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14 仕事で行ったら父兄として扱われた


 アレンルードとアレナフィルは、呼吸もぴったりの双子だ。

 私は二人の心を傷つけられたりしないだろうかと案じていたが、その体を傷つけられることはあまり心配していなかった。

 アレンルードは目標を決めたら強い子だ。母のことや自分の置かれた状況を知り、アレナフィルを守ると決めた以上、甘ったれて育ったような貴族の子供達にいいようにされることはない。敵を見定めてしまえば、アレンルードは上手(うま)くやる。

 そしてアレナフィルは、貴族がまずいない一般の部に入学した。

 

(ファレンディアはどこまで治安の悪い国だったんだ? 鞄に鉄板を仕込んで、いざとなったらそれで相手をぶちのめしてその隙に逃げるつもりって・・・)


 バーレミアスから聞いたのだが、アレナフィルはその為に通学用布バッグを改造したそうだ。ナイフを持った人間が切りつけてきても、その鞄でガードできるとか。

 一体あの子はどこの戦場に通っているつもりなのだろう。


(サルートス上等学校の制服着てる時点で、何かあったら周囲もすぐに通報するだろうに)


 そこまで自衛について意識の高い娘なので、私もあまり心配してはいない。

 どちらかというと5ヶ所も用意しておいた王子エインレイドの一人暮らし用の部屋が、どれもその周辺の部屋を色々な貴族に押さえられていたことの方が頭の痛い問題だ。

 だから子供達のことは放っておいて誰からどの情報が流出したのかを調べていたら、弟のレミジェスから連絡が入った。


『兄上。殿下が寮に入っておられたので、ルードが退寮したいと連絡してきましたが』

『忘れていた。そういえばルード、入寮してたか』

『ひどいですよ、兄上。ルードは殿下の顔も知らず、恥をかいたそうです。しかも皆を出し抜いて入寮したと寮監に思われたと、かなりぼやいてました』

『その程度でガタガタ言われてもな。退寮したいなら手続きしといてくれ』

『もうやっています。一応、報告もと思いましたので』

『悪いな。色々とバタバタしていたんだ。すまんがルードを頼む』

『はい』


 出し抜くも何も、アレンルードの入寮の方が先に決まっていたのだから、そんな勘繰りをされる方がおかしい。

 とはいえ、私も困ってはいるのだ。

 サルートス上等学校に通い始めた王子エインレイドの警護は、学校にある警備棟に所属する軍人と、軍から出向している寮監達によってなされている。

 問題は、同じサルートス軍であっても学校の警備と王子の警護とは指揮系統が違うことだ。そして学校もまた王子の護衛など普段はやっていないので、臨時の増員などもあり、余計に指揮系統が混線している。

 互いに全ての情報を共有し、何かあればすぐに連絡を取って協力し合わなくてはならないのだが、プライドの(つば)()り合いがあって、情報伝達も不完全である。


(人間の感情だけは書類処理と同じようにはいかない。ついでにどいつもこいつも自分のプライドにこだわることができるぐらいに平和な生活してるわけだしな)


 私がこんなかったるい立場に抜擢(ばってき)されたのも、息子が王子と同い年だからだ。以前、一度だけだが、とある作戦に息子を使ったことがあったので、それならばと、軍のお偉いA氏がごり押しした。何かあったなら息子と私とでうまく連携を取れるだろうと考えたのである。

 だが、それに難色を示したのが、同じ軍でもお偉いB氏である。

 アレンルードの評価表はとても低かったので、

「そんな無能が何の役に立つか」

と、吐き捨てたようだ。

 実は国立サルートス幼年学校と市立レミー幼年学校は、評価表の項目数すら違うのである。

 つまり、サルートス幼年学校では点数評価されていることが、うちの息子と娘はそんな項目すらもなかったので、その点数は0とされた。様々な項目で点数が0点のものが混じっていたら、平均評価はぐっと下がる。

 つまり何かあった時に役立つ人材どころか、うちの子供はとても頭の悪い生徒と唾棄されたのだ。そして私は否定しなかった。

 レミジェスにしてみれば、どうして王子が入寮するならばアレンルードを自宅通学に切り替えさせなかったのかと言いたいのだろうが、こちらだって前日に言われたらもう手の打ちようがない。

 何より私が指示しなくてもアレンルードは自分で考えて動く子だ。

 

(大体、学校の警備と寮監と用務員を装った護衛と、その氏名リストさえ、変更が多くて未だに出せないとか言い出す奴らにどうしろというのだ)


 うんざりしながら帰宅すれば、アレナフィルが飛びついてくる。

 荒んでいた日々が浄化されたような気がした。もう仕事行きたくないんだが。


「パピー、パピー。どうしようっ」

「どうしたんだい? 上等学校で何かあったのかい?」


 お友達にいじめられてしまったのだろうか。一般部は爵位を継ぐ本家の子はまず行かないからいびられてしまったのかもしれない。


「フィル、王子様、王子様って知らずに、変質者だと思っちゃったーっ」


 私は王子エインレイドを知っている。色ボケ王子といったこともなく、おっとりとした素直な少年だ。


「まさか、あの王子が? フィルに何かやらかしてきたのかい?」

「ううんっ、フィルのお名前聞いてきたのっ。だから変質者だって思ったのっ。そしたら王子様だったぁっ」


 名前の尋ね方が気持ち悪い変質者モードだったのか。しかしあの王子であればそんなこともないだろう。

 この可愛い顔に早速目をつける生徒が出たとは。


「王子は経済軍事部で、一般の部には出没しない筈だが、それは王子の名を(かた)った奴じゃないかい?」

「男子寮で出たぁっ」


 さすがに男子寮で王子の名前を騙る馬鹿はいないだろう。しかし本物の王子が名前を尋ねたとしたら、それは普通の尋ね方だった筈だ。

 アレナフィルの感性がおかしすぎる。

 娘よ、名前を聞いたら変質者なのか。ファレンディア人の常識はとても不可解だ。


「今度から、どんなに怪しい生徒でも礼儀正しく礼を取り、名前を名乗らず逃げなさい。お前の足についてこられる相手なら諦めて教員室まで誘導し、そこで名乗り合いなさい」


 一応は軽く叱っておいたが、本気で怒っていないのはアレナフィルにも伝わったらしい。実際、うちの子は悪くない。女子生徒が男子寮で名前を聞かれたらそりゃ怖くも感じたりするだろう。

 次の日、面倒だったのでサルートス上等学校に乗りこんだ。

 警備棟と男子寮に行くつもりが何故なのか、

「どうぞこちらへ」

と、学校長室に案内された。

 学校長からは、テーブルを挟んで向かい側の椅子を示される。


「ウェスギニー大佐がいらしたと聞きまして、まずはこちらへ案内するようにと、割り込んでしまいました。できれば直接、お会いしたかったのです。申し訳ございません。キセラ・バイケシュ・ヘンリークと申します」

「とんでもないことです。こちらこそ直接ご挨拶したいものだと思っておりました。警備棟から学校長の予定をお伺いし、それから面会予約を取るつもりでおりましたので、これを幸いとやってまいりました。貴重なお時間を頂戴いたしまして、恐れ入ります。ウェスギニー・ガイアロス・フェリルドと申します」


 そこでアレンルードとアレナフィルのことを尋ねられた。


「実は、ウェスギニー様のお子さん方がエインレイド様のお顔を知らなかったのはあまりにもおかしいという意見が、警備の方からあげられてきておりました。こちらも評価表を見直したのですが、作成元が市立レミー幼年学校となっております。どうして市立に通わせたのか、お尋ねしても?」


 面倒なのはこれもある。

 学校の警備とは、軍から出向された兵士が、学校の管理下で行うものなのだが、王子が入学したことにより、王宮にも報告を受け取る部署が設置された。それが私のいるところだ。

 それは王族が入学する度に臨時で設置される部署だが、言うまでもなく今回の人事には軍でも様々な思惑が入りこんでいる。

 そして学校とてぺらぺらと無条件でこちらへ報告してくるわけでもない。ここは勉学の場であり、自分達の縄張りだという意識が強いのである。

 いくら王子が入学してきても今までの警備実績もあるのだから王宮の変な部署にそこまで口出しされたくないとばかりに、最低限の報告ですませようという気配がぷんぷんだ。

 だが、学校長を敵に回しても利はない。


(生徒の評価表なんて一覧になっているからな。作成元がどこであろうが、それは個別でその生徒の資料を取り出さないと分からない)


 どうせ幼年学校の評価表など、使われるのは入学後の数日間だ。

 だからどんなに低い成績となっていたところで気にしていなかった私だが、個別のそれまで取り出して調べたとなると、かなり目をつけられたらしい。

 仕方なく私は説明した。


「実は幼年学校に入る一年ほど前、子供達の母親はとある事件で亡くなっております。知っている者は知っている事件ですが、幼い子供達にはその影響を考えて母は遠くに出かけているだけだと、そして少し経ってからは病死だと告げておりました。サルートス幼年学校に通わせなかったのは、それを心無い者から子供達の耳に入れられることを恐れたからです」

「事件でお亡くなりに、・・・そうでしたか」

「はい。その際、母親が目の前で殺されたショックで、4才だった娘は記憶を失い、言葉も話せなくなりました。どうにか一年で言葉を取り戻しましたが、結局、以前の記憶は取り戻せぬまま終わりました」

「目の前で殺された、とは。それは本当ですか?」


 てっきり事故だろうと思っていたであろう学校長が、驚いたような顔つきになる。母がいないことは記載されていただろうが、離婚もしくは病死や事故死などよくあることだからだ。


「本当です。新聞には載りませんでしたが、貴族や軍人の中には知っている者も多い事件でした。学校長は教育の専門家。ここで私が子供にとって母親がいかに大切な存在であるかを述べるのは今更でしょう。

 その母親がいないばかりか、遠くに出かけているだけだと信じていたのが、殺されたと誰かに聞かされたら、子供達がどれ程のショックを受けることか。それで私は、子供達を市立レミー幼年学校に通わせたのです。そこの父兄なら事件そのものを知りませんから」

「なんと。それはこちらこそ心無い質問をいたしました。それでしたら殿下のことを知らなかったのも無理はありません。お詫び申し上げます。

 奥方もどれ程に無念だったことでしょう。一年も喋ることができなかったとは、アレナフィルさんもどれ程に小さな心に衝撃を受けたことか。可哀想に」


 学校長ヘンリークは淡い青磁(セラドン)の瞳を閉じて、しばらく黙祷した。

 やがて眼を開けた時点で、私も話を再開する。


「いえ。貴族の家に生まれ、王族の方々のことを知らなかったとあれば、それこそおかしいことと思われるのは当然です。ですが、娘が言葉を失ったというのは、喋る機能を失ったという意味ではありません。サルートス語そのものを理解できなくなったのです」

「えっ? そちらの意味だったのですか?」

「はい。お疑いなら当時の病院の診察内容を調べればすぐ分かるでしょう。

 娘は簡単なサルートス語すら理解しなくなり、何を話しかけられても意味が分からず答えられない状態になりました。口から出るのは、まるで意味不明な呪文のようなことばかり。脳の損傷かとも思われましたが、診断は記憶喪失とあり、医師も全く意思疎通が不可能でした。

 双子の兄すら誰だか分からなくなった娘を、どうにか一年でサルートス語をある程度は覚えさせて幼年学校に入れましたが、それでも片言しか話せない状態です。・・・そんな娘を、息子は同じ学校に通うことで守り続けました。正直、私も何かと仕事で家を空けているものですから、全ては家政婦任せで、貴族としての教育は何一つできておりませんでした。お恥ずかしい限りです」

「なんということでしょう。そんな事情も知らずに申し訳ありませんでした。ですが、本当に申し訳ないことですが、・・・更に恥知らずなご質問をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「どうぞ?」


 とても言いにくそうではあったが、学校長も板挟みなのだろう。

 警備は学校長の管理下だが、軍から派遣されている以上、事を荒立てるわけにもいかない。生徒を守りたい気持ちと、警備の方から要警戒とされた生徒を調べ上げて報告しなくてはならない事情と、単純な上下関係だけでは終わらないのだ。


「その、お嬢さんはとてもその、13才とは思えない程に、頭が回ったそうです。今、片言しか喋ることができなかったと仰いましたが、既に大人顔負けの見事な言葉遣いを披露したと・・・。それは、数年で治るものだったのでしょうか」

「ああ、それは娘が一流の先生に個人指導をしてもらったからでしょう」

「と、言いますと?」


 やはり教育者だからだろうか。さっと、ヘンリークが食いついてくる。


「隣のサルートス修得専門学校に、クラセンという言語学の講師がいます」

「言語学。まさに専門家ですな」

「はい。彼は私の友人でしたので、彼の空いている休日を雇わせてもらい、娘を預けました。ですから全くサルートス語を知らぬ4才の子供が、一年でどうにかなったのです。休日の、しかも彼の予定が空いている時にしか教えてもらえなかったので、他の日は渡された本を見て、娘は学習しておりました。・・・隣におりますから、お尋ねになれば彼から詳しい説明が聞けるかと思います」

「いえ、そういうことでしたら納得いたしました。ですが、そこまでの教育を受けさせておいて勿体ないことです。どうして一般の部に?」


 貴族の子供は、ほとんどが経済軍事部に進む。勿論、他の部に進む者もいるが、一般の部にはあまり進まないのだ。


「貴族の娘としての常識がないからです。たとえ覚えていなくても、記憶と言語機能を失う程の恐怖は心から消えるものではありません。あの事件以降、娘は家族が一緒ではない限り家から出るのを怖がるようになりました。そして娘は、家政婦を母親のように慕っております。ですが、貴族は使用人との区別をきちんとつけるものです。あの子の感性は貴族では許されません」

「それはそうですが・・・」


 使用人を家族のように思う貴族など沢山いると、学校長は思っただろう。

 しかし家政婦をママとまで呼ぶ貴族はいない筈だ。


「あんな辛い状況から立ち直ってくれただけで十分です。私は娘の心を守ってやりたいのです。貴族の常識を押しつける気などありません。ですから一般の部に入れたのです」

「なんという、・・・なんという深いお心でしょうか。表面からでは分からない、真の愛情を教えていただいた気持ちです。いえ、軍人としてもかなりの成果を出しておられたと聞き、お子様はかなり放置されていたのではないかとまで聞いていたのです。私はその意見を信じかけていた、己の不明を恥じるばかりです」

「いえ。私も子供のことをもっと考えるようにと、よく言われております。理想ばかりで何もできぬ、不甲斐ない父親です」


 どちらかというと、それ以上の中傷を聞いていただろうと確信している。

 どうせ私が話したことも確認が入るだろうが、調べれば調べる程に矛盾はない。


「それはどなたから?」

「父と弟です。多少のことはあったとしても、子供達の為を思うならばサルートス幼年学校に行かせるべきで、マナー講師をつけるべきで、貴族の社交にも出すべきであると。

 ですが、子供は親の道具ではありません。子供達の健全な育成を、親の私欲で歪めるべきではないのです。学生の間は勉学と運動に勤しみ、そういった社交は学業を修めてから始めればいいと、私は考えております」

「その通りですともっ」


 学校もまた様々な分野と繋がっている。

 何かと学業以外のものをごり押しされているらしい。

 

「実は娘から、エインレイド様をそうと気づかず失礼な真似をしてしまったと聞き、慌ててお詫びを申し上げようとも思って参ったのです。エインレイド様は現在、授業中でしょうか」

「あ、ええ。それなのですが・・・。もしかして、男子寮にも行くおつもりですか?」

「はい。まだ男子寮の寮監メンバーは聞いておりませんので、確認がてら参ろうかと」

「あの、・・・それなのですが、本当に申し上げにくいのですが、このまま王宮に戻られるわけにはいかないでしょうか」

「何故でしょう? 現在、私は王宮でエインレイド様の警護状況の報告を受け取る立場におります。それで全く何も報告がされていないというのはどういうことかと思っていたところです。息子と娘のエインレイド様に対する無礼は心よりお詫びいたしますが、仕事は仕事です」

「そうなのですが、・・・せめて待って差し上げてくださいませんかっ」

「待って差し上げるとは、それは一体何を・・・?」


 学校長は、本気で色々な立場からの板挟みだったらしい。どうやら私を来させないでほしいと誰かに頼まれてこの場を設けたように見えてくる。

 仕方がないなと、私は微笑んでみせた。


「学校長。私はたしかに王宮で報告を受け取る立場におりますが、ここで様々な部署の主張が入り混じっているであろうことを察していないわけではありません。未だに報告を寄越さない警備棟と男子寮に呆れてはおりますが、学校長に苦しい思いをさせたいわけでもないのです。よければ話してくださいませんか? 私の権限の逸脱はできません。ですが、なるべく摩擦を減らすようにはできるでしょう」

 

 何故、王子の警護の任に就きながら、未だにまともな報告もできない阿呆共を待って差し上げなくてはならないのかと思いながらも、生徒の安全を盾にされては逆らえない学校長側の気持ちも分かる。

 同時に私も国王トリエンロードへの報告といったものがあるのだ。問題点を把握し、解消しなくてはならない。

 ぽつぽつと、ヘンリークは話し出した。


「実は警備棟及び男子寮の寮監でも意見が割れているそうなのです」

「それは殿下の警護方法でですか? それとも人選でしょうか?」

「いいえ。あなたの息子さん、つまりアレンルード君のことです」


 うちの息子が問題を起こしたとか? あの息子が王子に纏わりつくとはとても思えないのに?

 レミジェスだってアレンルードを自宅通学に切り替えさせると言っていた。


「何故、うちの息子がここで出てくるのでしょう。まさか殿下が寮に入るとは思っていなかった上、土壇場で知った私も変な動きを見せるわけにはいかなかったので放置しましたが、息子もまた貴族としての礼儀作法は身につけておりません。自宅から通わせようと思っていたところです。そんなことよりも、エインレイド様の警護がですね・・・」

「いいえ、殿下の警護は大丈夫です。ですが、アレンルード君なのです」

「何故、うちの息子」


 あれでアレンルードは状況さえ把握してしまえば、全体を見通して動ける子だ。変な動きをしたとはとても思えない。ついでに貴族の礼儀作法も、本当はそれなりにマスターしているのだ。

 レミジェスはいずれウェスギニー子爵になる子として、きちんと教育した。だが、あの子もまたアレナフィルと一緒で極端なのだ。

 団体スポーツも、あの子がいれば勝つ確率が上がりすぎてしまう。だから外させたのだ。


「殿下が入られたと知り、アレンルード君は寮を出たがったそうですが、その身体能力を見てしまった寮監達が、どうしてあんな逸材を逃がさなきゃいけないんだと言い出したそうです。ウェスギニー家のレミジェス様からは、礼を尽くして退寮手続きをしたいと、そう仰ってはいただいているのですが、それを認めるなと。

 その数日前は、貴族でありながら王子のお顔を知らないフリとは、なんという計算高さだと、そんな報告もあったのですが、いきなりの方向転換です。いえ、アレンルード君に全く非はなく、悪気もなく仕方のないことだったと、私は今、理解しておりますとも」

「逃がすも逃がさないも、うちの息子はただの一生徒なのですが、男子寮は何をおかしくなっているのでしょうか」


 身体能力というが、アレンルードはあれで賢い。戦闘能力になりそうな特技は見せていない筈だ。

 一体、何をやっていたのだろう。そして寮監達は何をやっているのだ?


「アレンルード君は、他の身分高い貴族の子に何か言われたら、立場上は逆らえないから、エインレイド様に迷惑を及ぼさぬよう退寮するという話でした。ですが寮監の方々が、『たかが生徒一人も守れないとでも?』と、意地になりまして」

「つまり息子は、寮監達のプライドを刺激してしまったのですね」

「そのようです」

「何をやってるんでしょうな」

「全くです」


 こっちがどの情報を誰が誰に流しているのかを精査している時に、平和すぎて殺意が湧いてくるのは私だけだろうか。

 教育的指導をしておきたいぐらいの平和ぶりに泣けてきそうだ。


「アレンルード君もエインレイド様の件がなければ、寮生活も性に合っているという話でしたし、それならばもう退寮するという話を引っこめていただけないかと、是非、お父上のあなたにお願いしたいのです」

「私はどちらでもいいのです。エインレイド様の身に何か起こらないのであればですが」


 息子が家で暮らそうが寮で暮らそうが、好きにしろとしか言えない。

 私とレミジェスだって好きにしていたのだから。


「良かったです。そういうことならレミジェス様にはそうお伝えいただけますか? もう、お断りするのも心苦しく・・・」

「分かりました。一応、息子の意見も確認しますが、弟にも連絡をしておきましょう。学校長を困らせたいわけではないのです」

「ああ、やはりお会いできてよかった」


 ほうっと、ヘンリークは安堵の吐息を漏らした。

 恐らく私が一番話の通じる相手だと思われたのだろう。たしかに軍の奴らは人の話を聞かずに突っ走る。

 だが、話はそこで終わらなかったらしい。


「それでですね、アレナフィルさんですが、・・・実は、エインレイド様のご身分を知ってしまったアレナフィルさんが恐縮するばかりで、エインレイド様ももう何も言えなかったらしいのです。ですが、あそこまではっきりと自分の意見を言えるところが面白かったようで、できればもう一度話してみたいと」

「やめておいた方がいいでしょう。うちの娘は感性が異常です。エインレイド様には、清く正しい感性を育んでいただきたいものです」


 変質者呼ばわりされてそれを気に入ったとは何事なのか。

 私は王子の精神の()り方に不安を抱いた。


「はあ。いえ、アレンルード君もアレナフィルさんも、エインレイド様にとってあまりにも印象が強すぎたようです。

 実は、一部の寮監や警備からは、切れ者で名高いウェスギニー大佐の子供であれば、わざとそう振る舞ってみせたのではないかと、そういう意見も出ておりました。あまりにもおかしすぎると。

 いえ、今、ウェスギニー大佐から事情をお伺いしてしまえば、十分に私も理解できております。私はもう疑ってはおりません」

「・・・どうか、そう恐縮なさらずにいらしてください、学校長。大丈夫です。いくら何でも事件の内容や病院の診察結果を改竄(かいざん)はできません。調べれば私の申し上げたことは全て真実だと分かるでしょう。

 学校長にそのような心労をかけるつもりはございませんでした。うちの子供達は、貴族としては異常なのです。ですからもうエインレイド様からは引き離し、通常の生活をエインレイド様には送っていただきたいと、私も願っております」


 正直、面倒くさい。

 進学した途端、子供のことでどうこう言われるとは思わなかった。うちの娘のせいで王子に変な性癖が開花したと言われても困るし、可及的速やかに距離をとらせたい。


「いえ、ですが、・・・その、ですね。実は、あの、その、アレナフィルさんの個性を、かえってエインレイド様ばかりか寮監の方々も感心されてしまったそうでして・・・」

「迷惑です。うちの息子はどうでもいいですが、娘は何があろうと引き離していただきます。学校長ももうご理解なされていることでしょう。娘は平民としての意識が強いのです。そんな不出来な貴族の娘を王族の殿下が気に入ることがあってはなりません。エインレイド様にとんでもない影響を与えない為にも、何があろうと娘を接触させてはなりません」

「そこを何とかっ。せめて明日まではっ」


 何故にここで明日までなのか。


「今日の放課後、せめてエインレイド様とアレナフィルさんを、寮監達の立ち合いの元、ちょっとしたお喋りをさせてあげてはいかがかと・・・。寮監の一部からそういう話が出ておりまして。

 いえ、別に男女交際とは無関係です。ただ、エインレイド様は声をかけただけで喜んで名乗る令嬢ばかりを見てきたせいか、まさかという大きな衝撃だったようなのです」

「はあ・・・」

「通常では名前を聞くことが警戒されることだと、初めて知ってしまわれたのです。実はその後、エインレイド様は、寮監や警備棟の皆に話を聞き、通常の街中などではたしかにいきなり名前を聞いたらその扱いは当たり前だと言われて、目からうろこが落ちたとか」

「そんな平民の常識を王族が知って何になると?」

「それはそうなのですが、知らずに生きているというのも、これもまた学ぶチャンスを勝手に消されているということだと、そう言われては・・・」


 色々な思惑に翻弄されていたらしい学校長、既に錯乱していそうで心配だ。

 問題は、アレナフィルの常識はサルートスの常識ではないことなのだが。

 アレナフィルの行動を楽しめるのは我が家とバーレミアスの特権だった。どうしてまともな報告もしてこない男子寮の寮監メンバーと王子にそれをくれてやらねばならないのか。


「やめてください。うちの娘は全く貴族の礼儀作法を知りません。これ以上の不敬はこちらの命が縮みます」

「それはありません。そのような辛い過去を乗り越えて立派に育ったお嬢様ではありませんか。それに今回のことで不敬といったことを言い出すことはありません。それは私も同席して責任をもってお約束いたします。また、このことが他の生徒にもれないようにもいたします。ですからどうか、せめて明日までまってあげてくださいませんか」

「あの、学校長。何故、そこまでしてうちの娘を? ここには沢山の生徒がいるでしょう」


 他にも平民の女子生徒は溢れている。どうしてそこまでアレナフィルに固執するのか。

 何より変な疑いをかけていたならその時点で切り捨てるべきだと思うのだが。

 私が不可解そうな顔になればキセラ学校長・ヘンリークは苦悩を額に滲ませた。


「お友達ができないのです」

「・・・は?」

「実は、エインレイド様に少しでも覚えをよくしてもらおうと皆が群がり、お友達を作れない状況にあるのです。それを、殿下を殿下と知らない男子生徒と女子生徒がいて、その歯に衣着(きぬき)せぬ言動に、エインレイド様は爽快感を覚えたようで・・・」

「それはとてもまずい兆候です。今すぐ引き返された方がいいでしょう」

「今日の放課後、一回だけです。女の子としてではなく、一人の生徒同士として、エインレイド様は話してみたいのです」

「・・・・・・一回だけなら」


 なんだかなぁと思った。

 問題は、本当に一回で済むかということだ。


「それでですね、実は寮監の間でもウェスギニー様のお子さんだけがというので、実は意見が割れている様子なのです。きちんと報告はいたします。ですから、どうか今日で終わりにさせますので、お願いですから、今日は引き下がっていただけないでしょうか」

「そういうことでしたら」


 なんだかもうどうでもよくなって、私は王城へ向かうことにした。

 どうして王子の警護でこんなにも混乱しているのか。そして、どうしてうちの子供達は引き離しておいたつもりが、がっつりと食い込んでいるのか。

 王城内の臨時に設置されたチームの部屋でそれを説明すれば、なんだかもうどっと皆の顔に疲れが滲んだ。


「なんですか、それ。こっちがフェイク情報流してどいつがどいつと繋がってるか追跡してる時に」

「てか、ウェスギニー大佐が責任者って知ってて現場がどうこうでやらかしといて、やってたのが大佐のお子さんのチェックってか。それならこっちに聞きゃあいいだろうがよ」

「あー。もう大佐、今日は早く帰ってあげたらどうですか? そもそも士官クラスで貴族との繋がりがない奴がいるかって話なんですし、もうこっちも手ぇ抜いていいんじゃないかって思っちゃいますね」

「どうも私への反感からまともな報告を寄越してなかったようだな。うちの子達は私の連絡先も知らない有り様なんだが、内々に何かを聞いているに違いないと信じていたらしい」

「ばっかですねぇ。ま、どんな顔して報告してくんのか見てやりましょうよ」


 その日、私達はもう残業せずに早めに帰ることにした。

 珍しくこんな時間に帰るなんてと、驚くエイルマーサに私は説明してみた。


「実はフィルが王子を王子と気づかず、名前を聞かれて変質者だと決めつけ、・・・よく分からないが、王子は変質者呼ばわりされた衝撃に、もう一度フィルと話したいと言い出したらしい。だから今日のフィルは少し帰りが遅れるそうだ」

「な、・・・なんてこと。なんてこと・・・。フェリルド様、助けてきてあげてくださいまし。フィルお嬢ちゃまが、フィルお嬢ちゃまがっ」

「大丈夫です、マーサ姉さん。まずはフィルの帰宅を待ちましょう。全てはそれからです」

 

 しょうがないなと門を全開にして娘の帰りを待っていたら、よりによって移動車を運転して送ってきたのは、何かと私の背中を睨みつけてくるネトシル少尉だった。

 何が気に入らないのか知らないが、妬まれることにも慣れたものだ。

 そうか。あいつ、今回は上等学校に行かされていたのか。


(あいつがフィルを送ってきたとは。色々と私の悪口でも吹きこんでいたか? だが、相手がフィルじゃ、どうしようもないだろう)


 心配していたエイルマーサが玄関から駆け出していき、アレナフィルを抱きしめている。


「フィルお嬢ちゃまっ。旦那様からもしかしたら帰りが遅くなるかもしれないとは言われてましたけどっ、ああっ、無事でよかったっ」

「マーシャママぁ」


 娘よ。甘えるのはいいが、せめて他人がいない状況でやりなさい。

 どうやらアレナフィルはエイルマーサとネトシル少尉を天秤にかけ、エイルマーサを選んだらしい。


「あのね、怖くなかったよ。フィル、王子様のこと知らなかったけど、よくあることって、みんな言ってたもん。それにね、王子様とはお友達になったんだよ。あ、だけど、会った時にご挨拶するだけだけど」

「ルード坊ちゃまはともかく、フィルお嬢ちゃまは関係ないと思っていた私共が悪かったのですわっ。まさか王子様が寮にいらしたなんてっ」

「えーっと、うん、だけど、もう寮で会っても知らんぷりするってお約束したし、問題ないよ。ね、マーシャママ、泣かないで。それにね、ルードには、王子様のこと言わないってことになったの」

「ですが、フィルお嬢ちゃまは子爵家のお嬢様ですのよっ。それが通じるんですかっ」


 心配しすぎで興奮しているエイルマーサには悪いが、アレナフィルの様子を見ると、特に問題もなかったのだろう。

 何よりあのひねくれたネトシル少尉が神妙そうな顔つきになっていた。


「なんか、・・・私、少女の皮をかぶってるだけって言われたから。もう、期待してないと、思う」


 誰だ、そんな真実を見抜いた奴は。たしかにアレナフィルの中身は大人だ。

 けれどもエイルマーサは反対の意味に取ったらしい。


「そう、・・・ですわね。それはもう外見はおしゃまなお嬢様ですけど、フィルお嬢ちゃまはまだまだ赤ちゃんですもの。お勉強ができても、お嬢ちゃまはまだまだ子供ですもの」


 アレナフィルがぎゅっとエイルマーサに抱きついているのだが、丸っこい顔立ちと瞳のせいでアレナフィルは幼く見える子だ。

 それを十分に利用しているアレナフィルは、全ての苦行が終わった気分らしい。ぷんぷんと主張し始めた。


「も、おとなしくしてるからいいの。ルードは自分でお洗濯すればいいんだよ」

「そうですわね。ルード坊ちゃまも自分で頑張ってもらわないといけませんわね」


 笑顔になったエイルマーサは、ネトシル少尉をウェスギニー子爵邸の運転手と思っていたらしく、家の中へどうぞと、勧め始める。

 自分は学校の者だと伝えたネトシル少尉はそれを断ったが、いつものひねた様子が消えていた。

 何故かエイルマーサに穏やかな視線を向けているのだが、何なのだろう。アレナフィルの可愛い演技は許せても、ネトシル少尉のいい人そうな演技はむかつくだけだと、私は知った。

 それに気づかないアレナフィルが、送ってもらった礼を告げている。


「あの、送っていただいて、ありがとうございました」

「いやいや。こちらも気遣(きづか)いが足りていなかった。今度から学校の事情で帰宅が遅れる生徒には(あらかじ)め保護者に連絡しておく必要があるということも留意しておくべきだな。特に女子生徒の母親は心配にもなるだろう。・・・いいお母さんじゃないか」

「世界で、一番素敵な、・・・母なんです」


 なんか真面目そうに語っているが、お前の中に気遣いなど最初から存在していないだろう。

 連絡なんて遅れたと言っておけばいいんだよとか、以前どっかでほざいてなかったか?

 いい人そうなことを言う前に、普通に仕事しろ。

 何が保護者に連絡だ。お前ら、その前に仕事の報告を王宮へ寄越してないだろう。

 馬鹿の一つ覚えじゃあるまいし、「現場できちんとやってます」しか言えない奴らが寝言を抜かすな。


「フィルお嬢ちゃま・・・!」


 ぎゅっと背後からアレナフィルを抱きしめるエイルマーサに、彼は切なげな視線を向けた。

 問題はエイルマーサとアレナフィル、どちらを見ているかだ。

 

(お前、超熟女好みだったのか? いや、人の好みは様々だが)


 衝撃の事実だ。だが、そういうことをとやかく言わない程度の情けはある。

 実際に行動さえ起こさないなら、いくらでもエイルマーサに片思いしててくれ。

 

「ああ、分かるよ。・・・それでは失礼します。お嬢様はたしかに送り届けました」


 私に気づき、最後は上官に向かっての正しい言葉遣いに戻ったが、そんな報告はいらん。まずは仕事として普通に報告してこい。

 さっと逃げたのは、今までの無報告を叱られたくないからだろう。


(反抗的な奴らに一々指導してられるか。好きにさせておいて一気に叩きのめした方が効率もいい)


 それでアレナフィルのことは終わりになったと、私は信じていたかった。

 





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