103・ベラ隊長よりの、申し出
執務室に戻り、ベラ隊長と補佐官の方にソファを勧め、私は用意してあるティーセットを使用し、魔道具を使ってお湯を沸かすと、今日は女性が相手という事で、いつもの隊長相手の紅茶ではなく、趣向を変えた茶葉の入った容器を手に取った。
「どうぞ、ベラ隊長。補佐官の方も、お疲れでしょう? どうぞ席にお着きになってください。」
「いえ、結構でございます。」
ソファ(お客様なのにやはり下座)に座ったベラ隊長にお茶を出し、その隣に補佐官の分のお茶も置いて、私は声をかけたのだが、長身の彼は、至極真面目な顔をして、全力で固辞してきた。
「私はただの記録係の補佐官です。上官と同じ席に着くなどありえません。まして貴女様は辺境伯夫人、騎士団長の奥様でいらっしゃいます。そのような方と席を同じにするなど、絶対にありえません。」
(そんなに全力で拒否しなくても……。真面目なのね。)
今でこそ、看護班も物資班も隣に出来た食堂に食事を食べに移動しているが、医療院設立当初は、私とアルジ、そして物資班は昼食が出してもらえずここで食事を食べていた。もちろん最初は皆遠慮していたが、一度一緒に食事をすればそんなものは吹き飛び、看護班も揃って、何ならリハビリ中の患者も巻き込んで、皆で和やかに一緒にテーブルを囲んだこともある。
なので、久しぶりに全力の拒否をされて、ちょっとだけ心がシュンとなるが、そこは顔に出さずに笑顔を浮かべた。
「本日は執務でこちらへ視察でいらっしゃっているのですよね? でしたらその点はお気遣いなく。それに、ずっと立って記録なさっていたのですからお疲れでしょう? どうぞ、お茶も用意してしまいましたし、お座りくださいませ。」
にこやかに微笑んで勧めると、一瞬躊躇した彼は、それでもきゅっと口を真一文字に結んで私に頭を下げた。
「いや、しかしそう言うわけにはまいりません。」
そんな私と彼の押し問答になりそうなやり取りに、助け舟を出してくれたのはベラ隊長だった。
「隊長自らこう言ってくださっているのだ、今日のところはお言葉に甘えるといい。」
「ベラ隊長もこう言われていますし、どうぞ。」
「……はっ。それでは、失礼いたします。」
ベラ隊長の許しに追従する形で私がもう一度勧めると、生真面目な補佐官はきちっと90度腰を折って礼を言ったうえで、お茶と菓子を用意した席に座ってくれた。
そんな様子を見守っていたベラ隊長は、彼がきちっと座ったところで、彼より先にティーカップを手に取って笑った。
「ネオン隊長自ら淹れてくださるなんて、光栄です。部下にもお気遣いくださり、ありがとうございます。」
「そのように大袈裟なものではありませんわ。さぁ、どうぞ遠慮なく召し上がってください。まずはそのまま、二口めからはお好みで甘みを足すときには、こちらの蜂蜜をお使いください。お菓子も美味しいのでどうぞ。」
お二人とはテーブルを挟んで反対側のソファに座り、努めて穏やかにそう言った私は、お二人に勧めた後、自らもティーカップを手に取り、ゆっくりと口に含んだ。
(うん、美味しく淹れられたわ。)
少し青臭さはあるが、甘酸っぱく爽やかな香りと味に、思った以上に上手に淹れられたことに安堵しながらお二人を見ると、まずは一口飲み、その後、目の前にある黄金色の蜂蜜を垂らして飲み、びっくりしたような顔をした。
「これは美味しい! 爽やかな甘みと酸味は味わった事がありません。随分と変わった風味のお茶ですね。濃く澄んだ紅の色も美しく、蜂蜜を入れて飲むことで、まさに花を味わっているかのごとく、味に華やかさとまろやかさが出る。本当に美味しいです。このお茶はどのようなものなのですか?」
銅貨色の綺麗な瞳をキラキラとさせて率直な感想を述べつつ、カップを傾けるベラ隊長に、私は自然と笑みがこぼれた。
「そのようにおほめ頂き光栄ですわ。こちらは南方辺境伯リ・アクアウム領にて現在育てているハーブだけを使って作った、ブレンド・ハーブティーです。」
私の言葉に、ベラ隊長が首を傾げた。
「ブレンド・ハーブティーですか?」
「はい。現在流通しているハーブティーは、基本の紅茶の茶葉に、薬草を一種類混ぜる物ですが、こちらは薬効に応じて数種類の薬草、今日のお茶は、美肌とリラックス、それに解毒の効果を持つ薬草だけを数種類合わせ作っているものです。」
「美肌とリラックス、それに解毒ですか?」
「えぇ。薬草とは、同国内でも地方によってかなり種類と特色が多岐にわたって存在します。お医者様はそれらを長年の勘と経験から組み合わせ、薬として処方するのはベラ隊長も御存じのとおりですが、実は一つの薬草に一つの効果、というわけではありません。一つの薬草でも多くの薬効を持つ物もございます。代表的なものとしては、頭痛を緩和させるもの、咳を抑えるものや、怪我の治りを早くするものでしょうか。そしてそれらは同時に、美肌を保つもの、女性の血の道を整えるもの、荒ぶる気持ちを整えるものなど、複数の効果を併せ持つのです。私はその薬効に注目し、お医者様が調薬して作る薬の様に強くなくとも、日々健康に気を付け、健康に暮らすための体質改善のお茶として、美味しく飲めるよう、医療院にお勤めなさっているクルス先生と共に考えたのです。今日はその中の一つをお出ししました、女性が追い求める美を手にする手助けをしてくれるハーブティですわ。」
私の説明にひどく驚いたようにベラ隊長は目をまん丸くすると、それからティーカップの中のお茶を覗き込み、再び私を見た。
「なるほど、辺境伯領リ・アクアウムの周囲には、以前にはなかった香り立ちの良い草原が続いておりましたが、あれがハーブ畑でしたか。大変に興味深い……許されるのであれば、他にどのようなものがあるがお教え願いたいのですが。」
それには、私は少し考えた。
ブランデーケーキなどを販売するにあたり、私はこの国の商売に関する法律について、執事のデルモと共に学んでいた。
それで分かったことは、我が国にははっきりとした著作権はないが、商標登録に近いものがあるという事だ。
そこで私は、こちらで作った仕事用リフト、病衣、スクラブなどの医療院に関することから、ブランデーケーキやフルーツケーキ、そして米から作る米粉を作成する方法などの全ての知識技術に関しての権利をしっかりと主張・保持するため、『ショコラグラミィ』という名の小商会をアルジを商会長、私をパトロンとして立ち上げ、商人ギルドに登録した。これにより、他者がそれ等で何かを作り、商売をしたいと考えた際は、考案し権利を持つアルジ(私)と使用料などを厳密に取り決めた契約を結ばなくてはならなくなった。もしそれを無視して模倣品を作り販売すれば、国の法律に則って、よくて犯罪分×500%の損害賠償、悪質だと認められた場合には、裁判所に召喚され、それ相応の刑を受けさせることが出来るようになった。
前世で言うところの知的財産の保護がなされたという事だが、逆に言えば、私がここで安易に製造方法などを教えたことで、今後(そんなことはしないだろうが)ベラ隊長が模倣品を売ったとしても、私が技術を教えた=模倣を許したと裁判で思われる可能性も出てくるのだ。
したがって、この場合は一体何処まで話をしてよいか悩んだのだ。
(安易にすべてを教えては駄目ね。でも何も言えないと突っぱねるのは、初対面とはいえ同家門の相手に薄情すぎると思われるか……)
ちらりとベラ隊長を見る。
(いいえ、彼女は宮廷貴族との付き合いがある……彼女自身、ちゃんと「許されるならば」と言ったのだし、きっと商売での機密事案も理解があるはず。一言断りを入れたうえで、簡単に商品の紹介とその効能だけお話しましょう。)
うん、と方針を決めた私は、にこりと微笑んだ。
「申し訳ございません。これらの茶葉については材料やその配合に関してはお答えできかねます。種類と効能の説明だけでもよろしいですか?」
その言葉に、彼女は僅かにも不快を示さず、笑顔で頷いた。
「えぇ、もちろんです。効能の説明だけでもありがたいです。」
そう言ってくれたベラ隊長に、私はほっとしながら簡単に説明した。
今回使用した物の他に用意している物は、勉学や執務の際にすっきりと眠気を覚まし集中力を高めるもの、落ち込んだ気持ちを穏やかにし安眠を促すもの、消化を助け食欲を増進させるもの、逆に腹を膨らませ痩身の手助けをするものなど。要は前世のハーブティーの応用だ。
(先輩がハーブティーやアロマに一時期どっぷり嵌って、夜勤の度にうんちくを聞かされて、試飲と称した練習台になって、たくさん飲まされたから知識があってよかったわ。)
ありがたや~と心の中で手を合わせながら、それらを大まかに説明すると、彼女はじっと自分の手の中のカップを見つめ、それから顔を上げた。
「ネオン隊長、今のお話を伺っていると、これは販売前の商品という事ですよね……。大変ぶしつけな質問で申し訳ないのですが、こちらはどちらから購入できるのでしょうか?」
真剣な表情で聞いてくるベラ隊長に、私は少し困ったように笑った。
「これらはまだ試作品の段階ですので、販売時期が明確に決まっているわけではございません。が、年内にはリ・アクアウムの教会で行われるバザーで販売する予定ですわ。」
そう答えると、ベラ隊長は考えた風にカップの中を見つめてから、顔を上げた。
「バザーとは、先日、鈴蘭祭で行われたと言われる教会での慈善事業ですね。」
えぇ、と頷く。
「さようです。ですが、ベラ隊長は王都にお住まいですのによくご存じですのね。」
まだ一回しか開催されていないそれが王都で話に上るわけもない。どうやって知ったのか不思議に思って聞いてみると、彼女はやや遠慮がちに話をしてくれた。
「はい。ポーリィ姉様……いえ、カルヴァ侯爵夫人から聞き及んでおります。それと、鈴蘭祭の時期に丁度こちらに観光に来ていた伯爵夫妻が偶然知ったとかで、いたく感激し、王都でのお茶会でお話をされたようなのです。ですので、少し話題になり始めているのですよ。」
「話題、ですか?」
「はい。伯爵夫人は、南方辺境伯夫人の肝いりの慈善事業として、教会を重点に、領民のための無料の医療院、孤児院と併設された子供たちの学舎の運営のため、孤児たちや教会に所属する修道士達の作ったとても珍しく美味な菓子や、教会の教えを縫い取った素晴らしい布小物を販売するバザーなる物が行われていたと話をしていました。
茶会の席では、他の御婦人方が、それは寄付するだけでは駄目なのかという話になっておりまして。正直、わたしもそう考えていたのですが、こちらに帰ってきてカルヴァ侯爵夫人から『ネオン隊長は、バザーなる手法を取る事で、子供たちに読み書きや商いの仕組み、交渉の方法を実地で教え、彼らが将来社会に出た時、騙されたり困ったりすることのないようにするための手法だった』と聞かされ、自身の軽率な考えを反省し、隊長の先見の明に感服した次第なのです。」
真剣な表情でそう言ったベラ隊長に、私はなんだか気恥ずかしく、苦笑してしまった。
「まぁ、随分と大袈裟に評価されてしまいましたね。しかし、そのような大事ではございませんわ。カルヴァ侯爵夫人からお話を聞かれたのであればご存じかと思いますが、全てはこの騎士団の負傷兵のために看護できる場……医療院を作るため、旦那様に苦言を呈したところから始まった、いわば方便の産物なのです。旦那様へ啖呵を切った以上、しっかりとしなければならなかった、そのために思い付きを行動したことがたまたまうまく行った、ただそれだけの事です。」
「それだけが、難しいのだと思います。そしてそれを成し遂げられたネオン隊長は、素晴らしい方だと感服いたします。そう、まさに辺境伯夫人に相応しい……。」
首を振ったベラ隊長は、静かにお茶を飲むと、一度、ティーカップを置き、正面から私を見据えた。
「先日、モルファ辺境伯家へも伺いました。」
「えぇ、存じ上げております。不在にしており申し訳ございません。」
「いいえ、不躾にも先ぶれもなく訪問した私が悪いのです。申し訳ございません。」
静かに頭を下げたベラ隊長は、そのまま、次の言葉を口にした。
「団長……辺境伯当主を筆頭に、辺境伯家の多くの使用人が奥様に行った無礼の数々、幼い頃から知るものとして、心よりお詫び申し上げます。また、カルヴァ侯爵夫人も同様に奥様に失礼なことを申し上げたとのこと……大変申し訳ございません。」
その言葉にわずかに息を吐き、私は口の端を上げた。
「同門とはいえ、王都でお暮しになっているベラ隊長が謝罪なさるような事ではございません。逆に私の扱いについて、王都でベラ隊長がこの事で煩わしいことを抱えていらっしゃらないか心配しておりましたわ。」
「それは……。いえ、大丈夫ですよ。」
穏やかそうに、しかしややひきつった口元に私は気が付いた。
「もし、養父がご迷惑をおかけしておりましたら、お詫び申し上げます。」
「いえ、いいえ。そのようなことは決してありません。それに、もし何かあったとしても、それはラスボラの問題です。」
「やはり何かおありでしたのね。申し訳ありません。」
その物言いにやはりと感じ、眉根をわざと下げて笑った私に、ベラ隊長ははっとした表情で顔を上げ、それから項垂れるように頭を下げた。
「……まだ未熟で申し訳ございません。」
「いいえ、そんなことはありませんわ。ベラ隊長は、実直な方でいらっしゃるのですね。」
(ほら、私、今見た目は可愛い19歳だけど、中身はアラフォーどころかアラフィフの頃の記憶もあるからね? 何なら女だらけの意地の張り合いの職場に30年近くいたから、場数がね。)
なんて思いながら笑うと、そんな私を見ていたベラ隊長は、補佐官に席を外させ、私に向かい、しっかりと向き合い、それから静かに頭を下げた。
「ネオン隊長……いえ、モルファ辺境伯夫人。ここまでの経緯をすべてを承知のうえで、申し上げたいと思います。」
「何でしょう?」
問いかける私に、彼女は口を開いた。
「ラスボラに寄り添ってほしいとは申し上げません。ですが、末永く辺境伯夫人としていていただきたいと、そう思っております。」
長らくお待たせして申し訳ございません。
今後とも、よろしくお願いいたしますm(_ _"m)
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猫石




