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地味キャラ男子な俺の彼女は、陽キャラ巨乳ギャル? それとも清楚系アイドル?

 いつも通りの学校の帰り道、俺は見てしまった。

 交際してる大好きな彼女が、黒スーツとメガネをしたサラリーマン風の男と二人でカラオケにいるのを。

 思わず視線が釘付けになり足が止まる。





 彼女の名前は渋沢栄子しぶさわえいこ。ゆるふわの金髪が印象的な色白のギャルであり、俺の初彼女だ。

 メイクは強めだけど顔立ちが良いので素顔は美人だと思うし、スタイルも抜群。運動神経が良く、笑顔が素敵で友達も多い。

 だが俺こと秋野楓あきのかえでにはこれといった長所はなく、真面目なだけの冴えない黒髪の地味キャラ男子だ。

 カースト上位の金髪ギャルと地味キャラ男子という、誰がどう見ても不似合いなカップルなのは否めない。だけど栄子ちゃんだけは俺のことを「かっこいい!」と言ってくれる。





 ――だが、そんなこと今はどうでもいい。

 派手な外見で目立つからか、俺は遠くからでもすぐに栄子ちゃんを見つけられた。

 二人は親しそうな雰囲気で、初めて会う感じじゃなさそうだ。

 聞こえてくる栄子ちゃんの笑い声に、俺のメンタルがごりごりに削れると同時、猛烈な嫉妬心が湧き上がる。



 おかしい。

 だって栄子ちゃんは学校で別れ際に「今日はバイトで急いでるから!」と言って走ってったはずだ。

 どこでどんなバイトをしてるのか俺は知らない。何度聞いてもはぐらかすのだ。



「栄子ちゃん……バイトって何してるんだよ」



 かちこみに行けない自分が情けない。

 ドラマみたいな場面を目の当たりにしても、実際は呆気にとられてなにもできないもんだ。



 そんな俺をよそに、二人はカラオケの入り口から店内へ入っていく。入れ違いで、二人組の女子高生がお店から出てきた。

 女子高生たちは、背にしたドア越しに栄子ちゃんとサラリーマン風の男を見てるようで、ヒソヒソとなにかを話している。

 そのまま女子高生たちは小声で喋りながら歩き、やがて俺の脇を通過する。



「ねぇ、今の女子高生とサラリーマンどう思う?」

「え~? どう見たってパパ活でしょ?」

「なんか撮影とか出演料とか、もっと胸を強調しろとか話してなかった?」

「マジで~!? そっち系の撮影~!?」



 おいおい――。



 おいおいおいおいおいおい!!



 女子高生の会話に体が固まり、頭が真っ白になる。

 そっち系ってなんだよ!?

 まさか大人向けの動画か!?

 いやいや、落ち着け、落ち着くんだ俺。

 きっとなにかの間違いだ。そうに決まってる。

 胸に手をあて、すぅーっと息を吸い込む。そして沈思黙考する。

 まずは冷静になって状況を整理しよう。



「えーと? 栄子ちゃんはバイトで、行き先はカラオケで……あ! あのサラリーマン野郎はカラオケの店長とかか?」



 考えてみれば、栄子ちゃんとカラオケに来たことがない。何度か誘ったことがあるんだが、なぜかいつも断られていた。

 なぜだ?



 ……恥ずかしいからじゃないか?

 ユニフォーム姿を見られたくないとか、彼氏を接客するのが照れるとか、年頃の乙女心は複雑だからな。

 そうか、それなら合点がいく。スタッフと店長なら多少は親しくもなるだろう。

 撮影や出演だってありそうだし、胸を強調することだって全然普通にありえる。

 うん、あるある――。



「ねーよ! どう考えたって、女子高校生の普通のバイトで撮影だの出演料だの、ましてや胸を強調するとか、誰がどう考えたって常識的にありえねーよ!!」



 思わず自分で突っ込み、大声で叫んでしまう俺。

 だがすぐ我に返ると、周囲の通行人の目が恥ずかしくなり、やり場のない感情と共にその場から走り去ってしまった。

 あえて言おうーー青春なんて最悪だ。





   ☆   ☆   ☆





 結局、悶々とした気持ちを引きずったまま一週間が経ってしまった。

 どんな顔をして栄子ちゃんと接したら良いのかもわからないし、困ったもんだ。



 栄子ちゃんはクラスメイトだが欠席が少々目立つ方で、遅刻や早退も多い。まあギャルという生き物には学校をよくサボるイメージがあるので、付き合いだした頃はあまり気にしてなかったけどな。

 だが今となっては、先週のあの光景を見てから俺の心は一向に落ち着かない。

 もしかして栄子ちゃんはチャラいのか?

 ひょっとして俺は遊ばれてるのか?

 なにせ初めての彼女なので、恋愛経験など皆無な俺には不安なことだらけだ。



 そんな栄子ちゃんが今日は朝から登校していた。

 しかも互いにバイトがないので、帰りは下校デートをする約束をした。なんでも俺と過ごす時間欲しさに無理を押して休んでくれたらしい。実に嬉しいじゃないか。

 ちなみに俺もバイトはしてるが、今のところ学業には支障をきたしてない。

 やがて帰りのホームルームが終わると、栄子ちゃんが足早に俺の方に歩いてくる。



「楓くん、久しぶりに下校デートできるね!」



 いつ見ても派手な彼女だと思う。

 ゆるふわな金髪を踊らせ、可愛く首をかしげる。

 制服は着崩してシャツは第二ボタンまで外し、首元に飾られたハートのアクセサリーが可愛い。

 実にあざといことこの上なし。だが可愛いから許せてしまう。

 とはいえ、俺が栄子ちゃんのことを好きなのは外見だけじゃない。



「ねえねえ、今日のお弁当はどうだった?」

「美味かった」

「それだけ? なにが一番美味しかった?」

「ぜ、全部だよ」

「あはっ、なにそれウケる~! そんな気を使わなくて良いのにっ!」



 気なんか使ってない。本当に美味いんだ。

 素直に褒めるのが恥ずかしくて、いつも口ごもってしまうが。

 初めてお弁当を渡されたときは指先がカットバンだらけで驚いた。しかも傷を必死に誤魔化すもんだから尊すぎて尊死したもんだ。



 俺たちは話しながら教室を出で廊下を歩き、昇降口で靴に履き替えると校門へ向かう。



「なにか食べたいオカズとか、細かい注文とかあれば聞くよ~?」

「んー……手作り弁当、毎日食べたい」



 これは本音だ。

 心の底から毎日食べたいと思う。ただその一方で、栄子ちゃんの芳しくない出席率や内緒にしてるバイトに対する抗議の意味も込めてるが。



「ごめん、それは無理だな~」



 だが俺のささやかな抗議は、いつも通りに軽い口調で流されてしまった。

 ただ声音こそ明るいが、表情はどこか苦しそうなことから、どうやら訳ありのようだ。



「あ、そうだ。 私、いいこと思いついた!」

「ん?」

「今日のデート、明日のお弁当のオカズ見に行こ?」



 そう言って、ぱあっと花が咲いたような笑顔になる栄子ちゃん。

 確かにナイスな提案だけど、そんなに素敵な笑顔を浮かべるデート内容だろうか?

 無論、俺にとっては嬉しいデートだけど、青春真っ只中の女子高生がするデートとしてはどうなんだ?



「ふふん♪ こういう学校帰りにする普通のデート、ずっと憧れてたんだよね」

「え? 別に、今までも下校デートくらい何度かしたことあったじゃん?」

「付き合うよりも前の話。 そういうのしたことがなくて、憧れてたんだ」

「へぇ~、そういえば俺もデートとかしたことなかったから憧れてたな」



 俺には栄子ちゃんが初彼女なので、当然そういうことになる。

 そんな当たり前のことを言っただけなのに、なぜか急に栄子ちゃんの顔が赤くなる。




「え? そ、そうなの!? それじゃ、私以外とデートしたことないの?」

「ないけど? それがどうしたの?」

「そっか、そうだったんだ……よし、今日から下校デートのことをプチデートって呼ぼう!」

「なんで? 普通に下校デートで良いんじゃない?」

「プチデートが良いの!」



 なんでかやたらと喜んでいる。女子という生き物はよくわからん。まあデートが楽しいなら良いけどさ。

 とはいえスーパーで食材選びだけではさすがに味気ないので、校門を出た俺たちは、カフェやファストフードもある馴染みの小型デパートへ向かった。





 ――しばらく歩いてると、栄子ちゃんが無言で俺の袖を掴んできた。なのに顔はそっぽを向いてるときたもんだ。

 そのまま腕に抱きついてくる。俺の腕が豊かな胸にうもれて、むにむにとした感覚に包まれる。

 あの、理性が壊れるのでやめてくれませんかね?

 さも当然のようにしてる栄子ちゃんだけど、頬が赤くて緊張してるのがわかる。すごく可愛いくて思わずハグしたくなる。そんな勇気ないんだけどな。



 普段の栄子ちゃんはもっとノリが良いのに、なんでかカップルらしいことをすると途端にこれだ。

 もしかして恋愛には奥手なのか?

 ギャップありすぎて死ぬ程可愛いんだが……だが、解せぬ。

 なぜバイトを隠すのか、あのサラリーマン風の男は何者なのか。謎は深まるばかりだ。



「その、あのさ」

「ん、なに?」

「俺たち、もう付き合って三ヶ月になるんだよな」

「うん。 あっと言う間だったね」

「そろそろ、お互いのこと、もっと知っても良いと思うんだ」



 例のバイトについて聞きたいけど、訳ありみたいだからいきなり直球で聞くのは避けよう。

 栄子ちゃんは真顔になって俺を見上げる。



「お互いのこと?」

「うん。 俺、もっと栄子ちゃんのこと知りたい」



 意味がわからないといった感じで、栄子ちゃんはきょとんと首を傾げた。

 そりゃそうだ。今の言葉じゃ抽象的すぎる。

 相手にものを尋ねるにはまず己から。なのでまずは俺のバイトから話すとするか。

 俺のバイト話なんていつもしてるけど、今日はとっておきのネタがある。



「俺が通ってるジムなんだけどさ――」

「あっ!!」



 言いかけたとき、急に栄子ちゃんが驚きの声をあげた。

 なぜか耳の先まで真っ赤になって視線を合わせないし、そわそわしてて落ち着きがない。栄子ちゃんが変になった。



「あの、えーと」

「ん? 栄子ちゃん?」

「わ、わかったから」

「はい?」



 消え入りそうな細い声だった。

 さっきのあの抽象的な言葉で、本当に俺の意図がわかったのだろうか?



「わたしのこと知りたいって、その、わたしの全部をって、ことだよね?」



 意味不明な言葉に俺の思考が一瞬止まる。

 なにを言ってるのかわからなかったが、栄子ちゃんの態度や仕草、そして俺の脳に蓄積されてるエロゲーの知識から察するに、どうやら男女の覚悟についての返事をいただいたのだと理解した。



「わかった。 楓くんなら、その……良いよ。 いつかそういう日が来るんだろうなーって思ってたし」

「えと、いや、その、あのな?」

「あはははは……なんか恥ずいや。 いきなり言われてビックリしたよ。 でもそうだね。 逆にいかにもなシチュエーションでスマートに誘われても手馴れてて引くわーってなるし?」



 違う、そうじゃない。

 なんだろう、このやってしまった感は。

 もちろん俺も栄子ちゃんと大人の階段上りたいと思うけど、今はそこじゃない。

 とはいえこの空気を止めるのは無理だ。というか正直止めたくない俺がいる。




 恥ずかしさを誤魔化そうとしてるのか、普段よりも栄子ちゃんのトークが早い。そんな彼女がたまらなく愛おしい。

 でも聞かなきゃ。バイトはなにしてるのか、ちゃんと聞かなきゃ。

 なのに聞けない。聞けないというより、聞かなくて良いんじゃないか? と思ってきている。

 一緒にいられればそれで良いじゃないか。どんなバイトでも、その道を彼女が自分で選んだのなら尊重してあげようって思うんだ。



 そんなとき、ちょうどスマホの通知音がピロン♪と鳴る。



「俺じゃないな。 栄子ちゃんじゃない?」

「気にしな~い。 今はデート中だもん♪」



 子猫のように頬をすりすりしてくる栄子ちゃん。

 さっきまでの恥じらいはどこへやら。カップルとして一皮向けた感じだ。

 だがそんなやり取りはさせんとばかりに、続け様に何度もスマホが鳴る。



「メッセージみたいだし、確認だけでもしとけば?」

「んもう、せっかく良い雰囲気なのに~」



 誰からの連絡か知らないけど、内容を確認した栄子ちゃんは心底困った顔だ。

 そのまま膨れっ面になるとマナーモードにして、スクールバッグの中へしまう。



「もしかしてバイト先? 休んで大丈夫だったの?」

「良いの良いの。 きちんとやるべきことやってるもん。 笑顔を絶やさず、体を使って、いっぱい汗を流してるんだから。 たまには好きな人とデートくらいしたって良いじゃん」 



 言ってすぐに腕を抱き締めてくる栄子ちゃん。

 しかし笑顔で体を使って汗を流すって――おっと、イケない妄想が加速してしまう。



 その後はバイトの話題には触れなかった。

 ビビりと悟りの入り交じった複雑な胸中だ。

 実際にもし「実は事情があって過激な動画に出演してました」とか言われてみろ。俺は自分がどうなるかわからん。

 少なくとも、今学期を登校拒否するくらいにはトラウマになるだろうよ。

 一方で、訳ありなら俺が支えねばという使命感も湧いてくる。

 そんな俺の心情には気付かず、好き好きキュンキュンなオーラが全開な栄子ちゃん。

 俺は平静を装いながら栄子ちゃんとデパートへ歩いていった。




 ――やがてデパートに着いた。

 正面の自動ドアからデパートへ入る。

 フロアに入るなり食材売り場に行こうとしたが、栄子ちゃんが俺の腕を引っ張る。



「タイムセールにはまだ早いよ。 先に行きたいところあるんだけど良い?」

「お、おう?」



 そう言いながら、俺をぐいぐいと引っ張っていく栄子ちゃん。タイムセールなどよく知らないので、ここは任せるとするか。



 そうして連れて来られたのはレコードショップだった。

 俺にとっての音楽はネットでデータだけ買うデジタルコンテンツなので、なんだか新鮮な感じがする。



「ごめん、ちょっと待ってて」



 栄子ちゃんは俺を店の入り口に放置して、一人で店内に入ってしまった。それも随分と硬い表情だった気がする。

 待ってても暇なので俺も入店する。

 音楽にそこまで興味があるわけじゃないけど、大好きな彼女の趣味には興味がある。

 ギャルといえども年頃の女の子だからな。栄子ちゃんだって好きなミュージシャンとかアイドルはいるだろ。好みの異性のタイプくらいは知りたいもんだ。

 入店時の雰囲気からしても、さぞ本気で応援してるに違いない。



 店内はそんなに広くないのですぐに栄子ちゃんは見つかった。どうやら、アイドルコーナーの棚に並んだ商品を吟味しているようだ。

 興味津々と隣に立った俺だが、こっちの存在に気付く様子が全くなく、ぼそぼそとなにか独り言をぼやいている。



「嘘でしょっ!? 売り場の面積が縮小された? う~ん、もっと頑張らなきゃ」



 どんなイケメンが好きなのかと思っていたが、意外にも栄子ちゃんが見てるのは、女性アイドルのコーナーだった。

 棚には様々な女性アイドルのCDやDVDにブルーレイだけでなく、写真集などが綺麗に陳列されている。 

 こっちか。同性のアイドルに憧れるパターンか。

 小言からして、かなり熱心に売買運動をしてるようだな。

 栄子ちゃんの視線の先を見ると、どうやら清楚系のアイドルグループが好きらしい。俺の知ってる普段の栄子ちゃんからは、とてもじゃないが想像つかなかったな。



「へえ、意外。 栄子ちゃんって、こういう女の子のアイドルが好きなんだ?」

「うわああっ! 隣にいるなら言ってよ! 驚いたじゃない!」

「隣にいるのになんで気付かないんだよ」



 ここまでご執心だとちょっと気になってくるな。

 俺は手近な音楽雑誌を手にとり、パラパラとページをめくって、栄子ちゃんが好きであろうアイドルグループが特集されてる記事と写真をみつける。



「『ホワイト・プリンセス』って『白プリ』か」



 ホワイト・プリンセスを略して白プリ。

 俺でも知ってるくらい有名なグループだ。音楽番組やCMでも見たことがある。

 メンバー個々の名前や顔まではわからないけど、好きな曲をいくつかダウンロードで買ったこともある。

 よしよし、栄子ちゃんと話す話題が一つ増えたぞ。



「俺も白プリの曲いくつかスマホに入ってるよ。 栄子ちゃんはどの曲が好き?」



 言って隣を見ると、全身微動だにせずマネキンのように硬直しきった栄子ちゃんがいた。

 目の前で手を振ってみるが全く反応がない。



「もしもーし? 栄子ちゃんどうしたの?」



 仕方なしに雑誌のページに視線を戻す。とりあえずそれぞれのメンバーの顔をジーッと見てみる。

 このなかで栄子ちゃんが好きなメンバーは誰なのだろうか?

 さすがにアイドルだけあって全員可愛いけど、そのなかでも一人、不思議と惹きつけられる子がいるな。

 えーと、この子の名前は――。




「……はっ、いけない! 私としたことが! 楓くんだめ! 見ないで!」



 意識を戻したらしい栄子ちゃんが、今度はいきなり俺の手から雑誌を瞬時に奪い、棚に戻す。



「え? ちょ、待てよ!」

「もう用事は済んだから! ほら、そろそろタイムセール始まるよ! 明日はハンバーグにするから!」



 そして俺の背中を押して店の外に出ると、そのまま食材売り場のあるフロアへと強引に押していく。



「どうしたんだよ急に!? 好きな曲とかメンバーとか教えてくれよ!」

「えーと、箱推し!」

「ハコオシ? ハコオシって何!?」

「箱ってのはグループそれ自体をいうの!  推しってのは推奨してるって意味! つまりグループ全体が好きってこと!」

「なるほど! って栄子ちゃん、なにをそんな慌ててるんだよ!?」

「べ、べべ別に慌ててなんかないって」

「めちゃめちゃ慌ててるじゃねーか!」



 ついに力尽きたのか、息があがった栄子ちゃんは俺を押すのを止めた。

 やがて呼吸が整うと、今度は意を決したような面持ちで俺の顔を覗き込んでくる。

 その眼差しはいつになく真剣だ。



「ねえ楓くん」

「な、なに?」

「白プリのメンバーでなら誰が好き?」

「は? なんだって?」

「いいから答えて」



 なんだその質問は。

 とはいえ聞かれたこともあってか、無意識にさっきの雑誌のページを思い出してしまう。

 白プリのメンバーで好きな子――。





 あのメンバーの中なら――。





 不思議と惹きつけられた、あの子だな。

 黒髪のショートボブで笑顔がキラキラ輝いてた、清楚な感じの可愛いあの子。

 衣装ごしでもスタイルの良さが際立っていた。そういえばグラビアが話題になって、朝の芸能ニュースで見た気がする。

 しかしあの顔、どこかで見覚えが――って気のせいだよな。白プリはテレビで何度も見てるからな。

 あの子の笑顔には不思議な魅力がある。温もりを感じさせる太陽のような笑顔とでもいうのか。

 名前は確か――。



「えー」

「エー??」

「えーと、うん。 わからん」



 答えようとしてやめた。というか、そもそも名前がわからん。

 それに彼女の前で、他の女性を褒めるのも如何なものかと思うしな。



「ん~! ん~! なんというもどかしさ! えと、それじゃ楓くんにとって白プリは魅力的じゃないってこと?」



 俺の答えを聞いて栄子ちゃんは地団駄を踏んだ。

 おいおい、今の質問にどう答えろと?

 こちとら恋愛経験なんざ皆無だし、ましてやアイドルの知識だってゼロに近いんだ。

 まさかデート中に楽しい話題作りをするのが、こんなにも困難を極めるとは。



「歌は好きだし、皆可愛い女の子だと思うけど」

「けど? なに?」

「あ~! 栄子ちゃん! 俺、わかったよ!」

「え? え? うそ? やだ、なにがわかったの?」



 すると途端に焦りだす栄子ちゃん。

 みるみるうちに顔が赤くなり、わなわなと手足が震えだす。

 わかったぞ。このやり取りでなにを言いたかったのか。

 なにかを察した俺は、強気でビシリと人差し指を向ける。



「さては俺を白プリの沼にハメようとしてるな!?」

「……は?」

「栄子ちゃんがそうであるように、俺を白プリのファンにしようって魂胆だろ? はっはーん、バレバレだぜ?」



 そうとわかれば何も怖くない。

 恋愛経験値が皆無の俺だが、ただの日常トークとあらば恐れることなどないのだ。



「はあ~全然違うわよ。 色々と焦って損したわ」



 あれ? 違うの?

 どうやら盛大に外したらしく、栄子ちゃんは溜め息を吐いて両手をひらひらさせながら、食材売り場のあるフロアへと向かった。

 結局なんだったんだ? 女という生き物は本当にわからん。





 さきほどとは変わって、食材売り場に来た俺たちは弁当トークをしながら買物をしていた。

 カートを俺が押して、栄子ちゃんが前を歩いて誘導する感じだ。

 たまに栄子ちゃんのスクールバッグからぶるぶると音がするけど、マナーモードにしたスマホだろうか。

 バイト先からの連絡だと思うと、ちょっと申し訳ない。どんなバイトか気にはなるが、仕事の大切さはわかるつもりだ。



 それと栄子ちゃんが食材選びで前屈みになると、豊かな胸がぷるんと揺れる。眼福で圧巻な光景だが視線のやり場に困る。堂々と見るわけにもいかないしな。



 当の本人は俺のそんな気持ちに気付く様子もない。

 ハンバーグは牛豚の合挽き肉と牛脂を使うとか、ほうれん草とエリンギのバターソテーも入れるとか、楽しそうにしている。

 俺は合間を見てスクールバッグから財布を出す。



「ここは俺が払うよ。 オカズ以外にも栄子ちゃんが欲しいのあったら、遠慮なくカゴに入れて」



 すると栄子ちゃんは近付いてくるなり、俺の手にある財布をスクールバッグに戻した。



「んーん。 大丈夫だよー」



 言って首を振るのに合わせ、ぷるんと胸が揺れ、第二ボタンまで外してあるシャツの隙間から胸の谷間が少しだけ見える。

 恐ろしい子!

 我が彼女ながらこの無自覚さが恐ろしい。



「結構バイトで稼いでるから、ここは私に任せて♪」



 ふふん、と得意気に胸を張る栄子ちゃん。

 その言葉に戦慄を覚えた俺。やはり本当に人様に言えないようなバイトをしてるのか?

 そして胸を張って豊かな胸がより強調された直後、シャツのボタンがパツンッと外れてしまう。



「なん……だと!?」



 なれば当然、ぷるるんと豊かな胸が弾む。思わず俺の思考が止まり目が強く見開く。実に壮観な谷間がそこにはあった。

 目の前の絶景に心が洗われ、高揚と安らぎが至福となり心を満たしてゆく。

 谷間にはいくつかホクロがあり、それがまたなんとも可愛らしい。



「そんなっ! やだぁ~~!!」



 思わぬラッキースケベに魂が震えた俺だが、それ以上に栄子ちゃん本人が驚いていた。

 あまりの大声に、悟りの境地に至っていた俺の意識が一瞬で現実に引き戻される。

 そうだ、この絶景を他人に見られるわけにはいかんな。栄子ちゃんは俺の彼女なのだ。シャツの着こなしに関しても彼氏として注意せねば。

 とはいえ今はフォローが先だ。



 慌てて第一ボタンと第二ボタンをする栄子ちゃんだが、悲しいかな――第三ボタンを失ったシャツでは豊かな胸を秘匿することは叶わないようだ。



「栄子ちゃん落ち着いて。 とりあえず、トイレに行こう」



 きょろきょろとしきりに周囲を見渡す栄子ちゃん。その姿に俺は妙な違和感を覚えた。

 年頃の女の子じゃなくても、女性なら誰でも恥らうようなトラブルだと思う。

 これがマンガやアニメなら、目の前にいる男性キャラが理不尽に引っ叩かれてそうなトラブルだ。

 でも恥らう以上に怯えてる感じだ。



 俺はたまたま近くにいて事態を察してくれた店員のおばちゃんにカートを渡し、返却とお詫びを伝えて栄子ちゃんをトイレに誘導する。

 栄子ちゃんに校章バッジで第三ボタン部分を止めてみてはどうかと伝える。

 それからトイレの前で待つこと数分――。



 戻ってきた栄子ちゃんは、ひどく落ち込んでいた。

 何も話さず、うつむいたまま、何かから逃げるように怯えた様子で足早に歩いていく。

 最早デートの雰囲気ではない。

 なんだろう、俺のなかで何かが引っかかっている。

 今の怪しい態度と、さっき見た谷間が交互にちらつく。





 あれ――?





 そういえば谷間にあるホクロの並び、どこかで見たことあるぞ?

 栄子ちゃんの裸どころか水着姿だって見たことないのに、なんで?

 俺はどこであの谷間を見たんだ?

 それに今の不審な態度は?



 途端、異様な不安が俺のなかに芽生える。不快な汗が全身からぶわっと溢れる。

 瞬間、あの日に聞いた通りすがりの女子高生たちのやりとりが脳裏に蘇る。



 まさか――。



 俺は――。



 実際に栄子ちゃんと交わる前から、既に動画で栄子ちゃんの体にお世話になっていたとでもいうのか??



 おいおい――。



 おいおいおいおいおいおい――!!



 さっきまでは悟りを開きかけていた俺だが、さすがに生きた心地がしない。

 口からポワ~ッと魂が飛びだしてしまいそうだ。

 なんというか、生きててつらい。

 今の俺の姿に擬音をつけるならポクポク、チ~ン♪ってところだ。



 その後はなにかを話すような雰囲気でもなく、お互い言葉を交わすこともない。

 栄子ちゃんはそれとなく人通りの少ない裏側の出入り口へと先を歩き、デパートの外に出る。





 空はもう夕陽が沈みかけ、暗くなりつつあった。

 今の俺たちの雰囲気を表したような空だが、気にせず気持ちを切り替えよう。

 そうだ、まず俺がしっかりしなきゃ。

 


「あのさ栄子ちゃん、せっかくプチデートなんだしコーヒーでもどう?」



 少し先を行く栄子ちゃんの手を握ると強く握り返してくる。振り向いて俺を見ると黙って頷く。

 とはいえデパート内は恥ずかしいだろうから、どこか他の場所にエスコートせねば。



「そうだ、もうすぐ夕飯時だし、どうせならシャイゼリアでパスタ食べようぜ!」

「ありがと。 でも落ち着いたからもう大丈夫。 食欲ないから夕飯はいいや、ごめんね」

「気にすんなって。 じゃあどっかで少し休む?」

「ん、それじゃあそこのベンチで」



 デパート裏口の外には小さな噴水広場がある。

 普段は主婦や子供で賑わっているが、平日の夕暮れだからか今は俺たちしかいない。

 そこにあるベンチに並んで座る。するとまた沈黙になって気まずくなる。

 すぐ背後にある噴水の音だけが虚しく聞こえてくる。


 

「……」

「……」



 ――いけ、いくんだ俺。



 なに、簡単じゃないか。

 さりげなく彼女の肩に手をポンと置けば良いんだ。

 それで気の利いた言葉をかけて体を抱き寄せる。

 恥ずかしがってる場合じゃない。ここは勇気をだして落ち込んだ彼女を励ますのが彼氏ってもんだ!



 いけ、いけ、いけ、いけ。いくんだ俺。



 よし、行くぞーーっ!!



「栄子ちゃん、ツっ……つつツラいときはいつでも僕が近くにいるよ」

 


 なにやってんだ俺。カミカミじゃねーか。しかもセリフが痛い。やだこれ恥ずかしい。

 だが覆水盆に返らずだ。俺はこのまま突き進むしかない。

 言い終わるのに合わせて栄子ちゃんの肩に手を伸ばし、指先が触れる。

 すると――。



「っ!」



 パシッと平手で弾かれ、あえなく撃退されてしまった。それも中々鋭い眼光だった。

 結構ショックだ。でも傷心中なのにボディタッチなんて不謹慎だったかもな。



「あ……楓くん、ごめん! そんなつもり全然ないのに!」

「いや、そんな、俺がいきなり変なことするから、俺こそごめん」

「違う! 楓くんは全然悪くない! 悪いのは、私の方よ。 そう、私が悪いんだから」



 なんだか余計に落ち込ませてしまった感がある。

 どうしたもんか。当たり前の話だけど、リアルな恋愛の窮地では、培われたギャルゲーの知識なぞ少しも役に立たないもんだ。



 そんなことを考えてたときだ。

 正面からコツコツと靴を鳴らす音が近付いてくる。

 やがて足音が俺たちの前で止まる。



「こんなところにいるとはな。 さがしたぞ」



 見上げてみると、そいつはあの男だった。

 あの日、栄子ちゃんと二人でカラオケに入ったサラリーマン風の男だ。



「え、なんでここにいるのよ? 今日はオフって言ったじゃない」



 呆然とした栄子ちゃんが無気力にぼやく。



「メッセージを既読無視、電話にもでない。 これでは事務所としては万一の事態を想定して行動しなければならないのだよ」



 うん? なんだって?

 オフとか事務所とかなんの話をしているんだ?

 二人はどこかのアルバイトと会社員じゃないのか?



 サラリーマンはメガネを指先でクイと正して俺たちを鋭い視線で見下す。夕陽の逆光で姿が暗転し、メガネだけがきらりと怪しく閃く。



「ところで、ずっと隣に座ってるそこのボク、君は一体なんなのかね?」



 俺に子供をあやすように話しかけるサラリーマン。



「俺は栄子の彼氏ですけど何か? あなたこそ誰なんですか?」



 態度にイラついたのもあって、ちょっと感情的な言い方になってしまう。

 でも嘘じゃない。最近は栄子ちゃんに思うことがあるのは否めないけど、大好きな彼女であることに変わりはない。

 なにより――。



「俺の彼女が困ってます。 用があるなら俺の見てる前でとっとと済ませて帰ってください」



 栄子ちゃんがつらそうな顔をしてるから、俺もつらいのだ。

 アルバイトとはいえ仕事が大事なのはわかる。けど未成年を待ち構えてまで働かせようなんて、どう考えたって普通じゃない。



「ハッハッハッハ。 彼氏だと? 君のその態度、どうやら何も知らないようだね?」

「どういうことだ?」

「私は双葉誠司ふたばせいじ。 『スタジオ:パレット』に所属する人材のマネジメントを任されている者だ。 で、君が彼女だと思っているその女の子は、胸に……」

「待って!! 私が言う! 自分の言葉で、ちゃんと言うから!」



 双葉という男の言葉を遮り、栄子ちゃんが危機迫った様子で割り込む。

 どうやら、ついに核心に迫る時がきたようだ。

 ずっと怖くて避けてきたが、こうなってしまっては向き合わずにはいられないだろう。

 俺は覚悟を決めた。



「いいんだよ栄子ちゃん。 俺、わかってるから」

「……え?」

「ほう?」



 本当はわかってたんだ。

 あの日、女子高生たちが交わしてた会話。

 さっき双葉が言いかけた胸という単語。

 いくら鈍い俺でも、そこまで聞けばわかる。



 俺は栄子ちゃんの全てを受け入れるつもりだ。

 例え大人向けの動画に出演してても好きだ。家庭の事情とかで仕方なく始めたのかもしれない。そんなエモい理由なら俺が救い出してやる!

 あるいは実はエロエロで率先して始めたのかもしれない。そんなエロくて巨乳な子が彼女とか最高じゃねーか!

 二人のやり取りを聞く感じ、きっと栄子ちゃんはどこかの事務所に属するそういう女優なんだろう。

 でもあの笑顔は、あの弁当は、今まで一緒に過ごしてきた時間は最高に楽しかったじゃないか!

 これからもずっと一緒にいたいんだ。そんな簡単なことにどうして気付かなかったんだ。



「俺は栄子ちゃんが好きだ。 俺の知らない栄子ちゃんも尊いと思う。 他の男を喜ばせてるのは彼氏としては複雑な気持ちだけどさ。 でも、なにもこんな公の場で話さなくても……」

「私が『ホワイトプリンセス』のメンバー『エーコ』だって知ってたんだ」

「ほう、今の厚化粧をしてる彼女がアイドルだと気付いてたのかね。 だが果たして君は、彼女と釣り合うだあけの価値がある男かな?」

「…………え?」



 いきなり意味不明な言葉が飛んできて思考が止まる。



「そっか、とっくにバレてたんだね。 そんな素振りちっとも見せなかったのに。 楓くんって意外と役者だな」

「直情的な一介の学生だと思っていたが、どうやら少しは君を評価せねばならないようだな」



 なんだ? なにを言ってるんだこの二人は?

 ホワイトプリンセスのエーコ? 誰それ?

 栄子ちゃんがアイドル?

 マジで言ってんの?

 やべえ、全く状況が飲み込めない。



「あの……えーと?」

「まあ君も年頃の男の子だ。 彼女の魅力に抗えないのも無理はない。 だが、アイドルとはビジネスなのだよ。 そこに感情など不要なのだ」

「そんなことない! 好きな人が支えてくれるから頑張れるの!」



 だが状況は俺の理解が追いつかぬまま進み続ける。

 矢継ぎ早に二人が熱弁を繰り広げているから、俺が言葉を挟む隙もない。

 二人のやり取りと俺の思考は完全に支離滅裂だ。

 置いてけぼりの俺だが、どうやら会話によると栄子ちゃんは本当に白プリのアイドルらしい。

 んで、双葉はマネージャーだとさ。



「そもそもエーコくん、当社においてアイドルの恋愛は禁止だと伝えてあるはずだが?」

「なら契約切りますか!? 撮影のたびに欲しくもない衣装買わされて給与から引かれるし、グラビアの仕事入るといつも胸を強調しろとか言われるし、もう我慢の限界なのよ!」



 にわかには信じ難いけどマジなのか?

 女子高生たちが話してた会話のオチがこれって、なんか肩の力が抜けるな。

 俺がテレビで知ってる白プリのイメージは、メンバー全員が黒髪の清楚系だ。

 だが今の目の前にいる金髪&色白&巨乳のギャルではイメージがあまりに離れすぎている。それもサラリーマンと契約の話でバチバチと火花を散らしている最中だ。

 彼女が実はアイドルでしたってすごいオチだと思うけど、そうなるとさっきの俺の覚悟はなんだったんだろう。完全に覚悟の無駄遣いじゃねーか。



「落ち着けエーコくん。 今まで汗を流して歌やダンスのレッスンを頑張ってきたじゃないか。 君の歌声に魅せられてファンになった人もいるんだぞ?」

「その歌声で身バレするからメンバーと家族以外とのカラオケ禁止ってなんなのよ! 意味わかんない!」



 カラオケに行かなかった理由ってそれかよ。

 それだと俺だけじゃなくて、女子友達からの誘いも断ってたんだろうな。可哀そうに。



「それにレッスンと仕事が多すぎて出席日数も成績もヤバイんだけど? 卒業できなかったらどうしてくれるのよ!」



 学校を休みがちなのって、ひたむきに努力しての結果だったのか。マジ尊敬するわ。

 でも卒業が怪しいのは結構ショックだ。勉強会でもするか。



「なら勉学に勤しみたまえ。 留年でもして世間に知られればファンが離れてしまうぞ? 君の場合、男性ファンは勝手に増えるが、女性ファンを獲得するのは苦労するからな」

「は? 以前はともかく、今の私は女の子のファンだっていっぱいいるわ!」

「料理とスイーツを作る動画を配信した件か。 不慣れな手付きで指先をケガしたときはアイドル生命を危惧したが、それがかえって共感を呼んで一気に女性ファンが増えた。 結果は認めよう。 だが、あんなのは偶然の産物にすぎんのだよ」

「ねえ、なにか勘違いしてない? 私はただ楓くんに美味しい料理を作ってあげたかっただけよ? 動画配信なんて料理の練習するついでみたいなものなの。 女の子の気持ちは女の子にしかわからないんだから、あんたみたいなサラリーマンに理解できるはずないでしょ!!」



 あの手料理弁当にそんな涙ぐましいエピソードがあったとは想像もしてなかった。

 アイドル活動よりも俺を中心に考えてくれてたなんて、目頭が熱くなってきやがった

 これは後で動画をチェックせねば。



「ねえ、楓くん♪」

「ん?」

「今まではお弁当だけだったけど、お家デートのときはケーキ作ったげるね♪」



 火花が飛び交うような激しい論争の最中、急に栄子ちゃんが俺の手をとって目を見つめてきた。

 無論、潤んだ瞳でキュルキュルキュピーンって感じの可愛い表情でだ。

 うん、今ならわかる。こいつぁプロのアイドルだ。



「お、おう。 ありがとう」

「クリーム? チョコ? チーズ? ううん、作れるだけ作ってア~ンってしてあげる♪」

「た、楽しみだな」

「うん♪」

「まあ、きちんと学校を卒業できるように、せいぜい頑張りたまえ」

「あ゛あ゛ん!?」

「それとやはり交際は認めない。 関係を続けるなら罰則として減給措置を一考する」

「あっそ! ならやっぱり契約を切りましょう!」

「一方的な契約解除は認められんよ。 君には、いや君たちホワイト・プリンセスは当社の看板であることを自覚して欲しい。 これからも事務所の繁栄のために一層の努力を……」

「ごちゃごちゃゴチャゴチャうるさいのよ!! 私たちは全員が努力を積み重ねて、可愛い可愛い人気アイドルになったの! だから人並みの恋くらいしたって良いのよ!」



 ついに栄子ちゃんがキレた。

 幸い周囲に人はいないし、今の金髪ギャルの栄子ちゃんを見たところで正体はバレないだろうけど。

 でも痺れを切らしたらしい双葉が、表情が歪めて舌打ちをする。



「ちっ、まったく……とんだ困ったちゃんだ」

「はあ? なにか言ったぁ~?」

「良いかね? 契約書にサインしたからには業務の履行は義務なのだよ。 破れば立派な契約違反だ。 わかるかね? これは社会の常識だ」



 言って双葉が栄子ちゃんの腕を掴む。



「ちょっと、何すんのよ!」

「このまま話しても埒があかない。 いいからまずは車に乗れ」

「嫌よ!」

「車内で話しながら事務所まで移動す……」

「待てよ」



 強引なやり口に我慢できず、俺はとうとう双葉の腕を掴んだ。



「なんの真似だ?」

「一応は業務上のことだと思って静観してたけど、さすがに力ずくで車に連れ込むのはアウトだろ」

「いいからその手を離せ……ん? なんだ、この馬鹿力は?」



 双葉が苛立たしそうに俺の腕を外そうともがくが、俺は絶対に離さない。



「見た目に反して中々鍛えてるようじゃないか」



 言いながら双葉が空いてる手で俺に殴りかかる。



「当たるかよ。 ハエが止まるぜ」



 腕を離してひらりと避けた俺は、左手を軽く握りこんで双葉のこめかみ横に拳を振り抜く。

 空を切った拳は弾けるような音を鳴らし、そのまま数本の髪をハラリと散らす。



「おや、ボクシングでもやってるのかね」

「別に、ちょっと嗜んでるだけさ」



 そう、俺はバイトとトレーニングで週に何日かボクシングジムに通っている。

 地味キャラな俺だが、あることがきっかけでボクシングを始めた。

 別にプロを目指してるとかではないがな。



「危なかったな。 今ので負傷したら警察のお世話になってるとこだったぞ?」

「狙って外したのでご安心を。 でもそうですね、いっそ警察が来て、あんたが未成年の女の子を拉致しようとしたのが明るみになる方が面白そうです」

「待って! 二人共落ち着こ? ね? ね?」



 栄子ちゃんが途端に慌てて止めに入る。

 だが俺と双葉は互いに栄子ちゃんを視界に留めず、睨み合いになる。

 当然本気でケンカなんてする気はない。でもここで引いたら今後も双葉に舐められることになる。



「そもそもだ、エーコくん」

「はい?」

「華やかなアイドルである君が、なんでこんな野蛮な男と付き合っている? 見た目は地味キャラだけど中身は闘犬、まるで野獣じゃないか」

「おいおい、初対面で随分言ってくれますね」

「野獣じゃないよ。 楓くんは私にとって最高の騎士ナイトなんだから」

「騎士だと?」

「楓くんはね――」



 それから栄子ちゃんは俺と交際するに至った出来事を話しだした。





 ――それはよくある話だ。

 彼女がいつものように下校してたとき、数人のヤンキーにナンパされた。

 断っても断ってもしつこく、周囲に助けを求めても誰も見向きもせず目も合わせてくれない。

 スマホで電話しようとしたらあえなく奪われ、気持ちが折れかけたとき――たまたま通りかかった俺が助けに入ったのだ。



 俺自身、自分がそういうキャラじゃないことは百も承知だった。

 腕っぷしが強いわけでもなければ、その頃は彼女とそんなに話したこともない。ただのクラスメイトだ。

 ヤンキー共との乱闘は我ながら無様なものだった。

 複数相手にボコボコにされて満身創痍。しかも乱闘になったせいで彼女のスマホは取り戻せず壊れてしまった。

 スマホが壊れて安心してた彼女が当時は不思議だったが、今にして思えば、確かに誰かの手に渡るくらいなら壊れた方がマシだ。

 なにせアイドルのスマホだ。ロックはしてるだろうが、万が一にも解除されてしまったらタレントとしてのダメージは計り知れない。



 そしてその日を境に俺と彼女の関係は大きく変わることとなる。

 次の日、俺は自分の負け戦など恥ずかしいからとっとと忘れたかったが「昨日はありがとう! 最高にかっこ良かった!」と嬉しそうに話しかけられた。

 しばらく下校時に通院する日々が続き、彼女は毎日必ず付き添ってくれた。

 やがてクラスでも普通に話すようになり、ケガが完治すると彼女から交際を申し込まれ、俺たちは付き合うようになった。



「ふん、まるで三文小説のようだな」

「否めないのが我ながら笑えるよ」

「でもこれでわかったでしょ? いかに楓くんが最高の騎士かってことが」

「だが格闘技を習ってるのに、無様を晒すようでは頼りないな」

「違う、順序が逆だ。 無様を晒した自分が情けないからジムに通いだしたんだよ」



 栄子ちゃんの話が終わると、双葉は大きく溜め息を吐き空を見上げた。空はもうすっかり暗くなっている。

 どうやら双葉は渋々ながらも納得したようだ。

 雰囲気が軽くなり、肩から力が抜けて俺も拳を降ろした。ふと栄子ちゃんを見ると視線が合う。二人して安堵の息を漏らす。



「楓くんといったか、君はエーコくんのどこが好きなのかね?」

「笑顔で健気なところ。 それとバカみたいに頑張り屋さんなところですかね」

「ふむ、確かにな」

「ちょっと、バカは余計じゃないの!?」

「この仕事に就いてからというものの、私は何人もの女の子がクズのような男に泣かされてるのを見てきた。 私はもう悲しい涙など見たくないのだよ」

「それならそうだって、きちんと言ってよ!」

「なるべく言いたくはないものさ。 話すとどうしても、当時を思い出してしまうからな」



 どうやら俺と双葉さん・・は、互いの人間性に疑心暗鬼になっていたようだ。

 話してみると意外と良い人なのかもしれない。



「それにしたって双葉さん、ちょっと不器用すぎませんかね?」

「堅苦しい就業規則に縛られれば誰だって不器用になるものさ」

「とりあえず……本っっ当に疲れた~! んで結局、今日はなんの仕事だったの?」

「ニューアルバムのディスクに、メンバーがランダムで直筆のサインをする企画だ。 なおサプライズだから発表はしない。 はっはっはっは! 発売日に話題になるのが目に浮かぶようだ!」

「どうせまた双葉マネジャーの思いつきなんでしょ?」

「ファンを笑顔にさせてこそのアイドルだからな。 時には急な仕事を頼むこともあるさ」

「はあ〜〜。 わかったわよ、納期には間に合わせるから今日はもう勘弁して」



 大きな大きな溜め息を吐き、栄子ちゃんは倒れるようにして俺にもたれかかった。

 と思ったのだが、なんだか様子が変だ。

 足元がフラついてて足が震えている。



「栄子ちゃん? ちょっと、どうしたの?」

「え? あれ? そんな、足に力が……入らない?」



 緊張が解けて体から力が抜けたんだろう。

 そのまま体ごと預けられ、俺もバランスを崩す。慌てて体勢を直そうとするも、急だから立て直せない。

 そういや俺、ボクシングでもアウトスタイルのボクサーだからな。反射神経は良い方だけど、そもそも体が強いわけじゃない。

 つまり、このまま一緒に倒れるんだろうなって思う。



「うわっ、ちょ、転ぶっ!!」



 そして俺たちは派手に転んだ。いや、転んだというのは正確じゃないな。

 俺たちは足元がもつれてよたよた歩いた挙句、二人一緒に仲良く大きな音をたてて噴水に落っこちたのだ。

 幸い小さな噴水だし大したことはないだろうがな。

 とはいえ風邪を引くわけにもいかないし、このまま今日は解散だな。

 そう思って水中から顔を出した。そこで俺が見たのは――。



「くしゅんっ」



 そこには可愛いくしゃみをした女神がいた。

 自分でもバカなこと言ってると思う。だが紛れもない女神がそこにいたんだ。

 黒髪のショートボブで白い雪のような肌、そして太陽のような笑顔の眩しい女の子。さっき雑誌でみた可愛い女の子が目の前にいる。それも濡れたシャツが肌に張りつき、素肌や肌着が透けてすごいことになっている。



「え? え? あれ? その姿は……」

「ん?」



 なにか思い当たる節があるのか、女神が頭に手をやってなにかモソモソしている。



「あ、ウィッグとれたかな? ってメイク大丈夫かな? ねえ双葉マネジャー、私どんな顔してるー?」

「はあ、これだから困ったちゃんには困ったもんだ。 彼氏の顔を見ればわかるだろう」



 ギャルモードの栄子ちゃんも相当可愛いが、今の栄子ちゃんは、それはそれはもう完全なる女神だった。

 見てるこっちが照れてしまうほどに、言葉も忘れて語彙が吹っ飛ぶほどに可愛い。

 栄子ちゃんがアイドルなのを疑ってたわけじゃないが、こうして目の前にいると本当なんだと実感する。



「あちゃ~、こんなとこで素顔になっちゃったか~」

「さてエーコくん、思ったより状況は深刻だぞ」

「はい?」



 さっきまで人通りがなかったのに、どうやら噴水に落ちた音が大きかったせいで人が集まり始めた。

 確かにこれはまずい。主に栄子ちゃんのスキャンダル的な意味で。

 さらにまずいことに、暗くなったため噴水広場の街灯に明かりが灯された。

 すると――。



「え? あの噴水にいるのって……」

「あの女の子、どっかで見た気がするな」

「白プリだ! 白プリがいる!」



 皆が皆、栄子ちゃんに気付いて驚きの声をあげる。

 一般人の俺なんか誰も見向きしないあたりちょっと寂しいけどな!



「なあ、あの子って『ユニコーンの乙女』じゃないか?」

「本当だ、白プリのエーコだ!」



 その言葉を聞いて俺は思いだした。

 俺がどうして栄子ちゃんの胸の谷間に見覚えがあるのか、それはテレビの芸能ニュースで特集された彼女のグラビアだ。

 胸にあるホクロ並びは星座の一角獣座と同じもの。

 故にキャッチフレーズは『胸にユニコーンを秘めた乙女』で、さっきの双葉さんはそれを言いかけたのだ。



「エーコくん、まずい。 早く逃げるぞ」

「うん、わかってるんだけど」

「けど、どうしたのかね?」

「ごめん、腰が抜けたのか立てないや」



 言いながらテヘッと首を傾げる女神。その仕草に周囲から感嘆の吐息が漏れる。もちろん俺もだ。

 なんという可愛さ、これがアイドルという生き物の破壊力なのか。



「く、しかたないな。 ならば楓くん、不本意だが君に任せよう」

「え? 俺ですか!?」



 急に名指しされて驚き、己を指さしながら反射的に立ちあがる。



「ボクシングを嗜んでるなら、女の子一人くらい、担いでこの場から走り去れるだろう?」

「え、いや、まあ、できますけど、俺で良いんですか? 双葉さんは?」

「私はこの場に留まって収束に務めよう。 だから、早く!!」

「そういうことなら、わかりました!」



 俺はすぐさま女神をお姫様抱っこすると、そそくさと走り出してその場を後にする。



「双葉さん、後はよろしくお願いします!」

「はっはっはっは、こういうのは慣れたものさ。 見せてあげよう、アイドルを庇護する我が社の力を!」





  ☆   ☆   ☆





 噴水広場からどれだけ離れただろうか?

 さすがに体力的にもしんどくなってきたし、栄子ちゃんのくしゃみも続いてるので心配だ。

 コンビニとかに寄って温かい物も欲しいが、さすがに今をときめくアイドルとズブ濡れで入店しては完全にスキャンダルなので無理だ。

 俺だけ行こうにも腰の抜けた栄子ちゃんを置いてはいけないし、それに俺が不審者扱いされて警察を呼ばれても困る。



「くしゅんっ! 楓くん、マジごめんね。 もう自分で歩けそうだから大丈夫かも」



 ゆっくりおろすと自らの足で立ち上がる栄子ちゃん。お姫様抱っこに疲れてたけど、ちょっと名残惜しい気もする。

 見た目はテレビでみた女神アイドルだが、言葉遣いはギャルの栄子ちゃんだ。

 話していると、画面の向こうで穏やかに話すエーコも良いけど、俺はやっぱいつもの元気な栄子ちゃんが好きなんだなと感じる。



「気にしないで良いって。 んで、この辺りか? 栄子ちゃんの家って」

「ん、あそこにある青い屋根のアパート」



 案内されながら一緒に歩く。お互い学校までは徒歩で登校してるけど、電車通学なので地元の道のりまでは知らない。

 栄子ちゃんが指差したアパートが普通なのにも、さっき双葉さんとのやりとりを聞いてたので別に驚かない。人気アイドルといえども給与事情は切実なのだ。

 それよりも初めての彼女宅という事実に緊張する。

 住まいに近づくにつれてドキドキしてくる。



「あ、親なら仕事でいないから気にしないで良いよ」

「ええっ!?」

「お父さんは出張中だし、お母さんは看護士で今日は夜勤なの」



 俺の心を読むとかエスパーか?

 しかし実に絶妙なタイミングで家に来てしまった。挨拶もしないで夜にお邪魔するのも悪いし、栄子ちゃんを送り届けたらとっとと帰るか。



「そうか、んじゃ玄関先まで送ったら帰るよ」

「ってかさ、その……楓くんも、濡れてるんだからシャワー浴びてけば?」

「……え?」

「その、私のせいで風邪ひかれるとか……ヤダし」



 それもそうか。互いに冷えた体なのに、一瞬でも卑猥な妄想をしてしまった自分がアホらしい。まずは健康第一だ。



「えと、それじゃ……お邪魔しようかな?」

「うん」



 小さな声で返事をする栄子ちゃん。

 見ると顔を背けて耳が赤くなってるのがわかる。

 まあそりゃ照れるよな、俺だってかなり恥ずい。



「とりあえず栄子ちゃん、先に浴びてきなよ」

「うん」



 栄子ちゃんは一旦浴室に行き、バスタオルを持ってきて俺に渡すと家にあがるように促す。

 そして体を拭いた俺を自分の部屋に連れていき、温かいお茶を淹れてくれると、シャワーを浴びに浴室へと行った。



 初めての女の子の部屋にドキドキする俺。とてもじゃないが落ち着かない。

 部屋は綺麗に片付けられてるが、壁にはなにか張り紙がしてあるのがわかる。

 見るとそれは、白プリのステージにおける歌詞やダンスの担当パート表だった。自らの担当パートの練習メニューや、他メンバーの配置場所や舞台演出などが事細かに書かれている。



「うわ、すっげ……。 アイドルって大変なんだな」



 あれだけ人を夢中にさせてるアイドルだもんな。やっぱかなり努力してるんだな。

 こうして彼女の努力を近くで感じると、俺も頑張らなきゃと思わされる。



 やがてシャワーから出てきた栄子ちゃんが部屋にきた。

 ピンクのもふもふした部屋着が彼女らしくて可愛い。

 そして浴室に案内されて使い方なんかを簡単に説明され、シャワーを浴びた。当たり前だが一人でだ。

 栄子ちゃんなら自分の部屋に戻って、温かいお茶を啜ってるだろう。



 貸してくれた黒ジャージは俺には小さくてピチピチだ。肌着はお父さん用の新品のを卸してくれたようなので、日を改めてお礼をしに来ようと思う。

 栄子ちゃんの部屋に戻ると、眠たそうにうとうとしながらベッドで横になっていた。今日は色々あったし疲れたんだろう。



「もう夜も遅いし、そろそろ帰るよ。 シャワーと着替えありがとな。 今度きちんと挨拶に伺うよ」



 そう言って着替えを入れてくれてあるバッグを手にする。普段は栄子ちゃんが使ってるであろうピンク色のスポーツバッグだ。

 このまま帰ろうかと思ったが、さすがに施錠はしなきゃだよな。



「栄子ちゃん、眠いだろうけど玄関の鍵だけは……」



 そう思って振り返ったときだった。



「やだ……一人にしないで」



 ベッドからでた栄子ちゃんが俺の胸に飛び込んできたのだ。

 体を小刻みに震わせ、声だって弱々しい。



「大丈夫かな? さっきのデパートでのトラブル、誰かに撮られてネットに拡散されてないかな?」

「栄子ちゃん……」

「グズっ、ふぇ〜ん。 私、これからもアイドル続けられるかなぁ〜?」



 俺が思っているより、ずっと栄子ちゃんの重圧は大きかった。たくさんのファンがいるってことは、それだけ多くの期待を背負ってるってことなんだ。



「お願い、帰らないで。 今夜だけは……一緒にいて」



 潤んだ瞳が俺を見つめる。

 こんな表情を見せられて放っておけるわけがない。



「心配しないで、俺がずっとそばにいるから」



 栄子ちゃんを見つめかえす。

 言葉も交わさず、互いに顔を近付ける。

 そのまま一緒にそっと瞳を閉じーー俺たちはキスをした。



 初めてのキスはただ唇を重ねるだけの不器用なキスだった。

 濃厚さのカケラもない子供の遊びだと、他人なら笑うかもしれない。でも俺たちにとっては文句なしに最高の思い出だ。



「栄子ちゃん、好きだ」

「私も好き。 楓くんが大好き」



 そして俺たちはお互いを抱きしめた。

 思い切り全力で、だけど優しさも込めて。

 今夜はきっと、一生忘れられない夜になるだろうーー。





  ☆   ☆   ☆





 昨夜は結局なんだかんだと泊まってしまい、今朝は盛大に寝坊してこれから登校するところだ。

 朝の芸能ニュースやSNSをチェックしてみたが、とくにこれといって白プリのエーコが問題になってることはなかった。

 なんでも白プリの新曲ミュージックムービーはドラマ仕立てで水場もあり、特別ゲストでマネージャーも出演するらしい。

 なるほど、ピンチを逆手にとって宣伝に使うとは、あのマネジャー中々やるな。



「楓くん、早く早く♪」



 玄関で靴を履いて俺を待つ栄子ちゃん。

 俺的にはこのまま一日サボりたいとこだが、愛しの彼女の成績や出席率が芳しくないのでそうもいかない。

 俺は溜め息を吐きながら靴を履くものの、なんでか二人の時間が楽しくて思わず笑みがこぼれる。



「そんなに慌てなくても、俺らはもう遅刻組だぞー」



 ぼやきながら視線を足元から正面に戻す。

 するとーー頬に栄子ちゃんが優しいキスをしてきた。小鳥がさえずるような可愛いキスだ。



「えへへ〜♪   私が急かしてたのはこっちだよ?」



 そう言いながら、栄子ちゃんは俺の手を引きながら玄関の扉を開いた。

 いつもなら気怠いはずの眩しい朝陽が、今日は不思議と爽やかな気持ちにさせてくれる。

 うん、以前言ったことを訂正しようーー青春は最高だ。

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[良い点] よくある地味な女の子は実は美人な〜という傾向と真逆の素性に、ギャップ萌えを感じました。でも、性格的には普段と全く変わらないというのも、とても可愛く思えました。 前述のとおり栄子が実はアイド…
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