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『ラスボラ視点』王都より嵐、襲来(前篇)

旦那様視点なのでカルヴァ隊長の呼び方が『アミア(名)』呼び方が変わります。


 南方辺境伯騎士団副団長であり、一番隊隊長でもあるアミア・カルヴァと共に、団長執務室にて部下の報告を聞きつつペンを走らせていた私は、廊下の方から聞こえる床を蹴りつけるような靴音と、何かを制止するような声に顔を上げた。


「……外が騒がしいな。」


 私の呟きに、隣で資料となる本に目を走らせていたアミア(カルヴァ)も顔をあげる。


「そうだな、何かあったのだろうか。」


 互いに顔を見合わせたところで、アミア(カルヴァ)が自身の補佐官に様子を見に行くよう指示を出し、補佐官が扉を開けようとドアノブに手を伸ばした時だった。


「ラスボラ! いるのでしょう!? 顔を貸しなさい!」


 バァンッ!


「ギャッ!」


「何事だ!」


 団長の名を呼び捨てながらノックなく乱暴に扉を開く音と、それに対する咎める声、そしてアミア(カルヴァ)の補佐官が急に開いた扉に顔面をしこたま叩きつけられ潰れたような声をあげたのはほぼ同時だった。


「あら! ごめんなさい! まさか扉の内側に誰かいるとは思わなかったの!」


 勢いよく扉を開けた主にも、自分が開けた扉に潰された補佐官の悲鳴は聞こえたようで、握ったままのノブを慌てて引くと、自分が押し開けた扉と壁に潰された形から解放され、鼻血を流しながら蹲り呻く補佐官の元にしゃがみ、頭を下げてから、持っていた手布で鼻血を拭う。


 ぼたぼたと床の上に落ちた鼻血も、ポケットから取り出した他の布で拭い取る。


「あぁ、そこの貴方。申し訳ないけれど彼を医者の元へ連れて行ってやって頂戴。それとそちらの貴方はここに軽食とお茶を持ってきてくださらない?王都からの移動でお腹が減って疲れているの。」


 てきぱきと手当てしつつ、周囲に集まってきた隊員たちに彼女はさらっと自分の用事も申し伝えると、迫力に負けた騎士たちは、顔を見合わせた後、頭を下げた。


「かしこまりました。……おい、大丈夫か、医療院に行くぞ。」


 バタバタと命じられた者達が動き出し、鼻血を出した補佐官が部屋から連れ出されると、騒動の主は大きく溜息をついて扉を閉めた。


「ベラ、お前か。」


 額を押さえそう言ったのはアミアで、呼ばれた名前の者が何故ここにいるのか不思議に思った私は、書類から目を離してその対象を確認する。


 たしかに、目の前にはその名の人物が立っていた。


 女性らしいとされる体型ながら、その実、しなやかに無駄なく戦うために鍛え上げられた筋肉質な身体に、王都でも王宮内に入らない限りは滅多に見ることのない、貴き紫紺の布地に金の刺繍、肩には金の房飾りをつけ、立派な胸には勲章をいくつも下げた隊服と金のラインの入った白のトラウザースを纏い、当家門には珍しい青味の強い白い髪をきっちりと高い位置でまとめ、切れ長の目には磨き上げられた銅色の瞳のその女は、南方辺境伯騎士団8番隊隊長にして、王宮近衛騎士団要人守護部隊副隊長であるベラ・ドナン・シグリット女子爵。


 私の幼馴染であり、元婚約者だった女だ。


「王宮近衛隊のお前が、こんな辺境まで一体なにしに来た。」


「お話によ。アミア兄様もいるなんて手間が省けてよかったわ。座って頂戴。」


 そう言いながら、王宮近衛騎士の隊服姿の彼女は勝手にソファに座り手招きをしてくる。


「私に用はない。互いに忙しい身の上だ、さっさと王都へ帰れ。」


 相変わらず勝手な女だ。


 幼少時からの長い付き合いだ。彼女に遠回しな物言いは通じないと知っているため、はっきりそう言って私は書類に視線を戻した。


 だが、彼女は応じなかった。


「そうよ。こっちもかなり忙しい身なの。それなのに王都からわざわざ出向いて来たのよ。無駄な時間はないのだから、早くこっちへ来てほしいのだけど? アミア兄様もよ。」


 そんな彼女の物言いを無視することにした私だが、隣に立つアミアはどうやら手に持っていた本を閉じると本棚にそれを戻し応じるつもりのようだ。


 もの好きだな。


 そう思い書類を読み進めている私の肩にトンと手が乗った。


 顔をあげれば、私の方をしっかり見たアミアが、深めに溜息をつき、視線を彼女の方に向けた。


 無視せず、彼女の元へ行け、という事だろう。


 幼い頃から彼女はあぁいったところがあり、納得するまで席を立たないことも多い。アミアもそれを解っていて、いつまでもああしておくわけにはいかないから早くしろ、と言いたいのだろう。


 面倒くさいことになった。


 溜息をついた私は、執務机を離れると、彼女とテーブルをはさんで反対側のソファに座った。


 そのタイミングで、扉がノックされた。


 さも当然の様にベラが入室を促すと、厨房担当者と思われる青年3人が、大きな皿の上に大量に盛られた肉が多めのサンドイッチと、ネオンが考案したというカット済のブランデーケーキ、それから大きなポットを2つとティーセットを3つ、私達が座る応接セットのテーブルの上に並べて出て行った。


「とりあえず腹ごしらえね。」


 さっと、一般的な貴族の女性であれば両手でも持てないような大きなポットを片手で持って3つのティーカップに紅茶を注いだベラは、そのまま紅茶を飲み、サンドイッチを手にしようとして、ブランデーケーキの前で手を止めた。


「これは、何?」


 彼女が指さしたブランデーケーキの一切れを手にしたアミアが、そのままばくんっと半分ほど口に入れる。


「これは10番隊のネオン隊長――モルファ辺境伯夫人の考案したブランデーケーキ。酒精の強い酒がしみ込んだ大人向けの美味なケーキだ。」


「あぁ、これが。」


 サンドイッチの前にそれを一切れ摘んだベラは、半分を口に入れ、咀嚼し、紅茶を飲んで破顔した。


「うん、確かに美味しい。王都まで話が届くのもわかる。なるほどね。」


 指先についたケーキの欠片を舐めながら、にやりと笑った彼女は、残りは後で私が食うから二人は手を出すな、と言いつつ、大皿の上のサンドイッチをバクバクと食べては、紅茶をまるでエールを呷るように飲む。


 そんな淑女にあるまじき豪快な飲み食いが止まったのは、大皿が半分空いたところだった。


「はぁ~、ようやく落ち着いたわ。」


 先ほどまでの勢いはなくなり、優雅にお茶を飲みだしたベラに、アミアがサンドイッチを手に取りながら問いかけた。


「何だ、健啖家のベラが珍しい。もういいのか?」


 その言葉にきょとん、としたベラは、ふはっと笑いを漏らす。


「まさか! 言ったじゃない、ようやく落ち着いた、って。王都から単身、馬で駆けて来たのよ? 途中、頭の悪い馬鹿が出るわ出るわで落ち着かなくて、兵糧以外はろくなものを食べられなかったのよ。もう本当に飢え死にするかと思ったくらいよ。」


 その馬鹿どもが何者か、とは二人とも問わない。どうせその湧いて出た馬鹿どもは、捕らえた土地の騎士団や警ら団に連れていかれているからだ。


 しかも、そんな馬鹿どもをバッタバッタとなぎ倒しながら帰って来たであろう彼女の物である、傍に置かれたローブや刀の鞘に、ひとつも返り血が付いていないのはさすがだ。


 が。


「モルファ家のタウンハウスに、転移門があるだろう。」


 私の問いは、真っ当なものである。


 王都のモルファ辺境伯家タウンハウスには、地下に南方辺境伯騎士団魔術団の編み出した秘術の転移門がある。


 厳重に管理され、国政の中枢を担う貴族や、国内の上位魔術師が集まって結成される王宮魔術師団ですら存在を知らない辺境魔術団の技術の結晶であるそれは、しかし、北方・西方・南方辺境伯騎士団の上層部であれば、誰でも使用できるのだ。


 彼女にももちろんそれを使う権利が与えられているわけで、それを使えばわざわざ時間と体力を使わずとも、瞬時に王都からここまで来る事が出来るのだ。


「あぁあれ? 嫌よ。」


 彼女はそれに首を振った。


「あれは確かに優れた技術だけど、あの胃がつぶれるような感覚が本当に苦手なの。私は繊細にできているでしょう? ま、それに。王都からここまで間にある街道沿いの馬鹿の掃除も出来てよかったわ。」


「しかし、それだけのためにわざわざお前が来ることはないだろう?」


 繊細の部分をあえて無視するが、彼女も気にしていないらしい。


「もちろん。」


 ニッっと笑った彼女は言った。


「半年前に輿入れしたという、南方辺境伯夫人にお会いするためよ。」


 知らぬ間に、眉間に力が入った。


「何のためだ?」


 何の目的があって彼女の名前が出たのか。


 睨むように彼女を見れば、視線に気が付いていて気が付かない《《ふり》》をした彼女はさらっと別の名を呼んだ。


「そうねぇ、本家に輿入れされたというのに、その時期、私は王女殿下の短期留学のための護衛で隣国へ行っていて、王都でもご令嬢とお会いすることが出来なかったというのもあるわね。けれど最たる理由は、ポーリィ姉様に頼まれたから、ね?」


「ポーリィに?」


 それには、私ではなくアミアの方が声を出した。


「えぇ、そう。 姉様から言伝が来てね。我が南方辺境伯当主の下に、陛下の要望で、3公の一つ『テ・トーラ家』のご令嬢が輿入れしたというのに、結婚式しか挙げてないという事実を知っているか?という連絡よ。王都では、辺境伯領で恙なく行われたようだと聞いていたけれど、何の根拠もなく姉様が王都に住む私に確認を取る事はない。だから真意を確かめに来たのだけれど……。」


 咎めるように銅貨色の目で私とアミアを見据えてきた彼女に、私たちは黙り込む。


 そんな様子を見て事実と知った彼女は、小さな溜息と共に言葉が聞こえた。


「あきれた。その様子だと姉様の言った事は本当なのね。」


 信じられないと言った表情で、今度は深い溜息をついたベラは、自分の物だとばかりにブランデーケーキの載っていた皿を片手に持つと、其れとは別に再び大皿の上のサンドイッチを立て続けに3つ食べ、やや冷めた紅茶を飲み干す。


 そして、ティーカップを置くと同時に私を睨みつけた。


「まず、司法公が怒らなかったことを感謝することね。我が家門は確かに南方辺境伯家。並大抵の貴族の家では太刀打ちできない地位を築いてはいるけれど、公爵家と王家は違う。3公相手になんてことをしてくれたの。」


「あちらも了承済だ。」


「えぇ、えぇ。でもそれを相手に提案したのは当主である貴方よね? 相手の立場、婚姻の結ばれた状況を理解できているのなら、北方、西方と同じく、きちんと王都での結婚式と披露宴を行うべきだったわ。いくらご令嬢が《《訳アリ》》であったとしてもよ。あちらは由緒正しい血統の証である『公爵家の宝石』を『王の要請』に従ってこちらへ嫁がせた。それに対し貴方の行った行動は、王家に忠誠を誓う貴族として間違っているわ。」


 睨みつけるようこちらを見、そう言った彼女に私は反論する。


「王家の思惑がどうあれ、辺境には必要のない婚姻だった。ただ無駄な血を流さぬために了承しただけだ。テ・トーラ公爵へは、魔物の強襲(スタン・ピード)が小規模であるが多発しており、王都へ一族が集まることは出来ないという状況を説明し、納得いただいた。しかも、そんな状況の中で辺境に嫁いできたネオン嬢の輿入れと、式に参列する公爵家当主とその嫡男殿の移送に対しては、我らは貴重な戦力であり指揮官たちである各隊の隊長、副隊長とそれぞれの1班を付けたし、結婚式自体も恙なく終わっている。何一つ、問題ない。」


「問題ない、ねぇ。」


 大きなため息と共に大袈裟に肩を竦める仕草を取った彼女は、顎をくいっとあげた。


「ラスボラ。あんた、お坊ちゃま気質から卒業出来てない上に、脳みそに蝶々でも飼い始めたの?」


「ベラ、言葉を慎め。」


「なにを慎むの? アミア兄様。言っておくけれど、それを許した貴方も同罪なの。もしかして兄さまにも、私の言う問題の意味が解らないの? それとも、知っていて放置したの?」


 止めに入ったアミアにそうベラが言うと、彼はやや顔色を青く黙り込んだ。


 わたしにも何が問題か解らないのだ。きっと、アミアも何が問題なのかわかっていないのだろう。


「なにが言いたい。」


「あら? 本当に南方辺境伯家当主様はなにが問題なのかわかっていないのね? では教えてあげるわ。まず、令嬢の実家である公爵家への非礼。これに関しては、あちらの御当主のお考えがあって口を閉ざしてくださっているから大事にならなかった《《だけ》》で、令嬢自身と、王からの要請でご令嬢を差し出した御実家、そして王家にとって『非礼』でしかないからよ。『モルファ辺境伯家はこの結婚に対して承服していない』と言っているのとおなじなのよ。」


 それを私は否定する。


「その様なつもりはないが、もともと陛下の押し付けから始まった話だ。最初に話が出た時点で一度お断りしている。」


「へぇ、そう。じゃあその断った時に、南方辺境伯家に反逆の意志ありととられなかっただけ、感謝なさいな。」


 『反逆』とベラの言った重い言葉に、私は眉間に皺を寄せる。


「その様なつもりはない。」


「貴方にそのつもりはなくても、向こうはそう取ると言っているの。王城では、貴族は言動、表情、行動の一切を監視され責任を問われる物よ。一つ間違っただけで破滅する貴族も多いという事を知りなさい。貴方のその発言をそうととられた場合、王都に住む我がドナン子爵家は見せしめとして消える可能性があったのよ。そこから王家やそれに従う貴族と南方辺境伯で戦になることだってあったの。あぁ、その場合、反乱軍の長である貴方が、寝首を掻かれることだってあるのよ? 我が一門は、貴方のせいで盤石ではないのだから当然よね。」


「なに?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 我が家門が盤石でないと、彼女は言ったのだ。


「ベラ、冗談といえ、言っていいことと悪いことがあるぞ。」


 そう彼女を咎めたアミアの顔は、青白く、そして厳しい。


 しかし咎められた方の彼女は、あら嫌だ、と噴き出した。


「モルファ辺境伯家の当主殿は、わが南方辺境伯騎士団の結束が盤石だと思っているの?」


 それには私は力強く答える。


「なにを言うか。南方辺境伯一門の主要な当主は騎士団の重要役職についており、こうして常に顔を合わせ、意思疎通を図っている。盤石以外の何物でもないではないか。」


「……本当に、なんでこんなことになったのかしら……。」


「なに?」


 ぼそりと呟いた彼女にその真意を問おうとすると、彼女は顔をあげて私をしっかりと真正面から見てきた。


「まず一つ。騎士団の中ではそうかもしれないけれど、各家との意思疎通の方法はそれがすべてではないわ。騎士団は確かに我が一門の誉れであり最も重要視するところではあるけれど、それは多角的に繋がる家門のたった一面でしかないわ。」


「どういうことだ?」


「貴方は主要な当主は、と言った。では、騎士団に居ない分家の当主とは意思疎通がとれているの? 騎士団に身を置く夫のため家と領地を守る家族は? それらを置き去りにしておいて、何が盤石と言えるの?」


「しかし、辺境伯家の本分は騎士団だ。」


「だ・か・らっ!」


 サンドイッチをあらかた腹に収め、紅茶を自らティーカップになみなみと注ぎ、一気に飲み干したベラは、わざと音を立てるようにソーサーにそれを置くと、私を指さした。


「その頭には虫が湧いてるのかって聞いてるのよ。辺境伯騎士団が国の防衛の要であること、それが我が家門の誇りである事は、辺境伯騎士団にも王宮騎士団にも身を置く私が良くわかっているわ。しかしそこに、領地領民がいるということを忘れているわ。確かに辺境伯騎士団がなければ国の、領地の安寧はないでしょう。しかしその安全を守る一方で、領民を飢えさせないために農耕と酪農を行えるように大地を整え、騎士団の武器防具や砦を築くために鉱山を管理し、税を納めてくれる領民が定住してくれるように統治し、騎士となるために手をあげてくれるものを育てることも同時に必要なのよ。しかし広い辺境伯領で、モルファ家だけではそれらを管理することは出来ない。そこでモルファ家の代わりにそれらを行ってくれているのが各領地に点在する分家であり、騎士団長の代わりにそれ等を纏め上げるのが、モルファ家の内政を行う女主人なの。前辺境伯夫人であった伯母さまがそうであったようにね。」


「母上が?」


 驚いたような声を上げた私に、ベラは深い溜息をついた。


「あんたは何を見てきたのよ。伯母さまは私達を辺境伯の屋敷に呼び、家門の女主人を茶会に呼びと、女主人の役割を果たしていたじゃない。」


 彼女が言うとおり、母が存命の南方辺境伯の屋敷では、子供の楽しげな声が響き(そこには自分もいた)、茶会では婦人方が楽し気に話をしていた。が、本当にそれだけだと思っていた。まさかそれに、そんな意味合いがあるとは知らなかった。


 私がそう考えていると解ったのだろう、ベラは深く深く、溜息をついた。


「……あんたがフィデラ兄様と伯母さまに対して後ろめたい気持ちを持っていることも、お二人が亡くなった後も以前と変わらず騎士団長を続け、嫡子となった貴方には厳しくなった伯父さまに劣等感を抱いているのは知っているわ。」


「劣等感だとっ!」


 その言葉に強く机をたたくように立ち上がった俺に、彼女は不敵に笑った。


「そうやって、いちいち目くじらを立て、大きな声で怒ること自体、そうだと自ら肯定してるのよ。」


 顔に熱が集まるのがわかり、私は彼女を静かに見下ろした。


「不愉快だ、出て行け。アミア、こいつを追い出せ。これ以上付き合ってられん。仕事の邪魔だ。」


 そう言って執務用の机に戻ろうとした私の背中に飛んできた、声。


「自分の都合が悪くなると逃げ出すのは相変わらずね。その子供(ガキ)みたいな劣等感と罪悪感の昇華の仕方を完全に間違えて、辺境伯騎士団と辺境伯一門の《《盤石であった一枚板に深いヒビを入れただけはある》》わ。」


「ベラッ! 辞めるんだ!」


 アミアの止める言葉よりも、はっきりとそれは耳に届いた。


 突き刺さるような言葉を吐き、その言葉を咎めるように名を呼ばれた彼女を振り返った。


「何、だと?」


「やだ、本当に気が付いていなかったの? 馬鹿じゃないの?」


 噴き出したように笑った彼女は私を見た。


「伯母様とフィデラ兄さまが亡くなられた後、辺境伯騎士団団長だった伯父様は、伯母さまの願いである盤石な辺境伯一門を守るように内政の事にも心を砕きながらも、騎士団長としても務められていた。そして、貴方にもそうである様育てるため厳しく接していらっしゃった。それまでの伯父様から見れば、貴方には特に厳しくなられたわ。

 貴方は父上は僕が嫌いになったんだと嘆いていたけれど、伯父さまの思いを知っている者……アミア兄様やポーリィお姉様達は、貴方に何度もそうではないと伝えたはずよ。

 それなのに、勘違いして泣く貴方が可哀想だからと諫めるものを遠ざけ、甘やかすだけ甘やかして諫めなかった使用人や、貴方の地位や立場だけを見て担ぐだけの能のなしの馬鹿達によって、貴方はますます勘違い男になった。」


「私の、どの行動がそうだというのだ!」


「そういうところよ? あぁ、でもそうね。理解しようとしない貴方のために、ちゃんと言葉にしてあげるわ。

 フィデラ兄様と伯母さまの事で『死』について間違った認識を持ち、医療班を解体し、騎士達を苦しめた事。

 辺境伯領とは辺境伯騎士団が全てであり、その辺境伯騎士団の団長である自分はそれをしっかり指揮できていると思い込み、騎士団がしっかりしているうちは我が一門は盤石であると思っていること。

 裏を返せば、騎士団に関わりない分家は関係ないと思い込んでいるところ。

 貴方を甘やかし、ご機嫌を取っている者達の意見が全てであり、自分が正しいと思い込んでいるところ。

 そのせいで、貴方は一瞬とはいえ南方辺境伯騎士団に、王家と公爵家という、戦うべきではない敵を作りかけたところかしら?」


「その様な事は思ってはいない! たしかに我が一門は盤石だと思っているが、騎士団に関わりない家門を関係ないとは思っていない! それに、王家や公爵家を敵に回そうとしたこともない!」


 答えれば、ベラは大きく銅色の目を丸くしてキョトンとし、それから声をあげて笑った。


「思っていない? ではなぜ、先ほども言ったとおり、正しく結婚式と披露宴を行わなかったの? 辺境伯騎士団団長で家門の頂点である男が、分家を纏める役割を担う高貴な血筋の女性を王の要請で娶ったにもかかわらず、その女性の披露を行わないどころか、結婚式にすら呼ばなかった。これが、王家と、公爵家、そして我が一門に連なる家の者を馬鹿にしている行為ではないと? 貴方の言っていることが本気だとしたら、とんだ笑い種だわ。」


 ふふふ、と知った顔で笑い始めたベラに、私は叫んだ。


「ネオン嬢の事は王家と公爵家から預かった令嬢、ただそれだけだった。だから、傷など一つつけぬよう気遣い、白い結婚として実家に送り返すか、警護を置いて屋敷で暮らさせるつもりだった。だから、披露目などする必要がなかっただけだ!」


「……は?」


 その言葉に、腹を抱えて笑っていたベラは表情を失い、ぴたりと凍り付いたように動かなくなった。


「な、なんだ。」


 先ほどまでさんざん私を馬鹿にしていた表情や行動をとっていた彼女は、無表情のまますっと背筋を伸ばすと、静かに立ち上がり、私の真正面までやってきた。


「ラスボラ。」


 冷たい声だが、俯いた彼女の表情はうかがい知れない。


「何だ。」


 私の言葉に、頭を上げた彼女のかおは、憤怒で赤く染まっていた。


「歯を食いしばれ。」


 その言葉と同時に、私は左頬に強い衝撃を受けた。

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― 新着の感想 ―
お、お姉様ぁぁ!好き!!!よっし!もっとやったれーーー!1度くらい顔の原型なくなるまでボッコボコに!
ベラ様格好良い! マジbella donnaすぎる。
クソガキの躾役キター!
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