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20 考えてから動けと言いたい


 国立サルートス上等学校。

 現場に任せて次から次へと嫌がらせ仕事でも連続投下してやろうと考えていたが、彼等もまた変に引き延ばして自分達のダメージを大きくするような真似はしなかった。

 そうなると仕方がない。事情が変わった。ならば臨時の映像記録装置ならばいざ知らず、大掛かりな工事が必要だ。

 あの男子寮で撮影されていたそれらは簡易的な物を取り付けておいただけだが、娘が訪れることがあり得る以上はきちんとしたものを取り付け、偽装も完璧にしておくべしとなった。


「ウェスギニー大佐。確認終了いたしました。尚、女子寮1名体調不良、校舎1名私的研究で合計2名発見。体調不良者は習得専門学校医務室、研究泊まり込み教師は習得専門学校内図書室へと移動させております」

「問題ないか?」

「はい。二人共喜んでおりました」


 週末は男子寮、女子寮それぞれ全員参加で合宿に出かけてもらい、教師や生徒を全て排除した上でそれはなされた。

 エインレイドよりは劣るが、ガルディアスもまた大切な存在だ。私は彼の為にも警備を万全にしなくてはならなかった。

 

「ウェスギニー大佐。本当にフォリ中尉の部屋、こんな工事していいんでしょうか」


 男子寮における寮監エリアはかなりしっかりしたものだ。警備棟の兵士達が泊まりこむ為の部屋もある。警備棟内にも宿泊設備はあるが、あれは宿直用だ。

 特に現在は籠城する事態を考慮し、全員に部屋が用意されている。いざとなればエインレイドを保護する為の部屋もある。

 そして私が命じたのは、ガルディアスの部屋の壁を一度壊し、隣の部屋から引き戸として開閉できる為の工事である。普段は隣の部屋側から鍵を掛けておくから問題はない。そしてその隣室は閉鎖し、鍵を掛けておくから全く問題はない。


「構わん。何かあってはとんでもないことだ。すぐに誰もが突入できるようにしておけ。我が国の敵がフォリ中尉を人質に取ったり、暗殺用の武器を隠し持った美女にここまで乗り込まれたりしては一大事。フォリ中尉の安全の為にもこの工事は必要だ」

「・・・さすがにまだ子供のお嬢様に何もしないと思いますけど」

「どちらかというと、保護なさるおつもりもあるのではないでしょうか」


 士官達は全員、アレナフィルに二人が血迷った求婚をしたことを知っている。国王命令により、アレナフィルに対しては誰もが保護することも業務の一つとされた。


「いいからやれ」


 お前らの予測に何の保証があるのか。じろりと睨めば理解したようだ。


「はっ」

「はいっ」


 グラスフォリオンの部屋も工事しておくべきか迷ったが、生意気な言動を気に入ったガルディアスと違い、彼は何かを大きく誤解している。エイルマーサと同じ赤ちゃんフィルターが掛けられ、守ってあげなくては幻想世界が構築されているならアレナフィルに手は出さないだろう。


「ウェスギニー大佐。女子寮もですか?」

「女子寮は私の管轄ではない。放置しておけ。必要ならば女子寮の寮監が勝手に動くだろう」

「はい」


 同じ敷地内でも女子寮は更に頑丈な塀と門で区切られ、独立している。男女間の問題を起こさない為だ。

 女子寮の寮監達は軍の女兵士が出向しているので警備棟と連携して動くが、今回、王子エインレイドが入学したことにより、かなり校内と男子寮の警備が強化され、女子寮は「何かあれば連絡してくれ」程度の扱いとなった。

 エインレイドは王子であって王女ではない。その為、私も女子寮は関係ないものとしている。

 王宮における臨時部署の責任者となった私だが、王子は一人暮らしをする予定だったので、本来は警備棟とだけ繋がっている筈だった。男子寮や女子寮の寮監メンバーである兵士達とは無関係というものである。

 しかし王子エインレイドが入寮するとか、やっぱりやめるとかごちゃごちゃした挙句、結果として男子寮の寮監メンバーに士官が回され、警備棟との士官や兵士を含めて私の指揮下に入ったのだ。

 そうなると女子寮は無関係な存在になる。それでも工事内容を見られないよう、上等学校敷地内からは排除した。

 兵士達に工事の立ち合いをさせて警備棟に戻ってくれば、

「お疲れさまでした、大佐」

と、コーヒーが出される。


「エドベル中尉は?」

「城から様子を見に来た方がおられましたが、問い合わせで本日非番と判明し、お断りに出られました。私共ではお断りできる方ではありませんでした」

「どこにでも耳の大きい者はいるものだ。工事が終わるまで士官・兵士関係なく順番に休憩を入れるように。そしてエドベル中尉に私の名前を出して構わないと伝えてくれ。必要なら私が出よう」

「はい。では行ってまいります」


 どうせ休日の作業だ。室内にいた全員を着席させて休憩を取らせれば、うちの息子がグラウンドで何をして遊んでいたとか、ロープを買っていたとか、このフォームが苦手らしく泥だらけになっているとか、そんな話をされた。

 士官と兵士の間にはかなりの差と距離があるものだが、校内警備に関しては入り乱れて関係なく動くこととなっている。範囲が狭く、初動に遅れを出さない為だ。

 休日出勤とはいえ、この工事によってかなり今後が楽になると分かっているせいか、皆にも寛いだ空気がある。


「ロープ?」

「はい。まとめ買いの方が安いからと買ってきたようですが、どうやらグラウンドに行く途中、出入り口まで行くのが面倒だったみたいです。ロープを柵の上に取り付けて垂らし、それで出入りしています」

「・・・遠慮なく叱っておいてくれ」

「一応、ロープを近くの大木に沿って吊るし、ばれない偽装工作はしていますよ。それに大木の枝ぶりが気に入ったらしく、今はハンモックの編み方の本を図書室から借りてきて見上げてます」

「・・・ハンモックなど見つけられたら撤去されるものだ。現実を実地で教えてやってくれ」


 エインレイド王子の動向についての話になる筈が、やんちゃな息子の報告ばかりだ。

 今は息子ではなく娘の方が重要だった筈だが、警備員として配置されている士官や兵士達にとってはアレンルードの方が目に入るらしい。アレンルードは毎日がクラブ体験で大はしゃぎだとか。


「不要な情報かもしれませんが、女子の寮監メンバーが急遽変更されたそうです。聞いた話では士官が回されたとか。フォリ中尉のことはまだ知られていないようですが、男子寮と女子寮の交流がないのか、女子寮に使用人を連れての入寮はできないのかと、かなりその内の一人から問い合わせが入っています。寮監としてやってきた士官も一枚岩ではないようです」

「男子寮への立ち入りは遠慮なく叩き返せ。相手が上官なら私の名を出していい。追っての許可は出す。情報は取れるようならば取れ。だが、無理してまでのことはない」


 私の悪名が(とどろ)いているのはこれもある。

 私の体も一つなのだ。面倒なので部下に対し、私の権限でやらかしてこいと、よく派遣する。その代わり、私の名前を使って勝手なことをするならば遠慮なく一発で辺境に飛ばす。

 そのやり方を私の部下だった者は皆知っていた。

 実力があって権限があまりない立場の者からは好まれやすいやり方だ。士気も上がる。そして自分より下だと思ってた奴に下剋上された気分の相手は、私の悪口を言いまくるわけだ。

 王城の夕食会でアレナフィルの映像を見た後、警備棟に配属されていた士官達も、今回私の為に設置された部署の士官達からそのやり方を聞いたらしい。既に理解している顔だった。


「はい。お嬢様のことが知られていなければいいのですが」

「あの、ウェスギニー大佐。私が申し上げることではないかもしれませんが、断れない筋から招待され、そして何らかの要求をされるかもしれません。どうかお嬢様のお友達にも気をつけられた方がいいかと」


 ガルディアスにあわせて集められた士官達は皆若い。そしてその若さで士官ということは、貴族出身者がほとんどであることを表している。だから貴族のやり方はよく知っていた。

 いきなり疎遠だった知り合いから招待され、向かった先で何か要求や約束を迫られたりすることもあるだろうと、不安そうな顔で忠告される。


「子爵邸に住んでいるわけではないから、訪問も招待も不可能だ。何より娘に友達は一人もいない。そして今、エインレイド様と一緒にいる娘に学校で誰が話しかけられるかというところだな」

「あの、ウェスギニー大佐。それはちょっと・・・。お嬢様にもお友達ぐらいは作って差し上げた方がいいと思います」

「泣いて嫌がられたんだ。何かの際に貴族の子供達が集まるパーティがあって、弟がそれに二人を連れていったら、息子の方は普通に遊んでいたんだが、娘の方がな。あんな小さなモンスター達の所に自分を置き去りにしないでくれと、バルコニーをよじ登って二階に逃げて弟を捜し出し、ひしっとくっついて離れなかったそうだ」


 それはと、誰もが気まずげな顔になった。


「バルコニーをよじ登って二階?」

「よく分からんが子供同士でドレスがどうの、可愛いなんとか飾りがどうのと、何かいざこざがあったらしい。アレナフィルはこっそり庭に出て、中庭に一人になれる場所はないと知ると柱をよじ登って二階に移動し、そこで使用人を見つけて弟の所へたどり着いた。そして涙ながらに、二度と自分を子供集団の所に置き去りにしないでくれと約束させたそうだ」

「貴族の小さな女の子達って我が儘ですからね。よほど怖かったんでしょうか」

「その前に二階へ柱をよじ登ったという事実の方が問題では」

「怪我がなくて幸いでした」


 どうせこの学校にガルディアスが常駐するなら私への報告は後回しだ。彼が指揮を執るだろう。

 それならば皆にアレナフィルへの好感を植えつけておいた方がいい。だからアレナフィルの話をしていたところ、コンコンとノックがされて、一人の兵士が入ってくる。


「ウェスギニー家のレミジェス様をご案内いたしました」

「ありがとう。・・・よく来たな、レミジェス」

「いいえ、兄上。何かあったんですか? あちこちで工事が入っているようですが」

「ああ。まあ、座れ」

「はい」

 

 ちょうど空いていた椅子に座ったレミジェスだが、さっと見渡して何人かは知った顔だったようだ。軽く目礼し合っている。


「工事の間、皆さんでコーヒーブレイクでしたか。終わるまですることもないですよね。休日なのにお疲れ様です」

「レミジェス。お前も貴族だから分かるだろう。こちらも頭が痛いことが起きてな」

「ああ、対策会議でしたか」


 警備棟と男子寮のメンバーを確認した以上、私は無駄を省く必要があった。


「そうだ。エインレイド様が今までのお友達から上等学校入学を機に、永遠の友情を約束させられそうになったり、好きですとか言われたり、未来の側近の約束をさせられたりしそうになるのに恐怖を覚えていたところへ、王子を王子と知らない女子生徒と出会い、友達になりたいと思ってしまわれてな」

「それはそれは。ですが殿下を殿下と知らない女子生徒も、知ってしまえば態度が変わることはあるでしょう。それとも知らなかったフリで近づいたとか? 子供でも子供だからと言っていられないところが大変ですね」


 出されたコーヒーカップを受け取り、レミジェスは如才なく相槌を打つ。

 いつものように帰宅時間が取れない私に何か言いつけられるのだろうと考えたのか、周囲の様子を見ながら出しゃばらない程度に場を和ませようとしていた。


「そうだな。で、その女子生徒は王子と知ってしまった以上、距離を置きたがっている」

「ああ、平民の女の子でしたか。だけど経済軍事部に入ったなら優秀なんでしょうね。そんな子を、貴族の妬みで潰されるのは可哀想なことですが・・・。エインレイド様もまだ13才。そういったことはさすがにお分かりにならないでしょうし、皆さんも悩ましいことでおいででしょう」

「ああ。女子生徒の親も、せめて王子の友達でいるのは、王子に高位貴族のお友達ができるまでのつなぎということでどうにか納得したが、問題はその女子生徒だ。その女子生徒の親に、エインレイド様の護衛の士官が求婚の許しを得たいと申し込んだ」

「え?」


 テーブルを囲んでいる士官達は、さりげなくカップで表情を隠している。


「その女子生徒、平民じゃなくて貴族ですか? エインレイド様の護衛なら、貴族の士官ですよね?」

「一応な。するとガルディアス様まで、早い者勝ちなら自分も婚約を申し込むとやらかした。まだ13才の女子生徒に」

「は? ちょっと待ってください。まだ印も出ていない13才の女子生徒に? その子、どんな美少女ですか。だけど印が出ていなくてもガルディアス様が望まれるということは、せめて侯爵家ぐらいのご令嬢でしょう? 問題ということは、伯爵家ですか? 分家筋とか? ですが同学年でエインレイド様の顔を知らなかったって、そりゃおかしいですよ」


 まだ13才のエインレイドはともかく、ガルディアスは決して考え無しな性格ではない。それは皆が知っていた。レミジェスもだ。

 どうしても印でその価値は上下する。レミジェスはそれをよく知っていた。


「すると、僕のお友達を取り上げる為に婚約させるなんてひどいと、エインレイド様が言い出した。それなら僕が婚約すればお友達でいていいよねと、こっちは求婚気分はないが、下りる気もない。

 さすがに呆れた国王陛下が、その子には種の印が出る上等学校卒業あたりまで不可侵であるべしと命令を下した。ゆえに今、エインレイド様を含めた全ての男から手を出されぬよう、こんな工事がなされている」

「なんとまあ、大変な騒ぎですねぇ。どんな絶世の美少女ですか」


 休日出勤の理由はそれかと、レミジェスが納得する。不純異性交遊を阻止する為の工事にここまでするとは余程の美少女に違いないと思ったようだ。


「可愛い系の珍種だ。本人は縁談など全く知らない。王子様に近づいたらみんなからロッカーにゴミを入れられて、水をぶっかけられて、服を切り裂かれてしまうと怯えていた」

「いやぁ、ガルディアス様が目をつけた令嬢にそんなことする命知らずはいませんよ。面白い考え方をする子ですね。そういう意味ではたしかに珍種だ」


 ガルディアスが虎の種の印を持っていることは皆が知っている。彼を怒らせるなど命知らずもいいところだ。

 くすくすと笑ったレミジェスは、そこでハッと気づいたらしい。


「兄上。貴族で王子を王子と知らない、可愛い系の珍種・・・。いや、違いますよねっ? フィルは一般でしたよねっ?」


 その反応にテーブルにいた誰もが、まさにウェスギニー子爵家は王族に対する情報をアレナフィルにわざと教えていなかったのだと強く実感したらしい。

 立ち上がって私の服を掴んで揺さぶるレミジェスの取り乱しようは凄かった。


「レミジェス。これからどこの貴族からであろうと、二人への全ての招待を遮断してほしい。理由は私が許さない、でいい。

 詳しい話はこちらの警備担当士官達から聞いておいてくれ。

 あと、フィルはガルディアス様の身分を知らず、ただの兵士だと思っている。しかもガルディアス様からはそのご身分、更に王族や高位の貴族達についての情報は、二人には一切教えないでくれとのご要望だ」

「何なんですかっ、それはっ。恥をかくのはあの子達ですよっ」


 そうなればレミジェスもどこまで手を打たねばならないのかと考え始める。


「こっちが聞きたい。私達は男兄弟だったし、貴族令嬢の社交には不案内だ。彼等(かれら)は姉妹もいるだろう。よく話を聞いておいてくれ。女子寮の寮監にもエインレイド様狙いの貴族が入りこんだそうだ。そういうやり方も皆の方がよく知っているだろう」

「あ、はい」


 対応を自分に一任されるとなればレミジェスも落ち着いた。恐らく私に任せていたらとんでもないことになりかねないと思う気持ちが強かったのだろう。

 見知った顔と何やら頷き合っている。

 ウェスギニー子爵となっても、私は貴族の社交を常に弟へ一任していた。

 だから貴族として接触してくるなら父か弟なのだ。


(ここまで本格的な工事をされればあいつらも頭を冷やすだろ。印も出ていない子供に求婚しようとしたなんて、家族が聞いたら呆れるどころじゃない)


 全く13才の子供に何をおかしくなっているのか。

 グラスフォリオンに取られそうな危機感をガルディアスも抱いただけだろうと私は見ている。

 レミジェスのことだ。ガルディアスの好みがアレナフィルと知れば、似たようなタイプの令嬢をわざと接触させるのかもしれない。

 可愛い系の令嬢はそれなりにいるだろうが、アレナフィルみたいな生き物はそうそういないことが執着された原因だとしても。

 



― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 国立サルートス上等学校の警備報告を王宮で受け取る部署の責任者であろうと、どうせ現場には士官達がいる。そして違う仕事は山積みだ。

 アレンルードとアレナフィルのことはレミジェスに任せたからもういいだろう。


「ウェスギニー大佐。ありがとうございます」

「正規ではどうしても被害を出してからでないと動けないことがある。まずは情報を見せてくれ」

「はい、こちらです」


 王宮からバッファー8基地に出向いた私は、噴火の兆候が見られる活火山についてその被害予測や範囲についての報告を受けていた。

 彼等が懸念していたのは、その近くにそこでしか産出できない物質を取り出し、精製する工場があることだ。

 その地域一帯への指示を下し、その上で工場の稼働停止が許可されるかどうか、先にすり合わさなくてはならない。早めに書類を出しておかねば噴火したら終わりだ。

 勿論、噴火しないかもしれない。しかし一度炎を噴き上げて溶岩が流れ出してきたら、自然の前に人は無力だ。

 各部署への提出書類に必要な資料を全て出させ、自分でも途中まで書きあげたところで、それら全部を持って移動車に乗れば、運転席のフォルスファンドが笑いかけてきた。

 王宮勤務の時、その出入りに関しては常に彼の移動車による送迎を使わなくてはならないのである。


「なかなかお疲れですね」

「すみません。長らくお待たせしました。退屈でしたでしょう」

「いえ。部外者が自由に歩き回れる方が問題です」


 そんな会話を交わしながら王城へと戻れば、目を疑うような報告が届いていた。


『アレンルード君、男子寮の鍵をアレナフィル嬢に渡して自宅へ逃走。アレナフィル嬢はアレンルード君になりすまして山積みの洗濯物を洗濯中』


 一体、あの子達は何をやっているのだ。これは親として返事すべき事案なのだろうか。


「本日は帰宅が遅くなる為、明朝、アレンルードが逃げる前に叱っておきます。アレナフィルはすぐに自宅へ帰るよう伝えておいてください。アレンルードは明日そちらでも厳しく叱ってやってください」


 父兄としての立場で、そう連絡を入れさせた。

 自分で入れる暇などない。どれだけの人的・物的被害が出るかを考えれば、早めの対応が大切である。火山は人間の都合を考えてくれない。

 せっせと机に向かって各部署からの資料をまとめていると、コンコンとノックがされた。


「ウェスギニー大佐。お嬢様の件で男子寮から返事が参りました」

「読み上げろ」


 顔をあげる暇などない。


「その・・・、『洗濯物の量が多く、アレナフィル嬢もまだ終わりそうにない状態にある。食事もアレンルード君のフリをして取らせ、寮監エリアにある鍵がかかる客室に泊めるので心配しないでいただきたい』と」


 ばきっと、持っていたペンが折れた。

 

「おい」

「はっ、はいっ」

「ネトシル少尉を呼び出せ。麻酔撃銃の使用を許可する。男子寮のフォリ中尉を眠らせておけ」

「ちょっ、・・・大佐っ」

「聞こえなかったか?」

「はっ。ネトシル少尉に麻酔撃銃の使用を許可。直ちにフォリ中尉を行動不能状態にせよ。すぐ連絡いたしますっ」


 私はウェスギニー子爵邸に連絡を取り、レミジェスを呼び出して簡単に説明した。

 

「急ぎはするが、まだ終わりそうにない。ルードを警備棟へ連れていっておいてくれ。ただの返却だと反省しないだろうから吊るしておくよう伝えておく。どうしても消灯時間に間に合わないようならフィルを保護してくれ」

『いつもの入れ替わり気分だったのかもしれませんね。分かりました』


 火山も噴火すると見せかけて噴火しなかったりするが、今回は噴火する可能性が高そうだと、専門家の意見も7対3で割れていた。

 搬出も大事な作業だ。違う倉庫をせめて町一つ分は確保させねば。

 

(なんで出世してしまったんだろう。現場でやりたい放題していた方が楽だった)


 明日の朝一番にサインをもらいたい旨を添え書きし、私はそれぞれの部署へ回した。




― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―




 ぎりぎりで間に合った私は、警備棟の牢で拘束されて天井から吊るされていた息子を寝袋に突っ込み、男子寮の廊下へ転がしておいた。

 誰かに助けを求められないよう口もきけない状態にしておいたからいいだろう。

 

(入れ替わりなんて気づかれないから大丈夫どころか、最初から気づかれているじゃないか。やる時は完璧にやれ。いや、あれだけの洗濯物となるとルードでは無理か)


 アレンルードの目標はレミジェスだ。早く追いつき、いずれは超えたい。だから球技を解禁された途端、のめりこんでいる。

 それが男というものの(さが)なのか。欲しいものを諦めきれない。アレンルードは強くなりたいのだ。

 男子寮から外に出れば、レミジェスを囲んでガルディアスとグラスフォリオンが何か話していた。


(ここはレミジェスに任せよう。私では冷静になれん。分かっていても、あの子を私に縛りつけたくなる)


 手放せないのは私の方だ。小さな私のアレナフィルをいつの間にか失った時のように、今のアレナフィルがこの手の中からすり抜けていくことを恐れている。

 あの子の幸せを思うのならば彼女の未練をファレンディア旅行で終わらせてやり、良い相手と結婚させてやることだ。分かってはいても、まだ恋人など早いと思ってしまう。


(あの二人の実力は分かっている。だけどまだフィルが甘えて頼るのは私かレミジェスだけでいい。なんで13の子に結婚話だ)


 王子エインレイドと一緒にいるというアレナフィルは、もうすぐ寮監エリアへとやってくるだろう。それを待った方がいいと、私は夜空を見上げた。

 ガルディアスに麻酔撃銃を突きつけられたことでムカムカしているだろう寮監達が、アレナフィルを警備棟へと案内してくる筈だ。それをここで保護すればいい。


(あいつらも所詮は貴族の士官。態度や口にせずとも、一族の令嬢をガルディアス様に紹介しろと身内からせっつかれている立場だからな)


 うちは子爵でよかった。あまり爵位を上げると、今度は配偶者にも低い家格を選べなくなる。一族の本家筋より分家筋の令嬢がいい家に嫁いでも気まずい。

 同時にいくら政略結婚であろうと、誰しも結婚相手にはそれなりの理想がある。難しいものだ。

 そんなことを考えていると、どうやらアレナフィルがエインレイドと共に寮監エリアへとやってきたようだ。

 室内は明るいので外からよく見える。娘は扉で男子寮と繋がっている寮監エリアにおける多目的スペースの広さに驚いていた。


『うわぁ、広い』


 幾つものテーブルや椅子、そしてソファや本棚、資料や娯楽関係などといったものがごちゃ混ぜのスペースは、たまり場的な意味合いでも使われている。食事をしたり、カードゲームをしたり、警備棟の兵士達も使う生活エリアだ。

 警備棟はどうしても仕事用の建物で、こちらが生活用の建物となる。

 ドルトリ中尉・マレイニアルとメラノ少尉・アドルフォンがだらだらと酒を飲んでいるのを見て、アレナフィルはエインレイドにこんな大人の姿を見せていいのだろうかと、首を傾げていた。


『エリー王子もちゃんとエスコートできてますねー。うん、やっぱりガールフレンドっていいでしょ? やっとアレンがあの大量の洗濯物をどうにかしたと、皆が話してたよ。お疲れ様。はは、王子様のお部屋、広かったでしょー。どうしても一年生の部屋は狭いんだよ。まあ、学年が上がる度に、寮生は減っていくから、それでいいんだけどね』


 マレイニアルが、まるでアレナフィルをガールフレンドに推奨しているようなことを言っているが、あれこそ怪しいものだ。

 だが、彼の(ゆが)んだ内面など私の知ったことではない。


『なんで減っていくんですか?』

『集団生活に耐えられなくなるからさ。決まった時間内に食事をとったり、シャワーを浴びたり、順番でこなしていかなきゃいけない。それが嫌になるんだ』

『そんなもんですか。全部一人でやったことないから不満に思うんでしょうね』

『その通りだよ。本当にアレルちゃんは賢いね。この際、アレルちゃんも女子寮に入らない? いい子だからちょっと広い部屋を割り当てられる程度の口利(くちき)きはしてあげよう』


 マレイニアルは分かっていない。

 うちのアレナフィルは我が家の大切な唯一無二のお姫様だ。マレイニアル如きの薄っぺらい笑顔など、何の価値も持たないのである。

 自分を誰もが優先してくれる家で育ったアレナフィルが、他の相手に忠誠を誓い、その為にアレナフィルを利用してもいいと考えている男の思惑にどうして乗せられるだろう。

 窓から見えるアレナフィルの顔には、「なんでそんな待遇悪い生活しなきゃいけないの」と、ありありと書かれていた。

 アレンルードが男子寮に入った今、アレナフィルは兄の目を気にする必要もなく、本棚にファレンディアの小説から何からを並べ、駄菓子入りの瓶も堂々と机の上に置きっぱなしだ。勝手に食べられることもないと、安心しきって暮らしている。

 父としては、サルートスに比べてファレンディアの小説は過激すぎると止めたいところだが、中身は同じ世代らしいから放置している。


『先生達の区画って本当に広いんですね。5人分には広すぎないですか』


 それこそ、「君もさぁ、そろそろ王子の価値を理解して、もっと近づきたいと思い始めたんじゃないの?」という意味合いもあって尋ねたであろうマレイニアルだったが、アレナフィルには全く価値のない話でしかなく、聞き流して関係ないことを言い出した。

 女子寮に入ればもっと親しく付き合えると、普通の女子生徒なら考えるのかもしれない。

 しかしアレナフィルにとっては、王子のお世話はボランティア作業。年下の男の子の面倒を見てあげている気分だったりする。

 不発に終わって白けた気分の寮監達ではなく、そこは素直なエインレイドが答えた。


『校内の警護している人達や、泊まりこみする先生方も使ったりするからじゃないか? 鍵付きの扉で自由に行き来できないようにはなっているが、2階から4階まで、寮生区画と廊下も繋がっている。寮生同士の区画なら、4年生から上の人達がいる棟とは鍵無しで繋がっているが、寮監区画はやっぱり別なんだ。何ならアレルもシャワーを浴びたら僕の部屋に来ないか? ベッドぐらいもう一つあるぞ。さっき見ただろ?』

『・・・さすがにそれはちょっと遠慮します』


 寮監達は、既に私がアレナフィルを外泊させるつもりなどないことを知っているが、エインレイドは知らされていなかったらしい。

 自分の部屋に泊まればいいと言い出す。

 仕方がないと、私は扉を開けて入っていくことにした。

 彼らは私の部下ではあるが、まだまだ精神的にも未熟な貴族の坊ちゃん達だ。まともな指導など期待できまい。


「心配しなくても変なことはしない。ただ、この間、皆で山小屋体験をしたって話しただろ。暗い中、寝るまで皆で喋るの、けっこう楽しかったんだ。アレルもそういうの楽しいと思うぞ」


 エインレイドは王宮で大切に育てられた王子様だ。初めての体験がとても心に残っているのだろう。

 そのあたりの事情は私だけではなくアレナフィルも理解しているらしい。どうやって教えればいいかと、困惑中だ。


「そりゃ楽しいでしょうが、そういう時は保護者同伴、更には男女別って決まってるんですよ、レイド。自分の部屋に泊まらないか? なんて女の子に言ったら、もうレイドの一生は決まっちゃいますからね。二度と言ってはいけません」

「え? そんな大変なことか? だってベッドは別だぞ。大体、知らないところで一人きりより、知ってる人のいる部屋の方がよくないか? そりゃ、僕に寝ずの番をしろと言われても困るけど」


 皆に慈しまれ、愛されてお育ちになった王子様は、ベッドが別なら何も起こらないから問題はないと考える。

 何が問題なのか、それが理解できなかったようだ。

 寮監達は私に気づいたが、肝心の二人はお互いしか見ていない。


「それでも女の子を一緒の部屋に寝かせたら大騒動になりますよ。それにレイド。私、一緒に寝る男の人は父だけって決めてるんです」

「子供なんだな。僕はもう母上と寝たりしないぞ」


 うちのアレナフィルが、自覚無しにいい子すぎる。自衛の意識が本当に高い娘だ。そしてエインレイドはちょっと偉そうな顔をしていた。

 (ただ)れきった寮監達は、箱入り王子の健全さに笑い出すのを(こら)えている。

 

「そうかもしれませんが、きっとレイドも結婚して娘が生まれたら、私に同意しますよ。息子と娘は別なのです。それにうちの父は寝顔も素敵なのです。そこらのだらけた男共の寝顔とは違うのです」


 娘よ、気持ちは嬉しいが、その流れでそこの寮監達を引き合いにだすのはやめてあげなさい。

 実は女などホイホイ寄ってくるものだと思っている奴らがショックを受けているから。

 とても偉そうに、しかし冷静にジャッジを下したアレナフィルの自信たっぷりな態度に、エインレイドも少し(ひる)んでいた。


「そ、そうなのか? だけど僕に娘ができるのはまだ先な気がする」

「私もそう思います」


 話がついたようなので、私はアレナフィルの頭にぽんっと手を置いた。


「そうですね、娘はとても可愛いものです。さあ、迎えに来たよ、フィル」

「パ、・・・お父様っ」


 振り返った娘が抱きついてきたので、私も抱きしめる。

 ここまで娘を愛している父親がいるというのに、お前達はアレナフィルにちょっかいをかけるつもりかと、笑顔のままで、瞳は鋭く一同を見渡しておいた。

 全くどいつもこいつも油断できない。


「ウェスギニー子爵」

「この度は愚息がご迷惑をおかけいたしました、エインレイド様。娘を保護してくださり、ありがとうございます」

「えっと、・・・僕とアレルは友達だから。ここは学校なので、僕は一生徒です。どうか膝はつかずにいてください、子爵。今、あなたは僕の友達の父君です。アレンも僕の友達です」

「かしこまりました」


 左腕にアレナフィルを抱え、臣下としての礼を取ろうとすれば、先に言われてしまった。

 アレナフィルに身分差を実感されて逃げられてはたまらないと思ったか。のほほんとしているが、エインレイドは直観力が優れている。

 仕方ないと、私は娘を迎えに来た父親として振る舞った。


「ルードはちゃんと寮の部屋に戻しておいたよ。ひどい目に合ったね、フィル」

「え? だけどお父様。ルードのお部屋、洗濯物でベッドの上も床も眠れない状態。窓も全開」

「そうだったね。あれだけの洗濯物を溜めこんでいたことには呆れたが、それをあそこまで効率的に干したフィルは偉い。そんな馬鹿な兄には寝袋を与えておいたし、廊下で寝るように言っておいた。もう放っておきなさい」

「え? 寝袋? 廊下? えっとそれ、体、痛いよ」

「妹を男の集団の中に放りこむようなクズには過ぎた温情だ。子供だから分かってないというのは理由にならない」


 寮生の指導もできないのか、この役立たず共が。

 どいつもこいつもアレナフィルが私の娘だからと、あまりにも(うわ)ついていないだろうか。

 これだからお前らには任せられないのだと視線で語っておけば、彼らの酔いも醒めたらしい。


「エインレイド様も女の子と同じ部屋で寝ようとするのは、結婚を決めてからでなくてはなりません。どうぞお言葉にはお気をつけくださいますよう」


 私の娘など、学校時代の恋のレッスン相手として使い捨てればいいと、そういう思惑を持つ者もいるだろう。

 そんな囁きに乗せられるような愚かさを持つのであれば、話にならない。


「ええっ、そうだったのかっ? す、すまない。ウェスギニー子爵。そういうつもりじゃなくて、えっと、僕は、教室でいるのと同じようなつもりで・・・。ドアを開けておけば問題ないと思ったんだ。申し訳ない」

「分かっております。ですがアレナフィルはまだ父親離れもできておらず、貴族の礼儀も身についていない頼りない娘。エインレイド様がしっかりしてくださらなくては、娘はそれが王侯貴族の常識なのかと惑わされてしまうことでしょう」

「・・・それだけはない気がする」


 その通りだ。うちの娘に限ってそれはない。

 アレナフィルの中で、ここの寮監達はとっくに駄目な大人として認識されている。自分がエインレイドに常識を教えてあげねばならないと覚悟を決めてすらいるだろう。

 けれども人数を揃え、助けのこない場所に置かれてしまえば、アレナフィルとてどうしようもできない。この子は女の子なのだ。


「さあ、帰ろう、フィル。女の子の外泊はいけない」

「はい。それではレイド。今日は色々と手伝ってくれてありがとうございました」

「あ、ああ。また明日。ごめんね、アレル。今度から気をつけるよ。君に礼を失する気はなかったんだ」

「大丈夫です、レイド。私はレイドがとても紳士的なこと、よく知ってます。私にお泊まり会、楽しませてあげたいって思ってくれたこと、ちゃんと分かってます」


 世俗に染まった寮監達に比べ、子供達がとても健やかで素晴らしすぎる。


「うん。おやすみ、アレル。・・・だけど、なんかアレンが可哀想な気がしてきた」

「に、二度と、やらなくなる、・・・かも?」


 アレナフィルの肩に左腕を回したままで辞去の挨拶をして扉を出れば、そこにはレミジェスだけが立っていた。

 どうやら皆、暗がりに身を隠したらしい。


「フィル、無事だったかい?」

「ジェス兄様っ」


 ぴょーんっと、レミジェスの腕の中に飛びこんでいったアレナフィルは、すぐに抱き上げてもらって、いつもの仲良しご挨拶だ。


「えーいっ、すりすり攻撃っ」

「ははっ、されると思った。うん、フィルのほっぺは今日ももちもちだね」

「おかしいよっ、ジェス兄様っ。今、夜っ。それなのに、チクチクしないっ。レン兄様の嘘つきっ」


 騙されたとぷんぷんし始めたアレナフィルに、レミジェスは制服がよく似合っていると褒めて機嫌を取り始める。

 アレナフィルと会うと分かっている時のレミジェスは、髭剃りが完璧だ。

 バーレミアスも、夕方になれば朝剃った髭も伸びてくると教えたのだろうが、レミジェスはその先を行っていた。

 ちゅっとアレナフィルの頬にキスし、レミジェスはアレナフィルを地面に下ろして手を繋ぐ。


「暗いから手を繋いで歩こうね。フィルは真ん中」

「はーい」


 ウェスギニー子爵邸とは別の小さな家に暮らしていてもアレナフィルは大事な娘なのだと、レミジェスは行動で示した。

 私とレミジェスで腕を持ち上げて、アレナフィルの足を浮かせてあげれば、面白がって笑いだす。

 その屈託のない、いつもしてもらっているような様子を見れば、アレナフィルが愛されて育ったことなど誰でも分かるだろう。


「ほらっ、フィル。ワン、トゥ、ジャーンプッ」

「きゃーっ」


 ジャンプのところで、アレナフィルがくるりと空中で回転して落ちてくる。それを二人で受け止めれば、誰もいない校庭で、アレナフィルが楽しそうに笑った。

 誰にも見つけられなければ、それですんだというのに。


――― 子供はいるらしいが、全く表に出してこない。出せない理由でもあるのだろう。


 そんな風に思われていればよかった。だが、もうアレナフィルの名前が知られ始めるのであれば、父親からも叔父からも愛されている令嬢として、礼儀正しく扱わせなくてはならない。


「あれ? そういえばパピー、今日は遅いって、フィル聞いたよ。無理してお迎え、来てくれた?」

「そんなことないよ。思ったより早く終わったけど、それでも待たせたね。不安だっただろう? 王子がいる以上、上級生もあまりやってこないだろうが無茶苦茶な奴もたまにはいるからな」


 そっかぁと、アレナフィルが分かったような顔で頷いた。


「そーなんだ。フィル、危機一髪」

「そこまで心配しなくても大丈夫だったよ、フィル。兄上はどうしても間に合わないようなら私にやれって言ってたからね。ただ、私はルードに甘いと思われているから、ぎりぎりまで待たせる信用の無さだ」

「お前は甘いだろうが」

「叔父なんて甥と姪を可愛がる為にいるものです」


 レミジェスは甥と姪を溺愛している。

 子爵邸で二人が泊まる時は、レミジェスの寝室で朝を迎えている程だ。


「お洗濯してたけど、みんな、フィル、ルードと思ってたよ。上級生は見なかったと思うけど分かんない。それにフィル、強いんだよ。ジェス兄様にフィル、仕込まれてるからねっ」

「そうか。頼もしいな」


 その攻撃用グッズを持ってきていないと気づかないうちの娘の愚かさが可愛いのだが、どうすればいいのだろう。

 私が与えたスリングショットだが、それを聞いたレミジェスが子供達と一緒にどれが割れやすいインク瓶で、どれぐらいの位置を狙って天井に当てれば相手の頭からインクまみれになるかを試したのはいつだったか。

 レミジェスは通学途中で不審者に後ろから襲われた時の対処法までアレナフィルに教えた。過剰防衛って言葉知ってるか、レミジェス?

 爽やかそうな笑顔で、レミジェスは腰をかがめてアレナフィルの顔を覗きこむ。


「それでも男の子の力には負けちゃうからね。まずは逃げなさい、フィル」

「はーい」


 夜のお散歩が楽しいらしいアレナフィルに、レミジェスも心が(なご)んでいるようだ。


「二人とも、ここ、すぐ分かった? あれ? だけど男子寮、閉まってたよね?」


 二人とも寮生活をしたことがあるし、私は寮監をしたこともあるのだと教えてあげれば、アレナフィルは信じた。

 兵士が出向して行う寮監に、士官から始めている私がなる筈もないことに気づかないアレナフィルが可愛すぎる。


「お祖父(じい)ちゃまのおうち、遠いから?」

「そう。一時期、レミジェスと一緒に入った。レミジェスは練習や試合も多かったし、服をぼろぼろにしてばかりだったよ。私が十枚ぐらい同じ服をクローゼットに入れておいても気づかないぐらいだった。シャワー浴びて食べたらもう熟睡だったね」

「えっ? そうだったんですかっ? 記憶にない。・・・あ、そういえばいつの間にか服を買わなくても着替えがあるっていうんで、・・・てっきり家の者が補充しに来たのかと」

「それが、貴族が男子寮に入らない理由さ。自分で洗って補充しないと足りなくなるって現実を知らずに育っている。だから寮では暮らせないんだ。ちゃんと洗濯に出せていたレミジェスは優等生だった」


 ほうっと、アレナフィルが安堵の吐息を漏らす。


「ジェス兄様、パピーと一緒でよかった。だけどパピー、そしたらルード、ちょっと可哀想かも」

「そんなことないよ、フィル」

「だって、フィルね、ルード、反省させようと思ってレイドと一緒に嫌がらせしちゃった。明日からルード、泣いちゃうかも」


 もしかしたらやりすぎだったかと、アレナフィルがおろおろし始めた。

 子供なら何も考えずに感情だけで動くところを、アレナフィルは考えてから動く。自分の知らない要因があったなら、今度はどうしよう、どうしようとなってしまうのだ。


「フィルに泣かされちゃうなんて困ったルードだ。どんな嫌がらせをしたんだい? 人参でも枕に詰めたかな? それともピーマン?」

「ううん、そっちは寮監先生にお願いしちゃった。明日からルード、ご飯はお肉を減らされてお野菜増えるんだよ。もう寮監先生はフィルの手下なんだよっ。ルード、お野菜食べるいい子になるんだよっ」

「そりゃ凄い。それだけかい? うーん、イタズラにしてはいい子すぎるぞ」


 状況を把握しようと、レミジェスが聞き出しにかかっている。

 アレンルードと違ってアレナフィルは無茶をしない子だ。自己抑制が強すぎないかと、レミジェスは案じている。

 もう少し羽目を外してもいいのだよと、何かある度に伝えようとするのだ。

 

「えーっとね、ルードのお金からこれからのお昼ご飯代だけ残して後は没収しちゃったよっ。ちゃんと日付とお金を一日分ずつ紙袋に入れておいたから、使いこんだら他の日のお昼ご飯代がなくなっちゃうの。ルード、無駄遣(むだづか)いできないんだよっ。・・・あ、だけどね、来週終わりになったら返してねって、レイドにお願いしといたっ」

「ちゃんとご飯代は残したんだろう? それに反省した頃を見計(みはか)らって返すようにしたなら問題ない。よく考えたね、フィル」


 まさか王子に用事を頼むとはとレミジェスが呆然としてしまったので、私が褒めておく。

 子供同士なら他愛(たあい)ないお願いではないか。


「でねっ、レイドに協力させてノートの上の隅っこにいたずら書きしたの。ノートをとるのには邪魔にならないけど、誰かにノート見られたら恥ずかしくなるの」

「どんないたずら書きだい? フィルの得意技だからな、犯人はすぐに特定されちゃうぞ? 駄目だなぁ。犯人はすぐにはばれず、みんなが笑えるのがいいイタズラだって教えてあげたのに」


 エインレイドはどういう性格なのだろうと、レミジェスが事態の把握に乗り出した。

 同時にアレナフィルがエインレイドに変な影響を与えるようではと、危機感を覚えている。


「おい、こら、レミジェス」

「えーっと、ポエム? あのね、

『君は誰よりキレイだ』とか、

『君の瞳にメロメロ』とか、

『僕の胸は燃えている』とか、

『愛、それは僕の命』とか、誰が見ても

『えっと、君、恋でもしてるの? 頭、わいてる?』って言われそうなの書いたっ。

 赤い文字で書いておいたし、もう頑張って全部のページに書いたんだっ。隣の人とかに見られたら恥ずかしいの。だけどルード、お小遣いないから新しいノート買えないの」


 私とレミジェスは顔を見合わせた。

 そう言えばアレナフィルはヒストリカルロマンとやらのラブストーリーを読みまくっていただろうか。ファレンディアのロマンス小説はかなりドロドロで急転直下、愛の言葉も凄い。

 私は困惑しているエインレイドの顔を思い浮かべながら尋ねた。


「それに殿下を付き合わせたのか。殿下は楽しんでたかい?」

「レイド、最初は面白がってたけど、途中から気の毒がってた。フィル、偉いんだよっ。レイドもルードも、あれ参考にしたら、もっと大きくなって女の子口説(くど)く時、とっても大助かりでフィルに大感謝だよっ」


 今日も愚かな民を導いてしまったぜと、そう言いたげな娘が可愛いが、レミジェスのため息が深い。

 どう考えても主導がアレナフィルだからだ。


「反対に女の子への幻想がどんどん消えていきそうだが、まあいいか。女の子を敵に回したら痛い目に合うってことをエインレイド様もルードも理解しただろう。レミジェス、あまりにも不憫なら新しいノートだけ差し入れてやってくれ」

「はい。だけどルードですからねぇ。かえって面白がるんじゃないですか? おお、これがラブレターとか言って」

「しょうがないよ。13才なんてまだまだヒヨコだからねっ」


 お前もヒヨコだ。ピィピィ鳴いてばかりいる。

 アレナフィルの幼さをアピールするにはいいかと思って、私とレミジェスも見られていることは承知でいつものようにアレナフィルを楽しませていた。

 問題は私達しかいないと思っているアレナフィルの言動だ。誰も彼もが興味津々で、尾行してきているのだが、一度心を折っておいてもいいだろうか。手出しされないように。


「では、ヒヨコさんを温めとくか」


 私はアレナフィルを抱き上げた。横抱きにすればロマンチックかもしれないが、所詮は実の子供だ。

 スカートではなくスラックスなので抱っこ状態で歩けば、両手両足で私にしがみついてくる。

 ここからの真っ暗な道は足元も見えず、さすがに怖いだろう。


「可愛いヒヨコのお嬢さん。同じお部屋で寝ようって背高ヒヨコさんに言われてたじゃないか。ちょっとドキドキしなかったかい?」


 するとアレナフィルは大きな溜め息をつき、両手を広げてみせた。

 これは「パピーは分かってないっ」のポーズだ。

 

「あのね、パピー。女の子はちっちゃな時から女なんだよ」

「そ、・・・そうなのか?」

「フィル、まだお前は子供だよ。兄上を(おど)かしてどうする」


 小さい時から女だと言われても、私達兄弟に姉妹はいなかったし、さすがに戸惑うものがある。

 不覚にも私の心が真っ先に折られた。


「そんなことないもん。フィル、とっくに淑女だもん。ヒヨコじゃないもん。見る目のある一人前の女なんだもんっ」


 ああ、いや、勘違いだった。

 うちの娘は大きくなっても、ずっと子供な気がする。


「そうかそうか。で、見る目のある我が家のお嬢様は、学校でドキドキしてしまうステキな男の子を見つけられたかい? エインレイド様が近くにいたら、なかなかよそに目も行かないか」

「んーん。せめてパピーよりかっこよくないと、ドキドキできないよ。そりゃレイド、可愛いけど。ついでにレイド、フィルのこと男の子って思ってるけど。だけど学校なんてお子様しかいないんだもん。全くもう、パピーより素敵な男の人いなくて、フィル、上等学校来ても、ドキドキできなくて大変だよ」


 恨みがまし気に文句を言いながら、甘えてすりすりしてくるアレナフィルは、私のことが大好きだ。

 誰かにくれてやるには惜しすぎる。まだこの子は私のものだ。

 そう思って頬にキスすれば、ぎゅっと抱きついて私の首筋に顔を埋めてきた。

 

「フィル、お前って子は。兄上と比べたら、そりゃ誰もが子供だろう。だけどお前も子供だぞ?」

「男は社会に出てからなの。フィル、妥協しない子」


 レミジェスの指摘にも(くじ)けないアレナフィルの背中と頭を撫でれば、幸せそうに眼を閉じる。

 これはやはり我が家にだけ生息している珍獣ではないだろうか。

 うん、やはりあんな若僧らには勿体ない。


「それなら学校関係者にも若い男が揃ってただろう? それとも年上すぎたかな。バーレンは彼女と結婚する前、お前を嫁にもらうとか喚いていたが」

「兄上・・・」


 私の真意に気づいたレミジェスが、咎めるような声を出した。ガルディアスやグラスフォリオン達も聞いているのに言わせるのかと、非難がましい眼差しだ。


「レン兄様、フィルのこと、餌にしたよ? フィルでお嫁さん、手に入れちゃった。思えばフィル、あの頃はまだ若かったの」

「フィル、お前はまだ子供だから」


 まるで老女の回想口調に、レミジェスが現実を指摘する。


「あの頃のフィルは、若すぎた。何も分かってない若さの暴走が、そこにあったの。ピュアな姉様を、フィルの若気の至りがレン兄様の手に落とした。レン兄様、身勝手な人だって分かってたのに。フィルは大人として、姉様を逃がしてあげなきゃいけなかったの」

「そしてその時は、お前がバーレンの嫁になるのか? さすがに娘の婿が私と同い年というのはな」


 またアレナフィルワールドが広がっている。

 私は修正を試みた。


「ううん。レン兄様、そろそろフィルのこと、用済み。ポイされる日も近いの。だから、結婚はしないの」

「は?」

「ちょっと待てっ。何をされたんだ、フィルッ」


 耳を疑った私に比べ、レミジェスの反応は早い。アレナフィルの顔を両手で挟んで目を合わせていた。

 さて、どうやって犯人を隠蔽(いんぺい)すべきか。バーレミアスの葬儀はいつだ?


「何って、・・・お勉強。フィル、レン兄様に習得専門学校のお勉強をさせられてるの。フィル、もう嫌だって言ってるのに、許してくれない。フィル、色々なやり方で同じ問題、させられる。解釈の違い、調べるの手伝わせる。そして兄様、執筆する。その清書、フィルに手伝わせる。だけどフィルは都合のいい女。レン兄様のワイロに逆らえない」

「・・・何だ、紛らわしい。だけどフィル、賄賂に釣られちゃ駄目だろう。欲しいものは何でもあげるから、よその人間についてっちゃ駄目だぞ。クラセン殿は安心だが」


 おい、レミジェス。なんでそこで、何でもあげるとか言い出すんだ。お前は貢ぐことしか知らないのか。

 悲し気に語るアレナフィルを置き去りに、レミジェスの熱情は即座に霧散した。


「けっこう仲がいいからフィルはバーレンみたいな奴が好みなのかと思っていたよ」

「レン兄様とフィル、利用し合う同士。共犯者になれても、恋はできない」

「クラセン殿と何をやってるんだ、フィル」


 姪の理解を諦めたレミジェスは、アレナフィルの主観による主張ではなく事実の把握に切り替えた。


「フィルはバーレンの雑用をする代わりに欲しい物を買ってもらってるんだ。フィルはお前達には恥ずかしくて言えない駄菓子や変な雑貨、誰かが作った試作品だの何だの、ローグさんの部屋をこっそり譲り受けることで保管部屋にしている」

「ああっ、パピー、どうしてそれをっ。フィルの秘密のお部屋っ」


 家主が知らない筈がない。私とエイルマーサは、アレナフィルがあの部屋の鍵をどこに隠しているかまで知っている。


「全く。大人の資本力に釣られるんじゃないぞ、フィル。だけど寮監とか警備とかで、好みの男はいたかい? お前は未成年に興味がないからな。あれぐらいの年だったらどうなんだ?」

「兄上・・・」


 折角のいい縁談を潰しにかからなくてもと、レミジェスの赤い瞳が後ろをちらちら見ては私に表情だけで語りかけてきた。


「んー。だけどフィル、大人のお年、よく分かんない。それに恋人にするならパピーだし、結婚するならジェス兄様だもん。フィル、大人なら誰でもいいわけじゃないの」

「そうか。あれでも選抜はあったんだが。お前は男の体にもうるさいだろう」


 今度は軍に属していない貴族に目をつけられても困るので、先に体を鍛えていない奴は論外だと伝えておく。範囲対象者は少なければ少ない程いい。

 

「寮監先生もいい体してるかもしれないけど、盗み撮りしてる時点で、ダメ男決定だよ。女の子、そういうヘンタイは嫌いだよ。人間性は大事なんだよ。ここに紳士はいないんだよ」


 アレナフィルの目は据わっていた。

 よほどムカついていたのか。しかし軍にプライバシーの意味を知る者は存在しない。


「そこが敗因か。女の子は難しいな。だけど恋人の私を捨てて、レミジェスと結婚するのかい、フィル?」

「そうなの。フィルね、パピー、世界で一番大好きだけど、結婚、安定した愛と強さが大事なの。ジェス兄様、語らず努力の人。フィルは知ってる」

「そうだなぁ。フィルが姪じゃなかったら私もフィルをお嫁さんにしたのになぁ」


 人畜無害そうに笑ってレミジェスがアレナフィルの頭を撫でた。

 しかし私は知っている。レミジェスが自分とアレナフィルの髪と血液を検査に出して、血縁関係を調べさせたことを。

 血の繋がった叔父でなければ、レミジェスはアレナフィルを妻にする気満々だった。こいつヤバい。

 この弟が誰と誰の親子関係を疑っていたのか、知りたくもない。なんだか弟の闇を見てしまいそうだ。

 紛れもなく血縁関係にあると知り、ならば養女にくれと言われたが、・・・意味ないだろ? 養女にしなくてもお前子供達の学校行事、全て父兄として参加してただろ?


「レミジェスみたいな男が好みならそうそういないぞ、フィル」


 娘など薄情なものだ。私のことをあれ程、好き、大好き言っておきながら、結婚するならレミジェスだとは。

 夜の闇に紛れて聞いている奴らも、これで少しは正気に戻ると良いのだが。

 執筆の手伝いができる賢さを持ちながら、騙されやすく駄菓子に釣られる子供。それでいて身分や立場に惑わされず、アレナフィルは結婚生活と結婚相手とを冷静に検討する子だ。

 通常ならばウェスギニー子爵の私と、あくまで代行にすぎない弟とで、弟の方が結婚相手として優れていると考えるアレナフィルの思考は貴族としてはおかしい。だけど一人の人間としてはとても健全だ。

 帰宅もまちまち、連絡なしで家を空け続けるといった男と結婚したら、女はそれに振り回されるだけである。


「いいの。そしたらフィル、おうちで一生、パピー見て過ごすの。パピー、きっとおじいちゃんになっても素敵。結婚しないで、フィル、ずっとパパの恋人するの」

「あれ? 結婚するなら私とか言いながら、結局兄上なのか、フィル」

「そうだな。やっぱりお前は嫁になど行かなくていい。ずっとうちで私と暮らしなさい」

「うんっ」


 肩透かしを食らったと言いたげなレミジェスだが、そこで駐車場に並んでいた移動車の一台がライトをつけた。

 アレナフィルが基地の人だと思いこんでいるフォルスファンドだ。


「今日は大変でしたね、フィルお嬢さん」

「あ、フォルスさんだっ。パピー、連れてきてくれたんだ」

「ええ。お嬢さんが可愛すぎて恋人志願する男共が続出してはいかんと、心配で発狂寸前だったお父様をお連れしましたよ。ですがお嬢さんのお気に召す紳士は存在しませんでしたか」


 ファルスファンドは何でもないかのような口調で確認を入れてきた。

 それに気づかないアレナフィルは、大人っぽく両手を広げて駄目だなポーズだ。抱っこされている時点で、誰もお前を大人として見ない現実を分かっていない娘が可愛すぎる。


「うん。フィル、もう駄目かも。かっこいいのはパピーで、頭いいのはレン兄様で、頼れるのはジェス兄様見て育ってるから、もう目が()えちゃってて大変。もうフィルの人生終わりだよ。どれもお子ちゃまにしか見えないの」


 危うくぷぷっと噴き出しそうになったフォルスファンドは、頬を変な形にしてこらえていた。


「そ、それは大変な事態ですな」

「でしょっ? でしょでしょっ」


 自分の理解者を見つけたアレナフィルは、うんうん頷いてお喋りし始める。


――― 後はこちらで。

――― 頼む。


 私はレミジェスに求婚予定者対応を含めて全てを押しつけた。

 うちの弟、仕事を押しつけられるとなんだか嬉しそうになるからだ。お前は執事妖精の末裔かと言いたくなる程にレミジェスは人の世話を焼きたがる。

 私は人それぞれの個性を重んじ、自分に悪影響がない限り否定しない考え方の持ち主だ。


「では私はここで失礼します、兄上。フィル、おやすみ。いい夢を」


 レミジェスがアレナフィルの頬にそっとキスをする。


「おやすみなさい、ジェス兄様。おじいちゃまとおばあちゃまにもおやすみなさいなの」

「伝えておくよ」


 アレナフィルもレミジェスの頬にキスして、二人は幸せそうに笑った。


「ガトルーネ殿、すみませんが二人をよろしくお願いします」

「これも仕事でございますのでお気遣いなく。レミジェス様もお気をつけてお帰りくださいませ」


 フォルスファンドの軽口はアレナフィル限定らしい。

 座席にアレナフィルを座らせてからブランケットを掛けてやり、私も乗り込んだ。


「ほら、フィル。毛布かぶって。おうちに着くまで寝てていいからね」

「うん」


 よそでは警戒心の強いアレナフィルだが、疲れていたのかすぐに寝入ってしまう。


「フィルお嬢さんは相変わらずですね。令嬢ならばどなたも頬を赤く染めてうっとりと見上げるでしょうに」

「甘えん坊な猫が外れてるのを撮られたと知ったショックが強かったんでしょう。エインレイド殿下も男女交際などまだ考えておられないせいか、二人で落書きとかして遊んでいたようですね」

「当事者はそんなものかもしれませんね。最近は習得専門学校二年生あたりで印が出るケースも多いそうです。子供時代を急いで通り過ぎる必要はありますまい」

「ええ」


 どうやら我が家のお姫様は、まだまだよその男に興味がないようだ。

 やはりうちの子の心は私が握っておくべきだろう。




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