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48 アレンルードは舞い降りた



 ロリザンナレードル809号室。ケスティアルナホテルの屋上から飛び込んだ僕の耳元に、叔父からの声が入る。


『早まったマネはするんじゃないぞっ、ルードッ。とりあえず会話はこのまま通訳してもらうから落ち着きなさいっ』


 だけど僕は妹に対しても怒りを覚えていた。


「危ないっ」


 何故なら妹はそう言って、誘拐犯をベッドに押し倒して庇おうとしたからだ。どうやらガラスの割れた音と熱を帯びた暴風に、何か危険なことが起きたと思ったらしい。

 そんな妹の献身もむかつくが、誘拐犯は更にそんなアレナフィルを下にして庇おうとしたのだ。

 何なの、これ。僕の前で何を二人で庇い合おうとしてるのさ。ふざけんなよ。

 アレナフィルは誘拐犯の下でバタバタと手足を動かして暴れていた。

 勿論、こういった際にアレナフィルを守ろうとしているのは評価してやってもいい。だが、抱きしめているのは気に入らない。

 僕は撃銃付きサーベルを抜いて彼の首近くにそれを向ける。


【放しなさいっ。あんたが私を庇ってどうすんのっ。こういう時はベッドかテーブルの下っ!】

【ベッドの下に避難するのは違うと思うけどね】


『えーっと、フィルちゃんは、こういう時はベッドかテーブルの下に隠れるものだと言った。彼はベッドの下に避難するのとは違うだろうと言った』


 爆発が起きたのか、何なのかとパニックになっているアレナフィルと違い、誘拐犯の方は事態を理解しているようだ。


「フィルから離れろ、クソ野郎」

「ルードッ?」


 声でアレナフィルも分かったらしい。鋸(のこぎり)のようなギザギザしたブレードを向けていることから、誘拐犯もゆっくりと体を起こしていく。

 アレナフィルもそれにつれて窓の様子や僕の姿が見えたようだ。


「ル、ルードッ、そんなの人に向けちゃ駄目ぇっ」


 慌てたらしい妹が、ブレードと誘拐犯の首の間に指を突っ込んできた。


「なっ、何すんだよっ、フィルッ。指ぐらい簡単に落ちるんだぞっ」

「この人に怪我させちゃ駄目っ」


 妹に傷などつける気はないのだ。僕は慌てて二人からブレードを遠ざけた。

 するとアレナフィルが両膝をベッドにつけた状態で、誘拐犯の前で両手を広げる。

 助けに来た兄の前で、誘拐犯を守ろうとするって何なんだよそれ。冗談じゃない。


「なんでそんな奴庇うのさっ。ざけんなよっ。僕の前でそいつ、抱きしめようとかするしっ。ほんっとフィルって目ぇ離したら何するか分かんないよなっ」

「ち、違うもんっ。そ、そりゃっ、ルード来てくれたの嬉しかったけどっ、嬉しかったけどっ。なんでそんな物騒なの持ってるのぉっ」


 アレナフィルが泣きそうな顔でそんなことを言う。

 うるさいな、嬉しかったなら黙って守られてればいいんだよ。

 アレナフィルが自分の前に出て両手を広げたことに驚いた様子だったが、僕の顔をまじまじと見ていた誘拐犯が笑顔になった。


【やれやれ。やっぱりアレナフィル、私のことが好きなんだね。いいよ、その献身ぶりに免じて乗ってあげる。で、そこの君と同じ顔をした子は君の何かな?】

【少しは恐れ入ったらどうなのっ。あんたが全ては悪いんでしょっ。だけど手首のそれでルードに変な薬使ったら許さないからねっ。大体、見たら双子って誰でも分かるでしょっ】


『彼は、やっぱりアレナフィルは私のことが好きなんだね、そして君と同じ顔をした子は何者かと、尋ねた。フィルちゃんは、少しは反省しろ、お前が全て悪い、だけどルードに変な薬を使ったら許さない、見て双子だと分からないのかと、怒鳴った。・・・とりあえず俺はそっちに向かうよ。現場で通訳した方がよさそうだ』


 たしかにアレナフィルは振り返って誘拐犯を怒鳴りつけている。

 ちらりと目をやれば、フォリ先生達とネトシル少尉はケスティアルナホテルの屋上で見守るようだ。いざとなれば空中を飛んでやってくることができるからだろう。だが、叔父のプロテクターのヘルメット部分だけバーレンが借り受けて、こちらにやってくるらしい。


【ふぅん。よく調べてるじゃないか。だが、君がそう私におねだりするなら仕方がない。人事不省(じんじふせい)にしてやってもよかったが、やめてあげよう。アレナフィルの私に対する初めてのおねだりだからね。少しは譲ってあげてもいい。何と言ってもアレナフィルのおねだりだから】

【三度もおねだり言うなぁっ。私はっ、あんたを助けてあげたのっ。感謝して言うこと聞きなさいっ】


『彼は、分かった、君がおねだりするならそこの少年を昏倒させるのはやめる、アレナフィルの初めてのおねだりだからここは退(ひ)こう、やはりアレナフィルのおねだりだからと言った。フィルちゃんは、三度もおねだりなんて言うな、私はあなたを助けてやったのだから感謝して言いなりになれと怒鳴った』


 むかつく。なんで僕に喧嘩売ってくるかな、こいつ。

 まるで僕に嫉妬しているかのように、ライバル心バリバリで淡い緑の瞳が僕を冷たく見てくる。

 分かっていないアレナフィルだけが空回り状態で僕に向き直る。


「ルード、とりあえず落ち着いて。そしてこの人からなるべく離れて。多分、ルードの方が速くて強い。だけど彼に何かしたら、ルードも私も生き残れない。衝撃を感知したら勝手に毒ガスが発生する装置とか、そういうのをつけてる。大丈夫、落ち着いて。この人、非常識でおかしいけど、私に危害は加えないから」

「何が危害は加えないだよ。一瞬で意識不明にされて誘拐されてて、それを言う? しかもそいつ、悪いとも何とも思ってないだろ。・・・クソ野郎が、何をベッドの上でフィルに抱きついてやがる」


 まるで僕を挑発するかのように、アレナフィルの背後から腰を抱きしめようとする男は、本気で大人げなかった。


【やめてって言ったでしょっ、優斗(ゆうと)っ! ルードに何する気っ】


 僕の言葉に自分が抱きしめられようとしていたことに気づいたアレナフィルは、その手を思いっきり外すと、素早く床に飛び降りる。そして僕の前で両手を広げた。

 言葉は分からなかったが、ユウトという名前は聞き取れる。トールと名乗っていた彼の本当の名前をどうしてアレナフィルが知っているのか。

 そしてその行動は彼をムカッとさせたらしい。

 ああ、分かるよ、その気持ち。僕もさっきまでそうだったからね。


【何がおねだりだから譲ってあげるなのっ。ルードに発射する気だったでしょっ。こんな子供に何する気だったのっ。人の命を何だと思ってるのっ】

【まさか。私はただ私の為に立ち向かう君を抱きしめようとしただけだよ。だけどアレナフィル。それは気に入らないな】

【気に入らないのはこっちっ。本当にルードに何もしないのなら、まずはその危ない物を外しなさいっ】


『フィルちゃんは、私はやめてと言ったのにルードに何をする気なのか、ルードに攻撃する気だっただろう、人の命を何だと思っていると責めた。彼は、私は君を抱きしめようとしただけだ、だけど君の行動は気に入らないと言った。フィルちゃんは気に入らないのはこちらのセリフだ、まずはその凶器を解除しろと言った』


 凶器とは何を指すのか。そしてどうしてアレナフィルがそれを見抜けるのか。

 ベッドの上で座っている彼の様子は、アレナフィルだけに何らかの執着を向けている。


【なんでそいつの所に行くのかな? こっちに来なさい、アレナフィル。そんなクソガキを背に庇うだなんて、本当にムカムカする】

【・・・何言ってるの。見て分からないわけ? こんだけそっくりな双子で、どうして私がルードを守らないと思うの。その言い分が非常識だってことぐらい理解しなさいっ】

【はあ? 双子だから何だって言うのさ。血がつながった兄弟だから? そんな些細なことで、そいつを選ぶだなんて冗談じゃないよ。当たり前だろう? いい子だからこっちに来なさい、アレナフィル。そんな奴、君には必要ない】


『彼は、こっちに来るんだ、そんな少年を庇うだなんて気に入らないと言った。フィルちゃんは、これだけよく似た双子で、どうして私がルードを守らないと思っているのか、あなたの非常識を押しつけるなと言った。彼は、双子だの血が繋がってるだの些細なことでその少年を選ぶなんてナンセンスだ、君には私がいる、だからこちらに来なさいと言った』


 僕は知らなかったが、ファレンディア国というのは、兄妹間の恋愛もある国なのだろうか。

 まるで本気で僕に嫉妬しているかのようだ。せせら笑いながら、その瞳は決して笑っていない。

 こんな奴の何を僕が理解できるというのですか、父上。


【私のことは私が決める。必要あるもないも、他人に決められる覚えはない。自覚しなさい、優斗(ゆうと)。それはあの父親と同じ。あなたの心はあなたのもの、彼のものではないように。そしてそれは私の心も同じこと。私の心は自由】

【そうかもしれないね。なら、おいで、アレナフィル。この私の前で、そんな少年を選ぶだなんて許さない。いい子だから君の意思で私だけを選ぶんだ。そうすれば何でも許してあげよう】

【いい加減にしなさい、優斗。何をふざけたこと言ってるの。ルードは私の兄なのよ。私が気に入ったなら、私の周囲も含めて愛しなさい。それが礼儀ってものよ】


『フィルちゃんは、私が必要とするものは私が決める、あなたに決められる覚えはない、あなたの心があなたのものであるように、私の心は私のもの、私は自由だと言った。彼は、それなら君の自由な心で私を選べ、そんな少年を選ぶな、そうすれば君が欲しがる全てをあげようと言った。フィルちゃんは、寝言は寝てから言え、私が好きなら私の兄も周囲も全てひっくるめて好きになれ、それが礼儀だと言った』


 うちの妹の要求が凄すぎて、僕は冷静になった。

 何故か誘拐犯が身代金を要求するのではなく、誘拐犯が被害者に全てを貢ぐとかいう話になっている。

 二人の喧嘩は思いっきり外国語だ。これは通訳の到着を待つしかないのか。


【ははっ。そんな礼儀、初めて聞いたな】

【常識を知ることができて良かったじゃない。あなたが育った環境がどんなにおかしかったとしても、人はやり直せる。優斗、子供だって親を捨てられるし、自分の人生を育むことができるの。私を少しでも気に入ったのなら、私の周囲に手を出さないで。私が見ていなければいいだなんて、そんなのが許されたのは子供の時だけよ。たとえ証拠がなくても、ルードに何かあったら私は自分で自分の命を絶つわ】


『彼は、そんな礼儀、初めて聞いたよと言った。フィルちゃんは、常識を教えてあげた私に感謝しなさい、そして私が好きなら私の周囲に手を出さないで、私が見ていなければいいだろうと考えて動くのも許さない、たとえ証拠がなかろうが、ルードに何かあったら自殺すると言った』


 だからなのか。彼の表情が変わっていた。

 自分の命を脅しに使えるだなんて、よほど愛されていないとできないことだ。

 アレナフィルの自信がどこから来るのか、僕には分からない。そんな脅迫が通じるだなんて、うちの祖父と父と叔父と僕だけだろうに。


【ねえ、アレナフィル? 私が気に入っているからって調子に乗りすぎてないかい? 自分の命を人質にするだなんて、あまりにも図々しいよ。君の代わりがいないとでも?】

【調子に乗っているのはそっちでしょ。ここはサルートス国。この国で彼に手を出して生きて帰国できるとでも思ってるの? 私はあなたを助けてあげてるのよ? 身の程を知りなさい】


『彼は、アレナフィル、君は調子に乗りすぎだ、自分の命を人質にするだなんて図々しい、君の代わりがいないとでも思っているのかと言った。フィルちゃんは、調子に乗っているのはそっちだ、サルートスで彼に手を出して無事に済むと思っているのか、私はあなたを教え導いてやってる、感謝してひれ伏せと言った』


 僕はアレナフィルを愛しているが、世間一般の常識に従えば彼の言い分の方が正しいと思った。

 何故だろう。ヘルメットからフォリ先生のくぐもった笑い声が聞こえる気がするんだ。

 睨み合う二人の内、先に折れたのは誘拐犯だった。


【分かったよ。彼もただ誘拐された双子を助けに来ただけのようだしね。その勇気と実行力の14才に敬意を表して、危害を加えるようなことはしない。私の名に懸けて約束する】

【優斗。・・・かつてあなたの姉は、祖父母の研究資料を対価に渡し、センターから解放されて寄宿舎学校で少年らしい生活をあなたに送らせるよう要求して、姿を消した。その姉の気持ちを少しでも尊重する気があるならルードに手を出さないで。そして、あの頃の愛華(あいか)とあなたの思い出に懸けて誓って。血の繋がりがあろうがなかろうが、兄弟は大切なものなの】


『彼は、分かった、誘拐された妹を助けに来た少年の勇気と実行力に敬意を表し、危害を加えることはしない、自分の名に懸けて誓おうと言った。フィルちゃんは、それじゃ足りない、あなたの姉はかつて大切な研究情報を引き渡すことで、あなたに少年らしい生活と自由を与えてくれと嘆願して身を引いた、その姉とあなたの絆に懸けて誓ってほしい、兄妹とは大切なものだと言った』


 どこまでも妹の要求が凄いのだが、それは彼の痛いところを突いていたらしい。

 傷ついたかのような表情になったかと思うと、投げやりな態度になる。


【はっ、いいように捨てただけじゃないか。男と一緒にいたかっただけさ】

【そんな感想は聞いてない。どうするの? こっちは強硬手段に出てもいいってこと分かってる?】


『彼は、思い出を美化しすぎだと言った。フィルちゃんは、無駄口を叩くな、まずは誓えと要求した』


 何故だろう。心が痛い。

 相手の秘密を暴く妹がひどすぎる。いや、誘拐犯にくれてやる同情はないが。うん、ないんだが。

 なんかここまで一方的に妹が優勢だと・・・。苦労してきたんだろうか、この人。

 母上、あなたはどこまでよその家の大切な事情を日記に書いていたのですか。最低限のプライバシーはあると思います。

 少し時間が過ぎ、どうやら彼は彼なりに折り合いをつけたらしい。


【分かった。アレナフィル、愛華の思い出とその愛にかけて誓おう。君の双子の兄、そして父親のことも好きそうだったから、そっちも含めてか。君の愛する家族と一族に対し、私は直接・間接を問わず危害を加えない。それでいいんだろう? 本当に君は欲張りさんだね】

【恩着せがましく言わないで。それが普通なの。大体、結婚ぐらいしてないわけ? 子供でも作ったら愛する家族のありがたみが分かると思うけど?】

【結婚したい人がいなくてね。だけど君がそう言うのならば考えてもいいか。なんだか迷いの霧が消えた気分だ】


『彼は、分かった、姉との思い出と愛に誓って、君の双子の兄と父親には手を出さない、そして君が愛している家族と一族に対しても危害を加えるような真似はしない、それでいいねと言った。フィルちゃんは、態度がでかい、それが普通だ、結婚して可愛い子供でもできたら愛の意味だって分かるだろうと言った。彼は、結婚相手はいないが、君がそう言うなら考えてみようと言った』


 これは二人で話し合った方がいいと言うより、引導を渡してやれということだったのでしょうか、父上。

 妹が無神経すぎるのですが?

 

『あ、兄上。もうお帰りになるんですか? ・・・まあ、そりゃ危険はもうないかもしれませんが夕食の時間って・・・。あ、はい。じゃあご飯は食べさせておきます。・・・そうですね。ルードが窓割っちゃいましたし、うちに招待しときますか。・・・ああ、盗聴装置、うちまで届くんですね。だけど通訳いなくて、・・・ああ、そうですね。フィルが通訳した内容が聞こえるならそれでいいですね。・・・兄上、ここの合鍵を手に入れていたなら、そもそも窓割ってルードが入りこむ必要も、・・・そりゃそうですけど。はい、ばれないように処分しておきます』


 どうやら父は、危険は去ったと判断し、この街にあるうちの別宅まで帰ってしまうようだ。薄情すぎる。

 目の前で一仕事終えた気分の妹が何やら話しかけていた。 


【そうそう。人生はまだこれから。親なんか捨てて、自分が立派な親になったらそれで優勝ぶっちぎり。全くもう、これからは普通に声をかけて会話する常識を身につけないと、人生苦労するだけなんだからね。でもって迷いの霧が晴れたなら、どう言い訳すればいいのか、知恵を出しなさい】

【知恵って何を?】


『フィルちゃんは、私に常識を教えてもらってよかったわね、じゃあ次はあなたの知恵を私に寄越せと言った。彼は、知恵とは何をと聞き返した』


 目の前で、うちの妹が誘拐犯の首元をぐいっと掴んでいるのだが、どちらが悪役なのだろう。


【あーんーたーがっ、よりによって子爵家のお嬢様を誘拐したんでしょうがっ。それでルードが乗りこんできたってことはっ、あの装備見てみなさいよっ。どう見てもっ、軍のバックアップじゃないのっ】


 アレナフィルが誘拐犯の首元を掴んだまま、僕を指さす。どうやら僕の持っている武器が気に入らないらしい。


【責任もっていい言い訳を考えなさいっ。他の人がまだ突入してこないってことはっ、どうせあんた、入り口に変なトラップしてたんでしょうっ。うちの父はまだ納得すればある程度は揉み消してくれるだろうけど、せめて誘拐じゃないことにしないとシャレにならんわっ】

【そんなに私を愛しているのか。何があろうと私を守りたいんだね、アレナフィル】


『フィルちゃんは、あなたが子爵家の娘を誘拐するからルードが乗りこんできたんじゃないか、あの装備は軍のものに違いない、責任もっていい言い訳を考えろ、軍がまだ突入してこないのはあなたが変なトラップ仕掛けたからだろう、今なら揉み消せる、さっさと誘拐じゃないっていう言い訳を考えろと恫喝した。彼は、つまり何があろうと私を守りたいっていう愛の告白だねと答えた』


 目の前で、妹が誘拐犯の頬をひねりあげている。

 ついでにシャツの一番上のボタンを外して首を絞めあげた。

 うん、無いな。アレナフィルに、彼に対する恋心はない。

 さすがに彼も仕方ないと考え始めたようだ。 


【いい言い訳ねえ。それなら出会って恋に落ちた二人が駆け落ちしたってことでいいんじゃないか?】

【世界中の男が絶滅して、一人だけあんたが残っても選ばんわっ。・・・あっ、そうだっ。そういえば私っ、トビウオのバッタ品、手に入れてたんだっ。あれ、みんなが興味持ってたから、あれってことにすればいいよねっ。優斗、トビウオ、手に入れられるっ? それを手に入れてほしいって、そういう話をしていたことにすれば、どうにか話の辻褄は合う筈だよっ】

【トビウオ? 何それ】

【水難救助に開発されて、それから軍用に改良された奴っ。無人島だろうがどこだろうが、水中移動するのに燃料無しで使えるし、音を立てないってのがあったでしょっ。たしかあんたが9才の時に腐食性の試験をさせられたのっ】


『彼は、それなら恋に落ちた二人が駆け落ちしたってことでいいじゃないかと言った。フィルちゃんは、世界中の男が全滅してあなた一人だけが残っても選ばない、そういえば私はトビウオの劣化版を手に入れていた、あれなら皆が興味を持っていたからアレということにしよう、あなたはトビウオを手に入れられるか、それなら話の辻褄は合う筈だと言った。彼は、何それと聞き返した。フィルちゃんは、水難救助に開発され、兵器になったものだ、あなたが9才の時に関与したものだと言った』


 ちょっと待て。妹よ、何故そんなことを知っている。

 しかももしかして目の前のこの男、天才なのか?

 なるほどと、彼が何やら頷いている。

 目の前で誘拐犯と口裏合わせしようとしている被害者がいるのだが、僕はどうすればいいのだ。父はこれを見越して逃げたんじゃないだろうか。


【ああ。あれならウミヘビに名前を変えられたんだよ。あれが欲しいの?】

【そう。手に入れられる?】

【いいよ。幾つ? 百ぐらいでいい?】

【誰がそんなに買えるか、この世間知らずが。私は14の子供だっつーのっ】

【それぐらい無料であげるよ。いくら私だって子供に支払いをさせたりはしない】


『彼は、あれならウミヘビに名前を変えられたんだと言った。そしてフィルちゃんに幾ついるのかと尋ねた。フィルちゃんは沢山買えるお小遣いはないと言った。彼は、子供に支払わせたりはしない、無料であげるよと言った』


 ちょっと待て。


『アレンッ、金なら出すから俺の分も手に入れるよう交渉してくれっ。大佐ばかりがずるいだろうっ』


 フォリ先生の声が割りこんでくる。

 よく分からないけど、たしかに父よりフォリ先生やネトシル少尉の方が受け取る権利はあると僕は思った。


【じゃあ、お詫びとして八台、無料で寄越しなさいっ。あの厄介なお兄様達にも一人に一つずつ渡せばどうにかなると信じるっ。それぐらいの甲斐性あるんでしょうねっ。ついでにルードが壊した窓の修理代金もちゃんとあなたが払いなさいよっ】

【分かったよ】


『フィルちゃんは、お詫びとして八台、無料で寄越せ、うちの兄達にも一人一台ずつ渡して黙らせる、そして壊した窓の修理代もあなたが持ちなさいと言った。彼は了解した』

『よしっ、いい子だ、アレナフィル嬢。今度好きな物を奢ってやる』


 うちの妹、誘拐されたって言っても、寝てただけなんだけど。

 その水難救助から兵器になったというそれ、かなり高いんじゃないの?

 それなのにアレナフィルは笑顔で僕の方を振り返った。


「ごめんね、ルード、驚かしちゃった。この人ね、ちょっと危ない研究してるけど、悪い人じゃないんだよ。非常識で世間知らずなまま大人になった駄目な人だけど、もうルードに悪いことしないって言ってくれてるから安心なの。あのね、フィルね、面白い水の中での遊び道具、手に入れたの。だけどね、今のも面白いけど、もっといい性能のをこの人が手に入れられるっていうから、それを買って送ってもらうようにお願いしてたの。それだけなんだよ。別に誘拐されたわけじゃないの。心配させてごめんね」

「・・・そういうことにしたいのは分かったけど、そいつとどういう関係なのさ」


 一応、僕の分も入っているらしい。水中の遊び道具ってさぁ、さっき兵器って言ってたんじゃなかったの? いいけどね。


「えーっと、文通仲間みたいなの? フィル、この人のお姉さんと文通してるの。それよりルード、どうやってここまで来たの? ジェス兄様と一緒? なんでここが分かったの? そうそう、フィル、早く帰らないと、おやつにカスタードプディングとアイスクリームとフルーツが待ってるんだった。パピーと買いに行ったんだよ。とっても甘そうなの。ルードも食べたいよね? フィルね、ルードにいっぱい話したいことあるんだよ」


 えへへと可愛く笑って、僕に抱きついてくる。いつものようにキスしようとして、ゴーグルが邪魔だったようだ。むぅっと唇が拗ねている。


「ルード、フィルのこと、助けに来てくれたの? 嬉しかった」

「そいつを庇ったくせに」


 どういう関係なのかと僕は聞いているんだけどね。

 妹は甘えっ子だ。僕のプロテクターの固さに、悲しそうな顔をした。


「どっちにも怪我してほしくなかったんだもん。フィルね、何があっても、ルード守るから」

「弱っちいくせに」

「フィル、頼りになるんだよ」


 僕がゴーグルを上へとスライドさせれば、頬にキスしてくる。だから僕もアレナフィルの頬にキスした。

 お互いの両側の頬をすりすりして、鼻先をこっつんこさせれば、いつもの大好きだよの儀式は終了だ。


【私にはしてくれないのかい?】

【これは双子だけの大切な儀式なのです】


『彼は、僕にはしてくれないのかと尋ねた。フィルちゃんは、これは双子だけの特別なのですと言った』


 知らない言葉で会話されても、疎外感が生まれないのはアレナフィルがアレナフィルだからだろうか。

 だけど僕も落ち着いてしまえば、父の言っていたことが分かるような気がした。

 なんだか二人の間にある空気がまるで家族のような気がしたのだ。僕は彼を家族とは思えないけれど。

 やっと僕を認める気になったのか、誘拐犯が笑顔を浮かべて僕を見てくる。


【アレナフィルの双子なんだって? 驚かして悪かったね。だけど勇敢な子じゃないか。アレナフィルからはウミヘビを一族の兄とやらに一台ずつ要求されたが、ちゃんと君にも贈らせてもらおう】

「えーっと、ルード。この人、私の双子なんだってね、驚かせてごめんなさい、君が勇敢で驚いたって言ってる。それからルードを心配させたお詫びに、私の買った水中移動グッズのもっと性能のいいの、先生達だけじゃなくてルードにもプレゼントするって言ってる」


 どうやらアレナフィルにかかると、兵器も遊泳グッズになるらしい。

 そういうことなら僕だって大人になるってもんだ。彼は僕のプロテクターを冷静に眺めていた。


「アレンルードです。アレンと呼んでください。お名前を伺っても?」

【アレンルードと言います、アレンって呼んでください、あなたの名前を聞いてもいいですかって、言ってる】


 どうやら彼はアレナフィルの為に友好的になろうとしているらしい。同じ顔の僕にはあまり興味なさそうだ。

 女の子じゃないから?


【優斗(ゆうと)だ。ロッキーと呼んでくれると嬉しい】

「名前は優斗だけど、ロッキーと呼んでくれたら嬉しいって言ってる」

「なんで名前がユートでロッキー?」

「多分、苗字が轟(とどろき)だからじゃない?」

「ああ、フィルと同じでおかしい感性なんだ」

「フィル、おかしくないもん」

「おかしいよ」


 そんなことを言い合っていると、アレナフィルのお腹が、グゥーッ、グルルル、キュールルという大きな音を立てる。

 そのユウトと僕は、アレナフィルのお腹を見つめた。

 勝手に合鍵で入ってきたらしい叔父が部屋の入口に立っている。


「話もついたようだ。で、フィル。クラセン殿が泊まっているコテージはここじゃないけど、長いお散歩だったね」

「ジェス兄様っ!?」


 アレナフィルが叔父に向かって振り返る。

 いや、その隣にいるバーレンさんにも反応してあげなよ、フィル。


「聞いてくださいよ、叔父上。フィル、別に誘拐されたわけじゃなく、こちらのユート? ロッキー? よく分かんないけど、面白い水中グッズを買って送ってもらう為に会ってたとか言うんです」


 叔父だって話を聞いていたのは分かっているけど、盗聴がばれないように僕は肩をすくめてみせた。


「おやおや。欲しい物があるなら何でも買ってあげるから、大人の資本力に釣られるなと言ってあっただろうに。困った子だね、フィル」

「えーいっ、すりすり攻撃っ」

「本当にフィルはフィルだねぇ」


 怒られる前に叔父へぴょーんと飛びついてすりすりと頬ずりしているアレナフィルは、甘えれば全てが許されると思っているお馬鹿さんだ。

 それでも叔父は腰をかがめて抱きつかせている。


【本当に愛されているんだね】


 彼の言葉の意味は分からなかったけど、嫉妬しているわけでなく、ただ寂しそうに見えた。

 アレナフィルは気づいていない。どれ程に切なそうな瞳で見られているのか。

 いやいや、絆されてどうするんだ、僕。


「仕方ないでしょう。フィルちゃん、欲望に一直線な子ですからね。だけど昼食ぬきじゃお腹が鳴るのも仕方がない。 

【良かったら皆で食事でもどうでしょう、ロッキーさん? こちらはレミジェス殿。フィルちゃんの叔父で、保護者です。父親は何かと忙しいので、叔父のレミジェス殿が、ルード君とフィルちゃんの親代わりなんです。まあ、フィルちゃんがちょっと足を延ばしすぎておねだりしたっていうのは、おとなしく解放してくれるなら見逃しますが、ちょっといくら何でもやりすぎですよ。今度からは礼儀正しくお願いしますね。あと少しで軍隊がここを包囲してましたよ】 」


 昼食は食べたはずだ。抜いたのはおやつ。

 

『アレン。返事は要らん。後のことはしておくからアレナフィル嬢を食事に連れてってやれ。辻褄合わせは大佐と行う』


 たしかに外国の兵器を子爵家の娘がプレゼントされるなんておかしすぎる。父との間で済ませた方がいい。

 僕もあちらの屋上に向かって頷いてみせた。それなのに渦中の人間ほど、暢気(のんき)なものだ。


「もしかしてレン兄様。これ、凄い騒ぎになりかけてた?」

「あのメンバーを考えろ。ルード君の練習ってことでどうにか収めたが、あと少しでお前さんが寝ている間にそこのロッキーさんはハチの巣だった。お前さんがそのロッキーさんに思い入れがあるようだったから、ルード君に任せただけだ」

「よかった。ルードならちゃんとお話、聞いてくれるもん。そうだよね。大人だったら、まず制圧しちゃったよね。ありがと、ルード」

「いっけどね」


 一族の兄とやらは寮監達のことだろうけど、フォリ先生はともかく、他の寮監まで渡す必要はあるんだろうか。父に任せた方がいい。

 外国の兵器を一つくれてやる代わりに、アレナフィルに対しての秘密保持を。

 貴族の娘が誘拐されたなんて醜聞にしかならない。これ以上、アレナフィルの価値を下げられてたまるか。


【仕方がありません。愛の前には抑えきれない衝動があるというものです。それに解放も何も、これは恋人達の甘いひとときだったのですよ。保護者がいらしたのであればちょうどいい。私とアレナフィルの婚約の手続きについてお話合いさせていただきたいですね】

【何言ってんのーっ。絶対っ、あんただけはいやぁっ】


 いきなり妹が、悲鳴をあげて叔父にしがみついた。

 まるで恐ろしい幽霊を見たような顔で、ユートと名乗った男を見ている。


【何を言ってるのかな、アレナフィル。だってそうじゃないと誘拐ってことになってしまうよ。この状況で誘拐じゃないと言えるとしたら、私と君が婚約者であること、それだけだ。そうだろう? 君は私を誘拐犯になんてしたくないんだよね? ならばいいじゃないか。それに私を婚約者とするならば、君にとってもいい話だと思うけどな。ああ、何なら今すぐ嫁いできてくれてもいいよ】


 アレナフィルだけがヒートアップしているのに、ユートは楽しそうに笑っていた。

 叔父が困ったような顔になって、

「何を言ってるのですか」

と、尋ねている。


『おい、アレン。アレナフィル嬢、緊張から解放された途端おかしくなったって奴か?』

「えーっと・・・」


 僕にだって分からない。


【誰があんたみたいな粘着質でおかしい奴と結婚したがると思ってんのっ。絶対にっ、絶対に嫌っ。私は妥協しないっ。たくましい肉体と爽やかな性格と経済力っ、それだけは譲らないんだからっ。そんなモヤシみたいな肉体もっ、束縛の激しい性格もっ、全てにおいてお断りっ】


 彼を罵(ののし)っているのは分かるけど、やっぱり金払えとか言われたのか?


「これは恋人同士の逢引きだったことにしようと彼は提案していますが、フィルちゃんが全力で嫌がってます。だけど彼は、婚約者ならば誘拐にもならないし、外聞的にもいいではないかと主張しており、提供できるメリットを匂わせています。フィルちゃんは、鍛えられた肉体と束縛しない性格と経済力を重視するから、彼の体と性格はお断りだと言っています」


 経済力はクリアしているらしい。

 だけど本当はもっとひどいこと、アレナフィル、言ってたんじゃないかな。


【君が言ったんじゃないか。子爵家のお嬢様だと。子爵家のお嬢様が、ただの外国人と密室で半日も二人きりだった? そんなこと、あってはならないよね? ならばここは外国人の婚約者とつかの間の逢瀬だったことにした方がいい。ウミヘビだけじゃないメリットだってある。そうだろう? 可愛いアレナフィル。君の為ならそれぐらいの融通は利かせよう】

【どんな醜聞に塗れようと絶対に嫌っ。私は年上のおじさんに興味なんてないのっ。同じ世代のフレッシュなボーイしか興味ないんだからっ。対象外はすっこんでてっ】


 どうしよう。この外国人、かなり打たれ強いと見た。

 アレナフィルの罵倒らしき連打を浴びても全く怯(ひる)んでいない。


【保護者や双子の前だからってそこまで照れなくていいのに。それに結婚は条件が全てだよ、アレナフィル。何と言ってもうちは、君が入りこみたかったぐらいに魅力があるところだと思うけどね】

【それこそが思いこみで誤解だっつってんのっ。この分からず屋っ】


 アレナフィルがここまで感情を露(あら)わにして文句を言っている姿なんて初めてかもしれない。

 やっぱり生き別れの兄だとか? だけど年が合わない。

 もしかして僕とアレナフィルは顔がそっくりな従兄妹で、実はアレナフィルの実の兄が彼だとか? そして一緒に育った記憶があるから・・・・・・いや、無理だ。


「彼は、子爵令嬢が男と二人きりの時間を過ごしていたなんて醜聞にしかならないし、それならば婚約者とデートしていたことにした方がいい、そういうことならば婚約者にウミヘビ? という物だけじゃなく便宜を図るつもりはあると、言っています。フィルちゃんは、スキャンダルなど恐れないし、自分は同世代のフレッシュボーイが好みだと主張してますね、・・・ぷぷっ。すると彼は、照れなくていい、うちに目をつけて入りこもうとしてきたのは君じゃないかと言っています。フィルちゃんは誤解だと主張しています」


 アレナフィルが同世代の男の子に興味がないことは、皆が知ってる事実だ。いつだって甘やかされていたいアレナフィルは、自分を可愛がってお金を使ってくれる年上の人にしか興味がない。

 道理で訳しながら笑ってると思ったよ。

 叔父は困惑の表情だ。どこまでうちの妹は婚約者候補を増やしていくのか。


「もしかして彼はかなり利益のある相手ですか」

「そうですね。フィルちゃんは自分の感情しか見ていませんが、貴族であっても、ここまで娘が気に入られたなら外国に嫁に出すことを検討するぐらいには利益があるんじゃないですかね」


 つまりアレナフィルの嗜好を考えなければ、かなりいい結婚相手ということだ。

 勘弁してくれ、妹よ。お前はパピー大好き、パピーと結婚するのと言ってるお子様じゃなかったのか。


「なんでフィル、男ばっかりあちこちで作ってくんだよ」

「今度は外国人だなんて、父に何と言えば・・・」

「うーん。うちの学校長も、もし俺が仲良くなれたなら臨時講演お願いしたいとか言ってましたからねぇ。その相手はもう帰国してしまったようですが、彼の方が大物っぽいし、困ったもんですよ」


 あの高い門と塀に囲まれて、妹は守られていると思っていたのに。

 ちょっと学校に行けば王子様とか引っ掛けてくるし。あのエントリーして僕に負けた25人の無駄足令嬢に謝れ、妹よ。

 1対1では負けそうだと思った妹は、他にファレンディア語が分かる唯一の存在に喚き散らした。


「レン兄様っ、説得ぐらい協力してくれてもいいじゃないっ。大体この人っ、国外退去とかにできないわけっ? 保護者の同意なしに、子供をこんな所へ連れて来たんだよっ。誘拐じゃないけど、誘拐だよっ」

「本当に誘拐なら国外退去は可能だけどなぁ。フィルちゃん、その人の本当の名前、ユウトさんっていうんなら、数日後、大臣との会談もある人じゃないのか? それこそ大臣の前でお前と婚約したと口を滑らされないよう、口止めした方がいい」

「え・・・?」


 呆然とした妹だが、僕は納得した。

 なるほど、学校経由で別の情報をも得ていたからバーレンはのんびりと構えていたのだと。大臣との会談予定がありながら国外に出るとは思えない。

 その上で結婚を申し込まれるぐらいならフォリ中尉が欲しがるような高性能兵器を八台も無料でくれる相手を誘拐犯として国外退去させるのか。うちの妹が悪辣すぎる。


【ねえ、もしかして数日後に大臣と会う予定とかって入ってる?】

【別にすっぽかしてもいいけど? ほら、君の手料理を食べた次の日から商談が舞い込んだって言っただろう? だからテスト用工房の適当な製品を紹介しておいたら、それが大量購入ならどれくらいに割り引くことができるかって話になってね。この国でも歩けない人にとって朗報だったらしいんだ。だけどこっちの工場の作業員の仕事ぶりがあまりにも雑でね。そうなると全てはファレンディアで組み立てるしかないだろう? 少量なら売ってもいいけど、大量注文なんて迷惑だから断ろうとしたら、大臣まで出てくる騒ぎになったのさ。国の購入ならどうだとかって。ああ、なんならウェスギニー子爵令嬢アレナフィル次第だと言っておいてあげようか。強引に連れてきたことへのお詫びだよ。それでいい?】

【そんなもんに私の名前を出すなぁっ】


『大臣との会談が入っているのかと尋ねられ、彼は、すっぽかしてもいいよ、君と食事した次の日からの商談で適当な製品を出しておいたらそれがこの国にとって垂涎モノだったらしく、少量ならいいけど大量購入を持ち掛けられて、面倒だから断ろうとしたら大臣が出てきたと言っている。そして彼は、強引に連れてきたことへのお詫びとして、窓口をフィルちゃんにしてあげてもいいと提案した。フィルちゃんは、お断りだと言った』


 僕は叔父と顔を見合わせた。

 それ、もしかしてアレナフィルが仲介手数料をもらってもいいよってことじゃないの? まさに左うちわでお金が入ってくる。

 何なの、この貢ぐ人。


「はいはい。そこのプロテクターは回収してきますよっと。・・・あ、これ、ビーフステーキハウスへの地図です」


 当たり前みたいにオーバリ中尉がやってきて、叔父と僕のプロテクターを手早く回収してどこかに行ってしまった。

 どうせなら部下を寄越さず、本人が来い。娘が変な求婚されてる時に何をやってるんだ、あの人。

 ここまで罵倒していても険悪にならないなんて、やっぱり家族じゃないのかって思うんだよね。いや、あり得ないんだけどさぁ。うーん、分からん。


【だから徹(とおる)が先に帰っちゃったんじゃないか。こっちの製品はどうもねぇ。メンテナンスも任せるには不安があって、面倒すぎた。何よりあんなの偽装の肩書だしね。勿論、ちゃんとその工房も製品もあるけれど、あれはセンターの検査用に作ってるだけだし】

【知らんわっ。私を巻きこむなっ】


『彼は、だから面倒くさくてトールが帰国したのだ、サルートスの工房はメンテナンスにも不安があって任せられない、何よりあの肩書きは偽装だ、製品や工房は本物だが試作品として作ってるものだからと言った。フィルちゃんは、お前の事情など知ったことかと言った』


 怒鳴ったことで立ち眩みを起こしたのか、アレナフィルがふらついた。

 やれやれと思いながら僕が支えれば、とても悲し気なお腹が空きましたよ表情がある。


「ルードぉ」

「はいはい。お腹空いたんだね、フィル」

「あー、フィルちゃん、もうお腹空きすぎて駄目っぽいですよ。まずは食べに行きましょうか」

「そうですね。お腹が空いていると人間イライラしやすい。まずは食べてから考えましょう。クラセン殿も本当にすみませんね」

「いやいや、ルード君も末頼もしいことですよ」

「僕、護衛で一番厄介なのは護衛対象が護衛させてくれないことって言われた意味がよく分かった気がします。フィルってば、もう護衛される人としては落第すぎです」


 僕は、エインレイド王子が護衛対象としてどれ程に優れているかをネトシル少尉から教わった。ちゃんと同行者の情報を提示し、行き先と何をすることが目的なのかも伝え、入っていい店の情報も頭に入れ、突発的な行動はしない。

 うちのアレナフィルは駄目だ。失格だ。


「はい、フィル。着くまで目をつぶってなさい。すぐご飯に連れてってあげるからね」

「ジェス兄様ぁ。フィル、お腹空いたのぉ」

「はいはい。食べてから喧嘩しなさい」


 叔父の投げやりっぷりに気づけ、妹よ。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 ビーフステーキハウスで夕食を取った後、アレナフィルは叔父がこの街にあるウェスギニー家のアパートメントに連れて行き、バーレンとユートと僕は別行動となった。


「僕、ついてっていいんですか?」

「ルード君はフィルちゃんのたった一人の兄だからね。フェリルだって仲間はずれにはしないさ」


 そんなこと言ってるけど、本当は叔父の方を連れて行きたかったんだろうなって分かってる。だけど叔父はアレナフィルを休ませないといけないのと、この街のアパートメントの場所を知っているのが叔父だけだった。


【ユートさんも、・・・ユートさん? あれ? なんかフィルちゃんと発音違ってますよね?】

【ユウトです。真ん中のウに力を入れるんですよ】

【ユウゥト、違うか、ユウト? ユウト。ん、こんな感じですかね? ユウトさん】

【完璧です。ファレンディア語はどなたに習ったんですか?】

【秘密です、・・・と、言いたい所ですが、内緒にしてくれますか?】

【そんなこと言いませんよ】

【フィルちゃんです。俺がフィルちゃんに教えたことになってますが、本当はフィルちゃんに俺が教わったんです。だから俺の方があの子よりも下手だっていうのは当たっているでしょうね。だけどそれはあまりにも不自然だ。だから言わないようにお願いしますよ】

【では、あの子は誰に習ったんですか?】

【それはあなたの方が詳しいでしょうね。あの子はあなたの味方ですよ、ユウトさん。さて、これからフィルちゃんの父親と会うわけですが、何かつまむ物でも買っていきましょう。いつもならフィルちゃんが作ってくれるんですが、あの子がいるとまとまる話もまとまらない】


 何を話しているのか分からなかったけど、発音を訂正しているのは分かる。ユートじゃなくて、ユウトらしかった。

 途中の軽食スタンドで、卵や野菜、魚のオイル漬けなどが挟まれたパンや、ナッツバー、サラミやジャーキーなどをバーレンは購入する。


「ルード君は炭酸がいいかな?」

「今日はちょっと頭がグルグルだから薄いアイスコーヒーがいいです。ミルクたっぷりで」

「了解」


 そして連れていかれたのは僕が窓を破壊した貸しアパートの9階だった。

 つまり真上の部屋だ。


「いらっしゃい。ああ、はじめまして。アレンルードとアレナフィルの父親の、ウェスギニー・ガイアロス・フェリルドです」

【彼は、ようこそ、初めまして、父親のウェスギニー・ガイアロス・フェリルドですと言っている】


 フォリ中尉とオーバリ中尉、そしてネトシル少尉の三人もいたけど、他の寮監達はいなかった。


【初めてお目にかかります。優斗(ゆうと)・轟(とどろき)と申します】

「なんか丁寧な挨拶されてしまったぞ、フェリル」

「いや、貴族の娘にあるまじき行動をしていたものだから、不遇な娘だと思いこんで、助けるつもりで連れ出したとか? それについてはすぐに誤解も解けると思うが、まあ、どうぞ。後ほど、この街にある別宅に案内してお泊まりいただくが、客人として歓待しましょう」

【フィルちゃんが貴族令嬢っぽくない行動していたから、不憫な女の子を助けようと連れ出したのでしょう? その誤解はすぐに解けると思いますが、まずは座ってください。今夜はこの街にあるウェスギニー家の別宅に案内しますのでそこで泊まってくださいと、彼は言っている】


 テーブルの周囲には椅子が10脚もあって、皆が適当な所に座っているようだった。フォリ先生がちょいちょいと手招くので、僕はそっちに寄っていく。

 父の近くにはまだ寄りたくない。僕はフォリ先生とネトシル少尉の間に座った。

 広いテーブルに買ってきた物を並べていく様子を見てると、なんだか今から夕食みたいだ。


【俺達には分かりませんが、サルートスの肉はちょっとクセがあるそうですね。野菜だけじゃ食べた気にならなかったでしょう。どうぞ】

【ありがとうございます】


 ああ、なるほど。ユートだかユウトだかいう男に追加で食べさせる為だったのか。

 かなりムカムカした男だったけど、結構いい奴なのかなって僕は思い始めている。だってビーフステーキくれたし。その代わり僕の付け合わせにあった野菜をあげたから、問題ないよね。


「他の先生はどうしたんですか?」

「んー。色々と後始末だな。ま、よく落ちなかった。空中で瞬間的に噴射してワイヤーをもう一本出したのも、割ったガラスを噴射で飛ばすってのも悪くなかった。偉かったな」

「へへっ。やってみたらできました。崖から落ちまくった甲斐があったかなって」


 褒められてしまった。やったね。


「あ、そう言えばプロテクター、ヴェインさん、どこに持って行ったんですか?」

「ネトシル少尉に渡しときましたよ。あんな危険なもん、生徒が簡単に触れたらまずいっしょ。使う時は大人の管理下、当たり前」

「えー。使わなかったら感覚忘れちゃうのに。リオンさん、あれ、毎朝使ってもいいですか?」

「それはまずいだろ。休みの日とか、基地の訓練所を使わせてもらって練習しよう。問題は目立ってしまうことだな。実戦部隊の訓練所を使わせてもらえるのが一番なんだが」

「うちの庭じゃ駄目なのかなぁ」

「子爵邸であんなのを使っていて、使用人に怪我させたらまずいからね。何より見られるのも望ましくない。君は未成年だ」

「そっかぁ」


 仕方ないや。叔父に相談すればいい方法を考えてくれるよ。

 折角だから僕が、「護衛対象者が加害者を庇った時にはどう対処すればいいのか」を尋ねたら、三人共、ぽんぽんと僕の頭や肩に手を置いて、お前は悪くないと言ってくれた。うん、僕は悪くないと思うんだよ。


「うまくやった方さ。アレンルード君は悪くない。護衛ったって、自分と誰かの身を守るってのは、それだけで襲撃者より手間取るわけだ。そこへあちらに味方されたらどうしようもねえよ。全滅させる気かって奴だ」

「ありがとうございます。あの、ヴェインさん、あまり飲みすぎるのはどうかなって・・・」

「だーいじょーぶ。酔ってなぁい、酔ってない」


 うん、駄目な大人だ。いつもは坊ちゃん呼びなのに、酔ったら君で呼ぶのは何故なんだろう。


「そりゃねえ、やっぱりボスのお子さんならそう呼んどかないと仕込みたくなっちゃうしぃ。だけど俺達のは卑怯上等、成功あるのみだからさ。普通のボーダーがたまぁに分からなくなっちまうわけよ。子供にゃ子供らしい生活しといてもらいたいじゃないかよ、ねえ」

「うんうん、ヴェインさん。酔ったならもう寝た方がいいと思いますよ」

「酔ってないもーん。それにほらぁ、ここで寝ちまうとここでお泊まりっしょ。やっぱりぃ、お嬢さんの朝ご飯食べたいしぃ、ボスんち行くぅ」

「そんなら先に行けばよかったのに」


 叔父とアレナフィルはもうそっちに行ってるし、この人なら場所さえ聞けば迷子になりそうにない。


「いやいや、ほら、そこのご奉仕男とボスとの話し合いの結果を聞いとかないと、こっちも困るじゃないっすか。お嬢さんは誘拐じゃないってことですませるつもりなわけっしょ? だけどこんだけ動員しといて何もありませんでしたは通じねえ。ではどうするかってところで、こちらの権力者様の出番なわけですよ」

「言っておくが俺に権力なんぞないぞ。立場上、制約が多いだけで自由なんてない」

「まったまたぁ。ここはおとーさまとおかーさま見習って、天辺(てっぺん)目指して駆け上がってみましょーよ」

「リオンさん、そこに殿下に対して悪魔の囁きしてる人がいます」

「エスカレートするようだったらぐるぐる巻きにして段ボール箱に入れて『拾ってください』札つけて女上司の所に送りつけるさ」


 本当は色々と聞きたいことがある。だけど何から取り掛かればいいのか分からない。


「下の部屋ですね。ええ、遡ってこちらで違う人間が借りていたことにします。あなたは我が家の客としてずっと滞在していた。それだけです」

【彼は、下の貸しアパートの部屋は違う人間が借りていたことにすると言っている。つまり、フィルちゃんを連れてきた事実はない。理解しただろうか?】

【あちらの二人と親友になったということですね。私はアレナフィルと仲良しでいいのですが】

「彼は、あっちの二人と親友になったということにするのは理解したが、フィルちゃんとでは駄目なのかと尋ねている」

「アレナフィルは低位貴族の娘です。通常、我が国での婚約は18前後ですが、あの子は既に幾つかの高位貴族からの縁談を打診されています。あなたを含め、あちこちで男を誘惑しているという噂を立てられては、娘が不憫です」

【フィルちゃんは平均年齢よりも前倒しで、子爵家よりもいい家からの縁談を幾つか打診されている。これで外国人の男とも友達になったという話が出回ったら、あの子が男狂いだと侮辱される。それを理解してほしいと、彼は言っている】

【分かりました。そんなつもりではなかったのです。この国は色々な階級制があるのですね】


 肝心の外国人は、父と通訳のバーレンを交えながら話していた。

 

「リオンさん、あの中に入らなくていいんですか?」

「隠蔽とか工作とかになると、大佐の部隊が一番使えるのも事実だからね。中尉や俺じゃ虚偽報告が許されない部分もある。その上で、どうやってアレナフィルちゃんの痕跡を隠すかってことだよ」

「隠すって?」


 僕の横でフォリ先生が溜め息をつく。


「やりすぎだ。ただでさえ税関事務所で目立ちすぎた。それだけでもこれから一気に色々な奴が接触してくるようになるだろう。更に外国の技術者、それもただの技術者ならよかったが、兵器開発にも関与してそうな奴と親しくなったとなれば、価値が爆発上昇だ。やっかみから、もうウェスギニー子爵家への非難は抑えられなくなる」

「うちが? やっかまれるような家じゃないのに」

「お前が分かってないだけだ。そうなれば娘を使って外国人に取り入らせたと言われるだろう。噂の怖い点はそれを鵜吞みにする奴が出ることだ。それぐらいなら彼とは俺達が意気投合したという話にした方がいい。更にレミジェス殿とお前も同じ街にいたものだから仲良くなり、ウェスギニー家の別宅に招いて滞在していたという流れだ」

「・・・はあ。フィル、取り入ったっていうか、胸倉(むなぐら)掴んでカツアゲしてましたけど」

「だからまずいんだろう。8台とか言ってたが、1台で移動車買えるぞ」

「え。何それ。只(タダ)より高い物はないってのに」

「安心しろ。彼のやったことの痕跡を隠すだけでそこそこ行く」


 うーむと、僕は考えこんだ。


「あの人、ちょっと誰かに守ってもらっておかないと、その内全財産騙し取られる気がします」

「どうだろうな。カタコトながらもファレンディア語話せる女を差し向けたらしいが、どのタイプにも手を出さなかったそうだ」

「未成年じゃないと駄目だったんでしょうか」

「童顔な女も使ったらしいが駄目だったそうだぞ」

「・・・権力の乱用が怖すぎます」


 父は言った。

 彼を理解できるのは僕だけだと。

 そうだろうか。僕ならアレナフィルの為に移動車8台分もの何かをあげようなんて思わない。そりゃ超お金持ちだったら、アレナフィルになら少しぐらいあげてもいいけど。





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