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8-08

「そしてその属性魔力をわたちに降り注ぐでしゅ。さすれば光と闇の属性が目覚めるかもしれましぇん」


 どうにか眼力に威力を込め、死んだ目にならないよう努める。

 ブルハルト家四女、アリティエ様の下へと頻繁に呼ばれるわたしに求められた用向きがこれだ。

 これが四女様の日常、貴族のお宅訪問以外の行動、留学名目なのに授業見学を滅多に行わず、代わりに引き籠って取り組んでいる学園内での活動風景。


(暴言の危惧は杞憂で済んでるけど、この奇行は予想できなかった……!)


 四女様、第一印象は可愛らしい小鳥のような少女が第一声で『群雀』を放ち、「あ、これ下々を見下してくる子だ」との危機感を煽ったのがスタート。

 学園での歓迎式典でもヤバそうな発言を食い止めたまではいい、そこからお貴族お宅訪問に活動が移った時は本当に焦ったものだ。


(やだ、わたしが付いていけない場では食い止めようが無いィ!)


 大病院の回診じゃあるまいにと連れ立たれるのはお友達ひとりに限られる外交、果たしてどんな暴言をやらかしてしまうのかと慌て焦っていたのも遠い日々。

 それとなく他のお友達役3人に四女様のご様子を尋ねた際の返事は似たような内容だったのは意外といえば意外であった。


『ええ、心配されることは分かりますが如才なく過ごされていましたわよ?』

『発言なされる機会もそんなにございませんでしたし』

『追従とまでは申しませんが、相手方を尊重したお返事が主だったかと』


 まるで物腰柔らかな大人のような応対だ、基本的に格上3人娘の意見は一致しており、またわたしもその見解には頷けるものがあった。

 何故ならわたしもローテーションでお供当番回を何度か担当したものの、四女様が暴言を放つ現場に当たったことがなかったからだ。せっかくセバスハンゾウからニンジャの秘伝妨害術を幾つかを教わったのに使う機会が無いのは少々残念なような楽なような。


(これはあれかな、後頭部のボタンショックで人格が一変……?)


 脳へのダメージが良き方向に影響が──などと失礼な冗談も思い浮かべつつ。

 流石の四女様も他国の要人には淑女らしい配慮を忘れないのだなと納得しつつ「まあ楽に安全を確保できてるのはいいことだよね!」とその時までは喜んでいられたのに。

 代わりに反発というか反動というか、おかしな方向で小鳥の少女は外見らしからぬ行動に跳ね返ったのだ。


「──雑念が入ってましぇんか?」

「いいえ全くそんなことは?」

「……まあいいでしゅ、『光明』と『暗幕』を10回ずつ使った後、また属性魔力の放出訓練をやってみるでしゅ」

「かしこマリー」


 魔術の行使に関連する事柄だからか、齢1桁にしてわたしの取り繕い社交スキルを抜いてきそうになる魔力の調子リーディングぶりが恐ろしい。これが本物の上級貴族、魔女の一族の実力か。

 これ以上は本格的に見抜かれそうなので集中しておく。やる気の有無にかかわらず今は求められた役割をこなさないと解放されないのだ。


「『光明』」


 手の先に明かりが灯る。光属性の初歩魔術、ただ明るいだけで光の剣には成り得ない日常系便利魔術だ。ちなみに光の剣というか属性魔術の刃を現出させる付与魔術はランクB以上の魔術なので上限オールランクCが確定しているわたしには縁が無い、実に悲しい。


「『光明』『光明』『光明』」


 魔術行使、どっこい魔術行使、ひたすら魔術行使。

 基本的に魔術のランクは熟練度の向上、術を使い続けることで磨かれるのはゲームもこの世界も変わらない。実家でも『浄化』を連発して家事の洗濯と汚水処理を肩代わりしながら鍛える方法を提案してきたセバスティング方式は正しかった。流石は出来る執事は魔術鍛錬にも邸内業務にも精通していたと関心はするが何かがおかしい、令嬢の使い方とか。


「『暗幕』『暗幕』『暗幕』」


 灯した明かりを闇魔術で打ち消していく。この反復が使用魔術の練度を上げ、ひいては魔力が含む属性への造詣を深めるのだ──とは四女様の言。魔術を発動させずに放出魔力だけに属性を乗せる云々はブルハルト家の秘奥らしく、ゲームにも出てこなかった理論なので信用するしかないし否が言える立場でもない。


「終わったでしゅね。では属性魔力をわたちに」

「は、はいィ」

 

 保有小魔力量が対して多くもないわたしには疲れる作業。わたしから浴びせらる魔力を軸に、四女様は自らも光と闇の魔術を唱えて見せる。

 他者の魔力に共鳴し、上手くいけば発動するとの不確かな理論の下に。


「『光明』! 『暗幕』!」


 おおよそこれが彼女の奇行、その全貌である。既に両手の指で数えて足りない程繰り返され、何の成果も挙げられず変化の兆しも見られていない鍛錬。

 強いて言うならわたしの光闇魔術は練度が上がっているかもしれない。


「ひとまず休憩とするでしゅ。お前も体と魔力を休めるのでしゅよ」

「はいィ……」


 侍女さんではなくメイドさんから冷たいお紅茶などをいただきながら一息つく。しかし全身に広がる脱力感は肉体的魔力的な疲労のせいだけではない。

 他国にまで赴いて魔術の鍛錬、それも「光属性と闇属性を得ることが出来ないか」の挑戦ともなれば気を抜いた瞬間に声も表情も微妙になろうというものだ。


 ロミロマ2に存在する魔術の概念。

 科学文明の代わりに培われた魔導機械の普及や医術等の分野に占める重要性など世界観の根幹に据えられた、当たり前の力。

 故に魔術は常に研究され、教会のような機関が最新の学説をあーだこーだと捻り出し、新旧の理論をもって世界に還元されている。


 小魔力マナは質や量の差はあれど誰もが有する、魔術の発揮される属性は地水火風の基本、光闇の特殊合計6種類、それぞれのランクは鍛錬次第で1ランク上昇が適う──等々の「常識」はそうやって一般知識とされてきた。


 そんな中で明かされているひとつの常識。

 魔術の属性適正、誰がどの属性を扱えるかは生まれつきの才能である。


 要するに「あなたは火と風の属性を持って生まれましたね」と言われればそれまで。最初に判定された結果が全て、いかなる努力をしようがドーピングを試みようが一切後付けの出来ない。どうしようもないが故に才能と言い切れ、また努力不足と他者から指弾されることもないもの。

 「いわゆる出生ガチャですね」とはゲーム予約特典のロミロマ2設定資料集に書かれた一文。ゲーム制作スタッフがお墨付きの無慈悲な法則。


 そしてこの設定はゲームのメタフィクション視点に及ばず。

 ロミロマ2世界でも魔術学の授業で習う、いわば常識中の常識として受け止められている事象。これは教会で腐れ縁のドクター・レインが魔術解説キャラで出てくる最初の場面でもあったと記憶している。

 地球は青かった、丸い天体です、太陽の周りをまわっている惑星なのです──前世で習い教わったあれこれに等しい「疑うのも無駄」なコモンセンスと変わらないものなのだ。


(ゲームの授業でも習うし、『大公』ルートでは大きなネタに使われてるし)


 王国随一の魔術名門ブルハルトの家系に生まれ、才能の証『宝石眼』を有したホーリエ・ブルハルトは類稀なる地水火風光の5属性持ちとして認められる。

 しかしこの10年にひとりの逸材は同世代、同年代のクラスメート、完全無欠マリエットの全属性持ちの前に姿が霞んでしまうのだ。

 生まれ持った才能の差ゆえにどうしようもない、羨もうと悔しがろうと持った才能の差を覆す手段なく、婚約者アティガとヒロインの関係が進むこともあって悪役令嬢めいた行動を始めるのが『大公』ルート中盤までの流れ。


(属性の後付けが出来るならああはならんかったしねェ……)


 マリエットと魔女ホーリエの関係性の悪化は魔術の才能差をベースに一方的な嫉妬と憎悪が根底に敷かれているというか、「後付け無理」はおそらく『大公』ルートのために作られた設定。

 オマケに狂おしく闇属性を求めるホーリエにカルアーナ神の一柱が微笑んでしまう終盤が追い打つのだ、外しようがないと思っていいのではあるまいか?


『これが本当の闇オチって奴だな』

『軽くオチつけないでよ兄者ァ』


 兄の呑気な感想を余所にゲーム内で対立は激化していった、何しろ舞台は学園から本気の殺し合いを演じる場に移っていったのだから。

 第1部『学園編』の対決イベントや第2部『戦争編』において全属性魔術バーサス疑似全属性魔術の撃ち合いは格好いいけど被害が酷かった思い出で頭痛が痛い。


(特にホーリエの魔術は魔法ドーピングでルナティックに染まってるから──)


 また考えが先に飛んだ。今目を向けるべきはホーリエの堕ちっぷりではない。四女様の奇行、実るアテのない空回りの努力に関してだ。


 魔術属性は後付けできない。

 王国で最も魔術に精通しているといっても過言ではない魔女の一族ブルハルトの四女様が知らぬはずがないのに。

 彼女は何故にここまで無駄な行為を続けるのだろうか。


「──無駄なことをしてるな、そう思ってる顔でしゅね?」

「さて、何のことでしょう、アリティエ様」


 まるでわたしの頭の中を覗いたかのように小鳥の声がした。

 顔に出したつもりはない、それでも常識に逆らう行為に自覚があれば周囲の反応は想像つくのだろう。或いはわたし以外、鍛錬を見守る護衛官や使用人の態度、ひょっとして御家派遣の近侍辺りからは直言もあったのかもしれない。

 どうか留学の機会を損なってまで無為な鍛錬はおやめください的な。


(バカボンのところと違って忠臣が揃っていれば有り得る話よね)


 血筋的な意味でなく、環境的に優れた御家であればある程に部下が上司に物申せる。上司に諫言を容れる度量があってこそ成り立つ構図はイルツハブ子爵家には無かったようだけどブルハルト家なら居ても不思議はない。

 他人の目がある場所は避けて、御家の関係者が揃う場でならお諫めしている可能性は低くないと思うわけだ。


「お前はブルハルトに連なる者ではないでしゅ、遠慮なく本当のところを語っても咎めないでしゅよ?」

「はは、御冗談を。このアルリー・チュートル、出来る範囲であればアリティエ様にご協力を惜しまないと考えております故」


 嘘はついてない。

 何しろ四女様が自主的に諦めてくだされば不興を買う覚悟でお諫めする必要がなくなるんだから是非そうしていただきたいのが一番の本音だからして、自分から言い出そうなんて微塵も考えてないのだ。

 それにわたしは事前壮行会の席で魔女ホーリエから直々に「留学中は妹に魔術関係で協力してあげてね」と頼まれている。

 剛速球に「無駄だからやめろ」なんて言えるわけないでしょいい加減にして! 


(やってることが空回りだからってわたしから断れるはずがないのォ!!)


 この直接虚偽を申さないテクニックは心を読まれない対話では必須項目。愛想笑いを浮かべず、如何にして生真面目さを前面に真顔で応対するか、演技力と自制心が社交スキルの見せ所。


「ふん、まあいいでしゅ。所詮は他家の一門、心からの忠誠を望むべくもないでしゅしね」

「いえいえそんな」

「それに『燕雀安くんぞ~』とも言うでしゅし。わたちの為すこと目指すこと、凡俗には分からないかもしれましぇんね」


 燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや。

 小物には大物の考えは理解できないだろうな、との意味。

 凡俗。

 普通すぎてとりわけ見るべきもののないことを指し、凡骨、俗物、世間一般の俗人など高尚でない意味合いを表す言葉。


 どちらも面と向かってぶつけるには失礼な表現。お貴族のお宅訪問では鳴りを潜めていた小鳥の罵声、見下し視点の居丈高ワードがダブルで飛び出した。

 他国人へ向けた侮辱ではないので謹んで受け流すものの、真に意味するところはこの俗物たるわたしには理解できていないのかもしれないと頷く。


 四女様の目指すこと、即ち光闇属性の後付け覚醒、それは分かる。

 しかし世界観や世界の常識が否定するそれを無駄と理解しながら続けている、その根本は確かに飲み込めてはいないのだ。


「休憩がてら話してやるでしゅ。どうしてわたちが生まれ持たなかった属性を得るべく時間を費やしているのか」

「はあ」

「それは、わたちが」


 筆頭公爵家四女、アリティエ・ブルハルトは小さな体で胸を張り自身を指差し


「わたちが第4位とはいえ公爵位の継承権を持つ立場だからでしゅ」

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