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言葉と本

 サンドウィッチが気に入ったのか、黙々と彼が食べている。俺の部屋に慣れてきたのか、フードも仮面もない素顔のままだ。サンドウィッチを頬張って飲み込んでいる。


「美味しい?」

「……? おい、しい?」

「ああ、えーと。美味しいっていうのは……なんて、言えばいいのかな」


 美味しいという言葉を聞き返されてしまって少し困る。俺がどうこう感覚的に話しても、少年には伝わらないだろう。

 俺は自分の本棚から本を抜き、サンドウィッチの皿の横に置いた。

 分厚い本のページを捲り、該当する部分を見つけたら指を指す。

 そこには『美味しい』という言葉の意味を、丁寧に説明された文章のまとまりがあった。

 彼はそれを覗き込みながら見つめたが、反応が返ってこないから少し不安になりながら尋ねる。


「もしかして字が読めなかったり、する?」


 その質問に彼は顔を上げて首を横に振った。読めるのね、それは良かった。


「これ、は?」


 彼はその言葉の意味よりも、言葉の意味をたくさん記されている本に興味を持ったようだ。分厚い本に触れながらそう尋ねる。


「辞書」

「じ、しょ?」

「言葉の説明書って言えばいいのかな。読んでみると面白いよ」


 そう言って彼に渡すと、彼は静かにページに目を落とした。たくさんの言葉に興味を惹かれている姿は、少し予想外だった。

 まずは『美味しい』という言葉を見つめながら、その類義語などを見ている。


「……これ」

「うん?」

「これは、なんて?」


 これと指差したそれはサンドウィッチだ、その名称を教えると一生懸命にどのページにあるか捲っているようだけど……固有の名称は載ってるのかな。索引の仕方もわからないようで、一ページずつ探しているのは大変だ。

 少し彼の手から辞書をずらして、俺が索引のページを開いた。

 えっと……


「ここから調べたい文字の頭文字を使って探せるから。ああ、サンドウィッチって載ってるんだ。意外だなぁ」


 索引のページを滑った指先が止まり、該当のページ数を確認したらそこを開いてあげる。それを読んで彼はサンドウィッチに視線を向けながら、辞書の文字を読み返す。

 サンドウィッチを完食した彼は齧りつくように辞書を読んでいた。彼の中に知りたい言葉でもあるのだろうか。

 こちらが後ろから伺っているのも、気がつかないくらい集中している。

 彼が知りたい言葉が見たくて少し見ていたが……どうやら俺のことを調べようとしているらしい。

【隊長】ってところ引いて読んでるし。


 こうして見ていると年齢相応の子供で少し安心する。自分の命の価値も理解できず、死ぬことへの恐怖も感じない子には見えない。

 文字は読めるが辞書を見たことはなかったのだろうか。ここまで集中して読んでいるところを見ると、機会を与えられなかっただけで勉強が嫌いなわけではなさそうだ。

 俺も静かに本でも読んでいようかなと、彼の後ろから離れる。その音に彼がゆっくり振り返った。

 あぁ、俺を監視しているのは変わらずなのね……別に逃げないよ。


「俺も本読むから、気にしないでいいよ」

「……本?」

「小説だよ、辞書で引いてみて」


 そういうと彼は再び辞書へ体を戻して、一生懸命に索引を使って言葉を探していた。俺はそんな彼の背中を見ながら、ベッドで横になって本を読む。


 こんな時間で永遠に時が過ぎてしまえばいいのに。

 そうすれば、俺だってこの子だって戦場に行かなくて済む。

 さっさと終戦でもなんでもすればいいとは思う、だが敗者に待ち受けるのは地獄だろう。だからこそ勝利に固執するのだ。敗戦した国は地図から消され名前を変えて、勝者の言いなりに生きていくしかない。

 ……まぁ、ちょっとだけ捕虜兵やってたけどほんと最悪だからな。ほんとに。

 今の待遇が丁度良いんだよなぁと、思いながら俺は本のページを捲る。

 過酷な世界を見てきた自分にとっては小説くらいのフィクションが優しくて丁度良い。


 救いもあるしね。

 現実には救いがなくて、過酷で。それでいて、オチは自分の死だけ。

 人生は、まるで小説だと俺は思う。


 俺の物語は過酷で救いもなくて、それでいてオチがないんだよなぁ。

 不死身の力のせいで、死ねない体にオチなどないのだ。

 起承転結でいうのなら生まれることは起であり、結は死ぬことである。それがない自分にはオチすらつけることもできない。そんなことはもうずっと前からわかっていた。


 だからこそ小説を読むのは好きだった。始まりがあり、終わりがあるものに憧れている。

 今、読んでいる物語にもきっと綺麗なオチが用意されていて。物語の主人公たちの人生を、読んだ俺が評価するのだろう。

 それが終わりのない俺の、人生の中で唯一の暇つぶしで現実逃避できる方法でもあった。


 そんなことを思いながら俺はページを捲るのに、少年はたくさんの言葉を嬉々としてページを捲っているの見ると。

 少しだけ、なんとも言えない感情になって。俺は視線を自分の本に落とした。




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