表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/68

52 グラスフォリオンは面白くない


 貿易都市サンリラでアレナフィルちゃんとラブラブタイムを過ごした俺は幸せを実感していた。だが、そんな幸せも長くは続かなかった。


(三年間の偽装婚約って何だよ、おい)


 成人したら結婚を前提とした交際を申し込む予定だった女の子に婚約されてしまった場合、男はどうすべきか。

 通常ならば「失恋ってことかよ」と溜め息ついて酒に紛らわせるもんだが、密輸の為の偽装婚約だと当事者のアレナフィルちゃんは「私ってば偉い」ってめっちゃ鼻高々。家族の説教は全く心に残ってねえわ、あれ。


(あそこまで自慢されてしまうとなぁ。しかも俺にそのウミヘビ渡してくれる気なとこが可愛すぎる)


 普通の貴族令嬢にとっての婚約は家族どころか親族総出で相手の家格や将来性を検討してから決定する。本人もまた未来に対する不安と希望でドキドキしながらそれを受け入れるものだ。だけどアレナフィルちゃんは未成年の間に解消するから経歴はシロだと、自分歴史から完全抹消予定で話を進めている。

 双子の兄はそれを聞き、自分が成人したら妹を子爵邸にいる叔父の監督下で生活させようと決意したそうだ。父親にはもう期待していない。

 祖父母は、全てにおいて孫娘に常識的な行動というものを教えていなかった長男が悪いのだと結論づけた。

 うん、仕方がない。

 アレナフィルちゃん、「大きくなったらパパと結婚するの」って4才くらいの子供が言うようなことを言っちゃう14才だから仕方がないんだ。子供にはまだまだ難しくて婚約の意味が分からないんだ。

 そう思って自分を納得させている俺の名前は、ネトシル・ファミアレ・グラスフォリオン。王宮の近衛に所属する少尉ながら、国立サルートス上等学校で用務員を装って王子エインレイドの警護を行っている。


(悪気はない。本人に悪気は全くないんだ。それどころかみんなを守ろうと一生懸命なんだよ)


 おかげで最近、国立サルートス上等学校警備棟責任者であるエドベル中尉エイダルバルトの俺への眼差しがとても優しくなった。

 それは俺達が夏の長期休暇を貿易都市サンリラで過ごしていたものの、アレナフィルちゃんが税関事務所でバイトしたことでキセラ学校長ヘンリークを呼び出さなくてはならなくなったからだ。

 なんと言っても夏の長期休暇だ。職員も生徒も休みで寮も無人となれば、警備棟も交代で門だけ守っていればよかったが、そんな休日出勤体制にあってよそからの問い合わせなどまず無い。だが、よりによって上等学校一年生であるウェスギニー家息女アレナフィルという生徒について、貿易都市サンリラの税関事務所から未成年を働かせることへの確認が入ったのである。

 警備棟に所属する兵士だって対応できる筈がない。最高責任者であるエドベル中尉に連絡を取った。

 エドベル中尉は慌てて駆けつけ、学校長と担任教師を呼び出し、処理を押しつけた。

 学校長は国の機関である税関事務所からの問い合わせであり、しかもフォリ中尉が同行しているのならと、王宮にある上等学校警備棟からの報告室に連絡した。そこには父親であるウェスギニー大佐フェリルドがいるからだ。

 王宮にある報告室は、責任者であるウェスギニー大佐がいつも通り不在の為、現地にいるであろうフォリ中尉に押しつけようと考え、王宮にいる王妃フィルエルディーナに泣きついた。

 何故なら王妃もしくは王子エインレイドならばアレナフィルちゃんと仲が良かった上、フォリ中尉にもすぐ連絡が取れるからだ。

 基本的に王妃はそういったことに関与しないものだが、

「現地にいるフォリ中尉に連絡を取るには、自分では指揮系統が異なる為、様々な取り次ぎが必要となります。ウェスギニー子爵はたしかにこの報告室の責任者ですが、現在、その権限を全てフォリ中尉に渡しているのです」

と、事情を説明され、その程度のことならと快く了承した。王妃ならばフォリ中尉の護衛をしている近衛へ即座に連絡が取れる。

 しかし事情を詳しく聞けば、単に税関事務所で働こうとしているウェスギニー家息女アレナフィルの成育環境の確認だ。要は、子供を無理に働かせているのではないかという未成年者保護の観点からの問い合わせである。

 担任教師でも学校長でも問題なかったことを王宮に回してきたのは、そこならば父親であるウェスギニー子爵に連絡が取れると思ったからであり、キセラ学校長なりの配慮だった。

 王妃フィルエルディーナは息子と一緒にいたものだから、

「アレル、また何かやったの?」

と、面白そうな顔になって王子エインレイドも話を聞いてしまう。

 王妃は息子に対し、上等学校生でありながら休暇中に金銭を稼ごうとするのは子爵家令嬢の枠からはみ出しすぎているばかりか、ただの一般生徒でもこういった確認が入る通報案件なのですよと、生きた教育を行った。

 そして母と息子は、どうして税関事務所なのかと首をひねりながらも、アレナフィルちゃんなら何をやらかしても驚くにはあたらないという結論に達した。

 フォリ中尉に連絡を取るまでもなく、その程度ならば王宮で保証してやってもいいと王妃は考える。要は不当な労働を課されているのではないかと、税関事務所が案じただけだから。

 そうして国立サルートス上等学校の担任教師に確認が取れたならそれでよかった税関事務所は、何故か学校を乗り越えて王宮にある王族付き役人から連絡を受けた。


「ウェスギニー子爵家息女アレナフィル嬢は国立サルートス上等学校入学時から優秀な成績を取っている女子生徒である。父親も王宮にて勤務しているが、業務の関係で不在にしている為、こちらから返答を行わせていただいた。

 現在、アレナフィル嬢はネトシル侯爵家からの招待でサンリラにて滞在している筈だが、本人の自主性を重んじたバイトなので、陰ながら護衛もいると考えられる。何かあった時にはサンリラにあるネトシル侯爵家別邸もしくは当方に連絡をいただきたい」


 実は家で悲惨な目にあっている令嬢ではないのかと案じていた税関事務所だが、それなら後で子供を働かせていただの何だのを言われないだろうと安堵した。

 しかも初日から倒れたアレナフィルちゃんに対し、王宮に勤務する近衛士官が駆けつけたばかりか、即座に全ての健康検査を行わせたから余計にだ。

 税関事務所長は通りすがりを装った近衛士官達を応接室で迎え、事情を聴いたらしい。


『実はウェスギニー子爵家のアレナフィル嬢は、エインレイド王子殿下の一番の学友なのです。貴族令嬢のわりにたくましい子なので、王宮からなかなか出られない王子は、彼女の話をとても新鮮に聞いておられるのですよ。

 王子が一般庶民に紛れてお忍びで出かける際には、彼女が行ったことがあって安全で楽しいのではないかと思う場所を提案してくるので、私共もアレナフィル嬢を見守っておりました』


 アレナフィルちゃんの人間性を知っておきたかった近衛はアレナフィルちゃんの仕事ぶりも観察したい。王城でおっとり育てられた第二王子は、なぜか他国に城を攻め込まれて逃げる時には屋台で行商しながら稼ぐ手段をアレナフィルちゃんに教わっている。

 とある国で武力による王権簒奪が起き、ちょうど城下にある乳兄弟の家にいた王子が更にその乳兄弟の友達の家まで行っていたことから捕縛を免れたものの、やがて自分の国を取り戻すまでの長い物語をアレナフィルちゃんが暇つぶしに語ったのだが、屋台で使う鉄板は溶いた生地も焼ける上、背中にくくりつけておけば亀の甲羅のように背後からの攻撃も食い止めるそうだ。

 市場に行った時にその鉄板を見た王子エインレイドはその鉄板の価格、材料費の計算と販売時の価格まで計算することを教わり、自分の知らなかった世界を知った。近衛も貴族出身や裕福な平民出身が多く、王子が生活費を稼ぐための鉄板を抱えて国を追われる世界、しかも行商でも場所代と言われて上納金を巻き上げられる世界を知らなかった。

 第二王子付きの近衛よりも自分達の方が市井に詳しいと自負している彼等は、第二王子に問われた時も戸惑うことなく答えられるようアレナフィルちゃん観察に力を入れている。

 俺から話を聞いたアレンルード君はどこか困惑した顔で、

「それ、創作された話(フィクション)ですよね?」

と言った。

 俺は何も聞かなかったことにしている。

 税関事務所長は近衛士官達から話を聞き、上等学校一年絵生になったばかりで貿易に目を向ける子がいるとはと、当惑していた。


『なんとまあ。わざわざ子爵家令嬢を近衛の方々がですか? 王族でも何でもないのに?』

『現在、このサンリラにあるネトシル侯爵家では王族の方も滞在されておられます。我々もアレナフィル嬢のことは申し送りにあった為、存じておりました。

 アレナフィル嬢は、我々では思いつかない場所をエインレイド王子殿下に提案してくるのですよ。どうせなら行動を見張っておいた方が、エインレイド王子殿下の護衛にも先に情報を回せます。

 基本的に上等学校に入学した王族は、学友が行きつけの店や場所などに興味を持たれ、同じように出かけたりするものなのですが、アレナフィル嬢が自信満々で王子殿下を連れて行った初めての場所は、市場での値切り体験と、路上の食べ歩き体験と、女の子には荷物を持たせないという男子たる誠実さの結果、小麦粉と砂糖とジャム瓶を両手いっぱいに抱えての乗り合い路面車体験でした』

『そ、それはまた・・・』


 貴族の令息令嬢が王族を案内しようとする「街歩き」は人気の店や劇場などが一般的だ。誰だって報告が上がることを分かっているのだから変な場所に案内する筈がない。

 本来は第二王子の警備報告を城で受け取る部署に配置されたウェスギニー大佐が父親である以上、アレナフィルちゃんもそこは分かっている筈だった。

 問題はその父親が、子供のすることなんぞ大したことじゃないという放任タイプだったことだ。

 今もアレナフィルちゃんは自分が普通じゃないことを理解していない。


『士官も貴族出身なので値切るノウハウは持っておらず、戸惑うばかりだったのです。それでもアレナフィル嬢が貧しく育っていたなら納得するものですが、本人はやりたいからやっているだけのようで・・・。

 我々がお仕えする方も、同じ邸に滞在しているアレナフィル嬢がまだ子供なことから、バイトなど大丈夫であろうかと案じられ、何かあれば保護するように命じられていたのです』

『そうでしたか』


 何かトラブルが起きない限り、誰もチェックしない映像監視装置だが、税関事務所長も立ち合いで見たというアレナフィルちゃんの仕事ぶりはてきぱきしたもので、これならと税関事務所長も納得したらしい。

 結果として、本来は部外者立ち入り禁止な映像監視室で近衛士官達が見守ることも許可された。ついでに何故かミディタル大公家の護衛達も映像監視室で一緒にアレナフィルちゃんの様子を見ていた。

 

(思えば警備棟にとっては当たり前なアレナフィルちゃんのハチャメチャ行動。他の近衛やミディタル大公家、サラビエ基地、レスラ基地にとっては非常識の塊だったんだよなぁ)


 俺達は妹の尾行に飽きていたアレンルード君を連れてヨット遊びをしたり、折角だからと釣りをしたり、色々と体を動かしていたのだが、数人が日替わりで交代しながら見守る筈のアレナフィルちゃん、何故か毎日のように皆が見守っていた。

 そして彼らは、俺達ではなく上等学校の警備棟に確認を入れていたらしい。

 つまり、「こんなことしてるが、あの子、それが通常行動なのか?」だ。

 どこまで話していいのか悪いのかが判断できない兵士達では対応できない。というわけで、警備棟に配属されていた士官達も交代で出勤していたそうだ。

 休暇が台無しになったエドベル中尉は、新学期が始まって顔を合わせた俺に向かい、

「見守っている分には微笑ましいんだが、問い合わせを受けるとなると胃薬が手放せない。来年からはおとなしくしていてくれるのだろうか」

と、悲痛な面持ちで相談してきたぐらいだ。

 どうやらミディタル大公家が出していた護衛達は、大公妃から内々の命令も受けていたらしい。

 つまり息子の嫁に相応しいかどうかのチェックが行われていた。そもそも護衛など今まで大公家が付けていなかったことを考えれば、そういう名目で監視していたのだろう。

 察してしまえば大公妃の不興も買いたくなければ、フォリ中尉の恨みも買いたくないエドベル中尉以下、言葉にも細心の注意を払わなくてはならなかったそうだ。


(近衛はアレナフィルちゃん情報を国王一家が楽しんで聞くものだから、のほほんとしたものだったけどなぁ。王子が自発的に国の仕組みに興味を持ったんだ。そりゃ息子が賢くなって嬉しくねえ父親はいねえよ)


 アレナフィルちゃんが何をやっているのかを理解したかったエインレイド王子は、報告してきた近衛に税関ではどういうことが行われているのかを尋ね、近衛とて詳しいことなど分からないから税関事務所長に質問した。

 結果として王子がそこまで税関の業務に興味を持ってくださっているとはと、感動されていたらしい。

 そしてサラビエ基地に所属する男子寮の寮監達だが、「アレナフィルちゃん酒場で働いていた説」などの裏付けをとる為に基地の兵士達を聞きこみに回らせ、幼年学校にまで調査を出した。


(夜遊びというのは無理だ。子供はそこまで起きていられない。何よりあの家のガードはかなりのものだ。父親不在でも、両親の代わりになる夫妻がいて子供から目を離すことはない)


 寮監をしている士官達は根本的な問題を忘れている。それこそ家政婦のヴィーリン夫人に尋ねれば簡単に終わる話だ。夫婦であの家に泊まりこみ、子供が布団を蹴り飛ばしているだろうからと、夜中に起きては二人の様子を見に行っていたヴィーリン夫人。

 ヴィーリン夫妻はウェスギニー家の縁戚筋にあたるらしい。息子達が結婚して独立したので夫婦で静かに暮らすつもりだったところを双子の状況を知り、家政婦として立候補したそうだ。

 今でこそ近くの家で暮らして通いの家政婦をしているが、双子が幼い頃はあの家で暮らし、ほとんど四人家族だったとか。さすがに実の家族をないがしろにさせるわけにはいかないので、ほどほどの距離感を今は保っているそうだ。

 かえって大きな邸宅で使用人が下がってしまえば朝まで放置される貴族子女よりも、手ごろな大きさの家で育てられた子供達の方が、保護者の目が行き届いていた。


(実はクラセン講師に、今の奥さんとは違う恋人がいた時代があって、その女性にアレナフィルちゃんがとことん仕込まれたってのが一番ありそうだな。空白時間はクラセン家に行っていた時間だ。だが、そんな女性がいたなんて自白する筈もない)


 ま、大したことじゃない。どうせ俺はネトシル侯爵家を継ぐわけじゃないし、気楽な身の上だ。俺から見ればアレナフィルちゃんは結婚相手としてとても条件のいい子だ。

 噂が先に立ちすぎて条件が悪いと思われているだけで、正しい事情が認識されれば縁談が降るように持ちこまれるだろう。そのあたりを見越してウェスギニー家は沈黙しているのかもしれない。

 大体、ウェスギニー子爵自身が子爵邸を使わずに小さな別宅住まいで、子爵の子供達はサルートス幼年学校にさえ通わせてもらえなかったと聞けば、誰しもウェスギニー子爵の弟が邪魔な跡継ぎにまともな教育を与える気もなかったと見なすものだ。

 常に弟は兄を立てていたが、表に出さないだけで兄弟の確執があると信じていた者は多い。


(別居してるわりには仲が良すぎだろ、あの家。よその貴族なんて同じ邸宅に住んでいても仲が悪いってのに)


 俺はレミジェス殿とスポーツ観戦に行ったり、レスラ基地で叔父と甥が訓練させてもらうのに付き合ったりしながら話を聞いたのだが、どうやら前子爵は、若くして亡くなった長男の妻に子爵夫人という称号を与えた上での墓を作ってやりたかったらしく、それで爵位を譲ったのだとか。

 墓石の為の爵位に意味はないと言ってのけた長男は、自分の周囲には今も両親を子爵夫妻として呼ばせている。

 そして兄を支える立場の次男は、自分はいつ戦死するか分からないのだから息子への跡継ぎ教育はお前に任せると兄に告げられ、子爵としての全てを父と共に代行し、甥の教育を一任されているのだ。

 結果として子爵としての教育を祖父と叔父から受けているアレンルード君は、父よりも叔父を信頼している。


(普通はそこで下剋上するんだけどな、叔父の立場だと)


 爵位を継ぐか継がないかで、結婚相手の格も条件も違ってくるというのに。

 ましてや甥の結婚相手によっては、いつまでも仲良く暮らすことなどできなくなると分かっているだろうに。


(結婚してから家族との間に隙間風が入り始めたということは多い。時にはどうしようもない亀裂さえ入る)


 よく見聞きする事例だ。

 早くして本家の兄が亡くなったものだから、その子供が大きくなるまで叔父や叔母夫婦が家を継ぐ形になって、いつの間にか兄の子供はどこかで冷や飯食いとなっていたという結末は。

 はたまた兄の子が大きくなるまで育て、成人したその子に家の実権を譲った途端、今まで庇護してくれていた叔父や叔母夫婦を蔑ろにする事例もあったりする。


(結局、仲が良すぎるんだよな。アレナフィルちゃんは、安定した役人生活とか言ってたけど、ルード君だって妹があれだけ書類仕事をこなせるんだ。それこそ自分ちで働いてくれって言うだけだろうに)


 そんなことを思いながら、俺はアレナフィルちゃんの早朝お茶会レッスンに招待客役として、参加したのだった。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 朝のお茶会マナーレッスンは、最初だけ王妃フィルエルディーナが教えて、いずれは女官達が派遣されてくるという話だった。

 けれども朝からそうそう王妃としての仕事が入ることは少なく、ゆえに平日の恒例となっている。真面目にお茶会の練習をしていたのは最初だけで、今ではただの茶話会と化したからだ。勿論、王妃の予定が入っていたり、体調がすぐれなかったりする日はお休みだ。

 正体不明の貴婦人とはいえ、アレナフィルちゃんもその正体を察している。だから王子エインレイドと勉強する分野と進み具合についての相談を持ち掛けることが多くなっていた。


(クラセン講師も普通そんな情報回すか? 王妃だってまだ上等学校一年だってのに、あそこまでアレコレ見せられたら悩むしかないだろうに)


 そうなると侍従に任せることが慣例となっていた息子の教育に対し、母としての意見が反映されるとなった王妃にとってはそれなりに充実感もあったらしい。夫妻の会話も増えたそうだ。

 アレナフィルちゃんは自分の学習予定も立てているので、一緒にやるかどうかをクラブメンバーに尋ね、お互いに取れる資格を取ろうとしているのだが、中には王子には必要なさそうなものもちらほら混じっていた。

 俺達と出かけた先でのことも喋るものだから、王妃はフォリ中尉のプライベート時間をこっそり聞いてしまったという楽しみも感じている。

 同い年なのに、王子に対してお姉ちゃん気分なのか、

「子供の内は挫折した方が大器晩成となるのです。優秀に育ちすぎると、かえって大したことのない失敗すら大きく受け止めるようになってしまうのです。立派な大人になる為、子供は失敗を重ねる権利があります。だからエインレイド様も、少しはやんちゃして失敗した方がいいと思うんです」

と、強く主張したアレナフィルちゃんによって、何を息子が挫折した方がいいのか王妃は悩み中だ。肝心の王子は、

「挫折ならとっくにしてるよ。聞いたらディーノもダヴィもリオも、女の子にとっては好条件なボーイフレンド候補らしいのに、アレル、僕達のこと、13年後に期待するしかないヒヨコ扱いなんだよ? 僕だって本来はアレルが頬を赤く染めながらきゃーきゃー言ってくれてもいい立場なんだよね? 言われても困るけど。これって男として既に挫折してるよね?」

と、ぼやいていた。

 アレナフィルちゃんに言わせると、エインレイド王子は欠点がなさすぎるらしい。普通はもう少し問題があったりするものだと言われ、王妃は息子に問題行動を起こしてみたらどうかと提案中だ。

 肝心のエインレイド王子は「そのうちにね」と、鮮やかにスルーしている。

 そして今日のお茶会マナーレッスンは、王妃とそれにお供してきた女官長、そして警備棟責任者であるエドベル中尉と俺が招待客役で、アレナフィルちゃんは女主人役として話題を振ってきた。


「皆様のお知恵をお借りしたいのです。たしか歴史上でも口外しないという誓約書にサインした事例はあったと思います。

 私、もうすぐ三年間婚約してまで手に入れた兵器が届く予定なのですが、その件でフォリ先生と男子寮の寮監している先生達、リオンお兄様とヴェインお兄様に、私のことを口外しないという誓約書にサインしてほしいのです。未熟な私ではどうやればサインしてくれるのかが分かりません。

 だからレイディ。こういう場合はどうやって淑女がサインさせているのか、私に教えてください」


 お茶会の話題としてはあまりにもストレートすぎて、エドベル中尉と俺は顔を見合わせた。

 三年間婚約とは、つまり成人する前に婚約破棄するからだ。それを堂々と口にする時点で何かが違う。

 はらりと扇を広げて笑いかけた口元をすかさず隠した王妃は、こほんと咳払いをした。


「アレルちゃんの行動はいつでもキレがいいわね」

「ありがとうございます」


 王妃に何かをお願いするとして、貴族令嬢ならば縋りつくようにして涙ながらに頼みこんでくることがほとんどだ。

 ここまではっきりストレートに言っている時点で今までの淑女教育が迷子になっていた。問題はエインレイド王子に一番身近な貴族令嬢だけに、アレナフィルちゃんはこのまま隠し事のできないアレナフィルちゃんでいてくれた方が王子の関係者にとってありがたいことだ。

 ゆえに誰もがそのあたりの改善・改良に手をつけられない。


「お茶会は根回しの為にも使われるということでしたので、これも根回しだと考えたのですが、どうでしょうか。これは根回しになっているでしょうか。明日が決戦日として、レイディの協力が必要なのです」

「根回しというよりも、私を悪だくみに引き入れようって感じね。だけどアレルちゃんが一番の功労者なんだし、少しは好きにさせてあげてもいいのかしら。要はガルディに協力させる為に私が必要なのね?」


 言うまでもなくフォリ中尉に対し、何かへのサインを迫るなどしていいことではない。

 本来はそういった常識を教えるのが俺達の立場だ。

 王妃はアレナフィルちゃんに対してそういった否定的なことを口にせず、だからアレナフィルちゃんも大きく頷く。

 その針葉樹林の深い緑色(フォレストグリーン)の眼差しには、たとえようもない悲しみが満ちているように見えた。


「そうなんです。だってうちの父は無力な子爵。物だけ取り上げられて、ユウトが私を誘拐しただなんて事実無根な噂が流れるのでは意味がありません。

 それなら私はたとえ誘拐されたという醜聞がつこうとも、気にせず生きていきます。だって私、結婚願望ないからそんな醜聞、痛くも痒くもないんです。・・・だけど、ファレンディア旅行の際に、大型遊園地や高級旅館でのおもてなしをしてもらう予定である以上、ユウトに対して不誠実な人間でいたくはありません。

 ユウトが誘拐しただなんて話がカケラでも出るくらいなら、あれらは最初からこの国に持ちこまれるべきではないんです。ユウトの名誉が汚されるならば、ユウトの自腹によるそれらを受け取るのは卑怯です」


 うん、話の中盤になんだかおかしなものが混じっていた気がする。

 やはりアレナフィルちゃんだ。心細そうな顔とか、悲しそうな顔とか、あまり意味がなかった。

 混乱しているらしい女官長を見かねたか、エドベル中尉エイダルベルトがこほんと咳払いをして、誰もが抱いた疑問を口にする。


「えーっと、アレルちゃん。なんで大型遊園地とか、高級旅館とかいう話がここで出てくるのかな?」

「だってエドベルさん。私、以前からファレンディア旅行に行きたかったんです。ユウトだってお詫びに連れていってあげると言いました。

 ユウトの秘書のお姉さんに聞いたのですが、フェリンキングダムは一日中、それこそ朝から晩まで遊べるらしくって、敷地内ホテルの内装も凝っててお料理もプリティフェリンちゃんというキャラクターものばかりらしいんです。高いけど美味しいらしいんです。プリティフェリンちゃんの特別石鹸とかパジャマとかがお土産にもらえるらしいんです。限定ドリンクはとってもカラフルで行ったら飲むべきらしいんです」


 そこで頭の両側に両手をぐーにして持っていったのは、プリティフェリンちゃんの耳を表しているつもりのようだ。

 ちょっと可愛かった。皆の目がなかったら、抱っこして頭を撫でていたかもしれない。


「その人に、誘拐されたんだよね?」

「そんな事実はなかったのです」


 重ねて確認したエドベル中尉に向かい、アレナフィルちゃんは大型遊園地と引き換えに事実を改竄(かいざん)してみせた・・・!

 女官長など、頭は良いのかもしれないけれど常識が足りなすぎなのかもしれないと、案じる顔になっている。

 だけど俺は知っている。アレナフィルちゃんはかなりの怖がりで、危険なことには近づかない子だ。

 つまり、あの外国人をアレナフィルちゃんはもう恐れていないのだ。


「いやいや。よく考えよう、アレルちゃん。そんな人が、君を帰国させてくれると思うかい? それこそファレンディア国で監禁され、行方不明扱いになって帰ってこられなくなるかもしれないよ?

 この国ならばともかく、外国で何かあっても対応は遅れる。そこはご家族ともよく話し合うべきだよ。ね?」

「心配してくださってありがとうございます、エドベルさん。だけどユウトはそんなことしません。忙しいユウトが誰かを監禁したところで、自宅に戻れるのは数週間に一度。数週間にせいぜい数時間しか会えない監禁に意味はありません。その間に逃げられるし、私の世話をさせている人から通報されます。

 それぐらいなら私が成人してから雇用の提案をしてくる方が現実的です。同じ職場ならいつでも会えますから。

 どちらにしても未成年の私では話にならないです。少なくとも習得専門学校を卒業もしていない人間を、あちらも雇える筈がありません。だからこそ、私は未成年の間にやりたいことをやるのです・・・!」


 そうなると王妃も、アレナフィルちゃんが誘拐被害者ということを一時棚上げにしたようだ。

 実際、誘拐されたと言われたら悲惨なものをイメージするが、アレナフィルちゃんは強制的に眠らされたにせよ、とても丁寧に扱われていた。


「なんだか分かり合ってしまってるのね、アレルちゃん。その方もそこまでアレルちゃんにしてくれるだなんて。お喋りしたくて誘拐したと思ったら、お詫びに高額品をくれて、しかも旅行の時には観光案内もしてくださるんでしょう? 普通、本気で結婚する気じゃないと、そこまではしないんじゃないかしら」


 成人男性の企みを少女が見抜けないというのはよくあることだ。

 王妃はそこも案じたのだろう。何のメリットもないのに、そこまで負担する理由などない。


「普通の男女の恋愛関係ならそうかもしれませんが、私達の場合はちょっと違うから大丈夫です。なんとなくですが、気が合ったんです。初対面でも分かり合えることってあるじゃないですか。私達の間にはそれがありました」

「そうなの。だけどファレンディア国に行ったら、口説かれちゃうんじゃないの? アレルちゃん、未成年の間だけの婚約じゃすまないかもしれないわよ。アレルちゃんは自分がとても可愛い女の子だってことを理解していないんじゃないかしら。誰だっておうちに持って帰りたくなるぐらいに、アレルちゃんは可愛いのよ?」


 王妃は、少女にしか興味のない変質者を思い浮かべたのか。

 俺も顔を合わせて同じ食事をとったとはいえ、あの男とは言葉の壁が立ちはだかっていた。会話がスムーズにできたなら相手の性根も分かるというものだが、言葉の壁はとても高い。

 アレナフィルちゃん、彼に殺されるかもしれないとかいう話はどうなったのかな?


「大丈夫です。私、年上の男の人には興味ないってことで、誰かのフォトを持っていくつもりですから。そこらへんはきっぱりお断りする為にも、年齢的に対象外だって証拠に十代少年のフォトを

『私、この人が好きなの』

って、持っていくつもりなんです。やっぱり女の子は同世代の男の子にドキドキするものですよね。今、この上等学校で一番カッコいい男の子のフォト、多めに集めようと思っています。

 あ、そうだ、エドベルさんは知りませんか? この学校で一番かっこいい男の子。レイドは駄目ですよ? さすがに王子様は巻きこめません」

「それこそアレルちゃんが好みなかっこいい男の子を見つければいいんじゃないかな? 誰か素敵な男の子を見かけたりしないのかい?」


 エドベル中尉だって王子の母親を前にして、どうして素敵な男子生徒ということで他の男子生徒の名前を出せるだろう。かといって、そんなものに王子の名前を出すのも言語道断だ。

 そこらへんの機微をアレナフィルちゃんは理解していなかった。


「ダミーで適当な少年のフォトを持っていけても、男の価値は安定性と経済力と肉体です。それを上等学校生だなんて・・・・・・素敵だなんて、自分の心に嘘なんて、つけない」


 悲し気に答えるアレナフィルちゃんが可愛かったので、つい手を伸ばして頭を撫でてしまう。

 うん、やっぱり年上好みなんだね。そのままでいいと思うよ。外国人ってのは論外だけど。


「アレナフィルちゃん。無理に好みでも何でもない男の子を好きになろうとなんてしなくていいと思うよ」

「好きになるんじゃなくて、好きなフリをするだけです。私、ユウトとだけは結婚したくないんです。だから、ここは彼では決して勝てない若さを持ってこなくては」


 俺の言葉に勇気を取り戻したか、アレナフィルちゃんは力強く拳を握った。


「それならクラブメンバーのフォトでいいんじゃないかな?」

「いえ、身近だと人物特定が可能です。全く接点のない少年でなくては。他校の生徒だと、尚いいです」

「・・・なんだか虚偽証拠の強引すぎな捏造になってきてるね」


 アールバリ伯爵家のベリザディーノも、グランルンド伯爵家のダヴィデアーレも、そういうことならば協力してくれるだろうに。

 そう思った俺に対し、アレナフィルちゃんは強く首を横に振る。人物特定されたら嘘だとばれるからなのか? それともその相手に何かされるからか?

 アレナフィルちゃんなりに彼を理解しているようだ。やはり初対面ではなかったか。


「仕方ありません。私、束縛系で粘着質な男の人は嫌なんです。人間は自由であるべきです。だから何があろうと対象外だってアピールをする為、上等学校生の隠し撮りフォトを私は必要とするのです」

「そうなんだ。だけどね、彼も誘拐はよくないけど、慰謝料代わりにそこまでさせるのもどうかと思うよ。あのファレンディア人、破産しちゃうんじゃないかい?」

「大丈夫です、リオンお兄さん。だってユウト、使う暇なく働いてたって言ってたからお金は余ってます」


 俺とて、常識的なボーダーを考える。

 あの遊泳用具よりもいい兵器となれば、一つでも十分だ。それを8台、彼は渡すと約束した。

 場合によっては、彼こそが国家反逆罪を問われる事態になるのではないか。


「それをアレナフィルちゃんに使ったら、それこそ、それだけお金使わせたんだから結婚しろって言い出すよ。フラれた途端、そういうことを言い出す男は一定数存在するからね」

「言うかもしれないですけど、使わなくても言うから一緒です。それなら使った方がいいじゃないですか。それに私でおもてなし練習しておいたらユウトも恋人や結婚相手とデートに行く時とか、リードする時とか、何に気を遣うかとか、とっても参考になると思うんです」


 駄目だ。アレナフィルちゃん、外国の遊園地に心が飛んでいる。

 14才の女の子にデートプランを心配してもらわなきゃいけない成人男性って何だよ、おい。


「あっちはもう成人していたね?」

「そうなんです。いつまでも子供で困っちゃいます」


 アレナフィルちゃんが両頬に両の手をそっと当てて溜め息をついた。

 誘拐犯にして豪華接待をしてくれる予定の成人男性を子供呼ばわりする14才に、テーブルは沈黙した。

 王妃は、父親であるウェスギニー大佐に任せた方がいいと判断したらしい。

 

「アレルちゃんの憧れの上等学校生フォトは、卒業生の在校時代のものでもいいんじゃないかしら。そうすれば人物特定は難しいもの。だけど、アレルちゃん。ガルディの権限でサインさせるにしても、そういったことならウェスギニー子爵がとっくに考えて動いているんじゃないかしら?」

「父はまたもや不在で、いつ戻ってくるか分からないんです」


 アレナフィルちゃんはそう言って、いかにウェスギニー大佐が父親としてダメダメかを語り始めた。


「軍に所属していたら、家族から情報が洩れることも考えなきゃいけないそうなんです。だから父は留守にする時も何も言わずにいなくなります。軍に所属していない私達では、父が帰ってくる日も分かりません。部屋の掃除をする使用人が買収されることも考えてなのか、危険な物が多いからなのか、その理由は分かりませんが、父が仕事で使う物を置いてある部屋は常に鍵がかかってます」


 エドベル中尉も俺も、危険な物は鍵のかかる引き出しや棚に仕舞っておく程度で、留守にする際はある程度、大体のところを家人に告げてから留守にする。

 さすが実戦部隊とも呼ばれる工作部隊。心構えが違った。


「そうなの。だけどそれは辛いわね。お誕生日とか、約束したいこともあるでしょうに」

「ありがとうございます、レイディ。だけど日にちを確定した約束はしないようにしているから大丈夫です。お誕生日とかのお約束をしていいのは、祖父母と叔父だけです。父は約束できない代わりに、家政婦をしてくれる親戚の小父さんと小母さんを私達に与えてくれました。二人がいてくれて、お誕生日のお祝いもしてくれるから平気です」


 なんなんだよ。泣かせにかかってきてるんじゃないだろうな。

 勿論、王妃とて外交や社交が入れば、母親として子供に接する時間もない有り様だ。それでも同じ王宮にいることはできる。顔も見ることはできる。

 アレナフィルちゃんはあまりにも不憫だった。


「だ、だけど・・・。その日、出かけるかどうかぐらいは分かるのかしら? 朝、留守にするって教えてくれるんでしょう?」

「いえ。持ち出す荷物が多かったら長い留守になるのかなと察しをつけることもできるのでしょうが、父は私達が起きる前に荷物を積み終わっているんです。だから学校から帰ったら父はいるかなと思っても夕食に戻ってこなかったら、帰りが遅いか、もしくは留守にするかといった感じで、だから父を待たずに夕食にします。余った父の食事は夜まで待って、それでも戻ってこなければ処分します。次の日の朝、父がいなければ、いつかまた会えるのだろうと、そう思うだけです」

「そこまで、・・・真剣に動いてらっしゃるのね」

「はい。だけどそれは皆一緒です。軍で働いているのは父だけじゃありませんし、その家族も私達だけではありません。

 だから私達、父が戻ってくるまで元気に学校へ行って、お勉強したり遊んだりしながら、大人の手をなるべく煩わせないように頑張るんです。父が私達のことを心配しなくていいように。

 そうすれば季節が変わる頃には父も戻ってきてくれますから。・・・戻ってこないこともありましたけど」


 軍に所属していても、普通、長い任期なら家族にそう伝えていくし、その日が早く帰れそうだとか、遅くなりそうだとかも言うものだ。

 父親が所属しているところが普通じゃないだけに、アレナフィルちゃん達は普通を知らずに育っていた。

 だが、通常の士官よりもそれだけウェスギニー大佐が危険な任務に就いているのだとも言えない。この子が不安に陥るだけだ。

 せめて自分達ぐらいはこの哀れな女の子に優しくしてあげてもいいのではないかと、テーブル内に奇妙な連帯感が生まれた。


「そうなの。かえってアレルちゃんがガルディ達に相談するだけいいのかもしれないけれど。・・・そうね。ウェスギニー家のレミジェス様がこのままではお気の毒ね。だけど明日はちょっと時間がなさすぎね。半曜日はどうかしら」


 普通じゃない家庭環境が、親に相談することもなく偽装婚約を決めてしまう行動にアレナフィルちゃんを走らせたのだろう。

 これも社会のひずみが生んだ悲劇なのかもしれない。


「協力してくださるんですか? ありがとうございます、レイディ」

「あくまで集めるだけよ? その説得はアレルちゃんがしなくちゃ。勿論、私も見張っているけれど」

「レイディがいれば、フォリ先生にほっぺたつねられないから平気です」

「・・・そうなの。ほっぺたつねられちゃうの」


 アレナフィルちゃんの三年間婚約者との商談をすっぽかされた大臣が、レミジェス殿に対してアレナフィルちゃんのサルートス国での婚約をごり押ししていることも、王妃にとっては懸念事項だった。

 だからその大臣をこの学校まで呼びよせる裏工作をすると確約してしまう。

 王妃も偽装婚約が本当の婚約になるのは望ましくないという気持ちが大きかったのだろう。


(結局、誰もがアレナフィルちゃんには甘くなっちゃうんだよなぁ)


 そして授業に向かったアレナフィルちゃんを見送った王妃フィルエルディーナは、男子寮から呼びつけたフォリ中尉に対し、アレナフィルちゃんがその紙を出したらサインをするように(あらかじ)め説得したのである。


「その程度のサインぐらいしてあげたらどうかしら。それで安心できるならいいじゃない。どうせあなた、みんなに口止めしたんでしょう? それに今のあなたが使っているサイン、たしか無効なのよね?」

「無効ですが、出回ったらそこまで言い逃れできるかというと怪しいものなんですよ。そりゃあ、その程度の内容ならしてあげる分にはかまいませんが。ですが、沈黙誓約書なんぞ集める必要なんてないでしょう。あのインコ娘、何を自分から価値を下げているんだか。

 それに口止めはしてますが、ミディタル大公にはその口止めも無効。おかげであの父親、略奪でも何でもいいからアレナフィル嬢を手に入れてこいとうるさいのなんの。

 スキャンダルどころか、あの年で外国人を罠にかけて取る物取ってきたと、知る人ぞ知る形で人気急上昇ですよ」

「罠って・・・」

「母は一体どんな育て方をしたらそうなるのかと批判的ですが、それは貴族令嬢として見るのであればといったところですか。父はあの年で悪女とは見事なものだ、面白みのない一人息子よりもよほど将来性があると、そんな感じですかね」

「悪女・・・」


 つまり士官達の報告を受ける上層部の中では評価が鰻上(うなぎのぼ)りだが、そのあたりを知らない人にとっては今もアレナフィルちゃんはウェスギニー子爵家の瑕疵物件令嬢ということだ。

 厄介なことに、これからは分かっていて鎌をかけてきているのか、それとも何も知らずに言っているのか、それを慎重に見極めなくてはならないだろう。

 悪女という言葉の意味を考え直してしまった王妃と俺だが、王妃はすぐに立ち直る。


「そっちはともかく、アレルちゃんはその外国人の方の名誉を考えているのよ。色々としてもらう以上、誠実にこの国のことは片づけておきたいんですって」

「名誉も何も、外国でそれって関係ありますか? あのインコ娘も外国での名誉なんてどうでもいいからと、婚約届を出したんでしょうに。あの男も気にしないと思いますがね。大体、外国から無事に祖国に戻る為、数百人の大量虐殺したような男です。たかが少女一人の誘拐如き、犯罪なんて思ってないでしょう」

「え? 大量虐殺・・・?」

「なんでもアレナフィル嬢が偽装婚約した男、その頭脳に価値があったそうで、外国で囚われたことがあったそうですよ。するとその建物にいた人間、そして空港にいた人間も全て殺して母国に逃げ帰ったそうです」


 アレナフィルちゃんに兵器を貢ぐばかりか、遊園地で遊ばせてあげようとしているお人好しなイメージが王妃にはあったらしい。

 兵器を扱っていても、それは商談的なものだけだと思っていたようだ。

 さすがに戸惑うような顔になった。


「ちょっと待ってちょうだい。そんな危険な人を・・・」

「ウェスギニー家は気にしてないですよ。殺した数ならウェスギニー大佐の方が余程多いそうで、どれ程の危険人物でもその牙をアレナフィル嬢に向けないなら構わないと諦めている様子です。

 そんなどうでもいい誓約書より、今は大臣の方でしょう。サルートス国で婚約届を出されるのはかなりまずい。ファレンディアでどんな届け出が出されていようが我が国で手続きしていないなら無効ですが、この国でも手続きされては効力を発してしまう」

「・・・そうね」


 盗み出して燃やしてしまえばなくなってしまう誓約書など、大した問題ではない。アレナフィルちゃんだって保身の為に欲しがっているだけで、世間に出す気はないのだ。ならば存在しないも同然だろう。

 ウェスギニー大佐によってその外国人と親しく語り合って意気投合したことになっているフォリ中尉達や俺の、その捏造された事実によってもたらされる今後の方がよほど厄介だ。

 今回やってくるウミヘビとやらが優秀な兵器だとして、もう少し手に入れてくれという声も出るだろう。だが、アレナフィルちゃんの名前が出ていない以上、俺達が手に入れられないことで責められるのだ。

 なんて面倒くさい。


(あの男、本気で最低だ。自分が動く気ねえのかよっ)


 まだ海戦がない我が国だから俺達が耐える程度でいいだろうが、今後の流れを分かっていて俺達に押しつけたウェスギニー大佐のやり口が汚かった。

 そして近衛に所属する者達の間では、ウェスギニー家のアレンルード君への同情が止まらない。

 娘の誘拐を容認したウェスギニー大佐。誘拐犯の潜伏場所の合鍵まで作製しておいて、それをあんなにも心配していた息子に教えなかった非情っぷり。

 普通なら非行に走るのだろうが、長期休暇が終わった双子はいつも通りだ。ああいう父親を持ってしまうと打たれ強くなるのだろうか。


「しかし誓約書ねえ。あのインコ娘、書類なんて作れるのか? 定型文書なんてないだろうに」

「アレナフィルちゃん、これから作るとか言ってましたよ。俺はすぐにサインしてあげようかと思ったんですが、まだできてないとかで」

「あのなあ、ネトシル少尉。サインするなら内容を見てからだと思わないか?」

「どうせ外に出ることのないサインですからね。何よりアレナフィルちゃんがやらかすことなんて、これが最後とは思えません。今の内に信頼実績、重ねておきます」

「あらまあ、策士ねえ。だけど私も誓約書とかいったところで政治的なそれならたかが沈黙程度じゃすまないし、だからそれで安心できるならって思ったのだけど、アレルちゃん、大丈夫なのかしら」

「そのあたりは大佐に話を通しておけばいいでしょう。本当に政治的な思惑が絡む文書ならそうもいきませんが、父親の監督不行き届きの結果なんだからどうにかしてもらいます。全くあのインコ娘、どこまで人を振り回してくれるんだか」


 そんなやり取りを経て、例の大臣には、

「小耳に挟んだのだけど、ウェスギニー家のアレナフィルちゃんに接触したいんですって? あの子、エインレイド達といっしょにいつも朝のお茶会レッスンをしているのだけど、何かあったのかしら? 特に素行に問題はなさそうだけど」

と、話しかけた王妃である。

 大臣は早朝からのお茶会マナーレッスンに自分も是非参加したいと、前のめりで言ってきたらしい。

 そうして半曜日になるまでの早朝マナーレッスンは、アレナフィルちゃん司会の作戦会議と化した。

 おっとりとした物腰が特徴の王妃様が、最近、・・・そう、最近になって、とてもてきぱきしてきたような気がしてならないのは俺だけだろうか。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 大臣がお茶会マナーレッスンにやってくる半曜日、フォリ中尉と俺は映像監視室で待機していた。

 アレナフィルちゃんは沈黙誓約書へのサインを王妃の威光で強引にさせたいらしく、フォリ中尉にはそのことを内緒にしている。

 そして王妃も俺も、フォリ中尉に対して秘密にする方がまずいと分かっているから情報漏洩していた。本来ならフォリ中尉に貴族子女がサインをねだるなど許されない。

 そんな俺達の心労を気づきもせず、アレナフィルちゃんは大臣達を油断させる為、子供らしさアピールテクニックの開発に余念がなかった。


「子供らしさをアピールするのを手伝ってくれとかって、実際に子供だろ? そんな一目瞭然の事実を約束してどうなるんだ?」

「うーん。だから棒付きキャンディ持ってきたんですよ。ほら、お子さまっぽくないですか?」


 仕方がないだろう。アレナフィルちゃん、自分では大人っぽいつもりだ。

 美味しいと評判の店で買ってきたキャンディだから気に入ってくれると嬉しいが、さすがにこれは出すことはないだろう。後で、頑張ったご褒美とか言って渡せばいいか。

 フォリ中尉と俺が見ている映像の一つに映ったアレナフィルちゃんは、迎えに行ったレンノ少尉候補生と歩いて警備棟へ向かっているところだ。


「自分でも子供アピール凄くないか? 普段はシンプルなブラウスと裾の長いスカートなのに、今日のあいつ、ワンピーススカートじゃないか。しかも膝より少し下程度。どこの幼児だ」

「ははっ。頭の大きなフリフリ付きリボンが可愛いですよねぇ。あれじゃまだ幼年学校生ですよ。さすがにあんな子供に婚約がどうこう言い始めたら犯罪ですね、犯罪」

「あのアホ娘、要はアレだろ? いいかげん、家族には通じなくなり始めた『子供だから難しいお話分かんない』を、初対面の奴ら相手なら通じると思ってるだけだろ? 可愛さだけで世間渡っていけるとか、人生なめてないか?」


 そこまで鮮やかではない色調ながらオレンジ色したワンピースドレスには白いフリルがついていて、まさに子供のおめかしといった感じが濃厚だ。


「実際、それで渡っていけてるんだからいいじゃないですか。後で抱っこして頭撫でさせてもらえないかな。どうせ本当は賢いって分かってるんだし、俺の前でも甘えっ子バージョンでいいのに」

「他人に見られたら通報事案だぞ? ・・・あの父親、人に見られん場所でウサギを思いっきり撫でさせてくれって頼んだら、中身は14才だからって断りやがった。妹が欲しければ親に頼めだとよ。うちの母に産んでもらったところで、強烈なのしかできんだろうに。娘が可愛いからって調子に乗ってないか」

「そこなんですよね。うちの一族も気の強いタイプが多くて、頭を撫でようもんなら、『何、勝手に人の頭、ぐしゃぐしゃにしてんのよ』ぐらい言いますよ。撫でさせてくれるのはまだ幼年学校に入るまでかな」

「エリーは撫でるのまでは大丈夫だが、膝には座ってくれんな」


 貴族の子供は、幼い時から小さな大人であれと躾けられる。しかも自分専用の侍女などもつけられる為、人に命令を下すことを自然と覚えていくのだ。

 ウェスギニー子爵家の双子達も、侍女はともかく家政婦がいてくれたわけだが、その関係は双子のご要望を聞き入れる使用人ではなく、父の子爵自らが親戚筋の年長者扱いで接している為、お坊ちゃま、お嬢ちゃま呼びしてはくれるが、立場は家政婦の方が上である。

 おかげで双子は優しい家政婦に好きなおやつを買ってもらおうとしたり、はたまた喧嘩した兄妹を叱ってもらおうと考えたりで、甘えるのが上手に育っていた。

 家政婦をしているヴィーリン夫人も子育て経験があるから、そのあたりはお見通しらしいが、可愛いのでいいかと思っているようだ。


「男子寮、ムカムカしてるんじゃないですか?」

「まあな。だが、俺がここで寮監してまでエリーの傍にいると知られるわけにはいかん。あいつらにも顔を見られんように出てくるなと言ってはある」


 フォリ中尉だけなら王妃の付き添いでやってきたと言えばいいが、さすがに寮までついてきた士官達は無理がある。彼らは近衛に所属しているわけではないからだ。

 男子寮で生活している王子の為に基地から士官が回されているにせよ、それがフォリ中尉の身近にいる士官達ばかりとなれば怪しまれる。

 

「大変ですね。うちもまだ長兄に虎の種の印が出たからいいものの、そうでなければお家騒動になってましたよ。そういう意味ではエインレイド様やルード君が羨ましい限りです。甥だって虎の印が出なければ、皆がどう出るやら分かったもんじゃありません。うちは虎の種の印が出るようにと、そちらとばかり婚姻し続けてきましたから」

「俺とて俺の結婚相手や子供の資質、そしてエリーの結婚相手によってはどうなるか分かったもんじゃないがな。子供の間は素直でも、成人していく間に取り巻き達の影響を受け、変な方向へと進むことも多い。エリーとて今はあんなものだが、大人になったら俺を遠ざけるかもしれん。そんなのは分からんさ」


 たとえ仲が良かった家族でも、状況が変われば一気に関係が変化するのだ。それは歴史が証明していた。


「あなたの取り巻きがエインレイド様に何か吹きこむことも考えられますしね」

「ああ。だからアレナフィルがエリーといてくれるのは有り難い。俺に内緒で誰かがエリーに何かを吹きこんでも、あのアレナフィルならエリーに相談されたその足で殴り込みをかけかねんからな。すぐに事態を把握できる」

「ありそうですね。ただ、あのアレナフィルちゃんが一人で乗りこみますかねえ」


 怖がりなアレナフィルちゃんは、面倒なことは誰かに押しつけたい卑怯者だ。

 そしてどんな時でも勝ちを狙っていく正義の勇者だった。


「一番に俺に特攻してきそうだな。自分の監督不行き届きは自分で責任取れとか言って。しかも保険とかぬかして、できる限りの人数を巻きこみそうだ」

「そうですね。子供の意見は一蹴されることが多い。それが分かっている以上、できるだけ人を巻きこむでしょう。もしかして一番に巻きこまれるのは俺かな? それとも学校長ですかねえ」

「あいつは読めそうで読めんところがあるからなぁ」


 貴賓室はその使われ方から、映像監視装置はついていない。だが、今回は臨時的に一つだけ目立たぬ位置にそれが設置されていた。簡易的なものなので、その受信装置は一つだけだ。

 この部屋の片隅に独立しておかれた受信装置の小さな画面には、室内の様子が映っていたが、画質はあまりよくない。

 そうこうしている内に、警備棟の責任者であるエドベル中尉エイダルベルトが、コンコンとノックして入ってきた。すかさず俺は立ち上がる。


「お疲れ様です、エドベル中尉。アレナフィルちゃん、大丈夫そうですか?」

「さてな。大臣も同席する以上、女官と近衛の独壇場だ。邪魔にならんよう警備も巡回に行かせたが・・・。ああ、そうだ。フォリ中尉、あなたの姿が見えないのでエインレイド様がこちらに来ようとされてましたよ。アルメアン少尉が妃殿下との茶会レッスンに大臣が同席するのだと説明したら、ある程度察したらしくすぐ寮へお戻りになりましたが」

「口先だけ危険回避を言い募っても実行力が伴わんどこぞの子爵家の娘と違い、エリーは賢いな」


 そうかもしれない。

 フォリ中尉は貿易都市サンリラでのアレナフィルちゃんを見て、護衛の数を増やしてでもエインレイド王子を連れてくるのだったと、ぼやいていた。

 一緒に行動させておいた方が学ぶものが多かっただろうと。

 今も王妃の指示に従ってはいるものの、エインレイド王子自身の行動でここにやってきたなら、適当な理由をつけて貴賓室に(ほう)りこんだに違いない。

 多少の混乱よりもエインレイド王子自身の成長と経験を優先する、それがフォリ中尉だ。


(甘やかすだけが愛情じゃないってか。俺にはできんな)


 愛情はあるが、それゆえに将来のことを考えるフォリ中尉の策謀により、エインレイド王子はミディタル大公家でたまにしごかれていた。今では慣れたものだが、初めてミディタル大公にしごかれた時のエインレイド王子は、いささかフォリ中尉の愛を疑ったそうだ。


「座りなさい、ネトシル少尉。私もここで近衛の行動を見張っておきたいところなんでね。ですがフォリ中尉。さすがに貴賓室へエインレイド様を行かせるのはどうかと思いますよ。アレルちゃんはたまに男のプライドをへし折ってきますからね。せめてあなたが同席するのでなくては」


 やはり縄張りを侵食される不愉快さがあるのか、エドベル中尉にも鬱屈するものがあるようだ。


「あまりバカなことをやってるのを見させるのもどうかと思うが、あれで何をやらかすか分からんところがあるビーバーだからな。もしも大臣がやりこめられるならエリーにそんなのを見られたというのも屈辱となるから厄介だが、あそこまで子供らしさにこだわった以上は違う手を使うだろう。アールバリ家が言うようにシッポ攻撃か?」

「はは、まずは観察というところですか。緊急事態とは言い難いだけにウェスギニー大佐に連絡もできないですしね。レミジェス殿では更にご自分が矢面に立たれるだろうと思うとお気の毒すぎます。ですがフォリ中尉もせめて廊下で聞き耳を立てられた方が確実じゃありませんか? その画質はあまりよくありませんからね。盗聴用装置も、あなたであれば出しますよ?」


 アレナフィルちゃんはどう出るのかと思って微笑したフォリ中尉に対し、エドベル中尉は廊下の壁から室内の声を聴きとれる装置の使用を提案する。

 そんな不敬など許されるものではないが、フォリ中尉ならば問題ない。

 簡易的なものだけあって、貴賓室に取り付けられたそれの画像はとても荒く、位置関係は分かるし、ある程度の声は聞き取れるものの、ザーザーという雑音の方が大きい有り様だ。その雑音が不快すぎて、既に音声をゼロにしていた。

 だが、フォリ中尉は首を横に振る。


「妃殿下を信用していないかのような行為を俺がするのはまずい。先走る近衛も出るだろう。ネトシル少尉が聞いてきたことによると、どうやら俺は国王一家を排除して国王の座を狙っていくそうだ」


 ミディタル大公の一人息子でありながら、フォリ中尉は常に慎重な人柄で知られていた。


「火種のないところに沢山の煙がたなびくばかりですな。ネトシル少尉もそんな雑音をお耳に入れるとは」

「仕方ありません。知らない方が足元をすくわれます。今やフォリ中尉、エインレイド様を手懐け、あのウェスギニー大佐を子供もろとも手中に収め、まずは役立たずとされていた欠格令嬢に狼煙(のろし)を上げさせたって話も出てますからね」


 軽く肩をすくめた俺に、エドベル中尉も目を丸くする。


狼煙(のろし)? するならアレンルード君だろう。軍人が評価し、使うなら兄の方だ。勿論、アレルちゃんは見ていて飽きない賢い子だが、あの子を使おうだなんて自爆リスクも考えなきゃならん」

「エドベル中尉の言われる通りだ。だが、それが分からん奴も多い。誰も見たことのないお子様だからな。今度のフェリティリティダンスパーティは子供にかこつけて出席する奴も多いだろう。さて、そうと知ったら逃走しそうだが、どうするかな」

「逃走してくれていいんですが、エインレイド様も男の子四人、女の子四人でちょうどいいとか言ってますからね。そうなるとルード君はどうするのかな。女の子とお友達になる余裕もなかっただろうし」


 国立サルートス幼年学校から一緒の友達がいれば違っただろうが、アレンルード君は市立の幼年学校出身だ。

 男子生徒はともかく、女子生徒が一人で入っていくのは何かと切ないものがある。学校側もエスコートする相手が見つからない女子生徒には適当に見繕って引き合わせたりするものだが、さてどうなるのか。

 そんなことを話していたら、コンコンとノックの音がして、

「恐れ入ります。ネトシル様はこちらでしょうか」

という女性の声が響いた。

 俺が出ていけば、女官が一礼する。


「失礼いたします、ネトシル様。ガルディアス様にお取り次ぎを。奥方様がお二方をお呼びです。アレナフィルお嬢様が男性から肩に手を置かれて泣いてしまわれまして、人見知りするお嬢様ですからお二方に来ていただきたいとのことでございます」

「かしこまりました」


 俺は後ろを振り返った。

 声が聞こえないアレナフィルちゃんの様子は目の片隅に入れていても、特に危険がないようならと俺達もあまりチェックしていなかったのだ。

 あの人懐っこいアレナフィルちゃんが肩に手を置かれただけで泣いてしまったとは・・・。うん、嘘だな。


「嘘泣きがばれんようにする為のお子様ファッションだったか。泣く子相手じゃ大臣達も強気に出られんだろうに。すまないがエドベル中尉。俺が持ちこんだ盗聴装置なら問題ないだろう。ここで待機していてもらえるだろうか。あと、ウェスギニー家のレミジェス殿に連絡を取って、時間があるようならば来校してもらえないかと問い合わせてほしいのだが、お願いできるだろうか」

「勿論、しておきますよ。ま、困ったやり方かもしれませんが、同時に悪くない手です。対等に話すことができるなら要求はどんどんと増える上、学校でのアレルちゃんにはウェスギニー家の保護者は誰もついていません。すぐに泣いてしまう子供に大の大人が何か要求しようとするならば、まず保護者を呼ばねばならないでしょう。それをさせたくないからこその、今なのでしょうが」

「その通りだが、保護者べったりな様子を見せていても、所詮は保護者の目がないところで好き放題したい悪ガキだからな。子供だから分かりませんを前面に出して相手の口を塞いでから、自分の思う通りに持っていくつもりだろう。いい加減、保護者にも自覚してもらわんと困る」


 フォリ中尉が盗聴装置の受信機をエドベル中尉に渡した。これで映像が荒くても大体の様子が分かるだろう。


(別にいいと思うんだけどね。その程度のことぐらい。どんな猫をかぶっていたところで、誰も傷つけない嘘なら)


 泣いちゃった子供になら棒付きキャンディを渡しても無理などないだろう。どうせなら見せつけてやってもいい。これ以上の男は不要だ。

 そこまでしてアレナフィルちゃんが守ろうとする外国人。


(殺されると警戒しながらも情愛を隠せていなかった。自分に向けられたその心に、あの外国人も絆されたのか。彼はアレナフィルちゃんのおねだりを全て叶えた。交渉一つすることなく)


 初対面と言いながら庇い合っているあの外国人は、ファレンディア国へアレナフィルちゃんが行く際にはどこまでもバックアップする気だ。

 だけどね、アレナフィルちゃん。そんなに遊園地に行きたかったのかな。俺はあの外国人と君との関係が本当に気になるよ。




 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ