表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/168

97・幼い頃の思い出と、引っかかる棘

「カルヴァ夫人は、旦那様の従姉で幼馴染、という事でいらっしゃるのですね。お話を伺うと、結束の固い幼馴染みだったのだとよくわかりました。大変に羨ましい事ですわ。」


「確かに辺境伯領の家門の結束は王都の貴族にはないものかもしれません。ですが、同じ家門の中や同じ家格、政的思考の家の同年代の子供同士で交流があると聞いております。御実家の公爵家では違ったのですか?」


 茶を飲みながら、一般的な感想を述べた私に、淡く笑ってそう尋ねて来たカルヴァ夫人。


 それには少し首を傾けて曖昧に微笑む。


(カルヴァ夫人は旦那様やお義兄様のフィデラ様と同年代……だとすればこの方は30歳前後よね?そうすると10年前は学園を卒業して社交界にデビューした頃。とすると、この方は私の一家が市井に放り出された時、王都にいたはずで、大変な噂になったとされる()()()()()()()()()()()()()()()()を知らないわけではないはず……。)


 ふむ。と、心の中で考える。


 この国の貴族の子は、辺境伯家の男子が領地から離れられない、又は子女が病弱で領地で静養をしなければならないなど、よほどの理由がない限り、11歳で王都にある国立の貴族高等教育学園に入学し、18歳の卒業パーティーで社交界デビューをした後19歳になるまでの1年は、王都で過ごし貴族として社交を学ぶのが慣例だ。 特に同時期に近しい年に王族がいると、この慣例はほぼ強制になる。


 社交界を学ぶ一年は、縁付きの1年ともいわれるからだ。


 それは、僻地で平民と変わらぬ生活をする子爵・男爵家にも適用される。


 金のある者は王都に所有するタウンハウスから学園に通い、金のないものは国へ領地の納税状況等を申請して学園の敷地内にある厳しく管理される寮で過ごすか、王都にタウンハウスを持つ本家を頼り、行儀見習いを兼ね屋敷の仕事をしながら学園へ通う事が多い。


 彼女もそうだった。


 少し癖の強いダークブロンドの髪に若草色の瞳、失礼と取られても仕方ないほどはきはきした物言いをする彼女は、公爵家から派生した分家でもさらに末端の子爵令嬢で、義務である学園に通うため、本家である公爵家の|役立たずの次期公爵夫人(私の母さん)の侍女見習いとなった。


 そんな彼女は、恋に恋をしていたのか、それとも野心があったのか。本家の嫡男とはいえ、15以上も年上の、しかも質の悪いと噂の公爵家の嫡男(バカ)と恋に落ちた。


 年上の、しかも口がうまい男が言い放つ薄っぺらい『恋』という言葉に騙された彼女は、やがて腹に子をなしたことで、公爵家の祖父母によって両親が呼び出され、奉公中に既婚者の主人をたぶらかした、身持ちの悪い恩知らずのバカ娘と責め立てられた上、その責任を取れと、あの穀潰しを引き取らざるを得なくなった。


 子爵夫妻は、恩知らずにも行儀見習いに上がった公爵家でその嫡男を篭絡した悪女という汚名を着せられた、腹に子を宿した娘とその元凶となった屑男と共に、口止めとして押し付けられた金貨袋を抱えて領地に押し込められる事となり、公爵家の後継ぎは次男と発表された。


 そんなスキャンダラスな公爵家の嫡男交代劇は、報復が怖くて誰しも大っぴらには口に出せなかったと想像できる。 しかし、まことしやかに噂になったはずである。


 特に令嬢のいる家は『ああならないように気を付けろ』と子に教えたはずだ。


 何故、そんなことを社交界に居なかった私が知っているかと言えば、引き取られて以降の顔見世の夜会で、同年代のご令嬢達に『あれが、血統だけは本物の、市井育ちの張りぼて令嬢よ』と、わざわざ私に聞こえるように言っていたのを聞いたからだ。


(めんどくさいし、間違ってないから否定もしなかったけれど、あの後テ・トーラ公爵家当主(じじい)がしっかり報復したと侍女から聞いた……あぁ、貴族って怖いわね。)


 そんな私でも知ることの出来た過去の噂と、今回行っているであろう婚姻前の私への事前調査。それを見れば私の出自くらい知っているだろうに、そういうことを尋ねてくるとは、目の前の人は現テ・トーラ公爵夫人(クソババァ)と同じ生粋の貴族のご令嬢って事なのだろう。


(うん、こういった純粋なお貴族様とのお付き合いは、あくまでも表面上うまくやるに限る。)


 僅かな時間でそう判断した私は、にっこりと笑うと、まだ公爵家の子供だった頃のこと思い出すように目を細めながら、彼女の問いに答えた。


「残念ながら、実家ではそのようなことはありませんでしたわ。公爵領があるとはいえ、公爵家は典型的な宮廷貴族です。本家の者が敬われ、分家の者は付き人の様に従う。分家筋の同じ年代の子供とは、確かに共に学び、共に過ごしますが、互いの立場を弁えることも同時に教えられますので、それ以上でもそれ以下でもありません。」


 嘘は言っていない。


 あの家にいた頃、私は公爵家嫡男の娘という事で、『父親は公爵家嫡男でも、母親は()男爵令嬢の癖に』と陰では分家の人たちに言われていたものの、祖父母たちの前では私を敬い、従っていた。


 私の答えを聞いたカルヴァ夫人はやや悲しそうな顔をした。


「そうなのですね。それはお寂しかったでしょう。」


 と、手元に手をやって驚いた顔をした。 それに私は静かに頷く。


「えぇ、仕方ない事とはわかっていても、子供ながらに孤独を感じたこともございましたわ。ですから、カルヴァ夫人のお話を伺い、南方辺境伯領の……モルファ辺境伯家とその一族の結束の強さに感銘を受けたところです。大変勉強になりましたわ。」


「感銘など……大袈裟ですわ。」


 僅かに頭を下げにこやかにそう答えると、カルヴァ夫人は柔らかく笑った。


「ですが、現辺境伯家当主となられたラスボラ様も婚姻成され、こうして素晴らしい奥様をお迎えになった。お二人の子供が出来れば、同じように子供たちが集まる事でしょう。またこの庭も明るく賑やかなものになりますわ。私にも8つになる息子がおりますので、その日が楽しみですの。」


(子供、ねぇ。)


 白い結婚なのでそんな物出来ませんよ、なんて言ったら腰を抜かすだろうか。 それとも聞いて知っていてそう言っているのだろうか判断に迷う。が。


(余計な事は言わない方がいいわね。)


 そう思った私は、穏やかに微笑んだ。


「子は授かりものですもの。こればかりはどうなるかわからぬものですわ。」


 うふふと笑いながらさらっとその話を流した私は、そう言えば、と手を合わせてカルヴァ夫人を見た。


「ところで侯爵夫人。先ほどのお話ですと、皆様幼少の頃からそのように大変仲良く過ごされていたようですが、大人になられてからは皆様で集まったりなさることはないのでしょうか。」


「……え?」


「実は私、カルヴァ夫人のお話を伺うまで、辺境伯領では守護の要というお役目から、騎士団の砦以外で親族が集まる事がないと思っていたのです。」


「何故、そのように思われたのですか?」


「先だって行われた結婚式の後、婚姻のお披露目が行われませんでしたので。」


 19歳の若い無邪気な令嬢として、無邪気な笑顔でそう問いかけると、カルヴァ夫人はわずかに目尻を歪めた。


 周りにいた本宅の使用人たちも動揺しているのが見て取れる。カルヴァ夫人の連れて来た従者や侍女も、だ。


「さ……さようでしたね。いえ、本来であれば辺境伯領でも教会での婚姻式の後、リ・アクアウムの屋敷かこちらのお屋敷で、若夫婦の披露目は行うのです。ただ今回は、魔物の強襲(スタン・ピード)の可能性が多方であったため、騎士団長であるラスボラ様自らが披露の宴を中止し、そちらを優先されたと、夫から聞いております。」


 少しばかり伏せたように見えた目に、本当はもっと何か裏があるんだろうなぁと感じながら、私はさようでしたか、と小さく頷いた。


「辺境という国防の要の土地ですもの。大切な事情がおありだとは思いましたが、やはりそうでしたか。……実は私、王都でド・ラド公爵家と北方辺境伯家、ア・ロアーナ公爵家と西方辺境伯家のお披露目の席に招かれていたので、少しだけ不思議だったのです。何故私だけが、王都の大聖堂ではなく辺境伯領の教会で結婚をし、披露目も行われなかったのか。でも、こうして理由をお教えていただいて、納得いきましたわ。モルファ辺境伯領の皆様は、本当に結束が固くていらっしゃるのですね。」


「そう、ですわね……。」


 うふふと笑ってそう言った私に、カルヴァ夫人は顔を扇を広げて口元を隠したが、わずかに顔を顰めたのは見えた。


 叩き込まれた教育の最終確認と、王都の社交界での場数を踏むため、そしていろいろ噂のある、表向きは病弱で公爵領から出ることの出来なかったテ・トーラ公爵家の血統の色彩を持つ『宝石姫』たる私を、正式に公爵家の当主の養女となったと知らしめるために連れていかれた両家の披露目の会。


 辺境から王都へ連れてこられた嫁、婿の披露宴には、新郎新婦双方の両親や親戚が集まり、結婚式は王都で最も格式高い大聖堂で行われ、各公爵家のお屋敷で盛大な婚姻のお披露目パーティが開かれた。


 歓迎ムード、というものはあぁいう事を言うのだろう。


 しかし、我が家とモルファ辺境伯家は違った。


 私は花嫁衣装を身に着けて馬車に乗ると、そのまま長い時間をかけこの地に連れてこられた。


 そしてそのまま、リ・アクアウムの聖堂で旦那様と当家の養父・義弟、そして辺境伯騎士団の皆様に見守られるだけの結婚式を終えると、聖堂外で旦那様と簡単な挨拶だけかわした養父と義弟は王都へとんぼ返りをし、私は初めてお会いしたばかりの旦那様となった方と二人、残された。


 しかしこれは、テ・トーラ家の問題と思っていた。


 私の素性を考えれば、とんでもなく値の張る嫁入り道具を用意して貰えた上、この辺境の地まで養父と義弟がきたこと自体が公爵家の温情なのだろうと思っていたのだ。


 しかし、後にお忍びで向かったリ・アクアウムの住人ががっかりしながら『公爵家の娘を王命で娶った領主様だけれど、結婚する当主様以外、親戚は誰一人参列していなかったんだ。当主の結婚式だというのに随分寂しいものだったよ、あんな良い花嫁様なのに、歓迎されていないのかねぇ』と言っているのを聞いた。


 その言葉に大きな意味はなく、領民である彼らからすれば、辺境伯領の当主の結婚式。その親族はもちろん、近隣からもたくさんの貴族が祝福に押し寄せ、その見物人も集まる、もうけ時と思ったのに、当てがはずれた、という事らしい。


 だが私の見解は違った。


 その話が本当であれば『モルファ家一族は当主とテ・トーラの令嬢を認めない』と言っているようなものだ。


 普通の結婚であれば、侮られたものとして結婚式を中断し、嫁ぐ娘ともども王都に引き返し、王へ奏上の上、慰謝料を請求してもおかしくないくらい酷い出来事だ。


 王命で結ばれた各辺境伯家と3大公爵家の結婚で、元々旦那様が渋っていたのを、テ・トーラ公爵家当主(くそじじい)が押し切った形にしたから騒ぎにならなかっただけだし、テ・トーラ家の問題と思っていたそれは、モルファ辺境伯一門の問題だったという事になる。


(それでカマをかけてみたのだけれど……やはりテ・トーラ家(うち)というよりは、モルファ辺境伯一門の問題が大きかったのね。)


 目の前にいるカルヴァ夫人の指先が震えているのが見えた。


 立派な結婚式と披露の宴を行った他家と違い、南方辺境伯のモルファ家()()が『テ・トーラ家からの花嫁』と『参列した父兄』にそういう扱いをしたという事実を、カルヴァ夫人は初めて知ったのかもしれない。


(それでも、自身の旦那様に聞くことだってできたはずなのだけど、それもなかった、という事かしら。)


 不思議に思っている私に、扇をたたみ、平静を装いにっこりと笑ったカルヴァ夫人が言った。


「まさかお二人の結婚式がそのようなことになっていたとは……モルファ夫人には、大変に申し訳なく……そ、そうですわ。結婚なさった頃と違い、今は魔物の強襲(スタン・ピード)も、他国からの干渉も落ち着いていると聞いています。改めて、リ・アクアウムにある別邸で結婚披露宴を行う、というのはいかがでしょうか?」


 その後ろに控える家令や侍女長も、それにはわずかに嬉しそうな顔をしているが、私はそれに静かに首を振った。


「申し訳ございませんが、それは遠慮申し上げますわ。もう婚姻から半年近くたっておりますし、私は現在、カルヴァ夫人もご存じの通り、辺境伯騎士団医療班の隊長という役職を拝領しております。またそれに合わせ、前辺境伯夫人から引き継いだ慈善事業を軌道に乗せるために大変忙しくしており、披露宴やその準備に心を砕く時間がございませんもの。」


「存じ上げておりますわ。 ですので、よろしければ準備は私ど……」


「いいえ、本当にもういいのです。それよりも、今日はカルヴァ夫人とお会いでき、こうしてモルファ辺境伯家について教えていただけて良かったですわ。」


 言葉の続きを言わせないように、私は笑顔でお礼を言い、頭を下げた。


「少しでもモルファ夫人のお力になれたのなら、幸いですわ。それと、慈善事業の件ですが、もしよろしければ是非、私共にも手伝わせてくださいませ。」


「まぁ、ありがとう存じます。ですが、この事業は始めたばかりで手探りの状態で先も見えない状況です。そのようなことにカルヴァ夫人のお手を煩わせるようなことは出来ませんわ。」


「さようですか……。 では、落ち着いたらお声掛けくださいませね。」


 笑顔で答えた私に、それ以上は深入りしてこなかったカルヴァ夫人に、にこりと微笑んでおく。


 その後は、王都での流行など、差し障りない話をしながら、私は頭の中をまとめた。


(お茶会をした収穫は、あったわ。)


 旦那様のワンマンぶりは、各親族にも広く知れ渡り、そしてどうやらどちらからかはわからないが、かなりの溝があるようだ。


 表面上は結束の固い辺境伯家だが、旦那様も騎士団内での暴挙を知る男性陣と、家を守る女性陣の間にも何やらかみ合わない雰囲気がある。


 そして親戚たちの誰もが、旦那様に物申せない状況のようである。


(と、すると、カルヴァ夫人は、家門の女性を代表して私がどんな人間か確認に来たというところかしら。懐柔できるか、否か。味方に入れられるのか、敵か。聡い嫁であるか、暗愚な張りぼてか……旦那様とはどうなのか……ひょっとすると、カルヴァ隊長も絡んでいるかしら?)


 そうならば、彼女は屋敷に帰って家族会議でもするのかもしれない。


 本家の当主は、領地領民の命もそうだが、分家の命運も握っている。


 分家として、本家に嫁いできた嫁を確認するという事はとても大切な事なのだろう。


(さて、どんな評価が下され、どんな行動を見せるのかしら……。)


 私はお茶を飲みながら、そんなことを考えていた。







 遠い雲の色が変わり、冷たい風が吹き始めたという事で、雨が来る前に茶会はお開きになった。


 侯爵家の馬車が停まるエントランスまでカルヴァ夫人をお見送りをし、本日使用した金の花の入った紅茶と焼き菓子を『手土産です』と渡した私は、笑顔で受け取ってくれたカルヴァ夫人に対し、そう言えば、と微笑んだ。


「よろしければ、今度は現在、南方辺境伯領地内にいる、次代を担う優秀な子息たちのお話を()()聞かせてくださいませ。」


「子供たちの話、ですか?」


「はい。」


 戸惑ったような表情をしたカルヴァ夫人に、私はにっこりと笑んで頷く。


「旦那様は、優秀な子を養子に取ると嫁入りの際に私に言われましたの。ですから、その子の母になる心構えが必要でしょう? 候補者となる南方辺境伯の家門の中でも優秀な子供たちを、私もぜひ一度、拝見したいのですわ。」


 そう言えば、一瞬、表情が抜け落ちたカルヴァ夫人は、ひきつるように口元を上げると、機会がありましたら是非、と言って、馬車に乗り帰っていった。


(余計なことをされないために、念には念を入れておかなくては。 追い出される分には構わないけれど、使用人たちと協力されて結婚披露宴をサプライズ! なんてされたら困るもの。)


 去り際にあんなことを言う私は、本当に性格が悪いと思うが、これは自分の身を守る保険。


 そう自分に言い聞かせながら、馬車が生け垣で見えなくなるまで見送った私は、手を振る手を下ろし、ほっと息を吐いた。


「ネオン様、大丈夫ですか?」


「えぇ、大丈夫よ。私は離れに帰ります。」


 デルモの言葉に頷いて、くるっと踵を返すと、何とも言えない顔で立っていた本宅の使用人たちがいる。


 そんな彼らに、私は笑顔でねぎらいの言葉をかけた。


「皆さんも、ありがとう。とても有意義な時間を過ごさせてもらいました。もし次がありましたら、よろしくお願いいたしますね。」


「奥様……。 いえ、本日はお疲れ様でございました。」


 何かを言おうとし、それをやめた家令は、皆に目配せし、一斉に私に頭を下げた。


「みなさんも、お疲れさまでした。」


 それを受け、私も一つ、礼を言って離れの屋敷に足を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
みんな、悲しい…心に鎧をまとったままのネオン、疲れますね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ