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96・初めてのお茶会

 心に小さな引っかかりを作ったクルス先生の言葉にまんまと飲み込まれたのか、2,3日たったあたりから私は例年通り、体調を崩していった。


 始まりは、食事の手が進まなくなった事だった。そこからはずるずると、疲れているはずなのになかなか眠りにつけず、夜中に何度も目を覚ます。ぐっすりと眠れないから朝も起きられない、という悪循環にはまってしまい、焦った私は皆に心配かけないよう、早めに対応しなければと、いつも以上に精力的に働き、元気に振舞うように心がけた。


 しかしそんな私の努力は、周りにいて世話を焼いてくれる人達から見れば、些細な抵抗であり、完全に逆効果だったらしい。


 気が付けば、食事のメインが肉から魚に、シチューがポタージュスープに、おやつが普段であれば大好きなクッキーやケーキから、口当たりの良い氷菓や果物に変わっていた。


 そしてその2、3日後には、私の仕事を補佐してくれている医療隊隊長補佐官のガラ、そして離れの執事であるデルモに『最近かなりお疲れの様子ですね。そもそも辺境伯夫人と騎士団隊長、二つを掛け持ちするのは大変なことです。そろそろ全体的な仕事量を見直した方がいいと思います。またお倒れになる前にぜひお願いします。』と、同日に別々のタイミングで言われたのだ。


(そんなに分かりやすかったかしら? 淑女教育を受けたのに情けない……。)


 なんて反省しながら自身を振り返る。


 医療隊立ち上げの時を考えれば、現在とんでもなく無茶をしているわけではない。しかし、一度寝込んでいることもあり、今回は皆の気遣いに素直に甘え、許される範囲で仕事に調整をかけてもらった。


 手のかかる入院患者が少ないことから医療隊では現場に出ることを控え、私にしかできない書類仕事をきっちりと行う。そうすると勤務時間中にも時間は空くので、辺境伯夫人兼医療班隊長として行っている慈善事業の仕事を持ち込んで処理し、その分屋敷ではしっかり休むようにした。


 その効果は一週間もたてば、食事の摂取量に、睡眠に、肌艶に、仕事の処理能力にばっちりと現れた。


「うん、ちゃんと休むと、やっぱり考え事がスムーズにいくわよね。」


「当たり前です。ネオン様は頑張りすぎなのです。もう少し力を抜いてもいいくらいですよ?」


「ふふ、そうね。ちゃんとみんなの意見は聞くものだって、身をもって実感したわ。」


 人間、食事大事! 睡眠大事! 自己養生本当に大事! と、心底実感しながら、現在私はたっぷりの湯にハーブの束が入った浴槽につかっている。


(朝からこんな風にお風呂に入れる、なんて、前世でも贅沢~って思っていたけれど、この世界だと本当に贅沢だって心底思うわ。そして、本当に気持ちいい。)


 本日は騎士団の仕事がお休みである。


 本来であればお休みの日は、いつも通り離れの屋敷でのんびり本でも読んで過ごすのだが、今日はいつもより早起きをし、侍女のもってきてくれたデトックス用のハーブ水を飲むと、ものすごくやる気になっている離れ専属の侍女達にあれよあれよとお風呂に誘導され、現在は隅々まで磨かれる。


(気持ちよくてつい眠くなっちゃう……あぁでも、今日は休みとはいえ気を抜くわけにはいかないわ。だってこの後は、女の戦場と称されるお茶会が待ち構えているんだもの。)


 欠伸を噛み殺してから、全身の気合をいれるように大きく深呼吸をした私に、侍女達は微笑んで大丈夫ですよ、と声をかけてくれながらハーブ水を持たせてくれた。






 カルヴァ侯爵夫人からの招待状には、デルモとたくさん相談し合ったうえで、私の現状ではカルヴァ侯爵邸へ出向くのが難しいため、申し訳ないが当家へお越し頂けないだろうか、という旨のお手紙をしたためた。


 それならばお会いせずとも結構っ!、と返事が返ってくる可能性も考えたが、そんなことはなく、夫であるカルヴァ隊長から、『辺境伯夫人が騎士団の仕事と慈善事業に日々奔走していらっしゃることをうかがっております。辺境伯夫人のお体に負担にならないようであれば、是非伺わせていただきたいと存じます』と、カルヴァ侯爵夫人より丁寧な返書が届いた。


 その為、頂いた言葉に甘え、茶会は騎士団の仕事がお休みの日に辺境伯家で行う事にさせてもらう事となった。


 そうなると、次の問題は茶会を開く場所と、本宅使用人たちからの耳障りな雑音だ。


 あくまでも私的な、2人きりで行われる茶会とはいえ、辺境伯夫人となって初めての、しかも同家門でも最も本家に近いカルヴァ侯爵家の夫人を招いた茶会である。


 流石に離れで行うわけにもいかず、かといって心情的には絶対! 本宅に足を踏み入れたくない。


 そんな私を案じた、デルモとモリマ爺の提案で、辺境伯邸の庭園にある手入れの行き届いたガゼボを会場に選んだ私は、デルモを通じて家令、侍女長にそれらを知らせた。


 すると案の定というか、家令と侍女長が二人連れ立って離れにやってきて『このお茶会、本宅にて取り仕切らせていただきます! もちろん奥様も前日から本宅に泊まっていただき、ふさわしいお姿になるよう本宅の侍女達にお支度をさせてください!』と息巻いて来た。


 それがさも当然という態度の彼らに、本当にうんざりしたのだが。


『今回のお茶会を貴方方にお知らせしたのは、貴方方の職務に応じてお客様のお迎えをし、おもてなししてほしかったからです。それ以上は求めていません。

 そもそも、同家門のカルヴァ侯爵夫人からの招待状が来ていたことを私に知らせなかったのは何故です? 騎士団へ私を誘導したこと、そして旦那様との仲を取り持つための不要な行動は再三取っておきながら、貴族として最低限は必要であり、行うと契約した社交について、家令として、侍女長として、不要と貴方方の判断でお断りした招待状の一覧を、その理由と共にデルモを通じて私に渡す等、何故出来なかったのです?

 今回のお茶会も、侯爵家の当主でもカルヴァ1番隊隊長から、夫人が私をお誘いしていたのですが、と、直々に渡された物です。

 しかも、同家門の、侯爵家、辺境伯騎士団副団長の奥様からの招待です。これは、貴方方が勝手に断っても良い物だったのでしょうか。

 前にも言いましたが、私が嫁いでからの一連のあなた方の行動。 つまり、旦那様との契約に対し不利益な行動や、離れへの過干渉、私が体調を崩していた時の不誠実な対応、辺境伯家の私的情報の流出を理由に、女主人として辺境伯家使用人全員の解雇も考えてもいいのですよ?』


 と、にこやかに微笑むと、2人は真っ青な顔をしながら頷いた。


 そこからは、各自しっかりと茶会について大切な事項を確認し合い、家令、侍女長、デルモ、そして厨房長とも相談をしながら、当日の内容をきっちりと整えたのである。


 茶会前であるが、はっきり言おう。


 もう二度とこんな面倒くさい事やりたくない!(貴族として無理なのだけど)


 そんなこんなで迎えた茶会当日。


 入浴とマッサージを終え、下着の上にガウンを羽織った状態で鏡台の前にしゃんと背を伸ばして座ると、私の侍女が虹色の光を放つ銀色の髪の毛を丁寧に梳き、一筋、二筋と落としながら髪を上げ、落とした部分をくるくるっと裾だけ巻いてふわふわのおくれ毛を作っていく。


 隣にある姿見の前には、今日私が身に着ける物が並べられている。アメジストを基調としたそれらすべて、公爵家から嫁入り道具として運び込まれた品々である。


 宝飾品はシンプルな大きな一粒石のアメジストに小さなダイヤを合わせたペンダントとイヤリングで、茶会用にと仕立てられた上品なティードレスは、公爵家特産の絹布を使って仕立てられた、清楚な白を基調に、裾にかけて淡いラベンダー色だ。


 こうやって見てみると、旦那様の瞳や髪の色彩要素が一切ないが、お飾りの妻として親戚筋には知れ渡っているだろうし、これも一興だろう。


 これらに関しては、やはり家令と侍女長が『社交ですので辺境伯家の予算からそれにふさわしいドレスや宝飾品を購入してください』とそれらしくごり押ししてきたが、公爵家から持ってきた一度も袖を通していない物があるので結構だときっぱり断った。


 彼らの訴えを聞いて商会でも呼び寄せようものなら、頭の先から足の先までもれなく全身旦那様カラーにされてしまうのは目に見えているし、大人数が集まるような着飾り虚勢を張ってなんぼのお茶会ならいざ知らず、今回の様なたった二人だけのお茶会に、領民からいただいている税を使いたくない。


(『金を領地へ落とすのは経済を動かすために大切な事』ってよくわかってるけれど一度も身に着けてない物があるのにつかわない手はないわよね。 王都へ行くときには辺境伯領の広告を兼ねてしっかり使わせていただくとして、今回はこれでいい。)


 なんて考えながら、されるがままになること数時間。


 姿見の中には、侍女達によって美しく磨かれた私がいた。


 鏡前でいろんな角度から自分を確認し、うん! 今日も自分史上最高の美少女! と嬉しくなりながら(前世の私とっても地味で冴えない容貌だったから、美少女の自分、とっても嬉しい!)淑女然と気持ちを整え、デルモや侍女たちと共に本宅の正面玄関のエントランスから、庭園へ伸びる舗装された小道を歩き、小さな噴水の横を通って会場となるガゼボへ向った。


「お待ち申し上げておりました、奥様。」


 そこにはすでに家令ジョゼフや侍女長コリー、そして本宅勤務の使用人たちが集まっていて、私を見るやいなや皆、きっちりと腰を折って挨拶をしてくれた。


「ありがとう。今日はどうぞよろしくね。」


 そう言って会場となるガゼボ周辺を見渡せば、そこは流石というべきか。 美しく仕上げられたテーブルセッティングに、並ぶのは品の良いカトラリー。 椅子には私好みの色合いの柔らかなクッションがおかれるなど、賓客を迎える準備が万全に整っていた。


「奥様、事前の打ち合わせ通りに用意しておりますが、あらためて説明させていただきます。」


 一つ頭を下げ、用意した菓子やお茶の説明を侍女長から聞いていると、従者の先導を受けてこちらに近づいてきた人影に気が付いた。


 鮮やかな赤をアクセントに使用した、年齢に見合ったシックな装いの女性の姿を遠くに確認し、私は使用人たちと共に、彼女を出迎える準備を整えた。







「ようこそお越しくださいました。 今日までご挨拶することが出来ずお詫び申し上げ、改めてご挨拶もうしあげます。 この度南方辺境伯騎士団団長モルファ辺境伯家が当主ラスボラ様へ嫁ぎました、テ・トーラ公爵家のネオンと申します。」


 ゆっくりと頭を下げ優雅に挨拶をすると、カルヴァ侯爵夫人は美しい微笑みを浮かべて静かにカーテシーをした。


「ご挨拶が遅くなりましたことをお詫び申しあげ、改めてご成婚のお祝いを申し上げます。私、カルヴァ侯爵家当主であり南方辺境伯騎士団副隊長アミア・カルヴァが妻、ポーリィと申します。この度は私の不躾なお願いに対し寛大なお心遣い、心より感謝申し上げます。」


 年は旦那様と同じかその上くらいであろうか。


 彼女の所作は指先まで大変に美しく、まさに生まれながらの貴族子女であるテ・トーラ公爵夫人(クソババァ)に通じる何かを感じながら、私は静かに笑みを深めた。


「どうぞ頭をお上げになってください。こちらこそ、お茶会のお誘いをいただいていたのに私の個人的な理由でカルヴァ夫人へこちらまで出向いていただき、恐縮ですわ。 ところで。実は私、王都と実家の領しか出向いたことがなく、こちらに来て、モルファ領の温暖な気候にとても感動しましたの。そこで本日のお茶会は、こちらに用意しましたの。どうぞ、お座りになってくださいませ。」


「その様に辺境伯領を気に入っていただけてうれしいですわ。では、お言葉に甘えて失礼いたします。」


 私は離れの執事であるデルモの、カルヴァ夫人は当家の家令ジョゼフのエスコートで、用意された席に腰を下ろすと、私は静かに傍に控えていた侍女長へ視線をやると、頭を下げた侍女長は、用意されたお茶を丁寧に淹れ、出してくれる。


「どうぞ、召し上がってくださいませ。私も失礼いたしますわ。」


「ありがとうございます、頂きますわ。」


 毒が入っていないこと、悪意がないことを示すために先に茶に手を付けた私。それに合わせ、カルヴァ夫人が指先の動きまで洗練された動きで、ティーカップに口をつけ、穏やかに微笑んだ。


「まぁ、美味しい。不思議ですわ、甘やかなお花の香りがするのですね。」


「おほめ頂き光栄です。今日の茶葉は、実家である公爵家が東方から取り寄せた、強く香りを放つ金色の小さな花の混ぜられたお茶なのです。 コリー。」


「はい、奥様。」


 声をかけると、侍女長が小さな小皿に、先程淹れられた乾燥した黄金色の花の入った茶葉を用意して持ってきてくれたため、そっとお出しする。


 その小皿を手にしたカルヴァ夫人は、まぁ、と小さく声を上げて柔らかに微笑む。


「何て可愛らしい。お花入りの茶葉は初めて拝見しました。それにお湯に注ぐ前からこんなにも甘くて良い香りがするなんて……とても華やいだ気持ちになりますわね。」


「気に入っていただけてなによりですわ。このお茶に合う菓子などもご用意しましたので、どうぞ召し上がってくださいませ。」


 そんな調子で始まったお茶会。


 話の内容としては、王都から嫁いできた年若い私がカルヴァ夫人から辺境伯領についてを教わる形となった。


 モルファ辺境伯領の主要な街や特産品、それらに関わる分家の話などはその最たるもので、本来であれば前辺境伯夫人から分家の嫁が教えられるような内容だ。


 モルファ辺境伯領の自治を預かる大きな分家は、事前に家庭教師から教えられたとおり4つ。


 辺境伯領を5つに分けたその中央が、近隣に炭鉱を有し、領内最大の都市を抱える辺境伯本家が直接管理するリ・アクアウム地方。


 カルヴァ隊長が当主で、カルヴァ侯爵家の管理するイルフター地方はまさに防衛の最前線となる砦や関所があり、広大な森林を持つ。


 9番隊隊長が当主となるドンティス伯爵家が管理するエアレション地方は、カルヴァ家と協力関係にあり、隣国からリ・アクアウム、そして王都をつなぐ街道の最初の宿場町になる。


 2番隊隊長の兄が当主を務めるティウス伯爵家が管理するラーイート地方は大きな湖があり、養殖漁業が盛んだそうだ。


 そして旦那様と私の契約書を作ってくれた魔法司法士の嫡男がいるキンリー子爵家が管理するソーイル地方は、小高い丘が多い台地で、牛や馬、鶏等を飼育する酪農が主産業らしい。


 これらを丁寧に教えてくれたカルヴァ夫人は、懐かしむようにガゼボの外に広がる広い庭に目をやった。


「王都の南の守護の要と言われるこのモルファ辺境伯領の守りを盤石にするため、本家であるモルファ辺境伯家に嫡男が生まれると、各家の次代を継ぐ年の近い子供たちは、年の半分をこの辺境伯家で暮らし、寝食を共にし、机を並べて勉学を行いながら他家よりも強い絆のもとで育ちます。このお庭でも、私たちはよく遊んでおりました。

 亡くなられたフィデラ様が当主になった暁にはそれを盛り立てるためと、現当主のラスボラ様、フィデラ様の乳兄弟で私の夫のアミア様、プニティ様にベラ様、クラウ様みんなで。護衛の目をかいくぐっては、皆でお忍びでリ・アクアウムに降りて、領地の子供たちと遊ぶこともありましたのよ。

 フィデラ様はとても朗らかで力強く、大変お優しい方でした。周囲を味方につける不思議な魅力をお持ちで、周りの子供達はみなフィデラ様が大好きでしたわ。お母様の前辺境伯夫人も、良くこちらに私たちや領民の子供たちを集めては、勉強を見てくださったり、おやつを用意してくださいました。今日こちらに久しぶりに来て、この庭が変わっていないことに少々安堵しましたわ。」


「それは素敵ですね。」


「えぇ。とても大切な思い出ですわ。」


 そう言って嬉しそうに微笑んだカルヴァ夫人に私もそれらしく微笑む。


 一族の結束が強いのはいいことだ。特に辺境伯の様に国防という重い任務を担う家であればなおさらにそうであろう。旦那様が親戚の家から優秀な子を養子に貰うといったのも、そう言う事なのだろう。


 だとすれば。


(なぜ、ここまで旦那様はいろいろ拗らせているのかしら?)


 お兄様がいなくなったとはいえ、皆幼馴染で、旦那様もその中の一人であったというのなら。


 何故その幼馴染たちは、お兄様であるフィデラ様亡き後、旦那様を殴り飛ばしてでもしっかりと現実を見せなかったのか。


(……聞いてみてもいいかしら?)


 遠い日を思い出しているのか、穏やかに目を細めて庭を見ているカルヴァ夫人に、私は少し思案した。

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― 新着の感想 ―
家令と侍女長の独断じゃなく、団長の鶴の一言でバッサリ切り捨てたのに、流石にそいつらに詰め寄るのはお門違いじゃ…… 未だに本邸に~と事ある毎に来るのはウザいけどさ。
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