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4 誰もが何かを失い続ける


 私はリンデリーナとの結婚を強行した際に、父のセブリカミオから勘当されている。子爵の位も弟のレミジェスに渡すと言われた。

 そうですかと言って家を出たが、父の後妻であるマリアンローゼは喜んだことだろう。自分の産んだ息子が、先妻の産んだ私を押しのけて子爵になれるのだから。

 その辺りは父も入隊したことがなかったのが悪かったと、私は思っている。

 私を押しのけてレミジェスに継がせたかったなら、彼を私と同じ軍の世界に入れるべきではなかった。


(父上は脅しで言っていただけだ。それでもせめて軍に入らなければ、レミジェスも子爵の地位を継ぐことを疑問に思わず、いつかは家に残ったレミジェスが子爵になれたかもしれない)


 サルートス国王を頂点とするこの国の仕組みは色々とあるが、サルートス軍もその一つだ。国王を頂点とする貴族社会とは違う順位社会である。そして大勢を殺す結果が全ての軍において、有能と無能は、まさに天国と地獄だ。

 軍では出世ですら「実力を伴う地位」と「形ばかりの地位」が混在している。そして失敗できない任務は前者が動き、どうでもいい任務は後者に割り当てられる。どうしても後者を出動させなくてはならない時には、仕方ないから優秀な前者をつける。

 勝利あってこその軍なのだから当たり前だ。外国軍が、都合よく負けてはくれないのだから。

 だから何らかの作戦で動く時には、リーダーにはメンバーの優劣評価リストが渡される。自分よりも下の位の人間のリストしか見ることができないから私の評価がどんなものかは知らないが、レミジェスより低いことはないだろう。


(恐らくレミジェスも親切めいたそれを聞かされた筈だ。

「子爵家の息子ではなく、正式に子爵の地位を得たなら出世できますよ」と。

 軍なんて粘着質で腐ったような性根の奴が多い。その後で続けられた言葉もあるだろう。

「ですがねぇ、あなたが子爵となって出世なされても、勘当されて全く高下駄のない兄君の方が優秀だったりなさるなら、どうして勘当されたか国王陛下からお尋ねがあるかもしれません。何でしたらその時の口利きぐらいさせていただきますよ」あたりか。

 そこでにっこり笑って金を包めるぐらいの神経がなければ軍で出世できない)


 全く違う世界に生きているならば、兄の廃嫡理由などいくらでも作って吹聴できる。

 けれども同じ世界に生きていたならばそうもいかない。


(そしてレミジェスは、軍に入るまで私の種を蝶だと信じていた。あいつが軍に入らなければ、ウェスギニーの誰も知らないですんだだろうに)


 私の種は、17才過ぎあたりでその印が出た。虎の種だと知った私は、亡くなった実母アストリッドから教えられていた手段を使った。

 つまり模様を描き足して、違う種に見せかけた。母のアストリッドの種は、蝶だったといわれている。そして私の髪や瞳の色、そして顔立ちは母に似ていた。

 蝶の種はちょっと目を引くだけの観賞用だと言われるが、母に似た顔立ちのおかげで誰も疑わなかった。女の蝶ならばそれなりに・・・と、面と向かって言われたこともあったが、誉め言葉として受け取っておいたものだ。

 勿論、何かの際に仕返しはしておいた。いつの間にか、その顔を見なくなった。すっきりした。

 プライベートはそれで済んだが、さすがに軍に入る時は嘘の登録などできやしない。

 虎の種を持つ者は運動神経が通常より優れていると言われているが、貴族の場合は特に優秀な人間に優秀な人間を掛け合わせていることも影響しているだろう。


(虎の種が出たから言えることだが、樹の種でどこまでできるのか、そしてもし本当に蝶の種でもどこまでやれたか、試してみたかったものだ)


 ともあれ軍に入った私は、嫌がらせに近い単独任務で出動した先でリンデリーナと運命の出会いを果たし、彼女に愛を告げられてお互いの気持ちを確かめ合い、連れて帰った。ちょっとした巻き添え事故を装って、仕組んだ奴が寄越した見張りも始末しておいた。

 リンデリーナは、

「え? 顔だけの男に目をつけられ、自分の言葉に従わないと死ぬだけだと思うが生きるか死ぬかどっちを選ぶんだと脅され、橋とかの破壊工作と大量殺人の罠を仕掛けるのを手伝わされ、しかもお前の顔は可愛いから可愛い子を産むだろうという理由で、しかも移動は気絶させられての荷物扱いで持ち帰られましたけど、何かおかしくないですか?」

とかうだうだ言っていたかもしれない。

 大した違いはないだろうに、変な所で照れ屋な妻だ。

 彼女は天涯孤独な身の上で貴族ではなかったし、資産があったわけでもない。

 だから父に二人の結婚を反対されたが、

「あなたとの愛さえあればいいの。お願いよ、私を選んで。一生離れたくない」

と、5ローレ天引きでリンデリーナが熱く永遠の愛を誓ってくれたので、全てを捨てて二人で力を合わせ、幸せな家庭を築くことにした。

 たまにリンデリーナは、

「信じられます? 人を勝手に妊娠させておいて、

『生まれてくる子供を幸せにするもしないも君の気合い一つだろう。私の愛という最強のカード使って子供を守るかどうかは君次第だ』

と、そんな無茶ぶりでお貴族様相手に喧嘩を売らされて、しかもご本人様、お仕事があるからって全部放置ですよ、放置。自分の父親に喧嘩を売るのをか弱い女にさせるって、何かおかしくないですか?」

とかぶちぶち言っていたかもしれない。

 大した違いはないだろうに、わざと拗ねて私の愛を確認したがる意地っ張り屋な妻だ。

 もう少しストレートに愛情表現した方がいいと教えてあげたら、次の日は口をきいてくれなかった。


(蝶の種で運動嫌いだった私が軍で問題なく過ごせているならば、それよりもスポーツが得意で樹の種を持つレミジェスならばと思ったのだろうが・・・。先に相談してくれれば止めてやったのに)


 薄情だと誤解されているが、私は心から家族を愛しているのだ。

 樹の種を持つ父に、虎の種を持つ息子では鬱屈(うっくつ)を抱えるだけだろうと思いやり、蝶の種に偽装してあげた。

 弟のおかげでばれた時には、なんて嫌味なことを考える奴だと、乗りこんできた父から罵倒されたりもしたが、ウェスギニーの縁戚で軍に入る者が出るとは思いもしなかったのだ。ましてや弟が入るなどとは予想外だったのだから、私は悪くない。

 それさえなければ、騙し通せた。

 リンデリーナだって、

「貴族のお坊ちゃまに目をつけて即ゲット。夫は私の言いなりなの。ここまで尽くされちゃうなんて、愛されすぎてて辛いわ」

な役割にノリノリだった。少なくとも強気でいた方が、

「離婚しろ」

「彼の為を思うなら別れるべき」

という圧力をかけられにくい。

 可愛い子供達の将来を安泰にするもしないも母親次第だと教えておいた甲斐もあるというものだった。

 身分違いを理由に別れるべきかと悩んでいた恋人達にも妻の存在は勇気を与えたそうだ。

 それでも彼女が本気で不快な思いをしないよう、私は貴族社会から距離を置いていた。


(リーナ。それでもルードとフィルを授かって、君は、あの時死ななくてよかったと思えただろうか。失った家族の辛さは消えなくても、新しく生まれた命に幸せを感じられただろうか。いきなり襲ってくる虚無感に何もできない時間が続いても、子供達の温もりが君を癒してくれただろうか)


 私の葬式を盛大に()り行ってみせると豪語したリンデリーナは、約束を果たすことなく私よりも先に逝ってしまった。

 残された私は彼女を愛した記憶を抱え、残された子供達の成長を見守って穏やかにひっそりと生きるべきだ。

 だから三ヶ月の有給休暇をもらったものの、一ヶ月半程の時点で上司に辞職すると告げた。


「待ちたまえっ。そういうことはすぐに決めるものではないっ。落ち着いて考えるんだっ」

「ありがとうございます。いきなりのことでしたのに時間も与えていただきました。私の席など空けておかず、どうか優秀な人材を引き立ててあげてください。本日で全ての私物も持ち帰らせていただきます」


 引き留められるのはお約束な行動なので気にせず荷物をまとめていたのだが、直属の上司ばかりか他の上官まで出てきて、拙速な判断はせず、まずは有給休暇が終わるまで決めるなと説得されて、まとめた荷物も取り上げられた。

 私の荷物を取り上げるのは、窃盗ではないのか。


「聞いたぞっ、ウェスギニー大尉っ。三ヶ月では立ち直れないというのであればもう少し伸ばしてやってもいいっ。早まるんじゃないっ」

「・・・あの、別に妻の後を追いかけたりはしないのですが」


 フォグロ基地の司令長官まで出てきて引き留められた。

 今は気が動転しているだけだから、まずは三ヶ月間よく休むようにと、皆に取り囲まれて説得された。


「いえ、冷静です。ただ、子育てに父親が必要だろうと思い、辞めさせていただこうかと」

「残されたお子さんが可愛いのは分かるっ。だがなっ、子育てに必要なのは父親じゃない、乳母だっ」

「そうだぞっ。お前の家ならそれぐらいいくらでも用意できるだろうっ」

「男が一人で子育てしようとしたら気が狂うぞっ。お前には無理だっ。なっ?」

「子供の幸せも考えてやれっ。家庭的な乳母を雇った方がいいっ」


 子爵の跡取りという立場を捨ててまで結婚したという事実と、小さな借家暮らしでも全く不幸せそうではなかった日々が、最愛の妻を失った私を自暴(じぼう)自棄(じき)にさせていると思われたようだ。


(私はルードとフィルから目を離すべきではないと判断しただけなんだが)


 どうやら私は軍からかなり高い評価をつけられていたらしい。


「お前に辞められたら困るんだっ」

「次の予算だって影響するんだからなっ」

「・・・何の心当たりもないのですが、予算に響くような何かがあるのでしょうか」


 関係ない筈の行政関係部署からも、私の妻を殺させたなんて何をしていたのか、彼の置かれていた待遇について調べさせろと、しつこい横槍(よこやり)を入れられていたそうだ。金食い虫で何をやっているか分からん組織だと思われているので、行政関係は軍の失態となるとすぐに鼻先を突っ込んでくる。


「あのなぁ、お前がこっそりあっちの戸籍を買い取って潜り込ませてたミッションがあっただろうが」

「おかげで思ったよりも便利な土地が確保されたってんで、次は予算がアップする筈だったんだ」

「・・・そんなこともあったかもしれませんが」


 私がこなしてきた任務はかなりの大金を国にもたらしていたようで、その妻を皆が見ている前で殺したとは、国家に損害を与えようとする反逆かとまで言い始めたらしい。

 知らない間に、様々な思惑と攻撃と防衛が勝手に踊り狂っていた。


「いいから家に戻って子供さんと過ごしてあげなさい。休暇が終わる頃には君も落ち着いているだろう」

「そうだ。まだ君は時間を必要としている。君の子供達もね。さあ、帰りなさい」

「・・・はい」


 仕方がないのでその日は帰宅し、アレンルードとアレナフィルを裏庭に連れて行き、曲芸体操をして遊んであげた。子供は素直で可愛い。

 とりあえず腰を覆っていれば、アレナフィルも赤くなって視線こそ逸らしはするが、私との入浴を嫌がらないからいいのだろう。

 軍を辞めるのは無理だなと、私は悟った。


(侯爵家長女バイゲル・ネトシル・アンジェラディータ。いつかルードとフィルも知ってしまうだろう。母を彼女に殺されたのだと。彼女を殺しても恨みには思わないと、バイゲル侯爵家から連絡はもらったが)


 軍にはバイゲル侯爵家の一族も多くいる。そして私は実戦を伴う特別任務に出ることが多かった。何かの際に私から見殺しにされてはたまらないと思ったのかもしれない。

 皆の前で凶行に及んだ令嬢など、侯爵家も持て余しているのか。貴族用の牢獄に繋いだところで、その特別待遇維持費がかかるだけだ。

 なかったことにする為にも彼女には死んでほしいという思惑があり、そして同じ処分ならば自殺よりも私に復讐させた方がいいと思ったのか。


(突発的犯行理由は、私への横恋慕とされていた。だが、本当のきっかけは・・・)


 彼女とそこまで付き合いがあったわけではない。だが、今までも何かと尉官用の食堂や休憩室に来ていた時点で察するものはあった。

 たしかに同席して会話を楽しんだりもしていたが、そこにはお互いに対する礼儀正しさが常にあり、異性間の友情すら存在していたように思う。

 私の辞職を取り下げる代わりに、基地の司令官長に佐官用エリア・尉官用エリアにおけるラウンジや休憩室、廊下、出入り口といった全ての録画映像を渡してもらい、複製した。

 それを使って分かる限り、あの日の出来事を様々な角度から、全く知らなかった人間の行動まで完全追跡したつもりだ。


(私が女でもこんな男と結婚なんてお断りだな。相談さえしてくれれば、彼女の小遣い程度の謝礼で闇討ちでも失脚でも協力してやったのに)


 リンデリーナが悪かったわけではない。

 彼女のことだ。アンジェラディータの思い詰めた表情に、違う幸せだってあるのではないかと、そう(うなが)してあげたかったのだろう。リンデリーナ自身がそうだったから。

 だが、リンデリーナはあくまで

「貴族の坊ちゃまをいいように転がしてるわ。彼は私にぞっこんなの。ほほほ、羨ましいでしょ」

な女を演じている最中だった。私を誘惑して離婚に持ちこめばこっちのものという貴族女性が、(わずら)わしい動きを見せていたからだ。

 少なくとも休憩ラウンジで同じテーブルにいた二人は険悪でも何でもなかった。いきなり動き出したアレナフィルを、アンジェラディータは保護だってしてくれていた。

 そしてリンデリーナを切りつけた後、アンジェラディータは震えて泣いていた。リンデリーナが亡くなったと知り、自殺しようとして失敗したとも聞いている。

 それでも殺人は殺人だ。アンジェラディータにどんな事情があろうと、殺されたリンデリーナに一切関係ないことだった。

 あんな死なせ方をさせる為に、妻にしたわけじゃない。

 いつものようにリンデリーナの恨み言を笑顔で聞いてやり、そういう面倒な社会のアレコレを一緒に解決して、幸せを見つけ合いながら、いつかヘマした自分を(いた)んでくれればよかった。

 可愛い子供達と過ごしながら、いつかリンデリーナも生きていてよかったと、心から言える日が来るだろうと信じていた。


「バイゲル少佐に会わせてもらえませんか?」


 殺害を黙認すると伝えてきた男に連絡を取れば、とても特徴の薄い移動車が家まで寄越され、顔の上部を帽子のつばで隠した運転手と案内人によって監獄へと連れていかれた。

 ゲートを通り、誰にも会わない通路を抜けていくと、ある扉の先からどうやら貴人エリアではないかと思える場所に出た。

 何故なら、頑丈な鉄格子などはあったが、どれも塗装が剥げておらず、清潔感があったからだ。

 身体チェックはなかった。


(侯爵家令嬢が子爵家子息の妻を殺害。今回の敵討ち殺人の黙認には、もっと上の思惑が絡んでいるかもしれない)


 私が来ることを知らされていなかったのだろう。

 独房にいた彼女は、鉄格子の入った引き戸を開けて入ってきた私を見て、恐怖で淡い青の瞳を見開いた。その顔はとても()せこけていた。

 私を案内してきた男は顔を見せることなく、私の背後で引き戸を閉めた。廊下で待機するとのことだったが、よくよく思い返せば髪の色は違うもののバイゲル侯爵家にあの顔がいたような気がする。

 何がなされようが全てにおいて許可すると伝えられたが、せめてその後始末は自分がしてやりたかったのか。

 引き戸を閉めたところで、鉄格子を通る物音が遮断されるわけではない。彼女が殺される物音を聞き、その殺す相手の送迎を行うとは、私なら考えられない行動だ。 


「ご、・・・ごめんなさい。ごめんなさい。・・・殺して。私、私・・・」

「落ち着いてください、バイゲル少佐。・・・いえ、アンジェラディータ嬢」


 面会でもなく、いきなり独房に入ってくることができるとしたら、それは監獄の責任者が認めたということだ。

 彼女はその意味を正しく理解したらしい。


(私に殺されることよりも憎悪されることが、彼女にとっては恐怖だったのか)


 ちらりと室内を見れば机やベッドも固定されていて、自殺防止を考えてなのか、全ての布製品は柔らかな布地が使われているようだった。

 仕切りしかないシャワーブース。侯爵家に生まれ育った彼女にとって、どれ程に質素で辛い生活だったことか。

 偽装された監視カメラがそちら側に取り付けられていないのが救いだろうか。

 通常の監獄はこんな優雅なものではないが、彼女にとっては私に会うことこそが恐怖だったらしい。ガタガタと、足も震えていた。

 私は持ってきた小さな封筒をポケットから出して、彼女の手を取って渡した。


「毒なら・・・、飲む、・・・飲むからっ、・・・お願いっ、見ないでっ」

「落ち着いてください。それはただの封筒です。中に地図が入っています」

「・・・え?」


 肩を震わせながら、彼女は封筒から強張(こわば)った指で中身を取り出した。きちんと手入れしていないのか、かつて細く優雅だった指先はとてもガサガサになっていた。

 広げられた紙に書かれた地図と地名。そして交通手段。

 意味が分からなかったらしく、彼女の動きが止まる。

 床に膝をついた状態で、彼女は私の眼下に櫛もきちんと通していないサーモンピンクの髪と白いうなじをさらしていた。

 殺すだけなら簡単だ。彼女が殺意を感じない内に息の根を止められる。


「その地図にある場所は、かつて我が国が戦略の為に見捨てた村です。そして一時期は隣国の支配下に置かれ、次は山賊に蹂躙され、村人は全員殺されました。村が山賊に襲われたその日、リンデリーナは山に入っていて殺されずにすんだのです」

「そ、・・・そんな。だって・・・」


 私とリンデリーナの出会いは、彼女が働いていた飲食店となっている。それは当時、隣国の人間となっていたリンデリーナがサルートス人となるまで、それなりの日数を必要としたためだ。

 領土の変更には様々な手続きが必要となる。戸籍も(しか)りだ。

 そういった事情など一般に知らされるものではなく、誰もが、私が飲食店で働くウェイトレスに恋をしたのだと信じていた。


「私は、その地の偵察中にリンデリーナを山中で見つけ、殲滅工作にちょうどいい条件が揃っていたので、橋の焼き捨てと、そこにいた山賊や隣国の者達を殺害する手伝いをさせました。それが出会いです。山賊が全て息絶えたのを確認したリンデリーナは、これで復讐は終わったとその場で死のうとしましたが、私が連れ帰って妻にしました。今、その地域は我が国の領土となっていますが、村は焼け落ち、無人のままです」

「え・・・」

「いつか、その村に行って、どこでもいいので、コスモスの種をまいてくれませんか? リンデリーナの母親は、コスモスの花が好きだったそうです。いつかあの村に行く勇気が出たら、焼け焦げた廃村ではなく花が咲く場所にしたいと、リンデリーナは願っていました」

「あ、私・・・、私は・・・、あぁっ、・・・ぅっ」


 いつもきっちりとまとめていたサーモンピンクの髪が、今はばさばさになっている。泣きじゃくり始めた彼女を、慰める気はない。

 私のリンデリーナも、そしてアレナフィルも、あの日に失われた。

 もうアレナフィルは私のシャツで鼻水を拭かないし、廊下で泳ごうとしない。こっそりと私のベッドに侵入して、足の裏をくすぐってくることもないのだ。私の足にアレンルードと一緒にしがみついて運んでもらおうともしない。

 同じ顔で、同じ声で、同じ体で、・・・だけど私のアレナフィルはもういない。

 私が帰宅する度に()()んで、ぐちゃぐちゃの顔で笑って駆け寄ってきた娘はどこにもいないのだ。


(あなたは私からリーナだけではなく、フィルまで奪った)


 この人を殺してあげた方が良かったのか。それこそが救済だったのかもしれない。

 だけど私は知っている。この人の本質を。悲しいぐらいに真面目で愚直な性格を。

 ここまで語った以上、彼女はきっといつかあの村に花を咲かせるだろう。

 そしてあと少し何かが違ったならば、いつかリンデリーナはあの廃村に自分の足で立てたのだろうか。


「私のリンデリーナへの愛は揺るぎません。弱いくせに泣きながら、それでも血まみれになって仇をとった彼女だからこそ、私は愛しました。だけど、・・・あなたも見合い相手に自分から身を捧げろと要求され、追い詰められていた。

 自分の妻となるなら、バイゲル侯爵家からそれなりのものをもたらすべく、あなたが彼に恋焦がれたように振る舞えということでしたか。そしてあなたの父親の前では紳士的な彼の本性を言ったところで、結婚したくないがゆえの嘘だと思われて、誰も信じないと分かっていた。そうですね?」

「あ・・・、な、・・・んで・・・」


 私は全てを何度も繰り返し見た。リンデリーナのどんな表情と言葉に、彼女がどう反応した様子だったか。

 そして彼女の家族がどんな顔で、どんなメンバーと会話をしていたか。その時の表情や仕草はどうであったか。

 何かトラブルが起きた時用の録画装置なので、細かい会話内容は分からなかったが、情報解析部を使えば大体の所は補完できる。


「あなたの見合い相手は、いかにあなた方家族がちょろいかを仲間に自慢していました。あなたを物陰で脅しつけた後にね。

 アンジェラディータ嬢、あなたが本当に殺したかったのは私に愛されて幸せに暮らしていた妻じゃない。あなたを愛しもせず、幸せにする気もなく、妻という名の搾取奴隷にしようとした奴らだ」

「あ・・・私を、ど、・・・うか、こ・・・、殺して、・・・お願いっ、・・・私はっ」


 私への恋心を理由にされる気などない。

 見合い相手とやらが普通に彼女を尊重し、大切にする男であれば、彼女はあんな事件を起こさなかっただろう。


(あなたは弱すぎたのだ。その地位には見合わないことを、自分でも苦しんでいた程に)


 リンデリーナは、全く見当違いのことで殺された。

 私達家族は、全く無関係な者達によって壊されたのだ。


「二度とお会いするつもりはありませんが、それでもリンデリーナのように、いつかあなたが死にたいと願うその場所から抜け出せるよう願っています。

 強くなってください、少佐。

 リンデリーナならそんな見合い相手の急所を蹴り上げて不能にしてから家出したでしょう。彼女は自分では歯が立たない山賊を皆殺しにする為、私を利用した女です」


 返事も聞かずに、私はその独房から出た。

 恨む気持ちがないとは言わない。怒りがないとは言わない。その弱さを憎まないとは言えない。

 案内してきた男が狼狽(うろた)えたような顔をしていたが、私が元来た方へと進めば、慌てて鍵をかけてからついてきた。

 

「あ、・・・あの、・・・よかった、のか? いえ、よかったのですか?」

「さあ」


 亡くなった人は生き返らない。失われた存在が戻りはしないのだ。

 たとえあの村にコスモスの花が風に揺れるようになっても、リンデリーナの母親が見ることはない。リンデリーナが取り戻したかった命は、とっくに失われた。


(リーナ、私はあの村にコスモスの花を咲かせることなどしない。そんな男じゃないんだ、所詮ね)


 それでもあの時のリンデリーナの慟哭(どうこく)と絶望を・・・。

 生きてその思いを覚えている人がいるならば・・・。

 いつかアレンルードとアレナフィルが、コスモスの花を焼けた家々に捧げるだろう。


(そして私自身が丹念に調べたことで新たな問題が生じた。あの時、バイゲル少佐及びその周囲にいた人々が何らかの薬品をフィルに吸引させる余裕はなかった。何よりフィルはリーナのスカートにしがみついていた)


 アレナフィルの頭に手術痕はない。

 そしてただ気を失っているだけと判断されたアレナフィルが運ばれた病院だが、調べてみたらあそこは最先端の医療研究どころか、普通にヤブ医者が多かった。

 雑な治療ばかりするが、その分、流れ作業で治療が早い。診る患者もごちゃごちゃしたものだ。

 治療も何も、幼女が気絶しただけだから医務室で眠っているより人が多い場所が安全だろうと、本気で善意のチョイスだったらしい。

 そんな三流医師達にできるのは、大雑把(おおざっぱ)な治療だけだ。

 

(訓練中に怪我した、骨折した、筋を違えた。そんな患者がほとんどだもんな。手際よくちゃっちゃと診てくれるのはいいんだが)


 もうサルートス語の完全な習得を待って、彼女と話してみるしかないのかと、私も途方(とほう)に暮れていた。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 まだ有給休暇中なので、私は子供達を連れて公園に行ったりもする。

 ある日、アレナフィルは公園で、

「あなた、あたま、カエルね」

と、知らない女の子を誉めようとして泣かせてしまった。どうやら「黄緑色」を「カエル色」とアレンルードに教えられていたらしい。

 そしてある日は、庭で蛇を見つけて、

「にょっぴー」

と、叫んで私の所へ逃げ帰ってきた。とある絵本に出てくる蛇が、にょっぴーという名前なのだ。

 間違ってはいないのだが、アレナフィルは皆の「何を言ってるんだろう?」な反応に、「え・・・?」と、思ったらしい。

 そしてアレンルードの語彙力(ごいりょく)に不安を抱いた。


「フィル、ことば、へん?」

「へんじゃないもんっ。フィルはおかしくないもんっ」


 ちなみにバーレミアスは、講師の恰好をしていないと生徒だと間違われるぐらいに童顔だが、あれでまともな教育者だ。

 父親は平民だが、母親は子爵家の人間である。

 アレナフィルはアレンルードに見切りをつけて、いきなり私におねだりしてきた。


「パピー。フィル、レンにーしゃま、おうちいきたい。レンにーしゃま、おしえてくれる。おうち、よるいく、だめ?」

「私じゃ駄目なのかい?」

「レンにーしゃま、おうち、ほん、いっぱい」


 休日だけ言葉を教えてもらうより、平日の夜も確保しようと、アレナフィルは決意した。

 ファンレンディア語の辞書はうちにもあるが、あまり一般的なものではないので隠してある。アレナフィルは正しい言葉の学習について、本気で危機感を抱いたようだ。

 

「まあまあ。フィルお嬢ちゃま。バーレン様は、お仕事もありますのに」

「マーシャママ。レンにーしゃま、こいびといない。よる、ひま」


 お前は鬼か。どうして他人の予定を決めつけるのだ。そしてやっぱり子供の思考じゃない。

 バーレミアスに相談したら、遠慮なくどうぞと言われた。


「そんなら俺の食事、買ってきといてくれる? 一緒に食事しながらお喋りしよう。あ、心配なら客室を勝手に掃除しておいてくれないか?」


 こういう奴だよと思いながら、彼の休日に子爵家の使用人を三人ほど連れていき、全体的な掃除と片づけをさせた。キッチンも必要な物を一通り買いに行かせたし、洗濯もしてもらい、アレナフィルが寝てしまった時用に客室もすぐ使えるようにさせた。

 その間、バーレミアスは大事なものを捨てられないように監督していたが、浴室も何もかも磨き上げられたものだから、満足したらしい。

 積み上げられていた本があまりにもひどかったので、本棚を買って空いている部屋に設置させ、そこに全部仕舞わせた。

 いいように使われたようにしか思えない。もう本の分類はぐちゃぐちゃだが、そこは自分でしてもらいたいものだ。


「ん。これでいいか。じゃあ、夕方あたり、食事の差し入れを持ってきてよ。早めに来たなら勝手にうちの本を読んでおいで。食べながらフィルちゃんと言葉の練習をしよう。フェリルはフィルちゃんが寝てしまった頃に迎えに来て連れて帰ればいい」


 だから平日のアレナフィルは、朝起きてアレンルードと遊ぶ。昼からアレンルードは出かけるから、アレナフィルは昼寝する。夕方には帰宅したアレンルードと、早めに入浴と食事をしてから一緒に眠る。私も添い寝してあげる。

 アレンルードが寝たらむくっと起きて、私と一緒にエイルマーサが作ってくれた夕食を持って、アレナフィルはバーレミアスの家に行く。鍵は私が持っているから問題ない。

 そして私がアレナフィルを置いて帰宅すれば、夕食をとるバーレミアスとアレナフィルはお喋りして、そして眠ってしまったら客室に寝かせておくので私が迎えに行くのだ。

 アレナフィルは無理できない幼児の体をよく理解していて、昼寝することで睡眠時間を確保したのだ。

 アレンルードには、

「フォールボール、せんしゅ、すてき。かっこいい。ルード、できる?」

と、フォールボールを教えてくれるちびっこスクールのチラシを見せた。フォールボールだけでは飽きると思ったか、グラススキー教室、ポニー乗馬クラブのチラシもだ。

 そして肝心の自分は、

「フィル、ボール、ポニー、こわい。だけどルード、つよい。かっこいいルード、すてき」

である。アレンルードは一人で習いに行くことを了承した。

 息子のちょろさが心配だ。

 朝はアレンルードにその習ったことを見せてもらい、アレナフィルは褒めまくる。アレンルードは気づいていないが、あの子が披露している間、実はアレナフィルは居眠りしているのだ。

 なんという見事な細切れ睡眠。

 さすがのエイルマーサも、

「フィルお嬢ちゃまはなんて賢いんでしょう」

と、首を振りながら、使用人達を監督して家事に専念していた。

 

(いいけどな。たしかに父親よりも他人の方が相談しやすいことはある)


 映像記録装置があるので、アレナフィルが彼の家で何をしてどんなやりとりをしていたか、アレナフィルが昼寝している時間やバーレミアスの家に行っている時間に、私はそれを見ていた。

 バーレミアスは、既にアレナフィルを幼児の体をしているだけの成人だと思っている。

 最初の夜、バーレミアスは夕食を食べながらストレートに尋ねた。


「それでどうしたのかな、フィルちゃん? そこまで慌てて言葉を覚えなきゃいけないことでもできたかな?」

「レンにーしゃま、ひみつ、まもる、できるひと?」

「責任感のない大人は、守れると簡単に約束する。俺は嘘をつきたくない。だが、秘密をぺらぺら喋る程、話題に飢えているわけでもない」

「ことば、はやい。むずかしい。わかんない」

「そうだな。

【私は、君がファレンディア語、得意を、知っている。それは、普通、違う。だけど、秘密にする。私は、君を、大切に思う】

 これでいいかい?」


 アレナフィルは少し躊躇(ためら)った様子で、何度も口を開け閉めする。


「レンにーしゃま。うまれるまえ、せかい、しんじる? ひとはしんだら、ちがうあかちゃん。そしてうまれる」

「ああ、生まれ変わりか。信じない。だけど、君が言うなら、信じるよ」

「きもちわるい? おかしい? へん? けんきゅうする?」

「いいや、俺は、生まれ変わりを研究しない。だが、もしもフィルちゃんに、違う人生の記憶があるなら、それを誰にも言ってはいけない。見世物になる」

「うしろ、わかんない」

「君は、その話を、他人にしてはいけない。君が危ないことになる」

「うん」


 その言葉で安心したらしく、アレナフィルはホッとした顔になった。

 

「フィルちゃん。君はファレンディア語で話す。僕はサルートス語で話す。お互いに辞書を使う。どう?」


 バーレミアスは椅子から立ち上がり、辞書を二冊、そしてメモ用紙とペンを取ってきた。一冊をアレナフィルに渡す。


「君、分厚い辞書、平気だろ?」


 口でそう言いながら、バーレミアスは文字でもその言葉を書く。サルートス語の単語に下線を引いて、辞書を見ながらファレンディア語の単語を書くから、アレナフィルもなるほどと思ったらしい。


「わたし、ほんとう、にじゅうだい」

「・・・なるほど。二十代後半か」

「おとなのおんな、とし、きくの、だめっ」

「はいはい。で、なんて呼べばいい?」

「フィルでいい」


 二人の会話は、それからは本当に二ヶ国語がごちゃ混ぜなものとなった。


「ところで二十代で死んだの? 早くない? 病気?」

【事故。手すりから落ちたの。気づいたら、病院で寝ていたの。よく分からないけど、私、死んでアレナフィルに生まれていて、それでいきなりファレンディア国の記憶が戻ったのかなぁ? それともいきなり小さい子の意識と入れ替わっちゃったの? そういうのってよくあること?】

「ちょーっと待った待った。聞き取れない。書いて、訳するから待ってくれっ。ついでにサルートス語でも単語の意味が分かるのは言ってみてくれ」

【あー、はいはい。書きますとも】


 喋りつつ、お互いの言語で書きながら会話する二人は、お互いに辞書を使いながら翻訳していくので、それなりに意思は通じている。

 喋りながら文字で書いていこうとなったから、余計にヒアリング能力も高くなるというものだ。

 アレナフィルのスピードは、たしかにファレンディア語を書きなれている者の動きだった。

 そう、アレナフィルの姿をしているだけで、あれは私のアレナフィルではなかった。

 

「そんな生まれ変わりなんて、物語でしか聞いたことないって。だけどフィルちゃんの話は、ファレンディア国に詳しすぎるんだ。しかも4才。おかしすぎて、信じるしかないだろ」

【そうでしょ。私も前の記憶が夢なのかって思った。だけど、ここにファレンディアの本があるでしょ? だからやっぱり本当のことだったんだって思ったの】

「なるほど。じゃあ、俺を待ってる間、ファレンディアの本をサルートス語に訳してたらどうだ? そしてその訳の間違いを俺が指摘する。正しいサルートス語の書き方が身につくさ」

【うん。だけどレンさんのファレンディア本、娯楽用の本が多いから、言葉遣いはあまりよくないよね】

「え? そうなのか? しっかりした本だと思ってたが」

【学者さんならあまりファレンディア人の目に触れるところに、あの本、置かない方がいいと思う。ちゃらちゃらしてるって思われるよ】


 それらの会話も、お互いに辞書をめくったり、大体のニュアンスでこういうことだろうと判断したりだったから、時間がかかりはしたが、お互いにいい感じでまとめられたらしい。

 それからの二人は、とても仲良くなった。

 バーレミアスが自宅に持ち帰った仕事などある時は、アレナフィルが飲み物を運んであげたり、その手伝いをしてあげたりしながらなので、言葉の勉強がそこまで(はかど)ったわけではない。

 しかし、広げた資料やテスト用紙を片付けるのを手伝ってくれるものだから、バーレミアスには都合がよかったようだ。

 アレナフィルも、そういう時は大人しくファレンディアの本を読んでいた。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 バーレミアスもアレナフィルも、お互いに与え合う(ギブアンドテイク)関係を構築していた。


「分かる限りでいいから、ファレンディアのこと教えてくれ。黙ってる口止め料で」

【いいよ。私が死んでどれくらい()ってるか分からないから、昔の情報かもしれないけど。なんか年号の数え方が違うんだよね。だから照らし合わせようがないの】

「へー。言われてみればファレンディアの年号は分からん」

【あのね、100年毎に年号を変えるの。だからどの年号も100までしかないんだけど、その年号もファレンディアアルファベット順だから、混乱はしにくいんだ】

「それはなかなか合理的だ。サルートスでは国王陛下の在位毎だね」

【それって国王が変わる度に過去の歴史を追跡するのが面倒じゃない? とりあえずファレンディアの年号、一覧表にしてあげる。法則性もね。そしたら本の前にあるそれで、いつの出版かも分かるんだよ】


 わざわざそんなことをするのはどうしてかとバーレミアスが尋ねれば、作ったものの製造年を刻印する時に必要だからだと、アレナフィルは答える。

 君主制がよく理解できていないアレナフィルにとって、歴史の勉強における不利益が気になったようだ。

 バーレミアスもそういう視点かと、文化の違いに驚いたらしいが、すぐに納得した。


「それは助かる。そんなフィルちゃんにお礼をしなきゃな。何か欲しいものはあるか?」

【知識。そして女性が自立できる職業情報】

「・・・子爵家のお嬢様なんだから、自立も何も、普通にいい縁談が来るだろうに」

【子爵家って何? 意味が分からない。それにお嬢様って言われても、結婚なんて相手の心ひとつに左右されるだけでしょ。自分で生きていく力は必要でしょ。それともこの国、男性有利? 女性の就業はあまり多くないの?】


 作られた人格にしては、あまりにも個性が突出している。そして自分の国に無い階級制について全く理解していなかった。

 バーレミアスもちょっとたじたじとなったようだが、すぐに気を取り直す。

 そこは色々な生徒に揉まれているからかもしれない。


「その通り。だけど女性でも仕事をして稼ぐ人はいる。その為には学歴も必要だ。その辺りは君の父親もよく知っている」

【あのね、レンさん。あの父親はいい人だわ。だけど昼間から仕事もせずに子供の世話してるのよ。母親がいないからとても甘くて優しい。大好きよ。親に愛されて育てられるのは幸せだもん。だけどね、あれじゃ私、何もできないお嬢様になっちゃうじゃない。それに優しくていい父親なんて世間知らずなものよ。騙されて財産やお金を巻き上げられるのがお約束。没落する時は一気にいくわね。私、今から貧乏に備えなきゃいけないって覚悟してるもの。バイトで働けるのもまだ十年後だけど、何の為に散歩しながら子供でも働けそうな仕事をチェックしてると思ってるの】

「えーっと、ちょっと待ってくれ。早い、早いって。長文じゃなく、短文を多めにしてくれ。訳すから待ってくれっ」


 ちょっと早くて意味が解らなかったらしいが、書かれた文字を訳して理解した時、バーレミアスは爆笑した。


(バーレンも生まれ変わりだなんて話を本気で信じてはいないだろうが、とりあえずフィル、私は娘にそう思われていたことがショックだ)


 ひぃひぃ笑って気が済んだところで、バーレミアスは、私が子供達の為に休暇をとっているだけで、軍でもそこそこの給料をもらっていることを説明した。

 まさに外国人の心が間違ってアレナフィルの中に入り込んだかのように、彼女は私のことを何も知らない異邦人だった。

 現在アレナフィルとして生きている幼女の中身は、不慣れなこの国に戸惑い続ける迷子だった。




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