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115・治療院での愚行

☆今回は、大変に暴力的なシーンがあります。

苦手な方は一話飛ばしてください。(話は繋がるようにしますので‼)

「マイシン先生! いらっしゃいますか!?」

「ネオン様、一体どうなさったのですか!?」

 貴族の夫人という肩書すら忘れ、教会から隣の建物になる医療院に入った私は、奥の診察室から驚いたように顔をのぞかせたマイシン先生に言う。

「いまからここに、魔物に襲われた怪我人が運ばれてきます! お力を貸してください!」

「何ですって! 君、すぐに治療室と静養室の開放を!」

「は、はい!」

 受付をしていた青年が頷き、受付から診察室奥にある、有事の際のために作っておいた、ベッドが10ほど並ぶ静養室に向かっていく。

「隊長、伝令鳥を飛ばしました」

「ガラありがとう。では、医療院で怪我人を受け入れるための準備をはじめましょう!」

「はい、ご指示を、隊長!」

「ネオン様! 私共もお手伝いいたします!」

 そう言って入って来てくれたのは修道士様たちで、手にはたくさんのシーツや手ぬぐいなどを持ってきてくれている。

「感謝します。ただ、まだどれくらいの怪我人が運び込まれてくるか、どの程度の怪我なのかわかりません。どのようなことになってもあわてないように準備を。修道士様方は怪我人のための洗浄用の湯を沸かしていただけますか? ガラは私と先生の介助を」

「「「はいっ!」」」

 そうして、皆が持ち場に動き始めた時だった。

「やぁ隊長、到着したよぉ~」

 間延びしたようなのんきな声をあげながら診療室の奥からやってきたのは、クルス先生とたくさんの医療資材の入った籠を抱え、目を白黒させ、明らかに困惑した顔のアルジ、ラミノー、シルバー、レンペスの4人で、あまりにも早すぎる到着に、私の頭が混乱する。

「先生、こんな短時間にどうやって……まさかっ!?」

 彼らが出てきた方を見、考えうる方法にたどり着いた私がクルス先生を見ると、先生はニヤッと笑って手をひらひらと動かした。

「看護班の中でも精鋭の彼らは、こうして素早く動けた方がいいからね。大丈夫、彼らにはちゃんと後で口止めの書類にサインをお願いするさ」

「……わかりました。ただし、トラスル隊長とセトグス隊長からのお説教は、先生お一人で受けてくださいませね」

「わかってるよぉ~」

「では、ネオン・モルファの権限において、この場の指揮をクルス先生に託します」

 前世でも、災害医療チームの指揮官は医師に託されるのが常だ。そして私も、それに従いこの場の陣頭指揮を私からクルス先生へ移行する。

 そんな意図をくみ取ったクルス先生の顔つきが変わった。

「任された」

 にやりと笑ったクルス先生は、白衣の腕をまくりながらマイシン先生を見る。

「ではまずは役割分担と行こう。患者受け入れ後から第一トリアージはネオン隊長に任せよう、君が一番素早く的確にさばくからね。そのトリアージに合わせた診療室への搬入案内はガラ、君に頼むよ。受付の君はその補助をしてくれ。軽症患者はマイシンの診察。診療補助はレンペス。場所は診察室と待合室を使用。アルジ、ラミノー、エンゼは僕と一緒に静養室で重症患者の治療にあたる。すべての負傷者の搬入とトリアージが終わったら、ネオン隊長はそのまま軽症患者の処置と、治療を待たせている患者のトリアージを随時行っていってほしい。治療優先順位が変わったら素早く連絡を。では皆、健闘を祈る」

「ネオン隊長! 患者が運ばれてきました!」

 クルス先生の指示で、人員配置が終わった直後に、重々しい鎧の音や荒々しい荷馬車の音と共に戸板に乗せられた患者が運び込まれてきた。

「いま行きます!」

 私は踵を返し、患者が入って来た方へと向かった。




「赤! 今手をあげている彼について、静養室に向かってください!」

 私が声を上げると、戸板で患者を運んでいる騎士は、誘導する係のガラについてクルス先生たちが待ち受ける静養室の方へ向かっていった。

「ネオン隊長! 患者です!」

「いま行くわ」

 患者が静養室に運び込まれるのを見ながら、新たに運び込まれてきた患者に近づく。

「大丈夫ですか? 私の言っていることがわかりますか?」

 顔をしかめ、大きく頷く彼の傷は肩から腕の先まで大きな肉食獣の爪に引っ掻かれた様に裂けている。

(意識あり、出血は傷の割には少ない。止血をすれば順番まで耐えられるわね。)

 右の手首に持っていた緑色のリボンを巻き付ける。

「緑。この方は傷口の洗浄と圧迫止血をして静養室前の待合室へ。」

「こちらです!」

 手伝いに来てくださった修道士様が、待合室の方に彼を案内してくれる。

(これで九人目か)

 ここまで運ばれてきた患者は九人。

 意識がなく傷も大きいため治療順位最優先の赤と判断した重傷者が二名、擦り傷程度の最軽症者である緑が五名、傷は大きいが出血は止まっており、意識があり、まだ持ちこたえられると判断された黄色の判別者が二名だ。

「ネオン隊長、彼で最後です。」

「ありがとう。大丈夫ですか? わかりますか?」

 十人目の患者が運び込まれてきたため、近づき意識を確認する。

 青ざめ、意識がない患者の呼吸、続いて橈骨脈拍の有無を確認し、それから彼にかけられた布を半分捲ったところで、私は動きを止めた。

 手に絡む体温はあった。

 しかし、呼吸も脈拍も感じることはできなかった理由が、そこにあった。

 体に大きく開いた虚。

 一度、硬く目を閉じ、歯を食いしばり。

 それから息を吐くように決断を口にする

「この方は体を清めた後、教会へ運びます。静養室の一番奥へ」

「……畏まりました。」

 私の傍にいた修道士様がその場で祈りを捧げてくれ、静養室へと彼を誘導してくれた。

「ネオン様……大丈夫ですか」

 傍にいた騎士の声掛けに、私は首を振る。

「えぇ。それよりも、搬入患者は先ほどの方が最後でしたね」

「はい」

 頷いた騎士に私も頷き返す。

「では、私は次の役割がありますので、失礼しますね」

「畏まりました。私どもは駐屯基地へ戻ります。」

「ここまで皆様を運んでくださってありがとうございました。」

 傷病者を運んでくれた騎士にお礼を言ってから、私は血の付いた手を洗うと、診察室の方へ向かった。

 診療室では、血が苦手なんです、と公言しているマイシン先生が、レンペスに指示を出しながら青い顔をしながらも、素早く丁寧に傷の処置を行っていた。

(大丈夫そうね。では治療待機中の方の2回目のトリアージをはじめましょうか)

 トリアージは治療優先順位を決める物で、時間の経過と共に変化する病状に合わせ、優先順位の判断を変更する必要がある。

 一見軽症と判断した傷病者が、実は見えない体内に大きな損傷を負っていて、時間経過と共にそれが表面化してくることが予想されるからだ。

(さて、まずは説明。)

 私は、診察室を出ると待合室で診察の順番を待っている患者に近づいた。

「いまから症状の確認をさせていただきます。怪我や体の状態に応じて順番に確認いたしますので、静かにお待ちください」

 事前にそう告げるのは、軽症な患者が自分の治療優先順位を先にしろと訴えて来るトラブルを未然に防ぐためである。

 その説明を終え、私は待合室で待つ五人の患者の中で唯一、右手首に黄色(優先順位2)のリボンを巻いている、壁に寄り掛かった顔色の悪い男性に近づいた。

「ご気分はいかがですか?」

「あ、あぁ……すまない。実は先程から……」

 閉じていた目をわずかに開け、私の姿を確認した彼は、青い唇で何かを喋ろうとした時だった。


「おい!」


 懸念されていた事態が起きた。

「おかしいだろう! そいつより俺の方が先にここに運ばれてきたんだ! それなのになぜ、そいつの方が先に声をかけられるんだ!」

 少し遠くに座っていた、右手に緑のリボンを巻いた男性が立ち上がり、私の方を指さして叫んだのだ。

「順番なんだろ!? はやくこっちに来て俺を見ろっ!」

 苛立ちを隠さず、唾を飛ばしながらそう叫ぶ男性の方を向き、私は努めて冷静に声をかけた。

「お待たせして申し訳ありません。しかし、先程も伝えたとおり、状態の悪い方から治療を行います。先ほど私は、彼がここにいる誰よりも怪我の状態が悪いと判断しました。ですからこの方に先にお声がけしたのです。どうかご理解くださいませ」

 丁寧に伝えた。そのはずだったのだが、男は怒りが収まらないのか、目を吊り上げ、顔を真っ赤にし、こちらに向かって歩き出した。

「なんだと! お前、俺たちが平民だからってバカにしやがって! 優先順位ってのを知らないのか!」

「お、おい……やめろよ……」

 近くの椅子を蹴り飛ばしながら、歩みを進める男に、近くに座っていた緑のリボンをつけた青年が声を掛けたが、男はその青年すら邪魔だと強く押しのけて、私に詰め寄ってくる。

 そんな中、黄色いリボンをつけている男性がぐらりと意識を手放し床へ倒れ込んだ。

「! 大丈夫ですか? 聞こえますか!?」

 慌てて男性の傍にしゃがみこみ、容態を確認するが、それすら男は気に入らないようで、さらに声を荒らげる。

「ここに運ばれてきた順で見るのが当たり前だろう! 貴族のお嬢さんはそんなこともわからないのか!? しかもなんだ!? 一丁前に騎士団隊服なんか着やがって! 女の癖に偉そうに! 思い知らせてやるっ!」

「……っ!」

 身の危険を察し、立ち上がって一度逃げようとしたが、わずかにそれは間に合わなかった。

 怒声と共に、ぐわっと伸びてきた手が私の隊服の胸ぐらをつかみ上げたのだ。

 隊服の布と飾りが千切れる音がして、胸元の勲章が床に落ちる。

 そのまま隊服はねじり上げられ、踵が僅かに上がり、首元が閉まる。

(……苦し……いけど、焦っちゃ駄目……こういう時はたしか……)

 閉まる首元に喘ぐように呼吸をしながらも、以前レンペスに習った通り胸ぐらをつかむ手を両手でつかむとそのまま出来る限り力で地面を蹴って足を上げ、全体重を彼の手首にかけた。

「う、うわぁ!」

「……っ!」

 急に腕一本に私の全体重を掛けられてバランスを崩した男性から素早く手を離すが、胸倉を寸前まで掴まれたままだったせいで、宙で弧を描き、遠心力と重力のかかった状態のまま、鈍い音共に近くにあった椅子の背もたれに胸を打ちつけてから床に転がった私と、同じく私を振り回し勢いのついたまま床に転がり椅子に激突した男。

(……苦し……ろっ骨が折れた……?)

「いてえ! この、くそ女っ! ふざけるなよっ!」

 思い切り胸を打ったせいで息が出来ず蹲る私の耳に、男の怒声と、周りの人たちの声が、耳鳴りに交じって僅かに聞こえる。

「おい、やめろって! お前、この人は……!」

「うるせぇ! お前は引っ込んでろ!」

 床に転がったまま何とか瞼をあげれば、かすんだ視界の向こうに、医療院から飛び出した人と、起き上がった男を止める人がいた。

 しかし男は自分を制止する他の怪我人をも力任せに振り払って、私の方に向かって来るのが見える。

(逃げなきゃ……でも、体が動かない……流石に不味い、かも……)

 妙に冷静になった頭で考え体を動かそうとするが、息をするだけでも胸から全身に激痛が走り、指先をほんのわずかにしか動かせない私のすぐそこまで、男は迫っている。

 このままではもう一度胸ぐらをつかみ上げられ顔を殴られるか、それともこのまま蹴り飛ばされるか……どちらにせよ、ただでは済まないだろう。

 起きなければ、逃げなければ。

 患者を優先しなければ。

(あ、でも……)

 目前まで迫って来る男の足を見ていた私の、ぼんやりし始めた頭に一つの思考が浮かんだ。

(このまま……楽に……)

 息を吐き、目を閉じ、全身の力を抜いた瞬間。 

「貴様! ネオン様に対し、なんの不敬だ! このまま腕の一本でも折ってやろうかっ!」

「ぎゃっ!」

 聞きなれた声と、ゴキンッという嫌な音。

 そして同時に発せられた耳障りな声に顔をしかめた私の体が何故か突然床からはがされ、胸から全身にかけて声も出ないほどの激痛が走ったことで、思考がはっきりとした。

「……っ……ぁ……」

 激痛と思考が明瞭になった衝撃に、心臓が狂ったように鼓動を打ち始める。

 そしてそんな私の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。

「大丈夫ですか!? ネオン様! パーンさん、手ぬるいです! 肘だけでなく肩の関節も外してしまいなさい、両方です!」

「かしこまりました」

「……(だめ)ょ……!」

 とんでもない言葉にそれは駄目だと声を出そうとするが、制止しようと声を出そうとしても音にはならず、胸の痛みが増して反射的に体を丸くなる。そうしたことでさらに体に痛みは走り、身動きもとれなくなる。

 その間に前にゴキンゴキン! と鈍い音が連続して響き、同時に男の泣きわめく声が聞こえた。

(これ以上は……。止めないと。)

 浅く早い呼吸で痛みを逃しながら、反射的に固く閉じた瞼をそろそろと開けると、そこには見たこともないような険しい表情をしたデルモの顔があった。

「……デ……め、よ……」

「ネオン様!」

 絞り出した声に気が付いたデルモが、厳しい表情から一転、苦しそうに表情を曇らせる。

「大丈夫ですか? 無理をなさらないでください。すぐにここからお連れします」

「……駄……ぅぅ……」

 声を出そうにも体の痛みで身を抱えてしまう私に、デルモは首を振る。

「御無理をしてはいけません。パーンさん、その暴漢の事はお任せします、彼にネオン様の慈愛で作られたこの治療院での手当てなど一切必要ありません。このまま即刻、騎士団へ連行してください。それから、ガラ殿、医療院の事は任せます。私はネオン様をこちらのお屋敷へ運びます。後でクルス先生に往診をお願いしていただけますか?」

「承りました」

「隊長の身柄をお守りすることが出来ず、申し訳ございません」

 声の方を見れば、自分の倍はあろうかという男の腕を締め上げているのはあのパーンで、ガラはこちらに向かって深々と頭を下げている。

「ネオン隊長! なんてことっ!」

 そこに、アルジの声が近づいてくる音が聞こえる。

「隊長! すぐにクルス先生の処置を……」

「……駄目……」

 声を出せば、ずきんと体に大きく痛みが走る。

「ネオン様、しゃべられてはいけません、お体に触ります。」

 心配げな顔をし、言い聞かせるようにそう言ってきたデルモに、私は小さく首を振る。

 正直、それだけでも胸が痛い。

 それでも私は声をだした。

「……アルジ、私の事はいいから、戻り、なさい。医療、班として、職務、を全うしなさい」

「ですが!」

 激痛に気を失いそうになるのを何とか必死に耐え、言葉を吐き出す。

「私は、大丈夫、だから……戻りなさい」

「いいえ、私はネオン様の傍に!」

「駄目よ、仕事に、戻りなさい」

 ゆっくりと息を吐いて、何とか言葉にする。

「後で、ちゃんと報告を、して頂戴。それまで、は。皆、クルス先生の指示に従って。この場の全権は、クルス先生に、委ねています。さぁ、いって……」

「でも……でも!」

 私は、残った力を振り絞って息を吸った。

「アルジ! これは隊長命令よ!」

 吐き出す勢いで大きく声を出す

 ズキンッ!

 そのせいで、胸から全身にかけて今までで一番の激しい痛みが走る。

 しかし強く命令で来たお陰か、アルジは今にも泣き出しそうな顔をしながらも、私に深く頭を下げてから、静養室の方へ走っていった。

「……ふ……ぅ……」

「無茶をしすぎです、ネオン様。」

 一つ、何とか息を吐いた私に、デルモは眉を寄せる。

「……このような姿、どのように報告すればいいのですか……」

(……報告……? あぁ、旦那様に、ね。そんな必要はないのに……)

 反論したくても出来ない私に、デルモは険しい顔をした。

「ネオン様、今からお屋敷へ移動します。痛みがあると思いますが、もうしばらく辛抱なさってください。」

 デルモの固い声に何とか頷いた私は、目を閉じるとそのまま意識を手放した。

お読みいただきありがとうございます。

気合のもとになりますので、いいね、評価、ブックマーク等、していただけると大変に嬉しいです!


こういう自己中心的な方は、一般の外来でも意外と多いのです……。

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― 新着の感想 ―
ネオン様も心配だけど、 黄色から容態が悪化しちゃった彼はどうなっちゃうの…??
スペースなしに書き方変わった?読みづらくなってる
ネオンが暴力を受けるなんて思わなかったので驚きました。何時も周りに護衛が居てくれましたからね。 今回はある意味戦場で人員が居なかったとはいえ、女性に暴力振るうなんて身分関係なく駄目でしょう! そして温…
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