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閑話・愛と感謝を伝える日

いつもお読みいただきありがとうございます。

バレンタインデーでしたので、作者より読者の皆様へ愛を込めて!

番外編を掲載させていただきます。



時系列的には、現在のお話から半年後……なので未来の話になるのですが、本編には全く! 関係ありません(ちょっとだけ矛盾していても、番外編だし! と、お読みください。本来ならこんな悠長な時期ではありません……)。


どうぞ気を抜いて、楽にお読みくださると嬉しいです。

「明日は朝から夕方まで、誰も離れに来ないで頂戴。起床の手伝いも食事の用意も必要ないから、夕方までは全員離れに来ないで頂戴。これは命令よ」


夕食後のお茶の時間に突然発せられた離れの主人であるネオンのその発言は、モルファ辺境伯家の離れ専属の使用人たちにとって、まさに青天の霹靂であった。




そして翌朝。


モルファ辺境伯邸の一角には、キノコでも生えるのではないか思われるほど、涙でじめじめと湿った一角があった。


前夜に発せられたネオンのたった一言の破壊力はそれほどまでに抜群だった。


元々の契約に加え、これまでのやらかしから離れへの出入りを完全に拒否されている本宅使用人とは違い、領民からも騎士団からも厚い信頼と支持を受けるネオン個人から信頼を得、少数精鋭ながら離れに勤務し、名を呼ぶことを許されていることを心から誇りに思っている圧倒的強火担……ではなく、忠誠心の塊のような使用人たちだ。


そのショックはいかほどか……は、想像するに余りある。


ネオンの最初の理解者であった庭師のモリマとメイドのアナカ、今は職場の片腕アルジを筆頭に、ネオンを旦那様から死守し隊と自ら名乗る専従使用人達は、モリマが存分に手をかけているネオン専用温室に集まり、ただ涙に暮れている。


もしかして解雇されるのでは?


いや、ネオン様に限ってそんなことはない。


あの命令を出す直前まで、いや、何ならその命令を出した時も、ネオン様はにこにこと笑顔でいつも通りだったではないか。


皆それぞれ、心中の不安を口にし、慰め合っている。


阿鼻叫喚と言って遜色ないネオンの温室からは離れが見えるため、皆、伺うようにしっかりとカーテンが閉められた窓を見、再び目元を拭う。


なんの動きもない離れを、皆が静かに見守るだけの時間。


煙突から煙が出ていることから、ネオンが暖炉に火をいれている事だけは解るのだが、皆は我慢の限界だった。


「嬢ちゃまは一体、何をしておいでなのだろうか……。楽しみにされていた花が綺麗に咲いたから、是非見ていただきたいのだがなぁ……。」


離れの方をチラチラと見、落ち着かない様子で花の手入れしながらモリマは溜息まじりにそう言った。


「ネオン様、ちゃんとお食事をとられたのかしら……? 近頃、また食が細くなっておいでだから、今日のお休みにはゆっくりしていただいて、体に良い、温かで滋養のあるものをたくさんご用意するつもりだったのに……」


ネオンはいいと言ったのだが、主人と同じ椅子には座れないと言った皆のために用意された、使用人専用のガーデンベンチに座り、アナカが両の手を胸元で握りしめながら泣きだしそうな顔をする。


「あぁ、ネオン様。心配だわ、ひもじい思いをしていらっしゃらないかしら? 本を読みだしたりなされると、集中して何時間も飲まず食わずになってしまわれるから……。」


「それを言うなら、寒い思いをなさっていないかも心配です。こちらが王都よりも暖かいからと、薄着で過ごしてしまわれるのです……もともと手足が冷えてしまいやすい質でいらっしゃるから特に……薬湯をお持ちして差し上げたい……。」


アナカの隣に座りその背を擦るリシアもまた、折に触れて離れを眺めては、刺繍入りの手巾を当てている。


「隊長……いえ、ネオン様ったら。いつもお忙しくしていらっしゃるのだから、お休みの日くらい皆に甘やかされてくれればよいのに……私、今日の日のためにネオン様が食べたいと言っていた、市井で流行の菓子を買ってきたんですよ。」


とどめとばかりに、今日のために用意した菓子の入った籠を潰さないように抱えながら、情けない顔をしてぼやいたアルジと、うんうんと頷くそのほかの使用人。


「皆がそのような調子だからではないですか?」


そんな使用人たちの中で、一人、深い溜息と共に異を唱える者が現れた。


「なにがですか? こんなにみんな心配しているのに!」


「そうですよ、デルモさん! ネオン様が心配ではないのですか?」


一斉に非難を始めた使用人たちを横目に、かけていた眼鏡をなおして、デルモは眉間にしっかり皺を寄せると口を開いた。


「ネオン様の事は心配です。心配に決まっているではありませんか。しかし、ネオン様の立場で考えてみなさい。皆がそうしてネオン様に対して過剰に過保護に接するからこそ、ネオン様はお一人になりたかった可能性もあるのではないか、と。」


それには、アルジが唇を尖らせた。


「そんなことありません。たしかにネオン様が心配なのは否定しませんが、そこまで過保護にはしておりません!」


「十分に過保護でしょう? 現に皆さん、休んでいいと言われているのに離れに近い温室に集まり、ネオン様の身を案じながら、こうしてこっそり様子をうかがっているではありませんか。」


「それは……その……。」


その一言に、全員が顔を見合わせ、それから静かに項垂れる。


そんな中で、花殻をパチンと切りながらモリマがため息をついた。


「嬢ちゃまは……わしらが嫌いになったのかのぉ……。」


「そんなことありません! ネオン様はモリマさんと、モリマさんの育てたお花のお陰で、お元気になられ、私たちにも笑顔を見せてくださるようになったんですよっ! そんなっ、嫌いだなんて……」


モリマに声を掛けながらも、涙声になり始めたアルジ。


そんなアルジの肩を抱いてよしよしと慰めるアナカとリシア。そして深~い溜息をついたデルモ。


「皆さん、あまりにも悲観な方向に飛躍しすぎです。……皆知っての通り、ネオン様は市井にお育ちで、生粋の貴族とは少し違います。しかしこの辺境伯家に来てからは、その身分とお役目から、ネオン様のお傍に常に誰かがいる……もしかしたら、息抜きがしたかったのかもしれませんよ? 我々は仕える側の人間ですが、逆に、寝るとき以外は常に誰かがいる生活など、皆、想像がつかないでしょう?」


そう言われればそうだと、皆は顔を見合わせ、それから深い溜息をつく。


「……解散するか……。」


「それがいいかと。そもそも我々の休みは夕方までと決められていたのですから、夕餐や湯あみの準備の時間になれば、また誠心誠意お仕えすればいい。」


やや落ち込んだ様子のモリマの背を優しく叩きながら、諭すようにそう言ったデルモの言葉に、皆が納得して席を立った時だった。


「あら? みんな、お休みなのに温室で何をしているの?」


「「「「ネオン様!?」」」」


淡い小花柄の厚手のワンピースに手編みのショールを羽織り、いつもなら結い上げられている綺麗な髪を簡単に一つ結びにしたままの、いつもよりぐっと幼い姿で現れたネオンに、皆は声を上げ、それからお互い、顔を見合わせたり視線を逸らしたりして挙動不審になった。


そんなみんなの様子を見たネオンは、何かを悟ったようにひとつ大きくため息をつくと、少し眉を下げて笑った。


「もう、本当に仕方ないんだから……。夕方までには時間が早いけれど……いいわ、皆、このまま離れに来てくれる? あぁ、でもその前に。モリマ、ラナンキュラスの小さなブーケを4つ作ってくれる? 出来れば、ピンクの色でまとめてくれると嬉しいのだけれど。」


これくらいのものね、と、手で大きさを示すと、モリマは嬉しそうに頷いた。


「ではピンクと、嬢ちゃまのお好きな色を使って、すぐにおつくりしましょう。」


「ふふ、嬉しいわ。」


にっこりと笑ったネオンは、モリマからブーケを受け取ると、皆に30分後に離れに来て頂戴、と言って温室を出て行った。


残された皆はそれぞれ顔を見合わせて、それから、今まで生きてきた中で2番目か3番目に長い30分をそわそわと落ち着かない様子で過ごした後、連れ立って離れに向かった。


使用人専用の扉から中に入ると、ちょうどサロンから出て来たネオンは皆を見つけてにこりと笑った。


「時間ピッタリね。さぁ、どうぞ、入って。ちょうど準備が出来上がったところよ。」


ネオンの後ろを、ちょっと気まずげにおずおずと歩く使用人一同は、さぁどうぞ、と、サロンへの扉を開けて皆が中に入るのを促すネオンに、きっちり腰を曲げて挨拶をしてから中に入り……そして、皆一様に、目玉が落ちそうなほど真ん丸に見開いた。


「ネオン様、これは……。」


「いつもお世話になっているから、お礼を兼ねてお茶会をしようと思ったの。」


皆を代表して問うたデルモに対し、ネオンは穏やかに笑った


サロンの中央には、丸いテーブルが4つ並べられており、その上には先ほど作らせたブーケと、ネオンが考案した可憐な造りの4段の『ケーキスタンド』が置かれている。


ケーキスタンドの上には所狭しと一口サイズのサンドイッチやパイ、ケーキにクッキーなどが並べられ、その周りに人数分の席が用意されていた。


「さ、皆、席についてちょうだい。 ナフキンを見れば、何処に座ればいいかわかるわ。」


ネオンの言葉に皆がテーブルに近づけば、そこにはそれぞれの名前と小さな花が刺繍されたナフキンが敷かれていた。


「さぁさ、皆、座って頂戴。主人より先に、とか、主人と同じ席に、なんて言わないで頂戴ね。これは命令よ。」


そう言って、呆然としている全員を椅子に座らせたネオンは、茶器を用意したセービングカートを引き寄せると、その上で丁寧にお茶を淹れ、それぞれの前に置いて行く。


「ネオン様、これは……?」


主人の手で紅茶を出されたことで、ようやくはっとした顔をしたデルモの問いに、ネオンは自分用の紅茶を持って席に着くと、にっこりと笑った。


「今日はね、皆にお礼を言いたかったの。」


「お礼、ですか?」


首を傾げながら問いかけたアナカに、ネオンは頷く。


「えぇ、そう。私がこの辺境伯領に来て、早いもので一年がたったわ。もっと寂しい生活になるかと思ったけれど、皆のお陰でとても楽しく幸せに暮らせているわ。だからそのお礼なの。」


ふふっと笑ったネオンは、皆の顔を見て笑う。


「今日は香雪蘭月の14日。私が知っている世界では、『大切な人に愛と感謝を伝える日』だったの。だから私は、ここで私を守ってくれる皆に、感謝を伝えたかったのよ。」


そう言って笑えば、皆は大きく開いた目を涙で潤ませ、ネオンの名を呼ぶ。


そんな様子を見ていたネオンは、ふふっと笑った。


「皆、いつも私を支えてくれてありがとう。とても、そう、心から感謝しているわ。このお料理は朝から頑張って作ったの……料理長のお料理程美味しくないかもしれないけれど、たくさん食べて頂戴ね。」


「「「「はい!」」」」


涙を浮かべ、茶を飲み、料理を食べ始めた皆に、ネオンは満足そうに微笑んだ。


それから日が暮れるまでの間、離れでは主従の垣根を越え、皆で穏やかに時間を過ごしたのである。




『おまけ。』


「皆さん、この焼き菓子、かなり特別で、とんでもなく美味しいですよ。だから心から! 感謝して! 食べてくださいね!」


「……はぁ?」


翌日、ネオン不在の医療院では、大きな籠を持ったアルジが隊員全員にきっちりはっきり念を押しながら片手に乗るサイズの焼き菓子の包みを配って歩いていた。


首を傾げながら受け取った隊員たちは、包装を開けて口に入れる。


「うん、美味いな。」


「あ、これ旨い。ちょっと甘すぎるけど。」


「俺、甘いもの苦手なんだけど……」


「まじで? 屋台で売ってるのより美味いけど?」


「う~ん、俺には甘すぎるかな? 一個でいいや、お前やるよ。」


「あ、俺欲しい。」


「俺も。妹に持って帰ってやろう。」


「じゃあ俺のもやるよ。」


等とやり取りを始めた隊員たち。


菓子を配り終え、そんなやり取りがひと段落するのを待って、アルジは自分の分であろう二回り大きな包みを開け、花の形のクッキーを手にして少し大きな声で言った。


「皆のために、日ごろの感謝を込めてってネオン隊長が自ら作ったクッキー。おいしそう~。頂きま~す!」


ぱく、さくさくさく、ごっくん。


「ん~、美味しい! ネオン隊長の愛情を感じる~!」


 頬に手を当て、嬉しそうに笑ったアルジに、皆が手に持っている、または他者に渡したクッキーを見……。


「ごめん! やっぱり返して!」


「いや、むり! お前いらないって言ったじゃん!」


「隊長のお手製だなんて聞いてない! 俺は食う!」


「うまい~~~! 隊長、最高です!」


「あ! 馬鹿! 俺の分まで食うなよっ! 返せ!」


「お前、さっきいらないって言っただろ!」


「ネオン隊長のクッキーだぞ!? やるわけねぇだろ!」


と、業務日誌には書かれなかったものの、のちに騒ぎが5番隊隊長の耳に入り、そこから医療隊はもちろん、他の隊の隊員、さらには団長、副団長まで出張って始まった、ネオン隊長ご謹製焼き菓子争奪大腕相撲大会、通称『ネオン隊長争奪事変』として、語り継がれる騎士団の珍事件になったのは……今はまだ、誰も知る由がないのである。


お読みいただきありがとうございます。

少々趣旨は違ってしまいましたが、(しかも時間が遅いですが)バレンタインのお話、いかがだったでしょうか……?


よろしければ、作者&登場人物にチョコレートのつもりで

いいね、評価、ブックマーク、ご感想いただけると嬉しいです!


気温差や花粉、心の揺れる情報など多いですが、どうぞ皆様、ご自愛ください。

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― 新着の感想 ―
いやいや、他の隊の奴らが来るのはおかしいってw 日頃の感謝なのになんであんたらが貰いにくんねんw
アルジたちの不安で悲しい気持ちの表現が秀逸で、読んでて悲しい気持ちになりました。 サプライズは良いものとされてますが、最近は駄目みたいですね。 例えば、旦那さまは奥様の誕生日の一ヶ月前に、相談するべ…
[良い点] いつも楽しく読んでます! アルジさん恐ろしい子(笑) わざと配ってから誰の手作りか伝えるなんて!
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