32 ガルディアスはインコを使ってエサをまく
世の中には、腕力や権力とは全く違うステージで逆らえない相手というものがいるものだ。
俺の名前はサルトス・フォリ・ラルドーラ・ガルディアス。軍では中尉として在籍している。
現在は国立サルートス上等学校の男子寮に寮監として入りこんでいるが、そんな俺が「お願いよ」と言われてしまえば断れない女性の一人が王妃・フィルエルディーナである。
俺の父にして王弟たるミディタル大公の立場と言動により、実は仲が悪いのではないかと思われていたりもするのだが、国王と大公はかなり仲がいい。普通は弟が兄を羨み、生まれてきた順番がどうだのこうだのと、その地位を妬んで身勝手な主張と行動を繰り広げるのだろうが、あの父にそういったひがみ根性は存在しなかった。
(いや、あそこもそうだったな。ウェスギニー子爵家。まだ大公という地位のある父はともかく、なんであそこはそれでも仲がいいんだ?)
上手に反発心を隠しているだけかと思ったが、アレナフィルのことで兄に苦言を呈していたことに気づいてしまえばそうではないと分かる。盗み聞きするつもりはなかったが、ちょっと話をさせてもらおうと部屋まで行ってノックして扉を開けたらどうやら弟という先客がいたらしく、二人でシャワーブースとバスタブスペースに分かれて体を洗いながら会話をしていたのだ。
どうやら弟の方は自分の部屋にいる甥と姪を起こしたくなくて兄の部屋でシャワーを借りていただけのようだった。
『全く、フィルが蝶だと分かっていたなら手だって打てたんですよ? だから私があれ程フィルを養女にくれと言ったのに。兄上は何を考えてるんですか』
『どんな印が出るかなど18にならんと分からんもんだ。あれはあいつらの妄想で、18になったら見事な樹の印が出るかもしれないだろう』
俺は、結婚している兄の娘を養女にしたがる独身者の気持ちが分からずに少し混乱した。
それとも、跡継ぎではない子供はそうやって家から出されてしまうのか? 女の子なのだからいずれ嫁ぐというのに?
聞いたことないぞ、そんなの。
それともアレナフィルはやはり冷遇されていて、子爵の娘から分家の娘になってしまうのか? そうしたらあの別邸を出て、この子爵家本邸で暮らすことに・・・。ん? その方が、待遇が良くなるんじゃないのか? 意味が分からん。
結論。この兄弟はどちらもちょっとおかしい。もう少し年齢に見合った落ち着きを持つべきだ。
『思ってもないことを言わないでください。で、竜って誰なんですか』
『もう分かってるんだろう? 思えばお前にきゃーきゃー言ってた中には蝶もいたってのにな。お前が気に入った蝶はフィルだけか。ところで前から思ってたが、お前って貢ぎすぎじゃないか?』
『兄上が何もしないからでしょう。ああ、もう信じられませんよ。他には何を隠してるんです?』
いや、その竜というのは誰なんだ。二人で分かり合わないでくれ。そして誰に貢いでるんだ?
(何もしないからって、・・・まさか兄の愛人に弟が貢いでるのか? 愛憎の泥沼劇があるのか? その割には仲いいな)
アレナフィルのことで話したかったが、ずかずかとバスルームへと入っていくのは失礼すぎる。さりとて勝手に入りこんで室内で待つのもどうかと思い、俺は改めて出直すしかなかろうと、踵を返した。
『隠してたつもりはない。だが、フィルだって体術を教わっていてもあそこまで警戒心を持っていたのは蝶という自覚があったからだろう。全く何の為にあの子を今まで隠してきたんだか』
『やっぱり分かってたんじゃないですかっ』
そっと閉めた扉により、兄を叱りつけている弟の声は聞こえなくなったが、俺はそうかもしれないと思った。
両親は虎の種の印を持っているが、自分達がそうだったせいか、俺が子供の頃からなんとなく虎の種の印が出るだろうと思っていたそうだ。だが、親のそういう勘も当たり外れが大きく、「絶対にこの子は・・・」と思っていた印が、出ないことも多い。
そして蝶の種の印、それは誘惑の種とも言われていた。
男も女も種の印が出る前後で一気に身長や体つきが変化するが、特に蝶の種の印が出た娘はそれ以降、異性間のトラブルに巻き込まれやすくなる。
アレナフィルはどうして自分が蝶だと確信するに至ったのか。あの優しい気持ちとやらをあげられるからなのか。ならば何故、他の蝶の種の印を発現させた貴族令嬢にそんなことがなかったのか。
その夜は兄弟そろって弟の部屋で子供達と一緒に寝てしまったようで、出直せば無人だった。俺はその晩、何も話せなかった。
代わりにグラスフォリオン、ボーデヴェインと虎の種の印について考察し合い、そこそこ楽しい時間を持てたのが収穫か。
(酔いが醒めたらもう意識が次に向いている子だし、本当に分からんな。だが、アレナフィルと話していると、真面目に考えているこちらが空しく思えてくる)
立場的にはライバル関係になる俺とグラスフォリオンだが、優先順位を考えられない阿呆ではない。アレナフィルの安全を考えれば互いに協力し合っておくことが大切なことは分かっていた。
恋愛に関して正々堂々といったものを守る奴は敗者になるだけだ。しかし貴族社会に疎いと分かっているアレナフィルを放置したなら、周囲の悪意によって手ひどく傷つけられてしまうだろう。
あの娘を守りきれず、損なわれてからでは遅い。
双子の兄に虎、妹に蝶の印が出ることを、ほかならぬアレナフィルに明言されてしまったウェスギニー子爵家も、価値のある子供を産ませる為や自慢できる希少な妻が欲しいだけの男達に目をつけられるよりはと思ったか、俺とグラスフォリオンの接触に口出ししなくなった。
(結婚しておいてアレナフィルの子が樹なら一気に嫁いびりするような家だって考えられるわけだからな。そして人間の品性を結婚前に見抜くのは時に困難だ)
アレナフィルは元々が可愛らしい顔立ちで、ウェスギニー子爵家にとって大切な娘だ。たしかに社交界では低く見積もられたりもしようが、それは女の世界での話だ。同世代の男ならば決して彼女に低い見積もりを出さないだろう。手に入れた後も大事にするかどうかは不明だが。
親世代となると安く買いたたこうとするだろうが、問題はそれをおとなしく受け入れるような娘ではないことか。
(己のプライドと周囲からの評価が釣り合うことは稀だ。誰もが小生意気な娘を可愛く思うわけではない)
諸事情はともあれ、アレナフィルは容姿と表情が可愛らしい子供だった。
おかげで週末が近づくと、俺とグラスフォリオンは映像室でクラブの様子を見ながら打ち合わせをする。
そして連絡を取るのはウェスギニー子爵家のレミジェスだ。父親の存在感がなさすぎないだろうか、あの家は。
子供の健全な育成の為にも子爵家で暮らすべきじゃないのかと、余計なお世話だろうが、そう言ってしまった俺達だが、
「あの子はうちの使用人に囲まれているよりも、あの家で家政婦をしてくれているマーサ殿と過ごすのが好きなのです」
と、困った顔で言われてしまった。
実際、アレナフィルに心細そうな様子は全くない。
どうやら朝からバルコニーに陶磁器製の卓上湯沸かし器と茶器を揃えてハーブティーを飲んだり、元気に裏庭で遊んだりと、自分のペースがあるのだとか。夜も装飾性のあるランプをつけて楽しんでいるそうだ。
それこそ使用人がいる邸の方がいいだろうにと思うが、子供は早く寝なさいと言われてしまう生活よりも、毛布を用意してリビングルームでもこもこしながら本を読んだり、油絵にトライしたり、自由気ままに過ごしたがる子だから仕方がないと言われてしまった。
そのあたりはともかく、婚約もしていない未婚の貴族令嬢を二人きりで誘い出すわけにはいかない為、俺達は保護者同伴で出かけるわけである。アレンルードも一緒だ。俺達はアレンルードにも期待している。
「なんだかルード君も顔つきが違ってきましたよね。やっぱり男の子は覚悟を決めたら強くなるんでしょうかね」
「一人だけ、のほほんとしてる奴がいるけどな」
「アレナフィルちゃんならこの間、
『ディーノとダヴィにお貴族様の相手は任せちゃえばいいよ、今まで私一人で支えてたんだから今度は二人の番だよ』
って、リオ君に熱く語ってましたよ。もう押しつけた気なんじゃないですか?」
「支えるも何もあいつ何かしてたか?」
「さあ? アレナフィルちゃん、一部では既に危険人物扱いされてますけど、本人は分かってなさそうですよね」
「そうだな」
何かと怖がりなんです、か弱いんですと主張していたアレナフィルだが、送り迎えの移動車を警備棟から出すようになれば、もう休み時間しか他人が接触する機会はない。だからトイレに行った時に、男子生徒達に囲まれたのだ。
それらの男子生徒達は、アレナフィルが気に入らない女子生徒達に何かを吹きこまれたようだった。
映像でそれに気づいたグラスフォリオンは、
「あいつらっ」
と、すぐさま飛び出していったが、出ていくわけにはいかない俺はその映像を見ていた。何故ならアレナフィルの小刻みな手足の動きが気になったからだ。まるで準備運動のように。
すると映像の向こうでアレナフィルは宣言した。
『私はこれでもおとなしくて怖がりな女の子です。
少なくともいきなり腕を引っ張られて、男子生徒六人に囲まれたとあっては、学校の教師を通じてあなた方のご家族に苦情を入れねばなりません。
それともあなた方のお宅では、か弱い女子生徒の腕を引っ張って物陰に連れて行き、男六人で囲むのが礼儀だと主張するのでしょうか。それでは記録を取りますので、まずは名乗ってください』
『なぁに言ってんだか。そんなことで僕達が恐れ入るとでも? まずは自分の心配をすべきだろう』
『全くだ。だから嫌われるのさ。ちょっとばかり可愛いと思って』
『双子の兄はともかく、妹は出来損ないって話だったか』
『私は警告しました。今から5秒以内に礼儀正しく振るまえないのであれば、あなた方をまず教員室に突き出します。5,4,3,2,1』
次の瞬間、アレナフィルは目の前にいた男の腹を蹴り飛ばし、右側にいた男の鼻、そして左側にいた男の顎を殴りつけた。
さすがスカートでは飛び蹴りができないと言っていただけはある。最初に腹へ蹴りを入れた奴の襟首を引っ掴んで上半身を起こさせると、改めて顔を殴りつけるという乱暴ぶりだった。
そして六人全員の顔に見事な打撲の証拠を残すと、アレナフィルは六人を見下ろして言ってのけた。
『私も貴族の娘。物陰に引っ張りこまれて無体な真似をされたという噂が立っては一大事。それは分かりますね?
六人全員、完膚なきまでに自力で叩きのめしたという証拠を作らないと、可哀想に私の名誉が汚されてしまうのです。なんて哀れなことでしょう。ゆえにこれは正当なる私の名誉を賭けた行動です。覚悟を決めなさい』
俺は可哀想という意味をしばし考えた。
ただでさえ鼻血でシャツを汚し、パニックになっていた六人だ。それを更に身動きが取れないようにと六人全員のみぞおちに見事な拳を叩きこんだ子爵家の娘は、痛いよ痛いよ、鼻血がぁと、泣き出した六人のベルトを外し、迷いなくスラックスを脱がせた。
そこで
「何をするんだっ」
「お前は痴女かっ」
という声が上がっていたが、
「私、十も年下な小さな弟をお風呂に入れてあげたりして見慣れてるんです。あなた達、弟と同じ子供サイズじゃないですか。何ならパンツも脱がしてあげましょうか?」
と、冷笑されて完全に恐怖したらしい。自分達よりも背の低い女子生徒に幼児サイズと言われてしまった男子生徒達のプライドはガタガタだ。
あのな、お前いつから弟ができたんだ? 甥もいないだろ?
『さ。さすがにズボン無しでは逃げられないでしょう。では、私は学校長先生を呼びに行ってきます。
大丈夫です、後から我が家からのお見舞いをあなた方のお宅にさせていただきます。
そこで六人の男子生徒に対し、私一人で立ち向かったこともしっかりきっぱり公表させていただきますね。ええ、女子生徒が、上級生の男子生徒六人に脅されたものだから恐怖に怯え、仕方なく六人を殴り、蹴りつけて逃げ出したことの謝罪に向かわせていただきますとも。
嫌がる女子生徒一人を男子生徒六人が無理矢理腕を掴んで物陰に連れて行き、そうして逃げられないように囲んで何をしたかったのか、是非、学校長先生及び担任教師、そしてお互いの保護者同伴の席でお聞きしたいですからね』
駆けつけたグラスフォリオンは、彼らの今後に同情したようで、アレナフィルから見えない物陰でしばし考えていたようだ。
六人分のスラックスを抱え、たらったるんるんとスキップで教員室へ去ったアレナフィル。
用務員姿のグラスフォリオンは彼らの前に現れ、
「馬鹿なことをしたな。こんなことが発覚したら社交界に出てもお前達、一生、女子一人を男六人で囲んだ卑怯者だぞ?
今回の行動は録画もさせてもらった。今なら俺の一存で逃がしてやれるが、教師が来たならこれはもうお前達の本家が子爵家へお詫びに向かう事態だ。令嬢のご家族に、せめてお前達の未来の為にも口外しないでほしいとお願いするわけだからな。
親からも殴られるだけじゃすまんだろう。どうする? 変な仕返しなど考えず、二度とこんなことをしないのであれば録画したそれも公表せずにいてやるが?」
などと尋ね、六人は何事もなかったことにする方を選んだ。二度とこんなことはしないとも誓った。
おかげでアレナフィルが教師と共に戻ってきた時には誰もいなかったのだが、残されたスラックスをどうするべきか、アレナフィルは教師と二人で悩み、落とし物として届け出ることにした。誰も名乗り出なかった。
だが、顔の腫れが数時間で引く筈もない。こそこそと囁かれる噂はあったようだ。
――― 可愛らしい顔をした双子の正体は、どちらも悪魔だ。近づくな。破滅させられる。
そんなアレナフィルは落とし物を届けたら謝礼はもらえるのだろうかと、せこいことを尋ねていたが、もらえるわけがないでしょうと、そんな常識を教師に教えてもらってがっかりしていた。
あのな、お前は落とし物を拾ったわけではない。それは追剥だ。
だけど教員室で、
「男子生徒六人がかりだったんです。怖かったんです」
とか言って、お菓子とお茶をもらって慰めてもらったらもう忘れたらしく、クラブメンバーが捜しに行った時、アレナフィルは教員室で「一緒に歌って覚えよう、数学の方式」とやらを披露していたそうだ。
あとから映像を見たグラスフォリオンは、あのやり方はレミジェスが教えた護身術ではないかと言っていたが、いつも四人の男子生徒に囲まれて過ごしていても隙は生じるのだ。
後から俺にそれを聞いたエインレイドも顔を青ざめさせ、次の日から四人はアレナフィルから目を離さなくなった。マルコリリオだけは、
「それってアレル、僕より強いよね?」
と、冷静に呟いたらしい。
俺とグラスフォリオンも、本気でアレナフィルに対して手を出すなと宣言するしかなくなり始めていた。
「仕方がない。明後日はお前が連れ出してやれ。俺は用がある。その代わり、明日はアレンも一緒に絵画を見に連れてってやるか」
「ルード君、とても嫌がってましたよ。どうせうちは芸術品なんて買わないのにって。ついでに男に食器のどうこうを尋ねる貴婦人がいる筈もないのにって」
「双子なんだから諦めろと伝えておいてくれ。それにどうせ妹が心配でついてくるさ」
今、俺とグラスフォリオンは、アレナフィルを社交慣れさせる為、半曜日の午後や、休曜日に保護者同伴で連れ出し中だ。
祖父母や叔父と一緒ならばアレナフィルも諦めてついてきて、おとなしく芸術品の鑑賞における注意点や時代による作風の変化、贋作の見分け方を俺達から聞いている。
そのあたりはアレンルードの方が優秀だ。
ご褒美代わりに美味しい店にも連れていって食事のマナーと会話術を取り混ぜながら食べさせているのだが、本人はそれがちょっと辛いらしい。それこそ「うわぁ、美味しい」と、幸せそうに食べる度に、「外ではにこにこしない。せめて微笑む程度に」と、注意されるからだ。
俺個人としては可愛いからもっと食べろと言いたくなるし、見逃してやりたいし、どうせなら餌付けしたくもなるのだが、やはり保護者はそこまで甘くない。
この間は、
「分かりました。私が差額分を出すから個室にしましょう。そして私に幸せなご飯タイムを堪能させてください」
などと言い出し、アレンルードに
「沢山の目撃者を出す為に来てるのに何言ってるのさ」
と、呆れられていた。
男子寮では、何かと肉、肉、肉と言っては階段で回転上がりしているアレンルードだが、公衆の場においては礼儀正しく自己紹介と挨拶もできるようで、そこのメリハリは感心した。初めて見た日のエインレイドに対する乱雑な態度は、どうやら市立の幼年学校で身につけたものらしい。
自分の妹が男子生徒六人を叩きのめしたと聞いても驚かなかったアレンルードだが、俺達を盾にする気になったようで協力的だ。
別に男女交際ではなく、ただ、知人の子供を連れ出しているだけというスタンスを俺達が崩さないからだろう。
俺とグラスフォリオンがちょくちょくとエスコートしている少女の噂は、静かに、しかし確実に流れ始めていた。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
毎朝、少し早めに学校へ来てアレナフィルが貴族令嬢としての作法を学んでいると知り、エインレイドはすぐに参加表明した。
「それなら僕も一緒にやりたい。いいよね?」
「いいぞ? だけどアレナフィルはマナー講師を『正体不明な貴婦人』として認識しているから、間違っても母上と呼びかけるなよ?」
「え? 母上がアレルに教えてるのっ? やっぱりいい。僕、行かない」
そして即座に取り下げた。
「なんでだ。ちょうどエスコートとかパーティで会った時の挨拶とか、そういう練習をしてるんだし、参加者は多くて困らん。女官達も夫人役、令嬢役として参加してるぞ」
「だからだよ。そんなところで王子役として挨拶されるのなんてたまらないよっ。エスコート役だったとしても母上やみんなに、あらあらとか言われて変な目でにたにた笑われるのなんて耐えらんない」
「別にお前、普通に王子だろうが」
背の高さ的にエインレイドならちょうどいいと思ったのだが、どうやら皆にからかわれるのが嫌な様子だ。気持ちは分かる。女官や侍女達ってのは、
「それでどんなお嬢様が好みでいらっしゃいました? こっそり教えてくださいな」
などと、男女交際の意味すら分からない幼児時代から尋ね続けてくる生き物だからだ。
エインレイドはその質問に嫌気がさしている。
「ガルディ兄上こそ、どういう役で参加してるの?」
「来客者役や主催者役だ。アレナフィルはいつも父親や叔父に抱きついて移動していたらしく、エスコートの基本がどうしようもない。まずはエスコートされる時には跳ねない、きょろきょろしない、視線の動かし方もスマートに、そして微笑みを絶やさない。そんなあたりからだな」
「ああ。うん、そうだね。アレル、体操しながら運ばれてたもんね」
「筋はいいんだがな」
ウェスギニー子爵邸でも双子の部屋のベランダとベランダの間にはロープが渡されていて、何故かと思ったら、何度言っても二人はベランダからお互いの部屋を行き来するので、もう危険防止措置としてロープを渡してあるのだとか。子供達の部屋の扉は、とても分かりにくい場所にあった。
俺達は学校で何かと二人に接触しているので部屋まで案内されたが、他の来客には決して子供達の部屋を教えないよう、使用人達はきつく言い聞かせられているそうだ。
『ああ。兄が上等学校生だった頃、とある男性客が兄に対して不埒な思いを抱き、部屋まで来たことがあったらしいのですよ。ですからもう男女問わず、客に子供達の部屋は教えるなと命じてあります』
実質的に子爵邸の若主人であるレミジェスはそんなことを言っていたが、その男性客がどうなったのかは教えてくれなかった。
ついでに双子は子爵邸にいる時はいつも叔父の部屋に入り浸っているそうで、全く部屋を活用していなかった。
「母上だって色々と忙しい筈なのに何を考えてるんだろう。アレル、もっといじめられちゃうよ」
「寮に入って個人授業を受けられなくなったのに、お前の成績が落ちなかったからだろう。王妃自らが教育している娘となれば、迂闊に手は出せなくなる。父親が父親だ。いずれ外国に出すかもしれんと、勘繰れなくもないからな。手を出せば反逆罪になりかねん火種と思う奴もいるだろう。ま、テスト前は皆で勉強してたわけだし、これはと思ったんじゃないか? 役人志望と聞いて既に女官長、アレナフィルを女官にスカウトする気満々だぞ」
貴族令嬢は、国内での結婚が全てではない。ましてやアレナフィルが優秀であることは、調べればすぐに分かるのだ。
もしも何かアレナフィルに危害を加えて、それが露見した場合、
「あの子は外国に留学させて情報を集めさせる予定で、王妃自らが教育に当たっていたのだ。ならば責任をとってお前が行け。それとも我が国に損害を与えるつもりだったのか?」
と、外国に放り出されるかもしれない。
その場合、アレナフィル程に優秀でもない女子生徒が、言葉もおぼつかない外国の学校で上手にその国の王侯貴族と渡り合えるだろうか。
そういうことだって考えられるわけだ。
単に王妃が息子の友達を見てみたかっただけのことだが、良くも悪くもアレナフィルの優秀さと見た目の可愛らしさ、そしてウェスギニー大佐の実績が様々な憶測を呼んでいた。
「アレル、残業なんてない生活が希望なんだよ? 女官なんて王宮泊まりこみだもん。嫌がるよ」
「それでもあいつ、上等学校全学年のテスト、全て満点叩き出したからな。そんな優秀な娘がお前に勉強を教えてくれてるんだ。母親として何かしてあげたいと思われたんだろう。とりあえず今は茶会に相応しい会話の特訓だ」
「別にアレル、お喋り好きだよ? 必要ないと思うけど」
常に一緒で、それなのによくもそこまで話すことがあるなと言いたくなる程、クラブメンバーは賑やかに喋っている。お互いの趣味がかぶらないせいだろう。誰かが何かを言い出せば、「自分もやってみたい」となるようだ。
五人それぞれが全く違う個性だから、飽きずに喋り続けられるのか。そう思ったらそれぞれやりたいことを無言でやっていたりするが、沈黙が苦になっている様子はない。
「そうでもない。理論上、飛び移れる木の枝の頑丈さとそれに必要な命綱の計算方法とか言われても、テーブル内が沈黙する。斬新すぎて注目は集めるだろうが、茶会の会話としては落第だ」
「面白そうだね。そういえばアレル、校舎と校舎の行き来に屋上からロープを渡して滑車で移動するとかいうのを提案してたよ。実行そのものは大した問題じゃなかったんだけど、学校の許可が下りなさそうなのと、変ないたずらをされてロープに切り込みとか入れられたらまずいってことで諦めたんだけど」
「許可が下りた時、真っ先に使うのは教師だっただろうな」
自分達はこんなものだったが、周囲は色々と考えるものだ。
俺が誰と結婚するのか、まさに皆の関心は集まっていただけに、休日になると保護者同伴ながらも健全な日中デートをしているアレナフィルに対し、皆が探りを入れるようになっていた。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
アレナフィルは引きこもり生活をしている割に、目立つことにも慣れていた。
俺であろうとグラスフォリオンであろうと、エスコートされている時はいつもその場で一、二を争う目立ち具合だ。
流行しているデザインとはちょっと違った衣装だが、それでいて古臭くない。まだ子供だが、そのあどけなさと大人びた表情、それでいて時折見せるいたずらっ子みたいな仕草が人の目を惹きつける。
(どう見ても分かってるよな、こいつ。皆が振り返って自分を見てること)
なるべく皆を刺激しないように「ガルディアスお兄様」「グラスフォリオンお兄様」などと呼びかけ、あくまで「子供として可愛がられているだけですよ。ライバルなんかじゃありませんよ」を周囲にアピールしつつ、その場で誰よりも可愛いと言われるであろう恰好をしてくるアレナフィル。
こいつ、喧嘩上等派だ。しかも俺達を盾にする気満々だ。
(実はいつでもどこでも一番じゃないと気が済まないだけじゃないのか? 何を必要以上に目立ちに行ってやがる)
実はお前、売られた喧嘩全て釣りはいらないとか言って買うタイプだろ。
今日は白と黄をベースに、そして差し色に青と緑のラインが入ったワンピース姿のアレナフィルは、揃いの帽子を髪に花を模したピンで固定し、ご機嫌で舞台を見ていた。
「私とレミジェス殿にはスパークリングワインを。この子達には、・・・そうだな。葡萄果汁を炭酸で割ってくれ。子供にはクラッカーより少し甘めの菓子を添えてくれないか」
「かしこまりました」
休憩時間には飲み物が席へと運ばれてくる。俺が注文すれば、ぴくっとアレンルードの耳が反応したようだ。
「あ、すみません。僕、お菓子よりも、パンの中にソーセージを挟んだものとかってありますか?」
「はい、ございます。トマトケチャップソースはたっぷりがよろしゅうございますね。マスタードはどうなさいますか?」
「ええっと、マスタードは少なめがいいです」
「かしこまりました。よろしければ坊ちゃま、レタスとトマト、茹で卵もいかがでしょうか?」
「ありがとうございます。是非お願いします」
「はい。飲み物は大きなグラスでお持ちいたします」
「やったっ。お腹空いてたんです」
俺達にはクラッカーにハムとチーズとピクルスだが、アレンルードはもう軽食になっていた。こういう休憩時間はあくまでのどを潤す程度で、添えられているものも一口か二口程度というのが当たり前だ。
だが、世の中には例外もあったらしい。
(好きな物を食べていいが、なんで注文したよりも増えるんだ?)
さすがにいつもお揃いの恰好をしているわけではないらしく、今日のアレンルードは濃紺のスーツ姿だ。タイもダークグリーンである。度の入っていない眼鏡をかけて、ちょっと賢そうな雰囲気を出していた。
どんなに賢そうな雰囲気を作っても、途中で居眠りしていたことを俺達は知っている。
そうしてアレナフィルには小さなケーキの盛り合わせ、そしてアレンルードには注文したものにフライドポテトとオニオンリングが山盛りで添えられて運ばれてきたものだから、二人は喜んで仲良く分けて食べ始めた。
「ルード、やっぱり今日はお行儀よくソーセージだけって思っても、もう覚えられてたね」
「そうかもしれない。僕、あまり来てなかったんだけどな」
「いつも居眠りしてるから、覚えられちゃってたんだよ」
「そんなの見てるもんかなぁ」
「きっとそうだよ。だからこれからはちゃんと起きてて、帰ったらお芝居ごっこしよ? この後、きっとお姫様を取り返しに行くんだよ。そうして、私の愛は永遠だって叫ぶんだね。お姫様役やらせてあげる」
「嫌だよ。あんなの実際に言ってる人がいたら、僕、お腹抱えて大笑いするね」
もっともなことを言いながら、アレンルードが瞬く間に平らげていく。アレナフィルもポテトやオニオンをつまんで幸せそうだ。
「たまに私が姪を連れてこの劇場には来ていたのです。甥はこういうものより試合を見に行く方が好ましいようで、なかなか・・・」
「そうでしたか。どうしても大人の女性が多いから、幼年学校生では目立ったことでしょう。覚えられてしまったのも無理はありません。・・・凄い速さだな、アレン。ちゃんと噛めよ」
「大丈夫です。休憩時間の間に食べ終えることには自信があります」
そうか。もう沢山食べて大きく育ってくれ。せいぜい数口で終わるピック付きなフィンガーフードの筈が、カトラリーまでつけさせて食べるのはお前達ぐらいだろう。
甘いものを好む女性には、せいぜい小さな焼き菓子かチョコレートが二つまでだ。それを一口大の小さなケーキが五種類、二つずつ盛られたプレートとは何なのだろう。
俺よりもこの劇場の方が、双子の好みを把握していた。
「アレナフィル嬢。毎回どの服も可愛いが、どこで仕立ててるんだ? いつも違うスタイルだが、実は着道楽なのか?」
大人の俺達が飲んでいるグラスを、アレナフィルは自分も飲みたそうな顔をしていた。だから全く違う話題を振ってみる。
あのな、アレナフィル。兄の向こうにいる叔父の顔をよく見ろ。さすがにこんな場所で俺はお前を酔っぱらわせる気にはならんぞ。
「うちのメイドに作ってもらっています。仕立て屋に勤めていたことがあったから。
レン兄様、・・・えっと、クラセン先生の本棚って各国の衣装とかの本もあるので、それと私の書いたデザインを持っていって、こんな感じにしてほしいってお願いして作ってもらってるんです。
こういうフルートグラスを逆さにしたようなスカートってちょっとおめかしさんで可愛いでしょ?
これは何とっ、食べ過ぎてお腹がぷっくりしても、この中に入っている骨組みによるスカートの膨らみでそうとは分からない工夫がされているのですよっ。しかもっ、座った時にこの骨組みが邪魔にならないよう、実は素早くフックを外せばぺしゃんこになるという画期的な工夫までされているのですっ」
じゃじゃーんと自慢する手乗りインコがいるのだが、こいつは男にスカートの仕組みなんぞ自慢して恥ずかしいと思わないのだろうか。普通は誘惑だろう? 全く色気はないが。
諦めろ、俺。仕方がない。鳥は何かと翼を広げて自分をアピールする生き物だからな。いや、あれはオスだったか。どうせ少年達に囲まれて性別勘違いしてそうだからそれでいいのか?
「フィル。そういうことを口に出すものではないよ。それならそのスカートを見せてくれとか言い出すようないやらしい人も、世間にはいるのだからね」
「大丈夫です、叔父様。ガルディアスお兄様だけは絶対そんな下品なこと、仰いません。モテる男性ってモテるだけの理由があるんです。大体、恥ずかしげもなく未成年のスカート気にするような変質者って、大抵は同世代の女性に嫌われる何かがあって、女性にマウント取らないと自分のプライドが保てない悲しい人ですもの。そんな下品な人、場末の路地裏にしかいないものですわ」
「・・・フィル。他のブースにも聞こえるからね。少しは声を落としなさい」
「はい、叔父様」
いや、もう聞こえている。恐らくここの会話には誰もが耳をそばだてていた筈だ。
(お前、実は分かってて言ってただろ? 単に後で揶揄されないよう牽制しただけだろ)
やがて皿やグラスを回収しに来た給仕の男が、
「お口の中が甘いでしょうからどうぞ」
と、こっそり二人に小さなティーカップに入った茶を置いていく。普通ではないサービスだ。
「ありがとうございます、アメルさん。他の大人の人と来たら、子供でもこっそりワインを飲ませてもらえるかなって思ってたんですけど無理だったみたいです。家族じゃない男の人のエスコートだったら大人扱いしてくれると思ったのに・・・」
どうやら顔見知りだったらしく、そんなことを話し始めるのだが、ワインも飲ませてもらえない子供なんですと、周囲にアピールしているのが分かった。
どこまで予防線を張っているのか。
給仕の男もすぐに下がるつもりだったようだが、アレナフィルの様子に何かを感じたらしい。
俺の目くばせで、そのまま会話を続けることにしたようだ。
「それはそれは。五年や十年、この年になるとすぐに過ぎ去るものですが、これからお育ちになるお嬢様にとってはまだまだ長すぎる日々でございましょう。私もお嬢様が成人なされた暁にはここでワインを給仕させていただく日を楽しみにお待ちしております。今日もお可愛らしゅうございますが、やはり異国のデザインでしょうか? 前回のドレスなど、うちの女優が早速取り入れさせていただき、好評でございました」
「はい。だけど今日のこれはあまり参考にならないと思います。今日はお兄様に誘っていただいたので、ちょっと大人っぽくしてみたんです」
「道理で。なんだかとてもお姉さんらしくなっておられると思っておりましたとも」
そんなおべっかなんぞ言わなくていい。13才がどんなに大人っぽくしてみたところで子供は子供だ。14才になったとか言われても、家族だって幼児扱いしかしていないじゃないか。
えへへと笑うアレナフィルは、やはりビーバー族かもしれないなと俺は思った。
「あ、ちゃんと工夫はされてるんですよ? 実は昔、ネトルーダ国では人前では常にコルセットでがちがちにした衣服しか着てはいけなかったんですって。だけど家でもそれだと辛いから、ワンタッチでさっと固定と解除ができるコルセットを人は使うようになったそうなんです。
それを元にこの服のスカート部分を作ってもらったんだけど、見た父がフルートグラス型って呼ぶから、もうネトルーダ風って言うのをやめたところだったんです。ネトルーダの人も地方ではこんな衣装文化があったなんて知らないかもしれません」
すくっと立ち上がったアレナフィルが、パパッと腰のあたりでスカートを触ると、それまですとんと落ちていたスカートが、骨組みが輪を描くことで丸く膨らみ、まさにフルートグラスをさかさまにしたような形になる。
「一人ですぐに膨らませられるとは。ネトルーダですか。あの国の衣服でそのようなものがあったとは・・・」
「はい。ネトルーダでも地方の民の文化です。それをアレンジしたんですけど、細かい部分は分からないんですよね。詳細な記録が残っていないから」
「いやいや、なんのなんの。・・・あの、レミジェス様」
「明後日にでも、うちのメイドをこちらに来させましょう」
「ありがとうございます」
そうだった。アレンルードの披露した小悪魔だか天使だかの衣装も誰が考えたのかということだ。
お互いになりすませる双子。そしてアレンルードは基本的にいつも元気に走り回っているやんちゃ坊主である。服などあるものを着る認識だろう。
(そういうことか。要はこいつ、引きこもりと称してやりたいことだけやってたんだな)
社交慣れさせようと連れ出してみたら、ファッションリーダーしている手乗りインコがいた。
こういった劇団の女優達は常にその美貌と目新しい衣装で次世代のファッションを生み出していくものだが、マンネリ化しないよう、こんな子供のアイディアまで取り入れていたらしい。
(その謝礼があんな軽食だけということはなかろう。ウェスギニー家も姪の才能を安売りしていまい)
俺はこんな劇場など、誰かの付き添いでしか来たことがない。アレナフィルが今までどんな服を着ていたのか、それを参考にして女優達がどんなドレスを披露したのか、全く想像がつかなかった。
「もしかしてアレナフィル嬢。君がアイディアを出した衣装も舞台であったのかな?」
「実はそうなのです。見ました? あの海賊役をしていた人。とてもダークな感じが出てましたよね? 実はあれ、うちの父にさせてみたんですけど、それはとっても似合っていたんですけど、父ってば祖父母に見せたらもう脱いじゃうんです。だからせめてここで第二の人生を送ってほしい。服に罪はないのです。そう思ってちょっとアレンジしたのを提案したのです」
うっとりとして語る手乗りインコだが、俺には父親にあんな肌が出る服を着てもらいたいと願う娘の気持ちが理解できない。
今は降嫁したものの、我が国の王女とて国王にはきちんとした衣服を望んでいたと思うのだが。
「あのいささか露出的なアレか」
「うふふ。肩幅がないと似合わないんですけど、とてもいい感じでしたよね。父にはあくまで凄艶さを、そして叔父には清冽さを私は追求したいのです。だってとっても似合うから」
とても満足そうなアレナフィルが両手を頬に当てて、ぐねぐねと身をよじらせては何か浸っていた。
「うちの子達は、エントランス近くの庭で泣いている子供を見つけてしまい、簡単な曲芸やダンスを披露したことがありまして・・・。ちょっと体を動かして泣き止ませてあげた筈が、前座の何かだと思われて人が集まり、そしてお礼にお茶を頂いたのが始まりでしたか」
「その時、かなり着飾っていたのでしょうか?」
「ええ。姪は私と出かける時にはいつもおしゃれしてくれるものですから。その時はひらひらと回転するたびに花模様のプリーツが浮かび上がった・・・のでしたか? それとも動く度に色が変わるスカートだったかもしれません。毎回、違う衣装だからどれがどれだか」
「だって叔父様と一緒なんですもの。素敵な紳士の前では、女の子はいつだって可愛くしたいものなのです」
そんなことを言うアレナフィルは保護者同伴で出かける時、かなり着飾ってくる。
どうやら服装も使い分けているようで、家政婦達と出かける時は街の可愛い娘さんというコンセプトでカントリー風だとか。何のカントリーなのかが意味不明だ。
今日は叔父と一緒だが、前回の祖父母と一緒だった時は二人に若々しい服装をしてもらって、「ちょっと年がいってからできた子供」みたいなコンセプトで、アレナフィル自身は子供っぽい大きなフリルのついたドレスを着ていた。そして祖父母相手に、「お父様」「お母様」などとやらかしていた。
嬉しそうな祖父母に対し、その横で普通に「お祖父様」「お祖母様」と呼んでいたアレンルードの冷静さに、俺はアレンルードがいつもマイペースでいられる積み重ねを見た気がした。
(やっぱりこいつ、ウサギじゃなくてインコだろ。鳥頭だし、やはり鳥類だろ)
元々の素質は十分にあると思うのだが、やはり変なところで残念無念なところが惜しすぎる。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
青風月は、早めの半曜日をクラブ参観日と決めたらしい。
アールバリ伯爵家のベリザディーノの誕生日が青風月にあることから、早めにクラブ参観を終わらせて思いっきり遊ぼうと計画中だ。
二度目のクラブ参観は、さすがにエインレイドの正体がばれつつあるので人数を絞ることにしたらしい。
『 第二回 成人病予防研究クラブの保護者参観のお知らせ
この度、第二回成人病予防研究クラブ参観を、開催いたします。
緑葉月は、一斉テストがあったので、クラブ活動は一時停止し、皆で試験勉強をしていました。
今後とも生徒としての本分を忘れることなく、クラブ活動を行いたいと考えています。
第一回の反省を活かし、今回は試食がてらの懇親会を行います。普通の懇親会と違って、ヘルシーな軽食をつまみながら、何を材料にしてどんなものを作ったかを紹介します。
尚、この研究クラブは一年生の五人だけで構成されており、誰もが対等な立場です。
だから五人は愛称のみで呼び合い、序列もなく、対等に議論し合い、皆で協力し合い、図書室で本を調べ、買い物にも行き、ハーブを育て、調理し、試食します。
保護者の皆様には、そのルールをよくご理解の上、ご参加ください。
今回はどの生徒の保護者も、二名までとさせていただきます。また、苦手なものや食べられないものがある時には、無理に食べたりなさらないようにお願いします。
参観日時 青風月2日 半曜日 陽2時~
参加なさる先生方も、開催日一週間前までには人数をお知らせください。今回はちょっと食器にもこだわるので、カップの数などを前もって用意する必要があるからです。
クラブメンバー:アレル、ディーノ、レイド、ダヴィ、リオ(名前は誕生日順です) 』
現在、オブザーバーとしてヴィーリン・ロレイル・エイルマーサという名の女性が登録されているが、俺はそのオブザーバーに王妃をも「とある貴婦人」としてねじこませた。
これでもう王妃から、
「ずるいわ、ガルディばっかり」
と、うるさく言われることもない。
息子のクラブ活動をしている姿を見て満足することだろう。
(俺もさすがに基地で姿を見せておかないとな)
俺が所属しているサラビエ基地は、様々な基地への割り振りを行ったりする重要な拠点だ。そこを離れて寮監なんぞをしていられたのも、俺に重要な役割がないからである。
非常時には俺の身を守ることが優先されるからだ。
何があろうと敵の手に落ちてはならない。それが俺にとって最優先事項だ。
(たしかに虎の種の印が出た者の生き方ではないな。アレナフィル、本当にお前は面白い)
私邸で茶を帯びた黒の軍服に着替えれば、ウェスギニー子爵邸に行った時のことが思い出される。全くよその貴族の子でなければ、ちょんちょんとつついて楽しめたのに。
アレンルードは鍛え上げれば伸びる子だ。あれはもう素直に伸ばしてやりたい。
そしてアレナフィルは菓子を食べさせながらあのお喋りを聞いていると楽しそうだ。全く13才、・・・いや14才か。エインレイドが13だからどうしても同じに考えてしまう。
せめてもう少し幼ければ膝の上にでも座らせて可愛がることができたのに。
俺はエインレイドも昔からそうして可愛がっていたのだが、最近は恥ずかしがって甘えてくれなくなった。
「ガルディアス様。移動車の用意ができました」
「ああ。戻りは王宮に直行する。エリーの服が少しきつくなってきているようだ。サイズを測って少し大きめに揃えておいてくれ。ミディタルに行く時はここを使うだろう」
「かしこまりました」
どこにでも馬鹿はいる。ミディタル大公邸はエインレイドにとっても自分の家みたいなものだが、比較的雇用年数の浅い使用人によっては国王と大公の仲の良さを理解していない者もいるかもしれない。
この私邸では古参の者達を揃えていた。俺がエインレイドを可愛がっていることを誰もが理解している。
家出したくなったらここと決まっているぐらいに、エインレイドにとってなじみ深い場所だ。
そこへ開いていた扉をコンコンと形だけノックし、同じく茶色がかった黒い軍服を着たアドルフォンが顔を出した。
「フォリ中尉。サラビエから別に護衛が回されてきました。先行させますか?」
「メラノ少尉。俺はお前に寮に残れと言わなかったか?」
「それが、王妃様がいらっしゃるというので近衛が乗りこんできたんです。仕方なく臨時寮監としてフォリ中尉と私の人数分を譲り、こちらに戻ってまいりました。ドルトリ中尉が踏ん張っておられますからご心配なく」
濃い紫の髪に、赤い瞳をしたアドルフォンが、肩をすくめてそんなことをぼやく。
俺がいればあいつらも口出しはできないが、俺が基地に戻るとなれば勢いづいたのだろう。
仕方がない。近衛にも仕事をさせてやらないとな。
「苦労させるな」
「いいえ。エインレイド様も、楽しそうに寮生活の面白さを語っておられました。お友達と仲良く過ごしている様子を見れば、彼らも安心することでしょう」
アドルフォンのことだ。
微笑まし気にエインレイドの話を聞いている近衛隊に対し、自分から
「私も留守の間、寮監を代わっていただける方がいるのならここを離れられるのですが・・・」
などと言い出したのかもしれない。
近衛といっても年齢層は幅広く、エインレイドを自分の息子や孫のように成長を楽しみにしている者もいるのだ。
勿論、誰もが味方というわけではない。王子として品定めする目つきの者もいる。
それもまたエインレイドが受ける洗礼だ。
(毎日アレンルードとアレナフィルを見てるせいか、エリーも精神的に強くなりつつある。いい傾向だ)
エインレイドは相手に嫌われたかなと思ったらすぐに引く性格だった。そんな彼が初めてぐいぐいと押して友達になったのがアレナフィルである。
双子のアレンルードには避けられているが、そんなアレンルードもエインレイドが一人の時は何か危険なことがないようにと目の端で注意深く周囲を把握している。つまり嫌われてはいない。
それを実感し、エインレイドもあまり気にしなくなった。
同じ男子寮にいれば遅刻しそうになったアレンルードが二階の窓から飛び降りたり、こっそりとハンモックを編んで木の枝に隠しておいては昼寝していたり、それを見つけた寮生に勝手に使われてお互いに使いたい順番を巡って喧嘩したり、結局一緒にハンモックで寝ていたりと、そんな様子を見聞きしているのだ。
あんな元気で乱暴すぎる仲間に引き込まれていたらどうなったことかと、最近ではアレンルードに誘われない日々で良かったと安堵している。
妹のアレナフィルも、「規則というものは、大人の前で守っている様子をみせておけばいいんです」なタイプなので、自分があまりにも礼儀正しく生きすぎているのだろうかと、最近はエインレイドも心に余裕を持ち始めた。
あの双子に触発された結果、いきなりやんちゃをされて取り返しがつかないことになっても困るので、伯爵家の二人には友達として頑張ってもらいたい。
(アレナフィルを連れ回していたおかげで、面白い魚が釣れそうだ。所詮は未成年の王子より、俺の方が誰しも利用価値は高いと判断する)
お前は、俺がお前の為だけに動いていたと思っているだろう、アレナフィル。
だが、お前は自分が人からどう見えるかを理解していない。成績優秀でしかも愛らしい容姿を持つ子爵家令嬢を、王子エインレイドがいち早く学友に選んだという事実を。
その上で休日になると、この俺が着飾ったお前を保護者同伴で連れ回しているのだ。
そうと知った奴らが思うことは一つだろう?
『上等学校でエインレイド様が一目惚れしたガールフレンドを、ガルディアス様が横取りなさったんですって』
『まあ。やっぱり色々と思うこともおありなのでは? だって、・・・ねえ?』
『所詮はまだ子供のエインレイド様ですからな。ガルディアス様には勝てますまい』
『そりゃ世間知らずな小娘ならば、・・・でしょうな』
『エインレイド様もさぞ悔しいことでしょうに』
俺とエインレイドとの不和を望む人間にとってはとてもいい知らせになってくれた。沼の水面下でどんな生き物がどんな動きをしているかなど見通すのは困難だが、あぶり出されて浮かび上がってくる肉食魚達。
俺にはエインレイドを廃嫡する企みすら匂わせてくる者まで接触し始めた。
全くそんなことを考えてはいないと言ってはみても、信じていない目つきだった。
(俺の前ではネトシル侯爵家もかすむ。それでもウェスギニー大佐の部下にはうまくやれと言っておきたいところか)
男達の絆を裂く為に使われるのは、常に女だ。こうしてわざと少人数で姿を見せておけばあちらから接触してくる。
さあ、俺に差し向けられるのはどんな観賞魚だろうか。




