第八話 〜見習い剣士の要望〜
倒れたティーカップから床下へ、紅茶の海が広がっていた。
紅茶の上を、溶けていない粉砂糖がギラギラと光っている。
それは夕焼けに輝く夜空の星のように綺麗だったが、その観察を邪魔するように怒号が飛び交った。
「どういう風の吹き回しよ!? ガキンチョ!アンタ熱でもあるんじゃないの!?」
イサコは笑っているんだか、怒っているんだか、よく分からない表情でステファンに言った。
ステファンも負けじと言い返していた。
「僕はナルカミ先生に剣術を教えて欲しいだけです!邪魔しないでください!」
ヌマコが俺の横に座って、小さな声で教えてくれた。
「イサコは初めてここにきた時に、あの子に剣術を教えようとしたんですけど、丁重にお断りされたことがあるんです」
俺は小さな声でヌマコに聞き返した。
「ああ、それで怒ってるのか。でも、イサコって剣は使えるのか? メインの武器はダガーだろ?」
ヌマコは小声で答えた。
「イサコはステファンさんに、剣もダガーも同じだ!…って譲らなくて、それでステファンさん怒っちゃって…」
俺はヌマコに答えた。
「それはイサコが悪い」
気付くとステファンは俺を見ていた。
ステファンが俺に言った。
「お願いします!ナルカミ先生!僕に剣術を教えてください!」
俺は鬼の形相をしていたイサコをチラチラ確認しながら言った。
「お、俺はー、ほら、イサコ……さんに、冒険者のことを教えてもらっている最中だからなぁー。まだ君にモノを教えられるレベルではないというか…ハハ」
ステファンは泣きそうになりながら訴えてきた。
「そんな!さっき僕に冒険者としてのイロハを教えてくれるっていったじゃないですか!あれはウソだったんですか!?」
俺は目を泳がせながら答えた。
「いやー、その、、、イサコさんが忙しい時なら、俺が代わりに教えてもいいんだけども」
ステファンは半泣きで訴えてきた。
「そ、そんな!じゃあ一生教えてもらえないじゃないですか!!イサコさんずっと無職で、これから先も定職につけそうもないのに!!」
イサコはステファンを見て怒鳴り散らした。
「なんですって!!もっかい言ってみろこのガキャーーー!!!」
俺はひとまず、二人を落ち着かせることにした。
━━五分後。
机や床をキレイに拭いてから、俺たち四人は気を落ち着けてソファーに座り直した。
イサコとステファンはまじまじと俺を見つめる中で、俺は口を開いた。
「えーと、まずステファンに聞きたいんだけど、冒険者の何を教えて欲しいんだ? 具体的なものはあるのか?」
ステファンは期待に満ちた表情で答えた。
「はい!魔王の要塞に入りたいんです!!」
俺は思わず声を出した。
「え!?」
ヌマコがステファンの方を向いて言った。
「ステファンさん、魔王の要塞は鍛え上げられた一流の冒険者が挑むところなんですよ? 私とイサコだって、格上の冒険者と組んでやっと入れるくらいなんです」
ステファンは悲しそうな表情でヌマコを見つめながら言った。
「でも僕、入りたいんです」
俺はステファンに聞いた。
「なんでそこまでしてそんな場所に入りたいんだ? 一攫千金でも狙ってるのか?」
ステファンは俺に真顔で答えた。
「イサコさんと一緒にしないでください」
俺とヌマコは、ステファンに飛びかかろうとしたイサコをなんとか抑えてソファーに座らせた。
ステファンは続けた。
「実は……僕の父上が魔王の要塞に入って、まだ戻って来ないんです。もう一ヶ月も経つのに」
俺はヌマコに聞いた。
「普通はどのくらいで戻ってくるものなんだ?」
ヌマコは答えた。
「そうですね。持ち込んだ食料にもよりますが、だいたい長くても二週間くらいで戻ってくるのが普通ですね」
(なるほど…)
俺はステファンに言った。
「ステファンのお父さんは一流の剣士なんだろう? 俺は格上の相手を自分が救出できると思うほど自惚れてはいないし、まだ十一の子供をそんなところに連れていって、守り切れる確証もない。出来る限りのことはやってみるが、ステファンを連れて行くのは反対だ」
ステファンは下を向いていた。
「そう、ですか……」
俺はイサコに話しかけた。
「早速で悪いんだけど、ひとり強力な助っ人を募集しよう。俺とイサコとヌマコ、募集した助っ人で魔王の要塞に向かおう」
イサコは頷いてから、ステファンを見て言った。
「ガキンチョは家で待ってなさい。私たちがアンタのお父さんをちゃんと連れ戻してきてあげるんだから」
ステファンは泣きそうな顔でイサコを見ていた。
「イサコさん……」
イサコはヌマコに言った。
「私はギルドで助っ人を募集してくるから、ヌマコは私たちのダガーを買い戻しておいてくれる?」
ヌマコは頷いたが、ステファンがイサコに言った。
「冒険者ギルドには、強い人はいないと思いますよ?」
イサコはステファンに聞いた。
「なんでアンタにそんなことが分かるのよ」
ステファンはケロッとした顔で答えた。
「だって十日前のギルド武道会で、僕が全員倒しちゃいましたから。今頃はみなさん療養中だと思いますよ?」
俺はステファンに聞いた。
「え!? どういう事だ」
ステファンは俺に向かって言った。
「僕は名家の長男で、スキル"音速"を授かった最強の剣聖だったんです。さっきナルカミさんに負けて、最強じゃなくなりましたけど」
(確かに剣撃が早いとは思ってたけども、こっちは"雷属性カウンター"の設定で自動で受け止めてただけだったから、よく分からなかったな……そうか、こいつ剣聖だったのか……どうりでいい暮らししてるわけだ)
俺はステファンを見て話した。
「ま、ま、まぁ、ステファンもなかなか強かったぞ? この調子で頑張れば、もっと強い剣聖になれるんじゃないかな」
ステファンは目を輝かせながら言った。
「本当ですか!? 先生!!」
俺はステファンを見て話した。
「しかし参ったなぁ、もうギルドには強い人はいないのかぁ。ステファン、良かったら、一緒に行くか? 魔王の要塞」
ステファンは歓喜の声で答えた。
「え!? ご一緒してもいいんですか!?先生!!」
(むしろ百人力だよ!)
俺たちは四人で魔王の要塞に挑むことにした。
俺とステファンが会話をしている間、イサコとヌマコはずっと話を聞きながらその場に固まっていたのだった。