28 娘は蝶としての能力があったらしい
まさかアレンルードとアレナフィルの誕生日会で、ボーデヴェインから、アレナフィルが蝶の種であることを指摘されるとは思わなかった。
アレナフィルはまだ13才、今日で14才だ。印が出るのは18才前後である。
本来、子供達は先に寝かせるべきだっただろう。
けれどもアレナフィルが酔っぱらっていることから、話を聞きだすのは今がいいという思惑があった。そしてうっかりウサギなアレナフィルの言動を思えば、アレンルードの方が頼りになるのも事実だ。
リビングルームでボーデヴェインとアレンルードの親密そうなフォトを撮った後は、使用人達は近づかないよう人払いをする。アレナフィルの機嫌はなかなか直らなかった。
「愛してるよ、フィル。お前をどこかにやるわけないだろう。ヴェインはお前の好みじゃないと分かっていたから遠慮なく連れてきたんだ。父親が娘を手放す時は、娘が本気で惚れた相手ができた時と決まっている。お前の好みを一番分かっている男は私だと思っているが、気のせいだったかな」
「パピー。フィルが恋人って言った」
「ああ。だから我が家においてお前の願いは全て叶える。ほら、ご機嫌を直して。最愛のお前がレミジェスばかりにくっついていると、私も悲しい」
「フィルも悲しかった」
「そうだな。お前を悲しませる気はなかったんだ。すまない。どうすればご機嫌を直してくれる?」
肘掛け椅子に腰かけて、アレナフィルを膝の上に座らせる。そうして私の胸元に頭をもたれさせているその髪を手で梳いていると、少しずつ機嫌は直ってきた。
反対にソファに座っているボーデヴェイン、レミジェスやアレンルードには色々と思うことがあるようだ。
さっきから、
「俺、実はかなりひどいこと言われてませんか」
とか、
「結局は兄上なんですかね」
とか、
「父上はフィルばっか」
とか、ぼそぼそ呟いている。
「ずっとフィルといて」
「そうだな。しばらくは家から通える。その間、家にいる時間は全てお前の為に使うよ。二人で星空を見に出かけてもいいな」
「うん」
髪のリボンを解き、指を差し入れるようにして頭を撫でれば、幸せそうにアレナフィルは眼を閉じた。髪や額、頬にキスすればくすぐったそうに微笑む。
「ところでフィル。お前はもう蝶の印が出てるのか?」
「まだ印は出ないよ。あれは18才ぐらいじゃないと」
「そうか。だけどお前がまるで蝶の種のようだと、ヴェインが驚いてたよ」
「ヴェインお兄さん、弱ってるんだよ。だからフィルの気配に気づいた。だけどフィルが選ぶならパピーかジェス兄様。それなのにパピーもジェス兄様も、竜の保護がかかってる」
ガルディアスとグラスフォリオンばかりか、父の顔色が変わった。
当たり前である。竜と言えばそうそう出ない種だ。
「竜の保護ってどんなものなんだ?」
「分かんない。フィル、竜じゃない」
「そうだね。フィルの為なら竜の保護なんて壊してもいいんだが」
まさか今頃になってこんな話が出てくるとは思わなかったが、ここは知らぬ存ぜぬを貫いた方がいいだろう。レミジェスは、
「私に竜の保護?」
と、首を傾げた。
「そんなこと言っちゃ駄目。竜に愛された証拠」
「じゃあ、ルードは?」
「ルードは竜に愛されてない。だけどルード、きっと強い虎になるの」
「ルードは虎の種になるのかい? どうして分かる?」
自分は蝶だと言いきるアレナフィル。そんな彼女が蝶だと言うのは、かつての自分の話だ。
どうして今の体で虎の種が判別できるというのか。
「なんとなく。だってフィルで力を取り戻したら、ルード、出かけてく。きっとルード、虎」
アレンルードが目をぱちくりさせてアレナフィルを見つめる。
「ルード。フィルで力を取り戻すとはどういう意味だ?」
「え? 知りません、父上。僕、虎の印が出るんですか? 大体、蝶の印って、体に模様が出るだけじゃないんですか? 蝶は綺麗な人が多いって聞いたことはありますけど、フィルは綺麗というより、面白い? それに僕と同じ顔じゃないですか」
「そうだな。フィル、蝶は虎を見分けられるのか?」
「んー・・・。蝶は、・・・自分を守れる人、見る。蝶、人の心、慰める。だから、心不安定な人、蝶を見つける」
「そうか。道理でお前といると心が落ち着くと思ったよ。ありがとう、フィル」
「うん。だけどフィル、パピーを、・・・竜のせいで、捕まえられない」
目を閉じて私にもたれているアレナフィルは本気で眠いようだ。
「いいんだ。お前が私を捕まえなくても、私がお前の所に戻る。それなら同じことだろう?」
「うん」
腕の中で寝息に変わっていくアレナフィルだが、何故こんな大事なことを今まで言わなかったのか。
いや、蝶の種として生きてきた彼女にとっては、自分の力のことなど当たり前だったのか。彼女は蝶の種の印が出てから十年近く生きていた過去があるのだから。
(その体とアレナフィルの体は別物だ。それともいずれアレナフィルの体も蝶の印が出るのか? それとも能力とは魂に紐づけられるものなのか?)
アレナフィルの肩に私の上着をかけてやり、私はガルディアスを見た。
「フォリ中尉。蝶や虎の種の印について何かご存じですか?」
「いや。だが、たしかに蝶の種の印を持った者は、虎の種の印を持った者と結婚していることが多い。捕まえるとあったが、蝶の種の印を持つ者は、相手の強さを見分けて、一番強い者を魅了することができるということか? そんなことが可能ならば、まさに誰にでも取り入ることができるということか?」
「やはりうちの娘をエインレイド様に近づけるわけにはいきませんね。まさかと思いますが・・・」
室内にいた誰もが危ぶんだのは、アレナフィルが王子エインレイドを「捕まえた」のではないかということだ。
すやすやと腕の中で眠るアレナフィルだが、父もまた険しい顔つきになっている。
「フィル、フィル、ちょっと起きてくれ。聞きたいんだが、エインレイド王子を、フィルは捕まえたのか?」
「ん? パ、・・・お父様? 何言ってるの?」
「ああ、酔いが醒めたか」
「んー。朝?」
「いや。ちょっと違うな。フィル、蝶の種の印を持つ者が使える力ってどんなものか知ってるかい?」
「・・・へ? そんなのあるの? 知らない」
目をこすりこすりしているアレナフィルはとぼけているわけではなさそうだ。
だが、それならばさっきまでのことはどうなる?
そう思う一方で、私も理解していた。ならば私とて虎の種の印を持つ力を尋ねられても、
「そんなもの、あるんですか?」
と、答えるだろうと。
わざわざ考えるまでもないのだ。そういうものだと分かっているということは。
「アレナフィル嬢。この部屋の中で強い順番を並べられるか?」
「・・・先生? 強い順? それならトレーニングルームに行けば、握力計や腕力計、スピード計があります」
ガルディアスの質問が不発に終わったところで、ボーデヴェインが私を見つめてきた。
「ボス。俺がアレナフィルお嬢さんを蝶じゃないかと言ったわけですが、以前、蝶を保護したことがあるんです。その女性とお嬢さん、同じ気配に思えました」
「そうか。・・・フィル、ヴェインはお前が蝶の種の印を持つ者じゃないかと、言っているんだ。どこかに印は出ているかい?」
「え? ・・・んー。・・・お父様、私、眠いです」
「ああ、ごめんな。私にもたれてていいから答えてくれ、フィル。お前に蝶の種の印は出ているかい? お前には蝶の種の印を持つ者の魅力があるそうだ」
ふわあぁっと大口を開けて欠伸をするアレナフィルだが、もう礼儀だの何だのは二の次となっている。目を閉じて私の胸元に頬を押しつけた状態で喋り始めた。
「私、まだ印が出る年じゃないです。だけど、蝶の種の印があれば男の人に好かれるわけじゃありません。それ、周りの男の人の理性が足りなかっただけです。だって蝶の種の魅力は、樹の種の努力による魅力に負けるんです。所詮、色仕掛けは行動ありき。蝶でも、他の種の化粧やお洋服、話術やボディタッチの前には敗れます」
「え? そうなのか」
「レミジェス叔父様だって樹だけど、普通に強いでしょ? どんなに基礎が高くても努力しないなら、基礎が低くても努力した人のスコアに負けます。それは何でも一緒です」
当たり前の事実を語る娘が理性的すぎるのだが、ならばさっきまでの大騒ぎは何だったのか。
それまで黙って見ていた義母のマリアンローゼが、アレナフィルに語りかけた。
「ねえ、フィル? だけど蝶の種の印が出る人はとても綺麗で魅力的だわ。あなたも蝶の種の印が出る年になったら、きっと誰からも望まれる女の子になるわね」
「この国、何かと印にこだわるけれど、迷信です、お祖母様。おしゃれしたり、相手を気持ちよくさせる会話のできない蝶より、着飾って話術を磨いた他の種の方がもてもてです」
「まあ。だけど樹以外の印が出るだけで、違うものよ」
さすがに祖母が相手となればアレナフィルも目をこすりながらちゃんと答えようとする。だけど目はとろんと半分以上閉じた状態だ。
「人の心に種の印なんて全く関係ないです。お祖母様だって、たまにはお祖父様とお揃いの小物とかを身につけたり、たまにはお祖父様の為だけに装ってデートしたり、二人きりでお泊まり旅行すればいいのに。そうすればお祖父様、お祖母様に惚れなおすと思います」
「いえ、私じゃなくてね・・・」
「お祖母ちゃま、女は花なの。愛に手抜きしたら一気に枯れるだけ。年を重ねても可愛い女でいたければ、あざといぐらいじゃなきゃ駄目。お祖父ちゃまだって若作りなんだから、ここは子供も手を離れたことだし、ラブラブ生活すればいいと思うの」
娘よ、お前の祖父が複雑そうな顔になっているのだが。
「フィル。子供が何を言うのだ。大体、祖父母に向かってラブラブ生活とは何事だ」
「甘いわ、お祖父ちゃま。愛されている人がいつまでも若々しさを失わないのは常識。付き合い始めた十代くらいのことをしているだけで、女は若返るの。お祖父ちゃまだって、お祖母ちゃまと手を繋いで、たまにはおのろけを垂れ流すべきっ」
「フィル。父上が絶句しているから、そこまでにしておきなさい。レミジェスだって両親のそんな姿を見たくはないだろう」
「大丈夫。人間は慣れる生き物っ」
そう言いながら、アレナフィルの体が力を失って私にもたれかかってくる。
かなり眠いのに力説したのは、それだけ言いたかったからか。
「それよりフィル。それでも蝶と言えば魅力的なことで知られている。お前が価値を低く見積もってるだけじゃないか? 虎の見分けもできるんだろう?」
「見分けって・・・? 技能スコア見るの? それならジェス兄様にしてもらう方がいいと思う」
ガルディアスが、レミジェスに何かを耳打ちする。
やがてレミジェスが持ってきたのは、微細な泡が立っているうっすらと紫がかった飲み物だった。
「フィル。ちょっとこれを飲んでみないかい? とても爽やかで甘いと思うよ」
「わぁ、パチパチ。爽快感、弾けてる」
差し出されたグラスの香りをくんくんと嗅いでから、ぱちっとアレナフィルが目を開ける。
お前は食べ物で目覚めるのか、娘よ。
「菫の花がモチーフなグラスなんだ。フィルにぴったりだろう?」
「・・・あまーい。美味しー。お口の中で弾けるぅ」
「チョコレートも食べるかい? ほら、フィル、お口開けて」
「あーん。・・・美味しぃっ。ジェス兄様、そうやって膝ついてお給仕ってば、どんな女の人もくらくらっ。やっぱり大人の魅力はこれーっ」
「・・・ありがとう、フィル。だが、私はお前の将来がとても心配だよ。ルード、何があろうと外ではフィルにお酒を飲ませてはいけない」
「分かりました、叔父上」
そのグラスを飲み干してしまったアレナフィルは、幸せそうにすぅっと寝てしまった。
「ああ、やっぱり寝てしまいましたね。お酒を飲ませればいいというものではなかったと思いますよ、フォリ中尉」
「うーん。酒が入れば口も軽くなるかと。しかし、ここまで蝶の種を否定されると清々しいですね。貴族というものは人前ではあまりべたべたしないものですが、アレナフィル嬢にとってはそれが寂しかったのでしょうか。ペアルックというのは、たしかに付き合い始めしかしないものですが、アレナフィル嬢もああ言っていることですし、たまにはいいのではありませんか?」
ガルディアスが、後半はマリアンローゼに向けて語り掛ける。
「本当にお恥ずかしい。私どもも孫可愛さにあまり躾けておりませず・・・」
「いやいや。私も親に勧めてみようかと思ったぐらいです。夫婦の愛情が若さを保つコツだと言われてしまえば・・・。問題はその場合、私が二人にお揃いのものを贈るのでしょうか」
「まあ。探せば似たような色合いの小物ぐらい見つかるものですわ」
血の繋がりはないのだが、祖母として母親代わりとなっているマリアンローゼだ。ガルディアスと話し始めた。
すぴすぴと眠るアレナフィルを抱えながら頭や背中を撫でていると、表情がどんどんと柔らかくなる。
(蝶が虎の心を癒すなら、虎は蝶を守るのか。だからこの子は、自分を守る存在と一緒だと穏やかに眠るのかもしれない)
周囲の話し声がうるさかったのか、少ししたらアレナフィルは目を覚ました。だが、目がぼうっとしている。
「あれ? パピー、ここ、どこ? おうちじゃない」
「父上が誕生日パーティをひらいてくれただろう。応接用のリビングルームだよ」
「もうフィルのお誕生日、終わっちゃった?」
「まだお誕生日だよ、フィル。何かしたいことでもあったのかい?」
「んー。フィルが成人するお誕生日にはね、お月さまの下でパピーとダンスするの。フィルね、みんなに頭を撫でられるの、子供の時だけなの。フィルが大人になっても、頭を撫でたりおてて繋いだりしていいのはお祖父ちゃまとパピーとジェス兄様だけなの。だからパピー、フィルが大人になったらダンスしてね」
「ちょっと待ってよ、フィル。どうして祖母様と僕だけ仲間外れなのさ」
「お祖母ちゃまが、手を繋ぐのはお祖父ちゃまだけでいいの。ルード、大人になったら好きな子できる。フィルに依存しちゃ駄目。フィルは強くて自由なルードが好き」
「それなら今からでも踊ってあげるよ、フィル。広間の窓は大きいから、月が綺麗に見えるだろう」
「うん」
考えてみればそうだった。彼女は決して子供ではない。ちゃんと考えた上で行動しているのだ。
たとえ蝶の種が持つ何かがあったとしても、決して無分別に使用はしないだろう。
(ひと眠りして、目が冴えたんだな)
この際、魅了する恐れがあるということで王子エインレイドから引き離した方がいいのか。
そして蝶の種の印が出るという確証を得てしまったなら、ガルディアスとグラスフォリオンはどう出るのか。
アレナフィルを腕に抱いたまま廊下を歩けば、ガルディアスがアレナフィルに問いかけてくる。
「アレナフィル嬢。それでも蝶の種に全く魅力がないと思っているわけじゃないだろう?」
「んー? まあね? 蝶って見る人に、『あ、この子。自分を好きなんだな』って誤解されやすいんだよ。しかも触れてしまうと、相手の気持ちが余計に強くなるの。理性的で勘違いしない人ならいいけど、だから蝶、好きでもない人に触られないように気をつける。フィルは子供だからいいけど」
さすが前世の記憶持ちと言うべきか。
誰よりも子供っぽいくせに女としての警戒心を日々の生活でも忘れていなかったようだ。
「なるほどな。だが、今の時点でもアレナフィル嬢には蝶の魅力が感じられるそうだ。もしかして無意識のうちに誰かを『捕まえてる』んじゃないか? 実際、クラブメンバーはお前さんに夢中だ」
「まさか。子供だよ? それにフィルが魅力的なの、フィルのせいじゃない。フィルが捕まえようとしたの、パピーとジェス兄様だけ。捕まえられなくても、パピー達、フィル、愛してる。だからフィル、安心して好きになれるの」
いつ、私達は捕まえられようとしたのか。
問題は、その保護したという竜だろう。まずいことは分かっているが、もう時効だ。
「捕まえられる奴は好きにならないのか?」
「本当に好きになってくれた人を捕まえて、初めて幸せになれるの。フィルは、蝶だからって迫ってくる人、嫌い。フィルが蝶じゃなくても好きになってくれる人を、フィルも好きになりたい。だからフィル、あまりお友達も触らない。フィル、プライドのない蝶じゃないの」
「それは失礼。だが、よく蝶のことを知ってるもんだ。誰から聞いたんだ?」
現在、我が家に蝶の種の印を持つ者はいない。
「きちんと記録に残しておけばいいんだよ。どんな種の印でも一人じゃない。フィルは日記、読んだ。約束通り、燃やした。だからいつかフィルも日記を書くの。フィルの子供やその子供が蝶になっても困らないように」
「・・・そうか。その中には竜や虎についても書かれてたのか?」
「内緒。フィルの為に書かれた思いはフィルだけのもの。先生は先生の思いを書いて、伝えたい相手に渡せばいいの。先生、手抜きに生きてるからフィルが苦労するんだよ」
さすがにガルディアスも面食らったようだ。
「何故、俺のことでアレナフィル嬢が苦労しているとか言われるのか、理解できんな」
「レイドのこと、フィルに押しつけた。ちゃんと最初に考えて、通学中は違う名前を使わせるとか、変装させるとかしておけば問題なかったんだよ。レイド、可哀想だよ。誰もが王子様って目で見る。レイドは一人の男の子として学びたいのに」
「それが王子という立場だ。他の王族だって同じように過ごしてきている」
「レイドはレイド。他の人と比べちゃ駄目。子供は一人一人を見てあげるの。パピーだってルードとフィル、個性を見て育てている。先生は手抜きで大味って自覚すべき」
背後でボーデヴェインとグラスフォリオンが声を出さず、腹を抱えて笑っている。
父と義母、そして弟の足は止まっていた。息子は肩をすくめている。
「ウェスギニー子爵。令嬢の礼儀について思うことがおありでは?」
「うちの娘は正直で生意気なところが楽しくて可愛いのですよ。だから私も手放せません。美辞麗句しか聞きたくないのであれば、そういう令嬢の所へ行かれては?」
「パピー、フィル、手放せない?」
「当たり前だろう? お前の全てを愛しているよ」
「フィルもパピー大好き」
私の首に両手を回すアレナフィルにとって、向けられる愛情こそが自分を繋ぎとめる錨なのか。
「父上、僕のこと忘れていませんか?」
「忘れたことはないよ、ルード。男の子には理想とする存在を与え、女の子には安心できる環境を与えて育てる。愛情は等しくても対応が変わるのは、性別が違う以上、当たり前のことだ。それともお前もフィルのように育てられたかったか? 家から出る時はバーレンの家だけで、やることは本棚と書類の整理だ。今から取り換えてみるか?」
「いえ、父上の愛情に文句なんて全くありません」
「当たり前だ」
広間に着いた私は、バルコニーの足元だけに明かりを灯した。広間は明るくしても、月が見えるバルコニーならばそこまでの明るさは要らない。
レミジェスが流した音楽がバルコニーまでも響いてきた。
「お前が大人になったなら、お前が望むドレスを作らせるよ。その時は満月の日に踊ろう、フィル」
「うん」
アレナフィルを下ろして、その手を取れば、まだまだ小さい。それでももう四才のような幼さではない。
あれから十年。桃色のドレスの裾を翻して、アレナフィルはこんなにも軽やかに踊ることさえできるようになった。
(私の小さなアレナフィルなら、どんな風に育っていたのだろう。あの子ならば王子の友達になっていたとはとても思えないな)
子供ならではの薄い背中と腰。それでもぷくぷくしていた幼児の頃とは違う。
「本当に大きくなったね、フィル」
「もっとフィル、身長欲しい」
「まだ伸びるさ」
恋人同士のように寄り添って踊れば、広間からの視線がとても冷ややかだ。
酔った子供の戯言と切り捨てられない来客達。
そして父と弟は、蝶の種ということで、私の実母アストリッドのことを思い返していることだろう。
(親子でなければ私もお前から聞き出せていただろう。だが、親子でなければ、私が受け入れることもなかった)
私のアレナフィル。お前が蝶の種の印を宿すならそれでいい。お前はお前の人生を歩めば。
所詮、他の種の印を持つ者同士が、本質的に理解することなどあり得ないのだ。それこそ虎の種の本質をお前が理解できないように。
― ◇ – ★ – ◇ ―
どうもアレナフィルは、酔うと自分に対して正直になるらしい。
せっかくだから踊ろうと声を掛けられても、レミジェス以外を拒絶した。
「男の人って、蝶に惚れやすいんだもん。フィル、そーゆー思いこみって嫌い。だからフィル、パピーとジェス兄様だけでいいの」
「あんなぁ、アレナフィルお嬢さん。言っとくが、お嬢さんは俺の好みじゃねえから安心しろよ。だけどなあ、蝶の種なんてそうそうお目にかからねえ珍種なんだから一度ぐらい踊ってくれてもいいだろ。おら、手ぇ出しな」
「フィル、そう言いながら心変わりする人、飽き飽き」
「言ってくれるじゃないか。じゃあ、頭撫でさせてもらうぐらいはいいんだろ? 子供なんだし」
「え? 嫌。だってフィル、頭撫でてもらう時、代わりにその人に、ちょっと優しい気持ちあげてるもん。だけどヴェインお兄さん、フィルのこと好きじゃない。フィル、自分のこと好きじゃない人にサービスする気ないの」
「・・・ボス。心配しなくてもこんなクソ生意気な小娘、蝶だとしても、もてねえっすよ」
「パピー。この人、フィルを目障りって思ってるくせに、表面上はまるでフィルに迎合したようなこと言ってる。信用しちゃ駄目」
「二人共、お互いに対する気は合ってるようだが」
ここまでアレナフィルが他の人間を拒絶するとは私も驚くしかなかった。意地になったボーデヴェインが捕まえようとするのを、レミジェスやアレンルードを盾にして、アレナフィルは逃げまくりだ。
それでも所詮は虎の身体能力の前には無力同然だった。
「ははっ、捕まえたっ」
「馬鹿―っ。パピー、弱い虎がフィル捕まえるぅっ」
「弱いって、ヴェインは弱くないぞ。全く何かあった時にはお前の護衛にも使えるかと思いきや、どうしてお前達は仲良くできないんだ」
そう言いながらボーデヴェインに抱え込まれてバタバタ暴れているアレナフィルを回収しようとすれば、ボーデヴェインの顔色が変わる。
「うわ、マジか。ボス、なんかお嬢さん、たしかにほっぺた触っただけで、心がほわっときたんですけど」
「気のせいじゃないのか? 男なら子供でも女の顔に触ればそれなりに悪くない気分になるだろう」
「いや、違いますって。俺、お嬢さんみてえな生意気なガキ、嫌いっすから。なのに、うわ、確かにこれはやばい。ずっと撫でていたくなるんすけど。クソ生意気でも許せるって思っちまう。こいつはやべえ」
「ほらぁっ。フィルに惚れないでよっ」
「安心してくれ、お嬢さん。その性格に惚れる程、俺は酔狂じゃねえ。けど、どうしよう。大暴れしようが喚かれようが、このほのぼの感で許せちまう。うわ、やべえ。これが男が狂うっつー蝶の種。あー、やっぱフォリ中尉は触らねえ方がいいっすよ」
ボーデヴェインに拘束されている娘を、私は助け出した。
「どうでもいいからフィルから離れろ。嫌がってるじゃないか」
「パピーの馬鹿ぁっ、すぐ助けてくれなかったぁっ」
よしよしと抱きしめれば、恨みがまし気にがぷっと首の付け根をシャツの上から噛まれる。
「ごめんな、フィル。だからって私の首を食べるのはやめなさい」
父と義母は、既に広間の隅にある椅子に腰を下ろして頭を抱えていた。
「なんてことかしら。フィルがあんなにも酒癖が悪いだなんて」
「たかがあの程度であれか。もういっそ、酒は一滴も飲まさぬようにせねば」
そこでグラスフォリオンが進み出る。
「アレナフィルちゃん。それなら俺とのダンスはどうかな? 俺はアレナフィルちゃんのこと、いい子だなって思ってるし、最初から好きだから問題ないだろう? たしかに蝶の種は人の心を穏やかにさせるんだろうが、それでも心を強く持っていればいいだけだ。俺も何かの際に蝶の人を案内することもあるかもしれない。その時に失礼にならないよう心掛けたいんだ。協力してくれないか?」
「そうなの。リオンお兄さん、いい人。フィルを値踏みしない」
私の首の付け根に歯型を残した娘は、グラスフォリオンと踊り始めた。
「あ、本当だ。アレナフィルちゃんと踊っていると、なんだか幸せな気分になる。ずっとアレナフィルちゃんを見ていたくなるね。・・・だけどこんな感情を不特定多数の男から持たれたんじゃ、アレナフィルちゃんも怖かっただろう」
「そーなの。フィルにとって安全なのは、ちゃんと愛している人がいる人なの。油断できないのは樹の印で、好きな人がいない人なの」
「そうなのかい? どうして?」
「魚は自分の欲望に忠実だから、蝶の和ませる気持ちはあまり必要じゃないの。竜はどの種も愛せる人だから蝶の種に固執しないんだけど」
「なるほどなぁ。で、どうして樹が油断できないのかな? 俺が助けられることはあるかい?」
「樹はね、色々なタイプがいすぎなの。いい人もいるけどそうじゃない人もいるの。そして、蝶も自分のことを好きな筈だって思いこんで迫ってくるから困る。理性的だったり、克己心の強い人だったりするなら問題ないけど、そうじゃない時は変態か性犯罪者か痴漢に変化しちゃう。も、フィル、変態はうんざり」
「そっか。苦労したんだね。じゃあ虎は?」
「虎は他の虎と蝶を奪い合って喧嘩してくれるから、強いパピーといれば安全」
「・・・そっか。だけどね、アレナフィルちゃん。今はまだ問題なくてもいずれ大人になって印が出てきたら色々と起こるだろう。その時には、いや、それまででも何かあったら俺を頼ってくれないか? お父さんや叔父さんだって、学校じゃすぐには駆けつけられない。だけど俺は近くにいるだろう? 迷惑とか考えなくていい。子供を守るのは大人の義務だからね」
「うんっ」
紳士な物腰が要求される王宮勤務だけに、グラスフォリオンの外面はいい。休日は場末の酒場でならず者にしか見えん素行をやらかしている奴だが、それはもう虎の種の印を持つ者はどうしても破壊衝動が強いので、まだそういう所の喧嘩ですませているならよしといったところか。
大人と子供という安全枠から入って警戒心を持たせないのは立派だが、娘よ、お前を本気で手に入れようとしているのはそいつだ。
踊り終わった時、グラスフォリオンの茶色い瞳が少し細められる。
「たしかに手を離すのが辛くなりそうだ。だからみんな、アレナフィルちゃんの頭を撫でるのかな」
「リオンお兄さん、フィルと離れたくない?」
「そうだね」
「そう思うのは、今、心が癒される何かがいないからだと思う。疲れてるんだよ。だけど恋とは違うの。分かってる人は、ちゃんと強く自分を取り戻して歩き出すんだよ」
「そっか。そうだな、俺も強くならないと」
「うん。だからルードとぎゅーってしたげる。ぎゅーってのはね、蝶じゃなくても元気になるんだよ。ルード、来て」
「え? 僕も?」
「はは、ありがとね」
そう言いながらグラスフォリオンは、アレナフィルに手を引っ張られて巻き込まれたアレンルードと三人でぎゅーっとしている。アレンルードが黒いミニスカート姿なままだから、両手に花だ。
「大丈夫。リオンお兄さん、強い人。ちゃんと自分を取り戻して歩き出せる」
「ああ、ありがとう。アレンルード君もいい子だ」
「フィルを抱っこするとよく眠れるんですよ」
双子はよく大人達と、ぎゅーっとしているものだから、特に抵抗がないのだ。
グラスフォリオンがアレンルードとアレナフィルの頭にキスをしたが、娘よ、そいつ、自分を取り戻して歩き出せるどころか、お前に対して独占欲を持ち始めてないか?
無分別な行動に出られないガルディアスは観察するような視線を向けていたが、にこやかにアレナフィルへ手を差し出す。
「アレナフィル嬢。次は私と踊ってくれないか?」
「えー。だけど先生、本当は偉い人なんでしょお? フィル、誘惑したとか、泥棒猫とか言われるの、嫌なんだけど」
「ダンスごときでそんなアホを誰が言うんだ。それに俺は、ちゃんと蝶の種の印が出ている令嬢と踊ったこともある。だがな、正直、種の違いというのは自己申告されんと分からん」
「それは本質的に先生が強いから感覚が鈍いんだよ」
ガルディアスと踊り始めたアレナフィルだったが、私の所へアレンルードとやってきたグラスフォリオンは、かなりダメージを受けている様子だった。
「ウェスギニー大佐。たしかにあの子に印が出たら、まずいかもしれません。私も蝶の種の印を持っている貴婦人を知らないわけじゃありませんが、こんな感覚を覚えたことはありませんでした。
あんな人懐っこいお嬢さん、一気に争い始めるのが見えている。頭を撫でる程度や、服一枚でも何かを挟んでいれば問題ないですが、長く手を繋いだり、頬ずりしたりしたら、手放せなくなります。かえって女性に触れないように心がけているエインレイド様と一緒でよかったのかもしれません」
「その前にリオンさん。どうして僕を抱きしめてるんでしょう。僕、フィルじゃありません」
「そうなんだが、ここはもう心の癒しということで」
私の横にいるボーデヴェインも頷く。
「それは言えますね。なんで印も出てねえ子供の内から、あんだけなんだか。本当は早熟で印が出てるんじゃねえかって思います、ボス」
「どうだろうな。蝶と言ったところで、要は見ていたら心が和むとか、頭を撫でたら可愛いと思える程度だろう? それでおかしくなる奴がいたら、そいつの理性と自制心が欠如しているだけの話だ。実際、お前らだって一緒に踊ったからといって、フィルに惚れたわけじゃない。心を癒すとかいう特性をどんなものかと試していただけだ。理性だってぶっ飛んじゃいないだろう」
「そりゃそうっすけどね。てかネトシル少尉はいいっすよね。ぎゅーっとかしてもらえて」
「オーバリ中尉が嫌われるようなことをしたからだろう。あんな可愛いアレナフィル嬢を値踏みなんかするからだ」
「俺はぁ、子供にゃ興味ないんですぅー」
ちらりと父と義母を見れば、色々と考えて悩んでいるようだ。そしてレミジェスの私に対する「後でお話があります」的な赤い瞳の圧力が凄い。
一方で、ガルディアスは踊りながら情報を聞き出しにかかっていた。
「俺が強くて鈍いってのはどういうことだ?」
「虎として先生、強い方でしょ。だからそこまで癒される必要がないの。だから相手の種の印にこだわる必要ないんだよ」
「なるほど。だが、俺よりもネトシル少尉の方が強いと言っただろう。俺には鎖があると」
「うん。虎は心のままに駆けていくの。だけど先生もリオンお兄さんもヴェインお兄さんも、先に相手と自分の事情を把握してからじゃないと自分の行動を決められない。もう、それ、虎じゃない。飼い馴らされてる。特に先生、鎖が多すぎ。もう虎じゃなくていいよ。その生き方、樹だから」
「言ってくれる」
ガルディアスが、アレナフィルを大きくターンさせた。
娘よ、父と義母が気絶したいといった顔になっているのだが。
「ウェスギニー大佐はその鎖がないとでも?」
「パピー、虎の本質を使いこなしてるもん」
「虎の本質とは何だ?」
「フィル、虎じゃないから知らない。それに本能が知るものを、言葉にするなんて無理。それなら先生だって虎だから使いこなせているものがあるでしょ。だけどそれを口で言える? 他人に説明できる? できないでしょ。だってそれ、他の種の印を持つ人だって大なり小なり持ってる。ただちょっと特化しているだけ」
「そうだな。たしかに虎じゃなくても強い奴は十分にいる。そして蝶じゃなくても魅力的な貴婦人もまた多い」
「そう。蝶は誘惑する種って言われるけど、信じてる人がおめでたいの。そんなの、他の樹でも魚でも化粧して露出的な服装すれば十分だし、お薬使えば一発。誘惑なんて情報を集めてその人にとっての運命的な出会いを演出したり、好みのタイプを装ったりする方がよほど確実な結果が出せるもん」
「なるほどな。だから誘惑する気のないアレナフィル嬢は学校でスカートを穿かないのか」
「スカートじゃ飛び蹴りできないからねっ」
「・・・そうか」
それはいいんだが、何を二曲続けて踊っているのだ。
さすがのアレナフィルも酔いが回りすぎて足がもつれるかと思ったが、ガルディアスがうまく支えている。
「参考までに教えてくれないか。蝶はどうやって捕まえる?」
「どうやるも何も、先生は手の動かし方とか首の振り方を説明できるの?」
「じゃあ、捕まえられた奴はどうなるんだ?」
「なるべく一緒にいてくれるようになる」
「他には?」
「それだけだよ? だって愛し合う二人にそれ以外の何が必要なの?」
「そんなの、別に熱愛中の恋人同士と変わらんだろう」
「そうだよ? だけどパピーはお仕事が終わっておうちに帰ってきても出かける。ジェス兄様もルードばかり。フィル、竜の保護がなければ、パピーともっと一緒に過ごせたのに」
「それならこっちの子爵邸で過ごせばいいだろう。いつだってレミジェス殿がいる」
「それは駄目。フィルは自分の時間も大事にする。だからあの家から出られない」
色々と秘密のお楽しみがあるアレナフィルは、大人の目を気にしないで好きに過ごせる自宅がお気に入りだ。
所詮、私やレミジェスがいない寂しさも、自分のお楽しみの前にはどうでもいいことなのだろう。
「それなら、学校で友達を捕まえたらどうだ? あれだけ一緒に仲良くやってるんだ。そうすれば寂しくないだろう?」
「生憎とフィル、青いお子様は対象外。男は社会に出てからが勝負。何よりパピーよりもいい男はいない」
「どこまで父親が好きなんだ。エリー王子だって将来性は高いだろう」
「大事なのは世間的な身分じゃない。自分を幸せにしてくれるかどうか。フィル、そこは妥協しない子」
「なんという使えそうで全く使えない力だ」
「ほっといて。フィルはフィルの人生を歩むの」
踊り終えて戻ってきたアレナフィルは、私にぽすんと抱きついた。
「ごめんな、フィル。寂しい思いをさせていた」
「いいの。フィルが捕まえなくても、パピーもジェス兄様もフィルを大事にしてくれる。それってもっと素敵なことなの。だってフィルが樹や魚でも愛してくれたってことだから」
「ああ。種の印など関係ない。愛しているよ。・・・だけどフィル。あんなことを言ってたら、誰だってお前がエインレイド様を捕まえているんじゃないかと思うだろう?」
「あるわけないよ、パピー。だって印も出てない子供だよ。それができるなら、成人した蝶、子供をいくらでも洗脳できるよ。そんな事件、一度として起こったことある?」
「無いな」
「でしょ。ルードに効果があったのは、ルードが求めてたのがフィルだからだよ。何よりルード、一晩中抱っこしてたんだよ。ルードでさえ子供だから落ち着くのに一晩かかるのに、学校で顔を合わせるだけの家族でもない人なんて無理。成人した蝶に聞いてみればいいんだよ」
不本意すぎる質問なのか、アレナフィルがシャツの上から私の肩や腕をがぷがぷと噛んでくる。
固くて顎が疲れるのならやめればいいと思うのだが。
「だけど今の時点で蝶の魅力を放っているというお前に、皆が惹きつけられることはあるんじゃないか?」
「パピー、男なんて単純。男子生徒を魅了したいんなら、胸が大きくてパツンパツンな服着て、男子生徒と二人きりになってくれる女教師を用意すればいい。イチコロだよ」
「・・・確かに」
私がボーデヴェインに目をやれば、
「ひでえっ、ボスッ。今何を考えたか、俺には分かりましたよっ」
と、小さく叫ぶ。
「そうだよ。女子生徒を使わなきゃいけないなら、スカートの裾を短くして、何かと男の子の腕を両手でつかんで胸を当ててくる女の子を用意すれば簡単に引っかかるよ。それが現実。プライドの高い蝶よりも、手軽に触れ合えて笑顔をよく見せる女の子の方がモテるもんなの。ガードの緩さイコール男子生徒の人気。それはどこでも一緒」
「その通りだが、今はお前の魅力について話していたんだがな、フィル。私はお前の賢さがとても心配だよ」
私ばかりか、ガルディアスとグラスフォリオンの眼差しがアレンルードに向けられた。
25名の気品あふれる令嬢達に大差をつけ、男子生徒達の票をさらってみせたミニスカート男子に。
そんなことと知る由もないアレナフィルは私の腕にしがみついたまま、偉そうにうんうんと頷いている。
「ここ、種の印信仰がひどすぎて本質を見失ってる。虎が強いって言ったところで、魚が念入りに武器を駆使した罠を仕掛けたら敵わないでしょ。蝶に触れて落ち着くのだったって子犬や子猫、お酒や精神安定剤でいいじゃない。その方が管理も楽だし、一定の効果も自分で把握できる。無理に蝶の種にこだわる方がアタマ悪いの」
「そうだな。我が家のお姫様の言う通りだ」
私はアレナフィルを抱き上げた。
いつもなら甘えてすりすりしてくる筈の娘は、何やら不満があるのか、私の肩や首をがぷがぷと噛んでくる。
「ルード、おいで。そろそろお前達は寝る時間だ」
「え。だけど父上。僕達、叔父上と約束してるんですけど」
「それならレミジェスの寝室で待ってなさい。あと、これからフィルに酒を飲まないようお前も気を付けておくんだ」
「飲ませたのは父上と叔父上です。僕は父上が止めなかったのも、叔父上が飲ませたのも見ていました」
「・・・・・・」
「フィルだって怒りますよ、父上。聞きたいことがあるなら普通に礼儀正しく尋ねるべきです。フィルを酔わせて聞き出そうとするから、怒ってるんじゃないですか。・・・ほら、フィル。行こう。父上も寮監先生もひどすぎるよ」
「うん。大人のくせにせせこましいのってサイテー」
私の腕からするりと降りると、アレナフィルはアレンルードと手を繋いで行ってしまった。
子供はいつまでも騙されやすい子供ではいてくれないようだ。




