗せられた手巾に吸い込まれていく。
嗚咽が漏れそうなのを、ゆっくり手を動かして口元を覆えて堪える。
「『ネオン隊長がお帰りになるまで、絶対に医療院を守ります。ですから安心してください。早い復帰をお待ちしております』と」
目元から手巾を持ち上げた私に、デルモは穏やかに微笑んで教えてくれた。
「ガラ殿より先程の報告と共に言伝が。医療隊の皆様からの伝言だそうです。看護班も、物資班も絶対に第十番隊医療班と医療院、そして隊長であるネオン様を守って見せる、と。それから十番隊解散の辞令が発表される前に、厨房係や医療隊と交流のある二番隊、三番隊、五番隊、九番隊の皆さんが、共に本部へ抗議に行くと仰っていました」
それには、私は首を振る。
「……みんな、旦那様相手に無茶だわ、止めないと」
「それは無理でしょう。皆様、奥様の事を心から慕っておいでの様子ですから。二番隊は最初の患者の所属隊で、あの時の隊長は負傷で前線を退かれ今は物資班で働いておられますから医療班の内情も知っていて協力する、と。三番隊九番隊は鈴蘭祭など行動を共にすることも多く、ネオン様の人柄を皆さんご存知とのことですし、五番隊に関しても医療班でリハビリのお手伝いをしていただいている際のネオン様の心遣いに心酔している者も多いと伺っておりますので止められそうにない、と、此方もガラ殿からの伝言です」
「皆、過大評価しすぎだわ……私はそんな……」
「いいえ。皆、ネオン様の今までの功績と献身を、肌で感じていらっしゃると言う事です……後は旦那様がどのように判断なさるか、ですね」
その固有名詞に、私の心の奥がひどく冷たくなる感じがした。
旦那様の行った事は本当に非道で、恐ろしい。
誰かが止めなければ、歯止めが利かなくなってきている。
それでも、私が嫁いでくるまでは、領民を思い、傷病人の事以外であれば、名君だったと聞いている。
が、今回の件で、それも信じられなくなってしまった。
(しかし、それがもし本当で、そして今回の感情のままに動いてしまった原因が、私なのだとしたら?)
クルス先生に剣を抜こうとした時、あの時の旦那様は、私に対するクルス先生の行動言動に悋気を起こしたように見えた。
殺されてしまった領民も。
あれがもし私相手でなければ、旦那様は冷静に対応していたのかもしれない。
(だと、したら……)
ぎゅっと目を閉じ、手を握り……そして、決意する。
「ねぇ、デルモ。少し私の話を聞いてくれる? 気持ちの整理も兼ねているから、とりとめもないし、長くなってしまうかもしれないけれど……」
「勿論です、ネオン様」
頷いてくれたデルモに椅子に座るようにお願いし、それを確認してから、静かに深呼吸をすると、それから話を始めた。
「……私は、これ以上旦那様の暴挙を許すことも、見逃すことも出来ない、わ……」
「それはもちろん、私もでございます」
力強く頷き、同意してくれたデルモに、私は頷く。
「旦那様のしたことは、領主の行動としては決して許されないことよ。……いいえ。領地に安寧をもたらすためにも、罪を犯した者を正しく裁き、厳正に処罰すること自体は間違っていない。今回は、慈善事業中の領主である辺境伯夫人に平民が一方的に暴行をした……。私だって、捨て置かれていたとはいえ司法を司る家の出だし、それ以上に、長く平民として市井に暮らしをしていたからその行動がいかに愚かしい行為だったかわかっているわ。厳密な階級制度のあるこの国では、一平民が高位貴族に対し、手を振り上げた時点で……いいえ、暴言を吐いた時点で。その場で切り捨てられても文句は言えない。体裁や体面を気にする貴族のメンツを傷つけたのだもの……そしてその家族も共に罪を問われることがあることも理解しているの」
「はい」
ひとつ、息を吐く。
「けれどそれは手を上げた者に関してのみよ。他の軽症者まで切り捨てることはやりすぎだわ。旦那様は辺境伯騎士団の団長。誰よりも冷静に状況を把握・判断し、誰よりも正しく罪を裁く沈着冷静な領主であり、正しく領民を守る騎士であるべきなの。あの時点で最的確な行動は、その場にいた全員に協力を仰ぎ、調査審議をし、司法の意見も取り入れて罪を裁き、その上でそれを公表したうえで刑を執行すべきだった……これは長く貴族でなかった私でもわかる事よ? それを一時の激情に身を任せ領民を切り捨て、その上七親等まで絞首刑と決めてしまうのは……やはり、辺境伯としても、騎士団長としても、間違っていると思うの」
「おっしゃる通りかと」
「でもね」
頷き同意してくれたデルモに、私は言う。
「旦那様を諫めなかった私も悪いの」
「そんなことは……っ」
「いいえ」
首を振って、それから話す。
「婚姻当日に白い結婚を言い渡され、すぐに離れに引きこもり、辺境伯砦に視察に行って惨状を見て医療院を立ち上げる。あの時は強く旦那様にあり方の是非を訴えたけれど、旦那様には何も響かなかった。だから私もそれに乗り、だまし討ちする形で医療院とその権利を奪い取ったの」
「それは、騎士達の憂いを嘆かれ、それを変えたいと願われたネオン様の御心の広さかと」
「そういってくれるのは嬉しいけれど、私は最初から旦那様へ歩み寄らず、ただその権利を奪い取っただけに過ぎなかったわ」
「あの時はそれしか……」
デルモの言葉に首を振る。
「選択肢は他にもあったかもしれない。あの時、辺境伯夫人として、もっとちゃんと進言するべきだったのかもしれない……あれからも何度も旦那様を諫められる場面はあったわ。けれど私は、一個人として、命をまるで使い捨ての駒か、自分の所有物のようにしか見ない旦那様が嫌いで、何を考えているかわらからない旦那様が苦手で、旦那様と一緒に居たくない、貴族なんて皆一緒だから言っても意味はない、しょうがないと思い込んでただ逃げていたの。一度だって正面から向き合って話をすることはなかった……あぁ、違うわね。鈴蘭祭のあとの晩餐の時に、お話ししたかしら。けれど結局は、旦那様の存在をただ嫌悪し、正論だけを叩きつけ、相手の意見も聞かず突き放し、ただ権利だけを奪ってしまっただけ。理解できない旦那様に理解できるように現実を見せ、考えを改める機会を与えてこなかった……結局私のしたことは、旦那様の周りにいる、甘やかすだけ甘やかして汚い部分を見せてこなかった者達と一緒だった。その結果がこれだと思っているの」
私の言葉に、デルモは立ち上がって首を振る。
「それは違います! ネオン様はいつだって、他の者の様に恐れることなく旦那様に向き合い、正しくご意見なさっていたはずです。ずっと、ご自身が苦しいのを一人で耐えながら頑張って来られていたのを、私はお傍で見ておりました。どうすれば、貴方をお助けできるのかと歯痒い思いをしながらも、何もできなかったのです」
「いいえ、ちゃんといつも助けてもらっていたわ。ありがとう」
少しだけ笑ってお礼を告げてから、私は表情を正して、椅子に座り直したデルモに告げた。
「私は、騎士団員と領民を助けたい一身で頑張ってきたけれど、問題の根本である旦那様からはずっと目をそらして逃げていたの。こういう人間にしてしまった周囲の人間が悪いから、そっちで何とかしろ、と。でもね、一度誰かがちゃんと旦那様に正面から現実を見せなければ、現状も、未来も何も変わらないと理解ったの。……だから最後に一度だけ。真正面から旦那様と向き合うと決めたわ」
「……それは……」
デルモの顔色が変わった。
「まさか、旦那様と夫婦としてやり直すと言う事ですか? 契約を破棄して? 過去を捨てて!」
僅かに取り乱し、身を乗り出してそう言ったデルモに、私は首を振る。
「いいえ……貴方は旦那様が雇っている辺境伯家の使用人だから、きっとその方が嬉しいのでしょうけれど、今回の事でわずかにあったかもしれない旦那様と寄り添うという可能性……気持ちは本当になくなってしまったわ」
「それは、仕方のない事かと思います……」
椅子に座り直したデルモに、私は続ける。
「けれど辺境伯夫人として、最後にもう一度、ちゃんとお話をしようと思っているの。それこそ、切り殺されるのも覚悟の上よ」
「それはいけません! 御身に何かあれば、悲しむ方がいらっしゃいます!」
真っ青な顔をしているデルモに、私は笑う。
「大丈夫よ、デルモ。私は公爵家から来た王家の足枷よ? そんな私を切り殺したらそれこそ、王家に謀反の意ありと取られてしまうことくらい、旦那様だってわかっていると思うわ」
きゅっと唇を引き締めて、私は決意を口にする。
「領民のため、騎士達のため。旦那様が真実、心から己の行ってきた行動に向き合い、良き領主、良き騎士団長として変わってくださるきっかけになればいいと思っているの。そうなれば、夫婦として関係を修正することは出来なくても、最初の契約の通り、辺境伯夫人として、旦那様を支えることは出来るわ」
そう言うと、デルモはやや青ざめた顔のまま頷いた。
「……ネオン様の決意は解りました。では私は、我が身に変えてもネオン様をお守りいたします」
「話し合いだけよ、大袈裟だわ」
デルモが私をしっかりと見てそう言った事に、彼の忠誠心と優しさを感じ笑ったところで、扉を叩く音が聞こえた。
返事をするとマーシがセービングカートを押して中に入ってきた。
「さぁさ、ネオン様。こちらは東方に生育する辛みのあるハーブで作った喉に良い薬湯ですよ。デルモさんもどうぞ」
「まぁ、ありがとう」
彼女の様子から、話が終わるまで外で待っていてくれていたのだろうと察し、それを含めてお礼を言うと、マーシは柔らかに笑って、体を起こすのを手伝ってくれ、それから温かい薬湯を渡してくれた。
少し癖のあるハーブとはちみつの匂いを纏った湯気を香りながらそれに口をつける。
「ん、美味しいわ」
(これは、前世の蜂蜜入りのしょうが湯と一緒ね)
懐かしく感じる味にふふっと笑いながら、ゆっくりとのどを潤して、私はデルモを見た。
「先程の話なのだけれど」
「はい」
同じく薬湯を飲みながら私の方を向いたデルモに、私はもう一つ、考えていたことを話す。
「うまくいってもいかなくても、出来れば一度、辺境伯家の離れを出たいのだけれど、リ・アクアウムに住める場所はあるかしら?」
「こちらで住む場所、ですか?」
「まぁ、若奥様、お屋敷をお出になられるのですか!?」
吃驚した顔のデルモとマーシに私は頷く。
「本宅の使用人の来訪攻撃にも正直辟易しているし、その……」
(正直、貞操の危機とか考えたくはないけれど、最近の行動や台詞を考えると不安なのよね……力では絶対に勝てないし……)
私の、濁した言葉の先を理解したのか、デルモは頷いてくれた
「かしこまりました。すぐに手配いたします。が、警護の面など考えますと少々お時間がかかりますので、ひとまずは宿を……」
デルモが考えながら私に話を始めた時だった
「まぁまぁ、若奥様! それではこちらに滞在くださいませ」
「……え?」
マーシの言葉に私もデルモも目を丸くした。
「で、でも、此方のお屋敷に私が住むなんて……申し訳ないわ」
「いいえ。お忘れでございますか? こちらは南方辺境伯家の別邸でございます。若旦那様はこちらを嫌っておいでですので、滅多なことではお出でにはなりません。今日お出でになったのも、若奥様がいらっしゃったので来られただけのこと。最後にお出でになったのは5年前です」
嬉しそうに、悲しそうにそう言ったマーシに、私は困惑しながらも聞く。
「でも、いいのかしら? こちらは先々代様の大切なお屋敷なのでしょう?」
「若奥様。貴方様は辺境伯夫人でいらっしゃいますよ。ご自身の家の持ち物に住むのに何の遠慮がいりますでしょうか。難があるとすれば、此方のお屋敷は私と主人が二人で、時折なじみの手伝いを入れて管理をしているだけですので、若い方が好む作りではありませんし、老人だけで花がない、と言ったところでしょうか。それも、若奥様が来てくだされば万事解決でございますよ。警備の方も騎士団が順次巡回し、門の前には門番も在住しておりますから安全でございましょう?」
にこにこと、人の好い笑顔でそう提案してくれたマーシの言葉に、私はちらりとデルモを見、そしてシグリット女子爵が最後に言った『言葉』を思い出して、頷いた。
「それでは、お願いできるかしら? 私専属の侍女とメイド……それから庭師も、きっと一緒に来ると思うのだけれど」
「勿論ですとも! あぁ、若奥様のお世話が出来るなんて、長生きしたかいがございましたよ! 私は料理も得意なのです! 腕が鳴りますねぇ!」
にこにこと嬉しそうにそう言ってくれたマーシにお礼を言い、私はデルモを見た。
「では、デルモ。明日の夜、辺境伯家に『旦那様のおっしゃったお話し合い』に向かうので、そう伝えて頂戴。それと最初の契約を結んだ魔道司法士様に、出来れば明日の朝にでもこちらに来ていただけるようにお願いしてくれるかしら?」
「かしこまりました」
頷いてくれたデルモに、それから、と続ける。
「お話を伺いたい方がいるの。お手紙を書くから、届けて、出来ればお返事も頂けるように手配してほしいわ」
「すぐにでも手配いたしましょう」
「ありがとう」
その返事に頷いて、それから決意を強く飲み込むように薬湯の残りを呷るように飲む。
と、私の視界に、さらり……と肩から虹色を放つ髪が流れ落ちてきて、旦那様がそれに口づけていた事を思い出した。
(――これからの事については夜にでも話し合おう、か。旦那様の言いたいことは解っているわ……けれど、それ以前の問題だと言う事を、きちんと理解してもらわないといけない……ならば)
一つ、それは前世の記憶に引きずられる私の、大きな決意。
「マーシ、お願いが、あるの」
「はい、なんでございましょうか? 若奥様」
「……便箋とペン、それから」
私は淑女として正しく微笑み、それをお願いした。
「鋏を、用意してくれるかしら?」
お読みいただきありがとうございます。
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また、乾燥を頂いたり、誤字脱字報告をしていただいたり、本当にありがとうございます。
次回は久々の、旦那様とネオンさんの真っ向対決です!
頑張りますっ!