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嫌な夢と朝食

 

「お母さんは、僕のことが嫌いだって言ってた」


 白い服を着た人と話している記憶は、今でも夢に見る。


「体の傷が勝手に治って、それが気持ち悪いんだって」


 子供の頃の俺が、白い椅子に座って俯きながら大人の質問に答えている。その小さな背中を今の俺が眺めていて、何度と見た光景に『またか』と呟いた。夢の中でタバコに火をつけた。


「君の力は素晴らしい、たくさんの人を救うだろう」

「本当? 僕は気持ち悪くない?」


 タバコの煙を吐きながら、大人の甘い言葉に惑わされる自分を思い出して、心底嫌になる。

子供の頃から母親に否定され続け、そのせいで自己否定が強いのは認める。

愛に執着し、優しくしてくれる大人へ依存してしまう。そんな自分を眺めて『俺はバカだな』と思える。


 俺が縋った大人たちは、最低で最悪な人たちだった。

 それに気がついた時、俺はそこから逃げ出せたが。もし気づけないままだったら。


 ……俺はたくさんの人を救うどころか、地獄に叩き落としていただろう。

 生き地獄というやつに。


 ***


 さすがに寝るのに床は硬すぎたか、浅い眠りのせいで嫌な夢を見た。

 まだ早朝。俺が体を起こしたところで、隣から布が擦れる音がする。振り返ると俺が起きた音に、少年も体を起こしてこちらを見ている。

 向こうもあまり眠ってないみたいだ。どうせ、この時間だし。ほとんど人は寝ているだろうから、朝食でも取りに行くかと体を伸ばした。


「朝ごはんでも食べに行こうか」

「……命令?」

「お願い」


 なんとなく、このやり取りにも慣れてきた。

 向こうが『お願い』と『命令』の使い分けに気がついているか、わからないけど。少年は特に反論することもなかった。

 ふと思い出した。この部屋の中じゃないと、少年は仮面とフードを外さないんだった。あの格好でご飯を食べるのはなぁ……俺が落ち着かない。


「ごめん、やっぱり取りに行ってこようかな。部屋で待っててくれない?」


 今までずっと俺の言うことを聞いていたが、このお願いには少年は首を横に振った。あぁそうか、俺の命令より上官の命令を優先するんだったな。


「ご飯取りに行くだけだよ?」

「……ついていく」

「ああ。うん、わかったよ」


 仮面にフードの姿になると、表情も見えなくなってしまう。やはり物騒な姿ではあるが、これにも慣れるしかないな。

 電気が点けっ放しの廊下を歩きながら、食堂へ向かった。まだ朝が早いこともあり、もちろん誰もいない。

 食堂には朝夜関係ない、いつも開いている。俺はいつも同じものばっかり、食べているけど……彼は何を食べるのだろうか。


「何食べたい?」

「……?」

「パンとか、ご飯とか」

「……わからない」

「んー?」


 わからない……か。

 どうしよう、とりあえず俺と同じのでいいかな。

 いや、食えなかったら交換できないか。そう思いながら食堂の人に、朝食を包んでもらって部屋に戻ることにする。

 彼は食堂を不思議そうに見ていたが、特に何も言わず俺の傍に立っていた。


 部屋に入ったらフードと仮面を自主的に脱いでくれる、俺とのお願いは守ってくれてるみたいだ。

 机に朝食を置いて、彼に椅子に座るように言うとまた首を傾げている。俺は構わず彼の肩に触れて座らせようとした。

 どうやら、俺が触って即座に攻撃はしてこないようだ。ちょっと身構えてたけど、少し安心した。

 椅子に座って、広げられた朝食に少年は無言で瞬きをしている。

 俺がいつも食べているのはサンドウィッチだけど。それを不思議そうに見ていた、食べたことがないのかもしれない。


「……どうすれば」


 俺が何か言う前に、向こうから聞いてきたのは初めてだ。

 困ったようにこちらを見ているので、俺は笑ってサンドウィッチを掴んで食べてみせる。

 彼が思っていた食べ方と違っていたのか。目を丸くしてパチパチと瞬きをしているのは、ちょっと面白かった。

 全て言われなくとも理解したのか、彼もゆっくりと手を伸ばした。ふかふかのパンと挟まれた具材への力加減がわからないのか、ギュっと指が入り込んだ。

 俺と同じように食べるために口に運んだところで少し具が溢れて机にトトッと落ちていく、それでも半分が口に入って噛み締めた。


「どう?」

「……初めて食べた」


 少年はそれだけ言うと一口、二口と進んでいく。どうやら口には合ったみたいだ。俺が何を言わなくても無言ではあるが、食べ進むみたいだし。

 サンドウィッチを彼に譲って、俺はホットドッグでも食ってよう。

 ベッドに腰かけ、大口を開いてホットドッグを食べていると。突然の大きなブザーな音で目を見開いた。

 半分のホットドッグを口に咥えたまま立ち上がって、上着を羽織る。俺の姿を見て、彼はほとんど食べ終えていたサンドウィッチから離れて傍にやってくる。

 ああそうか、何を言っても離れないんだったな。

 なら仕方ない、連れていくしかないか。

 ホットドッグを胃に詰めたら、装備品のチェックを済ませながら話し出す。


「出撃っぽいから俺に後についてきて。勝手なことはしなくていいから」


 そう言うと彼は頷いてフードと仮面を再び被った。


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