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102・ベラ隊長の医療院見学

「辺境伯医療院へようこそおいでくださいました。初めてお目にかかります。私、南方辺境伯騎士団10番隊医療班隊長ネオン・モルファと申します。私の素性は御存じでしょうが、騎士団内ではネオン隊長と隊員たちからも呼ばれておりますので、そのようにお呼びくださいませ。」


 そう言うと、彼女はやや驚いた顔をし、それから口元を和らげた。


「まずはお詫びを。昨日は王都からの帰還で気が逸ってしまい、突然お屋敷に伺ってしまい申し訳ございません。その上、医療班隊長殿には、急な申し出にもかかわらず、快く見学を受けていただき大変感謝いたします。私、南方辺境伯騎士団8番隊隊長、現在は王宮近衛隊要人警護の職に就いております、シグリット子爵家当主ベラ・ドナン。南方辺境伯モルファ家の家門の末席に身をおく身でございます。どうぞお見知りおきくださいませ。それから、厚かましいお願いとはわかっているのですが、私も隊員たちにベラと呼ばれておりますので、よろしければそのように呼んでいただけると幸いです。」


 きりっとした顔で前半を、そして少し柔らかにお願いをしてきたベラ隊長の言葉に、私は頷いた。


「なるほど。では、ベラ隊長、とお呼びしてよろしいかしら?」


「ありがとうございます。私も、お言葉に甘えて、ネオン隊長と呼ばせていただきます。」


 そう言って、騎士としての礼を取ったシグリット女子爵に、私は少しだけ肩の力を抜いた。


(あれだけデルモと話し合ったけれど、杞憂、だったかもしれないわ。)


 そう思いながら、私は目の前に立つ女性を見上げた。


 目の前の人は、目にも鮮やかな王宮勤務の騎士の証である鮮やかな青の隊服に、青みがかかった白い髪を三つ編みにして背中に流し、私を真正面から見るピカピカの銅貨の瞳は敵意を感じさせない、キリっとした美しい女性だった。


 カルヴァ侯爵夫人にも思った事だが、切れ長の目元は旦那様と同じ血筋なのだと感じる。しかし旦那様やカルヴァ夫人のもつ冷たさと違い、目の前の人は柔和な印象を受けた。


 そして彼女の言葉。まずは昨日のお詫びから始まり、同じ騎士団の隊長としての挨拶。昨日の訪問の理由はわからないが、少なくとも今の言葉に他意を感じなかった。


 社交用と自然体。


 その中間の様な穏やかな笑顔を浮かべたベラ隊長に、私は医療班隊長としてにっこりと笑った。


「ベラ隊長は、今日は医療院の施設と、医療院で行っている治療法についての見学希望という風に伺っておりますが、それでよろしかったですか?」


 そう問えば、彼女は一つ頷いた。


「その通りです。突然やってきてこのようなお願い、本当に不躾だとは思うのですがお願いできますでしょうか?」


「えぇ、わかりました。ではまず、この医療院の見学と説明をさせていただきますね。」


「ありがとうございます。勉強させていただきますね。」


 そう言って頭を下げた彼女を伴って、私は執務室を出ると、一階へと降りた。






「医療院は、患者の状況に応じて二つの棟があります。その中で最初に見ていただくのは、本日ベラ隊長がこちらの医療院に来られたときに通られた区画『治療棟』となります。こちらの棟は、受傷直後から治療が終了するまでの患者、そうですね、主に治療を必要とする者が対象となります。」


 階段を降りてすぐ広がる、治療棟に降りた私は、ナースステーションに案内した。


「医療隊は看護班、物資班の2つに分かれています。看護班は受傷した隊員たちの診察の介助、日常生活の援助、生活環境の整備に、物資班は看護班の仕事がスムーズに進むように、医療資材の作成補充や、整備清掃を行ってくれています。医療棟で働くにあたっては、看護班は2つの小隊に分けております。こちらの棟に勤める治療棟看護班はこのナースステーションを拠点に、院内で仕事をしています。御覧の通り、隣は医師の診療スペース、治療スペースがあり、受傷した者は、受付を通ってすぐにここに入り治療できるようになっています。」


 ナースステーションから、院内の動きの流れを説明していると、ベラ隊長は積み上げられていた資材を見て首を傾げた。


「このいろいろな幅の細長い布切れと、手巾のような布は何に使うのですか?」


 私はそれの種類の違うものを1つずつ手に取り、説明する。


「こちらにあるのは、治療に使う包帯と、傷に使う当て布です。受けた傷は泥や血液、魔物相手ですと魔障にも汚染されています。それを洗浄又は清浄化した後、医師が決めた薬を使用したあと、この当て布と包帯で保護するのです。」


「当て布は解ります。ですが何故このように細長い紐が必要なのですか?」


 不思議そうな彼女に、私は頷く。


「これは包帯と言います。腕や足に受けた傷などは、大きな布で固定するより、体に密着させて保護する方が望ましく、その為に使用するものです。包帯の太さが違うのは、例えば腕であれば細い物、足であれば太い物、と見合った場所に使用するからです。」


「なるほど。」


 私の説明に頷きながら、後ろをついて歩いている補佐官に記録を取るように指示をするベラ隊長は私の手の中の包帯を見て不思議そうに首を傾げた。


「用途は解りました。しかし、こんなに何種類もいるでしょうか?」


「そう思われるのは当然です。しかしこれは使ってみると解るのですが……あ、シルバー。」


「はい。」


 シーツ交換を終え、洗濯場に向かって歩いていたシルバーは、私に呼ばれると抱えていたシーツを一緒に作業していたアペニーパに渡し、近づいてきた。


「どうかしましたか? 隊長。」


「忙しいところごめんなさいね。ちょっと足と手を貸してもらえる? ベラ隊長に、包帯を巻くのを見ていただきたいの。」


「あぁ、なるほど。いいですよ。」


 笑いながら、シルバーに椅子に浅めに座ってもらい、右腕には腕用の包帯、左腕には太もも用の包帯を、怪我があるものと見立て、左右同じ場所に当て布を置くと、私は慣れた手つきで包帯を巻いた。


「懐かしいですね、隊長。俺、最初、包帯を巻くの本当に苦手だったんですよね。」


「ふふ、そうね。ミクロスと空いた時間に練習していたわね。」


 シルバーの言葉に、医療院開設時を思い出しながら、右の包帯を巻き終え、左の腕に取り掛かる。


「難しそうですね、隊長。」


「そうね、凹凸に対応できないから、皺も出来て、不格好ね。」


 腕に見合った幅の包帯を巻く右腕は、するすると隙間を作ることなくしっかりと当て布が固定された状態で巻き終わったのに対し、足用の幅の太い包帯を巻いていく左腕は、手首と肘関節の細さに比べ、真ん中あたりの筋肉の厚さのため、巻けば巻くほど包帯は浮き、皺だらけになり、徐々にちぐはぐとなり始める。皺があるため、巻き終わっても全体にゆるめの固定となってしまい、少し動けば包帯全体がゆるみ、固定すべき当て布も動いて外れてしまいそうになる。


「出来上がりましたわ、ベラ隊長。双方の出来上がりをご覧になって、どう思われますか?」


 その巻き終わりの差に、ベラ隊長は唸った。


 さらに、シルバーが気を利かして包帯の巻かれた両手を何度か曲げ伸ばしすると、右は解けることなく当て布が固定されたままなのに対し、左は解け始め、当て布は床に落ちてしまった。


「なるほど。幅が違うだけで、こんなにも違うものなんですね。」


 ぴっちり巻かれたままの右腕の包帯と、緩み切って手首まで落ちてしまった左腕の包帯。


 それを確認し、感心したように何度も頷いたベラ隊長は、そのまま記録をしていた補佐官の方を向いて、記録することを伝えている。


「人材には適材適所、という言葉がありますが道具もそうなのです。」


 そんな様子を見ながら、私はシルバーの包帯を解き仕事に戻ってもらうと、使用した包帯を手の中でくるくると巻きなおしながら伝える。


「なるほど、太ければ巻くのが手早くていいと思いましたが、其れだと今度は密着せず、固定が出来ないという事ですね。」


「はい。応急処置であればあるもので工夫するのが当たり前ですのでそれでいいかと思います。ですが、こちらの医療院では治療と回復に専念する場です。患者が安心安全安楽に療養できることが第一優先なのです。包帯が解けるたび、緩むたびに巻きなおしてほしいと訴える苦痛やほどけた包帯によって感じる不快感や、それを踏んだりひっかけたりして発生する可能性のある新たな事故や怪我、その対応に隊員が対応する手間を考えれば、部位によって物を替えるだけで、そのような重大事案や苦痛に煩わされることなく、安心安全に日常生活を送る事が出来るのです。」


「なるほど。先ほどの隊員との会話を聞いていましたが、これは難しいのですか?」


「慣れてしまえば難しくはありません。包帯は、皺なく、きつくも緩くもない程度の強さで、体にしっかりと密着させて巻くのがコツです。」


「よく考えられ、訓練されているのですね。勉強になります。」


(本当は弾性包帯や伸縮包帯があればそこまでじゃないのだけれど、伸縮性のない包帯では練習あるのみ、なのよね……。)


 そう考えながら包帯を巻きなおし終えると、次の包帯を手に取って、くるくると巻き始める。


 そんな手元をベラ隊長が、面白そうに顔を近づけて見てきた。


「どうかされましたか?」


「いえ。ネオン隊長は随分上手に包帯を巻きなおしなさるんですね。」


 手のひらでころころと転がしながら包帯を巻いていた私は、あぁ、とにっこり笑った。


「これもコツがあるんです。こうしてしわを伸ばすように包帯を指で挟みこんで、ひっくり返して、手のひらでくるくる巻き取っていくんですよ。」


「先ほどの腕への包帯の巻き方もそうですが、王都にもないこのような技術、ネオン隊長はどちらで学ばれたのですか?」


 顎に手をかけ、真剣に聞いてきたベラ隊長に、私は笑った。


「こちらに来る前に慈善活動で行った修道院ですわ。」


(前世に看護学校の基礎看護学で教わった方法です……なんて言えないよねぇ……。)


 ふふっと笑って巻きなおした包帯を包帯入れに戻すと、私は患者用のベッドの位置、換気の必要性、患者搬入時の受付の仕組みを伝え、回復リハビリ棟へと足を向けた。


「次は治療を終えた患者の病棟をご案内しますね。」


「治療を終えた……? はい、お願いいたします。」


 少し戸惑った様な顔をしたベラ隊長を、そこに誘導する。


 リハビリスぺースでは4人の患者が、エンゼ達、回復期リハビリ棟の医療班のメンバーとリハビリに励んでいるようだ。


「みなさん、リハビリを頑張っているところにごめんなさいね。ちょっと失礼しますね。」


 看護班の隊員と患者にそう言って説明してからベラ隊長を招き入れると、皆、その青い隊服に目を見張り、頭を下げた。


「あぁ、私の事は気にしないで続けてほしい。急にやってきて申し訳ない。」


 皆に笑顔でそう言ったベラ隊長は、遠慮がちながらもリハビリを再開した皆を見てから、私に笑いかけてきた。


「ここは先程と違って広々として明るいですね。それに変わった道具がたくさんありますね。先ほどリハビリ、と仰いましたが、この道具はそれに使う、という事でしょうか? では、そのリハビリとはどのようなものなのでしょう?」


「ここは先程の『医療棟』とは異なる治療をする場所です。ゆえに『回復棟』と呼んでいます。治療を終えた患者が、社会へ安心して復帰できるように日常動作訓練をする場所で、リハビリとはその機能回復訓練の事を言います。」


「治療を終えた後の機能回復訓練、ですか?」


 不思議そうに私に問うてくるベラ隊長に、私は頷く。


「はい。騎士団の騎士達は、様々な怪我を負います。それは軽微なものから、手足を失うと言った大きな傷まで様々です。体表的な傷は治っても、怪我を負う前と同じ生活が出来る方たちばかりではありません。特に辺境伯領では対人の怪我だけでなく、魔物と交戦して怪我を負い、魔障に苦しみ騎士として復帰できない方も多い。ですから、騎士に復帰されても、騎士をお辞めになる事になっても。退院する方が最低限、日常の生活に困る事が少なくなるように練習する場所を用意したのです。」


「なるほど! それで……。」


 私の言葉にベラ隊長は合点がいった様に手を打ち、頷いた。


「ネオン隊長は、騎士として復帰できるものだけでなく、復帰できない者達の後々のことまで考えていらっしゃるのですね。」


「私は医療隊の隊長であると同時に、辺境伯夫人です。領地領民のために戦ってくれた騎士達も、同じく辺境伯領の領民です。領民の事を考えるのは当然のことですわ。」


「なるほど……感服しました。」


 感動したように声を上げたベラ隊長に、先日完成したばかりの器具を一つずつ説明する。


 患者と話をしたいと言い、ベラ隊長と記録係が私たちから離れ、リハビリを行っている患者の方へ向かい、何やら真剣に話を聞いている。患者の方も、身振り手振りを交え、それからたまに私の方を見ながら、ベラ隊長に熱心に答えを返しているようだ。


(穏やかね。)


 ベラ隊長の方を見れば、リハビリをしている隊員、患者全員に話を聞いて回る事にしたようだ。終わるには少々時間がかかるだろう。


 そう思った私は、傍にあった台拭き用の布巾を取ると、テーブルや使用されてないリハビリ器具の拭き上げを始めた。


 基本、院内の清掃は、看護班と物資班、そしてリハビリ棟では患者も一緒に、柔軟体操の一つとして日中のどこか落ち着いた時間に行われている。いつも掃除が行き届き、換気が行われている院内は、とても気持ちがいい。


(しかし今日はすこし暑いわね、窓を少し開けましょうか。)


 換気用の窓を開けると、目の前の薬草園の草花の香りがいつもより強めに移った風が入ってきて、そちらへ目をやれば、患者と共に薬草を摘んでいるモリーの姿があった。


 手の中の籠には、クルス先生に頼まれたであろう薬草類とは別に、病棟に飾るための花も抱えている。


 あの子はとても優しい子だ。


 以前、薬草園でかわいい花が咲いたので、動けない人にも見てもらえるように医療院内に飾ってもいいかと聞かれた。もちろん私は頷いて、においがきつすぎる物や、花粉が落ちるようなものでなければ大丈夫と説明した。


 すると彼女は毎日、患者が使用している床頭台と食事のテーブルに、それから受付に花を飾ってくれるようになった。


 今日飾られているのは、薬草園で咲く清凉感のある匂いを放つ小さく白い可愛い花で、それはそのまま、小さい体で働く彼女の姿にも見え、患者も医療隊も癒されている。


 彼女も立派に医療隊の一員だわと、その姿をみて、時折、私は王都に置いてきた妹達を思い出す。


 テ・トーラ家は約束を守っているようだが、安心はできない。


 穏やかに暮せていますようにと、願わずにはいられない。


「ネオン隊長、ありがとうございました。」


 声をかけられ、私は手を止めて振り返った。


「お話は出来ましたか?」


「はい、ありがとうございます。」


 期待していた成果があったのだろう。本当に満足げに笑うベラ隊長の姿にほっとしつつ、壁際に置いてある時計が示す時間が見えたため、台拭きを片付けた。


「患者や医療隊の隊員も水分補給の時間です。ベラ隊長もお疲れになったでしょうから、一度、執務室にてお茶はいかがでしょうか?」


「えぇ、是非。」


「では、執務室に戻りましょう。みんな、水分補給の時間よ、しっかり水分を取って、体を休めて頂戴ね。」

初春のお喜びを申し上げます。

今年は、書籍化に向けて本格始動の、私にとって未知なる一年になる予定ですが

皆様のおかげです

新しい一年も、楽しんでいただける長編&作者お得意突発短編をあげていきたいと思います

今年の!目標は!別作品の書籍化と、誤字脱字撲滅です!

よろしくお願いいたしますっ!!

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― 新着の感想 ―
モリーの字が見えるだけで気持ちがほっこりします。 この作品の心のオアシス。 そういえばネオンの家族と手紙のやりとりとかしないのかな。 公爵家に禁止されてる?でも辺境伯に嫁いだのならそのルールもう守る…
いつも、と言いますかこの二日でココまで一気読みさせて頂きました とても愉しく読ませて頂いてます ありがとうございます 特に今回のベラ隊長の登場により「嗚呼…そうだったのか」と 私では気づけなかった目…
女性が、しなやかに強く逞しく自立している物語!
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