第九話 〜ダンジョン入りの準備〜
街の質屋。
イサコとヌマコが質屋に預けたダガーを買い戻している間に、俺とステファンは売り物の剣を眺めていた。
ステファンが俺に聞いてきた。
「先生はどんな剣を普段使われているんですか?」
(正直、何を使えばいいのかは俺がステファンに聞きたいところだ)
俺はステファンの方を見て聞き返した。
「いや、えーと、そうだな。ステファン、これはテストだ。俺に適切な剣をこの中から選んでみろ」
ステファンは俺の方を見た。
「え?」
(なんだその虚をつかれたような顔は……もしかして剣について俺が素人なことがバレてしまったのだろうか)
ステファンは売り物の剣を難しい目で眺め出した。
「そうですねぇ……」
ステファンは一本の刀を指差した。
「これですかね? 同田貫」
俺はステファンの方を見た。
「これを選んだ理由はなんだ?」
ステファンは答えた。
「刀は上級剣士の中でとても人気があるので、ナルカミ先生も好きかなぁと思いまして」
(よく分からないが、剣聖が選んだ剣なら間違いないだろう)
俺は答えた。
「よし、合格だ!じゃあこれにするとしよう」
しかし俺は値段を見て驚愕した。
(百万ゴールド!?)
ステファンは同田貫を見ながら俺に言った。
「でもすごいですよね、こんな人気の刀がたった百万ゴールドだなんて。質屋って色々なものが安く買えて便利ですよね」
俺は大人しく、ステファンの勧めた刀を購入した。
それを見ていたイサコが話しかけてきた。
「うっわー、アンタめちゃくちゃ高い武器買ってんじゃん。やっぱりあれなの? 商売道具には妥協しないタチなの?」
俺は引きつった笑顔でイサコに返した。
「ま、まぁね」
因みにステファンが腰にさしていた剣は、どこかの国の宝剣らしい。深く聞くことはしなかったが、おそらくこの中で一番高い武器を所持しているのはステファンだろう。
イサコは俺が腰にさした刀を見て聞いてきた。
「次は……そういえば、アンタ職業は剣士だっけ?」
俺はステファンの方をチラリと見た。
(もし俺が無職だなんて知ったら、そんな無職に負けた自分をステファンは強く責め立てに違いない。…なんかそれっぽく都合のいいように考えては見たものの、やはり本音としては、無職と知った瞬間に、俺に対する尊敬の眼差しが粗大ゴミを見る目へと変貌するのを避けたかったのだろう)
俺はイサコを見て答えた。
「やっぱりそう見えるか?」
イサコはキョトンとした顔をしていた。
「そりゃそうでしょ」
俺はヌマコに向かっていった。
「ヌマコさん、悪いんだけど、ちょっと今から冒険者ギルドに付き合ってくれないかな?」
ヌマコは聞いた。
「私、ですか?」
俺は答えた。
「そうそう、冒険者ギルドでちょっと調整をしたくてね」
ヌマコは不思議そうに聞いてきた。
「調整? はぁ、私でよろしければ……」
そこにイサコが突っかかってきた。
「ちょっと? ナルカミ? なんでヌマコはさん付けで、私は呼び捨てなのよ?」
俺は平然と答えた。
「へ? だってヌマコさん年上だし」
ヌマコは拳を握りしめて答えた。
「私もヌマコと同い年なんですけど!?」
俺は少し考えてから答えた。
「イサコは……うーん、イサコはイサコでいいかな?」
イサコは笑顔で指をポキポキ鳴らしている。
俺も笑顔でイサコに喋りかけた。
「俺とヌマコさんが冒険者ギルドにいっている間、二人はこれで食料と回復薬を揃えておいて欲しいんだ」
俺は残りの全財産二十万ゴールドを財布ごと手渡した。
イサコは真顔に戻って聞き返した。
「え? いいの? これアンタの全財産でしょう?」
俺は答えた。
「金なんて持ってても魔王要塞の中では使えないからな。場合によっては二週間以上ダンジョンに籠ることになるかもしれないから、食料の栄養バランスや回復薬の種類は吟味してくれよ?」
イサコは元気よく答えた。
「まっかせときなさーい!」
ステファンは不安そうにイサコを見上げている。
俺とヌマコはイサコ達と別れ、冒険者ギルドへ向かった。
質屋を出てすぐに、俺は歩きながらヌマコに話しかけた。
「ヌマコさん、実はお願いがあるのですが」
ヌマコは俺を見て聞き返した。
「はい、なんでしょう?」
俺は答えた。
「実は俺は冒険者ギルドに行くのは初めてで、転職をしたことがないんです」
ヌマコは聞き返した。
「それって…」
俺は返した。
「そう、俺はまだ無職なんですよ、このことはイサコとステファンには秘密にしてもらってもいいですか?」
ヌマコは笑って返した。
「大丈夫ですよ。それより、ナルカミさんはなんの職業につくんですか?」
俺は答えた。
「イサコとヌマコさんが盗賊で、ステファンが剣士だから、俺は僧侶がいいかなぁと」
ヌマコは意外そうな顔で聞き返してきた。
「え? 剣士じゃなくていいんですか? そんなに剣術に長けているのなら、剣のスキルを習得した方がいいんじゃないですか?」
俺は真剣な表情で答えた。
「俺、将来は聖職者になろうと思うんですよね。で、信者をたくさん集めれば働かなくても楽にメシが食えるんじゃないかな、と」
ヌマコは笑いながら答えた。
「ナルカミさんらしいですね!悪徳僧侶……なんか想像できます」
━━俺は冒険者ギルドに着くなり、さっそく僧侶に転職した。
いや、元々無職だから就職というべきか。
俺は、僧侶になった者が最初に使える回復呪文ヒールを覚えた。
この呪文の効果を増幅させる武器は杖であって刀ではない。
刀を腰にさした僧侶なんて前代未聞だろう。
だがこれでいい。スキル"雷属性カウンター"は元々、罠の類のスキルで、長期戦の待ちに徹するタイプなのでヒーラーの方が相性がいいだろう。
そして将来は信者をたくさん集めて豪華な暮らしをする聖職者。
将来の目標も決まったところで俺たちが冒険者ギルドを出ようとしたその時、聞き覚えのある声を聞いた。
「アンタ達、本当に使えないわね!なんで半年も冒険者をやってきて冒険者ギルドも知らないのよ!!」
勇者の娘ナナ・ルミナスの声だった。
その後ろには、半年間、旅を共にしたボルケーノたち三人がついてきていた。
俺は、ボルケーノと目があった。
なんだか見られたくないものを見られたような、そんな気まずそうな顔をしていた。
「や、やぁ」
ボルケーノがやっと絞り出した声に、俺は笑顔で答えた。