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あの海の向こうへ君と共に  作者: 仁科奏多
1/1

あるところにくらげになりたい女の子とサメになりたい男の子がいました。



「ねーねー。海里くん。」

「何?どーしたの?」

「海里くんは大きくなったら何になるの?」

「んー。俺はサメになりたい!強いし、速いし、カッコイイんだぜ!そういう優海は?なにになるの?」

「私は・・・くらげになりたいかな。」

「くらげ?くらげって・・・海にいるふよふよしたやつ?」

「うん。綺麗で、自由で、かわいいもん。」

「ふーん。変なの。」


*☼*―――――*☼*―――――*☼*―――――*☼*――――


「懐かしい夢だったな。変なの、か。」

まだ意識がはっきりとしない中、重い体を起こしながら夢の中で見たものを思い出す。今思えば馬鹿馬鹿しい話だ。クラゲになんてなれるわけないのに。綺麗にも可愛くもなれるわけないのに。自由になんてなれるわけないのに。

そんな事をぼんやりとかんがえていると、1階から父の奇声と何かが割れる音が聞こえた。一気に意識が戻ってきて動悸と震えが私を襲った。父が暴れている。私の父は時々訳のわからないことを怒鳴りちらかし、物や人にあたる。今1階におりるのは危ない。震える足を何とか動かし、机の上にあるスマホを取りに行く。父が暴れることはよくある事だけど、なかなか慣れない。こうなってしまうと私では父を止めることが出来ないので、父が落ち着くまで待つしかない。『時間が物事を解決してくれる』とはまさにこの事だ。

震える指先に力を込めて彼に向けてメールを打つ。

【起きてる?ちょっと会いたい。】

すぐに既読がついたものの、返信が来ない。しんとする部屋の下からは父が暴れているのが見なくてもわかるほど大きな音がなっている。ふと窓の外からノックが聞こえた。顔を上げると窓の外に彼が居た。窓を開けると彼は静かに部屋へはいってきた。

「優海。大丈夫。もう大丈夫だから。」

そう言って彼は私の両手をぎゅっと握る。

暗い海の中に居た私に差しのべてくれたその手はとてもあたたかくて、さっきまでの恐怖心をも溶かしてくれた。



「 落ち着いたか?」

「うん。もう大丈夫。こんな朝早くにごめんね。もう私は平気だから海里くんは先に学校に行って。」

「優海は?来ねぇの?」

「うん。私は行けないの。」

「そっかぁ。んー。じゃあオレもいかねぇ!」

「え?何で?私ならもう大丈夫だよ?海里くんのおかげでだいぶ落ち着いたし。」

「でもそんな顔で言われてもなぁ。」

「そんな顔・・・?」

ふと頬に触れてみると濡れているのがわかった。そっか。私今泣いているんだ。理解した途端、身体中の力が抜けて立てなくなり、意識していないにも関わらずボロボロと涙が出てきた。その涙は止まることを知らなかった。


ー海里sideー


「海里くんの夢、ステキだね。海里くんならなれるよ!」

「おぅ!当たり前じゃん!」



「なんつー夢見てんだよ・・・おれ。」

昔、幼なじみの女の子と話したなんでもない会話。今になって考えると嫌気がさす。強くなんてなれるはずない。かっこよくもなれないし、サメになるなんて馬鹿らしい。でも、もし叶うならば・・・


ーもう1度大きな大会に出て泳ぎたいー


余計な事考えるのはもうやめよう。どうせもう終わったんだ。上半身を起こして窓を見る。いつもなら窓からさす太陽の光が眩しいけど、今日はまだその光がささない。もう一度寝ようかと思った時、スマホが揺れた。優海からだ。

【起きてる?ちょっと会いたい。】

恐らく優海のお父さんがまた暴れてるのだろう。こういうメールが優海から来るのは珍しくないからすぐにわかる。窓枠に手をかけ、家族にバレないよう静かに屋根に登る。オレの家と優海の家は隣同士で、屋根をつたって優の部屋に行くことが出来る。ジャンプして優海の家の屋根に登ると、もう春なのに夜明け前だからか肌寒かった。優海の部屋の窓枠をつかみ、体を引っ張りあげると窓の中には俯いて震えている優海の姿があった。オレは優海にしかわからないくらいの小さな音で窓をノックした。すると優海は顔をあげて一目散にこっちに近づいて来て窓を開けてくれた。オレは静かに優海の部屋へ入って震えていた手をぎゅっと掴んだ。

「優海。大丈夫。もう大丈夫だから。」



ー優海sideー



結局私たちはその日行くはずだった入学式をすっぽかしてずっと一緒にいた。いつの間にか夜も明けて、1階から聞こえていた音も聞こえなくなっていた。さっきまで止まらなかった涙も気がつくともう止まっていた。

「入学式。行けなかったね。」

「そうだな。」

「クラス。一緒になったかな。」

「さあな。」

「一緒のクラスだといいなぁ。」

「うん。」

しんとした空気の中、ぽつぽつとなんでもない会話をして、それからまた沈黙が流れた。

気まずくなんかない、何故か安心する静けさ。

そのままどのくらい経っただろう。気がつくともう外が暗くなっていた。

「海里くん、起きて。」

「んー。」

「海里くん大変だよ。もう外暗いよ。早く起きて。」

「んー、まじ?うわ!やっば!オレ帰るわ!また明日!明日こそ学校行こうな!」

「うん!ありがとう。」

彼は私の部屋の窓に登り、まるで羽が生えたかのように軽くジャンプして自分の部屋へと戻って行った。

(明日こそは学校に行けるといいな。)

そんなことを呟いて私は少し早めに眠りについた。








2章へ続く・・・



ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

続きを書いて短編として投稿しても良かったのですが、長すぎると読者の方々が飽きてしまうといわれたので章ごとに区切って投稿することにしました。逆に読みにくかったらごめんなさい!

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