12・引き出せ、墓穴のキーワード
旦那様が発した言葉は、ピリピリした空気をさらに緊張させるのには十分だった。
この問題は、もうずっと、こんな感じだったのかもしれないと思い、視線だけを動かして、旦那様の後ろに立つ騎士団の偉い人たちを観察し……やはり、と、確信した。
(あの、歯ぎしりに近い、かみ殺した思いの声は……旦那様以外全員のもの、ね。)
旦那様が怖いから? 恐ろしいから? 臆しているだけ?
いいえ、あの声の噛み殺し方は違う。
彼らは怒っているのだろう。
相手にも、それを物申せない自分にも。
(えぇ、わかるわ。 わかる。 私も怒っているもの。 それは私のしたことを愚かな行動と言われたからではないわ。 ……この馬鹿、傷ついた騎士様たちのことを役に立たない負傷兵って言ったわ!)
この瞬間、前世の私の怒りの拳は、心のゴングを殴りつけた。
(病棟勤務の時に注射箋の指示が切れているから、継続か中止か、指示を出してくださいって言っただけなのに、理不尽なこと言って喚き散らして指示出しを放棄した、研修期を終えたばかりだってのに偉くなったと勘違いしやがった医者を思いだしたわ!)
危うく嫌味の一つや二つ叫びそうになるのを、心の中で10数えてながら息を吸い込んで抑えこむ。
もちろんその後は、旦那様に解りやすいように大きく強く、息を吐き出すわけだが。
「なんだ、何か言いたいことがあるなら言うがいいっ!」
(こんな挑発に引っかかるなんて、ちょろいわ。 辺境伯騎士団長として大丈夫なの?)
なんて心の中で思いながら、頬に手を当て、コテン、と首をかしげて答える。
「いえ。 あまりにも旦那様の問いかけが残念だったので、すこしがっかりしたのですわ。」
「なんだとっ!」
案の定、がっつり食いついてくる旦那様。
(イラッてした? 完全にイラッてしましたね。 奇遇ですね、私もです。 ですのでしっかりと、口撃! させていただきますよ。)
2,3と呼吸を整えていると、視線を感じて目だけ動かす。 その先には神父様がいて、ばっちり目があった。
すぐに目をそらすかと思えば、何故か縋るような視線を送ってきた後小さく会釈してきた。
(今のは何かしら? まぁいいわ。 出来れば、あの神父様が、真に神の御使いで善良であれば、仲間に引き込むめるもの。)
そんなのこと考えてから、一つ、すうっと息を吸い、淑女の笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。
「お言葉ですが旦那様。 役に立たない負傷兵、とは……どういう意味ですの?」
丁寧に返答すると、ますますイラッとした様子の旦那様が口を開く。
「先程も言った通り、ここは夜間勤務の騎士のための兵舎だ。 負傷者には救護室が別にあるはずだ、何故ここに入れたっ!」
(惜しい、もう少し具体的に言って欲しい!)
私が欲しい言葉は、旦那様が本心でそう思っている、しかしはっきりと口にしてしまえば確実に騎士様たちの士気を下げてしまう危険な言葉。
旦那様がベッドで私に言い渡したあの内容や、先ほどの騎士様への言動を考えると、口には出さないけど、今、確実に思っているはずの最低な言葉。
(じゃなかったら、あんな非道な仕打ちなんかできないのよ。)
ふっと、息を吐く。
「先程、他の騎士様から伺いましたが、そのお話から察するに、ここにいらっしゃる傷ついた騎士様たちは、魔獣からこの砦と領民を守るために出陣され、怪我をなさったとか。 いわば名誉の負傷を受けられた英雄ですわよね?」
「だから救護室がある。」
(あの、救護室ね……。)
吐き捨てるように短くそう言い切った旦那様だが、顔にかなりの苛立ちが見て取れる。
(あぁ、旦那様が貴族として未熟でよかった。)
旦那様は辺境伯という事もあり、まだ若く、社交は苦手なのだろう。 貴族の嗜みである情報を引き出す表情のコントロールや話術などの教育を、公爵家に生まれてから追い出されるまでの8年と、嫁入り前の監禁教育地獄の半年しかされていない私でも、勝算はある。
そう分析し終わると、さらににっこりと私は旦那様に向かって微笑んだ。
「救護室、ですか……。 先程そちらの医官様に案内していただき拝見しましたが、ベッドもなく、むき出しの土の上に朽ちた筵を敷き、その上に治療もされず、ただ寝かされているだけの、……そう、王都の貧困層にある修道院よりお粗末な場所でしたわ。 その両方を見た者として、もう一度お伺いします。 領民のため名誉の負傷を受け、苦しむ騎士様がなぜここに寝てはいけませんの?」
「君は頭が弱いのか?」
私の言葉を鼻で笑った旦那様。
(うっっわ! こいつ、シバキ上げてやろうか!)
……カッチーンとキて、流石に現実的に拳を握ってしまった。
イラッとさせるために私もあぁいう言い方をしたが、それに対し、自分の足りない言葉で意味が相手に通じなかった時に、上から目線で相手を小馬鹿にする上司や医者、いたいた!
あー! すごくムカつく! けどまだ、前世と今世で培った笑顔とスルースキルを発動させる。
「確かにそうかもしれませんね。 ですので旦那様。 その足りないわたくしに、ぜひご教授いただけたらと思いますわ? なぜこちらを使ってはいけませんの?」
渾身の、貴族の微笑みを張り付けて、私は旦那様に問う。
「そんなことはわかり切っている。」
はっと、得意げに大きく鼻で笑った旦那様。
「たしかに貴女が言うような名誉の負傷かもしれぬ。 が、騎士たるもの、戦場に出れねば意味が無い。 この先、二度と戦えない無用の者など捨て置き、次も戦える者をすべてにおいて優先する。 公爵令嬢として甘やかされてきた君にはわからぬだろうが、戦いの多いこの辺境では至極当たり前のことだ。」
(よし! クソ発言いただきましたーーっ!)