道順組立J
「山口、どっちに賭ける」
「俺に賭けろ、ジュースぐらい奢ってやる」
朝職場に来たら、木下と矢木に詰め寄られた山口。
「なんすか……これ」
二人に訊かず、実に尋ねた山口。
「今日ね。木下さんか矢木さんのどっちが早く仕事を終わらせるかの勝負をするんだよ。3か月に1回くらいやるのさ」
「仲が良いんだか、悪いんだか……」
「私は木下さんにしたよ。賭け対象は夜間配達」
実の意外な発言。後悔しやがれって表情で睨みつけているが、意にも介さない。
「じゃあ、俺も木下さんに賭ける」
「だははははは、人気ないねぇー、矢木くん。おっおっおっ?怒ってるの?怒ってんの?」
「テメェ等、俺が勝ったら3日間は俺の命令を聞いてもらおうか」
後で実がコッソリと山口に教えたが。
一度たりとも、この勝負で矢木が勝った事はないという。確かに木下は速いが年齢を考慮すると、矢木に軍配が上がりそうだが。
「見てて面白いからいいよ」
◇ ◇
仕事開始。
ドドドドドドドドドッ
その音と速度はまるで機関銃。しかし、ホイップクリームをケーキに装飾するかの如く、区分する郵便物を滑らかに取り扱う両者。
すでに両者共に”抜出”作業を終えている状態から始めている。
「少しは腕を上げたな、矢木!!」
「耄碌して誤区分すんじゃねぇぞ!!」
ピピピピピピピ
超高速で”ゆうパケット”などの入力を済ませては区分も行う。
「ふーっ」
「はーっ」
ババババババババババババ
机の上で郵便物達が踊るかのように”定形外郵便”が、組立されていく。両者ともに”配達原簿”など、見やしない。”組立”後に籠の中へと収めていく。
ここまで20分。
「早っ……」
山口は丁度、バイクの点検と抜出作業が終わり、”区分”を始めるかという段階なのに。木下と矢木はもう配達地域の半分を組み上げている(定形外のみ)。
「誤配はしないでくださいね」
それだけを思って審判を務める実。この実も”区分”はもう終えていた。なんなんだよ、こいつ等?って目になる山口。
「あれ?」
山口が気になったのは午後分に配達するであろう場所ですら、籠の中に放り込んでいる。
「あー、それは二人共。午前の1回分で片づける気だからだよ」
「詰め切れないでしょ!?普通に!!」
「大丈夫大丈夫。2人の”積込”は、プロだから。今日の物数が7万ならできるよ。(大きい郵便物は私が預かるけど)」
1回分の配達で全てを配達し終えるという、とんでもねぇやり方。間違ているだろうと、素人目からもよく分かる事である。
「……そういえばというか。これを導入部分にしていいのか分かりませんけど」
「メタい事を言わない」
「午前分の”組立”、”配達分”は教えてくれたじゃないですか。でも、どーしても詰め切れない物数だったり、大きい郵便物があった場合、不可能だと思うんです。その目安を教えて欲しいなーって。あんまり意識してないけど」
山口が意識しないのは、新人のくせして、平然と”午前分”の目安まで”組立”と”配達”を可能にしているからである。
配達地域にもよるが、ほとんどの配達地域の”午前分”の目安は、”午後分”を足しても、焦らずとも定時で終わるラインに設定されており、”午後分”の方が少ない方が多い。
全体的に午前分は6か7。午後分は4か3。ぐらいの割合が理想的である。
6割分の組立ができても、4割ほどしか配達が終わらず、昼休憩に戻ってくる事は普通だと思ってるし、そうでありたいと願っている現場。実際はもっと進まない人が大半だ。
とはいえ、日が沈めば仕事がさらに遅れやすくなり、夜間応援を任されてたりすると、のんびりとやってられないのが事実。午前分を頑張った方が午後に楽ができるのは、確かである。
「あの二人の勝負は例外として……」
実は自分の”籠”と”台車”を用いて、山口に教えてあげる。
どれだけ配達していくかどうかは、その人の性格や事情によるため、押し付けるような教え方はしない。ホントにあれな話であるが、同じバイクを使用するのに”積込”できる量は、配達員によって大きな差が出てくる。
「『安定した配達業務』を想定するならば、”大きな籠”が一つ、台車の下の”小さな籠”が一つ、……そこに前カバン分の郵便物で、安定した”積込”ができるね」
配達員の配達のやり方にも色々な方法があり、作者はかなりどマイナーな配達手段を行っているため、一般的な配達方法を詳しく書けないのだが。
「バイクのサイドスタンドを立てるとさ。バイクは必ず、斜めに傾くだろう?その時に、上に”積込”をした郵便物が落ちてこないこと。また、バイクの蓋が閉まる程度のスペースがあるくらいの余力があること、……上層部が思ってる理想だね」
悲しい現実かな。今はサイドスタンドでも支えられないほどの過量も珍しくない(土曜休配の影響)。
”積込”作業は、”道順組立”作業の延長の話になってしまうので、また詳しくする予定であるが。
「配達で現地に行った際、速やかに配達をするには”前カバン”やバイクから取り出しやすい位置に郵便物を置かないとね」
”前カバン”には道順に並べた”定形郵便”を詰め、バイクには”定形外郵便”を入れておき、バイクの蓋を閉じないで配達するのが、一般的だろうか。バイクの走行時、右手はアクセルを握る以上、左手に定形と定形外郵便を持って、二つを目で見ながら投函していく。
作者はそこまで器用じゃないので、もっと淡泊な配達手段を用いています。
配達の仕方や考え方により、そのやり方は人それぞれです。ですが、”積込”作業を間違ってしまうと、いくら正確に”組立”をしても道順に並んでないので、時間のロスになります。
「ここは配達する人間がどーいう風に行うかを考えて、自分なりにやりやすいようにした方がいい。私と矢木さんは同じだけど、木下さんは違うし(彼は作者と同じやり方という設定)。」
配達の仕方は教わるものだが、”積込”までは教わる事はないと思う。新人がいきなり、”網掛け紐結び”、”袋持ち”、”出前走法”など。とんでもねぇもんを、とんでもねぇ方法で運ぶ事になるのは、あり得ない。ここまで行くと、車で配達業務を行うところになんらかのトラブルがないとやってはこない。
よっぽどの手練れや経験者でないと、滅茶苦茶な”積込”は行わないし、やらないし、配達状況に応じているところだ。
昔は”計画配達”があんまりなかったので、できる奴はやらざる終えない場面は幾度もあった。
「新人の頃というか、配達員全員が思っているけど、滅茶苦茶な”積込”がならない日があって欲しいものだね」
念には念を押して言う実。
「それはやっぱり、バイクが停車中に倒れるからですか?」
「そうだねぇ。転倒すれば、郵便物が傷つくし、交通事故にも繋がりかねない。落失の原因にもなるからさ。でも、人もバイクも増えないから、せざるおえないんだけどね……」
「つれぇーなぁー」
そんな会話をしている中で
「おい!郵便課!さっさと書留交付しろ!木下の”組立”が終わるだろうが!」
「おっおっおっ?もう”組立”が終わったからって、自慢ですか?そーなんですか!?郵便課を待ってやる気持ちもないのか」
矢木は”組立”を終わらせ、続いて木下も”組立”を終わらせていた。これが二人の本気といったところだろうか?
「うるせぇー……」
”組立”が早々に終わってしまうと、早く書留を交付しろってイキリ立つ配達員達であった。
◇ ◇
『書留できましたー』
そして、この日の書留交付時間。
「はははははっ、日頃の行いが悪いから65本なんて本数なんだよ!ちょっとは誤配をなくせよ、おっさん!」
配達地域によって、難易度が変わってくるのは”書留”の存在が大きいとされる。
「53本で勝った気になってんじゃねぇぞ、矢木。むしろ、勝てないと恥ずかしいんじゃねぇのか?若いんだから、1時間くらい速く終わるよな?」
”書留”交付から5分もしない内に、矢木と木下は出発してしまう。9時に”書留”と”午前便”が出たというのに、この速攻。
その速攻ぶりに加えて、両者の台車はデカイ籠を3つも台車に載せて、エレベーターへと向かっていく二人。
「あれ、バイクに詰めるんすか……?」
「うーん……、まぁ色々とやればいけると思うよ」
まじかい……。
どーやって積み込むんだよという考えよりも、実の大切なワンポイント。
「”組立”の分類ではないけど、”こーいうとこ”をいかに縮められるかどうかも、配達員の腕ってところだよ。強制力はないけれど」
野球で例えるなら、ピッチャーのクイックモーションに近い話。
不在票やロール紙の準備、トイレを済ませるなどなど、配達に出るまでの動作が早いところも。できる配達員とそうでない配達員の差が出てくる。ここの時間が短い人ほど、業務速度はかなり違ってくる。
「俺、まだ”組立”が終わってないんですけど……」
「2人がその気になればこれくらいはするものだよ。じゃ、私も先に行くね」
「実さんも十分に化け物なんだけど。(書留、78本でしょ?)」
山口の書留は42本で済んでいるから、3人よりも楽なのは確かであるが。この班、なんか色々とオカシイと気付き始める。変な人間になりそうな気がする。
◇ ◇
そして、15:48。
「だはははははは!遅いじゃねぇか、矢木~!おっおっおっ?勝ったと思ってた?勝ったと思ってた?余裕綽々で帰り道をバイクで爆走してた?ん?ん?」
「がっ……こ、こ、このおっさん……」
残念ながら、15:42に木下は帰局。それからわずか5分ほど後に矢木が帰局。
お互い、9:15にこの局を出たが、
「なになに?聞かせてよ~、負け犬の遠吠えをさ。言い訳教えてよ~。”書留”のサインに手間取るおばちゃんいたとか、ノロノロ運転をする人がいたとかさ~、いいんだよ~?他人のせいにして、俺に負けた事を釈明してもさ~。ま、俺はお前よりも”書留”が多かったんだけどね?」
「うざああっぁっ、ぶっ殺す!!お前、絶対にぶっ殺す!!死ね!!いつか、負かしてやらぁぁっ!!」
「100年早ぇーよ、バーカ!」
矢木が”書留”の完了、不在の査数確認をしている横で、木下は蠅のようにウロチョロしながら、ウザ過ぎる表情で煽りまくる。ホントにこいつ、ムカつくという表情を惜しげもなく作る矢木。
「だはははははは!まー、この勝負も実が、俺達のところの午後便を持ってくれてるからだから、しっかり夜間応援をこなすんだな~」
「分かったよ、コンニャロー!!次は絶対にお前、ぶっ殺すから!」
「君から何度も聞いてるんだけなぁ~?俺より先にボケちゃったのかな?」
「ッ!!」
木下が優秀じゃなかったら、殺してやらぁっ!!




