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10・一段落と、問題発生。

「ふぅ、ようやく全員の清拭と処置が終わりましたね。」


 私が額の汗を拭って部屋を見回した。


 ベッドに横たわる負傷した23人の騎士様全員の清拭と傷の洗浄が終わり、最後にお亡くなりになった騎士様の身支度を整え終わった頃には、窓の外に見える砦の壁は夕暮れの赤に染りはじめていた。


 開けた窓からひんやりとした風が入ってきて、よく動いた後の火照った私の頬をかすめていく。


(あ、気持ちがいい)


 急に惨劇を見せつけられたり、前世を思い出したり、感情と思考の小競り合いの末に動きまわったりフル回転の頭がクールダウンされていくようで、目を閉じ……たところで、はっと思い出した。


「大変、窓を閉めなければ騎士様たちの体が冷えてしまいますわ!」


 私たちは休憩も取らず、動き回っていた為に汗をかく程に暑くて忘れていたが、季節はまだ初夏だ。


 熱が出ていて、しかも清拭後でシーツに包まれているだけの騎士様達には夕方の冷たい風は体によろしくない。


「皆様、急ぎ全ての窓を閉めてくださいませ。 騎士様たちが冷えてしまいます!」


「は、はい!」


 息付く暇も無く、開放していた木戸とガラス窓をバタバタと4人で閉めて回ると、今度は室内は隙間から差し込む光だけで、真っ暗になってしまった。


 これでは何も見えないではないか。


(私の馬鹿―!)


「大変、明かり、明かりはどこにありますの? 付けなくては!」


「大丈夫です、奥様。 今しばらくお待ちください。」


 大変だ、と慌てていると、ここに慣れているズテトーラ様とルフィッシュ様が手分けして、壁や柱についている魔導ランプをつけてくれた。


 古めかしい形の魔導ランプに火が入ると、オレンジ色の光が室内に灯り、温かい気持ちになる。


(こうしてみると、魔導ランプって言っても、明かりの強さ的には現代の蝋燭みたいな感じよね。 いえ、これでも大変高価なものだけど。 あぁ、明かりっていいわ。)


 市井の家では魔導品は高価で買えなかったから夜になると暖炉の火の明かりと、旧式のランプだけが頼りだったから夜は薄暗く心細かった。


 しかしここでは、魔導ランプが等間隔に配置され、ゆらりゆらりと揺れるオレンジ色の温かい光に照らされている。 そんな恵まれた環境を好ましいと感じながら、私は、明かりをつけ終えてそばに寄ってきてくれた3人に深く頭を下げた。


「皆様、お疲れさまでした。 大変だったでしょう? 今日は私のわがままに付き合って下って本当にありがとうございました。」


 私だけなら、この時間になっても、半分も終わっていなかっただろう。 本当にありがたくて、心からお礼の言葉が出た。


 すると、そんな私の行動と言動に心底びっくりしたのだろう、 3人がひどく慌てた声を出した。


「い、いけません! 奥様が頭を下げるなんて!」


「奥様! 頭をあげてください!」


「私どもは、そのように奥様が頭を下げるような立場では……。」


「いいえ、そんなものは関係ないの。 ただ本当に、感謝を伝えたいの。」


 そう言ってから、ゆっくりと頭をあげる。


「本当に、本当に助かりました。 きっと、皆様は終業の時間を過ぎていますよね。 今日は慣れない作業をしてお疲れでしょう? ゆっくりお休みになってくださいませ。 ズテトーラ様とルフィッシュ様は、何をしていたのか、と、上官の方に聞かれましたら、『奥様の手伝いをしていた。 何かあるようなら私達でなく、奥様にお尋ねください。』とお答えくださいませね。 それから、最初にたくさんお湯を沸かしてくださった騎士様もいらっしゃったわね、明日にでもお礼を伝えたいわ。 アルジも本当にありがとう。 侍女の貴女に今日はなれない仕事をさせてしまって申し訳なかったわ。 お屋敷に戻ってゆっくり休んでちょうだい。 本当にありがとう。」


「奥様……。」


 泣きそうな顔のアルジの両手を、私はぎゅっと握った。


 あの時。 あからさまに嫌な顔をした使用員たちの中で、一人、残ってくれ、声をかけてくれた、折れかけた私の心を救ってくれたアルジに、その感謝を伝えたいとぎゅっと両手を握ったのだが、逆に握り返された。


「奥様のご命令とあれば、私はなんだって致します。 それより奥様、もう暗くなってまいります。 馬車を門のところまで呼んでまいりますので、お屋敷に帰りましょう。 奥様が一番お疲れのはずです。 お屋敷でゆっくり休んでくださいませ。 しっかり御磨きさせていただいて、マッサージも致します! 栄養のある晩餐にしてもらいましょう!」


 さすがに疲れた色を隠せないアルジは、それでも主人である私を気遣ってくれる。


 確かに今日は本当になれない仕事をしたから休みたい、お屋敷に帰りたい。 たっぷりのお湯で湯浴みをして、清潔でふかふかな柔らかなベッドでゆっくり休みたい。


(……いいえ。 駄目よ。)


 顔をあげれば、アルジの後ろに広がるのは、負傷した騎士様たちの横たわるベッド。


 傷や体の汚れはぬぐい取れたとしても、高熱と、痛みと、恐怖でいまだうなされ苦しんでいる。 それは、時間に関係なく、彼らの体と心を蝕んでいくのだ。


(特に重症な方もいらっしゃる。 夜も、熱の出た体を冷やしたり、水分補給に様子観察が絶対に必要だわ。)


 その必要性は十分に解っている。


 記憶が戻ってしまった以上、そして手を出してしまった以上、ここを放っていく訳には行かない。


 そう、私がするべきこと、しなくてはいけないことだと、分かっている。


(それに、救護室に残してしまった騎士様も、綺麗にしてご家族の元へ御返ししなければ……。)


 やる事はまだ山積みだ。


 だから、私はしっかりとアルジの目を見て言った。


「アルジ、私はここに残ります。」


「奥様!」


 驚いて目を見開いたアルジに、私はしっかりと伝える。


「私はここで、こうして勝手な行動した責任を取らなければならないのです。 その一つとして、私は今日はここに泊まり、皆様の看病をします。 あなたはお屋敷に戻りなさい、これは命令です。 ただ一つ、申し訳ないけれど、誰かに夕食と、明日の朝の分のパンと果実水、それから、わたくしの服の中から乗馬用の、一番シンプルで動きやすい服を持ってきてくれるように、他の誰かにお願いして頂戴?」


 その言葉に、アルジはひどく驚いた顔をした。


「奥様、いけません! 辺境伯家の奥様がこんなところにお泊まりになるなんて! 護衛や、晩餐はどうされるのです?! それに寝台もないのに……」


「そうです、奥様がこのようなところにお泊りになるなんて、辺境伯様がお許しになりません!」


 それを聞いてアルジとズテトーラ様、ルフィッシュ様が声を上げるが、私は微笑みながら、そっと皆の肩に手を触れた。


「あら、一晩や二晩は入浴しなくて案外と大丈夫なものよ。 それに寝台なら空いたベッドがあるわ。 皆様は負傷していらっしゃるし、中から閂も掛けるから、みんなが心配するようなことは、ないでしょう。 有っても其れは自己責任ね。 それに、大きな声でも出せば、騎士様達が夜勤を務めていらっしゃるから平気……」


 そこまで言って、私は首をかしげた。


(あれ? 何か大切なことを、忘れていない?)


 ひと時、ここまでの経緯を考えて、思い出した。


 ここが、どこだったのか。


 ここは夜勤の騎士様たちの兵舎なのだ。 つまり、このままでは今晩の仮眠の場所がない事になる。


「大変よっ! 夜勤の騎士様の寝る場所を確保していただかなきゃ! 最初に会った副団長様は、まだいらっしゃるかしら!?」


 急ごしらえにでも、他に皆さまに仮眠をとっていただけるような場所がここにあるのかしら? そもそもここまでの経緯も説明しなきゃいけないのではないか。


 考えなしに動いた付けが来た! さて、どうしよう! と慌てて考えている時だった。


「どう言う事だ! 説明しろっ!」


 大きな音を立てて勢いよく開いた扉の音に、私たち4人はそちらを振り返った。

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