114・話し合いを裂く襲撃
リ・アクアウムの門をくぐり、ブルー隊長以下騎乗騎士たちが騎士団駐屯基地で分かれた後。私たちが乗る馬車は教会に向けて速度を落として走り続けた。
やがて馬車は止まり、扉が開けられると、踏み台が用意され、ドンティス隊長が先に馬車を降りた。
「では、旦那様、お先に。」
「まて。」
本日の装いはドレスではなく隊服に薄手のケープという動きやすい恰好のため旦那様に声をかけ、一人で馬車を降りようとした私は、旦那様に止められた。
「何か?」
首を傾げて問いかけると、無表情のままの旦那様は先に馬車を降り、私に向かって手を差し出してきた。
(あぁ、エスコートするつもりだったのね。)
「ありがとうございます。」
拒絶するわけにもいかず、にっこり笑って手を借りて降りると、物々しい馬車の物珍しさから集まっていた領民たちのあちらこちらから私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「おや、これは熱烈な歓迎ですな、ネオン隊長。」
「ありがたいことですわ。」
素直に驚き、そして笑顔になったドンティス隊長に頷き、私が笑顔で手を振ると、さらに歓声は大きくなる。
が、いつものように皆が近づいてこないのは……横にいる旦那様のお顔が怖いからだろうか。
「ネオンさま~!」
「あら?」
さらに上がる歓声に手を振り答えていると、聞きなれた可愛い子供たちの声に、私は教会の方を振り返ると、教会の大きな扉がゆっくり開かれた。
「こらこら。皆、お迎えはお行儀よくする約束だっただろう? お待ちしておりました、ネオン様……と、これは、領主様!」
馬車の音と共に歓声が聞こえたため、こちらに私が到着したことがわかったのだろう。
いつもの柔和で優しい笑みを浮かべて司祭様が修道士様、子供たちと共に出てきてくださったのだが、私をエスコートしている旦那様を見、全員が一瞬動きを止め、それから慌てて頭を下げられた。
修道士様たちも子供たちに頭を下げさせている。
「領主様には無礼いたしましたこと、心よりお詫びを……本日はネオン様……いえ、辺境伯夫人の慈善事業の御訪問としか伺っておりませんでしたので」
そんな司祭様を、大変に厳しい顔で見ている旦那様に、子供たちも震えているのが解る。
(……もっと優しいお顔が出来ないのかしら? え? 怒っているの? 何に?)
そんな心配が浮かんでくるほどものすごく厳しい顔をしている旦那様。
仕方がない、と一つ小さく息を吐くと、エスコートのために重なり合っている手を少しだけ握った。
「団長?」
「なんだ」
相変わらず怖いお顔のままの旦那様が、こちらに視線を寄こした。
(怖くない怖くない……いや、美人の怒った顔はやっぱり怖いな。)
そんなことを考えながら、旦那様を見上げると、社交用の微笑みを浮かべた。
「その険しいお顔をおやめください。司祭様や子供達、それに領民たちも怖がっておりますよ」
そんな私を一度、歯を食いしばるようにして強く睨みつけた旦那様は、私の手が乗っているものと反対の空いた手で口元を押さえ、顔をそむけた。
(……あら? 反論なし?)
言い返してこなかった事を不思議に思い旦那様の方を伺いみれば、夕焼け色の綺麗な髪から出ている耳が、ほんのり同じ色になっているのが見えてしまい、しまった、と心の中で舌打ちをする。
(もしかして旦那様の中の変なフラグ建てちゃったかしら?)
意図せず『可愛あざとい系女子が使うと言う上目遣いで見上げてご意見申し上げる胸キュン行動』をしてしまったのだと気付き猛省をする。
(そうだったわ、旦那様に無用な好意を抱かれているんだった……いえ、この身長差ならそうなってもしょうがないでしょ!? これは事故! 事故よ! でもあとでしっかりフラグをへし折っておかなきゃ!)
自分で変なフラグを立ててしまった事を後悔しながら、しかしこれ以上は多分司祭様を威嚇したりはしないだろうと思い、私は司祭様の方を見た。
「司祭様、申し訳ありません。団長は昨夜の魔物の強襲で少し気が立っておいでなのです。みんなも御免なさいね。後で学舎の方に顔を出しますから、皆で待っていてくれるかしら? お土産があるのよ。」
私の言葉に司祭様はやや顔色を取り戻し、子供たちはお土産の言葉に笑顔を取り戻したところで修道士様たちが奥に連れて行ってくれた。
「いつも子供たちを気にかけてくださり本当にありがとうございます。魔物の事はこちらも聞き及んでおります。領民に被害がなかったのは不幸中の幸いでしたな。」
「えぇ、本当にそうですわ」
「しかし辺境伯夫人。本日はバザーの件でのご訪問と伺っておりましたが……」
なぜ旦那様が?と言いたいのだろう。私は笑顔をうかべた。
「それに関しては後で説明させていただきます。時間も限られておりますし、早速話し合いを始めましょう?」
「畏まりました。 ……しかし、いつもの応接室ではその……皆様に入っていただけず……」
司祭様にそう言われ、私はいつもの話し合いに使っていた応接室を思い出して納得した。
あの部屋は六人がけでちょうどいい感じだが、今日はその倍は人がいるのだ。教会側の人間を入れたら三倍になるだろうか。それでは話し合いどころか皆が部屋に入れない。
どうした物かと考えて、私は提案をする。
「では、いつかお借りした食堂はいかがですか?」
「あのような粗末な場所にでございますか!?」
驚かれる司祭様に私は頷く。
「えぇ、結構ですわ。皆様も其れでよろしいですわね?」
振り返りにっこりと笑うと、後ろにいるドンティス隊長以下ぞろぞろついてきたメンバーが頷いた。
「ね、大丈夫なようですわ。」
「さようでございますか……?」
「えぇ、大丈夫よ。案内してくださる?」
「は、はぁ……では、どうぞ、此方です」
困惑したままの司祭様に案内してくれるよう頼み、教会の中に入った私たちは、美しい教会を経て、やや薄暗い廊下を進む。
そんな中。
「ネオン」
旦那様は前を向いたまま私の名を呼んだ。
「どうなさいましたか?」
表向き仲の良い辺境伯夫妻を演じる契約であるため、にっこりと笑顔で答えると、旦那様はなぜか解りやすく眉間にしわを刻み込んだ。
「先程領民や子供が君の事をネオン様と呼んでいたが?」
(何を言われるかと思ったら、そんなこと?)
拍子抜けし、素直に頷く。
「はい。辺境伯夫人、と呼ばれるのは苦手ですので、特に交流が深い方にはそのようにお願いしております。あぁ、でもそういえば最近は領民の皆様もそう呼んでくれますね。」
思い返せば鈴蘭祭以降、公式な形でリ・アクアウムに入る時には、領主夫人、辺境伯夫人ではなくネオン様と呼ばれることが多くなった。
(みんなに受け入れてもらえているのだと嬉しいわ。)
笑顔で手を振ってくれる領民や子供達を思い出し、胸に暖かなものを感じながらそう答えると、何故か旦那様は睨みつけるようにこちらを見てきた。
「その様な呼び方は、領主夫人として示しが付かないのではないのか?」
(示し?)
旦那様の言う示しというのもがわからず、私は首を傾げた。
「示し、ですか? 他の領地でも、親しみを持ち令嬢などが『姫様』『お嬢様』それに名前で呼ばれることはございますわ。ましてやここは領民と距離が近い辺境の地です。何か障害になりますでしょうか」
そういえば、わはは、とドンティス隊長が後ろから笑った。
「それは、ネオン隊長が領民から慕われているという証ですよ。よろしい事ではありませんか。ご存じですかな? 市場で隊長の絵姿などが出ると、飛ぶように売れているそうですよ。」
「え? そんなことが? 恥ずかしい……えぇでも、光栄なことですわ」
絵姿の販売など正直、初耳でびっくりしてしまったが、ドンティス隊長の言葉で旦那様は黙り込んでくれたし、他者の目から見ても慕われていると言うのは有難いとおもい笑みを深めると、そんな私と団長の反応にドンティス隊長は笑う。
「団長、領民が奥方様をお名前で呼んでいるからと悋気を起こされませんように。領主が領民に親しまれ愛されることは大変良い事です。先の奥様もそうでした。しかしこの短期間でこのように領民の心を得るとは、良き伴侶を得られましたな」
「……あぁ。」
(いや、悋気って嫉妬の事よね? 旦那様が領民に? そんな好意を向けられても迷惑なだけなのに……。さっさと話し合いを終えて、子供たちの所へ行きましょう)
いつもよりやや低い声でそれだけ言った旦那様だが、私はドンティス隊長の言葉の意味を考えてうんざりしながら足を進めた。
司祭様、バザーの運営を担う役割の神父様、修道士様、そして私達辺境伯家と騎士団側の人間が集まったため大層大人数になってしまった話し合いの場となった食堂に到着すると、司祭様は深く頭を下げてから、私たちを席へと促した。
「この度は……このような粗末な場所に領主様ご夫妻をお招きする形になり、誠に申し訳なく……」
「良いと言ったのは私です。そもそも悪いのは事前にお約束していたよりずっと大人数で押しかけてしまったこちらですもの。お気遣いなさいませんように。そうですよね、旦那様」
「……あぁ。」
大変恐縮している司祭様に対し、誰も文句が言えぬよう、私がそう言って微笑むと、旦那様を誘導してから、デルモに椅子を引かれ席に着く。
すると旦那様が一つため息をついて椅子につき、それに倣うようにドンティス隊長、そして彼らの補佐官達も、わずかではあるが戸惑いの表情を浮かべながらも頷き合いながら質素で硬い木の椅子に座った。
一切戸惑うことなく席に着いたのは、普段から共に行動しているデルモ、ガラ、そして前回会計をしてくれたために状況が解っている文官、そして何故か新隊員であるパーンである。
皆が席に着いたところで、私がパン、と手を一つ叩く。
「では、時間ももったいないことですから、始めましょう。まずは今回の運営会議から会計係を引きつぐ新メンバーを紹介しますね。辺境伯騎士団第九番隊のパーンですわ」
「パーンと申します。皆様、ご指導よろしくお願いいたします」
「皆様お見知りおきを。それでは、第二回となるバザーの販売物の確認から始めましょう」
こうしてバザー運営会議は始まった。
話し合いは滞りなく行われた。
子供達や修道士様たちの作る品目は、前回同様にパウンドケーキ・ブランデーケーキ・それから新規にフルーツのはいったパウンドケーキをだし、作成小物は夏から秋にかけてのハンカチ、薄手のショール、それと、現在女神の治療院からほど近い中通りの廃屋を改装して作っている蒸気風呂で着てもらう薄手で被るだけの簡単な湯浴み着、蒸気風呂用の布の帽子、そして、此方で見つけたオリーブの様な木の果実を絞って取り出した油と木灰、そしてハーブティ用の薬草を刻んだ際に出る残りカスを使って作るハーブ石鹸となった。
「いやはや、領民の皮膚病と疫病対策に、共同の蒸気風呂をつくるとは、考え付きませんでしたな。しかもバザーでそれらに使う道具をお売りになるとは。奥様は商才までおありになる」
「誉め言葉としてとらえておきますわ」
「勿論ですとも」
ドンティス隊長が感心しながら読んでいる草案の補足をする。
「昔読んだ書物にこのようなものがありましたの。平民であれば各家に風呂がある事はありませんから、男女を分けた共同風呂として用意しました。これに関しては、マイシン先生のお陰ですわ」
「農作業などの後、まずは良質な石鹸で体を洗い、その後蒸気風呂で汗をかき、汗を流して清潔にする、ですか」
「えぇ。これで庶民の中にはやっている皮膚病が治るといいのですけれど。」
「風呂代も安いですな。庶民に手が届きやすい。そしてこの風呂代を清掃警備に従事する者の雇用費に充てる、と」
「えぇ。傷を負い、重作業が出来ない方がこの辺境には多くいらっしゃいますから……雇用に関しては、男女別ではありますが、この建物は風呂に入ると言う大変無防備な姿になる場所です。そのため想定されるさまざまな無用の小競り合いを起こさないよう監視する役割もあり、必ず身元調査は必要です。元騎士の方であれば適任でしょう? 女性風呂に関しては、女性の職員を雇おうと思っていますが。」
「なるほど。これは騎士団内にも作りたいですな、団長。我らも体験してみたいです」
「……あぁ、そうだな。よく考えられている……いいだろう。シノ、任せる。ネオンとよく話を詰めるといい」
「畏まりました。ネオン隊長、そういう事ですので、存分に英知をお借りしますぞ」
「恐縮ですわ。ですが、出来る限りのお手伝いは致します」
ドンティス隊長の問いかけに、旦那様は相変わらず難しい顔をしたままだが了承を得られたため、私は安堵した。
(よかった。これで後々知らなかったと文句を言われずに済むわ。それに、騎士団内にも蒸気風呂を設置できるようになった。旦那様は、益のある事にはこうして柔軟に対応してくれるのよね……残念な思考さえしなければ良い領主だと皆に慕われるのに……)
ちらりと旦那様を見てから、視線を草案に戻して話を続ける。
「ここまでの話は団長も了承とのことで、後程書類を作成し提出いたします。それでは次、バザーで行われる騎士体験の開催と、騎士団の調理班による屋台についてですが……」
新規のバザーの品目となる騎士体験や、客寄せ用の屋台の話に差し掛かった時だった。
「失礼いたします! 団長! 伝令です!」
教会内には場違いな。金属がぶつかり合う重い足音と共に、食堂の木の扉は開かれ、皆がそちらを見た。
「リ・アクアウム近隣で魔物が発生しました!」
息を切らせた騎士の言葉に、旦那様とドンティス隊長が立ちあがる。
「どの辺りだ!」
旦那様の声に、背筋を伸ばした騎士は叫ぶ。
「リ・アクアウムから西に500メートル先の農耕地です。農作業中の領民数名が負傷! リ・アクアウム警護隊がすでに出発しました!」
「「「っ!」」」
皆が息をのんでそれを聞いた。
「いまこちらへ来ているチェリーバに向かわせよ! 私も駐屯地へ向かう! シノ、ついて来い。以後、情報はそちらへ! ネオン、君たちはここで話し合いを……」
「いいえっ!」
立ち上がった私は、旦那様へ叫ぶ。
「負傷者はこちらへ任せてください!」
「何を言っている! 君は……」
旦那様が私を見、叫ぶ中、私は旦那様を見、叫ぶ。
「私は辺境伯騎士団医療隊の隊長ですわ! 傷病者に対しては私の指揮に従っていただきます、そのための医療隊なのです! 傷病者は女神の医療院へ運んでください! 旦那様、いえ、団長もそれは了承済のはずです!」
「……足手まといになるな、そうなった場合はその時点でお前を隊長位から退ける!」
「結構ですわっ!」
私の声に、旦那様は大きく舌打ちすると踵を返して食堂から出て行くのを見ながら、私は司祭様に頭を下げてから、すでに同じく立ち上がったガラの方を見た。
「ガラ、医療院へ連絡を。医療院には保全員として看護班二人と物資班二名を残し、女神の医療院へ集まるように伝令鳥を使って伝えてちょうだい! 後の話し合いはデルモに任せるわ、お願いね」
「はっ!」
「「畏まりました。」」
それぞれに後をお願いした私は、そのまま食堂を出てマイシン先生の待つ医療院へと足を速めた。
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