厄介な入隊者
暇になったら本を読んでることが多い。
昨日の戦闘で敵陣は壊滅。あとは残党処理になるとのことで、呼び出しが来るまでは大体こんな感じ。
戦地から離れた装甲車の中には自分が一人。ふと気配を感じて扉の方を見ると、少し遅れて開かれた。
「……あれ珍しい、上官がわざわざ。どうしたんですか?」
さすがに立ち上がるか、悪いし。
まぁ、こんな失礼で砕けた話し方でもこの人は俺を怒らない。それはこの人も慣れてるから。
「少し面白いことになったので。君が戦地から戻ってくるよりも、早く見せたくてね」
「……えーと?」
そもそも俺が変わり者なら、この人も相当な変わり者。会話が噛み合う人は殆どいないし、戦場の醜さを喜んで笑っているような人だ。
ただし、とっても偉いから俺とはちょっと扱いが違うというか……まぁ頭が良いんだけど『人をどれだけ苦しめられるか』を中心にしている変人。
そんな変人に好かれたことで、俺もなんとなく立場があるから。仕方なく関わってるのは事実かな。
「さぁここに」
そう言って後ろへ振り返る、整った顔が笑みで歪んでいた。あぁ、これはまた悪趣味なことを思いついた顔だなぁと思っていたら。呼ばれて招かれた者を見て、ますます自分の頭の上に『?』を浮かべることになった。
「今日から強襲隊所属になった子です」
「は?」
変な声で聞き返すのがやっとだった。だって、配属にした人の体格も身長も見てわかるほどに。
「え、いや。子供……ですよね?」
「えぇ、今年で十四歳ですね」
黒いフードを被ってもよくわかる。肩幅は狭く身長は小さい、服の下から見える手足は華奢。顔は仮面を被っているが……大きな仮面ではないせいか、鼻から口元までは見える。それもまだまだ成長を迎えていない子供のもので。
どういうつもりだ?
「子供を戦場には連れて行けませんよ、子守するんじゃないんだから」
俺が嫌な顔をすると、上官は上機嫌だ。
ほらね、こういう人なんだよなぁ。俺の嫌がることを見て、楽しんでるんだよ。
「君ならそういうと思いました、でもこの子を甘く見ないほうがいい」
「何を言って」
全て言い終える前にバッと黒い影が動いたのを見逃さなかった。飛び込んできた小柄の体を受け止めるように手を伸ばし、その影の腕を掴んだ。俺の腕に掴まれた手には、鈍く光るナイフが握られている。
力がっ、子供の力じゃないっ。
ギリギリと押さえつけた腕は負けじと、徐々にこちらへ進もうとするじゃないか。
「もういいですよ、これで彼もわかるでしょう」
上官の言葉を合図に、フードの子供は腕から力を抜いて俺から離れた。
溢れる殺気には生き物のような熱さがない。なんといえばいいか……動物を狩る獣のような殺気じゃないのだ。まるで機械、冷たく淡々としているのだ。
初対面の人間に刃物を向けて襲いかかって、今は平然と突っ立ている。
「サン、君に彼を任せます。この入隊は決定事項です」
「上官。こればっかりは俺、受けられない。俺が子供を苦手だって、わかってて楽しんでるんでしょ」
「ふふ、良いじゃないですか。もう既に彼は『君を守る』という命令を死んでも守りますよ」
「ちょっと」
上官の口を止めようと手を伸ばしたが、その手を阻むようにまた小さな影が動く。
ここまで会話が噛み合わないとは……今まで変人だと思ってたけど。これからは変態って呼ぶことにしよう。
上官は微笑んで装甲車から出ていった、残されたのは俺と子供。
なんでこんなことになった。そう頭を抱えながら、腰を下ろしてため息を吐いた。
「えぇ……マジで言ってんのか」
思わずそう呟いても向こうは何にも言ってこない。呼吸も小さく、佇んでいる音がほぼ無音。そのせいで車内に一人な気分になるが、確実にそこにいる子供と目が合う。
面の奥の瞳では表情がわかりにくい、ただ口元から見るに無表情のようだ。
「えっと、名前は?」
「……」
「え。な、名前教えて」
頼む、誰かこの状況をどうにかしてくれ。
俺は子供が苦手で、それ以上に寡黙な人を相手にするのは苦手だった。
話してくれたら幾分か救われるのに、頭を押さえたところで。小さく……声がした。
本当に小さい、俺がため息をしたら多分聞こえないくらい。
「命令?」
「へ?」
「命令?」
「……め、命令というか。お願い、かな」
そう言うと子供は『名前はない』と返してくる。声色も高く、性別の判断ができない。
名前はない……か。こういう子を見ると、昔の自分に重ねてしまうから嫌なのに。絶対わかってるだろ、あの人。
「えっと、じゃあなんと呼べば?」
「……なんでも」
「えぇ……」
あぁもう、どうしろっていうんだ。混乱する頭では『ごめん頭整理するから、ちょっとまって』と返すのが精一杯だった。
俺が話しかけないと、彼はじっと立っているだけなのだ。まるで石像のように。
どう考えても訳ありなんだよなぁ、この子。なんでこんなことに……
立っているのを見るのは心苦しく『とりあえずどっか座って』と声をかけると。
「命令?」
「これは命令じゃなくて、お願いね」
そう言い正して、俺は『はぁっ』とため息を吐いた。