100・照れ隠しに押し付けた贈り物と、憧れの身守り。
☆第11回ネット小説大賞 小説賞受賞いたしました
ブシロードワークス様より書籍化されます!
ひとえに読んでくださったいな様のお陰です、ありがとうございます!
かなり改稿しますので(登場人物とか、話の流れとか)楽しみにして頂けると嬉しいです。
これからもよろしくお願いいたします!
買い物を終え、お店で自分用にと買った持ち手のついた可愛らしい籠にたくさんの包み紙を入れて持つと、朝別れたのと同じ場所で馬車を止めて待っていてくれたモリマ爺と落ち合うと、朝と同じように荷台の後ろに回った私は、目の前に山の様に綺麗に積み込まれた荷物に声を上げた。
「まぁ、もの凄い荷物ね!」
荷台が空っぽだった朝と違い、今は若芽が出たばかりの苗や、木材、小さなたるなど、たくさんの荷物が積み込まれていて後ろから乗り込めず吃驚している私に、馬の首をポンポンと叩いて撫でているモリマ爺はこちらですよ、と手招きしてくれた。
「嬢ちゃま、後ろは荷でいっぱいなので、こちらから気を付けてお乗りください。」
「ありがとう。ところでいったい何を買ったの?」
後ろから前へ回る時に、幌が少し歪になっているのを見、詰め込まれた荷物が何か気になって訊ねると、モリマ爺は笑った。
「本宅の庭の手入れの用具と、お嬢様のお庭に植える花の苗や生け垣の補修の材料、それに嬢ちゃまが探していた物に似た豆野菜の苗ですよ。 さ、気を付けて乗ってくださいよ。」
「まぁ、見つかったの?」
それには、モリマ爺は首をかしげた。
「中指くらいの大きさの房に、小指の先位の豆が3~4個入るような豆、でしたね。 そのようなものが実るそうですが、まぁ、育ててみないと解りませんなぁ。」
「ふふ、楽しみにしているわ。」
そんな会話をしながら、馬の手綱を引くモリマ爺が座っている方からアルジたちの手を借りて荷馬車に乗り込むと、敷物とクッションの用意された場所に手を引かれて座った。
山盛りの荷物の中に、座った私の肩くらいの高さの苗を見つけると、それが嬢ちゃまに言われて探した苗ですと言われ、近づいてそっとその葉に触れた。
手のひらくらいの大きさの、真ん丸の毛羽だった葉っぱは、前世で幼い頃、親戚の庭で引っ張りぬいた枝豆を思い出す。
「葉っぱの形は似ているわね……あたりかもしれないわ。」
朝と違い、狭くなった荷馬車。
そこに前世で見た野菜の苗と、不思議そうにこっちを見ているアルジ、デルモ、レンペス。そして満足げに頷きながら、馬車を走らせるために座り、手綱を握ったモリマ爺。
前世と近世のはざまにいるような感覚。 それは郷愁などではなく、言葉に出来ない不思議で穏やかな感覚で、私は葉っぱから手を離し、クッションに座りながらなんとなく、笑ってしまった。
「お待たせしてごめんなさい、出発して頂戴。」
「はい、では。」
パチン、と手綱が音を立てると、繋がれた馬たちの足音が聞こえ、少しずれて荷馬車も動き出した。
ガタゴトと、車輪が動き、のんびり動き出した馬車。
「今日はとっても楽しかったわ。 みんな、どうもありがとう。」
「それはよろしゅうございました。」
「「私たちも楽しかったです!」」
デルモが頷くと、アルジとレンペスも顔を見合わせて笑ったところで、手綱を握ったモリマ爺が笑った。
「嬢ちゃま、今日は本当に楽しかったようですな。」
「どうして?」
首をかしげて訊ねると、彼はにこにこと笑いながら言う。
「いつもよりも……そうですなぁ。こちらに越してこられてから、一番楽しそうなお顔をしておられる。」
そんなことを、たっぷりの髭をつつきながら言ったモリマ爺に、私は思い出し、そうね、と笑う。
「そうだとしたら、今日の街歩きがとぉっても楽しかったおかげね。視察では問題点も見つかったけれど、素晴らしい編み物を見せてもらえたから、子供たちの作品も、次に開くバザーが本当に楽しみだし、屋台で買った串焼きのお肉やクラーケン、それにお菓子を食べたのだけれど、どれもとても美味しかったもの。あぁ、そうだわ。その事で、少し相談があるからデルモ、お願いね。」
「かしこまりました。」
新しい屋台(前世定番の屋台だけれど)のアイデアを練りながら、そうそう、と私の隣に置いた小さな包みのいっぱい入った籠を見る。
「それと、アルジおすすめの素敵な異国の小物を売る素敵なお店にも連れて行ってもらったの。 王都にもああいう女性向けのお店はあったけれど、いつも外から眺めるだけだったから、中に入れて、好きにみて、それにお買い物が出来るなんて夢のようだったわ。」
それは前世ではなく、今世の私の記憶。
王都で暮らしているときは、日々の仕事と家族の世話が最優先で、自由に使えるお金も時間もなかったから、少しばかり裕福なお嬢さんたちが、お友達と連れ立って王都で流行の雑貨屋やお菓子屋に入っていくのは羨ましかったし、夕方、分けてもらった食料を抱えて帰る途中に、そういった店の中を遠巻きに覗き、昼間に見た少女たちの様に遊ぶ自分の姿を夢を見たものだ。
そんな夢が、主従関係で巻き込んでしまった感があるとはいえ、叶ったのだ。
指折り数えながらそう笑うと、モリマ爺は笑みを深め、アルジとデルモはわずかに目頭を押さえ、そんな彼らをレンペスが不思議そうに見ている。
(……レンペスは私のことをいいところのお嬢様と思っているものね……って、あぁ、そうか!)
ここまで言って、私は内心慌てて、表向きは冷静に頭を下げた。
「ごめんなさい、おかしなことを言ってしまったわ。 忘れて頂戴。」
そう言うと、いいえ! とアルジは首を振って私の手を掴んだ。
「お嬢様が本当に楽しそうにそう言ってくださって、本当に良かったです。 これからも、アルジをお供にたくさん街歩きしてくださいませね!」
「ア、アルジ……?」
その勢いに若干引きながら頷くと、モリマ爺とデルモがうんうんと頷き合っている。
「今なら、嬢ちゃまも、年相応に見えますな。」
「えぇ。貴族の令嬢であれば仕方がないところもありますが、ネオン様はお忙しすぎてご自身の事を後回しにされることが多いので、心配しておりましたが、本当によろしゅうございます。」
2人の言葉を聞いた私は、それを心の中で反芻し、そしてはっとした。
(私、仮にも辺境伯夫人なのに、子供みたいにはしゃぎ過ぎていたんだわっ! は、恥ずかしいっ!)
一気に顔から火を噴くような熱を感じて、アルジに捕まれていた手を離すと、そのまま両手で顔を覆った。
「ご、ごめんなさい。私、はしゃぎ過ぎてしまったのね。 みんなにみっともないところを見せてしまったわ。」
慌ててそう言うと、何の、と、モリマ爺は笑う。
「この辺境に嫁いでこられてから、嬢ちゃまはずぅっと気を張っていらっしゃったんです。 すこしはお役目を離れ、心から楽しまれても良いのですよ。」
「そ、それでも、貴族らしくなかったわ……。」
デルモの言葉を嬉しいと思いつつも、恥ずべき行動だったと反省しつつ、私は指の隙間からそっとみんなの顔を見た。
なんだか、微笑ましく、幼子を見るような笑顔を向けられて恥ずかしい。
しかも私の事情を知る屋敷の使用人であるデルモやモリマ爺、元々は侍女だったアルジだけならまだしも、護衛としてついてきてくれる部下のレンペスもいるのだ。
「みっともないところを見せてしまってごめんなさいね……。」
恥ずかしくて消えてしまいたい……そんな思いで謝ると、彼らはいいえと首を振った。
「庶民の様に屋台料理を食べ始めた時はどうしようかと思いましたが、ネオン様が肩の力を抜き、穏やかにお過ごしの姿を拝見して、時にはこのようにお過ごしになるのも良いのだと思いました。 もちろん、その時は護衛をしっかりとつけさせていただきます。」
「ならば、そのお役目は是非医療班の持ち回りにさせてくださいっ!」
穏やかに私に話しかけてくれたデルモの提案に手を上げたのはレンペスだ。
「自分は少し安心しました! 隊長は何事に対しても、いつも毅然としていらっしゃいます。患者や医療班のために、私たちが尻込みしてしまう事柄にも団長や隊長に対してもです。 その御姿に、私たちはいつも勇気づけられ、心の支えとなっています。しかし、私たちは隊長に支えられていますが、隊長ご自身は大丈夫なのだろうかと皆心配していました。ですから、今日の御様子を見て安心しました。 隊長は、貴族様とはいえ我らより年下なのですよ? 時には年頃の娘のように過ごされるのもいいと思います! あ、でも、今日の事は皆には内緒にしておきますのでご安心ください!」
そう元気に答えてくれたレンペスに、ありがとうと伝えた。 伝えはしたが、振り返ってみれば自分のはしゃぎっぷりが脳内で何度も再生され、あまりにも恥ずかしく、その声は消え入りそうなほど小さくなってしまった。
(あぁ、すっかり忘れて羽目を外しすぎたわ、本当に恥ずかしい……。)
そう思い、反省していたところに、再びアルジに手を掴まれた。
「お嬢様、是非また街歩きに行きましょうね!」
「~~~~っ!」
肉串を持ってきてくれた時と同じ、とてもいい笑顔でアルジが言ってきたものだから、私の顔はさらに熱を上げていくのを感じ、このままでは恥ずかしい思いをしたまま家まで馬車に揺られる羽目になるので、その前にこの空気をどうにかしなければ! と焦る。
「も、もうその話はいいわっ! それより、これを受け取って頂戴っ!」
話を逸らす手立てとして、横に置いていた籠を抱きかかえると、その中から目当てのものを探し出すと、ひとつずつアルジ、デルモ、レンペスの手に押し付けた。
「奥様、これは?」
押し付けられたものを見て困惑している彼らに、私はプイッとそっぽを向きながら言った。
「きょ、今日のお礼……いいえ、今日の私の行動の口止め料よっ!」
それには、3人が慌てた様子で腰を、声をあげた。
「「「そ、そんな! いただけません! 口止め料も必要ありませんっ!」」」
「い、いいから貰って頂戴! 返品は不可よっ! いらなかったら誰かにあげて頂戴!」
籠を抱きかかえ顔をそむけたまま、私はいつもより強い口調でそう言う。
「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!」
「じゃあ、黙ってもらって頂戴!」
私の剣幕に、彼らは困惑したまま押し付けられた包みを見、腰を下ろした3人から顔をそむけると、揺れが落ち着いているのを確認し腰を上げた。
ワンピースの裾を踏まないよう気を付けながら段差を乗り越え、モリマ爺の横に座る。
「照れ隠しですかな?」
「い、言わないで頂戴。」
すっかり行動を読まれてしまって恥ずかしいと思いながら、私は籠の中から一番大きな包みを取り出し、モリマの隣に置く。
「お礼。モリマの分もあるの。いつもきれいなお花をお部屋に飾ってくれてありがとう……。」
それには、流石に目をまん丸くしてモリマ爺は私を見た。
「何と! 私の分まで用意してくださったなんて! よろしいのですか?」
「えぇ、いつものお礼だもの。 馬車を走らせているときに御免なさいね。 後で見て……もし、使ってもらえたら嬉しいわ。」
中は、お店で一番先に購入を決めた素敵なエプロンなので、普段使ってくれると嬉しい。 そう思いながら伝えると、目じりに涙を浮かべたモリマ爺は、視線を前に戻しながら、何度も頷いてくれた。
「嬢ちゃまにいただいた物です、大切に大切に使わせていただきます。」
「えぇ、飾りにしないで、ぜひ使って頂戴ね。」
そう言って、馬を操るモリマ爺の隣で空を仰ぐと、傾き始めたお日様が眩しくて、私は目を細めた。
「いい天気。」
そうして少しだけ、顔から熱が逃げていくのを待っていると、後ろからおずおずと声をかけられた。
「お、奥様……。」
「なにかしら?」
振り返ると、先ほどまでの私のように赤い顔をしたアルジが、そっと、自分の額に手をやって笑う。
「あの……に、似合いますでしょうか?」
「まぁっ。」
アルジの手の先には、金褐色の前髪に、緑色の細い葉の上に白い小さな花が並ぶ、愛らしい東方意匠の髪留め(前世でいうヘアピン)が留められている。
そう、私の渡した口止め料だ。
そしてとてもよく似合っている。
「やっぱり、とっても似合っているわ!」
「可愛いお花の髪飾りをいただけるなんて、本当に嬉しいです。しかもこれ、お小遣いが少し足りなくて諦めた物です。 こうして、尊敬する隊長から頂けるなんて……本当に嬉しいです。絶対大事にします、ありがとうございます!」
「嬉しいわ。でも、しまい込まないで使って頂戴ね。」
はにかみながら笑うアルジに、私がそういうと、はい! と、彼女は大きく頷いた。
「ネオン様。」
「隊長!」
そこに、デルモとレンペスも声をかけてきた。
「私の時計の組紐が切れてしまったのをご存じだったのですね。 このように上等な金の鎖、私の身には余るものだとは思うのですが……本当に嬉しいです。ありがとうございます、大切に使わせていただきます。」
先に話しかけてきたのはデルモだ。
離れで仕事をしているとき時に、いつも赤い組みひものついた金色の魔導式懐中時計を使って走っていた。 しかし最近、それがよくある細い革ひもに変わっていて、不思議に思って侍女に聞けば、仕事中に切れたのだと聞いた。
お店で商品を見ているときにそれを思い出し、あの時計に似合う、東方デザインの金の鎖を渡したのだ。
「時計をなくしてしまう前にと思って。いつも私と本宅の間に立って働いてくれてありがとう。」
そう言えば、彼は首を振った。
「この時計は、前辺境伯様より頂いたものなのです。 紐が切れた際に、代わりが見つかるまで落とさないよう革紐を付けていたのですが……そんな些細なところにお気づきになられていたのですね。 その御気持ちも、御品も、本当に執事冥利に尽きます。大変に光栄です! 大切にいたします。」
「隊長!」
金の鎖につないだ時計を見せてくれ、それをポケットに大切にしまうと頭を下げたデルモ。
そんな私たちの会話の間に興奮したように割り込んできたのはレンペスだ。
「これ、東方の身守りのお守りですね!」
今日一日腰に佩いていた細身の剣の鞘の部分にしっかりと巻きつけられた紺に金の糸が縫い付けられたお守りが揺れる。
「えぇ。 あの店に置いてあったから……けれど、鞘につけて邪魔にならない?」
少し不安になって聞くと、彼は大きく首を振った。
「邪魔なんてとんでもありません、凄く嬉しいです! 俺、孤児院の出身なんで、こういうのを貰うの、憧れてたんです!」
とても嬉しそうに顔をほころばせて言った言葉に、ずきんと胸が痛む。
「そう、なの?」
私の言葉に、彼はあぁ、と笑った。
「辺境伯騎士団に入れば、寝るところも食べるのにも困らない。それに、もしなんかあった時に悲しむ人もいないんで、孤児だった奴は結構多いんです。」
「そんな……。悲しむ人がいない、だなんて。」
「本当のことです。」
へらっと、彼は何ともないように笑う。
「辺境はそういう土地ですので、隊長が気にすることはありません。それにいま、隊長はそんな子供のために頑張ってくださっているでしょう? それで十分です。ただ、家族なり、恋人なりがいる奴らは、もらったお守りをこうしてこの部分に良くつけているんですよ。それがちょっとうらやましかったんです。なので俺には最高の贈り物です、ありがとうございます!」
その話に、気軽な気持ちで身守りを渡してしまった私はあわててしまった。
「そ、そんなところに、わたしが渡したものをつけても良いの?」
「隊長からいただいたからつけたんですよっ! 医療班全員に滅茶苦茶自慢しますっ!」
「自慢するようなものではないと思うわ。でも、辺境のために働いてくれて、本当にありがとう。それが貴方の身を守ってくれるように、心から祈っているわ。」
「それは千人力ですね。では俺は、それにこたえるために、隊長のためにたくさん働きますね!」
「ありがとう……。」
きっぱりとそう言いながら白い歯を見せて笑ったレンペスに、わたしはその責任を感じながら、しっかりと頷いた。