帰還
「ぐぅっ!」
火炎放射機を持った敵は、装甲の間を狙って叩き切って陥落させる。捕縛して味方に回収させて繰り返す。
どうやら残党が息を吹き返したように勢力を取り戻したのは、この火炎放射器を持った重機兵が投入されたせいだろう。
少年の方が先に攻撃をする前に仕留めていたせいで、少し息が上がってしまった。ため息を吐いて、燃える物もない平野は徐々に焼け野原として鎮火していく。
「ふぅ、粗方終わったかな」
相手の切り札を倒したことで、これ以上の追加勢力もないだろう。
俺が体を伸ばしたところで、彼の視線とぶつかって声をかけた。
「とりあえず、戻ろうか」
「はい」
俺の言葉に彼は頷いて後ろを歩いた。
それに慣れたのはいいのだけれど、俺は一つ気になることがある。後ろにいる彼に尋ねるように振り返らずに言った。
「ねぇ、死ぬのが怖くないの?」
「……怖くない」
「そっか」
こんな子供が怖くないと言えるのかと、俺は俯いてしまう。
焼けた道を歩きながら少年の言葉を思い出す。終わらない戦場に巻き込まれた子だと思えてしまった、俺のように大人に利用されて自分の命さえ惜しくないと思う子。
それがこの子だった。
それが悲しくて、それが自分に見えて辛く思えた。
だから子供が苦手だった。自分の意思決定だけで、貫き通せるほどの力を持っている子は少ない。特にこの時代なら尚更だった、隣国との陣地取りは未だに続いて、子供だった自分も青年になってしまった。
そのループの中に彼も含まれると思うと、とても嫌な気持ちになる。
自問自答をするのなら、俺だって死ぬのは怖くなかった。でも彼とは全く違う理由だ、それが確信的に言えてしまうのは俺の体に原因がある。
それに彼も気がついている頃だろう。
帰還するための車両で寛いでいた時だった、彼から話しかけてきた。
「……あの」
「なぁに」
「……火傷は?」
やっぱり、さすがに気がつくか。
いくら敵の弱点がわかったところで、敵だってそれをカバーする動きをするのが当たり前だ。
煤けて無くなった袖の下は綺麗な肌のまま、飛び込んだ際の火傷など見る影もない。それを少年は不審に思ったのだろう。
いや、正確には火傷はしていたんだけど……まぁ説明するのは面倒だ。
「言ったでしょ、俺は殺されないって。見た通りだよ」
それだけ言ってやると、彼は黙ったまま俺の腕を見続けていた。
きっと意味はわかったんだとは思う、ただそれが現実かどうか……悩んでいるのかもしれない。
俺の体の特異性、それは『不死身の力』だった。
子供の頃からずっとそうだった。ちょっとした怪我はすぐに治ってしまう、病気もしたことがない。
それのせいで母親から疎まれ、その特性を欲した大人に利用される半生を生きた。
今は体のことを明言せずに戦場で生きている。
戦場であれば勝ち負けしか見ない人しか集まらないから、勝ちさえ取ってくればうるさい事は言われない。
こんな環境に身を置くのは、その方が誰にも迷惑をかけないと思ったからだ。もう二度と、この特異性を利用する人とは出会いたくなかったし。
でも、こんな体で出来るのは突貫の作戦ばかり。
俺は別に頭がいいわけじゃなかったし。それでいて、人との連携は不得意だった。結局こうやって、一人ぼっちの方がやりやすいし。大怪我をした時に、誰も怖がらせなくて済む。
それでよかったのに。
「……帰ったら、またご飯でも食べる?」
「命令?」
「んー、これは提案」
腕をじっと見つめたままの彼にそう言った、彼は俺の提案に静かに頷いてくれた。
***
「あ、リーじゃん」
「……お前なぁ」
食堂の手前でリーを見つけて声をかけた。目の下にクマを作ったリーは、眉間に皺を寄せて俺の方を見ていた。
「ロドに聞いたけど、子供はしっかり見とけよ。なんでいきなり人の腕へし折るんだよ」
「あー、って言われても。昨日押しつけられたばっかりだからさ」
ロドから経緯を聞きたが納得できず、俺の話も聞きたかったのかもしれない。
俺はリーのクマの方が気になる。それに気がついたのか、リーはため息を吐いて返した。
「センスティを治療した後に、別の戦線から怪我人搬送されてきて……その後、徹夜だよ」
「あぁそうだったんだ、ロドも?」
「医療班が総出で対応してたから、あいつは寝た。俺は飯食って寝る」
リーはふと俺の後ろにいるフードの少年の方を見た、ロドと違ってリーは彼を観察するだけで話しかけたりはしない。
その後、俺の方を見て話かける。
「まぁ、もしかしたら。お前はアジバンの戦線に出撃かもな」
「あー、そうかもね」
たくさんの怪我人がこちらに搬送されたのなら、人手を消耗させる前に敵を崩すように、と出撃依頼は来そうだな。遠い目になりながら返事をする。
「その子も連れて行くのか?」
「連れてくっていうか、ついてくるって言えばいいのかな。俺から離れないんだよ」
「なんだそれ……でも、気をつけろ。治療してて、おかしなことばっかりで大変だったんだ」
「おかしなこと?」
「……化学兵器かね、なんだか色々様子が変だった」
リーは食事を受け取りながら話してくれた。
俺も少年が隣にいるから二人分だけど、リーも大人二人分の食事の量で……なんだかんだとロドの分だろうと思った。
リーがいうには『外傷はもちろんあったがそれ以上に咳き込んだり、吐いたりと。気管支の炎症からくる苦痛の訴えが多く、その治療に追われていた』らしい。
「毒物ってこと?」
「かもな。でも致死性がないから、なんとも」
味方の命を救う医療班にとって、兵器や武器の開発は厄介だろう。
人は人を救うことも、人を殺すこともできる。人を救うために医療が発展するのに、その命を奪うのは人間の手から作り上げられた武器なのだ。
暗い顔をしたリーに、俺は声をかける。
「まぁ、リーもあんまり頑張りすぎないようにね」
「お前もな」
互いに食事を食堂から持ち出し、そこで別れた。